招く影

作者:小鳥遊彩羽

 とある高校にある、図書室の一角。難しい数列の並ぶ参考書から顔を上げ、息抜きにひそひそと他愛のない話に花を咲かせる女子生徒達の元へ、音もなく近づく少女の姿があった。
「――ねえ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
 不意に現れた黒いフード姿の少女に女子生徒達は驚き、咄嗟にうんと頷いてしまう。
 その反応を見た少女は仄暗い笑みを浮かべると、静かに話を始めた。

 ――曰く、この学校の、今は使われていない旧校舎の二階の奥の空き教室にある、二枚の姿見。真夜中の十二時に、その二枚の姿見を合わせ鏡にして中心部に立つと、鏡の向こう側から手招く影に囚われてしまうのだという。
 鏡に囚われた人は、さらに自分を手招いた『影』に取り込まれ、異形の一部と成り果てる。
 異形はそうして多くの人間を取り込み、鏡から出るための力を蓄えているのだという――。

「うぇっ、普通に気持ち悪いやつ……ねえ、それって……」
 少女の話にすっかり耳を傾けてしまった女子生徒達は怪訝そうに眉を寄せてから、その怪談が本当の話なのかどうかを確かめようとしたが、その時にはもう、少女の姿はどこにもなかった。
「いなくなっちゃった……」
「気持ち悪いし、本当だとも思えないけど……行くだけ行ってみる? 旧校舎なら入れないこともないし……」
「えー、まじで?」
「何かあんな風に意味ありげに話されたら、逆に気になるっていうか……」

●招く影
 ホラーメイカーという名のドラグナーにより、屍隷兵を利用した新たな事件が起きようとしている。
 その一つがトリニティ・ボガード(通り影・e38405)の予期により明らかになったのだと、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ説明を始めた。
「ホラーメイカーは、まず作成した屍隷兵を学校に潜伏させて、怪談に興味のある学生さんに、その屍隷兵を元にした学校の怪談を話して聞かせることで、興味を持った学生さん達が自分から屍隷兵の潜んでいる所にやって来るよう仕向けているみたいんなんだ」
 狡猾なやつだね、とため息混じりに小さく肩を竦め、だからこそ皆の力が必要なのだとトキサはしっかりとケルベロス達を見やる。
 既にホラーメイカーにより語られたと思われる学校の怪談を捜索し、実際に行方不明になっている者達も出ており、早急に解決する必要があるだろう。
「で、その噂話というのが、『合わせ鏡の真ん中に立つと、鏡の中から手招きをする影に囚われてしまう』というものなんだ」
 舞台はとある高校の旧校舎。その二階の奥の空き教室に、二枚の姿見が置かれている。
 真夜中にその姿見を合わせ鏡にして中心部に立つことで、鏡に吸い込まれてしまうのだそうだ。実際には吸い込まれることはなく、教室に入り姿見の元へ近づけば、教室内に潜んでいる屍隷兵が即座に襲い掛かってくるのだという。
 屍隷兵は一体のみで、その攻撃方法は至ってシンプル。力任せに殴りつけてきたり、大きな歯で食らいつこうとしてきたり、不快な叫び声などを上げてきたり、などだ。戦闘力はさほど高くはないため、しっかりと作戦を立てればそれほど苦戦することなく倒すことが出来るだろう。
 旧校舎は普段は立入禁止となっており、すでに電気も通っておらず、真夜中の戦いとなるため、光源は持参した方がいいだろうとトキサは続けた。
「後は、そうだな、……念のため、怪談話を聞いた学生さん達が事件現場に現れないように、何らかの対策があると安全かな」
 話を聞き終えたトリニティは物憂げな息をつく。
 ドラグナーによって『造られた』屍隷兵。思う所がないわけではない、けれど――。
「――今は、わたし達に出来ることをしよう」
 同胞達へとそう告げた青色の瞳は、静かに、けれど強い光を灯していた。


参加者
福富・ユタカ(殉花・e00109)
真柴・勲(空蝉・e00162)
安曇野・真白(霞月・e03308)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
ダンサー・ニコラウス(クラップミー・e32678)
トリニティ・ボガード(通り影・e38405)

