分かたれた兄妹

作者:stera

「あ! もう、お兄ちゃんたらコンビニに行くって言ってたのに、また財布忘れてるじゃん」
 そう言って玄関に置き忘れた財布を手にする。
 兄を見送ったのは、数十分前のこと。
「歩いて行くって言ってたし、届けてあげるかな」
 両親を早くに亡くした彼女にとって、ただ一人の肉親は兄だけだった。
 外灯もまばらな道を自転車で走る。
 この辺は、中心市街と違い夜ともなると人通りは殆ど無い。
 田園の1本道を自転車で走る。
 と、急になにか動物のようなものが飛び出した。
 驚き、とっさにハンドルを切る彼女。
 しかしそれが原因で勢い良く転倒し、運悪く頭を強打してしまった。
「うぅ、お兄いちゃ……」
 そのまま、ただ一人息を引き取る彼女。

 漂うように空中を泳ぐ深海魚のような死神が3体。
 それらを引き連れ現れたのは、死神・エピリアだ。
 今息を引き取ったばかりの死体を見下ろすと、その亡骸に『歪な肉の塊』を埋め込む。
 みるみるうちに、不気味な異形の屍隷兵が創られる。
 その姿に、元の人間であった頃の面影は何もない。
 エピリアは言う。
「逢いたい人を、バラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう。そうすれば、ケルベロスが2人を分かつまで、一緒にいることができるでしょう」
 そう言い残し、去っていく。

「あ~あ、財布が無いんじゃ何も買えないじゃん。こんな事なら歩いてコンビニになんて行くんじゃなかったなぁ」
 何も知らない彼女の兄は、家への道を引き返してくるのだった。

●ヘリオンにて
「是非、君たちに解決してもらいたい事件があるんです」
 ヘリオライダーの皇・基(en0229)は、集まったケルベロス達を前に、そう切り出した。
「死神『エピリア』が、死者を屍隷兵に変化させる事件を起こしているようです。エピリアは、死者を屍隷兵にした上で、その屍隷兵の愛するものを殺すように命じているようですね。屍隷兵は、知性を殆ど失っているますが、エピリアの言葉に騙されて、愛する人と共にいる為に、愛する人をバラバラに引き裂こうと行動するようです」
 基は、事件の起こる場所の地図を机に広げる。
「今回の事件が起こるのは、石川県にあるこの場所。 運悪く事故で亡くなった彼女は、屍隷兵となり財布を取りに帰宅する兄を殺そうと移動するでしょう。これから急いで行動を開始すれば、彼女のお兄さんが奴隷兵に接触する直前、何か人影のようなものが見えるくらいの状況で到着することが出来ると思います」
 残念ながら、一度屍隷兵となったものを元に戻すことはできない。
 しかし、彼女が、愛する者を殺すような悲劇が起こる前に、撃破してあげてほしいと基は言う。
「出現するのは屍隷兵と深海魚型死神が3体。すでに死神・エピリアは姿を消しています。どちらも、それほど強敵というわけではありません。重ねての説明になりますが、屍隷兵には、生前の記憶も知性も殆ど残っていません。生前の僅かな記憶を手がかりに、彼女の場合は最期に逢いたいと願った兄を殺そうとします。無念の黒いオーラを身にまとった醜悪な人型の肉塊といった姿です。脇道はないので、兄が帰ってくるであろう道を真っ直ぐに歩いてくるでしょう。誰が見ても、彼女だとは判別できない姿に変えられてしまっています」
 説明していた基は、そう言って顔を曇らせた。
「この屍隷兵ですが、螺旋忍軍の集めたデータを元にして作られたものなのだと思われます。死ぬ前に愛する人に一目でも会いたいという気持ちを利用して殺人を起こさせようとする……彼女は、兄を殺そうなどとは思っていなかったはずです。悲劇の連鎖が起こる前に、屍隷兵に止めをさしてあげてください」


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)

