星を呑む蒼天河

作者:宇世真

●晴れた夏夜の過ごし方
 満天の星空に足を浸しに行こう。
 掌に星を掬いに行こう。
 その沢は、地元の人々が夏場にこぞって遊びに行く、ちょっとした名所であるという。
 水は清らかに澄み渡り、流れは穏やかで、夜になれば鏡の様に水面に星を映し取るのだ。

「涼みに行くにも最適。ってな」
 ぴっ、と指を立て、久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)が楽しげに言った。
「沢辺や水底には青味を帯びた石が沢山転がってて、見た目にも涼しげでよ。晴れた晩には月や星の明かりで青く輝いて見えるとか。昼と夜とで一味違う景色を楽しめるって訳よ」
 どの季節でも美しい場所だが、中でも夏の景色は格別だ。
 例年、この時期になると水面に映る星空を眺めながら、星に願いをかける夏祭が催されていたのだが、デウスエクスの襲撃によってその美しい景観が破壊されてからというもの、祭は開催未定のままとなっている。
「月遅れの七夕祭ってぇと仙台のが有名だが、旧暦に則って8月に七夕行事を催す地方は結構あるもんで、ここもそんな地域の1つでな。『青石』を短冊代わりに、願いを込めて懐に忍ばせたり沢の流れに託したりするんだと。だが――このままじゃ祭も流れちまうし、何より祭事をそこで行うくらい沢を愛する地元の人達が悲しむと思うんだよな」
 そこで、ケルベロス達の出番という訳である。
「お前さんらにしか出来ない仕事だ。ヒールでの修復を頼めるか? 元通りにすんのは無理でも、その場所に安心して人が足を運べる様になれば、祭はまた開催できる」
 何なら祭の準備を手伝って、そのまま、星を呑む沢の景観共々楽しんで来るのも良い。
「屋台が立ち並ぶ様な賑やかな祭じゃねーけど、そこはまあご当地の慣習に倣ってゆっくりすんのも良いんじゃねェかな。願いを込めた青石は沢に託すっつーか、還すのが主流だが、贈り合ったり持ち帰る事もできるらしいぜ。流れに託す方法も特に決まってねェそうで、そっと戻すも、願いが天に届く様に鏡映しの星空へと投げて還すもOKだとさ」
 最近では、平たい石を選んで水面に投じ、水切りで跳ねた回数に願かけ、未来を占う者も居るという。その位の、乱暴にならない範囲の賑やかしならばむしろ歓迎されるだろう。
「青石にも色んな形や模様のがあっから、あれこれ見繕うのも楽しいかもなー」
 明るい内に沢辺をヒールして、石を選んで、夜は祭と――。
「行ってらっさい。皆の力を必要としている人々が、待ってるぜ!」
 祭と聞けばいつも自ら率先して飛び込んで行きたがる縞迩のそんな言動に、ザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)は怪訝そうに首を傾げた。
「……縞迩殿は顔を出さんのか?」
「や、俺はほら。静かな空間とか、あんま向いてないし。溶けちゃうし」
「そうか。……だが、案ずるな。縞迩殿の分まで皆としっかり務めを果たして来るぞ」
 暗に『本当は自分も行きたい』と態度で匂わせつつゼブラ柄のスカーフを弄る三十路男の心理には気付いた風もなく、出立の支度を始める至極『真っ直ぐ』なザラなのだった。


■リプレイ

●蒼光
 修復に訪れた大勢のケルベロス達によるヒールが災禍の爪痕を消し去り、沢の流れを正常化するのに然程時間は掛からなかった。
 開催される祭の為、楽しみにしている人々の為。人々の願いがまた集まる様に。天に皆の願いを届ける為に。何時までも誰かの願える場所である様に――。この地に根差す人々の願いに寄り添う彼らの篤い思いによって、蘇る青の沢。
「人々の願いの写し鏡となる大切な場所だもの」
 足元を豊かな水が淀みなく流れる様を見て、カームは表情を和ませた。

 透き通った水底に見える無数の青い石。
 昼空の下、輝く水面に波紋を起こし、飛沫を上げてはしゃぐ声がする。
「一華、転んでずぶ濡れにならない様に気を付けろよ」
 万里の声に頷きながら一華の動きはどこか危なっかしい。スカートの裾が浸かるのも気にせず冷たい水に手を差し入れて石選びに夢中な彼女は楽しそうだが、見ている方はヒヤヒヤ。沢辺には、彼らの様に石探しを楽しむケルベロス達の姿が在る。祭の準備というより沢遊びに近い雰囲気。――地元の人より一足先に沢に親しむささやかなひと時。

