●黒ローブの少女は騙る
夏期講習期間中の、放課後の教室。
窓辺でだらだらと世間話をしながら暇を潰している数名の生徒の元に、その少女は音もなく現れた。
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
フード付きの黒いローブに、今にも黒ミサでもおっ始めそうな携帯品と装飾品。学校に不釣り合いな不気味な雰囲気に気圧されて、生徒達は躊躇いがちに頷き返した。
黒い少女は満足げに語り始める。
「今、改装中の、一番古い特別教室棟……あの辺りには昔、古い古い病院があってね、あの教室棟はその設備を一部流用して建て直されたものなの」
静かで淡々とした語り口に、生徒達は各々ごくりと喉を鳴らし、神妙に聞き入っている。
「その病院の地下室で、一人の女性が自殺したの。彼女は臨月を前にして流産してしまった……その地下室はね、今も教室棟の地下にあるのよ。階段下の倉庫の奥に、入り口を厳重に隠されて」
少女はふと、窓の外の、工事幕に覆われた特別棟を流し見た。
「あの工事、ちょっと長引きすぎてると思わない? ……実はね、地下室に取り残され長い眠りについていた女性の無念が、今回の改装工事の騒音で眠りから揺り起こされ、怨念と化してしまったの。そうして、作業員を一人、また一人と地下室に引きずり込んで殺しているのよ。彼等の肉体をつぎはぎして、実体を得ようとしている。そうね……きっと、次の、月の明るい夜には完成して、出来そこないの赤子を抱えて動きだすのでしょうね。作り直した我が子を、完成させる為に……」
生徒達の間に悲鳴と動揺が駆け抜ける。
「確か天気予報で今夜は晴れるって……今の話、本当に!?」
目を泳がせ、こわごわと語り部を振り返った時には、少女の姿は忽然と消え失せていた。騒然となる生徒達。
「うそっ、怖っ」
「やべー。どこクラスの誰だアレ? すっげー気合い入った怪談だったなぁ」
「ほんと、すごい臨場感。ちょっと……気になるよね?」
「えーマジー?」
恐怖を紛らわせるように矢継ぎ早に言葉をぶつけ合いながら、生徒達の視線は自然、件の特別棟へと引き付けられるのだった……。
●階段下に潜む屍隷兵
「学校に怪談は付き物。こたびの事件は、これを利用したドラグナーの悪だくみに端を発します」
戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は一つの名を提示した。
ドラグナー『ホラーメイカー』。
「彼女は一体の屍隷兵を作成し、とある高等学校の校内に潜伏させた上で、怪談に興味のある生徒達をけしかけ、屍隷兵の元へと自ら足を運ぶよう仕向けたようでございます」
ホラーメイカーが広めた怪談は、『地下室で自殺した女性』。昔病院の一室だった地下室に工事作業員達を引きずり込み、その血肉で実体を得て、死んだ我が子を作り直そうと動き出す……というもの。
もちろん全て、先に作り上げた屍隷兵を元にしたでっちあげであり、工期が長引いているのは天候等諸々の事情によるもの。怪談を知らない工事関係者には被害は一切出ていない。
が、生徒は既に何人か、学校の怪談を探索して行方不明になっているらしく、早急に解決する必要があるだろう。
「怪談話を知った一般人が事件現場に現れないよう対策しつつ、怪談話に扮した屍隷兵の撃破を、お願いいたします」
現場は私立高校の特別教室棟。
「昇降口正面に見えます階段の真下に、頑丈な扉の小型倉庫がございます。夜中、誰かが『怪談の内容を確かめる意図をもって』この扉を開けようと間近に近づいた瞬間、内側から扉が開け放たれ、中に待機していた屍隷兵が襲いかかって参ります」
戦闘になれば当然、交戦する全員を殺し尽くそうとしてくる。
敵屍隷兵は、女性型が1体と、赤子大の肉塊型が1体。ホラーメイカーは現れない。
女性型は縄と手術用のメスを用いた攻撃、子守歌による治癒を行う。肉塊型は始終女性型に抱きかかえられているが、赤子らしい泣き声で激しく攻撃してくる。
個々の戦力は通常のデウスエクスには劣るが、女性型が肉塊型を庇い、二体で連携してくる為、決して侮るべきではないだろう。
「この屍隷兵は、螺旋忍軍の集めたデータを元にして作られたものと推測されます」
まずは作り上げた屍隷兵を潜伏させておき、その後人間を誘き寄せる怪談話をばら撒く……相当に用意周到なドラグナーのようである。
