れ・い・と・う・み・か・ん・!

作者:藍鳶カナン

●魅惑の果実
 渓流のせせらぎが涼を唄う。
 清らな水辺の風が遊ぶ渓流のほとりには古風な日本家屋が佇んでいて、渓流の水面に竹で組まれた川床へ出られるようになっていた。広々とした川床へは大きな樹が梢を差しかけ、優しい緑陰と木洩れ日をゆうるり揺らす。
 お客様に寛いでもらうセッティングは完璧。
 忙しない日常から解放されたお客様の喉と心を潤す冷たい美味の準備もばっちりだった。寧ろそっちがメインだった。その冷たい美味は、
「誰だって大好きなはずなのに!」
 遠い蝉の声と水音だけが響く川床で、甚平姿の男が心から叫んだ。
 少なくとも彼はそう信じていた。だからこそこの店を開いた。
 涼風と水飛沫躍る渓流の水面に組んだ川床、そこで寛ぎ、冷たい美味に手を伸ばすのだ。もちろん彼もそうした。だって在庫いっぱいあるから。
「ああ、魅惑の橙色に白い薄氷をひんやり纏ったこの果実!」
 凍れるそのままで小気味よいシャリシャリ感を満喫してもいいし、川床から手を伸ばして水の流れにちょっと浸して、瑞々しく溶けかけたところを堪能するのもいい。いずれにせよ冷たい果汁が口の中に迸って至福で満たしてくれるはず。
「誰だってこの幸せを見過ごせるはずがないのに! 宣伝も看板もなくたってみんな気配で察してくれると思ったのに! みんな冷凍みかんへの愛が足りないよ!!」
 そう、ここは渓流の川床で冷凍みかんを楽しむ店だった。
 宣伝どころか看板すらなかったため誰にも気づかれず、人知れず潰れてしまった店。
 流石の彼も後悔した。
「せめて看板は出すべきだった……!」
 だが、それゆえに。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 忽然と現れたパッチワーク第十の魔女・ゲリュオンの鍵で心臓を穿たれ、彼は倒れ伏す。
 奪われた『後悔』からは彼に似た背格好のドリームイーターが誕生し、そして――。

●れ・い・と・う・み・か・ん・!
「勝手に営業再開しちゃうんだよね。渓流の川床で冷凍みかんを楽しむお店」
「れ・い・と・う・み・か・ん……!」
 予知を語った天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)がそう続けたなら。
 竜しっぽをぴこぴこぴっこーんと反応させた真白・桃花(めざめ・en0142)の瞳に初めて恋を知った乙女のごとき光が燈った。どんだけ好きなのか。
 まあ僕も好きだけどさ、と対抗するよう付け加えた遥夏はケルベロス達を見渡して、
「店主さんの『後悔』を奪った魔女は既に姿を消してるけど、その『後悔』から現実化したドリームイーターをあなた達に撃破してきて欲しいんだ」
 意識不明の店主さんもそれで目を覚ますから、と願った。
 ところで。
 家庭でも作れてしまう冷凍みかんだが、店主があれほど自信満々であるからには、みかんそのものも最高級、冷凍技術も最先端のものを用いた極上の冷凍みかんに違いない。
「ああん、これを見逃すのは惜しすぎるの~!」
「だよね。場所も心地好さ満点だろうしさ、あなた達がこの川床での冷凍みかんを楽しんでくれるなら敵との戦いも楽になるよ。他に誰も来ないよう避難勧告も出しとくし」
 夢見る桃花の言葉に『他にも冷凍みかん好きなひといるよね?』と遥夏は楽しげな笑みを覗かせ、皆へと訊いた。
 到着次第すぐ戦いを挑むことも可能だが、客として入店し心から冷凍みかんを楽しめば、ドリームイーターは満足して戦闘力が落ちるという話。
 満足させてからドリームイーターを倒せば、目覚めた店主の後悔も薄れ前向きな気持ちになれるのだとか。
 この場合、会計を済ませた後ドリームイーターも店の外に出てお見送りしてくれるので、広い屋外(渓流の方でなく、店主が『きっとお客さんが詰めかけるはず!』とうっきうきで駐車場代わりに用意してた更地)で戦えるという利点もある。
 肝心なのは『心から』楽しむこと。
 楽しむふりでは通用しないから、ここは冷凍みかんが大好きなケルベロス達で向かうのが望ましいだろう。
「ふふふ~。戦いの前だけどみんなでのんびり過ごすの絶対幸せなの~♪」
 渓流の水飛沫が涼風と木洩れ日に遊ぶ場所。
 夏の午後の時の流れはきっと、心地好い気怠さに満ちた緩やかさ。心の鍵も枷も解いて、ゆったりおしゃべりでもしながら極上の冷凍みかんを楽しめたなら。
 幸せ満開なの~と桃花が夢見るような瞳で笑んだ。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)
ルソラ・フトゥーロ(下弦イデオロギー・e29361)

■リプレイ

●れ・い・と・う・み・か・ん・!
