「夏休みも結局遊びにいけなくてごめんな」
「おとーさんもおかーさんもお仕事大変だから仕方ないよ。な、タマキ?」
「うん! ほいくえんもたのしいし、じいじもばあばも遊んでくれるし、タマキぜんぜんつまんなくないよ!」
「ははは、それはそれで寂しい気もするな」
父と幼い兄妹の会話。共働きの夫婦を支えるのは、同居の祖父母。
「でも明日は2人揃って休みとれたんだろう、サヨコさん」
「そうなんです! 久しぶりに親子水入らずで……とお義父さん、お義母さんすみません……」
「気にしなくていいのよ。私とお父さんも明日はミノルとサヨコさんが予約してくれたレストランで久しぶりにデートしてくるわ」
「じいじとばあばでーとなの? じゃあ、タマキ、マコトおにいちゃんとおようふくえらんであげる!」
「あらあら」
それぞれに忙しく毎日を送ってはいても3世代、お互いを思いやりながら暮らしてきた。これからもしばらくはそんな日々が続いていくのだろう。子どもたちの成長を見守りながら。
――皆そう思っていた。
「早く逃げな!」
異変にいち早く気づいたのは祖母だった。突然今に現れた黒装束の男。自分にしがみついた祖母の腕を千切り、首を破り取って投げ捨てる。
「母さん!」
男は子どもたちを抱きかかえた夫婦の方を見ると細い目をさらに細め、残虐に裂けた唇で笑いながら近づいていく。が、その前に椅子を持った祖父が立ち塞がった。
「お義父さん逃げましょう!」
「私はもう十分生きた。お前達さえ生きてくれれば、」
振り下ろした椅子をすり抜けた様に動いた男は祖父の身体を上下に両断する。勢い飛んだ血がばしゃりと夫婦にかかった。
「あ……あ……」
気が狂いそうになりながらも走り出す。しかし人ならざる者から逃れる事は最早不可能だった。
「!」
夫と妻の首がほぼ同時に切り落とされ、遅れて身体が倒れる。2人とも子ども達を守るようにしっかりと抱えたままだった。
「……おかー、さん? おとー、さん?」
子ども達が両親の下から這いずり出ようとする。男はその手足を掴むと、
「いたい! いたいよ、おにいちゃん!」
「やめて、やめて、やめ、ギャーーーーッ!」
四肢をもぎ、最後に首を捻りきった。
静まり返ったリビング。男は袂から肉の塊を取り出し、辺りに転がっている死体の残骸と混ぜ合わせ始める。
しばらく後、男は姿を消していた。
血生臭い室内に残されたのは、咽び泣く異形の生きた屍――屍隷兵達。
「神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)さんが危惧していたように、螺旋忍軍が研究していたデータを元に屍隷兵を利用する勢力が現れ始めたようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の説明によると、螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉もその1体。仲の良い家族を惨殺、その家族の死体を繋ぎあわせる事で屍隷兵を作り出す。
「生み出された屍隷兵は近隣住民を惨殺して、グラビティ・チェインを奪おうとします。空蝉の凶行を阻止することは叶いませんが、家族の屍隷兵が近隣住民を襲いだす前には現場に駆けつけることが可能です」
屍隷兵にされた家族は、近所でも仲が良い家族と評判であり、近所づきあいも良好だった。そんな彼らが近隣住民を虐殺するような悲劇を起こすわけにはいかない。
「急ぎ現場に向かって、屍隷兵による惨殺を止めて下さい」
屍隷兵は全員の胴体と祖父母の頭、両手両足を使って作られた身長約3メートルの双頭の人型が1体、子どもたちと両親の首から上、そして手足で作られた虫型が3体。こちらは全長1メートル程で、目や口が胴体にランダムにあるように見える楕円形の身体に、5〜6本つけられた手足で這い回る。
人型は主に殴る、蹴る、体当たりといった力押しの攻撃をし、虫型は飛びかかって噛み付いたり、毒液を吐きかけたりする。ポジションは人型がクラッシャー、虫型は全てスナイパー。虫型は弱い屍隷兵だが、人型は屍隷兵の中では強敵といえる。
「現場には屍隷兵のみがおり、空蝉は姿を消しています」