「危険だな……はやく倒して、これいじょう被害がひろがらないようにしよう」
近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は眠たげに見える半眼に神妙な光を宿して、皆に呼びかけるのだった。
参加者 | |
---|---|
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341) |
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341) |
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411) |
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978) |
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
●怪談の種明かし
時刻は宵の口。月明かりの下、工事幕に覆われた建物は、くっきりとそのシルエットを浮かび上がらせていた。
その袂、人目を忍んでこそこそと昇降口に回り込む、不審な人影がいくつか。……ホラーメイカーの捏造怪談に唆された生徒達のようだ。
工事幕の内側に潜り込もうとした瞬間、彼等の姿を人工の光が照らし出した。
「ひゃ!?」
突然の事に肩を跳ね上げ、短い悲鳴を上げる生徒達。
彼等の前に現れたのは、もちろん件の化け物ではなく、眩しいライトを差し向けるケルベロス達だった。
「おやおや、何をしているのかな? これからここで、デウスエクスとひと悶着ある予定なんだけどねぇ」
適当といい加減の入り混じる口調で声をかけたのは、レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)。振り撒かれる隣人力が警戒心を解くも、生徒達には別の衝撃が走り抜けたようだ。
「ケルベロス!?」
「え、うそ、デウスエクスいるの!?」
「そうだ。ここは戦場になる。急いで離れて欲しい」
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は端的に用件のみを口にする。感情を伺わせない平坦な言葉も、隣人力のおかげか、高校生の青臭い反感を買う事はなかった。
生徒達は神妙な視線を交わしあい、頷き合う。
「あの、オレら帰ります。邪魔してすんませんっした!」
「あ、あと、うちらが来たこと、先生達には言わないでねっ」
律儀に頭を下げ、ついでにちゃっかり口止めしながら、そそくさと走り去る生徒達。ケルベロス達は呆れや苦笑でそれを見送り、いよいよ本丸の特別教室棟へと踏み込んだ。
工事幕の隙間を抜けて、昇降口を潜り抜ける。その際、意図せず近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)と体を接触しかけたエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)は、過剰とも思える動作で鋭く身を退いた。
「……あぁ、近衛木……ごめんなさい、殺界形成を、お願い」
「だいじょうぶ。まかせて」
なんらかのトラウマを感じさせる拒絶には特に拘らず、ヒダリギは平時と変わらぬ態度で頷き、殺気を解放する。これで、一般人の接近は食い止められるはずだ。
「葉っさん……」
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)は、右耳上に陣取る紫葉牡丹に似た小型攻性植物に呼びかけ、明かり役を任せる。
「さすがに中は暗いっスね……階段はあっちみたいっス」
油断なく辺りを警戒していた守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)は、昇降口の奥にある階段をライトで照らし出した。
階段の下には、シンプルながら頑丈そうな扉が据え付けられている。件の倉庫に間違いない。
他には一般人の姿がないことを確認し、ケルベロス達は倉庫を取り囲んだ。
「後衛はフローラ一人か……無理はしないで」
