鎌倉ハロウィンパーティー～仮初幻想

■リプレイ

●幻想の一夜
　足を踏み入れたその場所はお化けの闊歩するふしぎの国だった。
　普段は歴史ある街並みの広がる鎌倉も、この日ばかりは鮮やかなオレンジに彩られる。
　今日は10月31日。世界最大のハロウィンパーティが間もなくこの地で開催されようとしていた。
　街がカボチャ色に染まる中、いち早くパーティを楽しむ一団があった。
　天堂・ユキ（オネエのウィッチドクター・e00581）が音響設備を使って暗く幻想的な音楽を流し、小日向・ハクィルゥ（はらぺこオートマトン・e00338）が曲に合わせてホイッスルを鳴らす。
　それぞれが思い思いの仮装に身を包みながら幻想の一夜を満喫していた。
「ハクィルゥちゃん、それも仮装の一部なの」
　呆れ顔のユキがホイッスルを鳴らし続けるハクィルゥに尋ねる。
「ハロウィンとは、ぷぴー、こういうものと伺いましたが、違いましたか？」
　ホイッスルを咥えたままのハクィルゥは時おり笛の音を漏らしながら真顔で答えた。
　ハクィルゥの格好そのものは三角帽子と黒いローブの典型的な魔女である。
　しかしホイッスルと肩から下げられた小太鼓はハロウィンの仮装として非常に斬新なものであった。
「鼓笛隊のちょっと変わったイベントと思えばアリかしら。楽しい？」
「はい、わりと」
　ぷぴぴぴぴー、と返事よりも大きな音が鳴り響く。
　そんな二人の会話にテーブルの準備を終えた火霊・理庵（狂犬ポメラニアン・e08885）が加わった。
「なかなかサマになってんな。おっと、声でわかると思うが俺だぜ」
　理庵は怪獣のきぐるみを身にまとっている。リアルな造形のきぐるみは大きささえ実物大なら本物と見間違うほどの迫力であった。
「流行りのオレオレ詐欺かな？　二人とも気をつけて。きっとお菓子よりもスゴいものを要求してくるよ」
　ランタンを手に水守・蒼月（幸せを運ぶ黒猫・e00393）が冗談交じりの注意を促す。
　蒼月はカボチャ模様のキャスケット帽と黒いマントでジャンク・オ・ランタンの仮装をしている。頭がすっぽり収まる大きな帽子を深く被ればカボチャの被り物をしているようにも見える仕掛けである。
「こんな格好の詐欺師がいてたまるかよ！　俺だ俺、火霊だ！」
　必死に自分を主張する理庵に蒼月は笑いながらお菓子を渡す。
「わかってるってば。はい、お菓子あげるからイタズラなしだよ」
「しねぇよ最初から。お前らもちゃんと食っとけよ」
　お菓子を受け取った理庵はきぐるみの上を脱いで一息ついた。
　食べ物を目にしたハクィルゥはようやくホイッスルから口を離し、テーブルに置かれたパンプキンケーキに手を伸ばす。
　ケーキを次々に頬張りながら、顎を突き出して前のめりの姿勢をとるユキに視線を移す。
「寮長様はゴリラですか。よくお似合いです」
「だっ、だれがゴリラよ！　この格好とこの子を見ればわかるでしょ！」
　ユキの首には巨大なボルトが貫通しているかのように飾られている。さらに顔には手術の跡があり、いかにも人造人間風であった。
　その隣ではユキのサーヴァントである心電図が白衣を着込んで立っている。両手を後ろで組み、えへんと胸を張る姿はいかにも偉い人に成り切っている様子だった。
「こちらは、ゴリラの飼育員様ですね」
「フランケンシュタインよ！　その子は博士！」
「フランケン……ふーん、強そうな名前のゴリラだね」
「どうしてそうなるのよもう！」
　本気で勘違いしたままのハクィルゥと楽しそうにそれを肯定する蒼月に、ユキはひとり頭を抱えた。画面にちょびひげを映した心電図はポンポンとユキの背中を叩く。
「みんなお待たせー！　見て見てこれ凄いでしょ！」
　賑やかな会場内にフェクト・シュローダー（レッツゴッド・e00357）のよりいっそう大きな声が響き渡る。
