幽霊や井戸の闇からこんばんは

作者:奏音秋里

 夏は、怖い話を特集したテレビ番組が増える。
 少年はその日、怖いモノ好きな母と一緒に番組を観てから布団に入った。
「だいじょうぶかな……こわいなぁ……」
 そんな本人の心配を余所に、眼を瞑るとすぐに静かな寝息を立て始める。
 暗闇のなかに浮かぶ、古そうな井戸と、ずるり……という音。
「ぎゃぁぁあーーーーーっ!!」
 這い出てきたのは、髪の長い女性だった。
 布団を握り締めて部屋の隅へ逃げるけれども、幽霊なんて何処にもいない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 代わりに現れた魔女が、大きな鍵で少年の胸を貫く。
 テレビで観た怨霊姿のドリームイーターが、少年を見下ろして笑った。

「長い黒髪に白い着物で足がない……そんなドリームイーターが現れたのですが、出られる方はいらっしゃいますか?」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、皆に訊ねる。
 霊とかお化けとかいう言葉は、敢えて使わないようにして。
「いえ、怖くはありませんよ。あまり得意ではないだけです」
 どうにかして皆の追求を躱すが、表情は硬い。
 隣で、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)も苦笑いをした。
「足がないというだけで、飛行状態ではありません。怨念を籠めた悲鳴による魔法攻撃と、束ねた髪による斬撃をしかけてきます」
 地上から10センチくらい浮いているらしいが、空を飛べるわけではない。
 ヒトが走るように、フツウに地上を移動するようだ。
「ドリームイーターは、少年の家の周辺を彷徨いています。誰かを驚かせたくてしょうがないようなので、歩いていれば向こうから寄ってくるでしょう」
 ちなみに、ドリームイーターは自分に驚かなかった相手を優先的に狙ってくる。
 誘導や戦闘を有利に進めるために活用してくださいと、セリカは言った。
「遭遇したら、近くの駐車場へ誘導してください。夜は駐車している車もありませんし、街灯のおかげで照明には困りません。少年の家からは、歩いて5分くらいでしょうか」
 但し、駐車場は屋外のため、壁も天井もつけられていない。
 指先くらいの石が敷かれているため、裸足では痛いとのこと。
「ですが、皆さんでしたらお任せできます。よろしくお願いしますね」
 ドリームイーターを倒せば被害者も眼を覚ましますと、セリカは付け加える。
 ケルベロス達と少年の無事を願って、丁寧に頭を下げるのだった。


参加者
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)
塚原・あかね(魂喰・e37813)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、全員揃って少年の家の玄関前から歩き始めた。
「あら? レオはお化け苦手? 大丈夫。ただの敵だから、ね♪」
 君影・リリィ(すずらんの君・e00891)が、肩口で飛ぶウイングキャットに訊ねる。
 お散歩気分の自分とは反対に、懸命に耐えている相棒がとても微笑ましかった。
「夜とはいえ蒸し暑いな。この暑さでは、納涼のための恐怖番組が多くなるのも仕方ない。しかし、僕としては幽霊より度胸試しとかでデウスエクスに近付こうとする一般人の方が怖いぞ。なぁポラリス?」
 シヲン・コナー(清月蓮・e02018)は、問いながら水分補給。
 横で、夏用におめかししたボクスドラゴンが金色の眼を瞬かせてぷきゅぷきゅ鳴いた。
「ニホン人は、ゴーストはお嫌いカ? キモダメシ、なんてイベントもあるんだろウ? 夏はそういうモンが活発だと聞いたけどナ」
 ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)が、疑問を投げかける。
 此処にいる者達は、リリィのウイングキャットを除いて平気そうなのだが。
「……矢張り夏はよいな……この手の怪異的な敵がよく出てくれる……さて、忌まわしく祟ってくれよう」
 祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)も、無表情にぽつりと呟く。
 ついてくるビハインドが、代わりに薄く笑んだ。
「幽霊ねぇ。もしも本当にいるなら、逢いたい人もいるけれど……」
 頭をよぎるのは、かつて過ごした故郷の森と、亡くした友人達との想い出である。
 フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)は、殺気を放った。
「ケルベロス活動してるとこういうコテコテの奴にあんまり遭わないから、逆に珍しいような気がするんだ……それにしても、死神とかヴァルキュリア、いまはシャイターンか。それの干渉なく死者が自力で蘇るのはおっかないよね」
 所謂世間とは、ちょっとズレた感想を口にしつつ。
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は、都市伝説を調査する風な現状が楽しかった。
「長い黒髪に白い着物、か。なんともそれらしい出で立ちだね。ま、正体を知っている以上、さっさと消えてもらうほかないんだけど」
 今日も愛用の、大きめのフード付きローブと一本足の高下駄を身に纏って。
 天喰・雨生(雨渡り・e36450)が、路地の1本1本にまで視線を向ける。
「お化け……面白そう」
 塚原・あかね(魂喰・e37813)も『闇夜を照らすランプ』で足許を照らしながら。
 心のなかでは誰よりもノリノリで、お化け探索に臨んでいる。
 そうして。
 索敵開始から数分も経たないうちに、ドリームイーターは姿を現した。
「馬鹿な?! 幽霊だと……」
 シヲンはボクスドラゴンとともに、驚く演技をする。
「きゃぁっ!? いやぁっ、怖い、来ないでくださいっ!」
 あかねもやっぱりノリノリで、一所懸命に驚きを表現してみせた。
「SADAKO! SADAKOってんだろアレ! 知ってるゼ! 心の芯から冷え渡りそうダ!」
 負けず劣らずなオーバーリアクションをしたのは、ヴェルセアである。
「……」
 大袈裟にびくりと肩を揺らす雨生は、身振りだけで驚愕を伝えた。
「これはまた……ステレオタイプな幽霊さんね。黒髪で白装束の……迫力はイミナさんの方が上かも!? ほら、踏んできた場数が違うって言うか! ぽっと出のドリームイーターには出せない凄みがあると言うか……」
 思わずイミナと見比べてしまって、リリィは口早に理由を並べる。
「……お前が件の怨霊か……長い黒髪に白い着物、ワタシは鏡で見慣れ過ぎてて驚く理由がないぞ」
 だがそれを気にするでもなく、ドリームイーターに対峙するイミナ。
「うわー、おーばーけーだ」
 フリードリッヒが怖がりながら先頭切って、若干嬉しそうな表情を浮かべ、駆け出した。
 ディフェンダーのリリィとイミナが囮となり、公園まで誘導していく。
「見えたよ。あの駐車場だね」
 敵も味方も、全員がその区画へ飛び込んだのを確認して。
 右院は、通行人に余計な心配をかけないよう、バイオガスを展開した。

