精霊馬事件~後悔と共に生きた老爺

作者:青葉桂都

●もう一度会いたい
 死者が還るといわれるその日、老人は仏壇の前に座り込んでいた。
 おそらくは70代か、あるいは80を越えているかもしれない。
 仏壇には仏花と菓子が供えてある。男の前にカップ酒が置いてあったが、まだ彼がそれを開けようとする様子はない。
「……お前を殺してしまったというのに、俺は今年も生き恥をさらしておるよ」
 飾られている写真はずいぶんと若い。妻だとすれば、亡くなったのはもう何十年も前なのかもしれない。
 事情は不明ながら、どうやら妻の死は自分に原因があると考えているようだ。
「園子……お前の歳まで若返って、もう一度会いたいのう……」
 呟き、カップ酒に手を伸ばそうとした時のことだった。
 空からドリームイーターが現れたのだ。
 それは、茄子を用いた精霊馬の姿をしていた。
「おお……もしや、俺の願いをかなえに来てくれたのか……。今すぐ、俺をあの頃の姿に戻してくれ……」
 老人はドリームイーターに願いを告げる。
「汝が我と一つになるのなら、その願いをかなえてやろう。……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 唱えた呪文が形を成し、黒い靄となって老人にまとわりついていく。
 靄が彼の姿を隠したかと思うと、彼はモザイクでできた衣をまとう若い男に姿を変えていた。もっとも、その下半身は精霊馬と一体化していたが……。
「ドリームエナジーが流れ込んでくる……これがワイルドの力か! 汝の願いが叶うまで、汝はドリームエナジーを生み出し続けるだろう。叶わない願いが叶うまでな!」
 茄子の言葉を、老人はもはや聞いていなかった。
「ああ、すまない、園子……すぐに謝りに行くからね……」
 彼はうわごとのように呟きながら、どこにもいない人を探しに行った。

●ヘリオライダーの依頼
「ケルベロス大運動会に参加された皆さん、お疲れさまです」
 集まったケルベロスたちに、石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)は静かな声で告げた。
「まずはゆっくりと旅の疲れを癒してください……と、言いたいところなのですが、残念ながら事件が発生しようとしています」
 多くのケルベロスたちが危惧していた精霊馬のドリームイーターが出現するらしい。
「ドリームイーターは『若返って死別した伴侶と再会したい』という願いを持った老人の前に現れ、合体して暴れだすようです」
 おそらくドリームエナジーを生み出し続ける人間と合体し、取り込むことでより強いドリームイーターになろうとしているのだろう。
 その証拠に、老人を取り込んでいる状態ではドリームイーターは強い攻撃力と耐久力を発揮するのだという。
 また、取り込まれた者はドリームイーターを撃破した際大きなケガを負う。死亡する可能性も少なからずあるようだ。
「戦いながら説得をして、老人に願いを捨てさせることができれば高まった攻撃力や耐久力は元通りに低下するでしょう」
 そうなれば、役立たずになった老人は放り出され、ドリームイーターだけを撃破することができるはずだ。
 余計な時間をかけなければ、ドリームイーターとは老人が住んでいる住宅地の路上で遭遇することができるだろう。
 住民の避難については手配するという。念のため軽く確認した方がいいかもしれないが、それほど重視して行動する必要はないだろう。
「ドリームイーターは1体のみで、配下などは登場しません。攻撃手段ですが、精霊馬を駆って突撃することによる攻撃を行うようです」
 突撃はさほど早くないものの非常に重く、さらにプレッシャーを与えてくる。
 他に自身の周囲に死者を供養する多数の供物を出現させ、それを取り込んで回復することもできるようだ。供物には不利な状態への耐性をつける効果もある。
 また、無数の灯籠船を召喚してぶつけることもできる。これは範囲に効果があり、食らった者は炎にまかれてしまうようだ。
「繰り返しになりますが、老人を取り込んでいる状態では高い攻撃力と耐久力を発揮します。説得に成功して分離すれば、おそらく8割程度まで戦力が下がるでしょう」
 さらに、老人と合体していない状態では攻撃が変化する。
 突撃は動きが早くなって範囲を巻き込めるようになるものの、威力は大きく低下する。
 また、供物を取り込んで回復することはできなくなる。代わりに、茄子の先端にモザイクでできた大きな口を作り出し、噛みつくことで体力を奪えるようになる。
 灯籠船の召喚については変わりないようだ。
「どうやらワイルドの力なるものを、ドリームイーターは新たに手に入れたようですね。それがなんなのかは気になるところですが、まずは被害を防がなければなりません」
 敵を阻止していればいずれ調査を行う機会もあるだろう。
 よろしくお願いしますと、芹架はゆっくり頭を下げた。


