●放課後の教室で
その時、3人の女子高生がこの後どこに遊びに行くかで、盛り上がっていた。一人は服が買いに行きたいと言い、一人は甘いものが食べたいと言う。もう一人は中立意見で、結局はきっと買い物に行った後ファミレスにでも行く事になるだろうと思っていた。
そんな彼女達に音もなく近づくのは、ホラーメイカー。
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
誰、という疑問もホラーメイカーの不気味さの前には口に出す余地は無かった。3人は、思わず頷く。
「あのね、ここの校舎の3階……殆ど使わない教室が並んでる廊下、あるでしょう? あそこのね、防犯シャッター……10年くらい前に、誤作動があったの。その時、運悪く下を通っていた女子高生が首を挟まれて死んでしまって……今も出るらしいわよ。その女子高生の霊が……自分が無くした首を探しているんですって」
「え、なにそれ怖っ……」
そう言って、3人顔を見合わせる。そして、その話は本当なのか、尋ねようとしたその時には。
「…………いない」
しかし、3人は暫く見つめ合い、誰からともなく言い合う。
「ちょっと、確かめにいかない?」
●ホラーメイカー、現る
「ドラグナー『ホラーメイカー』が、屍隷兵を利用して事件を起こそうとしているらしい」
集まったケルベロス達に、雪村・葵は説明を始める。
「ホラーメイカーは作成した屍隷兵を学校に潜伏させた後、怪談に興味のある学生に、その屍隷兵を元にした格好の怪談話を話して聞かせ、その怪談に興味を持った学生が屍隷兵の居場所に自分からやってくるように仕向けているらしい。既に学校のその怪談話を検証するために探索に向かった学生が行方不明になっている。早急に解決する必要があるだろう」
今回ホラーメイカーが話した怪談話は、防犯シャッターに首を挟まれて死んだ女子高生の怪談。彼女は首を探して、校舎3階の廊下を彷徨っている……そんな怪談話だ。
「怪談話を聞いた一般人が事件現場に現れないよう対策しつつ、怪談話に扮した学校に潜伏る屍隷兵の撃破を頼みたい」
事件現場に出現するのは屍隷兵のみ、ドラグナー・ホラーメイカーは居ない。今回首を無くした女子高生は一人なので、屍隷兵も恐らく一人だろう。
「敵は学校に屍隷兵を潜伏させてから人間を誘き寄せるような怪談をばらまく用意周到なドラグナーのようだな。今回は本人に会うことは無いが、奴の好きにさせてやる訳にはいかない。よろしく頼む」
そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164) |
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187) |
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969) |
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168) |
イヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846) |
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485) |
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587) |
簾森・夜江(残月・e37211) |
●夕暮れ時に
窓から差し込む橙の光の中、階段を登っていく足音が8つ。
「たしか……この上、でしょ?」
「うん、そうらしいね……」
そう言って2階から3階へと向かう階段を見上げる女子高生2人、彼女たちに歩み寄る影は。
「外に出ていて下さい」
びくっ、と肩を震わせ彼女たちが振り向いた先に居たのは、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)。
「え、何……」
顔を顰める女子高生2人に、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が歩み寄る。顔の半分を布で隠した怪しげな咲耶だが、隣人力の所為で2人は特に怪しんでは居ないらしい。
「アタイ達、ケルベロスなんだよねぇ。ここらへん、ちょっと危ないからさぁ、アタイ達が戻ってくるまで外で待ってて貰えるかなぁ?」
「…………危ない、んですか」
「じゃあ……行こ」
お互い声を掛け合いながら、女子高生2人は背を向け一階の方へと歩いていく。
「今の所敵の姿は無い……な」
薄暗い廊下と階段を見回しながら、柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)が確認するように声に出す。
「そうか。なら、この辺りで良いな」
安全を確認した後、リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は持って居たキープアウトテープで階段を塞いでいく。
