婚活ゴールの先にあったエンディング

作者:ほむらもやし

●婚活の末に掴んだ幸せの終わり
 お座敷の上座で男と乳飲み子を抱いた女性が幸せそうに笑い合っていた。
「ホント幸せ。で、唯、誰が喪女ですって?」
「ちぇっ、私が先に結婚するはずだったのに。というか、もう赤ちゃんいるとか早すぎでしょう」
 姉の言葉に唯はぷうっと頬を膨らませる。
 これは、8月最後の週末、背振山頂を間近に望む盆地にある一家に起った悲劇である。
「さあさあ、直子ちゃんの大好きな串カツができたばい」
 揚げ物満載の鉢盛りを、おじいさんとおばあさんが2人で抱えながら座敷に入ってくる。
「すみません。気が利かなくて、お手伝いさせて下さい」
「あ、私もお手伝いします、きゃっ!」
 直子の夫に続いて、妹の唯が立ち上がったその時、部屋の中を鋭い風が吹き抜けた。
 次の瞬間、何が起こったのかが分からない表情を浮かべたまま、立ち姿勢だったおじいさんとおばあさん、夫、妹の唯の頭部が胴体を離れて畳の上にゴトンと落下した。
「えっ?」
 1秒に満たない刹那で、父と母、妹と夫を失った現実を突きつけられた直子の表情が硬直する。
 が、子どもだけでも守らなければ、逃げなければと、母の本能がすぐに身体を突き動かした。
 すばらしい、判断と行動だ。
 これは良い作品ができそうだと言わんばかりに、黒装束の男は我が子を抱えた直子の前に立ちふさがると、悲鳴をあげさせるよりも早く、その身体をバラバラの肉片に変えた。
 なあに、何の心配もない。痛くはしない。君らはずっと一緒だ。
 バラバラになった直子の背中をスッポンの甲羅のように丸め、男と子ども、妹の唯、父と母の首を差し込んで繋げ合わせ、手足と尻尾を作成して、巨大なスッポンのような姿の肉塊——異形ができあがる。
 そして余った手足や臓物を繋げ合わせて出来上がったのは手足の生えた芋虫のような異形が4体。
 痛いよう……お姉ちゃん。
 うあああああん!!
 グラビティチェインさえ手に入れれば、そうよ。手に入れるわ、だいじょうぶ、みんな、今すぐ……。
 スッポンの如き、継ぎ接ぎだらけの見た目の屍隷兵は悲しそうな声を上げると、ゆっくりと家を出て行くのだった。
●救いのない依頼
 螺旋忍軍が研究していたデータを元に、屍隷兵を利用しようとする勢力が現れ始める。
 神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)の危惧が現実となったことは、大きな衝撃であった。
 自分を責めるような苦々しい表情で、ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は依頼の説明を始めた。
「事件を起こすのは、螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉。仲の良い家族を惨殺して、死体を繋ぎあわせることで屍隷兵の強化を試みている。そして作り出された屍隷兵は、近隣住民を惨殺してグラビティ・チェインを奪う事件を起こそうとしている」
 今回の予知によって防げるのは、作られた屍隷兵によって引き起こされようとしている虐殺事件だけである。
 屍隷兵が言葉を発することがあったとしても、被害に遭った家族は既に死んでおり助けることはできない。
「今回の屍隷兵の見た目はスッポンに似ている。但し頭部が直子さんで、甲羅のような背中には殺された家族5人分の首が埋められている。攻撃は体当たりや噛みつきといった単純なものだけど、戦闘力は一般的な屍隷兵に比べて格段に高く治癒能力もある。配下の方は弱いけれど、尾部の針や噛みつき、体当たりを中心に嫌らしく仕掛けてくる」
 甲羅に埋められた首のひとつひとつには独立した意識や痛覚があるようにも見えるだろう。
