バーニング・フロム・ジ・インサイド

作者:鹿崎シーカー

 教卓の上に燭台を立て、ろうそくの先に火を灯す。カーテンに遮られた夕日にぼんやり照らし出された教室は、電気を落とされ薄暗い。教壇に立つフード付きマントを身につけた少女は緑色の本を開け、最前列の席に座る学生四人を見回した。
「あなた達は知ってるかしら? この学校の、痛ましい悲劇の怪談を」
「悲劇の怪談?」
 学生の一人が問い返す。フードの少女はもったいぶるようにうなずくと、静かな声で話し始めた。
「昔、学校ができたばかりの頃のお話です。この学校の周りには、多くの野良犬が暮らしていました。人前に出た犬は生徒たちに気に入られ、エサをもらっていたりしたそうです」
 少女の語りに学生達は無言で聞き入る。ちろちろと揺れるろうそくの火が、彼女の暗緑色の髪に反射する。
「しかしある日、野良犬はいなくなってしまいました。それは、学校内でも特に有名な悪い子達の、度が過ぎた悪戯のせい。彼らは犬を見つけては彼らは捕まえ……なんとホットドッグだ! などと言って、焼却炉に入れて燃やしてしまっていたのです」
 ボッ、と火が一瞬強く燃え上がる。首を引っ込める四人に薄い微笑みを向け、少女は声を少し強めた。
「そうして犬がいなくなったある日、悪い子達は行方不明になりました。ぱたりと、いなくなってしまったのです。心配し、学校中を探し回った先生は、校舎裏の焼却炉近くであるものを見つけます。それは火傷にまみれたいじめっ子達の生首でした! あまりの光景に立ちすくむ先生! すると、焼却炉がガタガタ、ガタガタ! と揺れ、中から恐ろしい獣の声が! そう、燃やされた犬達は、人間を恨み、焼死体を混ぜ合わせ……化け物に変わっていたのです……」
 本が閉じ、少女は燭台の火を吹き消す。フードで目元を隠したまま、燭台を手に取った。
「はい、お終い。楽しめたかしら?」
 問われ、快活そうな女子がうなずく。
「うん! 面白かった!」
「ちょーっと物足りねえ気もするけど……まぁ、悪くはなかったんじゃん?」
 男子の物言いに、少女はミステリアスな笑みで無言。
「もうすぐ夜か。なぁ、夜な夜な出るってことはさぁ、今夜出んのかな? ……えーと、なんだ。ホットドッグドッグ?」
「ホットドッグドッグって……ネーミングセンスゼロかよ。まぁいいや。せっかくだし、肝試しと行くか!」
「や、やめてよ……」
 伏し目がちの少女が小声で訴えた。
「もう放課後なんだし、怒られるよ……帰ろうよ……」
「別に怖がることないじゃん? だってほら、怪談なんだし。ねえ、さっきの話……あれ?」
 快活そうな少女が振り向き、瞬きをする。教壇に立っていた少女は消え去り、燭台も本も消えていた。影も形もどこにもない。少女二人は引きつった顔でそれぞれつぶやく。
「いない……いつの間に?」
「まさか、あの人お化けだったんじゃ……」
「バーカ」
 男子の一人が鼻で笑う。
「お化けが怪談話するわけねーだろ。どっかその辺にいんだろ。それより、肝試しだよ肝試し!」
「夏と言えば、だな! まだ行ってなかったし、ちょうどいいだろ!」
 顔を見合わせる女子二人を置き、男子二人は走って出ていく。薄暗い教室を残し、女子もその後を追った。


「怪奇事件で屍隷兵……ややこしくなってきたわね」
「兼ねてからあちこちで研究されていたからねえ。屍隷兵」
 嘆息するレーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)に、跳鹿・穫はうなずき返した。
 とある高等学校に、ドラグナーが一人『ホラーメイカー』の屍隷兵が放たれた。
 手ずから作り上げた屍隷兵を舞台となる学校に潜ませたホラーメイカーは、残っていた学生達に屍隷兵を題材にした怪談を話して聞かせ、学生達を屍隷兵の潜伏先に誘導して殺させているようだ。
 既に、怪談の真偽を確かめようとして姿を消した者達もおり、もはや一刻の猶予もない。急ぎこの学校に向かい、屍隷兵を倒してほしい。
 今回ホラーメイカーが語った怪談は、焼却炉で焼かれた犬達の焼死体を混ぜた怪物が、人間を殺そうとしているというもの。彼女の言葉通り、屍隷兵は校舎裏の大きな焼却炉の中で待機しており、漆黒の巨大犬の姿を取っている。
 戦闘力こそ高くはないが、俊敏性と巨体を生かした肉弾戦や、口や体中にある継ぎ接ぎ痕から炎を噴き出して攻撃してくる。戦場の校舎裏は当然学校に隣接しており、雑木林も広がっているため注意が必要。
「それと今回なんだけど、ホラーメイカー本人は出てこないみたい。もしかしたら、どこか遠くで見ているのかもしれないけどね……」
「むぅ……ともあれ、このホットドッグドッグを倒すのが最優先ってわけね。わかった! 早く倒しちゃいましょう!」


参加者
レーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)
ロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500)