屍隷兵達とは殺された家族の家を出た所で接触することになる。
「屍隷兵にさせられた人々を救うことはで残念ながらできません。ですがせめて、」
これ以上の悲劇が起こる前に。そう言ってセリカはよろしくお願いします、と頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257) |
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) |
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138) |
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180) |
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677) |
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044) |
アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602) |
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154) |
●
「なんてむごい事を……」
近づく気配に薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)が言った。
「死神以外にもクソみたいなヤツっているもんだね」
首元、炎と桜のモチーフが互いを支え合う様に揺れる。死神が殺し、蘇らせた家族を灼き尽くして生き延びた過去は小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)を苛立たせると同時、言葉を妙に平坦にする。
右目を通る痕、頬の痕、合わせ十字架と刻みつけられた傷。逃亡の心配がないと怜奈と里桜が選択した場所。戦う為に此処に居る。
アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)は種族柄、遠くからでも明らかに感じる死臭を堪える様に、青い瞳を一度ぐっと閉じた。と、エルフの尖り耳、緑色の髪の束が落ちる頬に、ふと温かさが触れる。
「……キヌサヤ」
目を開ければ覗き込む相棒の青い瞳。他人には影に影が寄り添っている様に見えるかもしれない。深い緑のマントをなびかせ青石抱くリングを尾に通した黒い翼猫。
放置すれば被害は拡がる。救う手立てが他に無い以上、
(「この家族を……敵を、倒すしか……ない……!」)
リボルバーを持つ手に知らずと力が入る。古錆びた銀の銃身には養父の名。受け継ぎ覚醒した番犬の力は今、理不尽な暴虐を許さぬ為に。
(「たとえ元が何であろうと、デウスエクスなら殺すだけですよ……!」)
波打つ赤い髪の間に黄薔薇の咲く。人の目に映るのは厭う地獄を覆い尽くしたフィルムスーツの姿。シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)。
アスファルトをズリズリと這う音、ぐしゃりぐしゃりと重く踏みしめる音。徐々に街灯の下、輪郭もはっきりと――祖父母だったものの頭、つなぎ合わされた巨体に、地面で蠢く人の形さえなさない物達も見えてくる。
(「随分と胸糞が悪いことをするじゃねぇか、空蝉」)
ブルーラベンダーの長い三つ編みの髪にくすんだピンクのリボンを飾り、同色のチュニックにグラデーションのロングジレを騎士らしくベルトで止め、それは小柄な少女の様な。蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)。
「何これ……酷すぎますわ」
怜奈が呟き、戦いに備えヒールの片足を一歩引く。間もなく、屍隷兵達の咽びが明らかに目標を定めた物に変わった。
(「家族をこんな形にするのは、絶対に許さねぇ!」)