■リプレイ

●闇を裂き、分かつ者達
 突如、夜の静寂を破り現れたヘリオン。
 9つの明かりが、上空から次々と流れ落ちる星のように、光の尾を残し地上へと落ちていく。
「な・なんだ?」
 動揺する青年。
「はじめ様、ですね?」
 オンディーナ・リシュリュー(希求のウィッチドクター・en0228)は、そう声をかける。
 その横を駆け抜ける仲間達。
「私達は、ケルベロス。 貴方に危険が迫っています」
 そう聞いても、訳がわからない、といった様子のはじめ。
 死神達との距離が詰まる。
「全てを封じろ、金色の檻! ……この輝きから、逃がさない!」
 彼を戦闘に巻き込む訳にはいかない。
 いち早く攻撃を仕掛けた暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)の放つ金色の光が、先行していた死神2体を打つ。
 それでも前へ出ようと空中を泳ぐようにして進む死神。
 三和・悠仁(憎悪の種・e00349)は、前へ躍り出ると蹴りを放つ。
「ここは食い止めます。 早く、避難を!」
 すると死神は、身を捩るようにしたかと思うと怨霊弾を放つ。
「危ない!」
 鉄塊剣を片手に携え、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)はその攻撃に対して、はじめを護るように身構える。
 炸裂する、真っ黒いエネルギーの塊。
 庇われたおかげで、難を逃れるはじめ。
 ボフン、とひときわ大きな体躯のウイングキャットが、すかさず仲間の傷を癒やす。
 その傍らには、覚めためで敵を見据えるウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が。
 目を引く金髪をツインテールが揺らし、ポップな容貌のコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は、幻影のリコレクションで敵の動きを封じる。
「もう、すぐそこッスよ!」
 何者が、かはあえて言えなかった。
 ただ、『彼女』は、視認出来るくらいの距離に迫っている。
 ケルベロスたちの照らす明かりの先に見えるもの。
 それは、おおよそ『人』とは区別出来ない存在だった。
「ヒィ?!」
 はじめが、細く叫ぶ。
 ソレは、一般人である彼が、平常心を保ち見ていられるモノでは無かった。
 所々、血管のようなものがドクリドクリと脈打ち動く、赤黒くおぞましい肉塊。
「……少し、荒くいきますよ」
 フードから、覗く八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)の瞳と同じ紫色の輝きが、螺旋を描きながら敵陣に放たれる。
 極光となり、肉塊を射抜く紫電の稲妻。
 最前線出て気を食い止める仲間達にメタリックバーストをかけるゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)。
 銀色の蟻型オウガメタルが腰辺りから2つの足を伸ばし粒子を放出する。
「巻き込まれる前に、お急ぎ下さい」
 ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)も、促すように頷くと、敵の目前へと飛び出していった。
 次元斬・葬、居合の態勢から放たれた見えない斬撃が死神たちを襲う。
 軽いパニックに腰を抜かすはじめを抱えると、オンディーナは輝く羽を羽ばたかせ飛び上がる。
「はじめ様の事はお任せ下さい。 確実に安全な場所まで私が運びます。 皆様、ご武運を」