●弐
 立ち止まったディフェンダー達へ、ドリームイーターが束ねた髪で斬りつけてくる。
 まともにダメージを喰らってしまったが、体力的には凌ぎきった。
「幽霊ともあろう者が、こんな簡単に捕まるなんて残念だね」
 雨生の左半身に刻まれた梵字の魔術回路が、赤黒く輝き始める。
 シニカルな台詞を吐き、空中から流星の煌めきと重力を思い切り蹴り込んだ。
「おいポラリス。終わったらアイスでも買ってやるからしゃきっとしろ」
 雷の壁を構築しながら、シヲンはボクスドラゴンへと呼びかける。
 苦手な暑さに舌を出してだら~んとしていたが、ぷきゅっと鳴いてブレスを吐いた。
「……脅かすだけで満足はしないだろう……呪わしく戒める」
 縛霊手で殴りつけると同時に放出する網状の霊力が、ドリームイーターを離さない。
 イミナを援護するように、ビハインドが金縛りを喰らわせる。
「夢は、ヒトの深層を示すと聞くわ。心配事やその日の出来事、心に掛かる諸々が夢に……相当印象深かったのねぇ」
 言いつけを護って、ウイングキャットは決して怖がる素振りを見せず、翼を羽搏かせる。
 少年に想いを馳せるリリィのブラックスライムが、ドリームイーターを丸呑みにした。
「さあ凍り付け!」
 吐き出されたところへ、タイミングよく氷結の螺旋を叩き込むフリードリッヒ。
 凍った姿は、幽霊というよりもまるで雪女のようだと思う。
「斬霊斬で幽霊が本当に斬れるのか試してみたかったんだけど、よく考えたらドリームイーターだった……せっかく斬霊刀持ってきたのに……」
 残念がって右院は、刀は腰にさしたままで心に誓いをたてた。
 明日から本気を出すと念ずれば、ドリームイーターの足許から溶岩が噴き出す。
「それは面白い試みですね。次があれば是非ご一緒させてください」
 溶け出た傷口へと、あかねは愛用の斬霊刀をあてがった。
 刃は空の霊力を帯び、その箇所を正確に斬り広げていく。
「判決を委ねロ。ラプラスの魔ニ」
 味方の影から飛び出るヴェルセアに、虚構の空間へと招き入れられたドリームイーター。
 躱した一撃は幻で、安堵していた胸許に真実の刃が突き立てられた。