 夏という題の絵を見るようだった。
 鮮やかな青空には真白に輝き大きく湧き立つ入道雲、天から容赦なく照りつける陽射しは夏山の濃い緑だけでなく大地も大気も輝かせ、気温だけでなく、
「まさに! れ・い・と・う・み・か・ん・! 日和でありますよー!!」
「れ・い・と・う・みかーん! いえー! たのもー!!」
「冷凍みかんですー! うひょひょーい♪」
 営業再開中の店の前(更地)に立つルソラ・フトゥーロ(下弦イデオロギー・e29361)や華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)にリティア・エルフィウム(白花・e00971)のテンション爆上げ。どーんと店に突撃する皆に澄まし顔で続く花道・リリ(合成の誤謬・e00200)も、胸中は冷凍みかんで極上のひとときを満喫する自信に満ち充ちていた。
「ごきげんよう。最高の冷凍みかんを提供する店と聞いて来たわ」
『仰るとおりですとも! さあ皆様、川床へどうぞー!』
 飛びきりの笑顔(※モザイク)で偽物店主が皆を案内した先は、先程の炎天下とはまるで別世界のごとく涼やかな渓流の水面の上。
 明るい緑が軽やかに織りなす天蓋は沢胡桃の大樹の梢、優しい緑陰と木洩れ日がふうわり揺れる竹組みの川床を素足で歩めば竹の感触がさらりと心地好く、微細な水飛沫たっぷりの涼風に撫でられれば暑気疲れも吹き飛ぶよう。
 ああ、こんなに素敵な場所で。
 ――みんな冷凍みかんへの愛が足りないよ!!
 失意の店主(本物)はそう叫んだと聴いたから、
「そうか、冷凍みかんへの愛が足りなかったか……。気配で察せられなくて済まなかった」
「大丈夫ヨ、市邨ちゃん! 今こそ市邨ちゃんの冷凍みかん愛を見せて……!!」
 何処か芝居がかった風情でレプリカントの青年が哀しげに瞳を伏せれば、くすくす笑ったムジカ・レヴリス(花舞・e12997)も芝居がかった声音で彼を激励する。
 二人の様子にニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は瞬きひとつ。
「男連れとは……なかなかやるね、ムジカ」
「ニュニルさんは楓さんとマルコさん連れっすよ!」
 彼女と並んで冷凍みかんを食べる気満々でいたニュニルだが、流石にこの状況ではそれも野暮だろう。事前に相手へ意思確認するの大事。今日は仲良し楓と親友マルコ(※ピンクなクマぐるみ)に挟まれ両手に花といくべきか。
「さぁ早くありったけの冷凍みかんを! 早く!!」
「突撃奥地の冷凍みかん! この冷凍みかんマスターの私を満足させて貰いましょう!」
 迫力の美貌で偽物店主にずずいと迫るリリ! 威風堂々自信満々に控えめな胸を張る灯!
「ふふ、灯ったら張る胸も無いのに意地張っちゃって可愛いわね」
「――……いや、何でもない」
 妹とも想う少女を優艶な微笑で見守るオルネラに対し、シグリットが賢明にもツッコミを控えた、そのとき。笹の葉を敷いた竹籠にてんこもりの冷凍みかんが運ばれてきた。
 ああ!