●鏡天
 陽が沈み、天地が同じ夜空を描く。
 天穹から注ぐ光を受けて淡く輝く青石、水中に揺らぐ星彩は一際美しい。
 道灯の心配は無用だったな、とルビークが見る傍らには、まるで星を掬う女神の様なエヴァンジェリンの佇まい。手に馴染む円やかな石を短冊代わりに願いを掛ける。
 共に幸せに過ごせる様にと願う彼女は、義父の願いが叶う様にと重ねて祈る。
 血は繋がらずとも想いは一つ。
 いつか誰かの灯火にもなれば良いと、祈る様に彼も石を流れに託した。顔を上げると早、素足になって沢に入っていたエヴァンジェリンが、鏡天から振り返る笑顔。
「ねぇ。星の海を、歩いているみたいよ」

 近く、遠くで響く水音。願いを込めた石がせせらぎに還る音。
「エマイユ様とクリスティ様はどんな願い事をされたのかしら?」
「そうですね……何時までもこうして、皆さんと過ごしたいです」
 人と人の繋がりを大事にしたい、とレイラは答える。一方、ヴェルトゥは。
「俺のは……内緒だよ」
「あら、残念」
 素足の先を浸したまま、ラズリア。レイラも関心ありげな顔をする。
 秘密にするほど大層なものでも無いが――ラズリアの願いを聞けば、二人より遠くに放った自身の願いも、彼女らのそれと似た様なものだと自覚して彼は笑みを揺らした。
「二人の願い事も叶うと良いね」
 今日の様な穏やかな日々が少しでも長く続く様に――。

(「友達とずっと笑顔で過ごせます様に」)
 丸石はころりと周の手を離れ、
(「今隣にいる人と、ずっと仲良くいられます様に」)
 星の欠片はセルリアンの指先に弾かれ青の軌跡を描く。波紋と飛沫に星々は砕けて混ざり、鎮まればまた満天の星を湛える水面。周は改めて視線を巡らせ、感嘆の吐息を零した。
「こういう風景を、皆の笑顔を護る為に、ぼくたちケルベロスがいるんだな……」
 人々の喜ぶ顔を思い返してしみじみ呟く周に、セルリアンも決意を新たに頷く。
「願い星の欠片が光を失わない様に、これからも頑張らなきゃ」
「な! これからも、がんばろーな!」

 浅瀬に足を浸せば、心まで涼が沁み入る様で思わず声が出る。
「願い事はもう決めた?」
 手の中に凹凸を感じながらゼレフが問えば、影臣も滑らかな冷たい感触を指先で確かめながら視線を上げた。すぐに思い浮かぶのは娘の幸せや皆の息災だが――、
「景臣君らしいけどさ、君自身の分。……願わなきゃ何も始まらないんだってさ」
「僕自身の――」
 少し考えてみたものの何も浮かばない顔。
「……ゼレフさんこそ、もう決めたんです?」
「『また願える様に』」
 一大決心の様に呟く彼に、影臣は笑ってしまった。
「……笑うことないだろう、笑っちゃうけどね」
「すみません。しかし、そのくらい欲張りな方が貴方には丁度良い」
 これでも思い切ったもんさと笑うゼレフらしさに、影臣は彼の願いが天に届く様にと願う事にした。それが自身の願いだと貫く、それも彼らしさ。

 念願叶った喜びと、相手の浴衣姿に胸がざわめく。
「とても……その、綺麗で似合っている」
「レッドも……とても素敵で、似合ってるよ。ますます好きになっちゃうくらい、に」
 小声を通り越してか細くなって行く言葉。聞き耳立てるレッドレークの仕草は見ないフリでクローネは足元を見下ろした。石積もる沢辺を下駄で歩く勇気。慣れない歩みでゆっくりと、その分、二人で過ごす時間も長くなる。天地スケールでの見開きの星空に圧倒されながら、反転した鏡天の星座を探す彼と、共有する不思議な感覚をクローネは楽しんだ。
「そういえば、贈り合っても良いんだってね」
 周囲で一等明るい石を拾った綴は、一番星の様なそれを棗に贈る事にした。
「ありがとう、つづるん!」
 無邪気な笑顔で彼は、「俺も」と拾ったばかりのトゲトゲを差し出して来る。
「どことなく星の形に似てるでしょ? きみにあげるね。『つづるんの一番星になれます様に』!」
 人懐っこさ全開の彼に思わず吹き出しながら綴は貰った星をポケットに仕舞った。
「ありがと」
「つづるんはどんな願い事したの?」
「秘密だよ。ソッチの方が叶いそうじゃん」
「教えてくれないと、ぎゅーってしちゃうよ!」
 それでも、言わない綴。両手を広げて突進してくる少年を、笑顔で躱すのだった。

