ミッション破壊作戦～黄泉路へ続く回廊

■リプレイ

●命を燃やす戦い
　福岡県北九州市。
　大建造期を経て復興を遂げた九州地方の大都市の１つ。その上空より降下地点を見降ろして、レギンヒルド・カスマティシア（輝盾の極光騎・e24821）は喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
「北九州市……。今度、ゆっくり回って写真とか撮りたいなって思ってたけど……」
　その北九州市に脅威の種を撒いたのは死神。そして、彼らが暗躍するきっかけを作ってしまったのは、かつての自分達でもある。
　冥府の使いと戦乙女。引き上げと選定の違いこそあれ、デウスエクスだった頃のヴァルキュリアがやっていたことは、死神の行いと大差ないものだったのかもしれない。
　だが、だからこそ、ここでしっかりとけじめをつけさせてもらおう。観光を楽しむのは、それからでも遅くないはずだ。
「ふむ……。随分と長きに亘ってこの地に居座っていたようだが……もういいだろう」
　そう、クオン・ライアート（緋の巨獣・e24469）が呟いたところで、他の者達も一斉に頷き、ヘリオンから身を躍らせた。
　戦いの前に、これ以上の言葉は要らない。そんなものがあるならば、それは全て、グラディウスへ込める想いとして使えばいい。
「ここは『死』を玩具にし撒き散らす、貴様達の居座っていい土地では、無い！　我は巨獣！　この地に蔓延る……死の空気を打ち壊し！　今を生きる……この星の民の明日を守護する！　緋の巨獣なり！！」
　クオンの名乗りと共に輝きを増すグラディウス。そんな彼女もまた、かつては死を司り選ぶ側の存在だった。
　しかし、それでも今は、この地球を守りし番犬の一人。そして、生と死に関わって者だからこそ、それを悪戯に弄ぶ存在は許せない。
「さあ退場の時間だ死神共！　今こそ、この北九州の地を……我らの元に返して貰うぞ！！」
　光の障壁にグラディウスの切っ先が突き立てられた瞬間、凄まじい爆発が周囲を遊泳していた怪魚型の死神を吹き飛ばした。その勢いが収まらない内に、続けて叫んだのは村雨・柚月（黒髪藍眼・e09239）とウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）の二人。
「デウスエクスの攻撃を受けてなお、人々は立ち上がり、活気ある街を再び作り上げた……。そんな希望と未来に満ち溢れた場所を、また壊そうとする奴らがいると聞いて黙ってられるか！」
「復興した北九州を、また荒廃させるわけにはいきません！」
　この地に住まう人々の希望。ようやく復興させた地を、再び蹂躙させぬために。二人よりも先んじて降下していたレギンヒルドが、まずは一撃を叩き込み。
「この町を復興させた住民だけじゃない。この町に観光に来る人達のためにも、北九州市を死神に渡したりなんて、絶対にさせはしないわ！」
　再び巻き起こる爆風。強襲型魔空回廊を破壊するには至らなかったが、それでも繋ぎとしては十分な威力。
「それも、過去デウスエクスの侵攻から人々を守ったであろう、ケルベロスを手駒にしてだと！？　人々の生活だけでなく想いまで踏みにじる所業は絶対に許さない！　俺が、今この手で終わらせてやる！」
「人々を守るため！　悲しき騎手に引導を渡すため！　死者を冒涜する魔空回廊は私の魔術の全てを込めて打ち砕きます！！」
　柚月とウィッカも、その流れを途切れさせることなくグラディウスの刃を叩き付ける。かつて、この地を守るために戦い、そして散っていった同胞。その魂が、未だ敵の手駒として捕らわれていることに、憤りの感情を隠すことなく。
