●紅の贄
家の扉を開ける音を聞き付けて、少女は読んでいた絵本をパタリと閉じる。満面の笑みを浮かべて階段を駆け下りると、仕事帰りの父の姿を見つけ、笑顔のまま胸元に飛び込んだ。
「パパ~、お帰りなさ~い!」
見れば、歳の近い姉と兄の二人も、父の腕に飛び付いていた。そんな彼らの様子を、後ろで微笑ましく見つめる母と祖父母。だが、次の瞬間、父の首が笑顔のまま下に転げ落ちたことで、部屋の空気は一瞬にして真冬の雪よりも冷たく凍り付いた。
「ひっ……!?」
「う、うわぁぁぁっ!!」
ボールの様に転がって行く父の頭。吹き出す鮮血はシャワーのように兄と姉、そして少女自身にまで降り注ぎ、彼らは一目散に母と祖母の下へと逃げ出したが。
「安心しなさい。そう、慌てなくても、直ぐに一つにしてあげるよ」
物言わぬ塊となった父の身体を押し退けて、黒衣の男が妹達に迫る。まずは兄、次は姉。父と同じく首を刎ね、果ては腰から下も斬り落とし。
「に、逃げなさい! 早く!」
末娘だけでも逃がすべく祖父母と母が立ち塞がるが、それも虚しい抵抗だった。
一閃、何かが空気を切る音がした瞬間、祖父母と母の首もまた床に転がった。赤く染まった部屋の中、黒衣の男は唯一生き残った少女へと手を伸ばし。
「逃げる必要はないんだ。お父さんや、お母さんとは……ずっと、一緒にいられるようにしてあげるからね」
それが、少女の聴いた最後の言葉。胸元に鋭い痛みが走ったかと思うと、その視界は瞬く間に漆黒の闇に包まれる。
最後の仕上げだ。そう言わんばかりに黒衣の男が合図を出せば、どうだろう。居間に転がっていた遺体の山が、歪な肉塊となって繋ぎ合わさって行く。その頂部に鎮座するは、他でもない少女の上半身。
「あ゛……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……お゛……どう……ざん……。お゛があ……ざん……。お゛……お゛にいぢゃ……お゛ねえぢゃ……うぅ……うぅあぁぁぁぁっ!!」
闇を切り裂く悲痛な叫び。細く長く伸びた身体から生えた無数の腕が、その声に応えるようにして、音も無くゆらゆらと揺れていた。
●百足繋ぎ
「召集に応じてくれ、感謝する。神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)の懸念通り、螺旋忍軍の研究データを元に生み出された、屍隷兵を利用しようとする動きがあるようだが……」
そこまで言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)はしばし言葉を切った。
今回の事件、相当に悪趣味で胸糞が悪くなる話だ。そう、無言の瞳で、ケルベロス達に訴えて。
「螺旋忍軍の傀儡使い、空蝉……。こいつも、屍隷兵を利用しようとしている一体だ。仲の良い家族を惨殺して、その遺体を繋ぎ合わせることで、強力な屍隷兵を生み出そうというな」
空蝉は、屍隷兵を強くするために必要なのは、材料同士の相性だと考えているらしい。おまけに、家族を殺す際の方法も、筆舌に尽くしがたい残忍さである。
「残念ながら、空蝉の凶行を阻止することは不可能だ。だが、放っておけば生み出された屍隷兵は近隣住民を襲い、グラビティ・チェイン強奪する。せめて、そちらの事件だけでも阻止するため、取り急ぎ、現場に向かって欲しい」
現場に到着できるのは、最も近くの近隣住民宅を屍隷兵が襲う数分前。戦場となるのは一家の住んでいた家の庭。こちらが敗北しない限り、近隣住民に被害が出ることはないはずだ。
「今回の敵は、家族を繋ぎ合わせて生み出された屍隷兵と、残った遺体で生み出された屍隷兵が3体だ。一番巨大な個体のみ、屍隷兵にしては強力な力を有しているようだがな……」
問題なのは、それ以上に敵の見た目と性質であるとクロートは告げた。
巨大な固体は少女の上半身から下に、家族の胸部と腕部を継ぎ合わせたような形状をしている。その姿は、さながら人肉の百足。おまけに、少女以外の部位を攻撃すれば、攻撃された部位の持ち主の名を叫び、少女が奇声と共に涙を流す。
「これだけでも厄介な相手だが……残った遺体で作られた屍隷兵も、なかなか面倒な相手だぞ。こいつは二つの顔に4つの脚が生えた、蜘蛛のような姿をしている。小回りを利かせて動き回り、戦いになると巨大な屍隷兵を守るように行動する」
