●
「お誕生日おめでとー!」
「「「「おめでとー!!!!!」」」」
夕方、食事時に居間に響いたのは、クラッカーと祝福の言葉。
祖母、祖父、両親と兄に拍手を送られた一番下の妹は、10歳の誕生日に瞳を輝かせていた。
「わー、くまさんだ!」
妹に送られたプレゼントは、彼女の身体とそう大差ない大きさのヌイグルミ。それを愛おしそうに抱きしめる妹も、見守る家族達も心から幸せそうで……。
「……ぇ?」
――だからこそ、妹は眼前で父の頭が爆ぜた瞬間、満面の笑みを凍り付かせるしかなかった。「やぁ」とでも言いたげに、黒衣の男が手を上げる。父を引き倒した男は、さっきまで父のいた場所に何気なく座っていた。でも、家族皆の目には、ずっとピクピクと痙攣する父の身体が映っている。
「逃げ――!」
最初に我を取り戻したのは母だった。子供達の背中を守ろうとするが、喉を鳴らして嗤う黒衣の男に顎から下を抉られ、それ以上の言葉が紡げない。
恐怖に戦きながらも、祖父と祖母が兄と妹に覆い被さる。だが、そんなものは無意味だとでも言うように、兄と妹の背中の上で、祖父と祖母の心臓が停止したのが分かった。
急速に失われていく体温。
「あ、おカァさ……! おとゥさッ! ……あ゛あ゛!」
兄が、壮絶な悲鳴を上げながら身体を中心から二分される。
溢れる涙、妹は耳を塞ぎながら、カニカマのようだと、どこか現実味のない他人事のように思った。
やがて、黒衣の男が妹の顔を上げさせ、何かを告げる。
『安心しなさい、君達は一つとなって、永遠になるんだ』
口の動きは、そんな事を呟いていた……。
そして、それが妹が見た最後の光景。妹の細い首を、笑みを浮かべた黒衣の男が握りしめると、その意識と命は、本当にアッサリと途切れたのだ。
黒衣の男の合図を受けて、血まみれの遺体が肉塊となって繋ぎ合わさっていく。
「あ、あああ、ああああああああ、ああ゛あ゛、お゛ど゛さん……お゛がざん……あああ、お゛にぃ゛ちゃ……おじッちゃ……お゛ばぁちゃッ……あああああ゛」
夕方の空に、悲痛な咆哮が轟く。部屋の片隅で、どこか悲しそうに鎮座するくまのヌイグルミ。
それを眺める黒衣の男と、彼の携える人形は、カタカタと嗤うのであった。
●
会議室は、暗澹たる空気に包まれていた。
「……神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)さんの懸念通り、螺旋忍軍の研究データを元に生み出された屍隷兵を利用しようとする動きがあるようです」
絞り出すように告げるのは、山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)。小さな手をギュッと握りしめ、彼女は続ける。
「螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉も、利用しようとしている一体に当たります。……手口は残忍極まりなく、仲の良いご家族を惨殺。その後、ご家族のご遺体をつなぎ合わせることで、強い屍隷兵を生み出そうとしているのです」
空蝉は、屍隷兵を強くするためには、材料同士の相性が大事だと考えているのだ。
「このままでは、屍隷兵は近隣住民に危害を加え、グラビティ・チェインを奪う事件を起こしてしまいます。ですが、空蝉の凶行を阻止する事は……」
桔梗が首を横に振ると、ケルベロス達が肩を落とす。
「……しかし、屍隷兵が近隣住民を襲う事は阻止する事ができます。屍隷兵の元になったご家族は近隣住民からの評判もよく、互いに助け合う間柄だったご様子。どうか、ご家族の手を血で濡らす事を阻止してください。これ以上の悲劇は、誰も望んではいません」
急ぎ、現場に向かって欲しい。
「皆さんが現場に到着できるのは、屍隷兵が一番近くの近隣住民宅を襲う数分前になると思われます。戦闘場所として想定されているのは、被害者宅のすぐ前の道です。道幅はそれなりにあり、道自体も近隣住民の方々によって綺麗に清掃されているので、戦闘に支障はないと思います」
ケルベロスが敗北して道を突破されない限り、近隣住民に被害が出ることはない。
「敵となるのは、ご家族を繋ぎ合わせて生み出された屍隷兵と、残った遺体で生み出された屍隷兵数体です。一番巨大な3メーターを越える個体のみ、屍隷兵にしては強力な力を有しています」