　フェクトは背中に千手観音を思わせる腕を背負っている。黄金に輝く腕が手元のレバーを操作することでわさわさと動き出した。
「わー、すごいねフェクトさん。あの大荷物ってそれだったんだ」
「神様っぽいでしょ！　ホントは顔を三つにしたり全身金箔塗りにしたりもっといろいろやりたかったんだけどね！」
　仲間たちの仮装を見ながら、フェクトは口元に指を当て、うーんと可愛らしくつぶやく。
「みんな仮装凝ってるねー。自信あったんだけど普段通りすぎてイマイチだったかなぁ」
「それが普段ならちょっと付き合い考え直したくなるわね……」
「それは神様として崇めたくなったってことだね！　じゃあさっそく、お供え物もらっちゃおうかな！」
　不気味にうごめく腕を操作してハクィルゥのケーキを奪い取る。
　その刹那、フェクトは地面に組み伏せられ、腕を締め上げられていた。
「ギ、ギブギブ！　トリック、トリック・オア・トリートだよハクちゃん！」
「食べ物を奪う不届き者には戒めを、ですね。心得ています」
「私の知ってるハロウィンと違うんだけどー！？」
　フェクトの悲痛な叫びが天高く鎌倉の街にこだまする。
「まったく。何処にいても楽しそうだなあいつらは」
　賑やかにハロウィンを楽しむメンバーを遠巻きに眺めているのは高坂・鉄（模造のガンマン・e00668）である。騒ぎには加わらないものの、軽食をつまみながら非日常の雰囲気を楽しんでいた。
　テーブルを挟んでその向かいでは蛇荷・カイリ（二十八歳児・e00608）がいつものようにビールをあおり、楽しげに笑っていた。
「おっちゃん、その格好暑くにゃーい？」
　すっかり酔いの回ったカイリがテーブル越しに鉄の包帯を引っ張る。
「おいおい、ほどほどにしておけよ。支障がなければ構わんが」
　カイリを気遣う鉄は全身に包帯を巻いたミイラの格好をしている。顔だけは安全のために露出しているが、通気性の悪い仮装は寒さを感じるようになった秋空の下でも蒸し暑そうに見えた。
「お前さんこそその格好、ずいぶんと薄着だが寒くないのか」
　対するカイリは肌を大胆にさらけ出したボディコン衣装を着込んでいた。背中に悪魔の羽を取り付けた姿は本人の美貌も相まってサキュバスそのものである。
「こんにゃのお酒飲んでりぇばぽっかぽっかなのら。どうこのカッコー、似合ってりゅ？」
　手を頭の後ろと腰にやり、色っぽいポーズをしてみせる。
「ああ。お前さんみたいな美人ならいい目の保養になる」
「そ、そうかにゃー？　おっちゃんもほりゃ、シラフでそんにゃ恥ずかしいこと言ってらいで飲むのらー」
　照れているのを隠すように空のグラスを鉄に押し付ける。
「そのグラス、私がお注ぎするざんし」
　二人の会話がちょうど途切れたところを見計らって着物姿のうさぎが瓶ビールを差し出す。それはきぐるみを着込んだ椏古鵺・笙月（銀晶麗烏・e00768）であった。
　笙月はカイリと鉄のグラスにそっとビールを注いだ。
「ありがとにゃー。笙月もそのカッコ、暑くないかにゃー？」
「お気遣いありがとうざんし。よければ舞を披露したいと思うのですが、見ていただけるでござんしか」
「そにょカッコーれ？　凄いのりゃ！　お願いするのら！」
「それでは僭越ながら」
　開けた場所に移った笙月が曲に合わせてオリジナルの舞を舞い始める。他の仲間たちも舞が始まると同時に静かになり、一様にその優雅な姿に見惚れていた。
　目を留めたのはケルベロスたちだけではなかった。ホウキに乗って空を飛ぶ一人の少年が、ほとんど沈みかけている夕日に照らされながら誘われるようにパーティ会場へとやってきた。
　魔女とドラキュラを合わせたような格好の少年が近づいてくるのに合わせて笙月は舞を終え、笑顔を浮かべてゆっくりと歩み寄った。
「トリック・オア・トリート♪」