「死神とはいえ北九州を護り散っていった元ケルベロス……。それが死神の道具としていまだに良いように使われて、護ってきた地を攻め荒らすだなんて、悲しいし悔しいのだ……」
「ケルベロスにとって、敵の手駒になって、同僚と戦わされるってのは、屈辱だよな。そんなもんがよ、ここに有っていい訳、無いよな？」
　ミリム・ウィアテスト（リベレーショントルーパー・e07815）の言葉に、水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）の問い掛けに、答える者は存在しない。だが、それでも彼らは止まらなかった。絶対に許せぬものが何か、本当の敵は何なのか、それを知っていたからこそ、止まれなかった。
「今日限りで同胞の安息を！　この地の平穏を！　両方纏めて返してもらうよ！！」
「散っていった仲間、守れなかった戦友をこれ以上、辱めるこのミッション、終わらせる！　我流剣術、鬼砕き！　死者を縛る門、ここで断つ！」
　先程の爆風に連鎖する形で、障壁の周りで起こる大爆発。その度に、周囲を回遊していた怪魚型の死神達が飲み込まれ、歯軋りにも似た不快な雄叫びを上げて散って行く。
「よく聞け死神共。生命というのは基本一つしかない……。人は、あるいは動物は、一つだけの生命を燃やし尽くして一生と成す。脆く儚いが、なればこそ生命の輝きは美しいのだよ」
　そんな死神達へ向けて、ワルゼロム・ワルゼー（枢機卿・e00300）は降下しつつも淡々と告げた。決して激しい口調ではないが、その心に秘めたる想いは本物であり。
「命ってなぁ、使い切ったら終わり、回収出来ねぇチップなんだよ。ソイツを何度も使おうとしたり、終わったプレイヤーをまた場に引き出すってのはルール違反だ」
　不敵に笑う、卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）。イカサマもギャンブルの醍醐味だが、それは相手に読まれずに行って、初めて意味を成すものだ。こうも堂々と、しかも命という希少なチップをリサイクルしようなど、チートが過ぎて呆れて来る。
「一回ポッキリ、テメーとオレで命のやり取り、逃げんじゃねぇぞ！」
　己の命、全てをチップにしてこの戦いに賭ける。泰孝の投げ付けたグラディウスの刃が凄まじい爆発を巻き起こし、それが収まり切らない内に、ワルゼロムが駄目押しの一撃を叩き込んだ。
「その輝きを汚す汝等の罪はあまりにも重い。ああ、生命を弄ぶ愚か者共、我々地獄の番犬の裁きを受けよ！」
　回遊する怪魚型の死神達が次々に吹き飛び、そのグロテスクな残骸が爆風に紛れて宙を舞う。怒涛の如く降り注いだケルベロス達の攻撃を前にして、死神の設置した強襲型魔空回廊は、それを守りし光の障壁と共に爆散していた。

●呪縛の騎士
　強襲型魔空回廊を破壊した爪跡の残る、ミッション地域の中心地。周囲に転がる死神達の残骸を横目に、柚月は思わず拳を握り締めて高々と叫んだ。
「よっしゃあ！　後はお前らに引導を渡すだけだ！」
　気が付けば、そんな彼の視線の先には、生き残りの死神が姿を現している。
　怪魚型死神、ネオスチルス。古代魚か、もしくは深海魚を思わせる不気味なフォルム。堅牢な鱗と鋭い牙を武器とする敵だが、現れたのはそれだけではない。
「やれやれ……。戦って死んだ同僚と刃を交える事になるとは、な」
　ネオスチルスの後方に控える、青白い炎を纏った騎士。その姿に、なんとも言えぬ思いになって、鬼人は大げさに肩をすくめた。
　死神の手駒と化した青白き騎手。その前の姿を、鬼人は知らない。だが、それでも同じケルベロスとして……否、地球に住まう者として、死後も魂を利用され続けるというのは、見ていて気持ちの良いものではない。
「キキ……キュル……キュル……」
