鎌倉ハロウィンパーティー~お菓子の夢を喰む

作者:屍衰

●夢と現と
 ぼんやりと窓から外を眺める。景色は秋の色に染まり始め、銀杏も少しずつ色付いていた。一歩、外に踏み出せば肌寒い風を感じられるだろう。彼女は、そんな外で動き回って遊ぶことが好きだった。
「良いなぁ……」
 彼我を隔てるのは窓一つであったが、外と中の世界はひどく遠い。見回せば、病院の中もハロウィンの飾りつけをしている。だが、やはり外で友人たちとパーティーに出たかったと思う。
 それに何より時期悪く、命を失うほどではないが大病を患ってしまった彼女は現在、食事を取ることさえ許されていなかった。そう、お菓子を食べることさえも許されない。トリック・オア・トリート。有名なフレーズを告げて、お菓子を貰えないことが何より少女は残念に思っていた。
「あたしも、ハロウィンパーティー行きたかったなぁ」
「その夢、叶えてあげましょう?」
 ふっとどこからか透き通るような少女の声が聞こえ、病床に伏せていた彼女の意識はそこで暗転した。
 胸には鍵のようなものが突き立っている。
 鍵穴は夢。カチリとピースが嵌るように、モザイクとなってこぼれ落ちる。
 赤い頭巾を被った女が鍵を引き抜き満足気に告げる。
「世界でいっちばん楽しいパーティーを始めましょう。世界に夢を彩りましょう。心の隙間が埋まるくらい。すっごく楽しいパーティーを」
 私の夢は晴れなかったけど。彼女はクスリと微笑んで姿を消した。
 意識を失いベッドの上で倒れている少女の横に現れた人型のモザイクはシーツを被り、お化けのような姿を取っている。ゆらゆらと揺れていたが、現れた少女と同じように忽然とその場から立ち去っていた。
 
●トリック・オア・ドリームイート
 集まったケルベロスたちの前で、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は両手を差し出して告げた。
「トリック・オア・トリート! ねむはお菓子が欲しいのです!」
 よく見れば、服装も普段と違って少しコスプレっぽい。
「ハロウィンパーティーが始まるのは良いのですけど、ドリームイーターが何かしているみたいなのです」
 誰かから貰ったのかクッキーをもむもむと食べながら、ねむは事のあらましの説明を始める。
 藤咲・うるる(サニーガール・e00086)が調査したところ、日本各地でドリームイーターの暗躍が確認されていた。どうやら、ハロウィンパーティーに劣等感を持っていた人の夢が奪われてドリームイーターが生み出されていたようである。
 そのハロウィンドリームイーターがハロウィン当日に一斉に動き出すらしいことが予知された。現れるのは、世界で最もお祭りの盛り上がる場所。すなわち、鎌倉ハロウィンパーティー会場。
 これを放っておけば、折角のハロウィンパーティーが台無しになってしまう。
「皆さんには、ハロウィンパーティーが始まる直前までにハロウィンドリームイーターを倒して欲しいのです」
 ハロウィンドリームイーターは、パーティー開始と同時に出没する。
 そのため、本来の開始時間より少しだけ早く、始めたふりをすると良いだろう。そうすれば、誘い出されるようにハロウィンドリームイーターが現れるとのことである。
「というわけで、ハロウィンといえば、トリック・オア・トリートなのですよ!」
 集まった当初のアレは、そういうことだったらしい。仮装しながら練り歩いて楽しそうにお菓子をねだれば、敵も誘き出されるに違いない。
 後は、そこで撃破してしまえば全て解決である。問題は、一般人が周囲にいることくらいだろうか。そこを考慮に入れつつ、敵を倒さなければならない。
「パーティーを楽しくするために、悪いことをするドリームイーターは倒しちゃってください!」
 ぺこりと頭を下げて、ねむは君たちにお願いする。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
ガナッシュ・モントプム(くるり踊り唄う・e00960)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
ノイン・ゴールドマン(からくり使い・e03098)
ネル・エオーレ(紫雲・e05370)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)

