ジューンブライドはもう遠い

作者:柊透胡

 ジューンブライドは、高遠・香里の子供の頃からの夢だった。そして、本当に叶う夢だった筈なのに。
 結婚を目前にした5月末から3ヶ月も、婚約者の真嶋・隆が海外出張になるなんて、まさか思ってもみなかった。
 ――どうするのよ! 6月過ぎちゃうじゃない。
 ――突然決まったんだから、仕方ないだろ。どうせ、籍入れて記念写真撮るくらいの予定だったし。ジューンブライドに拘るなら、来年でも良いじゃないか。
 面倒くさそうな隆の言葉に、香里が「わかってない!」と叫んで喧嘩別れ。
 結局仲直りしないで、隆が日本を発って一夏が過ぎた――互いに意地もあったのだろう。ろくすっぽ連絡しないまま、香里は7月に三十路に突入した。
 でも、3ヶ月離れていて、思い知ってしまった。独りは、凄く淋しい。
(「帰国の連絡があったって事は……まだ、大丈夫だよね」)
 帰国の便が空港に到着する日時だけ報せて来た素っ気無いメールだったけれど。ちゃんとお迎えして、ちゃんと謝ろう。ちゃんと仲直りして、来年こそは6月の花嫁に――。
「隆……ごめん、ね……」
 香里の最期の呟きを、白き異形は微笑みを浮かべて聞いていた。
 深夜の空港への道路は、中央分離帯に激突して見るも無惨な軽自動車以外に、車が通る気配もない。
「あなたが今、1番会いたい人の場所に向かいなさい」
 白煙上げる車にも構わず、運転席で事切れた香里に、『歪な肉塊』を埋め込む異形。
 ブクリ――。
 忽ちパン種のように膨らんだ香里の亡骸は運転席から溢れ出し、尚も肥大を続ける。
「会いたい人を、バラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう」
 無秩序に伸びた髪は白いヴェールのように全身に纏いつき、幾重にも垂れ下がった白い肉はウェディングドレスのフリルのよう――生前の香里の見る影もない醜悪を見下ろす異形の表情は、変わらず微笑んだまま。
「そうすれば、一緒にいる事ができるでしょう……ケルベロスが2人を分かつまでは」
 そうして、白き異形の姿は夜闇に消えていく。
 ――タカ、シ……。
 香里、だった屍隷兵は、ズルリと、空港へ向かって動き出す。深海魚のような異形2体を従えて。

「そんな、すれ違ったまま、だなんて」
 緋紅の髪をゆるりと揺らし、深緑の瞳を翳らせたドラゴニアンの女性と肩を並べ、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達を見回す。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が危惧した通り、屍隷兵の研究を再開する勢力が現れた。白くも禍々しい人魚、死神『エピリア』もその一。
「エピリアは、人知れず亡くなった方を屍隷兵にした上で、愛する者を殺すように命じているようです」
 屍隷兵の知性は、殆ど喪われている。それ故にか、エピリアの言葉に騙され、愛する人と共にいる為、バラバラに引き裂こうと移動している。
「このままでは、屍隷兵は愛する人を殺害し、その殺された方もエピリアに屍隷兵とされてしまうでしょう。到底、看過出来ません」
 屍隷兵となった者を、元に戻す事は叶わない。せめて、死して尚、愛する者を手に掛ける無惨は、阻止しなくてはならないだろう。
「屍隷兵となってしまったのは、高遠・香里さん。海外出張から帰国した婚約者を迎えに、空港へ向かっていた途中で事故に遭い亡くなりました。婚約者の名前は、真嶋・隆さん。6月に挙式予定でしたが、海外出張を余儀なくされて結婚は延期。その事で2人の間にすれ違いが生じていたようです」
「6月の花嫁になれなかった恋人達、か……こんな事件、起きなければ良かったんだけど」
 溜息を吐くムジカ・レヴリス(花舞・e12997)。常ならばさばさばした性格の彼女だが、今回ばかりは表情も浮かない。
「レヴリスさんの懸念が、今回の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です」
 高遠・香里であった屍隷兵は、深海魚型の死神を2体引き連れ、空港への道路をゆっくりと移動している。
「夜間でしたら、道路に車の往来はありません。中央分離帯がある広い道路ですし、街灯もありますので、戦闘に支障はないでしょう」
 屍隷兵はパン種のように無秩序に肥大した丸っこい身体で、幾重にも垂れ下がった白い肉を引き摺っている。長い白髪は、ヴェールのように全身を覆っているようだ。
「戦いとなれば、垂れ下がった肉を引きちぎって投げ付け、長い髪を振り乱して敵を引き裂こうとします。愛する人の名前を呼んで、回復する事もあるようですね」
 尚、深海魚型の死神は敵に噛み付き、或いは怨霊弾を爆発させるようだ。空中を泳ぎ回り、体勢を立て直してもくる。
「本件に関して言えば、屍隷兵の戦闘力も高くはありません。油断さえしなければ、撃破出来るでしょう」
 今回の屍隷兵は、螺旋忍軍の集めたデータを元に作られたと考えられる。
「それだけでも許し難いですが、愛する人に一目でも会いたいという今際の想いを利用するなど、死者への冒涜に他なりません」
 ちなみに、婚約者は明け方の便で空港に到着するようだ。
「『彼女』がこれ以上の悲劇を起こす前に、ケルベロスの皆さんの手で、引導を渡してやって下さい」


