ハッピー・バースデー

作者:雨音瑛

●祝いの音は沈黙に
「おばーちゃん、ななじゅうななさいのたんじょうび、おめでとー!」
 少女が手にしたクラッカーが弾ける。
「ばーちゃん、誕生日おめでとう! これ、俺からプレゼント」
「おめでと、あたしからもプレゼントだよ」
 少年と女性が、きれいに包装された箱を差し出す。受け取った祖母は顔のしわをさらに深める。隣に座る祖父が、うなずいて微笑む。
 直後、玄関ドアの開く音がした。
「おとうさんと、おかあさんもかえってきたかな?」
 わたしいってくる、と言って、美香が駆けだした。数秒後に現れたのは、父と母を連れた美香――ではなく、黒装束の男。両手に抱えた夫婦と少女がどさりと落ちれば、ダイニングの時間が凍る。
 黒装束の男はおかまいなしに、リビングにいた面々を次々と殺す。
 そうして男は懐から肉の塊を取り出し、殺した家族を混ぜ合わせた。
 肉塊を中心にして生み出された「それ」――身長3メートルほどの屍隷兵は、動き出す。哀しげな咆吼を、上げて。

●ヘリポートにて
 螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉がある一家を惨殺したと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が述べる。それは神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が危惧していた「螺旋忍軍が研究していたデータを元に屍隷兵を利用しようとする勢力」のようだ、とも。
「仲の良い家族を惨殺し、家族の死体をつなぎ合わせて屍隷兵を強化するのが目的のようだ。生み出された屍隷兵はいずれ近隣住民を惨殺し、グラビティ・チェインを奪う事件を起こしてしまうだろう」
 既に空蝉は凶行を起こしている。だが、いち家族をつなぎ合わせた屍隷兵が近隣住民を襲い始める前に、現場に駆けつけることができる。
「この家族は仲が良いと近隣でも評判が良く、家族づきあいも良好だったようだ。そんな彼らに、これ以上の悲劇が降りかかるなど……急ぎ現場に向かって、事件を解決してくれ」
 戦闘となるのは、家族を継ぎ合わせてつくられた屍隷兵1体と、余った体でつくられた屍隷兵2体。そこまでの強敵ではないが、屍隷兵の中では比較的戦闘力が高いという。
「家族を継ぎ合わせてつくられた屍隷兵1体は攻撃力が高く、残り2体の屍隷兵は耐久力が高い」
 犠牲者一家の家に面した道路で、ちょうど屍隷兵たちが出て来たところで戦うことになるとウィズは続ける。
「現場に到着する時間帯は夜8時頃。場合によっては、近隣住民の避難誘導も必要になるだろうな」
 しかし、とウィズがヘリポートを見渡す。
「到底許せることではない。せめてこれ以上の悲劇を起こさない為にも……頼む」
 防止のつばを下げ、ウィズは言葉を終えた。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
天月・光太郎(満ちぬ紅月・e04889)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
暁・万里(レプリカ・e15680)
鬼島・大介(最終鬼畜喧嘩屋・e22433)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)
メイ・プロキオン(ゴメイサ・e38084)

■リプレイ

●存在
 ほの暗い雲が、月を隠す。どこか湿り気のある外気の中を駆け、ノル・キサラギ(銀架・e01639)と葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)は蠢く肉塊たちの前に立ち塞がった。
 ひとつは大きく。いち家族をつなぎ合わせ、吐息とも怨嗟ともとれない声がこぼれる。
 あと二つはやや小さく。いち家族の残りを寄せ集めた異形は、呻き声ひとつ聞こえない。
「しあわせが、確かにここにあったんだ。――それを傷つける権利なんて、誰にもない、のに」
 歯噛みし、ノルは顔を上げる。次いで、肉薄し、エアシューズ「ルピナスの礎」で流星混じりの蹴りを叩きつける。
「眠いのじゃ〜、疲れたのじゃ〜、もぉ、やめるのじゃ〜♪」
 魔力を込め、風流が歌い上げる。
 避難活動を行う仲間たちをちらりと見て、二人は己の役割を改めて認識する。
 屍隷兵たちの足止め、だ。
 決して突破はさせない。襲い来る屍隷兵たちに対し、風流はいっそう距離を詰めた。