旅団仲間ならではの信頼と気遣いを込めて、レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)が声をかける。フローライトも静かに頷き返した。
「アニエスがちかづきます」
礼儀正しく断りを入れつつ、真っ先に足を踏み出したのはアニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)。皆の盾となる立ち位置を改めて確認しつつ、警戒を切らさず扉へと歩み寄る。
ゆっくりと伸ばした手が、倉庫の取っ手に触れる――寸前。
バタンッ! 倉庫の扉が、勢いよく開け放たれた。
携行ライトや投げ込まれたライティングボールの光に浮かび上がるのは、振り乱された黒髪に顔半分を覆われた、不気味な女性。その腕には、赤子を抱くようにして、不気味な赤黒い肉塊が横抱きにされている。
隙なく構えを取りながらも、異様な姿に戦慄するケルベロス達を睥睨し、女は禍々しく口許を歪める。
――その瞬間、昇降口の蛍光灯が一斉に点灯した。
明るい人工光に煌々と照らし出され、怪談のヴェールを剥がれた女は、有象無象の死肉でつぎはぎされた女性型の屍隷兵。腕に抱く赤子もまた、出来そこないの肉塊型でしかない。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……ここで倒させてもらうよ」
キープアウトテープで抜かりなく塞がれた昇降口を背にして、探り当てた電灯のスイッチの傍らに立つアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は、夜の学校への好奇心と恐怖心から、人形を抱く手に実は密かにこもっていた力を抜き、全身の攻性植物をざわめかせた。
●あたかも実物であるかのように
「ひうぁ……」
唐突な明かりを浴びた肉塊型が、微動だにしない女性型の腕の中で呻き、蠢いた。
次の瞬間、鼓膜をつんざく泣き声が校内に轟き渡った。
泣きじゃくる赤子そのものの声音。びりびりと痺れるような波動がフローライトを苛む。
ふふ……ふふふふ……柔らかな笑い声を重ねる女性型の周囲に、銀色の閃きが生じる。数多の手術用メスの切っ先は、空中で後衛へと向き、一斉に飛来した。赤子の声に苦しむフローライトの、腹部周辺を重点的に斬り裂き、痺れを重篤化させていく。
「……屍隷兵、屍で造った、悲しい神造兵……今、その悪夢を、終わらせてあげるわ」
すぐさま分身の術で、たった一人の後衛をフォローしながら、エヴァンジェリンは冷静に断じる。
「ありがとう……動けそう……」
フローライトは肩で息をつきながらも、細身のゾディアックソードの青い刀身を閃かせ、スターサンクチュアリを描き出していく。
「やりにくいな……赤ん坊だけでも気が咎めるのに、母親まで一緒ときた」
女子供を撃ちたくなどない、だが、そうも言ってはいられない。レスターは情を封じ、女性型の腕の中の肉塊型に向けて、躊躇なく引き金を引いた。
鋭いクイックドロウはしかし、素早く反応した女性型が肉塊型を庇いこみ、堅い守りに阻まれる。
そこに死角を突く形で女性型の首筋に撃ち込まれたのは、特殊なウイルスカプセル。反射的に射線を振り返った女性型に、レオンは肩をすくめてやる。
「ああ、僕のことは取るに足らない塵と思ってくれて結構」
人を食ったような言葉に女性型が気を取られた隙に、肉薄する影。
(「先の戦争で、屍隷兵の計画は潰した……そのはずだったのに……!」)
表情を殺し、冷静に組み立てる思考の奥に、苦々しい感情を押し隠して、淡々と、的確にスターゲイザーを打ち下ろす和希。即座に退いたその瞬間には、アンセルムのライトニングボルトが、アニエスの破鎧衝が、一騎のブレイズクラッシュが、次々に追い討ちをかけていく。
女性型は腕の中で傷つく肉塊型に小さく悲鳴を上げ、すぐさま子守歌を歌い始める。正常な旋律から半音はずしたような、不気味な歌声。
治癒を受け、肉塊型はますます泣き声をヒートアップさせていく。泣くのは元気な証拠、とでも言いたげに、女性型は満足げ。校舎内に轟き渡るあまりにうるさい大音声に、苛立ちを蓄積させるのはケルベロスばかり。
「……っ」
「フローラ! ……R.I.P……朽ちて散れ、安らかに眠れ」