真琴の両腕のロンググローブがみるみるうちにオウガ粒子と変化、仲間へと降り注ぐ。その間に里桜は背側へ回り込んだ。足首で桜の花弁が揺れ、向けた杖先から燃え盛る火の玉が放たれる。虫型達が一斉に飛び退いた。が、火の玉は一瞬早く爆発。虫型達の身体を焼く。
「イタぁぁーーあツーーうーーいーー」
「あァーーマコーーとぉぉーー――」
「おとーーぉサぁぁああああん――」
虫型達が一斉に里桜の方を向いた。向いた、は適切ではないかもしれない。明確な頭部はないのだから。
「恨んでも呪ってもいいよ。言った所でわかんないだろうケド」
里桜が言う。虫型達がうぞうぞと円を描く様に動き始めた。
(「この者達に言葉は不要でしょうに。油断を誘ってるのかしら?」)
立ち耳持つ紫の瞳の金狐。手裏剣の『八尾』を備えれば九尾にも見える瀧尾の紅裙、瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)。屍隷兵の叫び声には蚊の羽音程度の不快さも感じない。間合いを測りながら虫型達を見つめていると、そのうちの1つについた口がウイイと啼いた。
彷徨う魂の気配は別の所から――家の中から、庭先から……家族のシアワセを思わせる全てのものからすると、此処にはないと、千紘は感じる。それなのに叫ばせ哭かせる、もし小細工であるのなら、
「……なめんじゃない」
いやらしい目論見ごと確実に、ぶっ壊してあげるだけ。
「見え透いた罠で腕を鈍らせたりしません!」
キキキと動く虫型の1体に狙いを定め、虫達の意識を散らせる位置で千紘が印を結ぶ。
「『この世への未練を焼き切ってあげましょう』」
突如虫型の真下の地面が紅色に染まった。空から落ちるはずの雷は虫を貫き空へ『落ちる』。虫型は無残さの残る手足を震わせ、虚ろな目を瞬いた。
人型は双頭をそれぞれに逆の方向へねじったかと思うと、目線とは全く別の方向へスピードを上げて走り始める。人型が腕を振り上げた。その前を暗夜が遮る。殴りつけてくる腕も継ぎ接ぎの身体も強烈な死臭を放つが、
(「守り通すよ」)
キヌサヤが送る風を感じながら、アトリは殴られ仰け反った側へ宙で後転するとS=Tristiaを人型へ向け、逆さまのまま引き金を引いた。
「待ってろ! 今すぐ治すぜ!」
銃弾が屍隷兵へ炸裂すると同時、巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)がブレードで軽快に切り込む。翼と同じピンクのハートがワンポイトのキャップからはパープルの悪魔角、チューブトップにショートパンツのスタイルにタトゥーが似合う。
(「コイツはやっぱ破壊力あるな」)
ダメージを観察しながら真紀が上半身を反らせて跳んだ。マカコからのコンビネーション、ふわりもう1人の真紀が離れ、アトリの護衛につく。
「ミのぉーーるゥウーーサヨーーこさァァァん―――」
「五月蝿いですよ、中身のない空っぽの肉塊のくせに」
(「声真似ごときで動揺するほど、私は優しくないんですよ……!」)
デウスエクスへの怒りと憎しみは戦うシルフィディアを冷酷にも残虐にもする。シルフィディアは炎の上がる潰夢靴・改をアスファルトへ斬りつける様にして飛び上がった。
「その身体、元の家族に返して貰いますよ……今すぐ消えろ!」
空中で片脚を思いきり振りかぶり、シルフィディアが炎を蹴り放つ。人型の片腕が燃え上がり、
「アツぅイ、バぁブあーーアツイーー」
「たァーーまきーーチャああああんーー」
瞬間人型が逆の腕を伸ばし、シルフィディアの片脚を掴もうとした。がシルフィディアは表情を変えず、落ちかけた勢いを後転に使い逃れると着地と同時、射屍弓につがえた矢で人型を射抜く。
「許さない……こんなことして許すわけないけど……」
怜奈は表情を強張らせながら人型に狙いをつけるが、想定のグラビティが働かず、命中率から氷の騎士を召喚した。エネルギー体の騎士は手にした槍で人型を穿ちぬく。凍り始めた身体に屍隷兵は一際大きな叫び声を上げた。
反撃にも機敏に対応、攻撃を加える番犬達。しかしそんな中、まだ戦えないでいる者がいた。
(「駄目だ……っ」)
塀に手をつき、口元を拭う一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)。覚悟はしていたはずだが実際に見るのと想像とは大違い、屍隷兵の形も臭いも声も、雄太の五感を容赦なく抉る。