●夢は生者の道標
　顔がモザイクに覆われた少年はじっと笙月の顔を見上げる。
　わずかな沈黙の後、少年は笙月の言葉をそのまま返した。
「とりっく・おあ・とりーと」
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうざんし♪」
　ハロウィンドリームイーターを中心に小さな怪物たちが次々と現れる。
　帽子を被ったお化けが高笑いを上げながら笙月の胸に飛び込む。お化けが弾け飛ぶのと笙月の手のひらがドリームイーターに触れたのはほぼ同時だった。
　爆発の衝撃を受けて笙月がテーブル際まで吹き飛ばされる。ぶつかったテーブルからお菓子が次々とこぼれ落ちた。
「少し、イタズラが過ぎるざんしね」
　笙月は腹部を押さえながら立ち上がる。
　ドリームイーターも無傷では済まず、触れられた肩の痛みを抑えるようにモザイクを纏わせた。
「かみさまとの、やくそく」
　つぶやいた少年が次々とお化けをケルベロスたちに差し向ける。
　いくつもの爆発が起きる中、攻撃の合間を縫ってフェクトが訴えかけるような声を上げた。
「違うよ！　本物の神様ならあなたにこんなことさせたりしないよ！」
　指先がフェクトへと向く。途端に周囲の怪物たちがフェクトに狙いを定めた。
　迫り来る怪物を懸命に打ち払うが、あまりの数に対応しきれず被弾した。
「ぼくのゆめ、かなえてくれた」
「これが、あなたの夢なの。こんなふうに傷つけあって。こんなことが、元気になったらやりたかったことなの！？」
　痛みに耐えながら走り寄ったフェクトが頭部を狙ってファミリアロッドを振り下ろす。
　確かな手応えにドリームイーターはホウキに乗ったまま空へと逃れる。頭に手をやり、傷ついた頭部をモザイクで覆った。
「飛んでも俺の狙いからは逃げられないぜ」
　安全な場所に逃れたと油断しているドリームイーターに向けて鉄がリボルバーの引き金を引く。
　弾丸は狙い通りホウキに命中する。少年は一時ホウキの制御を失い、よもや落下というところでどうにかバランスを取り戻した。
「パーティがお望みなんだろ。満足するまで付き合ってやるよ」
　爆発の中でも慌てること無く銃を構え、ドリームイーターの身体を撃ち抜く。リボルバーと爆弾ではどちらに分があるかは明らかだったが、正確な射撃は確実に手傷を負わせていた。
「子供の夢を奪うような道化師は、ぶっ潰すわよッ！」
　銃撃の隙を狙われないよう、鉄と交互にカイリが斬り込んでいく。
　敵の出現と同時にカイリの酔いは冷めていた。子どもの純粋な心を利用するドリームイーターへの怒りは頂点に達し、得物を握り締める力をより強める。
　熟練の剣技によって振るわれた木刀は強く相手の胸を打つ。木刀を中心に網状の霊力が放出され、ドリームイーターの全身を縛り付けた。
「うう……い、たい……」
　モザイクによって表情の分からないドリームイーターが苦痛の声を漏らす。
「偽物には誤魔化されないわ。ここで躊躇することは、だれの救いにもならないもの」
　カイリは小さな男の子が苦しむ姿にも惑わされず真っ直ぐに見据える。
「ねぇねぇ、魔法使いくん。僕とも一緒に遊ぼうよ～」
　相手に気づかれること無く忍び寄った蒼月が両手の惨殺ナイフを振りかざす。
　右肩から左腹部に、左肩から右腹部に、バッテンを描くように斬り付け、さらにその場で身を翻してバツ印の中心にナイフを突き刺した。
　うめき声を上げながらドリームイーターは小さなお化けを差し向ける。いくつもの爆発は自身の幻影を纏った蒼月に直撃することはなかった。
「今の僕、ちょっと化け物っぽいかもね～。でもいいよね。今日はハロウィンなんだから」
　螺旋忍者としての過去を思い起こさせるような容赦のない攻撃に相手は怯む様子を見せる。
