隠し味はなあに?

作者:遠藤にんし


「怪談話は好きかしら?」
 唐突な質問の声に、少年たちは顔を上げる。
 放課後の教室は静か。その中に声を響かせた彼女――ホラーメイカーは、どこか異様な雰囲気で、彼らは思わずうなずいてしまう。
「この学校の給食室で、放課後、骨を煮込んでいる魔女が現れるのよ」
「骨……?」
「そう。あなた達の食べている給食のスープのダシ。その骨は――」
 ――人間の骨なのよ。
 薄く笑みながら告げるホラーメイカーの言葉に、息を呑む少年たち。
「マジで……?」
 真偽を尋ねようにも、既にホラーメイカーの姿はそこにない。
「給食室、行ってみる?」
「おばちゃんたちももう帰ってるだろうし……行くか」
「デザートのプリンが残ってたりして」
 言葉を交わしつつ、彼らは給食室に目を向けるのだった。


「ドラグナー『ホラーメイカー』が動き出した」
 ホラーメイカーは作りだした屍隷兵を学校に潜伏させ、怪談に興味を持つ生徒たちに怪談を聞かせることで、彼らが自ら屍隷兵の元へ行くよう仕向けているのだという。
 既に行方不明者などの被害は出ている――急ぎ解決に当たってほしい、と冴。
「今回のホラーメイカーが広めた怪談話は、『放課後の給食室で、人骨を煮込む魔女がいる』というものだ」
 この怪談を探しに放課後の給食室へ行けば、屍隷兵へと襲われてしまう。
 彼らが襲われるのを阻止した上で、屍隷兵を撃破する必要があるだろう。
「敵は屍隷兵一体。ドラグナー・ホラーメイカーは既に姿を消した後だ」
 黒いローブを纏う人間型の屍隷兵は、放課後の、無人になった給食室にいるらしい。
「強大な敵、というわけではないが、侮れば大怪我をする可能性もある。気を付けて欲しい」
 言って、冴はケルベロスたちを見送る。
「生徒たちが被害に遭う前に、撃破しなければいけないね」


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
舞阪・瑠奈(ヤンデレ美人・e17956)
伊・捌号(行九・e18390)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ


 放課後の学校、ということもあって、校舎やグラウンドには人の姿があった。
 とはいえ、ケルベロスということを明かせば敷地内に入ることを止める者もいない。たまたま近くにいた職員に状況を伝えると、簡単に給食室の場所は分かった。
「急ぎましょう」
 もしも中学生たちが給食室に到着してしまえば、恐ろしいことになる――簾森・夜江(残月・e37211)は言うと、給食室へと足を向ける。
「壁抜けの必要はなさそうだな」
 そう言ったのは螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)。
 今ケルベロスたちがいる地点から給食室までは一本の廊下で繋がっている。
 もしも道行が複雑なようであれば壁を破壊しようと思っていたセイヤだったが、どうやらそうする必要は薄いようだ。
「あちらの方々でしょうか」
 金の双眸を細め、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)はつぶやく。
 遠目にではあるが、男子学生の姿が確かにある。人違いの可能性もないわけではないが、声をかけておいた方が良いだろう。
 小走りで彼らに駆け寄る足音が聞こえたからだろうか、その学生たちは足を止めてその場で待ってくれていた。
「貴方達どこに向かうの? 給食室に向かうのは止めなさい」
「え、なんで知って……」
「もしかして、あのウワサを聞いたんすか?」
 止めに入った舞阪・瑠奈(ヤンデレ美人・e17956)の言葉に、自分たちの他にも噂を聞いた者がいるらしいと気付いて彼らは興味津々。
「怪談は嘘っす。広めちゃ駄目っすよ」
 伊・捌号(行九・e18390)も言葉を重ねるが、中学生たちも易々と引き下がる気はないようだ。
「え、でも、嘘だったら行ってもなんもないんですよね? じゃあ行っていいですよね?」
「今から危ないことが起こるよ。いない方がいい」
「ん、今はすっごく危険なの。行っちゃダメなの」
 館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)とフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)も言葉を重ねるが、生徒たちは興味を捨てきれない様子。
「そんなに魔女の料理に興味があるならオレがもてなしてやろーか」
 ずいと顔を寄せて、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)は声を潜める。
 ――抜き取った血は調味料、刳り貫いた目玉ともいだ舌……レンカや夜江の発する殺気が、彼らに薄ら寒いものを感じさせ。
「……っつーSuppeになりたくなかったら帰れ」
 ケルベロスカードも突きつけつつ言えば、彼らはすっかり萎縮した雰囲気。
「心躍る思いもわかりますが、好奇心というものは時に命を奪う毒にもなるのです」
 そこですかさずラブフェロモンと共にアレクセイが言って、同じくラブフェロモンを発する瑠奈と捌号も頷く。
 強く言うだけでも、優しく言うだけでもないのが効いたのだろうか。彼らはようやくうなずいて、その場を去るのだった。


