朝陽浴び畑の胡瓜まがりをり

作者:奏音秋里

 畑の脇で営業していた、胡瓜料理専門店が潰れた。
 材料は、店主が畑で育てた新鮮な野菜。
 先付から菓子までの総てに胡瓜を使った、胡瓜の会席料理が売りだった。
「はぁ……」
 だからこそ最初は、話題性もあり賑わっていたのだが。
「飽きられたんやなぁ」
 残念ながら店主には、新しいメニューを開発することができなかった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 そんな項垂れる背中に、魔女の鍵が突き立てられる。
 倒れる店主と入れ違うように、ドリームイーターが立ち上がった。

「胡瓜は身体を冷やしてくれるって、テレビの料理番組で習いました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)の前には、冷えた胡瓜の山。
 塩とマヨネーズと醤油を添えて、みんなどうぞと並べてくれた。
「けど、そんな胡瓜料理店の店長からドリームイーターが生み出されてしまったのです!」
 ちょっと、しゅんとしてしまうねむ。
 大丈夫だと、アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)が肩を叩いた。
「ドリームイーターは、店主の外見を真似ています! お店へ近付くヒトを招き入れて、店主がやっていたように胡瓜料理を食べさせてくれます! けどそのあとで、そのお客さんを殺してしまうのです!」
 魔女との遭遇時に畑を眺めていた被害者は、店の裏口に倒れているままらしい。
「お店のなかで戦うことになります! 店内は、入口で靴を脱いで畳に座って食事をするようにつくられています! 広さは充分あるんですけど、机と座布団に足をとられないよう気を付けてください! あと、店にいるのはみんなだけです!」
 乗り込んでいきなり戦闘を仕掛けることもできるが、オススメはしないと言う。
 客としてサービスを心から楽しむと、ドリームイーターの戦闘力が減少するからだ。
 胡瓜をテーマとした会席料理が振る舞われるので、遠慮せず食べて欲しい。
 それに。
「満足させてから倒すのとそうでないのとでは、被害者の心持ちが全然違うのです!」
 曰く、後悔の気持ちが薄れて、前向きな気持ちになれるのだとか。
「胡瓜は武器としても大活躍です! 胡瓜で殴りかかってきたり、胡瓜の蔓で縛り付けてきたりします!」
 店には出入り口が2つあるが、裏口は奥にあるため、表さえ塞げば逃走の心配はない。
「ねむも失敗するけど、いろんなヒトが励ましてくれて、またやってみようって思うのです! 被害者が前に進んでいけるように、断ち切ってきてください!」
 胡瓜を1本ずつ持たせて、ねむはケルベロス達を送り出す。
 初めて食べるならきっと楽しめますと、元気に手を振るのだった。