顔は妹、身体は祖父と祖母、両腕を兄の二分された身体、両脚を両親が担っており、その見た目は酷く歪だ。また、存在するだけで濃密な死臭を漂わせ、攻撃する部位によって、それぞれの悲鳴が聞こえてくるだろう。顔を担う妹にしても、最早嘆きを上げることしかできない……。
「残った遺体で生み出された屍隷兵は、巨体の屍隷兵を守るように行動します。耐久力は非常に低いので、先に倒してしまうのが無難かもしれませんね」
大方の説明を終え、桔梗が目を伏せる。ケルベロス達も、似たような表情だ。
「空蝉を倒す事も、幸せだったご家族を救うこともできません。やるせない気持ちでいっぱいになってしまいそうですが、それでも一人でも多くの人の命を守らなければ……それがご家族の願いでもあるでしょうから……」
参加者 | |
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草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028) |
ステイン・カツオ(剛拳・e04948) |
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244) |
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) |
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015) |
狗塚・潤平(青天白日・e19493) |
上里・藤(レッドデータ・e27726) |
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451) |
●
「Sciocchezza……Mannaggia……Che palle!」
――ふざけるな、忌々しい、いい加減にしろ! ……夕闇の下、クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)の口から漏れるのは、空蝉に対する罵倒の言葉。
「誕生日っていうのは、最高に幸せで、尊い日のはずなのに……」
「ぜってぇに報いを受けさせてやる……っ!」
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)とレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)も、気持ちは同じ。壊されてしまった家族を想い、拳を握りしめる。
「喚くんじゃねえ……気が散るだろうが」
そんな中、ステイン・カツオ(剛拳・e04948)の静かな怒気が発せられ、場はシンと静まりかえる。
「申し訳ありません皆様。少し、気が立っているようです」
「…………」
ステインは一度大きく息を吐くと、謝罪を述べた。その肩に、口を真一文字に結んだ上里・藤(レッドデータ・e27726)の手が置かれる。
「やるべきことをやる。そいつが唯一の弔いだ」
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)が、全て諸々を消し飛ばす覚悟を決め、沈みかける太陽を「もう少しだけ待ってくれ」と、見上げた。
「この手で……しっかり家族全員を呪縛から解放してやろうぜ」
狗塚・潤平(青天白日・e19493)の声はよく通る。直情型ゆえその声に迷いはなく、こんな状況でも力を分け与えてくれるよう。
(当たり前だった一日が無残に蹂躙され、何も思わぬ訳もない……)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)は思う。たった僅かな会話でも、仲間の心の傷が伝わってくるのだから。
「苦しませたくないのでな、なるべく早く終わらせるぞ」
だからこそ、信倖は言った。仲間達の総意であり、皆が頷く。
その時――。
「È venuto」
ピクリとクリスティーナが反応する。一拍遅れ、濃密な血臭。
(ケルベロスのこと、ケルベロスになる前は万能だと思ってたんだ)
血を滴らせ、ヌチャリと歩く度に粘着音。呻きは少女の声なのに、3メートルを越える巨体という違和感。四肢、胴体は不随意な痙攣を繰り返し、蠢く瞳は見る者すべてを呪うよう。