参加者
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
武田・克己(雷凰・e02613)
タクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699)
コマキ・シュヴァルツデーン(月と翡翠・e09233)
リリー・デザイア(耽美なりし幻像・e27385)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)

■リプレイ

●取り戻すべきもの
 ひと気のない住宅地をケルベロスたちは移動していた。
「人の心の弱みに付け込んで酷いことするわね。死者は生き返らない、会えることなんてないのに。……でも、どうしたらいいのかしらね」
 青いマントをなびかせて、跳ねるように進むリリー・デザイア(耽美なりし幻像・e27385)がふと首をかしげる。
「きっと心を込めて語りかけるしかないのよね」
 コマキ・シュヴァルツデーン(月と翡翠・e09233)は誰かのことを思い出すように、淡く血の色が透ける瞳を閉じた。
「死者に会いに、か。俺も死んだ家族に会いたいと思う事はあるが。……そんな当たり前の願いを食い物にはさせん。きっちりと、潰しておかなくては」
 軍服を身にまとった宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)は油断なく敵を探して周囲を見回している。
「俺の爺ちゃんも婆ちゃんが死んでから別人になったからな。残される痛みはなんとなくわかるが………そこに付け込む奴は許さん。絶対に助ける」
 落ち着いた声で言う武田・克己(雷凰・e02613)も、過去を思い浮かべているようだ。
 木がアスファルトを打つ音を聞きつけて、彼らは立ち止った。
 茄子と同化した若い男の姿……おそらくはあれが、老人なのだろう。
「んーまあ、おじいさんの気持ちはまあ……否定出来るものではないよなぁ……そんな状況に陥ったらそうなっちゃうだろうしなぁだぜ」
 タクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699)が彼の姿を見て息をはいた。
 だが、止めねばならない。
「嫁さんを殺しちまった、か。どんな事情か分からねぇが、そう思っちまうにたる事件があったとしても、だ。今を悲観してるほうが合わせる顔がねぇと思うぜ?」
 差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)が目尻に紅を引き、茄子でできた牛の前をふさぐ。
 ケルベロスたちの姿に死妖霊牛は足を止めた。
「邪魔を……するのか?」
「ええ。邪魔をさせてもらうわ」
 ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)が二刀一対の斬霊刀を抜く。
「まあ、間違いなく言えるのはこのドリームイーターは許せるものではないということだぜ」
「そうそう、ドリームイーターめ……人の弱みに付け込んでさ。そんな奴は絶対に倒すからなっ!」
 タクティの言葉に同意して、ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)も、明るい表情に怒りをにじませる。
「……邪魔を、するな!」
 ケルベロスたちの想いに気づくことなく男は叫び、襲いかかってきた。

