想いは屍となりて往く

作者:澤見夜行

●死神の誘い
 月明かり眩しい深夜。暗闇深い山道を一台の車が走る。
 車を運転する深見涼子は、慣れたハンドル捌きでワインディングロードを駆け抜けていく。
 時計を目にすると深夜一時を回っていた。
 今日は娘――良子の誕生日だった。本来であればとっくに家に着き娘と共に誕生日を祝っているはずだった。
 急な仕事が舞い込み娘には悪いことをしたと、後悔と反省が頭を巡っていた。
 自宅はこの山道を越えた先にある。あと少しだ。
 バックミラーに目をやると、後部座席に座った熊のぬいぐるみがこちらを見ている。
 良子は喜んでくれるだろうか。受験勉強中の娘の笑顔が脳裏をよぎる。
「――!!」
 その時、『何か』が飛び出して来た。
 犬、猫、はたまた狸か。普段であればそのまま轢いてしまっていたかもしれない。
 けれどその日に限って判断を誤った。涼子は娘のことに気を取られており、咄嗟に飛び出してきた何かを避けようとハンドルを切ってしまった。
 やってしまった――そう思うより先に衝撃が車を襲い頭を打ち付ける。続けて浮遊感が身体を襲う。
 何が起きているのか理解するより早く、更なる強烈な衝撃が涼子を襲い、意識することなく涼子は絶命した。

 崖から転がり落ちた車のすぐそばに、ソレは現れた。
 深海魚を模した死神を複数引き連れ微笑むのは、死神エピリア。
 エピリアは、車から投げ出され息を引き取っている涼子に近寄ると、『歪な肉の塊』を埋め込んだ。すると涼子の死体は軋む音を立てながらその姿を変えていく。
 程なくして、そこには涼子の面影一つ無い、邪悪な屍隷兵が誕生した。
 微笑みを崩さないエピリアは言う。
「――あなたが今、一番会いたい人の場所に向かいなさい。
 会いたい人を、バラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう。
 そうすれば、ケルベロスが2人を分かつまで、一緒にいることができるでしょう……」
 微笑みを湛えたエピリアはそう言うと一人消えていく。
 後には、一体の屍隷兵と、二体の深海魚型死神が残るだけだ。
 屍隷兵はしばらく立ち尽くしたかと思うと、深海魚型死神を引き連れてゆっくりと歩き出す。
 月明かり差す中向かうは、最愛の娘の待つ我が家――。


「死神『エピリア』が、死者を屍隷兵に変化させて事件を起こしているようです」
 集まったケルベロス達を確認すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が開口一番に言う。
「被害者は深見涼子さん。帰宅途中の道で事故を起こし、亡くなってしまわれたようです」
 資料に目を通しながらセリカは続ける。
「エピリアは、涼子さんを屍隷兵にした上で、その屍隷兵の愛するもの――娘の良子さんを殺すように命じているようなのです。
 屍隷兵は知性を殆ど失っていますが、エピリアの言葉に騙されて、良子さんと共にいる為に、良子さんをバラバラに引き裂こうと移動しています」
 愛する人の気持ちを利用するなんて、許せないですねとセリカは憤る。
「このままだと、屍隷兵は良子さんを殺し、殺された良子さんもエピリアによって、屍隷兵とされてしまう事でしょう。
 そんな事を、許すわけにはいけません。
 屍隷兵となった者を元に戻すことはできませんが、涼子さんが娘さんを殺すような悲劇が起こる前に、どうか撃破してください」
 悲哀の表情を浮かべながら、セリカは説明を続ける。
「敵戦力は屍隷兵一体と、二体の深海魚型死神となります」
 エピリアの存在は確認できないので屍隷兵に集中してもらって大丈夫です、とセリカは言う。
「噛み付きや、引き裂くような攻撃をしてくるようですが、屍隷兵の戦闘能力自体は高くありません」
 セリカはそう言いながら、敵資料を画面に表示していく。
 深海魚型死神は噛み付きや毒をまき散らす攻撃、ヒールグラビティを用いて戦闘することがわかる。
「戦闘場所は屍隷兵が出現した山道から、良子さんが居る自宅までの一般道路です。深夜と言うこともあり、あたりに人気はありませんので避難誘導等の必要はありません」
 セリカがコンソールを操作すると屍隷兵が出現した地点と深見家までの地図が表示される。山を挟んではいるものの、そう遠くない距離であることがわかった。
 セリカが資料を閉じて、ケルベロス達に向き直る。
「この屍隷兵は、螺旋忍軍の集めたデータを元にして作られたものなのだと思われます。
 死ぬ前に、愛する人に一目でも会いたいという気持ちを利用して殺人を起こさせようとするなんて絶対に許せません。
 どうか悲劇の連鎖が起こる前に、屍隷兵に止めをさしてあげてください」
 決意を込めた瞳が、ケルベロス達へと向けられた。


