三日月と待宵草

作者:犬塚ひなこ

●ふたりの約束
 大丈夫。真夜中になる前にはちゃんと花を摘んで戻ってくるよ。
 だから、おねえちゃんは病室で待ってて。
 私が帰ってきたら一緒に花とお月様を見てたくさんお話をしよう。
 ――約束だからね。
 そういって夜の山に向かった少女は今、血塗れになって茂みの中に倒れていた。
「おねえちゃん……ごめん、ね……約束、守れない、かも……」
 ただ病床の姉の為に待宵草の花を取りに来ただけだった。待宵草は宵になるのを待つようにして咲く花。病院を出られない姉が山に咲いている花を見ることは叶わないので、せめて一輪だけでもと考えたのだ。
 山に入った少女は急な斜面に咲いている花に手を伸ばした。
 その結果、足を踏み外した彼女は十数メートル下に転げ落ち、致命傷を負うことになった。既に時刻は夜。意識は朦朧としており、少女に死が近付いている。
「月見草といっしょに、お月見、したかったね……」
 そして――おねえちゃん、ともう一度呟いた声が少女の最期の言葉となった。

 やがて、息絶えた少女の傍に深海魚死神を連れた影が現れる。
 その名は死神・エピリア。亡骸に近付いたエピリアは其処へ歪な肉の塊を埋め込み、少女を屍隷兵として蘇らせた。そうして、おぞましい姿になったそれへとエピリアは命じる。
「さあ、あなたが一番会いたい人の場所に向かいなさい。会いたい人をバラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう」
 そうすればずっと一緒にいることができる。ただし、ケルベロスが二人を分かつまで、と付け加えたエピリアはその場を去っていく。
「オネエ、チャン……イッショニ……」
 残された屍隷兵は殆ど残っていない知性と記憶から、最も会いたい姉への思いを搔き集めながら立ち上がる。だが、彼女は今から自分が行う行為の意味すら分からないでいる。
 三日月の夜、病院に向けて深海魚達と共に歩き出す屍隷兵。
 その手にはぐしゃぐしゃになった待宵草――月見草とも呼ばれる花が握られていた。

●待ち続ける宵に
 死神『エピリア』が、死者を屍隷兵に変化させて事件を起こしている。
 その事件のひとつが未来視できたと語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は悲しげに眸を伏せた。
「エピリアは死者を屍隷兵にしたうえで、愛するものを殺すように命じています。屍隷兵は知性をほとんど失っているのですが、エピリアの言葉だけを妄信して動いているようです」
 このままでは屍隷兵となった少女は愛する姉を殺し、殺された姉もまたエピリアによって屍隷兵とされてしまう。そんなことを許すわけにはいかない。
 顔をあげたリルリカは集ったケルベロス達に真剣な眼差しを向けて願う。
「屍隷兵になってしまった女の子を元に戻す術はありません……。それでも、彼女が死ぬ間際にまで想ったお姉さんを殺すような悲劇だけは止められます」
 どうかお願いします、と頭を下げたリルリカは敵の詳細について語り始めた。
 標的は屍隷兵が一体と深海魚型死神が三体。
 一行は現在、山道を降りて病院に続く道を進んでいるようだ。
「皆様はその道で待ち伏せをして屍隷兵達を迎え撃ってくださいです。ケルベロスは敵だと思われているようなので向こうも応戦するはずでございます」
 前衛には深海魚達が立ち塞がるように泳いでいる。それらは屍隷兵を庇うように動くので先に倒した方が良いだろう。また、屍隷兵自体の戦闘力は高くはないので全員で協力すれば難なく終わらせられるはずだ。
「皆さまの実力があれば勝てるとリカは信じています。ですが、彼女……いえ、屍隷兵はずっと『おねえちゃん』と大好きな人を求めて呻き続けているみたいです」
 まるでその姿は泣いているかのよう。
 そんな相手を倒すしかないケルベロスの心情は計り知れず、リルリカの表情は曇っていた。涙を堪えたリルリカは俯きそうになる気持ちを抑え、仲間達に視線を向ける。
