秋を待つ水族館の深海魚

作者:奏音秋里

「気持ち悪かったわ……」
 帰宅早々呟いて、手を洗って口をすすぐ女性。
 やっととれた休日に、子ども達のリクエストで水族館へ行ってきたのである。
 だがしかし。
 娘に手を引かれ、深海魚コーナーへと足を踏み入れたのが間違いだった。
「うぅ……眼を閉じると想い出しちゃうじゃない……」
 硝子越しだが容赦なく接近してくる深海魚が、気持ち悪くて忘れられない。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 そんな女性に、魔女は大きな鍵を突き立て、感情を奪う。
 14本脚のドリームイーターが、漆黒の瞳で世界を見まわした。

「魚の顔って、可愛いと思わないっすか!?」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、笑顔で皆に問う。
 肯定する者もいれば、反対に「何処が?」と首を傾げる者も。
「それでまたドリームイーターが出現したんすけど、皆さんは深海魚のオオグソクムシってご存知っすかね?」
 ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)が、水族館のパンフレットを差し出してくる。
 開くと、展示している深海魚の頁に、写真が掲載されていた。
「戦闘場所は、女性の家から南に歩いて5分の公園がオススメっすね。家の周りをうろうろしているっすから、攻撃をしかけて誘き寄せてくださいっす」
 昼間だから照明の心配はないし、陽射しは寧ろ暑いくらい。
 誘導と平行して避難を呼びかけておけば、一般人を巻き込む心配もないだろう。
 また公園には、土管が1本と、座るとばねで動く蜜柑や檸檬の形をした遊具がある。
「攻撃は、丸まっての突撃と、口から吐く悪臭の2種類っす」
 ちなみに隙があれば、防御するときにも、だんごむしみたいにくるっとなるらしい。
「被害者は、家のなかに倒れているっすよ。よろしくお願いしますっす」
 ドリームイーターを倒せば、感情を奪われたヒトは意識をとり戻す。
 会うか会わないかは皆さんで決めてもらって大丈夫っすと、ダンテは手を振るのだった。


参加者
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
ドラーオ・ワシカナ(栄枯盛衰歌龍エレジー・e19926)
立華・架恋(ネバードリーム・e20959)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
ミン・クーワン(金色夜叉・e38007)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、2組に別れて行動を開始する。
 誘導組は、女性の家の近くでとても分かりやすい形状のドリームイーターを発見した。
(「しかしヒトというものは、いろんなドリームイーターをうむのですね……」)
 と心のなかで想いながら、沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)は妖精弓の弦を引く。
 瀬乃亜にとって、現時点での最優先事項は、ドリームイーターの注意を惹くこと。
 エネルギーの矢に心を貫かれ、なにごとかと誘導組の面々を視界に収めた。
「オオグソクムシちゃん。あたいのランスナイトとも遊んでやっておくれよぉ」
 葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が、続けて攻撃を仕掛ける。
 シャーマンズカードに念ずれば、氷属性の騎士のエネルギー体が召喚された。
 確実に誘導するためにも、いまは命中率重視でグラビティを放つ。
「これを可愛いと思うかは好き好きだから仕方ないけど、オオグソクムシ、目は可愛いと思うの。でも足元はあんまり可愛くないかなぁ……生き物はなんでも好きだけど、足がうじゃうじゃしている生き物は少し苦手。でも、あのつぶらな目は可愛いと思う! 深海生物自体も、面白い暮らしをしてる子が多いから好きだなぁ」
 大事なことは2回言って、アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は笑った。
 深海生物については、大好きな読書をとおして得た知識はある。
 けれどもまさか、こんなカタチで実物を観ることになろうとは、思いもしなかった。
「正面から見たらカッコイイと言えなくもないかも……けど、あまり裏からは見たくないわね。さあ、いらっしゃい。こっちの水は甘いわよ……あら? 水といえば、深海の生き物が地上にいて大丈夫なのかしら……」
 立華・架恋(ネバードリーム・e20959)も、隙を見せないよう皆と足並みを揃える。
 右に左に、ウイングキャットも澄ました顔で主のあとをふわふわ。
 疑問は、そこはドリームイーターだから……という旅団仲間からの突っ込みで解決した。
「あれは分類的に深海魚なのですね。初めて知りました。それはそれとして、ドリームイーターのサイズにもなるともはや『オオ』でも『ダイオウ』でもないですよね……マジンとでも称するべきなのでしょうか……」
 ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)が、微かに首を傾げる。
 周囲も仲間達も護らんと、ドリームイーターの突撃を可能な限り受け止めながら歩いた。
 フェアリーブーツで美しく舞い踊り、花びらのオーラを降らせる場面もあった。
 さて。
 目指すべき公園では。
「ケルベロスだよ、だよ! これから大きな虫のデウスエクスが来るの。皆、逃げてくれる? くれる?」
 仲間達が、一般人を避難させてくれている。
 公園内をまわり、アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)は事情を説明。
 茂みの影やお手洗いのなかも覗いて、ヒトも動物も、総ての避難を促していく。
 凛とした風が吹き抜ければ、誰もが礼儀正しく指示に従った。
「深海生物かぁ……デウスエクスにも突飛なカタチが多いが、こやつらも大概じゃよなぁ。グラビティ・チェインによる突然変異なのじゃろうか? 重力ってつくくらいじゃし、海底には濃いのが溜まっておるのやも? 簡単には行けないじゃろうが、組織の力でなんとか調べたりできんもんかのぉ……ううむぅ」
 愛用の『朝顔唐木染江戸扇子』をぱたぱたしながら、長い髭を上から撫で下ろして。
 ドラーオ・ワシカナ(栄枯盛衰歌龍エレジー・e19926)は、この事態について思案する。
 右手で立入禁止テープを引き、出入口に規制線を張っていった。
「あはは、グソクムシだってぇ。俺、アレを丸呑みしてるヒト、見たことあるよぉ。悪い夢からは醒めてもらわないといけないよねぇ? ここは危ないよぉー。逃げてぇー。はぁーい、危ないよぉ。逃げろぉー」
 ゆる~い声の主は、ミン・クーワン(金色夜叉・e38007)である。
 紫煙を燻らして、あれはなにで見たのだろうかと記憶を探り探り。
 テープの片側を持つ傍ら、出入口付近で一般人に避難を促していた。