自身の意思と望まざる『怒り』との狭間で葛藤するフローライトを、レスターの子守歌が癒していく。噂が生んだ哀しい霊は癒せなくとも、せめてもの弔いの気持ちをこめて、無数の光の蝶が羽ばたく。続けてエヴァンジェリンもまた一輪のダチュラを蝶へと変じさせ飛ばす。フローライトの姿は、数多の蝶が運ぶ治癒と守護に取り巻かれていった。
なおもこだまするような甲高い泣き声に、拳を中心に黒い波紋を描きながら、一騎が顔をしかめる。
「きついっスね……」
怪談は偽りで、目の前にいるのも偽者。わかってはいても、本当の母子のように振る舞う屍隷兵の姿に、ケルベロス達は複雑に言葉数をなくしていった。
●偽りの喪失
事前に示された通り、二体の屍隷兵は後衛を標的としてきた。ケルベロス達はそれに対応した陣形で応戦したが、敵はあまり高度な戦術思考は持ち合わせていないようで、一人きりしかいない後衛を、減衰の激しい範囲攻撃で執拗に狙ってくる。おかげで前衛・中衛はほとんど無傷のままに、落ち着いて攻守に専念する事ができた。
「ポチくん、いっしょにいきましょう。えいっ……!」
「ブッブー!」
小柄な体で果敢に斬りこむアニエスの稲妻突きに合わせて、息ぴったりに後に続いたテレビウムが、手に持つ傘を凶器に残虐ファイト。
「ずいぶん進行が早いようだね。なら、もっと進めようか」
相手は正体の知れた屍隷兵。未知の存在へのちょっとした恐怖から解放されたアンセルムは、攻性植物の蔦を鋭く変化させた。影の如く密やかなシャドウリッパーは的確に肉塊型を斬り裂き、仲間達が付与した弱体化を一挙に重篤化させていく。
肉塊型が甲高い奇声を上げ、女性型が悲痛に叫ぶ。努めて冷静に振る舞ってきたエヴァンジェリンの表情に、どこか苦しげな影が差し始めた。
(「ああやめて、その声……それでも、倒さなくてはいけないのに」)
気持ちを削り取られながらも、決して手は緩めない。攻撃役には破剣の力を、盾役には耐性を。的確な強化が味方をサポートしていく。
肉塊型が哀れっぽい泣き声を上げた。それはフローライトの精神を穿ち、すかさず女性型のメスで増幅され、思考力を狂わせていってしまう。
「わ、わ。いそぎ、回復します……!」
慌てて小さな奇跡で治癒を施すアニエス。祈りが光の粒へと昇華し、大半の催眠効果をすすぎ落していく。
執拗な集中攻撃を受けただけに、後衛の消耗もまた瞬く間だった。フローライトは右人差し指から細い光を零して自身を癒しながら、限界点を早めに見切った。
「そろそろ危ない……かな……? エトワール……交代……よろしく……」
フローライトは中衛に上がり、エヴァンジェリンは後衛へ。通常ならば、戦闘中のポジション交代は、効率上あまり戦術的とは言えない。が、偏執的なまでに後衛を狙う今回の敵に対しては、良い目が出たようだ。
一人がダメージを負担することで、味方の損耗は最小限に抑えられ、対処もしやすい。強力なデウスエクス相手には危ういかもしれないが、戦闘力の劣る今回の屍隷兵相手には、十分に通用している。
敵が厄介な状態異常をばら撒いてくるのと同様、ケルベロス達も中衛を中心に数多の弱体化を肉塊へ、またそれを庇う女性型へと夥しく付与していく。ヒダリギがばら撒いたステルスリーフがさらにその効力を加速させ、肉塊型はただ蠢き泣き叫ぶだけの、本当の肉塊へと成り果てつつあった。
魔力で刃を生成しながら、アンセルムはふと目を細めた。
「……この塊にも、素材となった人達はいるんだよね……」
哀れみを胸に灯しながらも、斬りこむ刃は容赦ない。再びの急所を掻き切る斬撃は、肉塊の運命を決める一撃となった。
蠢くことすら困難になった肉塊を、最後に捉えたのは和希。目元に発露しそうになる狂気を抑え込みながら、黒白の精霊を飛翔させる。儚げに揺らめく相反する光と闇が、肉塊型の命に破滅を与えた。
おぎゃあああああああ!! 赤子の悲鳴が戦場をきり裂く。
あえなく蒸発していく肉塊。空っぽになった己の腕を見下ろし、女性型は髪を振り乱して絶叫した。
●本当の惨劇は未だ見えず
子を失った母のそれを思わせる悲鳴が、校内に響き渡る。
(「金切り声は嫌いだ」)
残る女性型へと踏み込みながら、一騎の脳裏によみがえるのは、嘆いて泣いてばかりだった自身の母。まともに我が子を見てくれた事もない彼女に、しかしあんな風に抱かれていた時期もあったのだろうか?