「大好きなお姉さんに一目でも会いたいという気持ちを利用するなんて……ぜったいに許せません。たとえ皆さまが二人を引き裂くことになっても……」
 そうすることが正解であり、正しいこと。
 だから、と両手の掌を震えるほど握り締めたリルリカは強く願った。悲劇の連鎖が起こる前に屍隷兵に止めをさしてあげて欲しい、と――。


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
リサ・ギャラッハ(雲居ヒンメル・e18759)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)
ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)
ラヴェルナ・フェリトール(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e33557)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●夜陰
 街灯が明滅し、暗い夜道を不穏に照らす。
 変わり果てた少女が抱くのは大切な人への思い。そして、叶わない約束。
「……大事な人の……為に、頑張って……死んじゃ……余計、悲しませる……」
 ラヴェルナ・フェリトール(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e33557)は件の少女――屍隷兵を思い、悲しげに瞳を伏せた。
「――ただでさえ悲劇だったことに悲劇を重ねるのか」
 ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)も死神が作り出した状況を思い、僅かに俯く。分かりきった結末を知れば自然と足取りは重くなる。だが、と顔をあげたヴェルトゥとアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は山道の方を見遣った。
 それでも、これ以上の悲劇を生み出さない為に自分達が止めなければならない。
 件の病院には罪もない人々がいる。
 事前に状況だけを説明しようと考えていたヴェルトゥだったが、大規模作戦でもない戦闘を不用意に知らせるのは不安を煽るだけ。それゆえに敢えて通達は行わず、ヴェルトゥはその代わり必ず敵を屠る覚悟を決めた。
 ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)は兄の唄声が入った音楽プレーヤーを撫で、近付く気配を感じる。双子の兄と共に戦えるような気がするのだと独り言ちたネーロは現れた屍隷兵を見据えた。
「やあ、来たね」
「これ以上、この子を苦しませる訳にはいかんね」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は病院を目指す屍隷兵の前に立ち塞がり、しっかりとその姿を見つめた。自分にも大切な妹がいる。もし同じようなことになってしまったと思うと苦しく、どうにも出来ない感情が胸を支配する。
「オネエ、チャン……イマ、アイニ……」
 逢いに行くよ、と言いたいのだろう。そう感じた藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)は静かに身構える。ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)も瀬理達と同様に敵の前に立ち、両手を広げた。
「ここから先、通す訳には行きません故!」
 だが、どうしようもなく胸が痛い。彼女も同じ気持ちなのだろうかとウエンが窺い見ると、屍隷兵は怒ったような様子を見せ、大きく腕を振りあげた。
 此方が少女にとっての敵と見做されたのだと察し、ラヴェルナとリサ・ギャラッハ(雲居ヒンメル・e18759)は咄嗟に身構える。その隣にはテレビウムのフィオナも居た。
「せめて、楽に。……それくらいしかできませんから」
 許しはこいません、と口にしたリサに続き、アルシエルも屍隷兵の周囲に浮かぶ深海魚型死神を見据えた。