(「許せない……許せない、のに」)
怒りは溢れてくる。だがおぞましさも同じだけ。力を練ろうとしてもうまくいかない。がその時、
「ヘイ一条! メディック様の目の前で何死にそうなツラしてやがんだよ」
真紀が雄太の前に回り込み、屍隷兵達を指差した。
「確かに生前あの人らは互いを想い合う仲良し家族だったんだろうさ。だからこそマジで躊躇うんじゃねぇ! それはアレを『あの人達だ』って認めるコトになっちまうだろ?」
雄太は吐き気を耐え屍隷兵を改めて見る。双頭の1つがぐるりと此方を向き、思わず後ずさりそうになった。しかし真紀はそれを止める様に続ける。
「よく見ろ! オレらの心を削る為以外の何物でもねえ仕掛け積んだあんな怪物が、『あの人達』なワケねーだろ!」
その時虫型の1体が方向を変え、ゴニョゴニョと口らしきものが動き毒液を噴出した。真紀は反射的にエアシューズを蹴って跳ぶ。真紀の掌から放たれた氷結の螺旋が毒液とぶつかり、凍りついたそれが砕け散った。
「ガックリ来るなら殺されたコトにだけガックリしとけ! いつか空蝉ブッ殺すって気合入れろ!」
着地した真紀が雄太を振り返り、言う。
「……ああ、そうだな。こいつらはもう……危ない!」
「おニーーーィちゃぁァんーーー」
虫型の別の1体が手足を乱雑に動かして里桜に走り寄り、カパとあけた口から歯を剥き出して飛びかかった。黒金に淡紅の雅花彩る姫篭手を防御に構えた里桜の前、取り付けられた装甲が独特な雄太のケルベロスコートが翻る。
虫型が噛み付いたのは雄太の腕。グュグュと口を動かしながら虫型がとびのくと、雄太はオープンフィンガーグローブの拳を握り、改めて螺旋の力を練り始めた。
「俺はお前達をモノとして見れるほど達観出来てねぇ……だから、」
伸ばした両腕に巻き付く氷結の螺旋。それは次第に増幅し、
「せめて楽にしてやるっ!! 『吹けよ風、呼べよ嵐!』」
弾かれる様に放たれた螺旋は竜巻となり、虫達を巻き込み氷点下の地獄へと落とす。隙をつき逆へ駆け抜けた里桜は夜空へ思いきり紅の護符を投げ上げた。応え降ろされた御業は紅い鬼の姿をとり、一声吠え、炎を吐き出した。
「グェーーおかぁ、マ、ぃじ、ーーウーー」
喰らった虫型は唇を目を蠢かせながら燃え尽きていく。例え焔に己の過去を見たとしても、里桜は戦うだけだ。
●
「!」
突進してきた屍隷兵の前に真琴が『舞い降りた』。護符で隠された翼は目に映らない。だが『清浄なる』という意を持つブーツの踵は確かにふわりと地に着いて、手にした薙刀が屍隷兵の肉と噛み合う。屍隷兵は呪を砕き鎌を介して激しい圧力を加えてきたが、踏みとどまった真琴は薙刀を回転、牙の様な葵色の刃で相手の肉を抉りとり、飛び退った。
(「………しばらく痛いが、我慢してくれ」)
屍隷兵の啼き声を聞きながら、薙刀へ紫電を走らせる。
(「偽善だろうが家族全員、その苦しみも悲しみもない場所に導く………!」)
至極淡々と、だが確実に、地面から体の半分を持ち上げた虫型を斬り払った真琴の心中、空蝉に対する激しい怒りが燻る。
虫型は千切れかけながらもビギビギと雑音の様な声で呻いていた。虫型の体力は予知通りそう多くはない。怜奈は身につけたアクセサリーの1つを外し、
「『黒瑪瑙に封じられし邪よ、ひと時の快楽を差し上げましょう』」
ブラックオニキスに封じ込められた邪なる者が秘薬に解放され、嗤い声をあげながら虫型達を取り押さえる。瞬間1体が、怜奈に襲いかかった。しかしアトリが全身で庇う。
「オカァああーーーさぁぁんーーー」
アトリの背中に食いついた虫型は手足でよじのぼり髪に触れた。アトリはそのまま撃ち抜こうとリボルバーを準備する。がその瞬間、空気を鋭く斬り裂く音がし、重さが消えた。
千紘が放った八尾の手裏剣が虫型を両断、地に落ち、毒にもがきながら消えていく屍隷兵へ、この場にさまよているだろう魂へ、千紘は言う。
「先に行ってあの世で遊んでなさい。すぐに会わせてあげますからね」
祈りを込めた言葉。抗う様な人型の脳掻き乱す叫び声。アトリは真紀とキヌサヤに軽く合図を送り、纏うオーラを強めた。