 既に死んでいることを受け入れられていないのか、救いを求める声をあげたり、なぜ助けてくれないのかなどと恨みの声を上げたりする。だが惑わされるな。全ての行動は目に付く者を殺しグラビティチェインを奪取することに直結している。
「このような姿で、集落の人たちを襲わせ、被害を拡大させるなどということは、絶対に阻止しなければいけません。だからお願いする。せめて苦しませずに引導を渡して下さい」
 長い婚活の末にようやく結婚して、出産報告に故郷を訪れた夫婦が父母姉妹もろとも皆殺しにされる。——怒りと不快感以外には沸き上がって来ない事件の構図だったが、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は表情を変えないままに立ち上がる。
「見てられない事件ですわね。ですが、誰かが終わらせなければいけません」


参加者
桐山・憩(レプリカントのウェアライダー・e00836)
裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)
伊・捌号(行九・e18390)
水瀬・和奏(鎧装猟兵・e34101)
レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)
レイ・ローレンス(武闘派魔法少女・e35786)
津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)

■リプレイ

●ひたすらに戦う
 早生の稲が頭を垂れる棚田、悠久の昔から続いてきた風景がここにはあって、この日もいつも通り続いている。
 ただこの日はやけに静かだった。
(「私は、終わらせるだけ……これ以上の悲劇は…起こさせない……あなたたちの想い…全部、受け止めるから……」)
 津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)の目に映る、現場の家は柱が断ち斬られた影響なのか、屋根が傾いていた。 南の縁側に面した庭に降り立った、ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)の目に飛び込んできたのは、メチャメチャに破壊され血と臓物の破片、ぶちまけられた宴会料理が散乱する惨状の中に、異形の屍隷兵たちがうめき声を上げている様子だった。
「感傷にのまれるなよ、漏れ無く仲間入りと化すぞ」
 感傷から来る憎悪に任せて悪鬼と化せば敵と同類と言うことか、様々に出来る解釈は、曖昧なままに、ソルは足を踏み込んで、家の中、縁側の奥の方、荒れ果てた座敷に鎮座する一番大きなスッポンの如き屍隷兵を目がけて飛び込んで行く。
「切り込む。援護は頼んだ」
「背中は守る。やってやろうぜ」
 桐山・憩(レプリカントのウェアライダー・e00836)の声に振り向かないままに、ソルは破鎧衝を放ち、次の瞬間、空を撫でた一撃に壁を打ち壊されて、家はギシギシと軋む音を立てながら、傾きを増す。
 それと同時、犬ほどの大きさの芋虫が、飢えた猛獣が獲物に飛びかかるが如くに襲いかかって来る。
「お主、脇がガラ空きじゃのう」
 ひとりで飛び込むなど無茶が過ぎると、割り入ってきた、レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)が、芋虫の針に貫かれ苦痛に顔を歪めながらも、炎のブレスを吐き出して応戦する。
「竜王の不撓不屈の戦い、死出の手向けにせよ」
 まず血染めの畳や襖が炎に包まれた。続けて天井に引火した火は瞬く間に家中に広がって行く。
「その怒りは、私のもの……他の人には、向けさせない……」
 オルトロスのゴロ太が地獄の瘴気をまき散らす中、狙い澄ました、しらべのファナティックレインボウが強かにスッポンの如き屍隷兵を打ち据える。
「ぎゃあああっ!!」
「うあああああん」