参加者
双刃・炎希(イクサガミの寵児・e00195)
ブラッドリー・クロス(鏡花水月・e02855)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
森光・緋織(薄明の星・e05336)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、ドリームイーターに胡瓜料理店へと招き入れられた。
「胡瓜かぁ……どんな料理かな。凄く楽しみ!」
 嬉しそうに、ブラッドリー・クロス(鏡花水月・e02855)が畳へ上がる。
 裏に滑り止めの付いた靴下を履いており、畳対策もばっちり。
「オレも楽しみだ。いただこう」
 双刃・炎希(イクサガミの寵児・e00195)に合わせて、皆も食べ始めた。
「畑で育ててるだけあって、新鮮さも其れを活かす腕も流石! こんなにメニューがあるなんて……胡瓜でデザートまでつくれるなんて、思いもよらなかったよー」
 店内に貼られたメニューを眺めて、熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)は驚く。
 滑り対策として此処まではサンダルを履いてきたから、裸足だ。
「なるほど。全部に胡瓜が使われているというのは、こういう意味なのですね」
(「夢喰いは、元となったヒトの技能や知識を有しているのですね。あとで胡瓜を武器にするとは思えない出来栄えです」)
 罪咎・憂女(捧げる者・e03355)は、料理の名前や盛り付けなども堪能する。
「胡瓜メインの料理って、あんまり種類が思い浮かばないから、こんなにあるとワクワクするね。珍しさだけじゃなくて、新鮮で美味しいし……子どもの頃は胡瓜って苦手だったけど、こんな料理食べてたら、もっと早く好きになったかも」
 嬉しいことを、森光・緋織(薄明の星・e05336)がさらっと言ってのけた。
「済みません。この『胡瓜と烏賊の炒め物』の味付けはなんですか?」
 風魔・遊鬼(風鎖・e08021)の問いに、店主は高菜漬けと胡麻油に胡椒だと答える。
 料理人として、胡瓜という素材を生かす難しさは理解していた。
「俺にも、このご飯のつくりかたを教えてくれないか? 料理は好きなんだが、胡瓜料理のレパートリーは少なくてな。はこも気に入ったみたいだし、つくってみたいんだ」
 ツナ入り混ぜご飯に、アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)も興味津々。
 料理を頬張るボクスドラゴンの脇で、一所懸命にメモをとる。
「畳で禅を頂くのは楽しいものだ。経営中に来たかったものだねぇ……」
 グルメなうえ胡瓜好きの、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)が小声で嘆いた。
「わ、このゼリー美味しい! こんなに美味しいの初めて食べたよ!」
 なんて、ブラッドリーは少し大げさに驚いてみせる。
 夏らしく涼しげでさっぱりした甘さの、胡瓜とキウイのゼリーだった。
「お礼といえるか分からないけど、ここの片づけぐらいさせてよ」
「ごちそうさま。どれも美味しかったよ」
「いいっていいって。片づけたいんだから気にすんな」
 ブラッドリーの申し出に、緋織とアクレッサスと、皆も作業を開始。
 緋織は、店主に止められたら実力行使するつもりだったけれども、未遂に終わった。
 さり気なく、アクレッサスが店主に応対してくれたからでもある。
「彼方の本棚は危険かも知れませんね。ぶつかると倒れてきそうです」
 食事中に確認した店内や邪魔になりそうなものの情報を、遊鬼は共有した。
「栄枯盛衰は世の常、変わり種が生き残るのは難しい……理屈では分かっていても寂しいものだな。明燦」
 鐐のボクスドラゴンが、座布団を1枚ずつずりずりと引き摺ってくる。
 それを、鐐が座敷の端へと重ねるという作業の繰り返し。
 粗方の片付けが終了したところで、店主が礼を述べてきた。
「お気になさらず……ドリームイーター、お前も片付けるから!」
 言ってまりるは、愛用の改造スマートフォンをとりだす。
「ご馳走さまでした。変身は必要ないな。料理を楽しませてもらった代金だ。釣りはいらないぞ? 大切な食材で遊ぶ悪い子は、お仕置きだ」
 炎希も、青の瞳でしっかりとドリームイーターを見据えた。
 落ち込んでいるヒトに付け込む魔女が赦せず、それ故ドリームイーターも赦せない。
「一度の失敗ですべて奪わせたりしないよう、必ず取り戻さないと……」
 料理のつくり方なども質問して、素敵なひとときを楽しんだから。
 必ずやドリームイーターを倒すと、憂女も意識を戦闘へと切り替えた。