●弐
 避難を完了させて暫くののち、ドリームイーターが公園へと足を踏み入れる。
 サーヴァントも含めて、無傷ではないが、全員が揃った。
 予め決めておいた戦闘に適した場所まで、アイリスが案内する。
「ううう……ダンゴムシは小さくて可愛いけど、これだけ大きいと、ちょっと……うわあ!? 近寄って来る! 来る!?」
 恐怖にも似た感情から、エアシューズで即座に大地を蹴るアイリス。
 跳び蹴りで、ドリームイーターの機動力を奪った。
「うぉぉわっ……わさわさ気持ち悪いんじゃーっ!?」
 ドラーオもその足に反応し、日本刀で緩やかな月の孤を描く。
 まるで近付くなと言わんばかりに、左前足を斬りつけた。
(「夢らしいドリームイーターといえばそうでしょうか。この暑さのなかで考えつくものとしては……ううむ、ヒトの心理の深さを感じます」)
 瀬乃亜にとっては先程までの延長戦だが、少し心理学的にも興味が沸いてくる。
 テレビウムが閃光を発している後ろで、オウガメタルからオウガ粒子を放出した。
 すると対抗して、ドリームイーターも悪臭を漂わせる。
「うっ……あまり長く嗅ぎ続けると、身体を壊しちゃいそうね! レイン、吹き飛ばして」
 土管の影に隠れる架恋だが、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させた。
 吹き飛ぶドリームイーターを余所に、ウイングキャットが前衛陣へと翼を羽搏かせる。
「さあ、私達に守るための力を!」
 アトリが自身の魔力から生成し、大空へと解き放った翡翠色の鳥の群れ。
 前列の仲間達を守護する盾となるために、ひとりひとりを包み込む。
「ノブレス・トレーズが一騎、山吹のウォーグ! メルゥガとともに参る!」
 名乗りをあげて、堂々と正面から仕掛けるウォーグとボクスドラゴン。
 ブレスに灼かれた傷へ、加速させたドラゴニックハンマーを叩きつける。
「すごくおっきいねぇ……それでいて太い、あはぁ。興奮するなぁ……」
 ミンの構えるアームドフォートの銃口が、ドリームイーターをロックオン。
 命中率150パーセント越えのレーザーは、その全発が命中した。
「おやおや。あたいも負けてらんないねぇ」
 見切りを避けるためにも、咲耶は先程とは異なる属性の攻撃を繰り出す。
 シャーマンズカードを用いた達人の一撃に、紫のツインテールが揺れた。