　古びたテープが巻き戻される時のような奇声を発しながら、ネオスチルスが向かって来た。どうやら、完全にこちらを敵と認識したようだ。
「悪いが、先手必勝だ。テメーの結果はコイツで決めるぜ」
　ネオスチルスの向こう側。後方に佇む青白き騎手へと、泰孝はダイスを投げつける。
　六面全てが、六の目の賽。誰の手で投げられようとも、下される裁定は獣の数字。だが、その判定が青白き騎手へと届く前に、巨大な怪魚は滑るように身を躍らせて、頑強な鱗で賽を弾き返した。
「やはり、守りに回って来るか。ならば……！」
　これ以上、守りを固められる前に、その全てを打ち砕く。クオンの紡ぐ寂寞の調べ。北九州市の地にて失われた者達の面影を纏い、ケルベロス達は一斉にネオスチルス目掛けて攻撃を仕掛ける。
「まずは足を止めさせてもらいます」
　散開する味方にネオスチルスが気を取られた瞬間、勢い良く大地を蹴ったのはウィッカだった。
　真横から怪魚の身体を蹴り飛ばせば、衝撃が脚を通して敵の鱗を飛散させる。悶絶してのたうつネオスチルスを前に、続けて柚月が青き清流の如き色のカードを抜き放ち。
「死を食い散らせ！　水龍！　迸る青の奔流！　顕現せよ！　アクアスプラッシュ！」
　空気中の水分を集結させて生み出した激しい水流。それは瞬く間に猛々しい竜の姿へと変わり、流れのままに怪魚へと食らいつく。それだけでなく、全身を敵の身体へ撒き付けたところで、ミリムの放った冷凍光線が直撃した。
「やったね！　大成功！」
　水に纏わりつかれた状態で急冷されれば、当然のことながら液体は瞬時に凝固する。氷の渦に巻かれたネオスチルス目掛け、今度は鬼人が空の霊力を帯びた刃で斬り掛かる。
「悪いな。まだ、終わりじゃないんだ」
「ギ……ギィ……！」
　衝撃で氷像が砕け散ったが、それでもネオスチルスの鱗は未だ凍結したまま。鬼人の抉るような斬撃が、傷口そのものを凍らせているからだ。
　だが、ネオスチルスを凍らせたのも束の間、唐突に飛来した凄まじい烈風が、正面にいた者達をまとめて薙ぎ倒した。
「……っ！？　ゲイルブレイドね……」
　風圧に倒れまいと足を踏ん張りながら、レギンヒルドが片腕で目元を庇いつつ言った。
　死神と化した青白き騎手。生前は、地球人のブレイズキャリバーだったのだろう。鉄の塊に等しい剛刃を振るい、剣圧だけで相手を粉砕する技は、その死後も健在ということか。
　このままでは、こちらの攻撃が削がれてしまう。すかさず薬液の雨を降らせて仲間達の傷を癒すレギンヒルドだったが、その隙を突き、今度はネオスチルスが鋭い牙の生えた口を開けて襲い掛かって来た。
「大丈夫か？　今、フォローに回る」
　敵の牙が泰孝の腕に食い込んだのを見て、ワルゼロムが魔法の木の葉を飛ばす。シャーマンズゴーストのタルタロン帝に牽制を任せ、鋭い爪で泰孝に食い付いたネオスチルスを吹き飛ばさせる。
「問題ない……と、いいたいところだが、なかなか効くな。ハイリスク、ハイリターンな戦いは嫌いじゃないが……」
　腕に残る傷跡を押さえながら、泰孝が不敵な笑みを浮かべた。100％作戦通りとはいかなかったが、だからこそ面白い。
　生と死の狭間で、互いに激突する番犬と死神。呪縛に捕らわれし魂を解き放つ戦いは、まだ始まったばかりだ。

●在るべき場所へ
　かつて、己が命を掛けて守りし土地で、人々の敵として蘇った戦士。死神によってサルベージされた青白き騎手は、その力だけで見れば、生前にケルベロスであった頃よりも強化されていたのかもしれない。
　振り下ろされる大剣が、クオンの手にした長剣と激しく激突して火花を散らした。武器の大きさと勢いの差。それらに押されてクオンの身体は軽々と吹き飛ばされ、近くにあったコンクリート塀に激突したが。
「ふん、どうした！　その程度か！」
