千影の誕生日~森のお隣さん

作者:森高兼

 綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)はよく修行の瞑想を行う森の一つを訪れていた。敷物の上で正座して瞑想に集中できているかと言えば……そうでもない。
(「足音がします」)
 自分の誕生日が近かった昨年の今頃には、大勢で遊びに出かける提案に来てくれた人がいた。
(「シカでしょうか」)
 とっても楽しかった日を思い出すと、瞑想中なのに雑念がたっぷりになっちゃう。
(「いけません、このままでは森林浴に」)
 森林浴という単語が頭に浮かんだ瞬間、千影がある事を思い立つ。今日のところは帰り支度を始めることにして、その途中で木々の間から目撃できたシカと目が合った。

 暇がある者を募っていた千影の元に足を運んだケルベロスが、彼女から渡された墨で直筆の紙を見やる。訂正線が引かれた『ハイキング』の上部に控え目な字で『ピクニック』と書かれていた。
 サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)は紙を眺めながら静かに微笑んでいるようだ。
「本当に君らしいな」
「え、えっと……」
 平時では相変わらずの人見知りぶりのまま、千影が胸の前で両拳を握り締めて気合いを入れて告げてくる。
「私は修行のため、森に赴いて瞑想を行うことがあるのです」
 前振りの堅苦しさが何とも千影らしい。
「その、クマが出没の話を聞かない森も存じておりますので。少しばかり獣道を通りはしますが、とても落ち着く場所にご案内したいと思っております」
 千影の話だけを聞けば『ハイキング』のお誘い。ただ彼女が誕生日でご馳走が用意されるとなると『ピクニック』になる。サーシャの助言から急遽イベント内容の変更があったことが窺い知れた。
「……いかがでしょうか?」
 参加者は野生動物の気まぐれに期待しながら、こちらも食事や瞑想などで自由にすればいい。
 同じ場所で、同じ時を過ごす。それは何気ない日常の一幕だけど、きっと良い思い出になるだろう。


■リプレイ

●小さな宴
 獣道を進んで辿り着いた森の真ん中は、悠久の自然に満ちていた。周辺から動物の気配がする。ここは動物達にとって、まさに楽園のような森なのだろう。
 芹沢・響が花束を渡そうと綾小路・千影に声をかける。
「綾小路、誕生日おめでとさん!」
「ありがとう、ございますっ」
 初対面の者もいるためか、やや畏まって花束を受け取ってきた千影。常日頃より何かと気張っていると心が休まらないはず。まずは花の香りで緊張を解いてもらいたいものだ。
 次に、バラフィール・アルシクは自作の草木染めハンカチとハーブ入りクッキーを千影に手渡した。
「お誕生日おめでとうございます。その、たいしたものではありませんが……」
 ハンカチを大切そうに持った千影が、1歩前に出てくる。
「そんなことはございませんっ」
 すぐに慌てふためいて、3歩下がって2歩進んだけど。クッキーは食後のデザートなどに丁度いい。
 赤星・緋色は千影と手を取り合った。それから抱えている物を落とさせないように小刻みに振る。
「綾小路さん誕生日おめでとー、おめでとー! 次の1年もいい年になりますよーに!」
「ありがとうございますっ」
 一連のやりとりには大分慣れたらしく、千影が緋色の手が離れると丁寧にお辞儀してきた。変に畏まろうとも、やっぱり生真面目な部分は変わらない。
 イッパイアッテナ・ルドルフは良い場所を惜しみなく共有する千影に感謝していた。
「おめでとうございます!」
 動物達をびっくりさせないように、皆の厚意で照れ屋さんとなっている千影に小さな拍手を送る。
「あ、ありがとうございましたっ」
 最後の祝辞が済んでから、千影とサーシャは重箱を並べ始めた。
 緋色が準備を手伝って、持参してきたものを重箱の隣に置く。
「デザートは持ってきたよ」
「沢山あるのですね」
「地元の芋使ったやつ、色々だよ」
 重箱に旬の果物は入っていた。他はサーシャの用意した洋菓子が入っているのみで、品の種類が補われたことになる。
 各自に食器が行き渡り、皆は目を引かれたご馳走を取っていった。
「いただきまーす」
 緋色がおにぎりを頬張る。海苔に余計な味付けはなく、振られた塩加減が絶妙。白米の層を抜けて具の鮭に至れば、旨味と共に再び塩が口に広がってきた。とっておきの場所に案内されるまでに汗を掻いたから身に染みる。
「みんなで食べるとおいしーよね!」
 それもまた一つの調味料と言えよう。
「はい」
 ゆっくりとおにぎりを咀嚼していた千影は、顔を綻ばせてちょっと遠慮がちに首を縦に振ってきた。すっかり恐縮しちゃっている彼女なりに……精一杯の微笑みを浮かべたようだ。