 見るからに甘い橙色にひんやり涼やかな白の薄氷を纏った、果実の宝石……!!
「待ってました、冷凍みかん! ……って、あれ? ラーシュがいない?」
「元々冷凍みかん食べるならおそとで待機って話だよ、マイヤお姉ちゃん」
 瞳を輝かせたマイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)がふと辺りを見回せば、乙女テレビウムに待機をお願いしてきたプルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)が応え、其々白羽のボクスドラゴンと桃色ウイングキャットを待たせてきたリティアと灯も頷いた。マイヤの相棒も一緒だろう。情報確認大事。
 淡い緑に色づく梢の影に木洩れ日がきらきら踊って、渓流の苔むす岩に白く砕けて弾ける水の流れが彩る涼やかな世界、そこで珠玉の冷凍みかんを手に取ればひんやり溢れる冷気がリティアの掌や手首をふわりと撫でた。
「冷たさ飛びっきりですよー! ここ、めちゃんこ素敵なお店ですのにねぇ」
 宣伝どころか看板すら無く、誰にも知られず潰れたなんてもったいない。
 ほんのり溶けた皮をいそいそ剥けばひときわ甘やかな橙色が現れて、
「ほらほらカノン、瑞々しくて美味しそうですよー♪ あーんしましょう! お互いに!」
「えっ、ここで……? じゃあリティアにも、はい、あーん」
 思いきり瞳を期待に輝かせたリティアがみかんを差し出せば、人目が気になるのか仄かに頬を染めたカノンも凍れるみかんを彼女の口許へ。ひえひえみかんがしゃりっと崩れれば、冷たい果汁の甘さがたちまち身体の芯まで染み渡る。
 涼やかな朝靄みたいな白を纏うみかんを撫でれば、瑞々しく艶めく橙色が覗いた。
 指でつつけばパキリと割れた透明な薄氷が浮いて、
「――美しいわ」
「この氷触るのも楽しいよね!」
 木漏れ日に透かせば瞬く間に溶けゆく儚い薄氷にリリは眦緩め、マイヤは声を弾ませる。凍れる宝石が溶けるのを待つのももどかしく、一思いに皮を剥いたリリは三つに割った冷凍みかんを頬張った。
 口中に満ちるのはキンと凍える冷気。
 齧れば凍れる果実はしゃりっと崩れて甘く冷たい果汁を溢れさせ、身体の中を飛びっきり瑞々しくて爽やかに甘い涼気が流れていくかのよう。
「あまーい! 美味しいね……!」
「冷たさの後に広がるこの甘さ……格別に甘味を感じるのでありますよ……!」
 果実のつぶつぶ感があるからこその独特のしゃりしゃり感。アイスともシャーベットとも異なる食感と果汁の甘さにマイヤはぎゅうっと頬を押さえ、藍色ツインテールをぴょこんと跳ねさせたルソラも甘く冷たい余韻に浸る。
 一方、次々めいっぱい堪能中のリリは頬張ったみかんですっかりリスほっぺ。
「リリちゃん、ヘリオンの中で頭におみかん乗せてたくらいみかんを愛してるものネ」
「そうだった? 幻覚じゃないかしら」
「ふふふ~。わたしもひっそり目撃しましたなの~♪」
「桃花殿もとっても冷凍みかん好きっぽいのでありますが!」
 ふふと笑みを零したムジカの声に高飛車お姉様風にツンと顎をそらす(但しリスほっぺ)リリを真白・桃花(めざめ・en0142)が追撃。二つ目を剥いたルソラがみかんを半分こしてやれば、彼女の尾がぴこんと跳ねた。
「ああん、だって冷凍みかんの美味しさってば神の食べ物としか思えませんなの~!」
「冷凍みかんって聴いただけで幸せになれちゃうすごい食べ物だよね。見て、剥けたよ!」
 固く凍った冷凍みかんの皮はまるで美味しい果実を護る宝箱。
 宝箱を開けるのに四苦八苦していたプルトーネの顔にぱっと笑みが咲けば、綺麗に剥けた冷凍みかんにムジカと桃花がぱちぱち拍手。早速冷たい宝石を頬張ったなら頭よりほっぺに冷たさがツキーンと響き、
「冷たいー! でも幸せすぎる! 美味しいね!!」
「美味でありますよね! ルソラも御一緒するでありますよー!!」