■リプレイ

 暗闇の中に灯る光は、先客がいるという証。
 ケルベロス達が足早に近づくと、『噂』を聞いて探検に来たらしい少女達は驚きと共に振り返った。
「ダン達はケルベロス。子供はお家に帰る時間かも」
 ダンサー・ニコラウス(クラップミー・e32678)がぽつりと告げる。どう見ても自分達より年下の少女の言葉に誰も異議を唱えなかったのは、彼女らの目の前にいる者達が『ケルベロス』であったからこそ。
「け、ケルベロスさん……!?」
「この先には、あなた達にとってとても危険なものが待ち構えているわ。だから――」
 今はここから離れてほしいと告げるトリニティ・ボガード(通り影・e38405)に、少女達は顔を見合わせてから、素直に頷いた。
「辺りは暗い、気を付けて帰るんだぞ」
 少女達を気遣う言葉に、真柴・勲(空蝉・e00162)は送ってやれずにすまないと添えた。
 そうして少女達を見送り、ケルベロス達は改めて、各々が持参した明かりを手に旧校舎へと足を踏み入れる。
「バッチリ、ね」
 トナカイの獣人であるダンサーは、置型の灯りに加え角にもぴかぴかの電飾を巻きつけて。その姿を、彼女がストーカーだと思っているシャーマンズゴーストが背後からじっと見つめていた。
「ホラーメイカー、か。彼女の真の目的はなんだろうか」
 アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)がぽつりと落とすと、
「学校の怪談など、学生は確かに好きそうでござるなぁ……敵も中々、着眼点が良いでござー。実にあくどい、うむ」
 まさに先程の少女達がそうであったように、福富・ユタカ(殉花・e00109)が同意するように頷いて。
「お化けなんてなーいさ、お化けなんて嘘さ。……ほら、今回だってデウスエクスが正体でございますもの」
 早く倒して帰りましょうときょろきょろと周囲に視線をやりつつ呟く安曇野・真白(霞月・e03308)は、しっかりとその小さな手で前を行くユタカの服の裾を掴んでいた。
「大丈夫よ、皆がついてる」
「あのっ、ありがとうございます、ボガードさま」
 それを見たトリニティ・ボガード(通り影・e38405)が、穏やかに微笑みかけると、真白もほっとしたように息をつく。
(「怪談に惹かれる皆さまのお心は、強うございますね」)
 今回のような事件でもなければ、なるべく足を踏み入れたくないような場所にあって、真白の心を奮い立たせていたのは共に臨む仲間達の存在と、何よりこの先に待つ敵を許せないという気持ちだった。
「それに、真白殿に害をなす物の怪など、拙者がこの手でコテンパンにしてやるでござる」
 ユタカもまた真白を勇気づけるように頷き、殿を守る箱竜の銀華も同じく、自分がついていると言わんばかりに小さく鳴いた。
 幸いにして校舎内に人の姿はなく、一行は目的地である二階の空き教室に到着する。
「鏡に招かれる学生に自由を望む声を上げる屍隷兵、ね。想像力を悪い方に刺激してくれるねぇ。……ホラーメイカーってのは、噂に違わぬ悪趣味のようで」
 旧校舎全体を覆うには少し時間が掛かり過ぎるため、代わりに空き教室前の廊下を塞ぐようにキープアウトテープを貼りながら、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)はやれと肩を竦めてみせる。
「とは言え、幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってね」
 怪談は聞いて楽しむもの。実際に体験しても面白いものではないと、そう続けた千尋の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「夜の学校に入り込むのは、いけないことをしてるみたいでちょっとどきどきするし、怪談の真相を確かめてみたくなる気持ちも判るんだ」
 だからと言って、それを利用して人を襲うやり方は許せないと殺界を形成しながら呟くクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)に、アキトも同様に人避けの気を放ちながら想いを巡らせる。
 分からないことだらけなら、今はただ、目の前の悲劇が起こるその前にそれを止めるしかない。
 目の前の問題を片づけることで、きっと彼女らの大きな目的を達成させないことに繋がるに違いないから。
「あったなァ、ウチの学校にも。七不思議なんて大層な物があったかは知らんが、根も葉もない噂話には事欠かなかった」
 戦いの準備が整ったのを確かめ、勲はゆっくりと教室の扉に手をかける。
「過ぎた好奇心は身を滅ぼす、とは言うが、本当に命を落とす様な事があっちゃ気の毒だ」
 学生達が求めるのは、退屈な日常に与えられる一服の清涼剤。それが種を明かせばただの殺人だったというのは、あまりにも夢のない話だろうから。
 室内に入ると、中央に置かれた件の姿見がまず目を引いた。ケルベロス達は手早く置型の明かりを床に並べ、戦闘の体勢を整える。
 明かりに照らされた室内に満ちる異様な気配。身を潜めている屍隷兵が、侵入者の存在に気づいたのだろう。
「確かにいる。注意して」
 一歩踏み出したダンサーの言葉に頷き、トリニティが静かに隣に立つ。二人で姿見へと近づくや否や――教室の隅で動いた影があった。
「――お師匠!」
 咄嗟に声を上げたクローネに応えるように、素早く飛び出したオルトロスのお師匠が、ダンサー目掛けて繰り出された拳を受け止める。
 弾みで倒れた鏡が、派手な音を立てて砕け散った。
 一斉に構えるケルベロス達を前に、威嚇めいた咆哮を上げる屍隷兵。
 それはまさしく、ホラーメイカーという名の少女が紡いだ怪談の通りに――人と人とを繋ぎ合わせたような、ひどくおぞましい姿をした怪物だった。