「じゃあ、行きましょうか」
キープアウトテープが貼られていくのを確認し、ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)が仲間達に声をかける。先程女子高生達が見上げて居た階段を、周囲に警戒しながらゆっくりと上がっていく。
「学校の怪談なんて、よくある話だけど」
階段の中腹でヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)が、ぽつりと零す。そして、その視線を旅団仲間であるイヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846)に向けた。
「ね、怪談って得意な方? 俺はわりとそういうの嫌いじゃないんだけど、こういうとこにきちゃうと流石に怖いかなぁ……って?」
へら、と曖昧に笑いながら聞いてくるヴィに、イヴリンは思わずくすりと笑う。
「ケルベロスのくせに何を言ってるんだ」
そんなイヴリンに、ヴィは慌てたように手を左右に振る。
「いや、その、敵として出てきちゃったら戦うけど」
そう返すヴィに、イヴリンは笑みを深くし、肩を竦めた。
「ヴィの恋人の雪斗は一見たおやかだけど、意外と雪斗の方がこういう時にしっかりしてるのかもな」
笑うイヴリンに思わず口をパクパクさせるヴィ。
「そろそろ3階ですよ」
周囲に注意を巡らせていたミスルが声を掛ければ、2人とも張り詰めた空気を纏う。
「取り敢えずこの階なのは間違いない……筈、だ」
下の階よりも静かで埃っぽい廊下。窓の配置の所為か、階段を上った廊下の端からは教室1つ分くらいしか判然としないが、夜目の効く史仁はその全貌をはっきりと把握していた。暗い廊下が続き、その中程に動作不良か中途半端に50cm程降りている防犯シャッター。
「まだ敵は目視出来ませんが、早めに動くに越した事は無いでしょう」
そして簾森・夜江(残月・e37211)は、殺界を形成し、一般生徒が立ち入らない空間を作り出す。
「防犯シャッターが怪しいですね」
リコリスが呟きながら数歩、進んだその時。
「来るぞ!!」
史仁の声が響くと同時に、リコリスは攻性植物・彼岸花を片手に構え飛び退ったその瞬間、べしゃ、という音と共にリコリスの居た場所へと何かが落ちる。
「なんて酷いことをするのかなぁ……」
その姿を見て、咲耶が呟く。夏服の制服を着、ゆらりと仰向けの姿勢から不自然に立ち上がる姿。確かにぱっと見、首はないように見える。ヒトの身体を元にして作られた、屍隷兵の姿。
「そう作られたとは言え……酷い事をするものです」
仰け反ったような姿勢を取っている為、本当に首が無いのかどうかよく解らないが、首が有ろうと無かろうと倒さなければならない事に変わりはない。
「っ……ぎ、ぎぎぎ」
カクカクと不規則に振るえだした屍隷兵に、ヴィは咄嗟に走り出す。
「ぎぃ、いぃあぁああぁぁぁぁ!!!」
女子高生の悲鳴にしては随分と歪なそれは、魔力と圧力を持ち、ケルベロス達に襲いかかる。
「っく!!」
襲いかかる魔力と圧力から味方を庇う為、ヴィは両手に鉄塊剣を構えて屍隷兵と仲間達の間に立ち塞がる。
「しっかりしろ!!」
ふらりと上体が揺れたヴィに声をかけながらその腕を引き後退させ、ヒールドローンで回復を施していく。
「回復、手伝うよぉ」
広範囲に渡った悲鳴によるダメージを癒す為、仲間達を癒す為に廊下に薬剤の雨を降らせていく。屍隷兵の姿に少し恐怖を感じる咲耶だが、彼女をそのままにしておく訳にはいかないのだから、と自分に言い聞かせ、心を奮い立たせる。酷い目にあわされた彼女の為に出来る事は、一刻も早くこの戦闘を終わらせて、しっかりと葬ってあげる事。
「声は……そう遠くない、という事は」
ヴィと入れ変わるようにリコリスは屍隷兵との距離を詰めながら、狙いを定める。
「きっと、ここです!」
首を探す事を念頭に行動するリコリスは、肘から先を回転させながら屍隷兵との距離を詰め、踏み出す。
「ぎ、ぎぎぎ……」
身体を捻って直撃は避けた屍隷兵だが、纏う制服の背中を掠める。僅かに覗く背中にあったのは、ぶら下がるように胴体にくっついている首だった。
「首あるのかよ! 再現度低っ!! ここがお前の見せ場だろ?!」
その姿を見て思わずツッコミを入れたのは史仁。ツッコミついでにチェーンソー剣を大きく振るうと、僅かに覗いていた首が露わになる。その瞳は虚ろに濁り、しかし狂気を映し出す。
「ぱっと見首はありませんでしたから、強ち間違ってもない……と言いましょうか……」
夜江は斬霊刀の柄を握り直し、呟く。
「全く……回りくどいやり方をするものですね」
ミスルは目を細め、かくかくと動く屍隷兵へと手を伸ばす。そこから伸びるのはツルクサのような攻性植物。
「ぐぎっ……」
絡みつかれた屍隷兵は、軋むような呻きを漏らしつつ、攻性植物を振り払おうと手足をばたつかせる。
その姿に眉を寄せながらも、リューデはゾディアックソードを翳すと守護星座を地面に描き、傷を癒し、そして仲間へと守護を与えていく。
