炎天の河童も潜む彼の夢

作者:奏音秋里

 小学校1年生の夏。
 1学期の終わりまでに、少年は浅いプールを卒業できなかった。
 夏休みも練習にかよっているが、合格まであと一歩のところで足を付いてしまう。
「うわぁーーーーーん!!」
 迎えにきた母親に泣きついて、歩きながらずっと、泣いて泣いて。
 家に着いたらすぐに、泣き疲れて眠ってしまった。
「わぁいっ! おおきいプール!!」
 そんな夢のなかで、少年は遂に25メートルプールへと入ることを許される。
 のだが。
「ぅわっ!? うぅっ、たすけてっ!」
 なにかに足を引っ張られて、驚いて眼を覚ました。
 そういえば図書の本に、河童に足を引っ張られたヒトの話があったなぁとか想い出す。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 そんな少年の豊かな感情を、魔女は容赦なく奪っていった。

「河童といえば胡瓜っす! 最近はプールにも出るんっすね!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、ご馳走さまと手を合わせる。
 いままで、採れたばかりの新鮮な胡瓜を囓っていた。
「まぁドリームイーターなんで胡瓜を使わなくても誘き寄せられるんすけどね」
 溺れそうになった少年の驚きが、狙われたらしい。
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)からの、調査報告だった。
「ありがちな河童の姿っすね。ただ、ドリームイーターなんで、陸上でも大丈夫っすし、頭のお皿が乾いても問題ないっす」
 攻撃は、皿を投げ付けてきたり、背負った甲羅に手足を引っ込めて飛んできたり。
 甲羅に入られると防御力が上がるため、見計らって攻撃をすることも必要かも知れない。
「ドリームイーターは、男の子の家の周辺を彷徨いているっす。誰かを驚かせたいみたいっすから、歩いていれば向こうから寄ってくるっすよ」
 ちなみに、ドリームイーターは自分に驚かなかった相手を優先的に狙ってくる。
 誘導や戦闘を有利に進めるために活用してくださいっすと、ダンテは言った。
「男の子の家を起点として、南に野球場、西に中学校があるっすよ。どちらも歩いて10分かからないくらいなんで、皆さんで相談して、戦闘場所を決めてくださいっす」
 但し、昼間だからどちらにも一般人がいる。
 野球場は地元の高校生が練習試合をしているし、中学校も多くの生徒が部活動中。
 ヒトの数は前者の方が少ないが、校舎があるから避難誘導は後者の方が楽かも知れない。
「諦めずに練習すれば、男の子も泳げるようになるハズっす。よろしくお願いしますっす」
 ドリームイーターを倒せば、被害者もじきに眼を覚ます。
 ちゃんと洗った胡瓜を手渡して、ダンテは皆を見送るのだった。


参加者
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)
エリース・シナピロス(少女の嚆矢は尽きること無く・e02649)
アテナ・エウリュアレ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16308)
除・神月(猛拳・e16846)
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は早速、二手に別れて行動を開始した。
「最近はプールにカッパが出るらしいですね。泳いでいると足を引っ張られるそうです。皆さんは、カッパには詳しいですか?」
 少年の家の裏にて、倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)が口火を切る。
「河童の川流れなんて諺が生まれるくらいだから、泳ぎは上手いのだろうな」
 トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)も、噂話に加わった。
「泳ぐのはアルも大好きよ! 男の子には元気になって、浅いプールを卒業してほしいわ」
 お散歩気分の、アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)が応える。
「河童ねぇ……やっぱり、胡瓜が好きなのかしら」
 ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)も、話の幅を広げた。
 誘導組は、此処から西にある中学校を目指して歩いている。
「はぁいちゅうもぉく! あたいらはケルベロスだよぉ」
 その中学校では、先行した組が校庭にいる者達の避難を開始していた。
 葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が、隣人力を発揮する。
「此処に、デウスエクスが来るの……あなた達みんな、校舎のなかへ、逃げてちょうだい」
 エリース・シナピロス(少女の嚆矢は尽きること無く・e02649)も、皆へ呼びかけた。
「いまから出るのは余計に危険だゼ? なかに戻りナ」
 立入禁止テープを張りながら、除・神月(猛拳・e16846)は生徒達へと促す。
「河童ですか……伝承そっちのけな行動を見ても、やはりドリームイーターは謎が多いです。いずれにしても被害が出ないうちに対処しておくべきですね」
 アテナ・エウリュアレ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16308)が、空からも確認。
 手分けして動いた成果として、十数分と比較的速く、漏れなく校舎内へと避難させた。
 其処へ、ドリームイーターを連れたケルベロス達も到着。
「殺界を形成するね」
 速攻でラピスが、エリースと協力して校庭を包むように殺気を放つ。
「アタイはジャマーだから攻撃を受けない方がいいしぃ、河童ちゃんを見たら驚かないとねぇ。まあでもぉ、全身緑色の人なんて見たら普通おどろふぇあひゃああああ!?」
 振り返ると視界に河童が歩いていて、咲耶はものすごい声をあげた。
「……わぁ、びっくりした」
 エリースは素直に言葉を発するが、ミミックは主の言いつけどおり反応しない。
「陸上活動している河童なんて、初めてです」
 空から地上へ降り立ち、狙いを絞らせるためにアテナも驚いてみせた。
「この夏に河童とハ、それらしいドリームイーターじゃねーカ。日光でも干からびねーのは結構だガ、それならあたしらでミイラにしてやろーゼ!」
 残しておいた出入口にもテープを張り終わり、神月も皆に合流する。
「あなたは河童ですね、知ってます。生け捕りにすると懸賞金をもらえると聞いてますので、捕まえて帰りましょう」
 ディフェンダーの柚子は、誘導時同様、平然と対処した。
「おう。攻撃は俺達で受け止めるぜ。河童はカエルでも食べてやがれ!」
 同じくトライリゥトも、ボクスドラゴンを後衛に任せて得物を構える。
「カッパさん、アル達と遊びましょ!」
 アルナーの誘いに応じるように、皿が飛んできた。