 ケルベロス達はまず、耐性の向上と能力強化を主軸として戦闘を開始した。
 奇襲によりダメージを受けたオルトロスのお師匠へ、千尋が避雷針の杖から飛ばすのは生命を賦活する電気ショック。
 続いたアキトが前衛の前にに守りの雷壁を編み上げ、ダンサーは黄金の果実の聖なる光を後衛の守りの力と変えた。シャーマンズゴーストのストーカーは、ダンサーの後ろの位置に常にありながらも、攻撃は素早く、非物質化した爪で屍隷兵の歪められた魂へ攻撃を加えていた。
「春の訪れを告げる、豊穣の風。穏やかで優しい西風の王よ。我等に、花と虹の祝福を授けたまえ」
 オルトロスのお師匠が青い十字の剣で巨大な屍隷兵に果敢に立ち向かう中、クローネが喚ぶのは西風の祝福。春のようなあたたかなそよ風と優しい花の香りが、前衛陣の心を落ち着かせ、奥深くに眠っていた才能と感覚を呼び覚ました。
「きみが誰かを殺める前に、ゆっくりと眠らせてあげたいな」
 屍隷兵がそのためだけに造られたことを思えば、クローネは少しだけ、複雑な気持ちになるけれど。それでも、守らなければならない沢山の命を背負っている以上、ここで、立ち止まるわけには行かないのだ。
 真白は前衛の皆が存分に力を振るうことが出来るよう、綺羅星の尾を引く蹴撃を一つ。その傍らで銀華も自らの属性を守りの力に変えて前衛の者達に順番に注いでいた。
(「まずは目の前の、屍隷兵を倒すことに専念致そう」)
 思考を一つ、ユタカが繰り出すのは卓越した技量からなる達人の一撃。
「……彼を倒すことが、彼自身のためにもなるでござろう」
「ええ、ユタカさま。かの方を在るべき場所へ還して差し上げることこそが、きっと、真白たちに出来ることだと真白も思いますの」
 ぽつりと落ちたユタカの呟きに、真白がしっかりと頷いて答えた。
「……夏に怪談噺は付き物。単なる噂だったんだと笑って済ませられる様に、筋違いな屍隷兵には退場頂こうぜ」
 屍隷兵の唸る拳を如意棒で捌きながら、勲は僅かに見出した隙を逃さず一撃を加える。
 歪んだ顔。歪な身体。屍隷兵の名の通り、それはまさしく生ける屍と呼んでも差し支えのないものなのだろう。
 トリニティは洗練された動作でバスターライフルを構え、引き金を引く。放たれた魔法光線が突き刺さるように屍隷兵を貫き、光の眩さにか痛みにか、屍隷兵は耳をつんざくような咆哮を後衛目掛けて叩きつけた。
 すかさずダンサーが庇ってくれたおかげで、その音がトリニティに届くことこそなかったが、盾の守りが間に合わなかった真白が咆哮の大きさに思わず耳を塞ぎ、その場に蹲る。
「アタシは真白ちゃんを回復しよう」
「それなら、ぼくは前衛のみんなを回復するね」
 回復が重複しないよう意識して、ふたりはメディキュアの連携を厚く。
 千尋が真白へと雷鳴の癒しを届ける傍ら、クローネは再び、前衛へと暖かな西風の祝福を送る。
 鏡は姿を映すもの、姿は心を映すもの。
 合わせ鏡に真実の裏側まで映してしまえば、囚われるのも無理はないのかもしれない。
「……けれど、道理であるはずもないわ」
 屍隷兵へと雷を迸らせながら、アキトもまた思考する。
 創られた、あるいは造られた命――屍隷兵。この一体をつくり上げるために、一体どれほどの命が犠牲になったのだろう。かけがえのない命をこんなにも軽視する『彼女』らに対し、怒りがないと言えば嘘になる。
「だから、させない。――必ず止めてみせるよ」