参加者
八代・社(ヴァンガード・e00037)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
毒島・漆(魔導煉成医・e01815)
ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
フィオ・エリアルド(鉄華咲き太刀風薫る春嵐・e21930)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)

■リプレイ

●闇夜を照らす正義
 下弦の月が闇夜を照らす。
 予知された現場付近は舗装された道ではあるが、山道ということもあり街灯が少なかった。
 ケルベロス達は、各々用意した光源で暗道を照らす。十分すぎる光が闇を斬り裂いて行った。これならば、気づかないうちに屍隷兵に近寄られることもないだろう。
「人の心を、思いを好き勝手に利用するモノは好きませんね」
 紫の炎が闇夜にゆらめく。人の心や思いは大切で尊いモノであると思っている八柳・蜂(械蜂・e00563)は、心の内を呟いた。
「『死を弄ぶ者』ですか……。これ以上死者の尊厳が汚される前に、解放するべきですね」
 索敵しながら、ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)が発言する。
「ええ、まったく。このような事件を起こす死神エピリアは許せませんわね。被害はここで止めて娘さんを必ずお守りしますわっ」
 口を尖らせる霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)が相槌を返すと、相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)が瞳に涙を溜めながら続いた。
「身体、改造されて、好きな人、殺さなきゃいけなくされて……こんなの、悲しすぎます……。これ以上、悲しいこと、起こさないために……死んだ後も、これ以上悲しい思い、させないために……ぜったい、止めますっ!」
 三人の思いは、その場に集まったケルベロス達の総意だろう。利用され凶行を起こそうとする屍隷兵を一刻も早く止めたいという思いを抱いていた。
 鈴虫と葉擦れの音の中を待つこと数刻。「……ァ……ァァ……」と低い呻き声を上げながら、ソレは現れた。
「来ましたね」
 毒島・漆(魔導煉成医・e01815)が、ソレへと光源を向けて確認する。その光の先、生前の深見涼子の面影を一切持たない、屍隷兵がゆっくりと歩いていた。
「ウゥ……ヨ、シコ……」
「……会いたいんだね。けど……ごめんなさい。その願いを叶えるわけにはいかないの……!」
 愛する者を探すように口走る屍隷兵を、哀れむようにフフィオ・エリアルド(鉄華咲き太刀風薫る春嵐・e21930)が告げながら道を塞ぐ。
(「娘さんにどうしても会いたいんでしょうね……だが、それを叶えさせるわけには行きません。死者は静かに眠っていて下さい」)
 屍隷兵への思いを胸にしまい、漆が静かに穿壊銃と搏撃銃を両の手に構え呟く。
「……この先に行かせるわけには行きません」
 漆の声に決意が篭もる。
「今のあなたと娘さんを会わせるわけにはいきませんの。そのためにはここから先には通すことはできませんわね」
「【敵を確認、戦闘態勢に入ります】【目標:死神二体】それと……【屍隷兵】一体……」
 ちさとユーリエルが続くと、全員が武器を構えた。
「……始めようか。ボク達にしかできないことを」
 眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)が覚悟を決めると、八代・社(ヴァンガード・e00037)が屍隷兵を見据えて構える。
「言葉は要らない。止めて、楽にしてやろう」
 ケルベロス達の敵意を感じ取ったのか、屍隷兵と深海魚型の死神が殺気をむき出しにする。
「ジャ、マ……シ、ナイ、デ!!」
 月明かりが見守るなか、屍隷兵との戦闘が開始された。