「『決して退かない意思を、この一発に込める!』」
自身の頭上に打たれた銃弾は、自身の体力を変換した癒しの一弾。キヌサヤも黒翼から回復を重ね、真紀はその場でぐるり鮮烈にターンすると、現れた分身を送り出す。
「空蝉、次にこうなるのは貴様だ」
シルフィディアの握牙手が青白く光る。
「殺して殺して更に殺してやる……!」
発射された弾丸は虫型の『時』を凍結。反撃の毒液の前にはもう躊躇いなく雄太が庇いに入り、そのまま真っ直ぐ走り込むと拳の一撃で生命力を奪い返した。
「『響け、壮麗の調べ。生命の息吹、来たれっ!』」
術で隠された真琴の蒼翼を密かに介し、生まれた闘気が水色のマフラーをなびかせ、そより癒しの調べを奏でる。攻撃の度にかなりの確率で反撃にでてくる屍隷兵達と退かず果敢に攻め返す番犬達。傷は増えても真紀とキヌサヤを中心に回復も高い頻度で行われ、戦線は強固に保たれていた。
既に部位は欠け首の繋がりも危うい双頭を垂らし、人型が突進する。その反撃を食い止めたアトリの横から、怜奈が差し向けたファミリアが人型に食いつく。逃さず里桜が仲間と人型の横をすり抜けるギリギリの位置へ長く槍の如く伸ばしたデウスエクスの残滓が、虫型へ突き刺さった。
「アトリさま、いけますわ!」
怜奈が言う。キヌサヤの送る風はいつも頼もしい。真紀から送られた分身は彼女自身の様に明るく強い。アトリは殴り掛かる人型の腕の下に身体を沈めて両手を地面につくと、culiosityのブレードを滑らせ、起こった炎を虫型へ蹴り放った。
炎に朽ちていく虫型が発した音は、もはや言葉とはいえなかった。
●
「『逃がさない……!』」
シルフィディアの地獄の両腕が一瞬にして蛇腹剣に変わる。禍々しさは彼女の憎しみか。自在に伸びる刃はに方向から屍隷兵を追い詰め、残酷に切り刻んだ。
(「心を鬼にしないと……」)
召喚した騎兵の氷の槍が屍隷兵を貫いた瞬間、怜奈の緑の瞳が僅かに曇る。
凶暴に持ち上げられた肉塊の脚には、庇いに飛びこんだ真琴が身の丈よりも鎌を振りかぶり、突き刺した。
その真琴の頭を殴ろうとする腕は雄太が爆破。アトリは空砲を1つ撃つと背側へ周り、影のせた鋭敏な蹴りで屍隷兵を裂き、大きく揺らがせる。
走り出す屍隷兵。千紘へ向かう動線に真紀は咄嗟に回復の為の印を結ぶが、千紘は八尾を差し向け止める間に回避、裏から間合いを詰め螺旋の力ためた掌で屍隷兵を突き飛ばした。
「イイイゃああーーーーぎアアアーーーあああああああ」
重なる声はもう誰のものかもわからない。対照的に里桜の詠唱は正しく響く。
「『浄焔……闇を祓え、清め弔え』」
不条理も痛ましき現実もまさに目の前にある。絞り出さずとも魔力は集中し、桜鬼となって顕現した。
「全員まとめて火葬してあげる。 ――焼き尽くせ、桜鬼」
天を見上げ耳元の桜揺らし舞う里桜を包みこむように鬼の腕が伸ばされ、落ちた涙は炎の花弁となる。闇を焼き祓い、その身を灰へ返せと祈りを込めて。
焼かれ悶える屍隷兵の前、真紀は帽子を片手で一度押さえ、
「『限界ごとブッチ切ってやんよ!』」
竜巻の様なヘッドスピン、無限に続くかと思われる乱舞する様な蹴り。だが全ての撃は確実に燃え落ちる屍隷兵を破壊し、バラバラになった肉塊はそれぞれが燃えて散った。
「終わり、ましたね……」
シルフィディアが静かに言った。道の脇に怜奈は線香を供え、
「助けることが出来なくて……ごめんなさい」
無念の思いを心に刻み込む。里桜はせめてと黙祷し、
(「自己満足にしかならないだろうが……」)
せめて、家族仲良く逝けるように。真琴はハーモニカで鎮魂歌を奏でる。真紀は、助けられない無力感に打ちひしがれる雄太を見守り、アトリはキヌサヤの傍ら、屍隷兵達が消えた後を見つめ、目を閉じる。千紘も手を合わせ、
(「空蝉といいましたか。その名前、忘れませんです」)
月が、番犬達を見下ろしていた。
作者:森下映 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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