(……でも、ケルベロスでも、この家族に対してできることは一つしか……ないんっすね)
その姿を……幸せな家族の成れの果てを見上げた藤は、呆然とそんな事を思い、油断すれば緩みそうになる口元を今まで以上に引き締める。
「許さねぇ……!」
これが、紛れもない現実。牽制のため、レイが二丁拳銃から銃弾を疾風の如く放つと――。
「あ゛アアアァ! あああああ゛あ゛!」
余波を受けた屍隷兵が、夕闇に嘆きを上げる。
「お前ら一家は、デウスエクスに襲われて……『ただ殺された』」
決して、加害者にはしない。レイの牽制で屍隷兵達が僅か後退したのを見計らい、周囲の視界は、あぽろのバイオガスによって妨げられた。
●
白煙が充満する中、あぽろのGODLIGHTが、弧を描いて残骸屍隷兵を切り裂く。
「予定通り、まずは配下を各個撃破だ」
続くのは、藤の煌めきと重力を宿した跳び蹴りだ。
「グッ……ぎぃ!」
「ステイン、そっちは頼んだぜ!?」
地獄の炎を纏った潤平の如意棒が、バランスを崩した残骸屍隷兵へと追い打ちを掛ける。
――が! 巨体屍隷兵ともう一体の残骸屍隷兵がその様子を黙って見ているはずもなく、連携して攻撃を仕掛けてくる。
(私たちは、まだ恵まれてる。ヘリオライダーは、殺されて、改造される過程まで見てるんだからな)
だから、現実を改めて見せつけられた程度で、へこたれてはいられない。ステインは潤平に頷きを返すと、
「こっちですよ」
巨体屍隷兵へと光の矢を放ち、注目を自分の元へと引きつけた。
「シンシア、ステインの援護をしてあげて!」
「ファントム、お前も頼んだぜ!」
もう一体の残骸屍隷兵に対しては、シンシアとファントムも協力して対処するようエーゼットとレイが指示を送ると、2体のサーヴァントは、残骸屍隷兵がクリスティーナに張り付き、自爆する寸前で盾となる。
ダメージを受けた者達の後押しとなるように、エーゼットが前衛の背後にカラフルな爆発を。
(すまない……とは言わない。私には、戦うことしか出来ぬ)
ディフェンダーの奮闘があろうと、さすがに3体の敵の攻撃を防ぎきる事など不可能。特に信倖、藤、あぽろはその影響を強く受け、今も信倖の足元で自爆攻撃が発生し、噴煙を上げる。
「同情や想いで人は救えん。私は一つしか、貴殿達を救う方法を持たぬのだから!」
終わらせること。非情と取られても仕方ないが、それでも信倖は表情を変えず、天銘で接近してくる屍隷兵を一気に薙ぎはらった。
「いいい゛い゛、い゛だい゛よ゛おお゛お゛おおおお!!」
そうして起こるのは、死してなお苦痛に苛まれる幼子の叫び。同調するように巨体屍隷兵の全身が戦慄き、「ぐぐぐあ゛あ゛ぎぎぎぎぐぐッッ!」声にならぬ6人分の呻きが漏れる。
(……とめられなかったの……。でも、そのかわり、いかりもくるしみも、ぜんぶ、ぜんぶわたしたちがうけとめるから……!)
クリスティーナの胸中を支配するのは、空蝉に対する怒り。それでも彼女は冷静を装い、抜刀した太刀 備前 紅桃に伝わってくる手応えから、屍隷兵の分析を試みる。
「Sempre più forte」
――確かに、以前よりは強い。クリスティーナは言った。でも、所詮は屍隷兵だ。デウスエクスには及ばない。その事がクリスティーナは悲しい。家族の幸せを打ち壊した結果生み出されたのが、この程度なんて! ……と。
「痛いだろうが、あとちょっとの我慢だ! すぐ楽にしてやるぜ!」
あぽろの行使する「御業」が、残骸屍隷兵をミシミシと軋ませながら鷲づかみに。
「止めるよ……アンタ達を。これ以上、悲劇を背負わせない為に」
レイの炎を纏った激しい蹴りが叩き込まれると、集中砲火を受けていた残骸屍隷兵の片割れは、炎に包まれて灰となった。
「い゛や゛ああああああああああああああああああああああああああッ!」
それは、自身の一部を失った巨体屍隷兵の慟哭。その頰を、まるで涙のように血が伝っていた。
●
「い゛だい゛の゛! どうじで意地悪ずる゛の゛!?」
妹の顔、四肢胴体それぞれに蠢く10の瞳が、一斉に藤を捉える。唯一空蝉に瞳を跡形もなく吹き飛ばされ、足となった父だけが、家族の中で疎外された寂しさに苦しむようガクガクと揺れている。
(目を逸らしちゃいけないっすよ、俺っ……!)