　動きを止めた隙を狙ってユキが日本刀を振り抜く。弧を描く斬撃はホウキを操っている腕を斬り裂いた。
「ごめんなさい。でも、これが貴方の本意じゃないって信じてるわ」
　一瞬、憂いを含んだ表情で少年を見つめたユキだったが、すぐに気を引き締めて背後に視線を送った。
「ハクィルゥちゃん！」
　ユキの呼び掛けに応じ、ハクィルゥがホイッスルから口を離す。
「攻勢に出ます……システムチェンジ、モード・アクィラ起動」
　後背部の翼が左右に大きく広がる。同時にハクィルゥの身体が浮かび上がった。
「突貫します。周囲の味方は巻き込まれないよう退避を推奨致します」
　地面と平行になってドリームイーターに突撃する。
　空気の流れを変えるほどの高速移動は自然の風すらも自らの武器とする。無数の刃はドリームイーターの呼び出す怪物を斬り裂き、ハクィルゥまで到達することなく爆発した。
　刃状になった翼がデウスエクスの身体に突き刺さる。霊力の網と腕の傷により身動きの出来なかったドリームイーターはホウキから転げ落ち、地面に横たわった。
　ハクィルゥは身体を反転させ、足を地面に擦らせて突進の勢いを殺す。ハロウィン飾りの傍で静止したハクィルゥはあまりの消耗のためその場で片膝をついた。
「まだ、やりますか」
　全出力を集中させた一撃は確実にドリームイーターに深手を負わせた。
　しかし相手はまだ動いていた。悶えながらもホウキを手に取り、必死に怪物を生み出していく。
「パーティは終わりだ。そろそろ夢から覚める時間だぜクソガキ」
　目の前の怪物を振り払った理庵が日本刀を腰に携えて歩み寄る。
　戦いの中でも理庵はきぐるみを着たままだった。幾度と無く爆発を受け、きぐるみの胴体と顔の部分が半分ほど吹き飛んでいる。
「かみさま、と。パパと、ママが」
「その親が待ってんだよ！　さっさと起きねぇとケツッペタひっぱたくぞオラァ！」
　素早い動きで抜刀し、少年の夢を利用する悪しきデウスエクスを斬り捨てる。
　今度こそ、その役割を終えたドリームイーターが命を散らす。ゆっくりと倒れ伏した少年は、ケルベロスたちの見ている前でホウキに乗った魔女をかたどったバルーンへと姿を変えた。
「これは……どういうことでしょう」
　笙月が注意深くバルーンに手を触れさせる。
　足元の部分が重くなっているバルーンは手で軽く押すとゆらゆら動きながら直立姿勢に戻る。危険はまるで感じられず、周囲に彩られたハロウィン飾りの一部となっていた。
「ま、不思議な事くらい起きてもおかしくないよね。今日はお化けたちのお祭りだもん」
　蒼月がそう納得すると他のケルベロスたちもそれを受け入れた。
　起き上がりこぼしのようなバルーンは早くも蒼月の遊び道具となっていた。
「この子も、連れて行ってあげるといいかもしれないざんし」
　ぽつりとつぶやいた笙月の言葉に鉄が同意する。
「意味があるかはわからんがな。そういう意味があるのかわからんことに手をかけるのも、悪くないかもしれん」
「そうだね。この子のお願い、全部は叶えてあげられないけど、一生の思い出に残る日にしてあげようね！」
　フェクトは慈しむようにバルーンとなった魔女を抱え込んだ。

　鎌倉の復興はこの日を境に成し遂げられるだろう。
　小さな男の子の願いも、きっと叶えられるだろう。
　ケルベロスたちが居る限り奇跡は何度でも起きる。
　ハッピーハロウィン。夢と幻想の世界へようこそ。

作者：稀之	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年10月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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