 夜が深まる程に静寂と願いに満ちる祭場では、濫りに星空を蹴散らす様な振舞は御法度。無造作に立ち回れば忽ち掻き消えてしまう儚い星空を、彼らは岸から眺める。
「君は何を願ったの?」
 訊ねて来るラウルの瞳の色に似た石がシズネの掌に在る。己の手の内に留め置きたい青を見つめ返し、しかし我侭な願いは表にせずにはぐらかす。
「おめぇは何を願ったんだ?」
「俺はね……此れからも、この先も君の瞳があたたかな彩で満ちる様に……そう願ったんだよ」
 柔らかな答えに、シズネは握り締めていた青を押し付ける様に差し出した。叶わないとしてもせめて、自分の意思だけは受け取って欲しいと。
 心を燈す願いは互いに秘めて、ただ受け止めて、ラウルも青い星に全てを託す。
(「どうか、彼の心を捉えて離さない彩が、君が好きだと言ってくれた青である様に」)
 添える我侭一つ。共に見た空・花・水の彩に、彼は気付くだろうか。

「見ろ、てのひら宇宙だ!」
 掬い上げれば消えてしまうから両手は浸したままで眠堂は『友』を呼ぶ。
「……」
 スイは、眠い眼を擦りつつ黙って傍にやって来た。無言のまま石を還す彼に願いを訊ねる。と、漸く口を開いたかと思えば、
「……話したら叶わなくなりそうだ、お前だと余計に」
 あまりの『らしさ』に苦笑する眠堂。友は何を願ったのやら。少なくとも自分の方は星に願うより実行する方が早そうだ。どれだけ嫌がられても彼は友への節介を辞める気はない。
 実の所――彼に話せばすぐにでも叶うのだろうとスイは思う。
(「けど、それは、絶対に嫌だ」)
 ――絶対に?
 本心は裏腹な天邪鬼。知らず、眠堂が明るく呟いた。
「こういうのって、さ。気付かねえ内に叶ってたりして、な」

 星穹に足を浸し、リラの両手が水面の星と青石を掬う。この手が何を掴み、何を掴み損ねて来たのか。無力感に視界が滲む。
(「――大丈夫、わたしは泣かない。家から一歩を踏み出したあの日、それでも、わたしは、すべてを救うと、決めたのよ」)
 目を閉じ、代わりに零す掌の星を、空へ投げ還して顔を上げる。涙堪える笑顔で。
(「さあ、穹へお還り、星の欠片。わたしの願いを、見護っていて」)

●煌夜
 昼とは異なる青を眺めつ沢沿いを歩き、気が向けば歩を止め水面の星に手を伸ばす。そんなふとした瞬間にヴィルベルが口を開いた。
「……決まった?」
「んー……まぁな。お前は?」
 言葉より、視線が交わらないのが彼女の答え。返る問いには「決まったよ」と彼は掌の丸い星屑に視線を落とす。互いに深くは聞かず、教えず。袖振って願いを掌から解放する。
 この静かな時間が――関係が、続きます様に。
「……」
(「彼の願いが叶います様に」)
 青年のささやかな願いを知ってか知らずか、ナディアが込めるは咄嗟の思い付き。
 深なる願いは血腥過ぎて煌夜の星に託す事が躊躇われたから。

「魔法の絨毯が無くとも空は飛べるのですね」
 足下まで広がる星空に素足を浸して重ねる手と手。ルムアの魔法の様な言葉に緊張を解され、クーの心が軽くなる。願いを問えば、一番の願いは既に叶っているから、と彼は、彼女の倖せを願うと言う。
「貴女がずっと倖せである様に」
「そ、それはもう叶い過ぎているぞ……」
「我儘を言わせて頂くなら、僕の誕生日の『特別な』贈り物が欲しいですね?」
 唇に指を添えて冗談めかす彼の姿に、クーはきょとんと瞬き、ややあって赤面。狼狽え、あれこれ弁解した後に、とうとう腹を括った。笑みを湛えて眼を閉じる彼。彼女は目一杯背伸びして――。緩んだ拳の隙間から彼の倖せ願う青石が足下に零れ、水音は、遠く。
 ――願いは終生共に在る事。
 寄り添い、星を呑む沢にそっと石を還す二人。祭に合わせた浴衣が涼やかに、良く似合う。互いの願いは気になるも口にはせずに、ただ互いの願いが叶う幸を祈る。ふと、有理が見上げる視線の先に、吸い込まれそうな漆黒。優しい輝きを受け止める琥珀の奥に答えを見出す様に覗き込み、冬馬は問うより先に彼女を抱き寄せた。
 そして交わす何時かのやり取り――あの時よりも想いは強く深く、重なる程に近く。