幸せだった家族の笑顔は、もう取り戻すことはできない。だが、それでも、これ以上の悲劇が紡がれる前に、それを阻止することはできるはずだ。
「この地球に……これ以上の涙は不要だ。そうだろう、お前達?」
答えは敢えて聞かないまま、クロートはそれだけ言って、ケルベロス達に依頼した。
参加者 | |
---|---|
機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
天野・司(アホ・e11511) |
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053) |
城間星・橙乃(雪中花・e16302) |
サラキア・カークランド(水面に揺蕩う・e30019) |
守部・海晴(空我・e30383) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625) |
●異形
夜の帳が降りた庭に足を踏み入れると、どこからともなく湿った風が吹いて鼻先を掠めた。
風に乗って流れてくる草の香りに混ざって、漂ってくるのは血の匂い。ふと、物陰に目を向ければ、姿を現したのは巨大な百足の如き姿となった、少女の頭を持つ屍隷兵。
「あ゛……あ゛ぁ゛ぁ゛……ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」
嗚咽にも似た叫び声を上げながら、その屍隷兵、百足少女は身体を揺らしてケルベロス達の方へと近づいて来た。その周りで踊るようにして跳ねているのは、こちらは残骸より作られた方の屍隷兵だろうか。二つの頭から4本の手を生やした蜘蛛の様な化け物が、ケタケタと狂った笑みを浮かべている。
「……酷いな、これは」
「ええ……。見ていて気分のいいものじゃないわ……」
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)の言葉に、城間星・橙乃(雪中花・e16302)が静かに頷いたまま杖を構えた。
唐突に、何の前触れもなく、デウスエクスに命を奪われてしまった家族達。それだけでも十分に酷いことだというのに、死してなお、苦しみながら異形の怪物として悲劇を紡ぎ続けさせられるとは。
こんな事件は、ここで終わりにしなければいけない。今はそれだけが、理不尽に殺されてしまった者達へできる唯一の手向け。だからこそ、ケルベロス達は敢えて言葉を心の内に秘め、目の前の怪物達と対峙する。
「―――私の火力で、薙ぎ払ってやるです」
己の身を装備した砲身と結合させ、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は一斉に火炎と焼夷弾を発射した。
初っ端からの最大火力。だが、その身を炎に巻かれこそすれど、百足少女の動きは止まらない。元より、点ではなく面を制圧するのに向いた攻撃では、単体相手に効果を発揮しきれていなかった。
「ギィィ……。キィ……キィ……!」
ライドキャリバーのプライド・ワンが炎を纏い、逃げ惑う人面蜘蛛を追い立てて行く。続けて杖を構える天野・司(アホ・e11511)だったが、その視線が百足少女と合ったことで、思わず顔を背けてしまった。
「確かに人間、いつどんな死に方をするか解らない。それは、解っているけども……!」
こんな死に方、認められるはずがない。世界は非情で理不尽なものかもしれないが、それにしても酷過ぎる。
「……せめて一刻も早く、終わらせましょう。それだけが唯一、彼女たちを救う手立てなのですから」
それでも、ここで怯んではならないと、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)は司に告げた。今の自分達にできること。それは異形と化した少女と家族に対し、真の安らぎを与えてやることだけなのだと。
もう、泣いている場合ではない。込み上げる想いを飲み込み、司は杖先から人面蜘蛛達に向かって火炎を放った。同時に、瑛華が牽制の弾を放ったが、それを受けた百足少女は、今までになく苦しそうな叫び声を上げて、ケルベロス達へと突進して来た。
「あ゛ぁ゛……ぅ゛ぅ゛……。お゛どう……ざん……! お゛があ……ざぁぁぁん……!」