 拡声器を使用して叫ぶのは、天月・光太郎(満ちぬ紅月・e04889)。
「周辺の皆へ、こちらはケルベロスだ! 急な話で悪いが、今から周辺で戦端を開くことになる! この声が聞こえている人達は屋内なら外出はやめて出来うるならニ階等の上階へ退避、今外へ出ている人達は今すぐ何処かの屋内へ避難して、決して声の近くへは近づかないようにしてくれ!」
 光太郎によるあらんかぎりの声に続き、鬼島・大介(最終鬼畜喧嘩屋・e22433)も拡声器を使用して呼びかける。
「外に出るんじゃねーぞ、戦闘が終わるまで屋内に籠ってるんだ、いいな?」
 一方で、手分けしてキープアウトテープを貼るのは虎丸・勇(ノラビト・e09789)、メイ・プロキオン(ゴメイサ・e38084)、暁・万里(レプリカ・e15680)、メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)の4人。
 テープを貼り終えた万里は、割り込みヴォイスを使用して周囲に呼びかける。
「聞こえてたと思うけれど、外に出ないようにね!」
 声が届くのは、自身の声量の範囲までだ。それでも、帰宅しようとしていた者には効果があったのだろう、急ぎ駆けて行く足音が聞こえた。
「……近辺住民を巻き込んじゃいけないってのは当然だけど、この家族だって、こんな姿をご近所さんに見られたくないもんね」
 万里の視線の先には、屍隷兵。と、戦闘する仲間の姿。
「メロの方は貼り終わったわ」
「当機も完了しました」
 メロゥとメイの言葉に、勇がうなずいた。
「じゃあ、行こうか」
 これ以上の言葉は要らない。言葉にしない、いや、したくない。
 だからケルベロスたちは駆け出す。屍隷兵と渡り合う仲間の元へ向かい、合流し――3体の『屍隷兵』を撃破するために。

●家族
 一時的にではあるが、屍隷兵3体をケルベロス2人で相手取るのはなかなかに厳しいものがある。深手を負う度に自身を癒やし、ノルは屍隷兵にドラゴニックハンマー「壊星のガーベラ」を加速させた。
 敵の攻撃も、容赦ない。ノルは行動の前兆を見極めようとするが、把握や理解はしていても屍隷兵の攻撃は存外素早く。
 強かに胸元を打たれ、ノルの目から涙がこぼれた。
 痛みに、ではない。
 悲しくて悔しくて、憎い。声にならない声でつぶやいて、胸元を押さえて立ち上がる。
 眼前の「家族だったもの」は救えない。7人の命は既に失われ、いまや倒すしかない。
 同時に自身のしてきたことを――過去の罪を、思い返す。
 悲しみと憎しみが強くなればなるほど、許せなくなる。空蝉も、ノル自身も。だから傷を与えても、受けても、苦しみは消えない。
「醜悪、の一言に尽きるな。空蝉のやり方も、この屍隷兵って存在も」
 とは、大介の言葉。駆けつけた仲間たちに気づき、風流は小さくうなずく。
「ええ。本当に、許せません」
 風流に同意するかのように、大介はくわえた煙草を噛んだ。
 一刻も早く、撃破にこぎつけなければ、と。
 意識を集中し、屍隷兵の足元で爆発を起こそうとする。が、その兆候を感知したのか、屍隷兵は立ち位置を変えて回避した。
 そこへ飛びかかるのは、光太郎。正面からの虹を纏った蹴りに、屍隷兵は巨体をのけぞらせる。
 タイミングを見計らって、勇は螺旋の力を雷に変換する。勢いのままに敵軍を貫くは、生み出された雷槍。
「一度咬みつくと、離れないよ」
 勇が口にするや否や、屍隷兵の体表を走る雷。
 また、ケルベロス側にも雷が――加護をもたらす雷壁が、万里によって構築される。
 続けざまに、ライドキャリバーの「エリィ」の内蔵ガトリングが火を噴く。弾丸の雨が止むと同時に、風流が屍隷兵の前に躍り出た。一見して無防備に見える風流であるが、手にした静炎日本刀『不乱辺流寿』がゆるやかに動く。とたん、庇い立てした屍隷兵に曲線状の傷が刻まれた。
 まばたきひとつ、メロゥは言の葉を唇にのせる。
「満ちる空の輝き。降り注ぐ星の、瞬きの歌が――ねぇ。あなたにも、聴こえるでしょう?」
 音が終わると同時に、屍隷兵たちに光が降り注ぐ。星々の光が、雨のように。
 やがて目が眩むほどの煌めきは収まり、星を映すメロゥの瞳に家の光が映り込んだ。家の一階と二階、それぞれに明かりが見える。家族数人で暮らしている家なのだろう。
 メロゥには、家族とよべる者はいない。だから、家族のあたたかさはよくわからない。
 けれど。目の前の「家族たち」を見れば、胸が痛む。苦しさもある。
 家族というものに対して、メイもまた理解しかねていた。とりわけ、「家族の情」という概念が薄い。
 そんなメイでも、想像することはできる。メイの身元引受人となってくれた老人や、何かと世話を焼いてくれる姉気取りの女性。その人たちが、空蝉の手にかかって目の前の屍隷兵のようになってしまったら。
 込み上げる暗い感情をそのままに、メイはバスターライフルの銃口を屍隷兵に向ける。
「既に当人達の生命は失われています……これはただの肉塊と一緒です」
 言い聞かせるように言い放ち、引き金を引いた。