●弐
 店の入口を塞ぐように陣を張り、ケルベロス達はグラビティを発動。
(「触れれば爆けるが鬼の腕」)
 クラッシャーとして攻撃に専念する遊鬼は、戦闘中は無言である。
 火薬で成形した棒苦無を左腕に突き刺し、着火すると即座に距離をとった。
「少しは後悔が晴れただろうか? であれば本来の務めを果たそうかーーォォオ!!』
 爆発の間に、可聴域を超えた龍の咆哮をあげる憂女。
 空間に漂うグラビティ・チェインを、ケルベロスに有利な状態へと塗り替えていく。
 うわぁーっと声を荒げて、ディフェンダーへと殴りかかるドリームイーター。
「おいおい、胡瓜が可哀想だろ? 正しく料理してやるのが、料理人として在るべき姿なんじゃないのか? ヒトは後悔とともに成長するものだ。誰だって躓くし、失敗する。それを無くして、お前はなにをする? 現状維持か? 過去の栄光を見つめるだけか? そんな日々は退屈だろ?」
 料理を堪能したからこそ、素材や店主の心を利用している者がいるのは悲しい。
 霊力を帯びた紙兵を縛霊手の祭壇から大量に捲き散らし、炎希は前列を守護させた。
「些少ではあるが、私も援護させてもらうとしよう。明燦はブレスで攻撃だ」
 勇気の賛歌は、仲間達へといま一歩深い踏み込みを促し、一息長い狙いの間を生む。
 勝利へと繋がる絶対的な差を詰めて、ボクスドラゴンも攻撃をしかけた。
「ねぇ、あんたはそこに『ナニ』を視る?」
 ブラッドリーは、恋人とその相棒を絶対に護るのだと心に誓う。
 愛用の惨殺ナイフに映し出されたモノが、ドリームイーターの意識を眠りへと誘った。
「やったな、ブラッドリー。成功だな! いまのうちに、はこは中衛のふたりへ頼む! 前衛と後衛は俺が受け持つ」
 頷いて、ボクスドラゴンは己の属性をまずは緋織へとインストール。
 アクレッサスもライトニングロッドを振るい、前列のより前へと雷の壁を構築した。
「ありがとう、はこ、アーク。ケルベロスとして夢喰いは見逃せないけど、なにより店主さんに元気になって欲しいから、オレもがんばるよ」
 友人でもあり、父や兄のように慕うアクレッサスへ、緋織は礼を告げる。
 戦闘への苦手意識はもう少し晴れそうにないが、それでもやるべきことは見失わない。
 変形させた攻性植物で以て、ドリームイーターを締めあげた。
 対抗してドリームイーターも、胡瓜の蔓を中衛陣の足へと絡みつかせる。
「胡瓜はそんなことに使うものじゃないよ! 誰にも何処にも何時かは、廻(もとお)れ」
 この戦場に於いては、天命すらまりるの味方。
 己の意志で突き出した拳に底力を発揮して、確実にダメージを与えた。

●参
 彼方此方に散らばる砕けた胡瓜が、戦闘の激しさを物語る。
 攻防を繰り返し、いよいよドリームイーターも、へとへとになっていた。
「……動かないで」
 魔力を籠めた眼で見詰めれば、縫いつけられたようにその場から動けなくなる。
 真っ赤に光る緋織の左眼に、魅入られたのだ。
「楽しいね。あなたもそう思わない?」
 惨殺ナイフで容赦なく斬り裂けば、傷口からは鮮やかな紅が溢れ出す。
 その身で浴びて、ブラッドリーは自らの傷を癒した。
「いい子だ、赤蜘蛛。逃がすんじゃないぞ、めいっぱい齧りついてやれ!」
 赤黒いブラックスライムは蜘蛛を象り、アクレッサスの手を放れる。
 ドリームイーターの足から真っ直ぐに身体を登っていき、背中へ幾度も歯を立てた。
「このまま着実にいこうか……」
 ローラーダッシュの摩擦で熾きた炎を、憂女は足許のエアシューズへと纏わせる。
 激しい蹴りで、ドリームイーターへと熱源を蹴り込んだ。
「重すぎて感触どうこうではないだろうがな! いまだ、明燦」
 高々と跳び上がると、鐐はフェアリーブーツで頭上から踏み蹴りつける。
 離れると同時にボクスドラゴンが、箱のまま体当たりを喰らわせた。
「丹精篭めて育てた胡瓜。そしてそれをふんだんに使ったお料理……このまま潰れてしまうなんて勿体無いなぁ……店主さんにはなんとか後悔の気持ちを薄れてさせてもらって、新メニューなり新事業なり編み出してもらいたいなー」
 願いながら、まりるは己の手足を獣化させる。
 命中力を重視して、高速かつ重力を纏う一撃を放った。
「……」
 只管に無言を貫き、遊鬼は棒苦無をドリームイーターの心臓へと突き立てる。
 この爆発で、微かに残っていた命の灯火もかき消された。
「胡瓜とは。料理とは、ヒトを笑顔にするものだ。お前が店主の姿を借りた偽者だとしても、食への敬意を払えないのであれば……出直してこい、青二才。お前の出番はない。それを『後悔』して、散っていけ」
 緊急オペをおこない、前列メンバーの状態異常を治療する炎希。
 鋭くじっと観る視界のなかで、ドリームイーターは消滅していくのだった。