「なおこ、なおこ……、おまえはいきているのか?」
「いたいよぅええええん」
「ごほっ、ごほっ、くるしい、たすけてぇ」
 戦闘は急速に激しさを増して行く。苦痛に満ちたうめき声が響く中、発生した火災も火勢を増して、今や家から炎が噴き出て、青空に向かって黒煙が立ち上がるほどになっている。
「ほら、こっちだ。鎖が欲しいならテメェで獲りに来い! 泣くだけじゃ誰もくれねぇぞ!」
 歯を剥いて笑うと同時、憩は炎の中にあってなお、鮮やかな虹を引く蹴りで、芋虫の如き異形を打ち潰した。
 材料が何であれ敵ならば倒す。それが仕事だ、出来なければ、何の為に此処に来たと言うのか。
 スッポンの如き異形のほうは、まだモデルとなる生物の形をしているが、芋虫型の配下の方は残りを繋げ合わせただけ。というやっつけ感があって、その雑さが却って、無残に殺され、死んでもなお弄ばれる者の悲しみを強調しているように見えた。
 エイブラハムと名付けられたウイングキャットの清らかな羽ばたきが刹那の爽やかな風を吹かせる。
(「助けてあげられないのが……もどかし過ぎるの……」)
 レイ・ローレンス(武闘派魔法少女・e35786)の繰り出すブレイブマインの、鮮やかな爆煙の花が咲き、燃え上がる家の窓という窓と扉を吹き飛ばした。

「怖かったわ、痛かったわ、苦しかったわ、黒づくめの男の手が首を切り落としたの、身体を引き裂いたの、血がいっぱい噴き出したわ……、ケルベロスが守ってくれないから、私は死人、もう死人だけど、私たちはまだ生きているの……、だからグラビティチェインをよこせっ!!」
 裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)は唇を噛みしめながら、背に受けた爆風の勢いに重ねるようにして、螺旋力を噴射する。次の瞬間、その猛烈な勢いのままの突撃に打ち抜かれた芋虫が潰されて動かなくなる。
「人の幸せを踏み躙る行為……許せないですっ!」
 既に死んだ肉体を操るだけでは飽き足らず、それと対した者の心を抉る言葉を言わしめる悪趣味さを目の当たりにして、総一郎の心は掻き乱される。
(「違います、傀儡は人を楽しませる芸術です。こんなものは『作品』ではありません」)
 そう芸術では無い。嗜好を満たすための虐殺に芸術性を見いだそうとするなど認められるはずが無い。
「聖なる聖なる聖なるかな。十字なる竜よ、我が神の威光を示せ」
 伊・捌号(行九・e18390)が声を上げると同時、それは神聖なる十字の力を宿す聖竜エイトの咆哮となって響き渡る。間も無く捧げられた祈りは破邪の加護と変わり、凄惨な光景に心乱されそうな仲間を鼓舞する。
「こうすることでしか、この人たちは救えないんですから……」
 ばら撒くように弾丸を撃ち放ち、水瀬・和奏(鎧装猟兵・e34101)は入り乱れる敵を牽制する。弾丸は燃え盛る畳を突き抜けて爆ぜて床を壊し、芋虫の身体に食い込み、あるいは巨大な甲羅に生えている4つの頭部のひとつに命中して、鮮やかな赤を噴出させ、そこにフィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)の支援を受けた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)の召喚した刃の雨が降り注ぐ。
「ああああっ!! おねえちゃん、いたい、いたいよう!」
「うああああーん、ええーん!!」
 被弾と斬撃から来る激痛に叫びを上げる反応はバラバラで、まるでそこに5人の人間が居るかのようであった。姿形は完全に屍霊兵なので、人間的な感情さえ感じないことにしてしまえば、心を乱されることは無いのだが、そのひとつひとつまでもが生前の表情そのままで、やはり、戦い辛さを感じさせないと言い切れば、嘘になってしまう。

 綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)の放った紙兵がそこかしこにヒラヒラと舞っている。
 戦いは9人に加えて、現地で合流した4人の加勢もあって、瞬く間にケルベロス側が優勢を確保し、一方的に攻撃ができる状況となっていた。
 火は軽トラックや納屋にも燃え広がって、さらに激しさを増している。そして消火と家族の救助の為にやって来た近所の人たちも、遠目に戦いが起こっていることに気がついて、集落からの避難を開始している。
「プレゼントの時間だ。ありがたく受け取れ!!!」
 憩の撃ち放った弾丸が地を跳ねて爆ぜる。飛び散る薬液の効果に冒されてゆく芋虫と巨躯を見据えて、レオンハルトは一歩後ろに下がりながらライジングダークを発動する。身体を覆うオウガメタルが伸びて、直後惑星レギオンレイドを照らすと言われる黒太陽を具現化する。放射される黒光は音も立てずに敵を貫き、恐らくは何が起こったかを知らないままに、続くゴロ太の攻撃を受けて芋虫は息絶え、目にも止まらぬ早さで飛び込んできた、リップ・ビスクドール(暴食の狂狗・e22116)が最後に残った芋虫に食らい付いて、その命を喰らい尽くす。
 斯くして取り巻きは撃破され、残る屍隷兵は1体となる。そのスッポンの如き巨躯の背中には4人分の頭部。継ぎ接ぎだらけの手足と胴体は若干の傷を負っていたが、燃え盛る家から出てきた皮膚の色は、まだ殺されて間も無いことを表すように、白と赤紫のコントラストが鮮やかであった。
「さあ、ここからが本番ですわよ、カード、イグニッション!! ブレイブマイン!」
 思いのほか早く配下の4体を撃破できたが、レイは浮かれることなく味方を鼓舞する一手を繰り出し、続けてボクスドラゴンのホルスが敵に体当たる。
「滅尽焼却。灰になりて天に征け!」
 ソルは声を上げると、掌を突き出した。
 次の瞬間、放たれた巨大なドラゴンの幻影が灼熱の輝きをもたらしてスッポンの如き巨躯を燃え上がらせる。
「うああああ、あついあつい、いたいー!!」
「あうあああ、うああああ!!!」
「たすけてえ、たすけて!!」
 ジュウジャアと肉の焼ける音がして、倒すべき敵が発する悲鳴がこだまする。
「こんなことが、赦されるものか……!」
 攻撃すれば悲鳴を上げ、助けを求めて来る、攻撃しなければ襲いかかって来る。悪意しか感じない屍隷兵の仕様に霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は激昂する。敵がこのまま果てることを願って、怒りのままに放った凍結光線がスッポンの如き巨躯を捉え、発散する冷気は体表を白い霜で覆い尽くす。
「はぁ……」
 やはりあまり気は乗らないと、ため息を零しながら捌号はメタリックバーストを繰り出す。銀色の艶めく粒子が戦場に漂う中、総一郎は胸を締め付けられるような感情を押し殺しながら、目にも止まらぬ早さの蹴りを繰り出す。
 次の瞬間、足に感じたのは強い衝撃、継ぎ接ぎだらけの皮膚の下にある強固な甲羅が攻撃を阻んでいた。
「ひどいわねえ、すぐに直してあげるから……」
 直子の頭部は苦痛に表情を歪めながら呟くと、足を踏み込んで全身に力を込める。発動された癒術の効果によって赤黒く焼けて傷つけられた皮膚が垢のようにずるりと剥け落ちて、窪んだ傷跡は泡立つように膨らみながら、もとの新鮮な肉の色へと戻って行く。
「なんですか、これは?!」
 少しでも早く苦しみを終わらせたい。そう思っていた和奏の表情が驚きと怒りに引きつる。ダメージが癒されれば癒された分だけ、5人の苦痛は長引いてしまうように見えるし、むしろそれを狙っているようにも見える。
「さぁ、避けてみてください……『全て』避けられるのであれば、ですけど……!」