●生まれた日
 小柄な屍隷兵は、無言でケルベロスたちに攻撃を仕掛ける。自らの体や腕をぞんざいに扱い、力のままに叩きつけてくる。
 光太郎が初手に喰らわせたグラビティで、光太郎自身が屍隷兵1体の攻撃を引きつけやすくなっている状態だ。だが、屍隷兵は複数を対象にした攻撃を仕掛けることもある。その都度、庇える限り庇ってきたせいか、光太郎の傷は他の者より多い。それでも痛みを気にせず、光太郎はグラビティで網を作り出した。
「いっせーのーで――――ドーン!」
 屍隷兵たちにかぶせられる、グラビティの網。広がる傷口から、屍隷兵の体液がぼとぼとと零れる。
「胸糞悪い事しやがって……」
 光太郎は、呻くようにつぶやく。
 屍隷兵3体は健在だ。いくら傷が増えようとも、苦しむ様子一つ見せない――とはいえ。この屍隷兵たちは、元は人間なのだ。
「……痛いよね、苦しいよね」
 そう言って、万里は風流の前に光の盾を出現させた。
 張り付いたような笑みは、割り切ったつもりでいたいから。
 仲間の防御力を上げるのは、この家族の手を汚させたくないから。
「随分と趣味の悪ぃ事しやがるじゃねぇかオイ。カタギの人間を殺った上で、その仏さんを利用するとはな、気に入らねぇな……そういうの。必ず見つけ出してブチ殺してやるぞ、空蝉ッ!」
 大介の鉄パイプが伸び、屍隷兵を穿つ。ひときわ大きな一撃に、屍隷兵は塀に叩きつけられた。体勢を立て直そうとする屍隷兵に、勇が炎を纏った蹴りを放つ。
 崩れる塀を横目に、勇は屍隷兵を見下ろした。
「……どうしてこんなことができるんだろうね、本当に」
 誕生日というのは、幸せで楽しい日だ。ケーキにプレゼント、祝いの言葉、何より祝ってくれる大切な人。大切な思い出になる、素晴らしい日だ。いたたまれなさを胸に、これ以上の犠牲は出さないようにと、勇は立ち上がる屍隷兵を正面に捉える。
 屍隷兵の戦列に突撃し、エリィがスピンを見舞う。重ねて風流が傷口を広げ、屍隷兵の横を抜けた。
「誕生日のお祝いの最中にこの様な事件の被害にあわれるとは、なんとも皮肉ですね。この様な醜悪な怪物が新たな生命の誕生のはずがありません」
 刀を収め、風流は目を細める。
「ええ……佳き日に、酷いことをするわ」
 そこに降り注ぐは、メロゥによる花弁状のオーラ。攻め手を、そして盾役を担う仲間達を癒やしてゆく。
 祖母の生誕を祝う、仲の良いあたたかな家族。それを壊すなど到底赦せないと、ふつり、怒りが湧き上がる。
(「特別な日を、あたたかな時間をただ、過ごしたかっただけだというのに……何故、奪われなければならなかったの」)
 唇を強く噛み、メロゥは屍隷兵を見た。救ってあげられないのが口惜しい、と言わんばかりに。
 メイのガトリングガンが回転し、庇い立てる屍隷兵にいくつもの弾丸を撃ち込む。
 戦況を見て、ノルはひとつのプログラムを起動する。屍隷兵の行動を分析、演算、行動を予測しての一撃。
「コードX-0、術式演算(カリキュレーション)。ターゲットロック。演算完了。魂を刻め、刻下刻撃(ヴェルザンディ・レイド)!」
 屍隷兵の右腕が胴体を庇おうとしたが、ノルの方がわずかに早かった。弱点は胴体かと思考するノルの耳に、二人分のか細い声が届く。
「う、ぅ……」
「やめて、よぉ……おばあちゃんにひどいこと、しない、で……」
 屍隷兵の胴体を担う祖母と、頭部を担う少女の声だ。
 つまり、弱点などではない。家族を庇おうとした、家族の動きだ。
 それに気付いて目を見開くノルの前に、屍隷兵の影が落ちる。
「……もう、やめて、くれ……」
 少年の声に続き、屍隷兵は両腕を広げてケルベロスへと襲い掛かった。