●深緑の出会い
 千影達と後片づけをする前に、響は開放感と満腹感に浸っていた。
「美味かったぜ。ごちそうさん」
「お粗末様でした」
 腹ごしらえは終わって、それぞれが瞑想などをする場所を求めて移動していく。
 バラフィールは誰より早くに散策を行い、日陰で木の根元に座っていた。足を伸ばす彼女の足元には、丸まって寝るウイングキャット『カッツェ』がいる。
「昔はよくこうやって……日中を過ごしましたね。貴女が来てくれるまで、無力な自分をもどかしく思いながら……」
 それはカッツェに語りかけているみたいな独り言だったけど。尻尾が微かに振られても、自身が口にしたいからこそ呟きを続ける。
「今は……同じようで違う。無気力ではなく、穏やかな気持ちで過ごせる…………ありがとう」
 もう一度、カッツェは元の位置へと戻すように尻尾を揺らした。
 またぼんやりとするつもりだったバラフィールが、正面先から物音を立ててきたシカの親子と目だけ合わせる。陽光の差す一帯に草が群生していて、それの匂いに誘われたのだろうか。
 シカの親子はバラフィール達の薄い反応から、徐々ではありながらも接近してきた。さすがに息のかかるくらいの近距離までは来ない。
 楽な姿勢のまま、ほとんど身動きをとらないバラフィール。食事風景を観察できた後、しきりに耳を動かすシカの親子と見つめ合う。
(「少しでも気を許してくれているのなら、嬉しいですね……」)
 全ては事の流れに身を委ねて、不思議な邂逅は今しばらく継続となるのだった。
 動物達が舞い込んでくることには期待しつつ、響が瞑想に取り組む。
 ボクスドラゴン『黒彪』も箱座りして目を閉じてみるものの、実は瞑想じゃない。それすら短時間で飽きちゃって、響の服にしがみついて頭に到達する。
 木の枝から枝に移っていたリスは、黒彪と響を見下ろしてきた。付近に転がる木の実を拾いたいようだ。
 なるべくリスを驚かせまいと、響が何食わぬ顔でチラ見だけする。後は運に任せて、やんちゃな黒彪をすんなりと下ろしてやるため、前傾姿勢になって背中の上を滑らせた。
(「相棒と一緒に滑ったりしていいんだぜ?」)
 そんな風に思いながら、リスに関心を示す黒彪を見守る。
 リスは案外と肝が据わっていて木の上から素早く地面にやってきた。遊ぼうオーラを滲ませる黒彪に背は向けないで、木の実を頬袋に詰め込んでいく。
 一応距離を縮めてきたリスに、黒彪が近寄ってみた。
 響を囲んで黒彪と鬼ごっこをするように駆け回るリス。何周かすると……どこかに行ってしまった。
 リスと全然遊べなくて残念がっているから、響が相棒の頭を軽く叩いて慰める。
「他のエサを集めに行っちまったんだろうな」
 黒岩・白は動物の精霊を扱う者として『巫霊一体』の極致に達するべく、本腰を入れて瞑想中だ。こちらに駆けてくる動物がいるのに気づいて、内に熱意を宿す無気力そうな目を開く。
 姿を現したのは若干頬袋が膨らんだリスだった。敷物の端などに落ちているドングリを、許容量の超えていない頬袋に回収したいらしい。
(「本物の動物からも受け入れられるくらいにはならないとっスね」)
 修行の一環でリスにドングリを持っていかせようと考え、白が自然の一部になることを目指して深い瞑想状態に入った。警戒心の強い相手に、数多の生命を包み込む大樹のごとき存在感を放ってみる。
 やがて意識を現実に引き戻してみれば、目の前にあったはずのドングリが忽然と消えていた。
(「成功っスよ」)
 確かな手応えを感じて、この後の修行を順調に進めるために休憩をはさむ。
 不意に、頬袋を満杯にさせたリスは……白がいるのもお構いなしに、敷物の上を勢いよく横切ってきた。