螺旋忍軍の傀儡使い、空蝉の手によって造られた屍隷兵。それは攻撃を受ける度に、攻撃された部位の持ち主の名を叫ぶ。百足少女は、惨殺された家族の胴体を繋がれた存在。つまり、その身の大半が本来の少女の肉体ではなく、家族の肉体で構成されている。
「あぅ゛……ぅ゛ぅ゛……ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
多数の腕を生やした胴体をくねらせながら、少女は悲痛な叫びを上げて、腕を振り回しながら襲い掛かって来た。大小様々な手刀が、櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)の身体へと降り注ぐ。だが、その身を幾度も斬り刻まれながらも、悠雅は何ら動ずることなく、地獄の業火を宿したナイフを突き立てた。
「穿ち、狙う。炎の刃」
奪われた者のためと称し、他者を蹂躙することを強制する。空蝉のやり方は気に食わないが、しかし異形と化した少女を殺すことに躊躇いはない。次なる悲劇を防ぐためには、時に非情な決断も必要だ。
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛! あづ……ぃ゛……あづい゛……ょぉ……」
広がる炎に身を焼かれ、少女は頭を抱えて泣き叫んだ。異形の姿と成り果てても、僅かばかりの記憶と痛覚だけは残されているのが、余計に彼女を苦しめているようだった。
「死者の肉体を玩具にする……。ここまで腹の立つ者が居るとはな」
迫り来る両面蜘蛛の毒液を腕で受けつつ、双牙はお返しとばかりに跳躍からの蹴撃で踏み付ける。昆虫を潰した時とはまた違った、腐肉を踏んだような感触に、思わず顔を顰めて距離を取る。
「なるべく早く終わらせましょう、長引かせるのは酷だもの」
雷の障壁を張って備えつつ、橙乃が他の仲間達へと告げた。その言葉には感情の片鱗さえ感じられなかったが、ともすれば無理に押し殺している感が強かった。
「気乗りはしませんが、これ以上の被害を出す訳にも行きませんからねー」
内に秘めたる怒りを抑えつつ、サラキア・カークランド(水面に揺蕩う・e30019)が竜の幻影を呼び出して、少女の周りを固める両面蜘蛛へと炎を放つ。こちらも、やはり痛覚は残っているのか、炎に巻かれてのたうちながら、奇声を発して苦しんでいた。
「もう、理性はないんだろうな……。少しだけ痛い思いをさせる、ごめんね」
せめて、少しでも早く片付けられるように。そして、異形の身体を残さぬように。
溜息を吐きつつも繰り出された守部・海晴(空我・e30383)の脚が、不可視の炎を纏って両面蜘蛛を蹴り飛ばす。その身に広がる焔に焼かれ、灰と化して行く両面蜘蛛。それは、理不尽なる襲撃にて異形の者へと変えられてしまった家族への、せめてもの手向けになったのだろうか。
●痛み
宵闇の空の下、閑静な住宅街に響き渡る異形の叫び。人の身の丈を優に超える巨躯より繰り出されし攻撃は脅威だが、それ以上に敵の姿そのものが、対峙する者達の気力と精神力を削って来る。
これが、己のために他者を平気で犠牲にするような、悪辣な存在であれば、どれだけ話が楽だっただろう。だが、考えようによっては、この百足少女や両面蜘蛛もまた被害者なのだ。だからこそ、彼女達を凶行に至らせてはならない。悲劇を紡がせてはならないと、頭では解っている。解っているはずなのに……。
「ぅ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……! い……だぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛……! だ……ず……げ……でぇ゛……」
身体を焼かれ、斬り刻まれ、そして穿たれる度に、少女は涙を浮かべて泣き叫んだ。それは強烈な呪言となってケルベロス達へと襲い掛かり、心の奥底にしまい込んだはずの、過去のトラウマを呼び覚ます。
「……っ! 命は、こんな玩具みたいに扱われるもんじゃない! 産まれて、色んな人と積み重ねた記憶が、命が、これからが、あった筈なのに……なんで……!」
呪言の力に抗うべく、司は答える者のいない問いを叫んでいた。だが、その隙を突き、両面蜘蛛が跳び上がり、彼の脚と腕に鋭い牙を突き立てた。