●想いは空へと消え往く
 ケルベロス達の敵戦力の把握とその対応策は、高レベルで完成されていたと言ってもよかった。
 屍隷兵を守ろうとする二体の深海魚型死神に狙いを定め、各個撃破を目的とした動きで敵戦力を追い詰めていく。
「支援します」
「みなさんの、援護、しますっ!」
 ユーリエルと愛がメタリックバーストで仲間達の命中率を引き上げる。
「カイリ」
「うん、まかせて」
 エンチャントを受けた戒李と社が熟達したコンビネーションで、空中を自在に動き回る死神の内、一体を追い詰めていく。
 必中とも言えるタイミングで戒李の放ったストラグルヴァインが死神を縛り上げると、それに合わせ社がグラインドファイアで蹴り飛ばす。
「みんな、合わせて」
 戒李が仲間に告げる。皆その意図は理解できていた。縛り上げた死神へと攻撃が集中する。
「シッ――!」
「いきますの!」
 漆がスターゲイザーで駆け行動阻害を与えると、その隙を逃さず、ちさが戦術超鋼拳で的確に死神にダメージを与える。
 攻撃は止まらない。即席でありながら完璧な連携が死神を追い詰める。
「そこです」
 蜂が素早く動きながらライジングダークを照射すると、死神達の動きがさらに鈍くなる。
「死んだ人を利用する……それが死神の仕事なのかもしれないけど……だけど、こんな事……大切な人を殺させるなんて、やっちゃダメなんだよ……!」
 フィオがグラビティ『紅月夜の猟宴(ハンティングナイトフェスト)』を発動し、追い詰められた死神を急襲する。動きを抑制された死神は逃げること叶わず、雷刃突からルーンディバイドの直撃をくらい消滅した。
「キィィィィィ!」
 仲間をやられたもう一体の死神が叫声を上げながら怨霊弾を発射する。
 大量に降り注ぐ弾が毒を撒き散らす。
 回避に専念しているケルベロス達を引き裂こうと、屍隷兵が襲い来るが、その動きは遅い。
「エクレア!」
 ちさのサーヴァント、ウイングキャットのエクレアがケルベロス達を庇いながら動きを撹乱する。
 追撃を免れたケルベロス達は体勢を整え、構え直した。
「だ、大丈夫、ですか? もうちょっと、がんばってくださいっ!」
 愛のオラトリオヴェールが仲間達を癒やし、解毒していく。
 体勢が整うと、ケルベロス達の動きは素早い。さきほどと同じように、屍隷兵を相手にせず死神を追い詰めていく。
 クラッシャーとして前衛を務める社と戒李が、仲間達を先導するように見事なコンビネーションで大ダメージを与えていく。
 漆とフィオがそれを援護するように行動阻害を与えると、死神は目に見えて動きが遅くなった。
 逃げるように泳ぎ回り自身を回復する死神だが、その回復量はダメージに追いついていない。
「『蟷螂型ローカスト因子:起動』……。この翅は、敵が見る最期の芸術……。眼に焼き付け、消滅せよ。『M・イルミネーション』発動します……」
 グラビティ『M・イルミネーション(マンティス・イルミネーション)』を発動するのはユーリエルだ。ユーリエルの一房の髪色が萌黄色へ変わり、背部から虹色の翅が精製され破壊音波が放たれる。
 音波を受けた死神は身体の一部が石へと変化し、行動が鈍る。そこを逃さずユーリエルがスパイラルアームを振り抜いた。
 石化した部分から死神の身体が粉々に砕け、時を待たずして死神は消滅した。
「あとは……」
「あなただけですね」
 残る屍隷兵に視線が集中する。
「ウゥ……ヨ、シ……コ……」
 ケルベロス達へその伸びた爪腕を振り回しながら、屍隷兵は進む。
 その足は脇目も振らず、愛する者――娘の待つ家へと向かっていた。
「行かせませんよ」
 蜂が軽快な動きでその行く手を阻み、左腕を伸ばす。
「会いたいだけなのに、こうして邪魔されるなんて不服、でしょうか。会えずにふたりを分かつことを許してね」
 地獄化された左腕の指先から放たれる毒針。グラビティ『蜂毒(ヴェノム)』。冷たく熱く痛み、奥底深く蝕む甘い蜂毒が、屍隷兵の動きを鈍らせる。