 出逢った場所に似てると言えば、懐かしいねと答えが返る。
 青闇に輝く沢の星達を眺め、ジエロが身に着けている――己が贈った――蒼い石達に視線で触れてクィルが言った。
「たくさんあってもいいよね?」
「いくつあっても足りないかもね」
 ジエロの返事に、クィルはにっこり。
 夜色に似た深い青色、はたまた淡い青色を、贈り合うのは願いの証。
 これからもずっと一緒に。
 これからも、ずっと一緒だ。
「願いを上乗せ……って、出来るかな?」
 眼前の景色に、いつか届いた写真の景色を重ね、亮がふと呟いた。
「同じ願いなら、出来るんじゃないかしら?」
「俺の願い事って大体子供じみてるから」
 軽い口ぶりで笑う彼に、「そんな事ないよ」とアウレリアが微笑を添えれば、「ありがと」と小さく言葉が返る。二人が選んだ青石は不思議とぴったり添う形をしていた。彼の還る場所で在れば良いと彼女は願い、二つを合わせて両手で包み目を伏せる微笑。亮が己の両手を上から重ねて包み込む。
 共に歩める様に、と願う。大切な事を教えてくれた愛おしい彼女と――愛おしい彼と。

「デフェがずっと元気で、笑って、幸せであります様に」
 一緒にいて幸せだと思って貰えたら嬉しいと里桜は照れ笑い、握り締めていた二片の青い石の花弁の一つを、「お守りに」と彼の掌に落とした。メルシィ、と受け取り、デフェールも照れながら口走る。
「……オレにとっちゃお前の存在がお守りそのもんなんだけど?」
 青は己に似合わないと自覚する彼だが、彼女とのんびり過ごすのは悪くない。彼女が楽しそうにしていれば尚更。
「あ、オレもお前に渡すモンあんだわ」
 探る懐。無数の多彩な青石の中から『炎』を見つける事は早々に諦め、彼女の為に彼が選んだのは綺麗な雫型の石だった。
「オマエの涙はオレが貰った。んでもってこいつはその証……ってな!」

 繋ぐ右手と左手と――大切な温もりの逆手に願いを携え、星空の狭間。
 星の数程あると嘯く彼の願いを一つ一つ、胸中に燈しながらムジカは笑顔で聞いていた。
(「市邨ちゃんの願いが叶います様に」)
 それは彼女の願いでも在ったから。共に歩む道の先へと続く重ねの願い、辿り来た道の暈ねに祈りを捧げ、想いを込めた星を揃って鏡天へ、揺蕩う天河へと投げる。
「大好きだよ」
 想い溢れ、彼女の頬に寄せる唇。受け止めてムジカも微笑み、彼の目許へ贈る『大好き』。腕を絡め、強く繋ぎ直す指先。
「巡る季節の星周り……ずっと一緒にみようネ」
 春と夏、これで二つ目。残りの季節も――。
「うん、ずっと一緒に観ようね」
 共に仰いで市邨も頷いた。

「鬼人の心が満月の様に、穏やかで満ち足りて……いつまでも幸せであります様に」
 過ぎ行く夏を思わせる心地好い風に吹かれながら語らう最中、『満月の様な』澄んだ青の真球をヴィヴィアンから贈られ、鬼人は帽子を目深に被り直して照れ隠し。
「俺は、不器用で愛想の無い男なんだが、何時でも一緒に居てくれて、本当にありがとうよ。だから、よ。――その、受け取ってくれ」
 訥々。
「何時までも、俺のヴィヴィアンを思う気持ちは変わらない――」
「……っ、ありがとう」
 変わらぬ想いと共に贈られた青に彼女は感極まった様に言葉を詰まらせ、涙ぐむ。愛しいインディゴブルーを両手で包み幸せそうに寄り添う彼女の想いを感じつつ、鬼人は夜空を仰いだ。顔面に昇った熱が冷めるまで、まともに彼女の顔を見られそうにない――。