藤の身体の機能が硬直しかける。だが、藤は自分に言い聞かせるように冷徹に努め、硬直を撥ね除けると、残るもう一体の残骸屍隷兵を狙ってオーラの弾丸を放つ。
「回復は僕に任せて! 藤と信倖とあぽろは、とにかく攻撃を任せたよ!」
「心得た!」
石化を受けた藤に、エーゼットが祝福を宿した矢を放つ。メディックのポジション効果が発動し、藤の動きが元の滑らかさを取り戻す。
信倖はシンシアの属性インストールで補佐してもらいつつ、エーゼットの檄に天銘を掲げて応えると、地獄の炎弾で残骸屍隷兵を狙い撃つ。雑魚ゆえに回復量は少ないが、シンシアの回復と合わせれば、インフェルノファクターで自己回復する手間が省けるというものだ。
「お゛どう゛ざん゛、お゛があ゛ざん゛……助げて゛!」
「子供……ま゛も゛る゛! 命変え゛て゛も゛」
妹の嘆きが戦場を埋め尽くすと、一瞬だけ歪な両脚と化した母の瞳に力が宿り、口を失った母の代わりに父が叫ぶ。高速で飛来する足は、前衛を薙ぎはらうように。同時に、ヒール役をエーゼットだと当たりをつけた残骸屍隷兵が、即座の回復を防ぐため、彼に死臭を放ちながら絡みつく。
「ぐっ、できることをやっていくしかありませんが……!」
あぽろを庇いに入ったステインの口元から、血が漏れた。いかに屍隷兵といえども、強化された個体の、それもクラッシャーともなれば一撃は重い。
(……配下を撃破するまでの辛抱だ)
怒りを付与して狙われている事もあり、ステインは自身に暗示をかけて肉体を硬化させる。
「辛抱してくれ、ステイン!」
炎を纏ったファントムに搭乗したレイが、超速の弾丸を放ちながら、残骸屍隷兵に突っこむ。
次いで、あぽろがGODLIGHTを構えた瞬間――!
「助げえ゛え゛えぇぇぇ! 身体が、半分……半分に゛な゛っでる゛んだよ!」
亡者の如き叫びを上げ、巨体屍隷兵の両腕があぽろに振り下ろされようとしたいた。
「あぽろ、上だ! 飛び退け!」
「……っ!? ありがとよ、潤平!」
だが、間一髪、潤平の如意棒が伸び、巨体屍隷兵を押しのける事で、回避のための時間を稼ぐ。
「クリスティーナ!」
「sì!」
さらに続け、潤平はクリスティーナに声を! すると、返事を返すクリスティーナはすでに獣化した拳を構えており……その一撃をもって、残骸屍隷兵の鼓動を完全に停止させたのだ。
「……あ゛、あ゛っ……熱い゛よぉ……熱い゛よ゛ぉ゛……誰か……誰カァ……」
行動する度、一定の確率で巨体屍隷兵を火が包む。その勢いは次第に強くなり、辛うじて残っていた家族の面影が、炭化して消えていく。
「Mi dispiace」
その壮絶な姿に、クリスティーナはかつての自分を重ね合わせ、涙を流す。だが、すぐに彼女は涙を拭った。
――私を怨んで。そうした言葉を残し、クリスティーナの紅桃が、弧を描き夕闇の下煌めく。
「あの家族が、一体何したってんだよ、ええ!? 答えてみやがれ、空蝉!」
レイの激昂に答えはなく、彼とファントム、そしてステイン、潤平で付与した炎で、巨体屍隷兵が苦しむばかり。10の瞳によって硬直したファントムを気遣いつつ、レイは歯をギリッと噛みしめる。
「……全てを撃ち抜け、グングニル……っ!!!」
退路はない。責任を取るべく、レイはゼロ距離から超高密度エネルギーを発射する。巨体屍隷兵の両腕、そして母であった方の足が、瞬く間に溶解する。
「お゛、お゛にいち゛ゃ……お゛があ゛さん゛……わ゛ああああああああッ!」
妹にしてみれば、二度目の別離。聞くに堪えない絶叫に、ケルベロスは耳を塞ぎたくなる。
「お天道様に顔向けろ。逃げるな。そしてその身にしっかり刻め。これが狗塚組の生き様だ!!」
だが、潤平はそんな逃げは許さない。潤平の語りによって、ケルベロス達は再度前を向く。
「苦しい時は、俺に任せろ!」
そう言って、潤平は笑顔さえ見せた。上半身のタトゥーが、蒼く燃え上がる。武器に燃え移ったその蒼炎諸共、潤平は巨体屍隷兵へと叩き付ける。
「……俺は、謝ったりはしない!」
謝るくらいなら、最初からこの戦場にはいない。普通に生きてきた藤だからこそ、普通の幸せに浸ってきた彼ら家族の気持ちが分かる。田舎で暮らしてきた記憶が蘇ってきて、どうしようもない気持ちになろうとも。