眉間に皺を寄せるリューデの視線の先には、未だ攻性植物に絡みつかれ足掻く屍隷兵の姿。少しだけ、竜牙兵と重ねてしまうが、仲間のおかげで克服する事が出来たのだから、と細く息を吐く。
「怪談は、死者に敬意を払い、皆で楽しむためのものだ。悪用されてはならない」
日本の本を好み、文学としての怪談を愛するリューデにとっては、今回のホラーメイカーによる事件は許しがたいものだった。
「ホラーメイカーに関する戦いは二度目になりますが、今回も自ら襲うのではなく、人の好奇心を煽って自分の方へ行かせるのですね……事前の情報から動けるとは言え、地味に厄介なものです」
夜江は僅かに視線を鋭くし、一歩踏み出したかと思うと、そのまま一気に間合いを詰める。鞘を滑らせるように抜き放った刀身は炎を帯び、一閃。
「我が刀、炎の如く」
カチリと僅かな音をさせ、振り抜いた斬霊刀を鞘に戻す。屍隷兵に真横についた傷は炎が弾け、花弁のように火の粉が散る。
「ぐぎっ!!」
壊れた玩具のような呻き声を上げる屍隷兵。
「大丈夫……すぐに終わるからねぇ、少し我慢してねぇ」
泣きそうになりながらも陰陽虚々呪鎌を大きく振り上げるのは咲耶。ぐっと唇を引き結び、一歩踏み出しながら死の力を纏った鎌を、屍隷兵の背側へと反った喉元へと振り下ろす。
「っ……!!」
大きな刃を持つ鎌に振り回されてたたらを踏みながらも、その喉元を切り裂く。べしゃりと床に崩れ落ちる屍隷兵の指先が、僅かに動く。
「さようなら」
リコリスは静かに別れを告げ、己の身体から死神再現試作機L型を引き摺り出し、斬霊を創造する。
「残骸、残影、残響。疵より膿まれし者達よ。彼の者と共に滄海へ帰れ」
模造神ギィザァナの首飾りを補助回路として使用されるそれにて再現されるは歯車地獄。
屍隷兵は声もなく、黄昏色の廊下の中で、歯車の中消えていった。
●静寂の中で
「やっぱり行方不明者達は、屍隷兵に襲われ、殺されてしまったようですね」
ヒールを終え、殆ど元通りになった廊下が夕焼け色に染まる中、リコリスは言う。彼女が断末魔の瞳で見たのは、先程の屍隷兵に殺された女子高生の姿。
「そうか」
リューデは静かに呟き、目を閉じる。
「こうなる前に助けられなくてごめんな」
屍隷兵の消えた場所に向かい、イヴリンは俯いて黙祷する。イヴリンと同じように俯く咲耶。
「ごめんねぇ……遺族の人に、きちんと返してあげたかったんだけどねぇ……」
泣いているような声だが、涙は必死に堪えているようだった。そんな咲耶の横で、史仁も静かに手を合わせた。
「怪談は嘘だろうけど、な。なに、真の元凶が見つかるのも、時間の問題さ」
だから、安らかに眠れよ。消えていった屍隷兵と、殺された高校生に向けて、史仁が呟く。
僅かな沈黙の後、誰ともなくケルベロス達は歩き出す。怪談を降りて一階へ、そして玄関へと向かうと、外には先程出会った2人の女子高生がいた。
「あっ、おねーさん達!」
まだ帰ってなかったのか、と思う反面、何故かほっとしたケルベロス達は彼女達に駆け寄る。
「終わりましたよ」
そう言う夜江に、女子高生2人は頷いてから、そういえば、と思い出したようにこの校舎の3階に出るという幽霊の怪談を話す。
「ええ、知ってますよ」
頷く夜江に続きを話しだそうとする女子高生達だが、それをミスルが遮った。
「えーっとですね、それは実は後日談があって……。その幽霊は実は相手を呪い殺そうとしてたとか実は偽物で本当に何か事件の犯人が潜んでるとか実は妖怪だったとか」
それから色々つらつらと語り続けた挙句、びしっと人差し指を立てて、一言。
「つまり3階には行かない方が良いんですよ」
「え、そうなんですか?! 超怖い……!」
そしてミスルは性質の悪い尾ひれをつけると、彼女達は満足したようで手を振って歩き出す。そんな彼女達の背を見守りながら、夜江が呟く。
「怖いもの見たさとは良く言いますが不思議なものですね。ケルベロスならば、比較的日常で見られる敵なのですが……」
「普通の女子高生だと、そんなもんなんじゃないのか?」
史仁は答えながら、歩き出す。
「こんな事件、もう二度と起こってほしくないよね」
史仁に続き、歩き出すケルベロス達。ざくざくと校庭の砂利を踏み締めながら呟くヴィに、イヴリンは大きく頷く。
そんな2人の後ろで、黄昏色の校舎を振り返りリューデは殺された女子高生達を想う。これからの事件を防ぎたいと思うのは当然だが、今彼の胸にあるのは、彼女達の事。
「……例え偽りの怪談であっても、語り合う学生たちが少しでも『犠牲者の女子高生』を悼んでくれるなら、語り継がれる意味はあるかもしれない」
彼女達が語り継ぐかもしれない怪談が、消えていった女子高生達の鎮魂になるように。そして、もう二度とこののうな悲しい事件が起きないように。ケルベロス達はそれぞれの想いを胸に、橙に照らされる高校を後にするのだった。
作者:あかつき |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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