●想いよ届け
 襲ってくる敵に向けて、克己が問いかける。
「爺さん、あんたがなにを後悔してるかは知らねぇ。けど、あんたの奥さんは死ぬ時どんな顔をしてた?」
 重たい音を立てて突撃する精霊馬の動きは止まらない。
「笑ってたんなら、たとえどんな物であれ、満足してたんじゃないのか? 今のあんたを見たら心配で夢枕に立つだろうぜ。婆ちゃんが逝った時の俺みたいにな!」
 衝撃を体で両腕の手甲で受け止めたのはタクティだ。
 足を止めた男は克己のほうへと視線を向ける。
「……わからんよ」
 泣きそうな顔。
「あいつがどんな顔をして死んだのか……俺にはわからんのだ。だから、謝らなくては……」
「けどあなたは謝る人はいないことを自覚してるだろう? だぜ」
 呟く彼の前で、タクティは腕を下ろして語りかけた。
「過去起きたことはもうどうしようもないのだぜ。残った者がやれるのは先に逝った人に胸張れる生き方することだと俺は思うんだぜ」
 目の前にいる男へ告げる。
「で、あなたの今の行動は胸張れること? 後悔すんのも必要だけど他に大事なもの見失ってない?」
「大事な……もの……」
 彼は頭を激しく振る。
 精霊馬が言葉を振り切ろうと飛びのいた。
「じーちゃんはバカだなぁ……。そんなことして園子さんがどんなこと思うかな? 逆に心配になって悲しい思いするんじゃない?」
 ルアは言葉を避けようとする彼に優しく声をかけた。
「人って体はなくなっても、その想いは残るって聞いたことあるよ。ぜーったいに今のじーちゃんのこと見てるし、きっと自分のせいだって思っちゃってるんじゃない?」
 接近して、さらに言葉を続ける。
「じーちゃんがそういう風に思ってたみたいに……さ」
「わかったようなことを……なにも知らんくせに!」
「知らないよ。俺、園子さんのこと知らないけど、じーちゃん知ってるなら教えてよ。じーちゃんしか知らないじゃん、どんな人だったのかってのは……」
 いつも浮かべているのと同じ、屈託のない笑顔をルアは彼に向ける。
「じーちゃんにそんなに想われてたくらいだからさ、きっと素敵な人だったんだろーなーって思うよ」
「だ……黙れ!」
 声に動揺が感じられた。
 老人の心が揺れているのがはっきりとわかる。
「みんな、すごいわね。おじいさんを想う心が、私にも伝わってくるみたい」
 仲間たちの言葉を聞いて、リリーが笑顔を浮かべた。
「説得が終わるまで、倒しきらないように気をつけなくちゃ。生きていてくれた方が嬉しいものね」
 大きく頷いて、彼女は星形のオーラを敵に飛ばした。
「あなたに、亡くなった奥さんに対する後悔があることは理解したわ。さぞ辛かった、苦しんだ、想像に難くない。察するに有り余る」
 仲間たちの後方で、ローザマリアは精霊馬に顔を向ける。
「ただ――貴方と彼女の日々は、その1点だけに集約されてしまうものなの?」
 澄んだ色の瞳を、濁った色の瞳へとまっすぐに合わせて、彼女は語りかけた。
「思い出してみて。彼女との幸せだった日々を、結婚した日を、プロポーズした日を、出会った日を。彼女は貴方を愛していた、その幸せな記憶と共に、貴方と在ろうとしている。思い出して、善き思い出とその日々を」
 次なる攻撃のためか、それともケルベロスの言葉から逃れようとしているのか、移動する敵に視線を向け続ける。
「それが本来の彼女の姿よ」
 苦しげに息を飲む音が、聞こえてきた。
 けれど、ドリームイーターの周囲に無数の船が浮かび始める。
「私もばば様と暮らしてたし、何年か前にばば様を看取ったわ。家族である前に魔女としての師でもあるし、たまに夢にも見るし……」
 攻撃態勢に入った敵に、それでもコマキが呼びかける。
「だからって、その悲しみに囚われてばかりではいけないし、前に行かなくてはならないわ。傲慢かもしれないけど、おじいさんも同じように思ってほしいの」
「ああ、傲慢だよ、ケルベロスっ!」
 血を吐くような叫び。
 きっと、どちらが正しいのかもうわかっている。ただ……受け止めきれないでいるのだ。
 後一押し、二押しで、彼の心はきっとくじける。
 灯籠船が襲いかかる。
 紫音は赤い着物をなびかせて、仲間をかばうために小さな船の群れへと飛び込んだ。
「爺さんが、罪の意識を抱いてても相手がそうじゃないってことあるだろ? あんたの嫁さんは、あんたが憎いって言ったのかい? 違うよな。少なくとも嫌ってるやつと一緒になりたいとは思わねぇだろ」
 狂気の笑みが一瞬顔を見せるが、それを見せるべき相手は老人ではない。
「それにな、あんたが若い姿で会いに行くのは違うんじゃねぇか? 嫁さんが聞きたいと思うのは自分と別れた後のことなんじゃねぇの?」
 体に突き刺さる衝撃も、肌をあぶる炎の熱も、すべてごまかして先送りにする。
「胸張って、『お前の分も生きぬいてきた』そう言えるのが一番の罪滅ぼしじゃねぇか?」
 身を守りながら、紫音は老人に声をかけ続けた。
「悪いな。助かった」
 後ろにいた双牙が声をかけてくる。
 コマキはタクティが、ローザマリアはタクティのミミックがかばったようだ。
「礼はいいからさ。双牙も言いたいことがあるんだろ? 言ってこいよ」
「了解した」
 双牙は紫音の後ろから飛び出した。
「爺さん、何があったか知らないが。あなたの伴侶は、あなたの為に命を落としたのだろう」
 茄子の上の男がひるむ。
「ならばその命を夢喰いなどに預けた今の姿、見せられるのか。その人がそれを望むとでも?」
「言うな! それ以上……言わないでくれ」
「いい年をした爺さんが、自己満足で人の死を、人生を汚すものでは無い」
 懇願を無視して、双牙は言葉を続けた。
「……急かずとも命の定めを全うすれば会いに行ける」
 悲鳴のような叫びが響いた。
 直後、ドリームイーターから老人が放り出される。
 無双の怪力を発揮し、双牙は宙に浮いた彼の体を受け止めた。
「負い目があるとしても。己の生を受け止めて、人として胸を張って生きる事こそ、その時何よりの償いになる筈だ」
 双牙は老人に語りかけると、離れた場所に彼の体を下ろす。
「おじいさんは私の後ろへ! 大丈夫、私達が全力で守ります」
 コマキに声をかけられて移動していくのを確かめ、双牙は敵へ視線を移した。
「甘い夢に見せかけた悪夢――という所か」
 鋭い刃のような闘気を身にまとい、術式を込めた軍靴で地を踏みしめる。
「……それを払うのも、俺達の仕事だ」
 アスファルトに爪痕を残し、彼は攻撃に移った。