　崩れ落ち、瓦礫と化した塀の中から現れたクオンは、微動だにせず青白き騎手を見据えていた。
　ふと、横をみやれば、既にネオスチルスは息の根を止められている。その身に残る無数の傷跡は、幾重にも重なるケルベロス達の猛攻を受け、徹底的に駆逐されたということが見て取れた。
「戯れはこれまでだ。……行くぞ」
　ワルゼロムの放った御業が騎手の身体を鷲掴みにして動きを封じれば、それは終わりが始まる合図。死してなお、この地に縛られ存在を利用され続ける、哀れな戦士への弔いを。
「チェックメイトだ。逃がさねぇぜ」
「オーライ、オーライ……ファイア！」
　泰孝の構えたライフルから冷凍光線が発射され、それに続けてミリムの操る軍事衛星が、超高々度からの衛星射撃を叩き込む。瞬間、巨大な爆風が辺りを包むが、その中心にいる青白き騎手は、巨大な剣を杖代わりにして辛うじて立っていた。
　さすがは、元ケルベロスといったところだろうか。ならば、こちらも出し惜しみはせず、全身全霊で当たるのが礼儀というもの。
「黒の禁呪を宿せし刃。呪いを刻まれし者の運命はただ滅びのみ」
　呪言の刻まれし魔剣を突き立て、致死の呪いを撃ち込むウィッカ。広がる禁呪は敵の肉体を内部から蝕み、果ては精神までも侵食し。
「さあ終わりの時間だ……」
　長剣を掲げてクオンが告げれば、そこに宿りしは太陽の輝き。熱く輝く刃を振り降ろさんと迫れば、続けてレギンヒルドも極北のオーロラと吹雪を招来し。
「廻れ、廻れ廻れ廻れ！　楽園の太陽よ！！　この地に蔓延る『死』を焼き払い、命溢れる明日を照らせ！」
「遥か凍てつく氷星の夜空よ！　我が敵をその月白の腕で抱き給え！」
　騎手を中心に、激しくぶつかり合う赤と青。その様は、さながら日輪と氷星の織り成す二重奏。
「最後に、誰かへ伝えたいことはないか？」
　既に勝敗は決したことを察し、鬼人が青白き騎手に尋ねたが、騎手は何も語らなかった。
　虚ろな瞳が見つめる先は永遠の闇。既に人としての記憶はおろか、心まで失ってしまったのか。
　ならば、今の自分達にできることは、ただ一つ。あの騎手を、在るべき場所に帰すのみ。
「死を司る者に、永遠の終わりを！」
「我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ！」
　柚月と鬼人の斬撃が、哀れな騎手の身体を斬り飛ばす。最後に、その身を霧散させる騎手の口元に、微かな頬笑みが浮かんだような気がした。

●帰還
「終わったか……。これで、この地も解放されたな」
　破壊された強襲型魔空回廊の跡地を前に、柚月はグラディウスを握り締めて天を仰いだ。
「うん、そうだね。でも……」
　そこまで言って、ミリムは静かに言葉を切る。死後、己の信念を歪められ、利用されてしまった青白き騎手。この地が解放されると共に、彼の者の魂もまた、今度こそ解放されたのだろうか。
（「元々、この死神達が出てきたのは私達の責任でもあるのよね……」）
　かつて、ヴァルキュリアとして死者の選定を行っていたレギンヒルドもまた、複雑そうな表情で視線を落とした。
「……俺達も、もし死んだらあんな風にサルベージされて、あの場に立つことになるのかな？　考えたくないが、そん時は……」
　何ら遠慮せず、ひと思いに消して欲しい。首に下げたロザリオに手を添えて呟く鬼人の言葉に、反対の意を述べる者は、この場に誰もいなかった。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年8月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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