「心情はさておき、敵である以上消し去るだけだ」
 胸裏に浮かぶ思いはあれど、今はそんなものは邪魔なだけ。
 ただ目の前の敵を倒すだけだと己を律し、アルシエルは剣を振りあげる。その瞬間、真夜中の戦いの幕があがった。

●少女
 屍隷兵を守護する形で深海魚達が布陣し、怨霊弾を吐き出す。
 宙を舞う霊弾は其々の標的に向かって迫った。リサは後衛に向かった攻撃を肩代わりするべく一歩前に飛び出す。
「全体に攻撃が来ます。気を付けてください!」
 鋭い痛みがその身を貫いた一瞬後、他の仲間達のもとにも衝撃が与えられた。
 すぐさまアルシエルが刃で星座の守護陣を描き、前衛に耐える力を付与する。更にボクスドラゴンのモリオンが己の属性を癒しの力に変え、痛みを受けた仲間に施した。
 其処に続いてネーロが地面を蹴りあげ、流星の一閃を放つ。
「お姉さんを呼ぶ声は痛ましいけれども、更にもう一つの悲劇を起こすわけにはいかないから……」
 その為にはまず、深海魚型の死神から倒す。
 ネーロの一撃に合わせ、ウエンが蹴撃を重ねていった。
「貴方を倒します。これしか僕らに出来る事はありませんので、せめて――」
 自分が成せるのはこれだけ。これだけですから、と己に言い聞かせたウエンは次の一手に向けて身構える。
 カノンも妖精弓を構え、心を貫く光の矢を放っていく。
「今じゃ、やられる前にこっちからいくかのぉ」
「うん……操られて……変わり果てる……のはもっと……辛い……」
 カノンからの呼び掛けに応え、ラヴェルナはガトリングガンを掲げた。降り注ぐ弾丸はまるで嵐のように屍隷兵と死神魚達を貫いていく。
 それを受けた元少女は痛イ、と身を捩りながら姉を呼んだ。
「オ、ネエ……チャン……」
 その苦しみに満ちた声を聞いた瀬理は怒りと悲しみに肩を震わせる。
「こんなの、あんまりやろ……! なんでや、なんで勝手に逝くんやっ!?」
 強く両拳を握り締めた瀬理の声は魔力を籠めた咆哮となって戦場に響き渡った。それによって一体の深海魚が揺らぎヴェルトゥは好機を感じ取る。
 僅かに残る思いから絞り出される少女の声には思わず目を背けたくなったが、この戦いから逃げることなど出来ない。
 無言のままヴェルトゥは死神魚を蹴り飛ばし、近くの樹に叩きつけた。
 これで一体目を倒したと察し、ヴェルトゥはすぐさま視線を別の個体に向ける。その最中、リサは屍隷兵の前に回り込んでいた。
「こちらです。さあ――クラン」
 力を貸してください、呼び掛けたリサの力によってと森の王たるオーク樹が生い茂る。其処から現れたのは白きヘラジカ。大角を掲げたクランは屍隷兵に突撃していく。
 だが、その攻撃は死神が受け止めてしまう。そのうえ、動いた屍隷兵がリサに向けて拳を振り下ろした。
「……っ!」
 痛みによって声にならない声をあげたリサに対し、フィオナが応援動画を流す。フィオナだけでは足りぬ回復分はアルシエルが担い、光の盾を展開していった。
「今のうちだ」
「ああ。ここで、断ち切る」
 アルシエルは仲間達に攻撃を願い、敵を見遣る。同様にネーロもまた死神魚と屍隷兵の姿を瞳に映す。
 其々に思うことがあろうとなかろうと、今は敵がいるから切り捨てるのみ。
 ウエンは淡々と敵に相対する二人に倣わなければならぬと感じ、揺らぎ続ける思いを抑え込んだ。そして、続く戦いの中でネーロは竜語魔法を紡いだ。
 幻影竜が巻き起こす炎は深海魚を包み込み、二体目の死神が倒れる。その調子じゃ、と頷いたカノンは残る一体に狙いを定める。
「さぁて、一気に倒してしまうかのぉ」
「死神は早々に散ると良い」
 カノンが目を細めて告げるとヴェルトゥも銃口を差し向ける。そして、地面の石を礫として蹴り上げたカノンの動きと同時にヴェルトゥが引鉄に手を掛けた。
 刹那、礫と銃弾が重なるようにして深海魚を貫く。
 二人の攻撃が致命傷になったと察知したモリオンは癒しの手を止め、体当たりをくらわせた。次が止めになると気付き、瀬理は最後の深海魚を睨み付ける。
「幾ら死神とはいえ……どない考えたら、こんな外道な真似ができるん? 命を、なんやと思とんねん!?」