「あまり、感情的にならない方がいいわ。相手のペースに引き込まれたら、そこで負けよ」
見兼ねた橙乃が司の頭を手にした杖で殴り飛ばす。かなり強引なショック療法だったが、それでも彼の身体に染み付いたトラウマを払うには十分だ。
「ごめん……。もう、大丈夫だ」
軽く頭を振って意識を前に向け、司もまた鋼の拳で両面蜘蛛を叩き潰す。水風船を叩いているような感触は、あまり気持ちの良いものではなかったが。
「そろそろ、蜘蛛を片付けよう。変わり果てた姿とはいえ、肉親が無駄に苦しむ様を見せつける必要もあるまい」
司の拳で吹き飛ばされた蜘蛛を踏み潰し、双牙が言った。よくよく見ると、蜘蛛の頭部には男女の顔が一対ずつ、それぞれ同じような年齢のものが使われていた。
祖母と祖父に、父と母、そして兄と姉を繋いだのだろう。このような歪な繋ぎ合わせを、絆の証とでも言うつもりか。
歪んでいる。何もかもが歪んでいる。あまりに趣味の悪い空蝉の凶行。考えているだけで、虫唾が走る。
「本命は、こちらで抑えます」
「残りの蜘蛛は一体……お任せ致しますね」
百足少女を押さえるべく、真理の砲塔と瑛華のガトリングガンが同時に火を噴いた。続けて、プライド・ワンが回転しながら突っ込んだところで、悠雅の放った氷の螺旋が敵の身体を凍結させた。
「動きを阻害する。氷の刃」
「ぅ゛ぅ゛……ざ……む゛……ぃ゛……。ざむい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ! お゛……お゛があ゛……ざん……」
多数の腕で胸元を抱え、百足少女が身体を震わせる。どうやら、母親の部位を用いて作られた場所に直撃を食らったようだ。
「そちらに行きましたよー」
大鎚で最後の両面蜘蛛を吹き飛ばし、サラキアが海晴に告げる。腕だけの脚を蠢かせて抗おうとする異形の敵を、海晴は真正面からしかと見据え。
「これで……苦しみも終わりだよ」
研ぎ澄まされた一撃が、かつては少女の家族だったものを、木っ端微塵に破砕した。
●葬送
取り巻きの両面蜘蛛を全て失い、後は百足少女を残すのみ。哀しき異形へ安らかな終焉を与えるべく、真理はプライド・ワンと共に、敵の懐へ飛び込んだ。
「ぅ゛……ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛!!」
真正面から突進して来たプライド・ワンを押さえたところで背中を斬り付けられ、百足少女の身体が激しく揺れる。傷口を広げられたことで、今までの戦いで蓄積していた炎が、一度に身体の内外から噴き出したのだ。
「何だって、最初はちょっと……」
続けて仕掛けようとしたのは司。だが、そこまで言って、しばし攻撃を繰り出すのを躊躇った。
自分の技は、相手の精神に作用して、その記憶を掘り起こし恐怖を思い出させるというもの。異形と化した目の前の少女に、既にどこまでの感情があるかは解らない。しかし、それでも、非業の死を遂げた少女に対し、更に追い詰め苦しめる必要があるのかと。
「あ゛……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……うぅあぁぁぁぁっ!!」
奇声を発し、全ての腕を滅茶苦茶に振り回しながら、百足少女が司へと迫る。いかに彼が守りに徹しているとはいえ、このまま直撃を食らえば屠られるだけだ。
「……大丈夫、ですか?」
超遠距離からの精密射撃で敵の額を射抜きつつ、瑛華が司を気遣うようにして尋ねた。それでも止まらぬ敵の攻撃は、悠雅がその身を盾にすることで受け止めていた。
「死してなお、蹂躙者の駒として扱われるのは哀れなり。されど、同情はせぬ。我らがすべきは、外敵の排除……」
理性を失い、人に戻る術がないのであれば、下手な情けをかけるだけ無用。非常に徹する悠雅の刃には、既に新たな焔が宿っており。
「恨むならば、自らの不運を恨め……。活力を奪う。炎の刃」
至近距離から炎弾を叩き込み、相手の命を食らって奪う。それを見た司も意を決し、無色の炎を灯した指先で百足少女の身体を突いたのだが。