●参
 攻撃を受けるたびに放たれる悪臭は、自己防衛反応のひとつなのかも知れない。
 しかしそれがドリームイーターである以上は、野放しにしておくわけにはいかないから。
「もう大丈夫だよ。ドラーオさん」
 回復重視で動いていたアトリは、仲間達の体力をずっと気にかけている。
 魔術切開とショック打撃を伴う緊急手術で、ダメージを大幅にとり除いた。
「ここは水族館ではありません。公園です。A red rose is not a rose red flo. 無理はしないでくださいね、赤薔薇」
 相棒の凶器攻撃に隠れて、瀬乃亜も前衛メンバーの掌へと赤い薔薇の飴を出現させる。
 公園の方が動きやすそうで、いいものを観察できたのかもしれない……と、思った。
「さぁて、そろそろ疲れてきたんじゃないかぃ?」
 ドリームイーターの懐へ踏み込むと同時に、グラビティ・チェインを解放。
 得物に上乗せした破壊力を、咲耶は精一杯に叩きつけた。
「うえぇ……嫌な臭い。帰ったら身体洗わなきゃ」
 思わず鼻をつまんで、アイリスは眉を潜める。
 左手に遊ぶブラックスライムは鋭い槍を象り、ドリームイーターへと毒を注ぎ込んだ。
「そのハナモゲラな悪臭。丸ごとお返しするぞぃ? さぁ! さぁ! 龍の祭宴もたけなわ! いざ旅立て! 我らは潜む地の底に! 我らは集う天の柱に! 途切れぬ歌声星に載せ、祈りよ響け世界へ廻れ!」
 カラオケで鍛えたドラーオの歌い上げる龍歌が、地下深くのマグマを刺激する。
 局地的に起きる地割れを伝い、蒸気の龍が暗黒の奈落から蒼空までたち昇った。
「あはぁ! お熱いのは好きかなぁ? それじゃあ、気持ちよく逝かせてあげる! 八卦に凶、天には焔。行き着く先は天上楽土、快楽に溺れる常世の海。太極・通天神火柱!!
「全てを解き放て――ドラゴライズ・フルバースト!」
「貴方の罪を私が裁く。私の罰が貴方を救う」
 最期は、ミンとウォーグと架恋の連携攻撃。
 興奮の高まりとともに、ミンの体内に埋め込まれた魔導機構が発動する。
 詠唱を鍵として、ドリームイーターの足許へと灼熱の蒼き火柱を顕現させた。
 瞬時に距離を詰めるウォーグは、全身に竜を模した黄金のグラビティ・チェインを纏う。
 火柱の収束に合わせて、舞い踊るかのように徒手空拳の技を繰り出した。
 更に、天より降り注ぐ裁きの光がドリームイーターを呑み込み、景色ともども塗り潰す。
 審判の光が晴れたとき、ドリームイーターは完全に消滅していた。

●肆
 公園をヒールして、被害者の家へと向かうケルベロス達。
 呼び鈴を押すと、頭を押さえながらも、女性が出てくる。
「こんにちは。私達はケルベロスです」
 まずはウォーグとボクスドラゴンが、笑顔で自己紹介をして一礼。
 一部始終を丁寧に説明して、女性の状態を確認した。
「キヒヒ♪ 葛ノ葉印の便利な御札を貼っておいてあげよう。お代はサービスだよ」
 ばちぃんと音を立てて、咲耶は玄関扉の外側に細長い紙を貼り付ける。
 これからもご贔屓に……と、宣伝することも忘れずに。
「あなた達も心配だったよね。よくがんばったね」
 遅れて出てきた子ども達に眼の高さを合わせて、しっかりと褒めてやる。
 撫でられて、架恋の腕のなかのウイングキャットがにゃーと鳴いた。
 ちなみにウォーグと咲耶と架恋の3名は、同じ旅団に所属する仲間である。
「目を離した隙に、不思議なことが起きるかもね?」
 なんとなく頭痛が和らいだ気がするのは、アイリスがステップリズムを踏んだから。
 一行のイチバン後方で、こっそりと女性の無事に安堵した。
「あはぁ。ひどい目にあったねぇ? でも大丈夫。こんどは熱帯魚なんてどうだぁい?」
 これで落ち込んだり外出が億劫になったりしないよう、ミンも被害者を元気づける。
 どちらかというと子ども達の方が乗り気で、次のお出かけの計画を立て始めた。
「夢は夢ですから、忘れてくださいね」
 とだけ声をかけて、瀬乃亜は庭を見せてもらうことに。
 テレビウムに好きかキライかと問いながら、草花をひとつひとつ観賞していった。
「気持ち悪いと思う……でも、もしまた、見てもいいかなぁと思えたら……お子さんと観にいってみてね。きっと、興味深い世界だと思うから」
 語りたい衝動をぐっと堪えて、アトリは優しく微笑む。
 アトリにとっては好きなモノだから、好きになってくれるヒトが増えれば、嬉しい。
 それから十数分ほど親子と歓談をして、ケルベロス達は帰路に就いた。
「んがが、羽織に匂いが移ってしもうたか? い、いかん……婆さんに殺される!!?」
 ドラーオにとって、奥さんはどんなデウスエクスよりも怖い存在なのだ。
 ヘリオンを降りると、腰を労りつつも慌ててクリーニング店へと直行するのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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