■リプレイ

●夢を守るために
「わるい子はいねがー!」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が、鬼面と藁箕を被ってスタイリッシュ・ナマハゲと化していた。襲い掛かる熊のようなポーズを取ったら、全力で子供たちが逃げる。
「よ、よい子にはお菓子をあげるのじゃー」
 全てが逃げてしまったところで少し焦りつつ餌で釣ろうとするが、あまりにもナマハゲは怖かったのか、遠巻きにされてしまっていた。
「いい子だ。美味しいお菓子やるから皆と一緒に逃げるんだ」
 涙目になっている子供に、八千代・夜散(濫觴・e01441)がしゃがんで目線を合わせる。頭を撫でた後に、手元の宝箱からお菓子を取り出して差し出す。それだけで一転して泣き止み、お礼を言いながら走っていく。お菓子がもらえると踏んだのか、一斉に子供たちが寄ってくるが、今はまだ始める時ではない。
「今から、怖いお化け退治をするからな。もう少し後で来るといいぜ」
 言い含めるように聞かせると、素直に子供たちは避難していく。
 事前にガナッシュ・モントプム(くるり踊り唄う・e00960)がパーティーの開始時間を確認していたこともあって、周囲の一般客の避難は滞りなく始まっていた。幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)の要請により出動した地元の警察も協力し、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が見当を付けた戦場予定地付近からはどんどんと一般人たちが離れていく。お菓子を貰える予定の会場だったためか、やんちゃ盛りな子供たちも多かったが、括と夜散の行動によって素直に避難しており問題は特に起きていなかった。
 そして、パーティー会場の付近にネル・エオーレ(紫雲・e05370)がキープアウトテープを設置し、ノイン・ゴールドマン(からくり使い・e03098)と小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)はそれを手伝う。これで、この場に一般人が入って来ることはないだろう。
 避難も終わり、ケルベロスたちはその中に入っていく。
 鳳琴は後ろをチラと振り返り、初めてのハロウィンパーティーに思いを馳せる。大人びようとする少女の気持ちと、パーティーを楽しみたいと想う童女の気持ちが交錯し、結局のところは前を向いて大人しく歩き出した。
 楽しむためのパーティーを最後にしたのはいつだったか。里桜はふと過去の記憶をさらってみるも、それは遠い日の出来事のように思えてくる。思えば戦いに明け暮れる日々だらけで、楽しむという行為からは離れていた。
 こんな時くらいは楽しもう。そう思いもするが、今から始まる死合を思うと神経が昂ぶってくる。
「それじゃ、この辺りでそろそろ始めよっか?」
 ヒメの提案に他の七人も同意する。
 小さな南瓜提灯が付いた魔女風のとんがり帽子を被り白いマントを翻せば、立派な魔女の仮装である。里桜は女船長の仮装をし、ネルも南瓜の被り物に黒のマントを羽織って準備を整えた。
 もちろん、お菓子の準備についても抜かりはない。
「えへへ。ぼく、おかしいっぱい、もってきたよ」
 ガナッシュの取り出したお菓子は甘いものが多く、そのうちの大半がチョコレートだ。自分の名前にもあるお菓子が好きで、思わずそればかりを買い込んでしまっていた。
「ふぅむ、わしも用意してきたのじゃ、ほれ」
 スタイリッシュ・ナマハゲ改め括が取り出したのは、饅頭やら煎餅やら飴ちゃんやらと妙に年寄りくさいチョイスばかりだった。それもこれも、彼女の生活環境故仕方がないのだが、それはさておき。
 夜散も、お菓子を宝箱から取り出して広げる。海賊の仮装をした彼が宝箱を取り出す様はまさにそれっぽい姿だった。
「全部、俺の手作りだ。味は保証するぜ?」
 ニヤリと笑みを浮かべ告げる姿は衣装も相まって悪役そのものにしか見えないが、料理は得意であり、実際に良い香りが漂っている。
「トリック・オア・トリート! お菓子をください!」
 その匂いに釣られてか、思わず鳳琴が手を差し出した。
「くださいですよ!」
 鳳琴がパンプキンカップケーキを受け取ると、今度はガナッシュがかぼちゃ型のチョコサンドクッキーを貰って頬張る。
「と、トリック・オア・トリート……」
 その後ろでは、気恥ずかしそうにネルが掛け声を上げる。雰囲気に慣れていないためか、態度は子供らしからぬ控えめなものになってしまっていた。
 そんな和気藹々とした雰囲気の下に、ゆらりと影が近づいてきた。