●ふれあいは気まぐれに
 『動物の友』を発動しながらも他者の縁を考慮して、動物を遠巻きに眺めて楽しむ程度に留めていたイッパイアッテナ。大地の声を聞こうと、今度は全力で瞑想する。
 ミミック『相箱のザラキ』は蓋を閉めて正座していた。動物にも一見単なる木箱と認識させられるだろうか。
「おや」
 足音に耳を澄ませたイッパイアッテナが、猛進してくる3匹のウリ坊を一瞥する。親のイノシシを興奮させないのならば、今こそ能力を活かすべきだ。
 ウリ坊達は素直にもふられるのかと思いきや、木箱のふりをするザラキの背後に密集してきた。1匹は頭、もう1匹はお尻だけはみ出ちゃっている。ちゃんと隠れられるのは2匹までらしい。
「始めに様子を窺いたかったのですか?」
 イッパイアッテナがザラキの右に回り込んでウリ坊達に歩み寄る。手前にいる子の顎を撫でてやると、親に甘えるように鳴いてきて和まされた。
 ふと獣道の道中で千影と話した際の一言を思い出す。
『ザラキさんは相箱なのですね』
 呼び名の意味を、どこまで千影が理解できたのかは分からないけど。
 何となく気分を良くしているイッパイアッテナの掌に、意外と力のある鼻を押しつけてきたウリ坊。他の2匹も遅れて彼に迫ってくる。
 ザラキはあれから立ち上がろうとしていた。ウリ坊達が愛でられることに夢中な隙を狙い、そっと起立しておく。見送る際には主の後ろをついていき、手の代わりに蓋を振るった。
 川沿いをカレン・フェブラリーと歩きながら、園城寺・藍励が清冽な川のせせらぎに耳を傾ける。
「少し前にも、似たようなところに来たけど……こっちは、もっと大自然って感じやね」
 カレンは藍励を感心させた大自然との一体感を味わうために、両腕を横に広げて深呼吸した。マイナスイオン云々の難しい理屈などは関係ない。ただ森の息吹を全身に受け止めていく。
「うーん……気持ちいいね」
「そうやね」
 カレンの真似をしてみた藍励。散歩で森林浴に興じるのも悪くないけど、そろそろ2人並んで腰かけられる木陰を発見したいところだ。
 思うことは藍励と同じだったカレンは、希望条件と一致しそうな川辺の木陰を見かけた。
「あそこ、いいなぁ」
 藍励が実際にどうか確かめてみようとマットを敷いた。腰を下ろしてみれば、ふかふかの土と相性抜群で座り心地がいい。
「ここでいいやろか?」
「あいりが気に入ったなら決定だよ」
 隣り合って座り、カレンが藍励に微笑みかける。
「いつか旅団のみんなと一緒に来たいね」
「うん……皆、自由奔放やから、来てくれるかはわからんけどね」
 夢のような光景を想像して頷くと、藍励は目をつぶって視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。涼しい場所で身体を休め、森の匂いをかぎ、心が安らぐ音を聞いていると……眠くなっちゃいそう。
 リラックスしていて眠気に抗わないカレンは、大きなマットに仰向けで寝転んだ。振り向いてきた藍励に言葉を紡いでいく。
「……そういや、あいりってさ。動物は何が、好き……なの……」
 最後は小声になって尋ねた直後には、もう夢の中だった。
 今は伝わらないのを承知の上でカレンへの回答に、ウェアライダーの藍励が自身の基になっている種族を告げる。
「……猫、かな」
 突如、仲良しな2人に向かって飛び跳ねてきた2羽のウサギ。人にある程度は慣れているのか、体格の違いから寄り添うように並んでカレンの膝に前足を乗せてくる。そこに手頃な台の代わりがあったからだろうか。
 知らずの内ながらもウサギ達と触れ合えて幸運かもしれないカレン。いや、おやすみ中では無自覚だ。
(「カレンを起こすと……逃げられそうやけど」)
 鼻をひくひくさせてウサギ達に見上げられる藍励も、迂闊には動かない方が良さそう。
「うーん……」
 カレンの身動ぎに、ウサギ達はシンクロ評価の満点をあげたいくらい同時に高く跳ねた。着地後に一瞬硬直して、草むらに揃って飛び込んでいく。
 藍励がカレンの寝顔を見やった。まだ集合まで時間がある。もう1回瞑想することにして、彼女が目覚めるのを静かに待つのだった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月11日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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