●茄子を打ち砕け
 ドリームイーターがケルベロスに襲いかかってくるが、もう攻撃の手を緩める理由はない。
 克己は龍の爪のように研ぎ澄ました刃を敵へ向ける。
「思い出を踏みにじったてめぇを俺は絶対にゆるさねぇ。首はいらないから命だけおいて行け。このクソ野郎」
 その刃が煌めき、雷が宿る。
 同時に、普段は誠実そうな彼の顔に、獰猛な表情が宿った。
 瞬きする間もない速度で茄子へと接近した克己は、鬱憤を晴らすように激しい突きをドリームイーターへと見舞った。
 ローザマリアの二刀から時空を凍結させる弾丸が飛ぶ。
「さて、お前の地獄はこれからだぜ?」
 ガントレットの下にある爪を硬化させ、高速で放ったタクティの一撃が敵の呪的防御を破壊する。
「ヘッズ・アップ!」
 ルアの大声で敵がひるんだ瞬間に、双牙の蹴りが敵を捉えていた。
 リリーもわずかに遅れて雷を帯びた蹴りを鋭く突き入れる。
 傷ついていた紫音には、コマキが青みを帯びた戦斧でルーンを付与していた。
 老人のドリームエナジーを失って弱体化した敵の攻撃を、さらにタクティや紫音が受け止めてしのぐ。
 弱体化したとはいえデウスエクスの攻撃は侮れない。
 仲間を守っている2人とタクティのミミックが見る間に傷ついていく。
「簡易的だけどやらないよりはマシだぜ……!」
 タクティは傷口を結晶化させた。
 灯籠船によって点けられた炎も同時に結晶に変わる。そして、炎にひびが入り、砕け散って消滅した。
「おじいさんを利用したお前なんかに、やられてやるつもりはないんだぜ」
 自らを回復したタクティは、さらに突撃する精霊馬の前に立ちはだかる。衝撃に足がよろめき、重圧を感じながらもタクティは反撃に移った。
 結晶のような姿のオウガメタルが、鋼の鬼と化して敵を吹き飛ばした。
 もっともドリームイーターが少しでも圧倒できたのは最初のうちだけだ。
 リリーは住宅地を駆け回る精霊馬を目を輝かせて追っていく。
「遅いわよ!」
 特殊な打突を放つと、その反動でマントがひるがえった。胸と腰を覆っただけの衣装で包んだ、均整の取れたドワーフの肉体があらわになる。
 神経伝達を阻む一撃が痛打を与えるとともに、動きを鈍らせる。
「やるねえ、リリーちゃん」
「ふふん、当然よね」
 空の魔力でその傷跡を正確に切り広げながら賞賛の言葉を投げかけてきたルアに、リリーは会心の笑みを浮かべて見せた。
「旋風の如く疾く鋭く、重ねる刃、巨岩を削り、穿ち貫く――スクリュー・パルバライザー……!」
 爪の生えた両腕をまっすぐに構え、全身を回転させながら飛び込んでいく双牙の一撃がさらに敵の傷跡を抉り取る。
 攻撃に転じた後、戦闘は徐々にケルベロスたちが優勢となっていった。
 茄子が大口を開けて襲いかかるが、一瞬動きが止まった隙に紫音は横をすり抜けた。
「独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 そのまま懐に飛び込んだ彼は、仲間の攻撃を浴びる敵を無銘の刀とナイフで切り刻む。
「癒すも傷つけるも魔女の得手。たまには魔女らしく戦ってみましょうか」
 コマキはハルバード状の斧を回転させて、大きく息を吸った。
「グロゥ・コル・アスリン・トゥヴァル、この身に纏いて紡ぎ結ぶ。いざ奏で響けや、極光の願い詩《Thuaidh=Solas》」
 大きく翼を広げた彼女の、翡翠の角がオーロラのように煌めく。
 高く澄んだ歌声が敵を包み込み、その体力を奪い取る。
 次いで放たれた突撃は克己を捕らえたが、倒すにはまだほど遠い。
「敵はもう弱っているわ。畳みかけるわよ」
「ああ、わかってるさ。風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
 ローザマリアは刀に闘気を込める克己へ背後から呼びかけた。
 高々と跳躍した青年の姿を目印に狙いを定め、踏み込む機をうかがう。
 両断せんばかりの勢いで、刀が深々と敵を切り裂いた。
 タクティのガントレットがドラゴニック・パワーを放ちながら茄子を打つ。
 それでも敵が動こうとしたのを確かめローザマリアの腕が閃いた。
「劒の媛たる天上の御遣いが奉じ献る。北辺の真武、東方の蒼帝、其は極光と豪風を統べ、万物斬り裂く刃とならん――月下に舞散れ花吹雪よ!」
 因果と応報、二つの刃は不可視の斬撃を幾度も放つ。
 花吹雪の如き輝きと共に、真空の刃は敵を細切れに刻んでいた。