参加者
白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987)
シオン・プリム(蕾・e02964)
ソフィア・エルダナーダ(災厄の狂奔・e03146)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)

■リプレイ

●ジューンブライドはもう遠い
 空港へ続く夜の道路は静かで、明るかった。街灯沿いから離れなければ、視界の心配は無いだろう。
 人は勿論、車の往来も皆無。ヘリオライダーの言葉通りだったが、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)は念の為、殺界を形成する。これで万が一にも、一般人の巻添えはあるまい。
「ジューンブライドって女の子の夢、だよね」
 蒼み帯びた白い髪が揺れた。端正な横顔に対して、声音は年相応の少年のもの。リィンハルトの呟きに、ソフィア・エルダナーダ(災厄の狂奔・e03146)はいっそ天真爛漫に金色の瞳を細める。
「ジューンブライド、かぁ。女の子というか、歳は多分関係ないよね。恋人がいたり、憧れがあるなら、拘りたい所だよねぇ」
 彼女自身、大好きな恋人といつか……なんて、思っているし。
「花嫁になれる幸せ、か。それがこんな事になって……さぞ未練だっただろうな」
 頭上のウイングキャット『夜朱』を下ろし、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)は溜息を吐く。
「すれ違ったまま、なんて」
 誓いの言葉は、死が2人を分かつまで――ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)にとって、胸に迫る皮肉。彼女が己に重なるのは、きっと『花嫁』という言葉の所為だ。
(「生き残った事を嘆いた事もあった……でも、生きていれば叶う筈だったの」)
 死神の悪辣が無くとも、ジューンブライドはもう遠い。彼女の不幸な事故は覆らない。それでも、切なる想いを抱いて逝けただろうに。
「6月の花嫁さんどころかこんな結末って……ないよ。これ以上の悲劇は、止めなきゃ」
「亡くなった人の想いを利用するのは、違うと思うんだよ。主犯は見付けないとね!」
 しょんぼりするリィンハルト。憤懣やる方なしで、ソフィアは緋と藍の『鍛冶師』を打ち鳴らす。
「余計な事は考えないさ……俺はクールなオトナのオトコだからな」
 誰が相手でも、ケルベロスの『役目』は変わらない――そう嘯いた天津・総一郎(クリップラー・e03243)とて、心中穏やかではなさそうだ。
「……あ、ごめん。ぽかちゃん先生」
 仲間のやり取りに、自然と力が入っていたか。腕の中で身動ぐウイングキャットに、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は小さく謝る。心配そうな視線に微笑むのも束の間、脳裏を過る白い影に藍の双眸が翳る。
「こんなのは違う、絶対に」
 零れた少女の呟きに、ムジカも刹那、瞑目する。
「本当に。創ちゃんの言う通り酷い敵」
 屍隷兵は一路、空港を目指す。進行ルートも明確ならば、奇襲も出来たかもしれない。だが、騎士の家系らしく正々堂々を好むシオン・プリム(蕾・e02964)は、道路の真ん中で待ち構える。何処か沈痛の面持ちだろうか。
(「大切な人を想う気持ちを利用し、その手で恋人を殺めさせるなんて……許せない」)
 白雪・まゆ(月のように太陽のように・e01987)も同じく。親友より受け継いだ『鋼の軍曹』を握り締めて。
(「この悲劇はしっかりと止めさせていただきますのです。『ハッピーエンド』を求められる状況ではないからこそ……絶対に、です!」)
 彼女が「高遠・香里」である為に。彼女が愛した彼の中で、彼女が「人」である為に。