●弐
 刃は次々にディフェンダーを傷つけて、ドリームイーターの頭上へと戻る。
 くるくると回転する皿は、再度の攻撃の機会を狙っているようだ。
「それじゃあ此処かラ、楽しい愉しい反撃の時間と行こうじゃねぇカ!」
 即座にメディックの神月が、満月にも似た蜜色のエネルギーに満ちた空間を展開。
 狩猟本能を高めれば、鼻や眼でつぶさにドリームイーターを追うことが可能となる。
「此処が貴方の死に場所だ。太刀筋は気合いの限り……されど心は澄ませ」
 左腰に納めた細く長い斬霊刀に、気合いを籠めるラピス。
 神速の居合い斬りは、咄嗟に向けられた甲羅に鋭い一線を引く。
 すると、ドリームイーターはそのまま手足を引っ込めて体当たりを仕掛けてきた。
「ミミちゃん……大丈夫、傷は浅いわ……確実度の高いグラビティで攻撃よ」
 頷いたミミックはベルトを外して大口を開け、ドリームイーターの左足へかじりつく。
 エリースは、自身のいる後列の背後に、カラフルな爆発を発生させた。
「幼き子どもの想いを利用した悪しき夢を打ち倒さんが為、そして勝利を御義父さ……大首領様に奉げんが為、秘密結社オリュンポスが聖騎士アテナ、参ります!」
 堂々と名乗り、アテナはゲシュタルトグレイブを派手に振り翳す。
 稲妻を帯びた超高速の突きが、ドリームイーターの神経回路を麻痺させた。
「カッパですか……あまり馴染みはありませんが、ドリームイーターの事件とあっては解決しないといけませんね。カイロも、皆さんの様子に気を配ってくださいね」
 濃縮した快楽エネルギーを桃色の霧として放出し、柚子はエリースのミミックを癒す。
 メディックを務めるウイングキャットには、前衛陣へと翼を羽搏かせた。
「いっぱいバッドステータスつけてぇ、皆のサポートをするよぉ!」
 勇気を振り絞って、力強く一歩を踏み出す咲耶。
 ドラゴニックハンマーから竜砲弾を撃てば、バランスを崩して転けそうになる。
 なんとか踏みとどまるが、ドリームイーターの投げてきた皿を躱すことはできなかった。
「おどうぐばこ、いくわよ」
 ミミックは、エクトプラズムで創造した七色の武器をドリームイーターへとぶつける。
 全身の装甲から放出するオウガ粒子を、アルナーは前衛のメンバーへと贈った。
「ここで負けたら学校に被害も出る。んなことさせるかよ! ささっと退場願うかね! 俺たちでやるぞ、セイ!」
 両手の縛霊手は空の霊力を帯び、ドリームイーターの傷を大胆に斬り広げていく。
 その箇所へ、ボクスドラゴンは正確にブレスを吐き入れた。