●約束
 ドリームイーターの姿は風に溶け、消えて失せる。
「片付いたみたいだぜ」
 笑顔を浮かべてタクティが仲間たちと、老人を振り返った。
「そのようだな。しかしワイルドの力か。どういう物なのか、少しばかり調べてみる価値はありそうだ」
「匂うわね……ワイルドハント、死者の霊の騎行……。ウルフクラウド・ハウスのことも併せて何か分かればいいのだけども」
 双牙やコマキが言葉を交わした。
「おい、爺さん。大丈夫か?」
 紫音に声をかけられて、老人がゆっくりと顔を上げた。
「なんともない。それに……俺が、ずっと間違え続けていたことも、わかっておる」
 老人はとても疲れた様子だった。
「なあ……お前たちは間違えないでくれよ。俺のようにはなるな」
 弱々しい言葉を投げかけて、そしてケルベロスたちに背を向けようとする。
 願いを失った彼に残っているものは、きっともうなにもないのだ。前に進めと、幾人かが戦いの中で声をかけた。けれど、今の彼にその力が残っているようには見えない。
「じーちゃん! 今度、家に行くよ。だって園子さんのこと教えてもらうって、約束しただろ。教えて……くれるよな?」
 ルアが声をかけた。
 老人が振り向く。
「……来ても、茶は出せんぞ」
「なら、お茶を淹れられる人も連れてくよ」
 ぶっきらぼう声に、わずかな気力を感じて、ルアは笑いかけた。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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