■リプレイ

 夕暮れ、校舎の外。落ち葉を踏みしめながら、男子の一人が薄暗い道に目を凝らす。
「やっべ、思ったより暗いじゃん。懐中電灯持って来りゃよかった」
「取ってくるか?」
 片割れの進言を一瞬考え、男子は首を振る。
「いや。とっとと行けばいいし」
「えぇ……帰ろうよー……」
 男子背後の少女が訴える。泣きそうな顔を振り返り少年はうんざりと告げた。
「だぁーかぁーらぁー、一人で帰れって」
 うつむき、涙目で黙り込む少女。その背を別の女子がなでさする。
「大丈夫大丈夫。どうせなんもないって」
「……あるんだよね。残念ながら」
 四人の目前、校舎の角からローブの影が進み出た。黒いフードをわずかにめくり、エリヤ・シャルトリュー(影踏・e01913)は少年達に微笑みかける。
「ごめんね。ここは通せない。肝試しはまた今度ね」
「……は?」
 少年の一人が乾いた笑みで後ずさる。虚勢的に笑いながら、震える声で威嚇する。
「通せないってなんだよ……つーか誰だよアンタ」
「エリヤ?」
 困ったように笑うエリヤの後ろから、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が顔を出す。緑の瞳で四人を見とがめた彼は、数秒目を瞬かせた。
「……ああ。いいかお前達、今すぐ帰れ。あの話は、ホットドッグなんて美味い物じゃない。人が死ぬようなものだ」
 エリオットの鋭い視線に男子二人が怖気づく。二人の間、恐る恐る覗いた少女は、小さく問うた。
「人が……あの、それって一体」
「デウスエクスだよ。君らは誘き出されたんだ。あの女の子に、ね」
 答え、エリヤは銀杖で地面をたたく。学生と二人の間に黄色いテープできた壁が出現。唖然とする少年達にエリオットは静かに言いつけた。
「もう一度言うぞ。今日はもう帰れ。いいな?」
 固まる四人を置いて、二人は校舎裏に踵を返した。壁に沿って進み、錆びついた巨大な焼却炉を遠巻きに見つめる仲間に近づく。ネックライトの光を調節していた櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)が振り返る。
「悪い、待たせたか?」
「大丈夫ですよ。これを」
 二人は手渡されたネックライトを首に装着。一方で、屈んだ一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)は燻製肉を噛みながら二本の尻尾を楽しげに揺らす。
「何だか、囲い込み漁やってるみたいですよねー。燻製肉垂らしたら釣れますかね?」
「魚じゃなくて犬だけどね」
 レーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)がしかめ面で返す。浮いたアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)と、ベルトにLEDライトを下げた竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)がそれぞれの獲物をつかむ。
「悪趣味なのもそうじゃが、くどいやり方が随分回りくどい。試運転のつもりかどうかは知らんがのぅ」
「夏も終わりというに、わざわざ怪談を使うとは。確かに回りくどいが……秘密裏にできる分有効とも言える。ともあれ、早いところ駆除せねばな」
 無言で得物を取り出した面々は、一定間隔を開け展開。焼却炉を半包囲する形で待機する。エリオットの近くに立った茜とロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500)は期待じみた表情で彼を見やった。
「さ、後ろはわたしに任せて先に行け! です!」
「よろしければ代わりますので……いつでも言ってくださいね?」
 エリオットは苦笑し、焼却炉に向かって歩きだす。一歩一歩近づくたびに響く草音。乾いたそれらに重ねるように、うそぶいてみせる。
「さぁて……怖いな、全く」
 錆びた扉の目前に着き、両開きの門扉に手をかけた。取っ手を引くその寸前、小声でつぶやく。
「……いや、怖いなんざ今更言ってられねえ。……大丈夫。大丈夫だ俺」
 息を吸って吐き、扉を引き開けた直後、爆炎が噴き出した! すぐさま大鎌を振り抜くアデレード。噴き出した吹雪が走る爆炎を迎え撃って蒸発し、水蒸気をまき散らす。湧き上がる霧から飛び出す巨大な黒犬に、アデレードは鎌を突きつけた。
「ふははははははは! 残念じゃったな! そなたの邪悪な企みなぞ、この正義の眼が見破っておる! 覚悟するがよいわ!」
 全身を振り蒸気を払う黒犬の目が燃え上がる。牙剥き吠えるその足元に白い蝶型の魔法陣! 杖で地を突いたエリヤの瞳に蝶の紋が描かれた。
「我が邪眼、燐光の蝶。翻せ。昇る風で魔を払え」
 地面の魔法陣が光り白光を撃つ! 間欠泉めいた光に飛ばされた黒犬の背後上空、浮遊する機械仕掛けのタル状物体に茜は回転しながら飛び込んだ。タルの口が黒犬を向き、大砲じみて茜を発射!