●祈り
 早く。早く。できるのならば、呼吸よりも思考よりも早く。
 焦りにも似た感情を覚えながら、万里は賦活の稲妻を大介に与える。
 仲間の攻撃力を高めることで、家族を早く楽にしてあげたい、と。ライトニングロッドを握る手は白く、力を込めすぎていたことを認識しても思うように力が抜けない。
「楽にしてあげるのが、僕たちの仕事」
 だから今回の戦闘は仕方ないと、万里が口にする。が、聞こえた少女の声に、わずかに首を傾げて。
(「おかしいな、泣いている小さな女の子に、何の罪もないのに苦しんでいる家族にどうして俺はヒールをかけてやれないんだろう。どうして仲間と攻撃を仕掛けているんだろう。こんなことをするために、医療を学んだわけでも、力を得たわけでも、無いのに」)
 万里の思考をかき消すのは、メロゥの放った竜砲弾。着弾の音と爆風で、耳を塞ぎたくなるような呻き声が一時的に遮断される。
「……せめて、最期は苦しくないように逝かせてあげるわ。あなたたちが、また幸せな家族になれるように」
 助けられなくて、ごめんなさい。そう付け足して、メロゥは大介に場所を譲った。
「――これが、鬼の拳だッ!!」
 屍隷兵の懐に踏み込んだ大介が叩きつけた拳。殴り飛ばされる、屍隷兵。表情はもう見えない。もう声も、聞こえない。
「助けられなくて済まねぇな、嬢ちゃん。一度死んじまったのに、また殺そうとする俺を恨んでくれて構わねぇよ。その無念は晴らしてやる、絶対にな」
 サングラスの位置を直し、大介が告げる。
 7人分の身体を接いでつくられた身体の動きは止まった。外灯の光が届かない場所で、家族たちは闇に溶けて消える。
 あとは、声を発さない屍隷兵2体だけだ。
 敵の盾役相手に、メイは下腕を回転させた。そのまま無言で貫くような一撃を与えれば、ノルが壊星のガーベラを加速させる。
 そうして1体の動きが止まり、くずおれる。
 残る1体は素早くケルベロスたちに近寄り、異形の足でメロゥを蹴りつけようとした。が、2人の間に割り込む者がひとり。
「させねぇよ、っと」
 受け止めた腕で屍隷兵の足を押しのけ、今度は自らの足を屍隷兵に叩きつけた。
 満身創痍の光太郎は、怯むことなく屍隷兵たちを相手取る。
(「犠牲を出させないのが、せめてもの救いになるとしか思うしかない、か」)
「残り1体……被害者一家の無念を晴らすべく、屍隷兵は退治しましょう」
 風流が声を掛け、冷気を纏った手刀を叩きつける。
「ごめんね、こうなってしまったからには倒すしかないけど」
 勇が、そして勇の手にある惨殺ナイフが舞い踊るように閃く。片方は、業【カルマ】という名を持つものだ。
 勇の手が止まる。屍隷兵の動きも、止まる。
 時計の針が止まったかのような数秒のあと、最後の屍隷兵は崩れて消えた。
 空蝉の手から被害者を救うことはできなかった。そこに対しての葛藤を抱く者は多い。それでも。いや、だからこそ。
「せめて、安らかに」
 ナイフを収め、勇が小さく口にした。
 風流もそっと目を閉じ、一家の冥福を祈る。
 静まりかえった住宅街に、もはや危険はない。
「仕事は終わりだな。……被害者の家については翌日にでも行政に連絡しておくか」
 と、大介は振り返りもせずその場を後にした。
 戦闘を終えたことを近隣の住民に報せようと歩き始めたメロゥは、ふと空を見上げる。いつもならばゆっくりと眺めていられる星空に、今はなぜか胸の痛みを覚え。足早に歩いては、もう一仕事を終えようと急いだ。
 あと何時間かすれば、日付が変わる。誰かの誕生日が終わり、誰かの誕生日が来る。
 その流れの中に、ひとつの家族はもう入り込めない。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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