●夢とお菓子を喰む者
 ゆらゆらと歩くお化けシーツを被ったモノ。目と足のわずかに露出している部分からはモザイク化している様子が見られる。
 キシキシと不気味な音を立てて笑うハロウィンドリームイーターをヒメが見据える。
 ただ楽しみに来ただけなら歓迎もするのにと、ヒメは思う。だが、くるくると手に持つ大きな鍵を回す様子から、ハロウィンの楽しい夢を奪うつもりであることは明白だった。
「ごめんね、キミが武を振るうなら止めないと」
 悪しき霊をも斬り裂く刀を抜き放つと、それに呼応するかのように鍵を振りかぶって襲いかかってきた。
 コミカルな見た目に似合わず、動きは凄まじく俊敏だ。だが、その間にガナッシュが立ち塞がって、その身に纏わせたオーラで敵の鍵を弾く。振るわれる一撃は鋭く、完全に流すには至らなかったが、それでも致命傷には至らない。
 ガナッシュは受けた傷を自身で癒し、再び襲いかかってくるハロウィンドリームイーターに相対する。
 その隙にと、括が敵を罠に嵌めるべく動き出す。
「……や、ここの、たりと」
 一二三の祝詞が響き渡り、両手に持つ拳銃から並行して弾丸が放たれた。ガナッシュとボクスドラゴンのロクサーヌ目掛けて無心に鍵を振るい続けるハロウィンドリームイーターの横を通り過ぎるだけで特に何もない。
 だが、名に背負うに至るほどの、敵を括る力は未だ本懐を達していない。
「くさぐさ祓い清めし我が参道、脇目くれずに疾く来やるのじゃぞ?」
 放たれし二つの銃弾が描くは参道。残り放たれた銃弾は、中心をなぞりハロウィンドリームイーターに命中した。
『オカシ! オカシチョーダイ!』
 途端、今度は標的を括へと変更して耳に障る声を上げながら飛びかかってくる。
「アンタにやる菓子なんてないってーの!」
 その横合いから里桜が研ぎ澄まされた一撃を放った。体の芯から蝕むような冷気がハロウィンドリームイーターを襲い、体力を奪っていくがまだまだ健在だ。
「さぁ――砕きますよ!」
 俊足で後方から鳳琴が迫る。光り輝くグラビティの力を収束させ、踏み込んだ地を爆ぜさせながら、実直な突きを放つ。一見すれば、基本の型を踏まえただけの純粋な当て身。しかし、拳が触れた瞬間に、放たれたグラビティが追討ちを掛けて襲い掛かる。
「夢喰らい。人々の楽しいこの一日を、守ってみせましょう!」
 苛烈な一撃を加え、鳳琴が残心する。放たれる一撃と同じく、人々を守ろうとする強い意思を秘めた気持ちが口をついて出る。
 吹き飛ばされ地面を滑るも、何事もなかったかのように飛び起きた。そこへ夜散の放った銃弾が脳天に直撃して思わず仰け反る。
 さらに振るわれるノインの一撃を回避し一旦仕切り直さんとハロウィンドリームイーターは距離を取るが、無言のままに放たれたネルの魔術が捉えた。
 思わず身体が硬直し、ふらつくハロウィンドリームイーターの体を白刃がなぞる。鍔鳴りの音さえも置き去りにし、いつの間に踏み込み、そしていつの間に抜刀したのかさえも分からぬほどの速度でヒメが切り込んでいた。敵が認識できたのは、すでに納刀していたときの姿であり、深々と体を切り裂かれていた。
 想定以上のケルベロスたちの力に、一瞬の交錯で体力を奪われたことを認識したハロウィンドリームイーターは堪らずといった様子で夢を啄むモザイクを放つ。狙った括の力の一部を奪い、己の糧として夢を喰む。
 だが、ケルベロスたちの猛攻が間断なく迫り来る。防御面を最低限にまで切り詰めた代わりに、減らした分を倍化させるほどに強力な攻撃を叩き込み続ける。そんな作戦が、上手く嵌った。
「さァ、夢の中のパーティーは終わりにしようじゃねえか」
 極限まで集中力を高めた夜散の瞳には、敵の動きどころか発射される銃弾も写り、無数の軌跡を描かせて敵の逃げ場さえも防いでいく。徐々に死地へと誘い、そして、致命の弾丸で追い撃つ。
 それだけでは終わらず、ネルが魔力で模った蝙蝠を飛ばす。触れた箇所を含んだ空間ごとごっそりと消え去りつつ、ハロウィンドリームイーターの体が蝕まれていく。
 現れた時と変わらずゆらゆらと揺れ動くハロウィンドリームイーターだが、すでにその動きは精彩を欠いていた。
「地獄の焔でも喰らってなァ!」
 里桜が紅蓮の炎を召喚する。炎は鬼の形状になると、苦悶の絶叫を彷彿とさせるような音を響かせる。まるで燃える鬼がその怨嗟を振るわんとするが如く、エネルギー体が敵を叩き続ける。
 あまりにも強大なまでの一撃に、ハロウィンドリームイーターは耐え切れず。鬼が消えると同時、ボンッと音を立ててお化けシーツの人形となり、会場を飾るオブジェの一つと化していた。
 それはあたかも、ハロウィンドリームイーターとなった少女の夢が正しい形で現れたかのようだった。

●夢を守りて
 ハロウィンドリームイーター討伐の報が伝わり、少しずつだが周囲に一般人も姿を見せ始めた。
 戦闘を行った場所も会場の一部だったが、さすがにケルベロスたちがデウスエクスと戦って無傷という訳にはいかなかった。だからこそ、括とヒメはグラビティを使ってあるべき姿へと戻していく。修復されると共に幻想の入り混じるとしても、ハロウィンパーティーを行うこの場所に違和感なく溶け込むだろう。
 二人とも今回のドリームイーターの事件に巻き込まれた少女のためを思って、メッセージとお菓子を準備し、彼女の元へ送っていた。ハロウィンドリームイーターを倒した今、直に目を覚ますだろう。
「病の方も落ち着くといいのじゃがの」
 今日まで水垢離をして、少女の快癒を願っていた括が告げる。
「えぇ。それに、今年は残念だったけど、来年一緒出来れば嬉しいね」
 ヒメもまた少女を想って言葉を紡ぐ。今年も送られたお菓子を見れば、きっと喜ぶに違いない。それに、まだ来年もあるのだ。
 ハロウィンドリームイーターを倒し、仮装をした状態のままのケルベロスたちの傍に、続々と人が集まってくる。
 きっと、お菓子が貰えると思ったのだろう。
 夜散は手持ちの宝箱からお菓子を取り出して配っていく。

 ハロウィンパーティーは、まだ始まったばかり。
 トリック・オア・トリート!
 

作者:屍衰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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