 溢れる冷たいみかんの甘さにきゅっと目を瞑ったプルトーネが腰かけていた川床の端から足をぱたぱたすれば、透きとおる水飛沫がぱしゃぱしゃ跳ねて煌く様子に破顔したルソラも参戦、渓流に足で触れれば瑞々しい涼感が全身を翔け昇り、軽く跳ね上げれば透明な水滴が緑や木洩れ日を映して夏風に躍る。
「ほんと涼しくて気持ちいいね! 桃花は川床の経験ある?」
「お食事したことはあるけど、こーゆーのは初めてなの~♪」
「きゃー!?」
 涼風と景色の心地好さに笑みを咲かせたマイヤが訊けば、さりげなく竜尻尾の先を渓流に浸けていた彼女が冷たい水飛沫をマイヤへぱしゃり。煌く水滴と一緒に弾けたのは楽し気な笑み、渓流の風景やカノンとのツーショット自撮り写真をひっそり撮っていたリティアも、
「あっ! 水飛沫きれい! 水飛沫とかみんなの写真も撮りたいです!!」
 はしゃいだ声を咲かせて皆へ手を振った。
 小悪魔的なキメ顔でリティアの写真に収まったニュニルは、
 ――これは敵の弱体化の為に必要な行為なんだ。分かるね?
 と、まさか当の敵がいる前で滔々と語るわけにもいかないので、アイコンタクトで懇々と楓に説いてみる。
「大丈夫っす! 全身全霊で冷凍みかんを楽しむっすよ!!」
「ま、まあ合ってる……。こうすると違った食感が楽しめるよ。はい楓、あーん」
 一番肝心なところは伝わったので良しとして、凍ったままの冷凍みかんを堪能したお次は渓流に浸したみかん。溶けかけたその皮を剥けば瑞々しいぷるぷるみかんが現れて、
「ふおー! こっちもうまーっす!!」
「うん。素晴らしい味わいだね」
 口中でぷつんと弾けた果実が程好く冷たい果汁を迸らせる様に笑い合う。
 涼風を楽しむ風情で灯は、皆が冷凍みかんを食べる様子を興味津々に見つめていた。
 ほんとにマスターしたのか、と突っ込まれれば少女の肩がびくーんと跳ねる。
「マ、マスターしましたよ! パパとマ……両親と、新幹線の中で……一回食べた、から」
 遠くなってしまった日々の記憶。
 だけど両親と食べた冷凍みかんのぎゅっと甘い幸せは今でも鮮やかで。
「なら、今度は私とお兄様と灯の三人家族で冷凍みかん持って旅行にいきましょうか」
「だな、俺達の家族旅行の時は一回と言わず沢山食べさせてやろう。お腹は壊すなよ」
 ごく自然に語ったオルネラが素手で冷凍みかんを握り潰してジュースを作ろうとするのを取り上げ、シグリットが皮を剥きつつ言を継ぐ。
「……シグリットさん、剥くの下手っぴ」
 瞳の奥が熱くなってくるのを誤魔化すように冷凍みかんを頬張って、また食べたいですと灯は小さな声で今の家族に応えた。
 ――今度は列車の中で、お姉ちゃんと、お兄ちゃんと一緒に。
 冷凍みかんがぴとりと頬に触れたなら、思わず眼を瞠るほどの心地好さ。
「――あは、冷たい。ムジカにもお返し」
「きゃー! つめたーい!!」
 凍れる果実が纏う薄氷はあっという間に溶けて、冷たい滴が頬から顎へと伝った。
 冷凍みかんが初体験なムジカの少女めいた悪戯にへにゃりと笑った市邨がお返しすれば、南国の花にも煌くような笑みが咲く。冷凍みかんの味わいもこんな戯れも、渓流の涼しさも残暑に辟易する身には飛びきりの贅沢だ。
 渓流に浸していたみかんを掬いあげ、
「ムジカはしゃりしゃりみかん? ね、一口交換しよ」
「ええ勿論! どっちもめいっぱい味わってみたいワ」
 市邨が提案すればムジカに否やはなくて、凍れるしゃりしゃり感も瑞々しいつぶつぶ感も存分に満喫し、口中に溢れて身体中に満ちていく冷たく甘い幸せに心を浸す。
 この幸せを連れていきたいから。
「ね、クーラーバッグ持ってきたケド、お持ち帰りはできるカシラ?」
『御用意させていただきますとも!』
 訊いてみたなら、満ち足りたような笑顔(※モザイク)で偽物店主が応えてくれた。

●せ・ん・と・う・み・か・ん・!