 それでも和奏は心を折られること無く、数え切れない程の幻影の弾丸を作り出すと、次々と、休む間も与えぬように、それを発射する。動きの鈍い巨体はそれらを避けることが出来ず、治ったばかりの皮膚は再び傷ついてそこかしこから鮮やかな赤を噴き出させる。
「あああああ、いたいっいたい!」
「やめてぇええ!!」
「こうすることでしか、あなたたちを救えないのですから……」
 だから分かって下さいとは言わない。出来るのは言い訳をするように、自分自身に言い聞かせることだけ。
「だいじょうぶ、あなたは間違ってはいませんわ!」
「ああーっ、いやだいやだ、いやだあ、たすけてぇ、ああああん」
 そう言い置いた、ナオミの薙ぐ刃が、4つの頭部が並ぶ甲羅に一条の傷を刻み、ザックリと斬られた者たちの顔から噴き出た血が甲羅を赤く濡らす。
「これも、私の罪……だから……全部、見届ける……」
 屍隷兵に作りかえられたとしても元は人間、人命を奪うことはどんなことがあっても罪なのだろうか。複雑に嗜好を巡らせながら、しらべはジグザグスラッシュを放つ。炎の朱を映す刃が鋸の如くに複雑に変形し、敵の首筋に深く突き刺さる。続く動作で甲羅との隙間を抉られ大きく傷口が開いた様は、調理されるスッポンの如き。零れ出る血の色に巨躯は赤く塗られ、錆びた鉄を口に含んだような匂いが戦場を満たした。
「恨め、憎め。俺はすべからく背負って持っていってやる。皆をこんな風にしたやつに、な!」
 戦いの最中に後悔などしている暇は無い。ソルの繰り出す一撃が、綻びを見せた巨躯の急所を貫いた。
 捌号のメタリックバーストによって呼び起こされた超感覚はずっと効果を持続している。
 追い打ちとばかりに、総一郎は気合いを込めると魂を喰らう降魔の一撃を放つ。
 背中にあった家族の頭部は破壊され、直子はもはや恨みと苦痛の声を上げながら、自らを癒し、延命を図ることしか出来ない。
 しかも身に刻まれた癒し切れないダメージは、終わりの時へのカウントを刻んでいる。
 敵であれば何であれ斃す。その当たり前を殊更に意識しなければならなかったのは、やはりこの事件が気に食わなかったからかも知れない。
「おさらばだ。来世は健やかに生きろよ」
 場違いな程に歯を剥いて、憩は長く続いた悪夢を断ち切る様に、深く突き刺した惨殺ナイフを力任せに薙いだ。赤く染まる刃は軽い手応えを手に伝えながら巨躯と命を裂いた。
 次の瞬間、直子の頭部は天を仰ぐ。
 予兆も予感も予告も無く、突然にやってきた虐殺に巻き込まれ、喘ぐことしかできない、普通の女の、聞こえるはずの無い悲鳴が轟いたような気がした。
 その悲鳴は直子だけでは無く、煉獄を彷徨うが如き婚活の末に巡り会えた愛する夫、手にした我が子、姉妹、父と母、家族全員を失う悲劇に襲われ、命を断たれた人々の呪いや怨念が籠もっているようだった。
「ちっ、まだ足りなかったか、後は頼むぜ」
 エイブラハムの攻撃が外れるのを見て、憩が言うと同時、和奏のフォートレスキャノンが火を噴き、捌号が輝く呪力と共にこの悪夢を断ち斬るようにルーンアックスを振り下ろせば、衝撃音と共に発動したルーンが爆ぜて敵を形の分からない肉の塊の如くに変えた。
「グ……ラビティチェイン頂戴、そうすれば……私たち、元に戻れ、るのです、おねがい……」
 分かり易すぎる嘘だ。レオンハルトは呆れとも憐れみとも付かない複雑な表情を浮かべながら、超硬化させた爪で敵を斬り裂いた。
「ぎゃああああ!! ひどい人でなし、呪ってやる、うああああ」
 本人がそう言っていたとしても、デウスエクスが手に入れたグラビティチェインを、人助けのために、手駒のひとつに過ぎない屍隷兵の為に消費するなど、あり得ない話だろう。
「私のこと……赦さないで……」
「違いますの、悪いのは、全て空蝉。しらべ様は何も悪くないですの……」
 自分を責め続けるしらべに向かって、レイは言い置くと、具現化した光の戦輪を投げ放ち、その輪を追うようにして続いた、ボクスドラゴンのホルスが白く輝くブレスを放った。