●白き花嫁
 ズルリ、ベチャリ――。
 湿った重いものを引き摺るような、音。程なく、夜闇の向こうから現れたのは、生白い肉塊。
 ――タカ、シ……。
 無秩序に伸びた白髪はパン種のように膨らんだ全身に纏い付き、幾重にも垂れ下がった白い肉をズルリズルリと引き摺って歩く。ウェディングドレスのトレーンの如く。醜悪なる花嫁に、やはり醜怪な深海魚が2体、ブライズメイトのように従う。
「道連れにする事が……それが本当にあなたの望みなのか?」
 生前の姿など見る影も無い無惨に、シオンは呼び掛けずにいられなかった。
(「海外出張の間も想い続けたあなたの想い……彼にも伝えられたらいいのだけれど」)
 喧嘩別れのまま今生を終えた香里の経緯を他人事と割り切れず、張り裂けそうな胸の痛みに唇を噛むシオン。
 ――――!!
 だが、立ち塞がるケルベロス達に、屍隷兵は怒りの叫びを上げる。
「あなたは唆されただけ……それでも彼を、人々を襲う者となるのなら、容赦は出来ない」
 響かせてあげる……忘れることのないように――シオンは屍隷兵をしっかと見据える。それは、無音の叫び。彼を待っていた時間を思い出させるように。直截彼女の中へ、澄み渡り幾重にも奏でる永久の残響。
 ――――!!
 応じるような号叫が、開戦を告げる。空泳ぐ深海魚型の死神共が、一転、屍隷兵の前に躍り出る。
「……ちっ」
 仲間が死神に向かう一方、屍隷兵を狙わんとした総一郎は思わず舌打ちする。
 取巻きから片付けるのがケルベロスの基本作戦。死神を平らげる間、屍隷兵の抑えは総一郎が担う。万全を期して、怒りのグラビティも2種準備していたが……死神に阻まれ届かぬと気付く。
「後衛って訳か」
 遠距離単体の怒りのグラビティは、現状、オリジナル技でない限り皆無。そして、得意の【 誘引 】も近距離技だ。仕方なくフォーチュンスターを放つも、見切りも考慮すれば屍隷兵を叩き続けるのは難しいだろう。
「出来るだけ急ぐわ」
 悔しげな総一郎に声を掛け、ムジカのスターゲイザーが死神に迫る。流星も斯くやの射線を、片方が阻む。
「人であるあなたを守るため、ここから先は行かせないのです!」
 声は彼女に、一撃は死神に。一方を盾と認めるや、全力ダッシュから遠心力を乗せた一撃を叩き込むまゆ。
「各個撃破! まずは数を減らしていこうね!」
 蓮華より奔る凍結光線が、まゆのハンマーの軌道を辿る。だが、怪魚の胴を捉える寸前、もう一方も又、飛び込むように遮った。
「両方ともディフェンダーかしら?」
「多分ね! ――東に小陽青龍、南に老陽朱雀、西に小陰白虎、北に老陰玄武 陰陽五行の印もって相応の地の理を示さん」
 ムジカの声に頷き、印を結び声高に詠唱するソフィア。
「……四神方陣!」
 地面に拳を強かに叩き付け方陣を展開するも、するりとかわした死神共は揃って牙を剥く。
「ぐっ!」
 応酬に噛み付かれ、ソフィアの血潮が飛び散る。同時に、前衛目掛けて怨霊弾が爆ぜた。
 じわりと浸透する毒に、相次いで翼を広げる夜朱とぽかちゃん先生。だが、清浄の翼は列ヒール。元よりエンチャント付与率半減に使役修正が重なっては、前衛に加護を行き渡らせるにも時間が掛かりそうか。
「護っているなら、引き離すのも難しそうか……」
 顔を顰めた灰は迷う素振りを見せるも、用意したメタリックバーストも又、列型ヒール。ソフィアが強気の表情で頭を振ったので、死神共へ黒太陽を具現化した。
 今回のメディックは、ウイングキャットの夜朱のみ。その回復手段は列ヒールで、抑え目の回復量にも使役修正が掛かる。そのフォローに複数がヒールを準備しているが、攻撃手が回復に回れば、その分火力も減じる。戦力に安定にケルベロスの回復役を1人置いても良かったかもしれない。
(「きっとね、香里ちゃんは……逢いたい、だけなんだよね」)
 ライトニングロッドから迸る雷を、リィンハルトは屍隷兵に放つ。
 バチバチィッ!
 死神も流石に連続して盾となれず、魔力が肉塊に爆ぜる。
「彼氏さんを同じ屍隷兵になんて……絶対、望んでないよね、香里ちゃん、だから僕達は、君を、全力で止める、よ」
 ――タカシィィ……。
 少年の声が聞こえたか否か、悲痛が響き渡る。屍隷兵の爆裂の傷口が見る見る癒えた。同時に、麻痺齎す雷気も失せる。
「もしかして、メディック? そこまでして、彼に……」
 死神共を盾に、自らを癒しながら押し通る気か。文字通りの死に物狂いに、シオンは思わず息を呑む。
「だけど、どんなに悲しくたって、生きている人と、亡くなった人は一緒にいられない。こんな形で引き会わせるなんて絶対に出来ないよ!」
「そうね。最後に逢いたいと願った人を害する事なんて、誰も望んで無い」
 今にも泣き出しそうな蓮華の叫びに、ムジカは凛然と頷く――悲劇はここで終わりに。