 涼やかな渓流の川床を後にして、再び店の前の炎天下へ。
「とっても美味しかったの、ごちそうさまでした」
『ありがとうございました! またの御来店をお待ちしてまあぁぁっ!?』
 礼儀正しくぺこんとお辞儀したプルトーネへの店主の返事が妙なことになったのは、
「美味しかったワ! アリガト!!」
 ――と握手を求めるフリしてぎゅうっと手を握ったムジカが無理矢理彼を更地の真ん中へ引っぱりだしたから。できるだけ店を傷つけたくないという気遣いだ。つまり。
「ここからは戦いでありますよ、店主殿――いや、ドリームイーター!!」
 一瞬で意識を切り替えたルソラが三重の炎でぶいぶい言わせるべく幻影竜を解き放てば、
「いちまる、お待たせ! 全力でいくよ!!」
「待っててくれてありがとラーシュ! 援護お願い!!」
 即座に狙いを研ぎ澄ませたプルトーネの銃口から時をも凍らす弾丸が奔り、同じく確実な狙いで真昼の流星となったマイヤが空を翔けるのに呼応するかのように、金色のフォークを振りかざしたテレビウムと果敢にブレスを放つボクスドラゴンが飛び込んでくる。
「うーん、接客まで出来る敵なら倒す必要ないんじゃって気もするけど」
「デモ多分、お店にケチつけるお客さんとかには逆ギレしちゃうのヨ、こーゆー子って!」
 元の店主に頑張って欲しいしね、と笑んで馳せたニュニルが打ち込むのは鋼の鬼纏う拳、痛烈な一撃が偽物店主の甚平ごとその腹を穿てば、花咲くように鮮麗で、空の鳥撃つように鋭いムジカの蹴撃が敵を急襲した。
 愛想よく接客してくれていたのは、あくまでケルベロス達が望みどおりの客だったから。何しろ相手はデウスエクス、自分の意に反する客なら殺すことに何の躊躇いもないはずだ。そもそも客が来るのかというのはさておいて!
 次の瞬間、炎天下に迸ったのは冷凍みかん果汁のスプラッシュ!