 ケルベロス達は攻守ともに満遍なく、万全の布陣で臨んでいた。
 屍隷兵の攻撃は力任せのものが多く、その一撃は時に大きな破壊力を生み出していたが、メディックについた千尋とクローネがすぐさま癒しの力を飛ばし、同時に能力の強化も行うことで、サーヴァント達も含め、誰も倒れることなく戦線を維持することが出来ていた。
「そろそろ、かな」
 皆が積み重ねてきた攻撃を受け、次第に動きを鈍らせつつある屍隷兵。そこにアキトが見出した機に、すぐさまユタカが応じた。
「合わせるでござるよ、アキト殿!」
「うん、行こう」
 短く言葉を交わし、二人は同時に飛び出すと、左右から屍隷兵へ斬り込んでいった。
 ユタカが振るうのは朱色のラインが入った黒いクナイ。突き立てられた刃の先はジグザグに変形し、屍隷兵の肉を抉るように刻んでいく。一方のアキトも、意のままに操られた影の如き斬撃を繰り出して、屍隷兵の急所と思われる体の一部を掻き斬った。
 これにより、屍隷兵に付与された状態異常が一気にその数を増し、屍隷兵の動きが格段に鈍ったのが見て取れた。
「救ってやれりゃ良かったんだが、無理な話なんだそうだ」
 勲はやれ、と息をつき、屍隷兵の元へ踏み込んでいく。
「出来ることなんざ、せめて苦しまずに眠らせてやるくらいなんだろうな。だから、――いいから黙って擲らせろ」
 鋭さを帯びた勲の金の瞳が、射るように屍隷兵を見る。次の瞬間、勲の体内を巡るグラビティ・チェインが彼の利き腕に集まり、鎖状の雷となって巻きついた。そのまま力任せに屍隷兵を殴り飛ばせば、強烈な一撃にその巨体が教室の後方まで吹き飛んだ。
 はたして屍隷兵の瞳に、嗤う男の顔が見えていたかどうかはわからないが――校舎ごと置き去りにされた学用品の山から起き上がった屍隷兵は、唸り声を上げながら勲目掛けて突進してきた。
「――させない」
 屍隷兵の巨体から繰り出される衝撃を、屍隷兵よりもうんと小さなダンサーが真正面から受け止める。
「っと、大丈夫か、ダンサーの嬢ちゃん」
「ん、ダンは平気かも」
 勲の声にダンサーはこくりと頷く。衝撃は思っていたほど大きくはなく、ダンサーはそのまま弱ってきた屍隷兵への攻撃に移った。
 ストーカー、もといダンサーのシャーマンズゴーストは戦いが始まった時からずっと変わらず、少女を見守りつつ攻撃に専念している。原始の炎を躍らせるその姿をちらりと振り返ってから、ダンサーは獣のそれに変えた手足に重力を集め、高速かつ重量のある一撃を刻みつけた。
 終盤に差し掛かった所で、千尋は癒しの手を止め、攻撃の手を取った。
「アタシには、失われた命を取り返すことは出来ないから」
 だから、ここでこれ以上の犠牲を出さないことと、屍をデウスエクスの支配から自由にして死の尊厳を取り戻す位しか出来ない。
「……ま、介錯仕るって奴さ」
 愛用の刀に想いを託し、千尋は輪郭を失った斬霊刀で見えざる存在を斬る。
 クローネもまた、星の煌めきをそのまま星型のオーラに変えて、屍隷兵へと蹴り込んだ。
「きらきらひかる夜をつなぎ、請うて願いし、光糸のゆらぎ」
 凛と響く真白の声は、まるで暗闇を照らす光のよう。示す指先から放たれた仄かな煌めきは、銀華が箱ごと体当たりを仕掛けるのに合わせ、流星の軌跡を描きながら真っ直ぐに敵を貫いて。
 逃がさねぇよ、と低く落とされた声。刹那、ユタカの黄水晶の瞳が鋭さを増して光を放ち、その眼光が屍隷兵を鮮やかに切り裂いた。
 屍隷兵の血の色も、今のユタカには橙に染まっているように見えて。
「次に生まれてくる時は、こんな形でなければ、いいね」
 アキトはそう、願うように落とし、赤星の力を自らの手元に招いた。
 ――キミを裂くのはオリオンの剣か、それとも平家の魂か。
 赤く大きなベテルギウスは、夜空に輝く戦士の肩。彼が剣を振るうように、アキトは星の剣を振るう。
 斬り裂かれ、とうとう堪えきれずにその場に崩れ落ちた屍隷兵へ、トリニティは銀の刃と金の拳鍔を具す古びたリボルバー銃を向けた。
 呪縛は今宵限り。
 この弾丸が鏡の檻を解く鍵になれば――。
「これにて終幕――」
 トリガーを引くのは一度だけ、弔鐘のように響いた銃声に、祈る言葉は一つだけ。
 星影一路、黄泉路の導。涙の雫のように屍隷兵の心臓を捉えた弾丸は深紅の花を咲かせ、終幕を導いた。