「食らえ弾丸流星脚! ですッ!」
 真紅の機械式足甲が黒い背中を撃ち抜いた。のけ反り苦悶に叫ぶ犬の真下、跳躍した叔牙の両手装甲と刃めいた八枚翼がスライドし複数の銃口をさらす。それらが励起し光り輝く!
「飛んで火に入る夏の虫、と言いたいでしょうが……それはこちらの台詞だ! 照準多重捕捉……光条嵐舞、ファイア!」
 両手と翼から無数のレーザーが放たれる。花火じみた曲線軌道を描く光が黒犬の四肢を穿ち貫いていく。鮮血の如く噴き出す炎! いなないた黒犬は全身から吹いた炎で茜を跳ねのけ落下の勢いと共に叔牙へ爪を振り下ろす。すんでのクロスガード諸共叔牙を叩き落として着地する黒犬に一刀は刀を抜いて挑みかかった!
「貫き通す……!」
 抜き身の刀が金に帯電。黒犬は振り向きざまに口から三発の火炎弾を発射する。走る一刀の後ろ、レーチカは虚空に三度の蹴りを繰り出す。虹色に輝くガラスのブーツ!
「ッせいっ!」
 三つの花吹雪を放ち、さらに四つのルビーを投げ上げる。蛇じみてうねる花弁の嵐が一刀を追い越しそれぞれ三つの火球と衝突し相殺。同時に黒犬が大地を蹴って駆けだした。降り注ぐルビー群の真下を駆け抜け一刀に燃える牙をむく!
「ぬぇぇぇいッ!」
 上半身をひねり一刀は稲妻如き突きを打った。刃が肩口に刺さると共に犬の牙が彼の胴に食い込む。その時、宙で軌道を変えた四つのルビーが黒い背中を回転しながらえぐり取る! 目の炎を燃やして叫ぶ犬の首に一刀は気をまとった掌底を放った!
「喝ッ!」
 弾かれた犬が半ば立ち上がって後退。ふらつく獣に茜とアデレードが飛びかかる!
「ホットドッグドッグ……響きが良いですね! 肉になれオラァッ! ですッ!」
「不浄な炎よ。わらわがかっさばいてくれようぞ!」
 足甲の裏がジェット噴射し大鎌のルーンが炎で刃を包み込む。肉迫する二人の前で黒犬は地面に前足をつき空に遠吠え。黒い体が不気味に脈打ち、次の瞬間継ぎ接ぎから爆炎が解き放たれた! 炎波が近づく二人を飲み込むその寸前、割り込んだロフィが腕を開いて炎を受ける!
「あぁぁぁぁぁっ! 熱い……こんなにも!」
 恍惚とした声を上げるロフィの背面、白い服に赤い染みが広がっていく。血の染みからほとばしり無尽に走る真紅の奔流を浴びたエリオットは燃え上がる足を地に振り下ろす。巻き上がる火の竜巻から飛び立った不死鳥型ドローンがロフィを焦がす炎に突進し、荒ぶる熱波に衝突。さらに押し返す!