「……ぁ゛? う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛! ごわぃ゛……ごわぃ゛! ごわぃ゛ょ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ゛!! お゛にいぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!……お゛ねえぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ん!」
その身を庭に投げ出し、のたうち回りながら少女は叫ぶ。やはり、直視はできないと司が顔を背けたところで、双牙の手が少女の頭を鷲掴みにして投げ飛ばした。
「……捕らえたぞ。 ――ガルム・ブランディング!!」
唐突に命を奪われた嘆きと苦しみ。そして、己や家族の仇を討つことさえ許されぬ不幸。それを忘れぬよう、双牙は敢えて巨狼の焼印を押す。他でもない、自分自身の心へと、彼女の痛みを刻み込むため。
「……っ、大丈夫。悪い夢はもう終わりですよー?」
もう、これ以上の苦しみを与える必要もないだろうと、サラキアは水の刺突剣で、少女の胸元を一突きに貫く。同じく、海晴もまた不可視の炎を左手に纏い、撫でるようにして少女の頭にそっと触れた。
「この痛みに溢れた世界で、せめて安らかな最後を。理を正し、在るべきものを在るべき場所へ」
「せめてもの手向けだ、どうか安らかに……」
「……ぁ……ぅぁ?」
それは罪なき人の痛みを背負い、救いを齎さんとする聖女の剣。生者には甘き死を与え、亡者には呪縛を断つ優しき送り火。
水と炎。その力の源は異なれど、与えし祝福は、共に同じ。嘆き、悲しみ、苦しむ少女へと差し伸べられた、世界一優しい終焉の技。
「冷え冷えと、香り漂うは冬の華……」
もはや、崩れ落ち死を待つばかりとなった百足少女の周りを、橙乃は冬の空気と水仙の花で包む込む。刃と化した凍て付く花々。それに飲み込まれるようにして、異形と化した少女は静かに二度目の死を迎えた。
●残悔
静かだった。
戦いの終わった家の庭。そこに散った罪なき命に、番犬達は静かに手を合わせた。
「助けてあげられなくて……ごめんなさい、です」
「……生命を救う事は出来なかったな。すまない」
真理と共に、少女へと謝罪の言葉を述べる双牙。自分もデウスエクスによって肉親を失った身だが、それでも生きて仇を討てるだけマシだ。
(「空蝉と言ったか。今に追い詰め、噛み砕く……!」)
人の尊厳を踏み躙る者。その非道だけは許すまじ。込み上げる怒りを胸に刻んで抑える双牙だったが、しかし司は湧き上がる己の感情を止めることができなかった。
「俺達の力に限界があるのは解ってる。けど、さっきまで、皆笑って、明日の為に生きてたんだ……。あと少し、力があったら……!」
無理難題を言っているのは解っている。空蝉を倒せる力があるか否かに関係なく、そもそも予知された時点で回避できぬ悲劇であれば、防ぎたくとも防ぎようがない。
なんとも言えぬ、嫌な空気。拳を振るわせる司へと、悠雅は無言でハンカチを渡す。その様子を横目に、残る者達は惨劇の跡が残る家の中へ、そっと足を踏み入れて。
「家族というのは、何よりも大切で尊いものですよー……。それなのに……」
未だ血の跡と臭いが残る部屋の惨状を前に、サラキアはそれ以上何も言えなかった。ふと、足下に目をやれば、そこには一冊の絵本が転がっており。
「……辛い思いさせてしまってごめんなさい」
それだけ言って、橙乃は犠牲者達に、改めて弔いの意を示す線香をあげた。ゆっくりと揺れながら立ち昇る白い煙。絵本を拾い上げた瑛華は、それを静かに見つめながら、はにかんだ笑みを浮かべていた。
「いつかまた、巡り合えますように……」
それは、惨劇によって引き裂かれた家族が出会えることを祈ってのことか、それとも自分と少女が来世で出会えることを願ってのものか。
(「この場で傀儡師の非道を口汚く罵っても、虚しいだけだ……でも、この悲劇は忘れない!」)
同じく両手を合わせながら、海晴は怒りを鎮めつつも思った。
これ以上、こんな事を繰り返させてはいけない。いつか必ず、その悪行にケジメを付けさせてやると。
作者:雷紋寺音弥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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