だが、……それでも! 藤はこんな手段しか取れない力不足の自身を恥じつつ、『畏れろ』と、手を翳した。顕現せしは、人類の根幹に宿る未知なるものへの畏れ。それらを核に、藤はミシャグジ様を顕現させ、呪詛として放った。
「あああ゛ああああ゛ああああ!」
それは、一種の呪詛返しのようなものだろうか、巨体屍隷兵の瞳、そのすべてが爛れ落ちる。
両手足のほとんどと、瞳を失った巨体屍隷兵にできる事。それは、内に籠もる事だ。在りし日の、幸せだった思い出に浸る妹の口元が、僅か笑みを形作る。
「解放するには、倒すしかないんだっ!」
束の間に安息に包まれた巨体屍隷兵だが、かといって放置する訳にはいかない。
「それしか……ないんだよっ!」
エーゼットは自分を奮い立たせ、彼に寄り添うシンシアのブレスに合わせ、「鋼の鬼」と化した拳を叩き込む。
「お゛ッッ……ガァ、……な゛ん゛で?」
その際、夢から強制的に現実に戻された妹の表情を、エーゼットは忘れないだろう。苦虫を幾匹も同時に噛み潰したような表情を浮かべたエーゼットは、空蝉への敵意をより強固なものとする。
「私達……な゛にも悪い事……じでないよ゛? どじで……酷い゛こと……する゛の……?」
「……そうだな、それは否定しないぜ」
彼女達家族は、純然たる被害者だ。ステインは、大地をも断ち割る一撃を放つため、力を込めながら言う。
「あんた達に、何も酷い事をして欲しくないから……殺すんだ」
戦闘開始時に、あぽろが言った事を、ステインはもう一度告げた。きっと、妹には理解できないだろう。何故なら、もう彼女達家族は……死んでいるのだから。
その死がきちんと、あるべきように悼まれるよう、ステインの強烈な一撃が巨体屍隷兵に突き刺さる。
「あ゛……ああ゛……」
「先に逝った家族に会わせてやろう」
最早、巨体屍隷兵は痛みも苦しみも分からず、ピクピクと痙攣する肉塊。まるで雨のように降り注ぐ信倖の槍が、その肉塊を細分化し、血の雨となった。
「あぽろ殿、幕引きは任せたぞ!」
「ああ!」
信倖が下がると、変わりに右手に太陽の力を溜めたあぽろが前に出る。
「心配すんな、家族も一緒だ……神様の許へ、大いなる光に還るだけさ」
家族一緒。その一言に、妹の表情が少しだけ和らいだ気がした。
(陽々さま、頼む。この一家に陽光の導きを――超太陽砲)
少しだけ落日の時を待ってくれた太陽に、あぽろは願いを。同時に轟いた轟音と閃光は、6つの光の柱となって、空へ上っていった。
●
「ダメだ……こんなの見ちゃったら……誕生日だぞ?」
ステインは、凄惨な現場を見つめ続けるヌイグルミを見つけると、背を向けさせてから皆でヒールを施した。ヌイグルミは、今や残された最後の家族なのだ。
「……ちゃんと、送ってやれたよな?」
潤平が、強く、強く拳を握りしめる。
「……おはな、つんできたの」
「そうか、彼女達も、きっと喜ぶだろう」
家の庭先に、クリスティーナと信倖が作ったお墓。そこに花を添え、「Non La dimentichero' mai」二人は目を瞑って死を悼む。
「奴が来る前に助けられなくて、ごめんね」
エーゼットは、ヌイグルミの傍に、シオンの花を添える。
――恨んでもいいよ、憎んでもいいよ。そう思ったが、あの優しい家族がそんな事を願うはずもない。ただ、忘れないと、エーゼットは彼女らの存在を胸に刻む。
「何で、何で俺たちには戦うことしかできねーんだ……ッ!!」
「……っ、……っっ!」
最初から、ハッピーエンドのない物語。任務を完遂したはずなのに、あぽろの胸中を無力感が満たし、壁に背を預けた藤は、顔を手で押さえ、首を振りながらズルズルと崩れ落ちる。
「間に合わなくて、すまねぇ……この仇は、絶対に取る……!」
「……空蝉、絶対追い詰めような」
こんな悲劇はもう御免だと、地面を殴りつけるレイ。
頷くステインは、静かに誓った。
作者:ハル |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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