 瀬理は迸る殺意と憤怒を視線に乗せる。次の瞬間、解き放った光の戦輪は死神魚を真っ二つに斬り裂いた。
「……死神……ね、人の生命……弄ぶ、ような……死神は…要らない……」
 ラヴェルナは地に伏した死神達が消えていく様を確かめた後、元少女に視線を映した。怯まない、と決めたラヴェルナは刃に虚の力を纏わせる。
 守る物を失った屍隷兵は本能的に不利を悟っているようだ。
「ジャマ……!」
 振り絞るような声には悲痛さが混じっている。リサはフィオナに癒しを任せ、目の前の少女を強く見つめ続けた。その姿も声も顔を歪めたくなるようなものだ。更に屍隷兵からは憎しみと怒りの感情が滲んでいる。
「どうして……こんな――こんなことって……!」
 あっていいはずがない、と思いの丈を叫んだリサは禁縛の呪を解放していった。
 代わりに振るわれた敵の一閃がリサの腕を打ち付け、骨の砕ける音が響く。だが、同時に少女からも痛みに耐える声が零れた。アルシエルはその声を耳にしながら、勝利の道は開けたと直感する。
 集った仲間の実力をもってすれば掃討などいとも容易い。
 されど声にも動作にもそれを表さず、アルシエルは仲間の補助を行い続ける。ウエンはそれを頼もしく感じながら、魔斧を強く握った。
 見つめるのは当初から屍隷兵が手にしている待宵草の花。
 既に一部、その花弁が地に落ちている。
「貴女の痛み、悲しみ。それ以上のものはありません。ですから、その花を僕らに預けて下さい。それ以上に散らす訳には……いきませんから……っ」
 ウエンはその花だけでも届けたいと願い、一閃を放つと同時に語り掛けた。
 しかし――。
「ダ、メ……ダメエエエエエッ!!」
 少女は花を握った手を引っ込めて絶叫する。その声はひときわ大きく月夜の下に響き、咆哮の衝撃によって更に花弁が散っていった。

●最期
 身体を作り変えられ、思考力も奪われた少女に残ったもの。
 それは約束を守りたいという強い思い。姉に会いたいと願う心。それだけを切り取れば実に尊い、護るべきものだ。
 だが、その思いを叶えてやることは絶対に出来ない。
「助けてあげられなくて、叶えてあげられなくて――ごめんな」
 ヴェルトゥにはもうそう告げることしか出来なかった。既に勝機は見えており、後は幾度か攻撃を受けるだけで屍隷兵は倒れるだろう。
 ラヴェルナは言葉にできぬ思いが渦巻いていると感じていた。
 死神は誰かを想う気持ちを弄んだ。顔には出ていないが、ラヴェルナが纏う雰囲気には明らかな嫌悪感と怒りが滲んでいた。
「もう、戻れないなら……せめて、大切に……想う人、貴女の意思……関係なく、傷つける……前に……眠らせる……」
 ラヴェルナは終わりを間近にした敵に向け、覚悟を決める。
 流星を思わせる一閃で敵を貫いたラヴェルナに続き、カノンが破鎧の衝撃でその身を突き崩した。
「もうすぐじゃ、楽にしてやろう」
「ア、アアアア――!!」
 カノンの一撃によって少女が悲鳴を上げる。ウエンは思わず耳を塞ぎたくなったが、何とか堪えた。今までの苦痛の声と嘆きを思い返すと手が止まってしまいそうだった。
 だが、ウエンは必死に堪える。
「……だからと言って、退くわけにはいきませんから……っ!」
 意識を保つように確りと前を見据えたウエンは力強く掌を握り締めた。心が痛い。けれど、この程度の痛みなど少女のものと比べれば大したことはないはず。
 ウエンが決死の覚悟で地獄の炎弾を放つと、アルシエルも攻撃を重ねる。
 最早癒しは不必要。差し向けた眼差しは鋭く、真正面から敵を狙うアルシエルの表情に一瞬だけ容赦のない冷酷さが宿った。
 次の瞬間、アルシエルが放った礫が屍隷兵の胸を撃ち貫く。ヴェルトゥも攻撃に回り、敵の足元へと鎖を這わせた。
「少し、じっとしていて。すぐに終わるから」
 幼子に呼び掛けるようにヴェルトゥは囁く。そして、絡みついた鎖から無数の桔梗が咲き誇り、星屑のように周囲に散ってゆく。
 永遠に美しく咲く花はない。その命が枯れるのは、今。
 そう告げるように迸った花の残滓に合わせ、瀬理とリサが飛び出す。