 間髪いれずに漆が飛び込む。
「娘さんのところには行かせませんよ」
 スターゲイザーと轟竜砲を連続で叩き込む漆。よろめく屍隷兵を見て、さらに追撃を行う。
 如意直突きを受け呻く屍隷兵。
「『獄霆武装』……雷鬼之獄鎧ッ!!」
 『雷鬼之獄鎧(ライキノゴクガイ)』を発動し、屍隷兵を蹴り飛ばす。
「ァ……ァァァ!」
 倒れ込みながらも、屍隷兵は前を見据える。その虚ろな双眸は帰るべき道の先を見つめていた。
「……っ!」
 その姿を見て、ちさは心を痛める。
 ちさは本当は屍隷兵――深見涼子を助けられれば一番だと思っていた。意識はないのか? 自分のしようとしている事に気がついて欲しい、と心で叫ぶ。
 救済への希望を、心の内に秘め戦うちさ。その内心を見抜いたようにフィオがちさの肩を叩く。
「心苦しいけど、躊躇しちゃだめだ。これは不幸な事故だった。罪なんてない人だったんだ。だから……その手を汚させる前に、終わらせてあげないと……!」
「フィオさま……」
 フィオの言葉に、ちさは決意する。
 そう私達が終わらせなければいけなんだ。
 エクレアに指示をだしながら、フィオと共に接近し旋刃脚を浴びせる。立ち上がったばかりの屍隷兵が苦しげに嗚咽を漏らす。
 フィオの絶空斬が屍隷兵を追い詰めていく。
「貴女を解放します、屍隷兵……いえ、『深見涼子』さん。これ以上、娘さんを悲しませない為にも……」
 ユーリエルが続けて攻撃に加わる。旋刃脚からスパイラルアームのコンビネーションを浴びせ、屍隷兵へ深刻なダメージを与えていく。
 満身創痍の屍隷兵は、けれど歩みを止めることはない。ただ、内に残る想いのカケラに突き動かされ、足を動かしていた。
 終わりは近い。全員がその時が来たことを理解した。
「やるぞ、カイリ」
 社が相棒である戒李に言葉を向け、両手に提げたリボルバーに魔力を送り込む。撃鉄がひとりでに起き上がると、銃口から燐光が漏れ始めた。
「うん、サポートよろしくね、ヤシロ」
 戒李は社に答えると、静かに詠唱を開始した。
 屍隷兵の正面に立つ戒李は、詠唱を続けながら屍隷兵の座標を見極める。屍隷兵周囲の魔力濃度が次々と改竄されていく。
 社が駆ける。側面に回り込むように動きながら、ビーム砲めいた『魔弾』を連射する。『鏖殺の驟雨(プログラムナンバーナイン)』。社の放つ『空想銃弾』の光の雨が、屍隷兵の動きを止めた。
 回避行動を取ろうとする屍隷兵の下肢を銃弾が貫く。崩れ落ちる屍隷兵。
 ここまでの社の行動は、全て戒李の詠唱を待つためのものだ。
「――眠ってくれ。せめて安らかに」
 戒李の詠唱が終わると同時。社が飛び退くと、戒李が腕を伸ばし呟いた。
「――おやすみなさい」
 戒李のグラビティ『紅蓮天焦(ファーヴニル・クライ)』が発動する。
 屍隷兵周囲の温度が爆発的に上昇し、連鎖的に発動した火焔魔術が巨大な火柱となって屍隷兵を包み込む。
「アァァァ……! ヨ、シ、コ……ヨ、シ……コ……」
 咆哮轟く火竜の顎は、天へと運ぶように屍隷兵を打ち上げ、爆砕する。
「デカい送り火だぜ」
 社は、いつかこの元凶を焼き尽くそうと心に決めながら、燃えさかる焔を見仰いだ。
(「屍隷兵の体も、歪んだ愛も、全部ここで燃やす。綺麗な魂だけが残りますように」)
 心に熱い願いを灯しながら、祈るように戒李は目を閉じた。
「流石に私も、『人の因子』は取れません。ですが……貴女の『愛』は、伝える事ができます、『深見涼子』さん……」
「………今度こそ安らかに眠って下さい」
 ユーリエルと漆が人知れず呟いた。
「ケルベロスがふたりを分かつときまでなんて。まるで、私達が悪者みたいね。なんて……悪者は、人の尊い思いを利用する死神なのに」
 蜂の呟きを飲み込みながら火柱が消えていく。
 こうして、屍隷兵は撃破されたのだった。