●参
 幾度となく響きわたる悲鳴に耐え、身を貫かんとする黒髪をも受け止めて。
 ケルベロス達は着実に、ドリームイーターを追い詰めていた。
「……その歌声も髪も、呪わしさがとてもいい……心地よい、故に祟り尽すまで……蝕影鬼、祟り掛けるぞ……その身に怨恨宿りて、呪い穿つ……祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ!」
 こくんと頷くビハインドが、ドリームイーターの行動を制限しているうちに。
 呪力を注いだ大きな杭を、イミナは何度も何度もその腹部へと打ち付けていく。
「セスルームニルで一輪摘んで、枯れる頃にはつぼみが七十七」
 前列のメンバーを覆ってしまうほどに、ヴァナディースの花々の幻影を召喚する右院。
 七色の輝きが、厄介な石化のバッドステータスから皆を解放した。
「レオ、もうちょっとだから耐えるのよ!」
 励まされてウイングキャットは、やけになりかけていた自分を律して爪を立てる。
 安心したリリィは、オーロラのような光で後衛陣を包みこんだ。
「大丈夫。喰らうとほんの少し、痺れるだけだ」
 手製の手榴弾を投げると、シヲンは体当たりから戻ってきた相棒とともに伏せる。
 命中したのちに、眩しい閃光と強烈な電撃がドリームイーターへと襲いかかった。
「タネも仕掛けもございます! う~ら~め~し~や~ってね」
 グラビティ・チェインを籠めた煙草の煙から、幽霊の描かれた掛け軸を生成。
 フリードリッヒは、抜け出すように実体化した幽霊型の使い魔に攻撃を命じる。
「キモチワルイ髪だナ……」
 反撃に伸ばされた髪を如意棒で絡めとり、そのまま引っ張って大接近。
 得物を振りまわして、ヴェルセアは打撃を繰り出した。
「僕達は負けないよ。今度は楽しい夢を視てほしいからね。血に応えよ――天を喰らえ、雨を喚べ。我が名は天喰。雨を喚ぶ者」
 己の定めた範囲内の気体から直接、ドリームイーターの気道内へと水塊を生成。
 雨生の容赦ない攻撃に、意識は溺れるように沈み込んでいく。
「あなたの生命、無駄にはしません」
 降魔の一撃で穿った背中から、バトルガントレットを填めた左手が心臓を鷲掴んだ。
 その手のなかでとどめを刺して、奪った魂を喰らうあかね。
 残った肉体は淋しそうな表情を浮かべながら、ばらばらと消滅していった。

●肆
 依頼を完遂し、ケルベロス達は胸を撫で下ろす。
 バイオガスも徐々に晴れて、夏の夜の蒸し暑さが戻ってきた。
「うん、楽しいドリームイーターだったねぇ」
 愛用の礼服をぱたぱたと整えて、フリードリッヒは笑みを零す。
 息を整えると、率先して駐車場をヒールし始めた。
「私達も手伝うわ。夜ですし、修復はこっそり静かに済ませましょう。それにしてもレオ、怖いのによくがんばったわねv」
 腕のなかへ飛び込んでくるウイングキャットの頭や背中を、いーこいーこしてあげる。
 相棒の精一杯の活躍を、リリィは心底ねぎらった。
 ファンタジーになった駐車場をあとにして、ケルベロス達は被害者の家を訪ねる。
「夜分恐れ入ります。私達はケルベロスです」
 インターホン越しにあかねが名乗ると、解錠する音のあとに親子が扉を開けてくれた。
 玄関の明かりに、着物の裾に描かれた白の蝶柄が鮮やかに浮かびあがる。
「幽霊は俺達が倒したからね。もう怖くないよ」
 ひとしきり事情を説明してから、少年と視線の高さを合わせて表情を緩める右院。
 少年はありがとうと笑い、ケルベロス達とハイタッチをして別れた。
「なァ、ウイ。ちょっと聞くガ、なんで夏に『カイダン』なんダ? このクニの定番には詳しくなんダ。ああいうのがウケるのかねェ……」
「んー? お盆には先祖の霊が帰ってくるからじゃないのか? それに、怖い話って寒気がするだろ? だから夏にするんだよ、多分」
 ヴェルセアと雨生は、同じ旅団に所属している顔見知り。
 はっきりとは識らない感じの返答に、成程ナ……と納得したように首を縦に振った。
「しかシ、黒髪ってのはセクシーでいいもんだと思ってたガ……なるほどあぁも振り乱してると気味が悪くもあるカ。あァ、その髪を揶揄してるわけじゃねぇゼ、イミナ。アンタの髪は艶があってなかなかのもんダ。もうちょっとヘアスタイルを工夫してもいいと思うがネ」
「……こうか?」
 なんていうヴェルセアの突っ込みに、イミナは黒髪の長髪を右手に掬ってみせる。
 けれどもイミナ的には別によくも悪くもなくて、すぐに手を離した。
「さて、約束したからな。着いたらアイスを買いにいこう、ポラリス」
 戦闘時にはボクスドラゴンにたいして厳しい態度を見せたシヲンだが、実は甘々。
 ぷきゅぷきゅ喜ぶ相棒と、なんのアイスがいいかと相談するのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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