「これで終いや。ごめんな……あんたのお姉ちゃんには、うちらから伝えとく。せやから、ちょっと眠り。な……?」
「約束が果たされなくても、私達は止めなければいけないから――!」
 其処から放つ瀬理の叫びが敵の動きを封じ、リサの喚んだ森の王が巨躯を穿った。その場面に終局を見出したネーロは薄く狂気の交じる笑みを浮かべ、最後の詩を紡ぐ。
「ゆっくり、おやすみなさい」
 謳うかのような高らかな声に呼応するように浮かび上がる光。
 それは裁きとなり、そして――。

●月と宵
 屍隷兵の体が大きく揺らぎ、その場に倒れる。
 最早、立ち上がることも出来ないであろうそれは二度目の死を待つのみ。
 アルシエルは仕事は終えたと告げ、後の事を仲間に託して去った。残された仲間達は苦しげに呻く屍隷兵――少女だったモノを見下ろし、じっと終わりを待つ。
「大丈夫。もう大丈夫ですから……」
 リサは少女の傍に膝を突き、その身を抱きしめようとして傷付いた腕を伸ばした。ウエンも最後までずっと彼女が握り締めていた待宵草に視線を向ける。
 だが、少女は花を取られると思ったのか強い力で拳を握り、リサを拒否した。
「……イヤ、ダメ……!」
「取り上げたいわけじゃないんです……ごめんなさい」
「ヤクソク、守レナカっ……タ……」
 はっとしたウエンが身を引くと、少女は花を握り締めたまま此方を睨み付ける。その眼差しにリサは思わず絶句してしまった。
「――!」
「ユルサナイ……」
 怨嗟に満ちた言葉を残し、彼女は息絶える。
 少女にとってケルベロスは敵だった。現実にはそうではなかったとしても、姉に会いに行くことを邪魔した者達だ。その誤解は解けず、最期に残ったのは恨みだけ。
 やがて、屍隷兵の身体が融けるように崩れていった。
 後に残されたのはどろどろになった塊と、肉片にまみれたぼろぼろの花。
 亡骸とも呼べぬそれは埋葬など出来るものではなかった。時間が経てば肉塊も崩れ落ち、跡形もなく消えてしまうだろう。
 カノンは死神の所業を思い、言葉にできない感情を押し込める。
「吾輩達の手では嬢ちゃんを助けることは叶わなかったが……」
 どうか安らかに、と言っても良いものなのだろうかとカノンは口籠る。ラヴェルナも戸惑い、肉片の中の待宵草を複雑な心境で見つめた。
「……この、お花……届けて……いいの……?」
 ラヴェルナの疑問にリサは首を横に振る。
「届けない方が良いのかもしれません。だって――」
 この思いは、私達のエゴに過ぎない。
 つまりは少女が摘んだ花を奪い取ることになるとリサは呟く。何の力にもなれず、救いにもならなかった、とリサは何かに耐えるように胸を押さえた。その瞳の奥には、昏く空虚な感情が浮かんでいた。
 ネーロは首を振り、死した少女を思う。
「悲しい出来事だったけど、今度こそゆっくり休めるといいね」
「お姉ちゃんに伝えたるって約束した。けど、うちはほんまに病室で待ってる子に冷静に話してあげられるんやろか……」
 瀬理も何が正解か分からないと零してウエンは宵待草を見つめた。
(「僕らは無力かもしれません」)
 ウエンが苦しげに悔む最中、瀬理は俯く。
「もっぺん、会いたかったやろなぁ。お姉ちゃんに、会いたかったやろに、なぁ……」
 無性に一刻も早く自分の妹を抱き締めたくなり、瀬理は深く目を閉じた。
 ヴェルトゥは仲間達の苦悩を慮り、夜風になびいた髪を抑える。
 悲劇を防ぐことは出来た。
 しかし、今は只々虚しさだけが残る。
「少女が大切な人をその手に掛ける事無く逝けた。それだけがせめてもの救いか」
 そうでも思わなければ、自分達がしたことの意味が分からなくなりそうだ。
 いずれは姉も妹の末路を知ることになるだろう。
 だが、まだ何も知らない彼女はきっと待ち続けている。きっと月を見上げながら、姉妹二人で過ごす穏やかな時間が来ると信じて疑わずに。
 待宵草のように、ずっと――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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