●蒼刻
「足元、気を付けて」
「ありがとう」
 青年の声音に何思うでもなく、無彩色の少女は素直に己の手を預けた。返るティアンの言葉と確かな感触に夜は安堵の表情。煌めく星の傍らを往けば、まるで銀河を旅する物語の住人になった気分だ。
 何を願う、との問いにティアンは呟く様に答える。
「ティアンの大事な皆が、幸多くあります様に」
「……君自身の幸は祈らないの?」
「自分の幸はどうとでもなるもの。――夜は?」
 『水切り』なるものには向かない歪な形の願い石を沢に還して彼に問い返す。
 夜は何を願うの?
「俺には願いは無い。だけど、君の希望が叶う様に願を掛けよう」
「そう。ありがとう」
 互いを慮りながら一定の距離を保ち、淡々としたやり取りの底にあるのは『空ろ』の様でいて『優しさ』に似ている。額に押し抱いた平石を、夜は沢に投じた。

 大きく丸く強い青には『豊穣』を。不思議な模様の青には『健康第一』を。一人でも多くそう在って欲しいと願うレッドレークとクローネ。どちらも大事な願いだ。広く深く、多くを成す為にも。
「叶え続けなければな」
 言って、レッドレークは投擲の構え。視線を交わして、せーので同時に投げ込めば二重の軌跡が水面の星を波紋の数だけ天へと還す。揺らいで滲んだ星が流星となるなら願いも叶う気がして、二人は石の跳び行く先を見守る。
「見て下さい、丸くて平たくて――夜の欠片みたいです」
 無邪気に石を見せに来る一華の、輝く瞳の方が綺麗だと万里は思いながら、月白色の星型を手に張り合う様に胸を張る。
「夜空から落ちて来たみたいだろ」
 ふと、辺りを気にした一華が、手つきで何か訴えて来た。
「万里くん、しゅっと願掛け投げしません?」
「いいよ、どっちの石が多く跳ねるか競争な。負ける気しないけど」
 合図と共に二人の願いを込めた石が青い尾を曳いて、青玉の波間を跳ねる。
(「明日もまた貴方と楽しく過ごせます様に」)
(「彼女が幸せでいてくれます様に」)
 願い終わるまで、呑まれずに――。

「どうせここまで来るなら、掴ませてくれりゃ良いのになァ。ケチくせェの」
「なかなか掴ませてくれんのはな、その尾を追いかけて生きていく為さ。多分な」
 涼なる流れに浸していた尾を上げてクラレットは言った。「多分かよ」と笑い声を重ねたローデッドは、誰かの願掛けの水音が跳ねて往く先を見遣った。その内、彼もその気になって平たい石を軽く手に馴染ませ、手首のスナップを利かせて投擲。
「早死にしない」
 今日はちゃんと考えてきたという彼の『願い』にクラレットが目を閉じ笑み零す気配。水を切る音は勢いよく六つ、失速して四つ。距離が出ている。
「よく飛んだな。然し残念ながら、君よりか私の方が長生きするぞ。試してみるかい?」
「張り切るのは良いがすっ転ばないでくれよ?」
 からかう様な友の声を背に、石を手にして立ち上がる。
(「海国生まれ、そこそこの自然育ち――幸運はだいたい私の味方だ」)
 自信の程は半々。だが、自負はある。己を試す様に一投。
 安定した等間隔で跳ねる水音は、先に挑んだ友のそれを六つばかり越えて行った。

 周囲に余計な灯りが無いのは恭介には都合が良かった。明るい場所から少し離れるだけで人目を避けられる。穏やかな流れに託す願いは唯一つ。
(「――安らかに」)
 奪われたものは戻らない。全てを失っても戦い続ける彼の荒んだ心を癒す様に、静やかな風が吹いた。何くれとなく景色を眺めて歩き出す、と、何か動いた気がして息を潜める。彼と同じ様に考えた何者かが居たらしい――闇に紛れる様にやって来たその少女は青石を額の前に掲げて一心に念じている様だった。余程切実なのか、微かに声が漏れている。
「もっと大きくなれます様に……!」
 ………。
 小石を沢に還したザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)は来た時と同じく足早に立ち去った。終始、恭介には気付かなかった様で、彼は何となく肩の力が抜けて行くのを感じたのだった。

 無数の光の其々が人々の願いの輝きと思えば感慨深く、カームは煌めく沢を眺めた。
(「この中の幾つが叶い、幾つが能わずとなるのかしら……」)
 指先程の小石を忍ばせた青薔薇の髪飾りが彼女の密かな願いの小舟となって、数多の願いと星の河を渡って行く。往く先は、天のみぞ知る。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月5日
難度:易しい
参加:42人
結果:成功!
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