「させねぇよ、燃やさせねえ。……二度目は、御免だ……ッ!」
 小声の言葉をテレビウムのけたたましい動画がかき消した。やがて止まる熱波にロフィは口を尖らせる。
「まぁ……良い炎でしたのに」
 拗ねつつ掲げられた右手からバラじみた無数の花弁が舞い上がる。宙の花嵐を突っ切った叔牙は腕部装甲をスライドして銃口を露出。身震いする黒犬に狙いを定めた。
「射線確認。……頂くッ!」
 光線三点バーストが真っ直ぐ犬の胴を撃つ! 傾ぐ犬の足先を燃える草を抜けたネズミが駆け上がり漆黒の鼻に噛みついた。悲鳴を上げた黒犬は火の粉を激しくまき散らしながら首を振ってネズミを放逐。ネズミはキャッチしたエリヤの手中で銀杖に変じ、純白に発光し始める。エリヤに飛びかかる犬へ茜が飛び蹴り!
「大人しくぅー……してやがれ! ですッ!」
 直後茜の足裏がジェット噴射し魔犬を地に打ちつけた。転がる黒犬に杖先を向けたエリヤの周囲に蝶の光が飛び回る!
「我が邪眼、燐光の蝶。飛翔せよ。光の法で咎を焼け」
 白光が収束し光線として放たれる! 光線は倒れた黒犬に直撃し爆発。爆煙かき分け這い出た獣の眉間を一刀の太刀が割る。獰猛にうなる魔犬の頭を鍔迫り合いじみて押さえつけ、一刀は諭すように語りかけた。
「おぬしの攻撃、既に見抜いた。暴れるでない。無為に苦しませるなど、わしらの本意ではないからのぅ」
 その時、喉を鳴らす黒犬の目が燃え、全身が膨張! 目を見開く一刀の刃を払い咆哮する黒犬にロフィは全力の拳を打ち込む! 再度炎が爆発めいて放たれ辺りに熱風を吹き散らす。爆心地、爆風を放出して吠える犬にしがみつき、ロフィは笑いながら拳を押した。
「うふふふふ……あはははははははは! とてもとても熱いです! さぁ、もっと私を焼いてください! 魂まで燃えるくらい、もっと強く!」
 炎を吸い込みながらの狂笑が響く。全身を荒れ狂う魔犬の咆哮が声量を増し、火力を急上昇させる。火の範囲外、冷や汗を流すエリオットは翼を広げて地を蹴った!
「くそッ!」
「えっ」
 すれ違いざま、爆炎範囲外までバク転したレーチカの頬が引きつる。あちこち焼かれた一刀を投げ出したアデレードは炎にダイブしたエリオットをにらむ!
「わらわも行く! レーチカよ、援護せいッ!」
「あの中に行く気!? 待って、流石にそれは無茶……」
 引きとめるレーチカに、アデレードの地獄化した右目が向いた。
「仲間の為なら無茶をも辞さんッ! それが正義じゃ!」
「……あーもう!」
 レーチカはポケットに手を突っ込んだ。手づかみで取り出した大量のルビーをアンダースローで全力投球! 弾丸めいて投擲された宝石は炎の壁を突き破り破裂。極彩色のオーラで出来た回廊を生み出した!
「これでどう!?」
「ナイスじゃ! 行くぞい!」
「先行します!」
 ウィングをたたみ低姿勢で走る叔牙に続いてアデレードが回廊に飛び入る。徐々に狭くなっていく道の先、全身を焼きながら黒犬とインファイトするロフィ! その頭に爪を振り下ろさんとする魔犬の前に割り込むエリオットを見た叔牙は拳を構えた。白く冷気をまとう腕を振りかぶる彼を回廊を破った炎が襲う!
「この程度で、この程度で僕を。止められると……思うなぁッ!」
 渾身の右ストレートが吹雪を撃ち出す! ブリザードが潰れかけた回廊を貫き黒犬の顔面を飲み込んだ。背後に庇ったエリオットは黒炎くすぶる爪先で炭化した地面を蹴り上げる!
「黒炎の地獄鳥よ、我が敵を穿てッ!」
 飛び出した黒炎の巨鳥が黒犬の胴を貫き空に押し上げた。同時に爆炎内に突撃したアデレードは限界まで身をひねる。刃のルーン文字からあふれる蒼炎。鳥のクチバシから逃れんと暴れる獣に、アデレードは大鎌を振り回した!
「ぬえええええええええいッ!」
 蒼い炎の円弧が炎鳥ごと魔犬の体を深く斬り裂く! 血を蒸発させ噴き出す爆炎がアデレードを吹き飛ばす。勢いを弱める火の中、深手の傷から血が流して倒れる黒犬の真上、茜は頭上で両手を組んだ。ブレスレットが真紅に光る!