●愛しき呼び声
 只管に進もうとする屍隷兵の行く手を、ケルベロス達も只管遮り続ける。
 シャァァッ!
 死神共は時に噛み付いて生命エネルギーを啜り、毒帯びた怨霊弾を撒く。盾たるを自覚してか、片方が牽制する間に泳ぎ回って体勢を立て直す事もしばしば。
 ――タカシィィ……。
 総一郎に攻撃されながらも屍隷兵は無理に突出せず、白髪を振り乱し肉塊を投げ付けてはケルベロスの加護を砕く。一方で頻繁に愛しきを呼んでその身を癒した。後衛まで届くブレイクの術もなければ、幾重も巡らされた厄の耐性は、散発的な攻撃では阻害効果を顕す前に除いてしまうだろう。
 苦戦というより、持久戦に付き合わされている呈。剣呑に紫の双眸を細め、シオンはアームドフォートの標準を合わせる。
(「もし言葉で済むならこれ以上傷付けたくはなかった……だけどもう、仕方がない、か」)
 まずは死神を。無数のレーザーを発射し、ミサイルポッドから焼夷弾をばら撒く。盾同士でも同時に攻撃されれば、庇う事自体は余り意味を為さなくなる。
「死んだ者はもう戻れない。それがこの世の法則だ……残念ながら、な」
 序盤は夜朱に指示していた灰も、漸く攻撃に本腰を入れる。ライジングダークと御霊殲滅砲を交互に放てば、じりじりと怪魚の動きも鈍っていく。
「そうそう! 死者は死の壁の向こうに、生者は生の壁のこちらに、なんだよ!」
 叫びと共にドラゴンブレスを吐くソフィア。命中率に怪しい所もあり、一応、メタリックバーストも用意していたが、一心不乱に攻撃を続ける。ジャマーの攻撃は、範囲型であっても掛かれば厄も重い。
「無禮に罰を。注げ、懲の禮雨」
 同様に、リィンハルトも魔法で血の如き雨を降らせ、死神に負荷を与えていく。
「ね、いっしょにあそぼ?」
 悪戯めいた少年の笑顔に、死神共は牙を剥くが、蓮華とぽかちゃん先生が揃って庇った。
「よっさこーい♪」
 掛け声は軽やかに、振るう一撃は重々しく。まゆの攻撃はあくまで真っ直ぐだ。居並ぶ死神相手ならキャバリアランページもと考えたが……超加速突撃は、正面から叩き潰すのが得意なまゆと相性が悪い。故に、アイスエイジインパクトとサイコフォースを交互に、各個撃破を目指す。
 範囲攻撃が撒かれる中、重撃を浴びせられ、一方の死神が苦鳴を上げる。その叫びに怒涛が増して程なく。
「世界に満ちる音に、死神の声は要らないわ」
 降魔の蹴打が容赦なく死神の頭部を抉る。地に墜ちた怪魚に凛然と言い放つムジカ。
「思い知ったよ……もう、解り合えないって」
 蓮華の呟きは、戦術超鋼拳の唸りと骨折るような鈍い音に紛れて。もう一方にも引導を渡す。
「よそ見するんじゃあねーぜ、テメーの相手はこの俺だ」
 漸く、盾が取っ払われる。真っ先に飛び出した総一郎は屍隷兵を平手で強かに殴りつけた。ギョロリと髪の隙間から睨まれて、いっそ不敵に笑む。
 ――――!!
 轟く絶叫。振るわれた白髪が余さず総一郎に叩き付けられ、盾の加護を消し飛ばす。
「……っ。今の内にやれ!」
 歯を食い縛る総一郎に、夜朱から翼の加護。それだけでは足りず、蓮華は思わず声を張る。
「ぽかちゃん先生! 治療お願い!」
 応じたふわもふのウイングキャットは、その肉球でプニプニと。ついでに、清浄の翼のおまけ付き。蓮華曰く『極上のアニマルセラピー』らしいが、確かに効果覿面のようだ。
 総一郎が持ち堪える間に、ケルベロスの攻撃が屍隷兵に殺到する。盾を剥がされれば、脆い。忽ち白い肉塊は削げ、炎上し、凍れる箇所が砕かれる。その度、屍隷兵はビクリビクリと震えた。
「ね、何て伝えたかった……? 代わりに、僕達が伝えられるかもしれない」
 命薙ぐ刃は影の如く。一拍遅れて腐汁が撒かれるのも構わず、リィンハルトの言葉は優しい。
 無言の侭、シオンはバスターライフルを構えて耳を澄ませる。もし言伝あれば、彼女の遺志を届けたいと。
 だが、命と同時に大半の理性と記憶を落とした彼女の言葉は、唯1つ。
 ――タカシィィ……。
「残念だけど、隆さんには会わせてあげられないんだよ!」
 その呼び声を、もう何度聞いただろう。くしゃりと顔を歪ませて、ソフィアの旋刃脚が閃く。
 ――タカシィィ……。
 半身砕かれ、もんどりうって倒れる。それでも、夜闇に響く愛しい呼び声。耳を塞ぎたくなる程の哀しさを全て受け止めると決して、ムジカの竜爪撃が肉塊を貫く。
「この姿を花嫁衣装のよう……なんて、言わないわ。あなたを飾る白は、本当のあなたのものとは違うから」
「ああ、白いドレスはあんたによく似合うだろう。想像でしかないけれど何となく、そう思った」
 静かに呟き、灰のファミリアシュートが奔る。
「承りました……あなたの名前を只管呼んでいたと、真嶋さんに伝えますですよ」
 刹那、黙祷を捧げるように瞑目し、まゆはバトルハンマーを構える。
 Centrifugal Hammer――全力全開のその一撃が、6月の花嫁を果たせず逝った彼女への餞となった。