「何もかも、今更っスね……」
自嘲じみた呟きと共に、殺伐とした炎の一撃が敵を打ち据える。
望外の手応えだった。ケルベロス達は肉塊型の排除を最優先に動いていたが、少なからぬ頻度で肉塊を庇った事による消耗は浅くない。
そして何より、女性型のみを狙い、着々と『下準備』を重ねたレオンの攻撃が、ここにきて大きな成果を現し始めていた。
「気づいた時には、何もかも手遅れだ」
夥しい氷と弱体にまみれた女性型を、自身をデウスエクスに対する『病魔』と自称する男は嘲笑い、追い討ちのチェーンソー斬りを加えていく。
女性型の絶叫がさらなる凄惨を帯びる。しかしなおも、肉体的な苦痛より喪失の嘆きが色濃い。いずこからともなく女性型の周囲を取り巻く荒縄は、子を奪った和希へと走り――しかし割り込んだレスターによってその軌道を阻まれる。
「……せめて安らかに眠れ」
レスターは縄に囚われながら、狂乱する女性型の姿に痛ましく目を伏せ、心の痛みを堪えて引き金を引く。治癒に集中していたフローライトも攻撃に切り替え、グラインドファイアで炎を叩き込んだ。
身を苛む氷、炎、数々の弱体化。予測以上に消耗し果てた屍隷兵は、数種のグラビティを浴びただけで、頬肉を、脚の一部を、腕を、ぼとぼとと取り落としていく。
「今です、たたみかけましょう……!」
「ピコピコ」
敵の限界を見取ったアニエスが、ポチと共に敵の懐へと飛び込み、破鎧衝で防御をさらに斬り裂いていく。
「嫌っスね。色々と」
一騎は呟く。救えない。そう思うのは現状にか、行方不明者が出ているのに敵に対して感傷的な自分にか。自嘲しつつも、攻撃の手は緩めない。やるべき事はひとつ、撃破だけ。
「次はどちらも幸せに」
誰にともなく呟きながら、容赦のないストラグルヴァインで敵を締め上げる。
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう」
アンセルムが空中に作り出した無数の氷槍は、敵へと殺到し磔にする。魔術による氷は融ける事無く、屍隷兵を苛み続ける。
動きを鈍らせる屍隷兵へと和希は声もなく、湧き上がる狂気と屍隷兵の『元』となった者達へのやり切れぬ想いを胸の底に沈めながら、ただただ研ぎ澄ませた集中を爆発させる。
耳を塞ぎたいほどの絶叫を、辛いものを秘めた眼差しで、それでも正面から受け止めて、エヴァンジェリンはゲシュタルトグレイブに稲妻を迸らせる。
「アナタたちに、あげられる体は、ないの」
神速の突きが女性型の脇腹を貫き、作り物の神経回路を麻痺させた。
「死者は死者らしく墓場で眠っていてくれ」
傲慢ささえ感じさせる声音で言い放ち、レオンが召喚するのはあらゆる加護、祝福、尊厳、祈りを奪い去るため『だけ』のギロチン。
「では、来世までさようなら」
スパンッ。小気味いいほどの音が、絶叫をふつりとかき消した。
女性型の、首の上に鎮座していた質量が、ごとりと地面に落ちる。
つぎはぎだらけの全身は縫い目を解かれ、バラバラの死肉となってその場に崩れ落ちていった。
校内に満ちるヒールの光に、凄惨な戦いの痕跡は消えていく。
「これでおしまい、ですね」
校舎にも仲間達にも大きな被害がなく済んだ事に胸をなでおろすアニエス。
「ホラーメイカー……惨劇を拡散する厄介な敵が現れたな」
ヒールの光を収束させていきながら、レスターは誰にともなく呟いた。
「どうやら、手がかりの類はなさそうだね」
「ああ……」
修復を終え、周辺を抜かりなく探るアンセルムと和希。しかし敵も、下手な痕跡を残しておくほどうかつではないらしい。
「せめて行方不明者の所持品だけでも見つけたかったっスけど……そう甘くないか」
敵の亡骸に目を伏せたのち、一騎も調査に加わったが、これといった成果はやはり上がらなかった。
「今回のは実験と、次の実験のために用意する屍隷兵の『素材』集め、かなぁこれは」
案の定見つからなかったか、と吐息を零しつつ、推察するレオン。ホラーメイカーが尻尾を出さない限り、真実は闇の中か。
「……屍隷兵……造るには……死体が必要な筈……この『犠牲者』は……一体何時……何処から……」
とつとつと呟きながら、フローライトはバラバラになった骸の傍らに膝をついた。あまり意味のある行為ではないと知りつつも、葉っさんに頼み、癒しの光を照射してもらう。
「せめて……今度の眠りは……安らかであるように……」
そう呟いて黙祷を送るフローライトの傍らに、エヴァンジェリンも身を寄せる、静かに眼差しを伏せた。
「オヤスミ。どうか、せめて……安らかに」
謎と、悲劇と、祈りをその腹にしまい込んで、夜は何事もなく更けていった。
作者:そらばる |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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