 屍隷兵の体は泥のように崩れ、やがて静かに消えていった。
「せめて亡骸が残ったら、弔ってやれたんだけどねえ」
 跡形もなく消えてしまった屍隷兵を思い、千尋が小さく声を落とす。
 戦いで荒れた室内に――もう使われていないとはいえ爪痕を残したくはないからと、手分けをしてヒールが施された。
 割れた姿見も、縁に花が咲いたりしたが、概ね元通りになったと言っても差し支えはないだろう。
 綺麗になった室内で、勲はそっと姿見に触れる。
「……ヒール成分が混ざっちまったとは言え、本当に何の変哲もない鏡なんだな」
 そこに映るのは現実だけ。たとえ鏡を合わせても、手招く影はどこにもいない。気になったらしいクローネも調べていたが、どこにでもあるような鏡だった。
 だからこそ、明日からはまた曰く付きの鏡として、学生達に面白可笑しく語られるのが似合いだと勲は満足げに笑ってみせた。
「ニコラウスさまは、その、お化けなどはこわくありませんでしたの?」
 後片付けを終え、教室を後にしようかという頃。真白がそっと問う声に、ダンサーはこくりと頷いて。
「ダンはオバケも怪談だって怖くない。一番怖いのは人間だってえらい人が言ってたかも」
 そう答えてから、ダンサーは屍隷兵がいた場所をちらりと振り返った。
(「あなたもきっと怖かった。でも大丈夫。怖いオバケはもう出てこない」)
 ――おやすみなさい。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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