「来世では、素敵な花嫁さんになってください、ですね」
 粛々と道路にヒールを掛けて回るまゆ。『彼女』の心がせめて穏やかにあるよう祈るシオンの前で、倒れた屍隷兵はぐずぐずと溶け失せた――肉に埋もれていた、銀の指輪1つ残して。
(「彼に、彼女を遺せなかった……愛するひとがいない世界なんて、受け止められないだろうに」)
 ムジカは沈痛な面持ちで指輪を握り締める。
「どうかゆっくりおやすみなさい……」
 せめて、屍隷兵が倒れた所に声を掛けるソフィア。遺体が無いのは、自身の肉親や縁者も同じ。今回の事件は色々な意味で腹立たしい。
(「……死神達の考える世界は生きている人間とは決定的に違う世界だ」)
「だからもう止めなくちゃ、こんな事は……!」
 脳裏に浮かぶ白き人魚の影を振り払う。決別を呟く蓮華に、ぽかちゃん先生は静かに寄り添う。
「花婿に報告もしてやった方がいいよな」
 頭に夜朱を乗せ、道端に花を供えた灰が振り返れば、総一郎は浮かない顔。
「さあ帰ろうじゃ……流石にもやもやするしな」
 関わった以上、最後まで立ち合うのもケルベロスの『役目』だから――だが、彼自身判っている。戦う中では万能の神や英雄の心地にもなるけれど、救えない者だっている。切ないまでの想いに触れれば尚の事。
「可能なら、僕も伝えてあげたい、かな」
 殺界を解いたリィンハルトもコクリと頷く。
「彼に伝える言葉をもたないアタシは逢えないけれど……彼女が最後まで彼を想っていた事は、どうか――」
 ムジカのステップに合わせて、花びらに似た、光の欠片が舞い落ちる。
 心花――最愛を喪い、戦う時だけしか踊れない、1人の元ダンサーのせめてもの鎮魂だった。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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