「もういいですか! もういいですね!? わかりました! 崩して潰して犬のタタキといきましょう! 巨王ヒューゲルッ!」
「ちょ、待っ……!」
 噴出が止み、飛び散る残り火を払う叔牙をテレビウムのクーが持ち上げる。アデレードと一緒くたに運ばれる二人をよそに、茜は虚空でハンマーパンチ!
「うおおおおおおおりやああああああああああああああああッ!」
 組んだ拳から真紅の重力オーラが垂直落下! 地面ごと押しつぶされへこみ、歪み、軋む魔犬の周囲に漆黒の蝶が群れ成して集る。杖を掲げたエリヤは静かに呪文を詠唱。その目に蝶の魔法陣が浮く。
「我が邪眼、燐光の蝶。群れをなせ。其等の炎で罪を灼け」
 黒蝶の群れが黒い炎に燃えて爆発、一帯を黒い炎で覆い尽くした。潰れた蛙じみて弱々しい苦悶の声を漏らす黒犬に一刀は刀の切っ先を突きつける。
「苦しいか。じゃが安心せい」
 彼の背後でレーチカがルビーを空に投げつける。夜空に砕け散った宝石から注ぐ緋色の光を浴びながら、刀が紅蓮に燃え上がった。
「主の身を焼くその猛火、この利剣にて切り捨てる! 行くぞッ!」
 告げるが早いか一気に疾走! 肉迫し、振り下ろされた炎の刀が黒炎・重力帯ごと斬り裂いて、暴れる魔犬の首に食い込んでいく。断末魔をの咆哮を上げ炎を吐きだす犬の首は断ち切られ、バウンドしたボールめいて跳ね飛んだ。
「違わず、浄土へ行くがいい」
 一刀が刀を収めると同時、千切れた頭部、燃えていた目が白煙を上げて鎮火。直後、魔犬は風船じみて膨らみ爆発四散した。


 三十分後。回収したテープを丸めつつ、アデレードは連れたったロフィを盗み見る。やや不貞腐れたような表情の彼女に、咳払いして問いかけた。
「……のうロフィよ。お主、何をむくれておるのじゃ」
「むくれてなどいません。ただ……」
 言葉を切り、ロフィは片頬に手を当てる。遠くを見つめ、恍惚とした表情で答えた。
「少し、物足りない気はします。もっと熱く燃やして欲しかった、と……ふふふっ」
「ロクな死に方せんぞお主……」
 溜め息を吐き、校舎の角を曲がり込む。ルビーをもてそびながら修復した戦場を眺めるレーチカの背に、声をかけた。
「テープの回収、終わったぞい」
「あ、お疲れ様。こっちも終わったとこ」
「それじゃ、もうひと仕事だ」
 エリオットの目配せを受けてうなずいた叔牙は、焼却炉のそばに屈んで白菊を置く。集まった仲間としばしの黙祷を挟み、薄く目を開けた。
「好奇心、猫をも殺すと言いますが……今度ばかりは、洒落にならなかった、様ですね。これが……被害者の供養になると、良いのですが……」
「元ネタっぽい話をネットで見たけど……ホントに悪趣味よね」
 静かにつぶやくレーチカの隣で、一刀が組んでいた手で頬をかく。
「せめて、墓を立ててやりたいのう。犬達のために墓を立てられて以降、怪異は無くなり、犬達は安らかに眠る……怪談の締めには悪くあるまい」
「安らかに……ああそっか」
 フードの奥で、エリヤは相槌を打つ。
「あの犬さんも屍隷兵。って事は、あの犬さんのために犠牲になった誰かが居るんだよね」
「そうですね。あと、作った人も!」
 振り向いた茜は空に両手を突き上げる、吠えるように叫んだ。
「見てやがれですホラーメイカーッ! 屍隷兵はひとつ残らず、私達がぶっ倒しますよーッ!」
 夜空に茜の声が反響。エコーがかって消えていく宣言を聞きながら、エリヤはそっと白菊をなでる。
「でも、僕たちで倒せてよかった。誰にも見つけられずに、ずっと焼かれ続けるのは、とてもいたいから……んん?」
 口をつぐみ首をひねるエリヤ。不思議そうに目を瞬かせる彼を、エリオットは不安そうに見下ろした。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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