 けれど敵の弱体化によりその威力は脅威というほどでもなく、癒し手の浄化を乗せた灯の西瓜っぽい流体金属の粒子の輝きが波濤のように前衛陣を包み込む。
「冷凍みかんの薄氷のごとき輝き……これで美味しくパワーアップ間違いなしですよ!」
「成程、私も輝きを足すとするわ」
 実を言えば前衛の頭数と灯がウイングキャットと力を分け合う身であるがゆえに超感覚に覚醒できた仲間は思ったよりも少なかったがさておいて、仲間の分まで浴びた果汁の甘さにひそり笑んだリリも星の聖域を描いて輝きを噴き上げた。
 リティアも白き光と清らな風でまっすぐ敵を見定める力を齎そうとしたが、今揮える彼女独自の技は味方に力を与える森の風でなく敵に麻痺を与える呪いの言葉だ。準備確認大事。
 ディフェンダーで立ち回るつもりが無意識にクラッシャーとして戦いかけてしまったし、攻撃手段も呪いの言葉にレガリアスサイクロンやシャイニングレイと列攻撃のみで、何だか思っていたのと違っている感じ。敵も弱体化し、灯と翼猫に支援してくれる仲間も加わったメディック達の回復では不足だという事態もまず無いだろうが、
「キュアが足りない時にはお手伝い頑張るですよ、灯さん!」
「はいっ! 頼りにさせてもらいますねっ!!」
 打てば響くような灯の声に笑んで、箱竜エルレに加護を注がれたリティアは天使の翼から聖なる光を迸らせる。
 戦闘態勢は万全ではなかったが、弱体化した敵が相手なら苦戦するほどでもない。
 だが流石に、忽然と宙に現れた自家用車サイズの巨大冷凍みかんは迫力だった。
「お中元かな? でもそんなの貰っても食べられな……あっ」
「偉いのよ、いちまる!」
 思わず足が止まるニュニルを突き飛ばすよう庇ったテレビウムが巨大なそれをキャッチ。
「おっと、すぐ自由にしてみせますよー!」
 冷たくも神々しく輝く巨大冷凍みかんが小さな護り手を潰すより速く、灯が真に自由なる輝きを注ぎ、彼女と並び戦う桃色翼猫アナスタシアが羽ばたきで援護する。
「焼きみかんとかできないかしら」
「美味しそうよネ、焼きみかんも!」
「御二人とも、攻撃するのはその巨大冷凍みかんでなく偽物店主でありますよ!!」
 透ける御業から業炎を撃ち込むリリも緋の戦舞靴に炎を噴き上げた蹴撃を見舞うムジカも勿論わかっているだろうが反射で突っ込んでしまいつつ、ルソラは炎の連撃に氷結の螺旋を重ねて更にドリームイーターを追い込んでいった。
 急所を貫くプルトーネの凍結光線、余裕を見て灯が叩き込む大器晩成撃。
 輝くリングのごとく首に燃える地獄の炎を得物に宿したマイヤのブレイズクラッシュ。
 幾重もの炎と氷で急速に命を削られていきながら、敵は癒し手達めがけブーメランの如く冷凍みかんの果実を放ったが、灯を背に庇ったリリが、
「仕方ないから、私が代わりに食べてあげる」
 受けとめた冷凍みかんをしゃりっと一齧り。
 嬉しそうだね、なんて誰かに突っ込まれたらツンと否定する心の準備は万全だったが、
「ああん、ツッコミ待ちの時はちゃんとそう言って欲しいの~」
「ツッコミなんて待ってないわよ真白!!」
 何かナナメなツッコミが来た!
「そうは言ってもカラダは正直なようだね、リリ?」
「とっても美味しいって顔してるワ、リリちゃん!」
「そ、そんなわけないでしょうっ!?」
 悪戯な眼差し交わしたニュニルとムジカは笑みを含んだ声音で紡ぎつつ、それぞれ流星と電光石火の蹴撃を敵に喰らわせる。リリの反駁はやっぱり何だか嬉しげだったが、後方から心底哀しげな声音が響いた。
「まさかそんな、ぱんちしたら弾けとんじゃうなんて……!!」
 旋回する冷凍みかんを齧ってみたかったプルトーネは、ぱんちで落とせるかなと思ったのだけど、ああ、何たる悲劇!
 戦術超鋼拳で相殺したら冷凍みかんが木っ端微塵になってしまったのだ!!
 哀しみとともに少女が放った時空凍結弾が偽物店主の眉間を撃ち抜く。
「マイヤお姉ちゃん、お願い!」
「う、うん! 任せて!!」
 旋回する冷凍みかん齧ったら美味しかったよとはとても言えず、マイヤはすべての想いを込めて地を蹴った。今のも、さっき川床で食べた冷凍みかんも美味しかったけれど。
 ――本物の店主さんに、諦めないで欲しいから!
 お店は潰れたけれど、後悔を取り戻した店主が前向きな気持ちになれたなら、また改めてこの店を始めようという気になるかもしれない。
 希望を掴むべく空に舞ったマイヤが敵へ贈るのは流星の煌き。
 穿たれた敵は渓流の水飛沫めいた煌きの粒子になって、何も残さずに散り消えた。

 いつか、お店が再開されたなら。
 ――その時にはお友達を誘って、また来るね。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。