 ――無人の給食室に明かりを灯すと、ぼんやりと一つの影が浮かび上がった。
 影は黒く、長く伸びた髪が見えることからも給食室の職員ではなさそうだ。アレクセイはドアを開けると、ドラゴニックハンマーを手に歩み寄る。
「隠し味は獲物の人骨だなんて悪趣味すぎて我が姫に話すこともできません」
 轟音とともに発せられた砲撃に、アレクセイの夜色の髪がなびく。
 学校を舞台とした階段を聞けば、学生である彼の姫は怖がることだろう……それは必ず阻止してみせると決意が全身に満ちていた。
 屍隷兵はぐるんとケルベロスたちの方に向き直ると一気に距離を縮め、手にした骨を振りかぶる。
「ん、危ないの!」
 そこにするりと割り込んだのはフォン。
 ボクスドラゴンのクルルは背後からドリームイーターに襲いかかり、フォンはフェネックの尾をオウガメタルで鎧い、硬化した尾で叩きのめした。
「御自慢のSuppeを味見しに来てやったぜ。手厚くもてなしてくれよな」
 言葉とともにレンカが放ったのは凍てつく波動。屍隷兵の纏う黒衣が激しく乱されるのを見て、レンカはキヒヒと歯を剥いた。
 セイヤはといえば、屍隷兵を見つめ、唇を噛む。
「これ以上、悲劇は生ませない……!」
 敵が――屍隷兵がここにいるということは、これを作るための既にひとつの命が犠牲になっているということ。
 予見できなかったことが仕方ないことだとは分かっていてもセイヤは憤りを押し殺せず、放つ蹴りに舞う流星は眩いほどであった。
 そんな中、水精霊のアップルジュースを啜ってから捌号は軽く脚を動かし。
「んでは、聖なる聖なる聖なるかな。お祈りの時間っすよ」
 そして、咆哮が放たれる。
「聖なる聖なる聖なるかな。十字なる竜よ、我が神の威光を示せ」
 捧げるは祈り、それは鼓舞であり、破邪の力となってケルベロスたちの身に備わるものだった。
 ボクスドラゴン・エイトは自らに属性インストール、硬質な首を伸ばし天を仰ぐ姿は神々しくもあり、瑠奈はその姿に目を細めてから鎖を投擲する。
 伸びゆくケルベロスチェインは床で跳ね、少しずつ何かを形作っていく――それが魔法陣を成した時、戦場には加護が満ちた。
 詩月はアームドフォートの短砲身を屍隷兵に向け発射。
 直撃の寸前に屍隷兵が回避行動を取ったために狙いは少々ずれたが、それでも成果は上々。屍隷兵の腕に大きな傷が出来たことを確認した詩月は、次いでその後ろを見る。
 回避によって砲撃を受けた壁にも大きな傷がついていたが、周囲の食器や調理器具には当たらなかった。射線に問題がなかったことに安心しつつ、詩月はアームドフォートに手を添えた。
 突如として屍隷兵の背後に湧き起こる輝き――夜江の持つ斬霊刀に与えられた魔術の輝き。
「我が刃、雷の如く」
 与えるのは死ではなく戒め。
 蒼く瞬きが散る様子は、硝子のように美しいものだった。