●残された想いを伝えること
 ケルベロス達は戦闘で壊れた道路などを修復すると、足早にその場所へと向かった。
 全員で相談して決めたわけではない。皆が自発的にその場所へと向かったのだ。
 壊れたガードレールの下に広がる山林。つぶれた車がそこにはあった。
 幸いにも、車はつぶれているだけで燃えたりはしていないようだった。
「ありました。これですね」
 蜂が車の中から砂埃に塗れた熊のぬいぐるみを見つける。
「見つけられてよかった」
「誕生日プレゼント……代わりに届けてあげないとね……」
 漆が一安心というように息を漏らし、フィオが哀しげに呟いた。
「どうやって渡せばいいか、悩みますわね」
 砂埃を叩き落としながら、ちさは小首を傾げる。
「これもありました。皆さんから同意を得られるならば、私から連絡します」
 ユーリエルが、拾い上げた鞄から連絡先を見つけ出した。
 ケルベロス達は相談し、ユーリエルが連絡することになった。
「うぅ……、よく、見えません……」
 相談する横で、愛は断末魔の瞳で深見涼子の最後の時を見届けようとしていた。
 しかし、残念ながらうまく見ることはできなかった。これは深見涼子が事故による死を迎えたことによるものだろう。グラビティによる死を迎えたわけではないことが影響しているのだ。
 肩を落とす愛。その愛を励ますように戒李が肩を叩いた。
「涼子さんが、良子さんの事を想っていたって伝えなくちゃね」
「……はい」
「もういないことを伝えるのは酷だが、知らなければ、前へ進むことも出来ないだろうからな」
 社が後押しするように言った。
 そうして、ケルベロス達は遺品を集めると、現場を後にした。

 ユーリエルからの電話を取った良子は冷静に話を聞いていた。否、突然の話に理解が追いついていなかった。
 ケルベロス達は相談した上で、深見涼子が事故に遭い死亡したこと、そしてその死体を屍隷兵としてデウスエクスに利用されたこと、ケルベロスとしてその屍隷兵を倒したことを良子に伝えた。
「こ、これを……涼子さん、ほ、本当に良子さんのこと、想って、い、いましたよ……」
 玄関口で待っていた良子に、愛は熊のぬいぐるみと遺品を渡す。
 呆然とした良子の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう、ござい……ます」
 か細い声でケルベロス達にお礼を述べた良子は、受け取った熊のぬいぐるみを力強く抱きしめると、震える唇を噛みしめ、けれどせき止められない大粒の涙を止めどなく零す。
 ケルベロス達はその姿と、やるせない気持ちを心に刻み込む。
 途切れることのない嗚咽を聴きながら、ある者は良子を慰め、ある者は空を仰ぐ。
 彼女の想いを届けられただろうか。自問するケルベロス達を下弦の月が見下ろしていた。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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