●参
 繰り返される攻防は、回復する術のないドリームイーターにダメージを蓄積させる。
 力のなくなった体当たりを、ディフェンダー達が一斉に受け止めた。
「……逃がさない」
 ミミックが産んだ、水色に煌めくエクトプラズム製の矢を、得物から射るエリース。
 仲間達のつくった一瞬の隙を突き、遂に急所を貫いた。
「攻防一体、と言ったところか……だが甘い。さぁ、踊ろう。The dog that kills wolves is killed by wolves.」
 と同時にラピスが、甲羅の隙間を狙って思い切り跳びあがる。
 雷の霊力を帯びた右手に握る刃で以て、神速の突きを繰り出した。
 飛来する皿も、ラピスは左手で抜いた太い斬霊刀で、威力を相殺する。
「こんな使い方もできるんですよ」
 濃縮した快楽エネルギーを、桃色の薄霧として拡散させる柚子。
 ウイングキャットの起こす風と併せて、ケルベロス達の体力を回復させた。
「受け取レ、トライリゥト」
 それでもダメージの残るトライリゥトへ、神月はエネルギー光球をぶつける。
 凶暴性を高めて、より大きなグラビティを放出できるように。
「神月、助かったぜ! やらせねぇ。やらせるかよ。俺が、守る!」
 力強い言葉とともに同列のアテナを体当たりから庇い、状態異常をも治療する。
 これ以上の回復は不要と判断して、トライリゥトはボクスドラゴンにも体当たりさせた。
「感謝いたします、トライリゥトさん。さぁ、楔にて打ち鳴らせ!!」
 威力重視で攻撃を選択するアテナは、ゲシュタルトグレイブを大型の楔へと変形させる。
 ドリームイーターめがけて投擲すれば、その身体を照明灯へと打ち据えた。
「もう少しよ、おどうぐばこ」
 鋼の鬼と化したオウガメタルを収束させたアルナーの拳は、ひび割れていた甲羅を砕く。
 アルナーに励まされて、ミミックも一所懸命に偽物の財宝をばら撒いた。
「そうだ。失楽無明呪を使っちゃぉ! いくよぉ、新開発した御札の試し撃ちっ! これは唯ひとりを照らし、焼き尽くす、無明の光!」
 御札に封じられた呪は、ドリームイーターの眼だけを焼き尽くす強烈な光。
 咲耶が解き放つのは、誘蛾灯代わりにするつもりでつくった、御札の失敗作である。
 強烈な光にのたうちまわることしかできず、咲耶の足許で力尽きたのだった。

●肆
 ドリームイーターの消滅を確認して、安堵の息を吐くケルベロス達。
「お疲れさま。なかなか手強かったね」
 両腰へ納刀すれば、ラピスはいつもの女性的な口調に戻る。
 昼間の青空に白く浮かぶ三日月を、ふぅっと仰いだ。
「あの……柚子。さっきは……ミミちゃんを助けてくれて、ありがとう」
 コミュニケーションは不得手なエリースだが、辿々しくもちゃんとお礼を伝える。
 笑うのも苦手な主の代わりに液晶をにっこりさせて、ミミックもちょこんと頭を下げた。
「どういたしまして、エリースさん。困ったときはお互いさまです。さぁ、無事に終わりましたし、ヒールしてから帰りましょう。学校に支障が出るといけませんから」
 柔和な表情でエリースとミミックに応える柚子が、校庭をまわり始める。
 爆破スイッチを押すうしろに着いて、ウイングキャットも清らかな風を起こした。
「お待たセ、もう出てきても大丈夫だゼ! いい汗、流してくれよナ!」
 校舎の窓を見上げて、ぐっと拳をあげる神月。
 姉御肌の威勢に、体育会系な生徒達も大声で感謝の言葉や拍手を返してきた。
 ケルベロス達はそれから、被害者の家を訪れる。
「こんにちは。わたくし達はケルベロスです。お子さんの意識は戻られましたか?」
 呼び鈴を押して挨拶をすると、母親と少年が迎えてくれた。
 騎士道精神からくる礼節ある言葉と態度で、アテナが事情を説明する。
「怖い河童は、ケルベロスのおにーちゃん達がぶっ飛ばしてきた。なぁに、焦ることないさ、そのうち泳げるって。俺も苦手だったんだぜ!?」
 いまは得意な水泳も、眼前の少年くらいの頃はてんで駄目だったトライリゥト。
 しかし練習すれば大丈夫だと、ボクスドラゴンとともに前向きに少年を励ました。
「途中まで泳げているんだったらぁ、同じことをあと少し繰り返せばいいだけさぁ。いきなり水のなかが難しければぁ、布団の上ででも手足を動かしたり息継ぎのタイミングを確かめたりしてみるのも効果的だよぉ。そうだぁ、泳げるようになる御守りをあげようねぇ。お代はサービスだよぉ。今後ともご贔屓に。キヒヒ♪」
 泳ぐコツを伝える咲耶は、実はとっても面倒見がよくて優しいお姉さん。
 愉しそうに口の端を上げて、少年へと御札を手渡した。
「あったかオレンジでげんきいっぱい! 明日は泳げますように☆」
 愛用の『ネコ毛の絵筆』に『虹色絵の具』をつけて、空間へとお絵描きするアルナー。
 その天真爛漫な声と笑顔に、少年も母親も、なんだかケルベロス達も和むのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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