●排除
 飛び去っていくオンディーナ達が見えるのか、かつてこのみであった屍隷兵は、空に向かって手を伸ばし、おぞましく咆哮する。
(「以前にも似たような事件があったな……」)
 死神と対峙していた輝凛も、その咆哮を聞き思わず胸元の服を握りしめた。
 彼女のことを思うと、胸の奥が千切れそうな程痛む。
(「だけど、一番辛いのはきっと……」)
 そして、目の前の死神に憎悪を燃やす悠仁。
 かつて、デウスエクスによって何もかも奪われた。
「やはり、生きる価値など有りはしない」
 命も尊厳も全てを利用し尽くすデウスエクス。
「牙を剥け、我が内より来たる憎悪の声、叫び、慟哭。潰えた夢の更に彼方、最早訪れる事無き希望を噛み殺せ。『憎悪を刻め我が枝よ』!」
 レーヴァテイン・グラヴァ・ハティ、死神の身体は切り裂かれ、獄炎に焼かれ沈黙する。
「ハッ!」
 一息に、死神の身体を両断するユウマ。
 普段の気弱そうな印象とは違い、冷静に弱った敵を狙い討つ。
 斬り捨てられ道路上を跳ねる死神が動かなくなるのを確認する。
(「それにしても……死んだデウスエクスをサルベージし使役する事が出来る死神が、何故わざわざ人間を素材に屍隷兵を作ったりするんでしょうか……」)
「死神さん、も、よい趣味をなさっています、ねえ。本当に。本当に」
 死んでしまえば心が揺れ動く事もない。
 それは、興ざめだ。
 ウィルマは敵を攻撃しつつ呟く。
 怨嗟の叫びにも似た声を上げ、屍隷兵が黒い魔力の塊を放つ。
 その衝撃に顔を歪ませるコンスタンツァ。
(「こんな姿にされて……」)
 七人姉妹の末っ子として生まれたコンスタンツァ、姉に散々いじめられてきた身としてはカッコよくて優しい『お兄ちゃん』は憧れだった。
「……このみとはじめは仲良し兄妹だったんス。兄妹の別離を惨劇に貶めるなんて許せないっスよ!」
 パチンと指を弾くコンスタンツァ。
 蠱惑的なダンスの最後に放たれた投げキッス、ハート型の弾丸が死神を直撃し、悠々と中空を漂っていた死神は、地面で痺れたように口をパクパクとさせている。
 素早く駆け込む鎮紅。
 冷気を纏うダガーが、月明かりに照らされ振り下ろされると、最期の死神も息絶える。
 残るは屍隷兵のみ。
「このみさん……。 動揺しても事態は変わりません……私達は此処で、彼女を止めなくては。私は、私の出来ることを……」
 仲間の傷を癒やすゼラニウム。
「貴女がお兄さんと一緒に居たかった気持ちはわかります。けど、その為に貴女は兄殺しをするのですか!?」
 ラインハルトは、叫ぶようにそう尋ねたが、屍隷兵は何も答えない。
 知性が失われた今、兄を追い殺そうとするのは刷り込まれた本能のようなものなのだろう。
「兄妹の絆がこんな形で奪われるなんて……」
 自分にも妹がいる、こみ上げる怒りを押し殺すように、ラインハルトは歯を食いしばる。

●せめて、終わりを
「忌み嫌われし呪いの術にて私は望む……生への渇望を否定し、『核』より蝕む『瘴気』と成れ!」
 ゼラニウムが瘴気を放つ。
 幾度となく攻撃を受けた屍隷兵の身体からは、おびただしい血が流れる。
 言葉にもならないうめき声とともに振り下ろされる拳。
 ラインハルトもまた、降魔真拳を叩き込む。
 利用されているだけの存在だと知りながら、それでも戦い続けるケルベロスの仲間達。
「ごめん……本当に、ごめん。僕には……君を助けられない……」
 振り絞るように、そう呟いた輝凛。
 心の底から助けたい。
 なのに、僕の手は……彼女、ただ純粋に兄を慕っていただけの彼女を殺すために振り下ろされる。
 輝凛の頬を、一筋の涙が伝う。
「彼女のためにも、終わりを」
 悠仁が、そう言って屍隷兵の動きを足止めた。
 動きを止めた敵めがけ炎を纏う強烈な蹴りを叩き込むユウマ。
 屍隷兵の身体がズブズブと崩れ落ちる。
 ……動きを止めた屍隷兵の身体を炎が焼いていく……。
 火の粉が舞い、瞬く間にその姿は掻き消えていく。
「このみはこんなこと……望んじゃなかったっスよ!」
 やりきれない理不尽な想い、絞り出すようにそう言ったコンスタンツァ。
「私たちにできたのは、止めること、だけでしたね……」
 ゼラニウムは悲しげにそう言った。
 一人の命は救ったものの、もうひとりの想いは、救われず……。
「うああああっ……!!」
 涙声で、夜空に吼える輝凛。
 炎を静かに見つめる鎮紅。
(「歪められたものであっても、貴方の想いを踏み躙る為に、私たちは此処に来ました。もし感情が残っていたのなら、恨んでくれて構いません。 貴方は、単に悪い夢をみていたにすぎない……この悪夢は、泡沫の夢。終わりにしましょう」)
「あ、オンディーナさん。はじめさんは?」
 戻ってきた彼女に気づき、声をかけるラインハルト。
「迂回する形で、彼には自宅に戻っていただきました。 このみさんの姿が無いことを心配しておられます。 ですが、戦いの最中戻ると言い出されては困ると思い……まだなにも……」
「彼にも説明が必要だね」
 頷くオンディーナ。
 ウィルマが広げた掌に、ふわり落ちる灰。
「わ、たしはあな、たの家族でも、友達、でもありま、せんし。こんな、こと、な、なんの慰めにも、ならないでしょう、けれど……」
 包み込むように、もう片方の掌を重ね、ウィルマが言った。
「……お疲れ様でした。お休みなさい」