●肆
 静けさをとり戻す店内に、ケルベロス達はゆるりと呼吸を整える。
 取り敢えず建物自体や机などは、破壊せずに済んだようだ。
「夢喰いと言うが、夢の残滓を視せもする。なんとも皮肉なものだ」
 満月に似たエネルギー光球を、抉れた柱に優しくぶつける鐐。
 家屋は再出発の資金源でもあるから、しっかりと直さなければと思う。
 勿論、仲間達も皆でヒールをして、不思議な花咲く店へと生まれ変わった。
 それから、全員で店の奥へと移動する。
 裏口の外で、意識の戻った店主がきょろきょろとしていた。
「大丈夫か?」
 にこやかな表情で、緋織は身分を明かし、事情を説明する。
 料理はどれも美味しかったと伝えると、店主も笑顔になった。
「緋織さんの言うとおり。美味しかったし、面白い試みだとおもうよ。次はもっと違うのも取り入れてもいいかもね?」
 ブラッドリーも、満面の笑みで店主に感想を述べる。
 ちなみに、恋人の友人である緋織とは、店へ入る前に挨拶を済ませていた。
「後悔があるならば、先に進むこともできるでしょう。改めて挑戦するのもいいかもしれませんよ。ああすればよかったと思うこともあるのでしょう?」
 ご馳走さまと美味しかったことを伝えて、憂女も前向きに励ます。
 とても穏やかな口調に、店主も安心して首を縦に振った。
「胡瓜料理美味しかったです。色々な料理があり驚かされました。ですが、いまのままでは驚きだけですからね。リピーターをつくるような目玉がなければ」
 そう言って遊鬼は、月一回の料理コンテストや収穫体験などのイベントを提案する。
 周囲の農家と協力したり、簡単な景品を出したりすれば、少しは流行るのではないかと。
「お騒がせして申し訳なかったが、お騒がせ序でにいまから皆で新しい料理を考えてみないか。店主の畑には、胡瓜以外にも色々ありそうだし」
 店主へと頭を下げつつも、炎希は協力を申し出る。
 畑のことを教えてもらいながら、あれやこれやと新鮮な野菜を使った料理を考えた。
「初めのうちはお店が賑わってたなら、全くダメダメって訳じゃないよねー。店主さんにはまだこの畑があるから、しばし休息して。また畑と向き合ったら……なにか生まれるかも、ですねー」
 まりるは店主を応援するが、決して「がんばれ」という言葉は使わない。
 自身も農家の収穫を手伝うことがあるため、既にがんばっていることは解っているから。
「和食に拘らないなら、海外の胡瓜に似た野菜の料理を参考にしてみてはどうだろう? 営業再開と新メニュー楽しみにしてるよ」
 全員それぞれが激励して、店をあとにするケルベロス達。
 アクレッサスは、恋人や友人、そして相棒を、よくやったと労うのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。