 風を切るおたまをフォンは受け止め、弾き返す。
「ん、まだまだなの!」
 守り手はフォンとクルルのみ、傷は多く負っているが、その分だけ回復手の層も厚い。
「大丈夫っすか?」
 捌号のオウガメタルがフォンを包み込み、癒やす。
 傷は塞がれ、ぴょこんと立ち上がれば粒子はほどけた。
「ん、びりびりにしてあげるの」
 尻尾の毛が逆立ち大きく膨らんで、柔らかくも苛烈に屍隷兵を戒める。
 日も暮れだして薄暗い給食室に弾ける閃光と花火。瑠奈はその眩さに目を細めながら、攻撃へと己の力を転化する。
「生成完了。狙いを定めてショット」
 グラビティが銃と弾丸の形を取って屍隷兵に向かう――命中した弾丸は、ダメージの後に銃と共に消滅。
「もう少しというところね。引き続きお願い」
「お任せください」
 敵と味方の体力に気を配る瑠奈の言葉にうなずいたのはアレクセイ。
「貴方の罪の味を教えてください」
 姫への愛は刃となって、屍隷兵の元へ。
「甘く苦く麗しい罪の記憶。貴方の罪はどんな華を咲かせるのでしょう?」
 ――屍隷兵を苛む傷の深さは、罪の深さ。
 大きく開かれた口からは悲鳴すらこぼれず、畳み掛けるようにレンカは光弾を浴びせかける。
「見てくれだけ真似たって駄目だぜ」
 繰り返される攻撃に翻弄されながら放たれる屍隷兵の攻撃は威力も精度も下げられている。
 高尚なる『魔女』を名乗るには矜持も力も足りないと告げるレンカの後に、エイトとクルルはブレスを吹きかける。
 荒れ狂う嵐のようなブレスに長髪を嬲られながらも、詩月は弓を爪弾く。
「ちゃんと終わらせてあげるわ」
 元になった体のことを思えば、こうして戦うことがやるせない。
 それでも、こうしてケルベロスと敵対するよりは――思って、詩月は唇を開く。
「月の元にて奏上す。我は鋼、祝いで詩を覚えし一塊なり」
 見据えるは、屍隷兵の魂魄。
「なれど我が心はさにあらず。許し給え。我が心のままに敵を打ち砕かんとする事を」
 何かが走った――それは誰の眼にも見えず、しかし確実に穿つもの。
 吹き飛ぶ屍隷兵を受け止めたのは夜江の左手。そこから伝わる螺旋が、屍隷兵の横っ面を破裂させる。
 命があるだけ奇跡的と思えるほどに、屍隷兵の肉体は損傷していた。
 それでもなお立ち上がろうとする敵の首元へ、夜江は斬霊刀の切っ先を当てて動きを封じる。
 セイヤの降魔刀「叢雲」が鈍く光ればそれが合図。夜江が刃を下ろすと同時に、セイヤの刃が屍隷兵を捕え。
「神速の刃に散れ……ッ!」
 ――崩れ落ちる屍隷兵の肉体には、もう何も宿らない。
「安らかに眠ってくれ……。これ以上、悲劇の為に苦しむ事はない……」
 告げるセイヤの声だけが、暗い給食室に落ちるのだった。


 もはや残骸となった屍隷兵へと、捌号は黙祷を捧げる。
 遺品と思しきものは辺りに何もない。こうして魂の平安を祈ることだけが、今のケルベロスたちに出来ることだった。
「ん、好奇心を刺激して騙し打ちするなんて許せないの」
 フォンの言葉は、屍隷兵というよりはホラーメイカーへ宛てたもの。
 セイヤもそれには同感、何かホラーメイカーに繋がる手がかりはと周囲を探してみるが、これといった発見はなかった。
「彼らも、特に何も知らないみたい」
 ホラーメイカーから噂を聞いた中学生たちに聞き込みをしていた詩月は言いつつ、額の汗をぬぐう。
「実体のない……嫌な話だったけど、噂で良かった」
 そうは言いつつ落ち着かないのか、辺りを見回す詩月。
「本当の隠し味は何気ない日常に潜む奇異な恐怖への期待なのかも」
 言うアレクセイが安堵した表情なのは、この噂が広まらなかったことに対して。
 きっと姫も、安心して給食を食べることが出来るだろう……考えながら、アレクセイは壁にヒールを施す。
「Puddingのありそうな棚は、っと――」
 戦いの中で散乱した食器を元の場所に戻しつつ、デザートのプリン探しにも余念がないレンカ。
 同じく原状回復を行っていた瑠奈は手を止め、大きく目を見開く。
「これが食器洗浄機! 欲しい、欲しいわ」
 口数も多く大きいコンロなど、料理好きとしては垂涎のアイテムが実に多い。
 目移りしながらもガス漏れがないかはきっちり確認する辺りが瑠奈らしかった。
 ――無事に給食室の修復も終わり、これで事件は解決。
 穏やかさを取り戻した給食室を振り返って、夜江はそっと呟く。
「給食室はやはり人を喜ばせる所でなくては」
 夏休みも終わった学校で、ここで作られた給食が生徒たちの笑顔の元になればいい――そんな思いと共に、給食室を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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