「希望よ光れ。願いよ輝け。誓いよ導け。我らが世界を見よ、絆に誓え! この身に宿りし想いの全てを使って、俺達は共に未来を拓く!」
 ブレスの煌めきが広がる中、ソルが握りしめる拳は白熱する光輝を纏う。直後、重なる焔の輝きを帯びた拳を、グチャグチャの肉塊を化している屍隷兵に叩き付ける。
 次の瞬間、巨大な身体は支えを失ったようにして潰れて、どろどろと溶けるようにして崩れ落ちた。

●終戦
 戦いは終わった。そして緊張の糸が切れたように、レイが大声で泣いた。
「この人たちの……幸せを……踏み躙るなんて……酷過ぎる……」
「そうですわね。幸せを作り上げるのは並大抵の、ことではありません」
 泣きじゃくるレイを抱き寄せて、ナオミが悲しげに言う。
 幸せで満ちていた家は今、燃えていて、戦いの終結を待ち構えていた消防団によって消火活動を始められた所だ。
「被害の拡大を防ぐために、こうする他はありませんでした……」
「わかっとるけん、気にせんでよか。にしても、空蝉って奴は、ひどかことをするばい」
 心苦しそうに事件の説明をする和奏に、村の駐在と集落の班長は、驚くほど冷静に事実を受け止めた。
「あんたたちのお陰で、わしらは生きちょる、大感謝ばい」
「ですが、この家族はもう……絶対に、仇は討ちます……だから……!」
 言いかけて、和奏は続ける言葉を失う。駐在さんも班長も、村人も、それ以上何かを聞きだそうとも、喋らせようともせずに、粛々と消火活動を続け、遺体が消えた跡にある残り滓のようなものを集めている。
「弔いの準備か?」
「みんな死んでしまっとるし、ああでも、お通夜は部落の者でやるけん……」
「大変だな、せめてものだ。俺らも……穢れを祓い、冥福を祈ろうか」
 ああ。それはありがたかね。班長の老人は言って人懐っこそうな笑みを見せた。
「鼓太郎君、頼まァ。……俺も手伝う」
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え」
 ソルが言うと、鼓太郎は詠唱を始める。犠牲者の魂を清め鎮めるための声の響きは、消火に後片付けにと慌ただしい空気を落ちつかせて、厳かな雰囲気をもたらした。
(「……せめて、安らかに眠れますよう」)
 そんな様子を見ながら、和希は穏やかに瞼を閉じて、冥福を祈った。
 そして火災の鎮火を確認してから、皆で家にヒールを掛けると、様子はかなり変わってしまったが、家は元のように戻った。その様子に、村人たちは大いに驚き、そして、心の底から感謝した。
 その後遺体が消えたあとに残って居たものを整理して、届けられたばかりの真新しい棺の中に納めた。
 生前の写真も探して遺影を作り、急ごしらえではあったが、祭壇も整えた。
 ただ直子の旦那の写真だけが、家族写真のアルバムの中に無かったため、遺品のスマートフォンの中にあった画像を転用した。それがとても幸せそうな顔をしていて、見る者の悲しみを掻き立てた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「辛く悲しい思いをさせて申し訳ないです……っ」
 祭壇に手をあわせた、慟哭する和奏を見ていることが出来ずに庭に出る。しかし、そこではソルが松の木に殴りつけていた。
「………さん、許さんぞ、……ッ! 死ぬのも傷つくのも兵士で良かろうに、無力な、幸せな人々を! 絶対に、空蝉、貴様を生かしておくものかァァァァ!!」
 外はすっかり暗くなっていて、風が吹き始めていた。
 空には月が浮かび、その明かりは奇妙な程に風景を明るく照らしていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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