●いつの日か
 そこは、つい数時間前まで、兄と妹が仲睦まじく日々を送っていた穏やかな家……。
「はじめさん、貴方にとっては辛いことだと承知で、真実をお話します」
 ラインハルトが、そう切り出した。
「貴方も見たと思いますが……僕達が戦って倒した敵の中に、このみさんが居ました」
「え、そ・それは……いったい?!」
 動揺するはじめ。
「貴方を襲い命を狙っていたのは、他でもない……このみさんだったんです」
「そんなっ……そんなこと……じゃ、じゃあこのみは?! 妹は、どうなったんです?!」
「このみさんは、自転車事故により命を落としていました。貴方が出かけた後のことです。その亡骸を利用され、彼女は操られる形で貴方を殺す為動いていたのです。……姿形は変われど、貴方の命を守るためだとはいえ、私たちは妹さんに手を下しました。 ……知る限り、すべてのことをお伝えできれば、と」
 そう、静かに鎮紅が言った。
「もっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったかもって思う。 助けたかったよ。 ……助けたかったんだ、本当だよ。 だって、このみさんは何にも悪くない。 こんな目に合う理由なんか、どこにもないのに……!」
 吐き出すように、輝凛は言った。
「このみさんは不運な事故で亡くなり、しかし最後まではじめさんを慕っていたようです。 だけど、その想いも絆も命も、死神が創り変えてしまった……私達に出来た事は、彼女を人殺しにしなかったという事だけ……それ以上の事が出来ず、ごめんなさい……」
 そう謝るゼラニウム。
「これは、妹さんのものですか?」
 そう言って、悠仁はイヤリングを1個はじめに手渡した。
 屍隷兵にされた彼女からは遺品の一つも残らなかった。
 ただ、ここに来る途中、壊れた自転車の脇に、たったひとつコレだけが残されていた。
「死神が、変化させたこのみさんに与えた命令は、愛する人を、殺す事。 故に、本当に、最期の最期まで貴方の事を想っていたのでしょう」
「このみは、はじめが大好きだったっス。間違いなく最後まではじめのことを考えてたっス。……アタシにもお兄ちゃんのような存在がいるっス。やさしくてかっこよくて頼りになる……血の繋がりはないけど、最高のお兄ちゃんのような自慢の友達っス。だから、少しは分かる気がするんっスよ。このみの気持ち……」
 悠仁の言葉に続けてコンスタンツァもそう語りかける。
「……必ず、この仇は、私達が、ケルベロスが、討ちます。必ず……!」
 悠仁がそう言うと、ギュッと両手で強くイヤリングを包み込むように握りしめ、振り絞るような声を発するはじめ。
「このみっ……!!」
 その様子を見ていたウィルマは、そっと席を外し廊下に出ると天井を見上げる。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい」
 そう言って、自嘲気味にクスリと嗤う。
「……すいません、一人に、させて下さい……救っていただいたお礼を言わなければと思うのですが……今、まだ声に、できそうになくて……スイマセン……」
 か細い声で、そう発するはじめ。
 仲間達は静かに頷き、部屋を後にする。
「えと……うまく言えませんが、このみさんもきっとはじめさんが早く立ち直ってくれるよう願っていると思います……!」
 立ち去り際、ユウマがそう告げる。
 ケルベロスの仲間達がはじめの自宅を後にした時、静寂を裂く悲鳴ともとれる泣き声が、響き渡った。
 オンディーナが言う。
「……帰りましょう。きっといつか、哀しみは瘉えるはず。今は、受け入れられなくとも……いつかきっと」
 ただただ、このみの冥福を祈りつつ……無事作戦を成功させたケルベロスの仲間たちは、帰路につくのだった。

作者:stera 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。