それは8月の半ば。山間の寒村での一幕だった。
仏壇の前に手を合わせた加藤・健三郎は亡き妻に思いを馳せる。
体の弱かった彼女を失って50数年。忘れ形見となってしまった息子からはつい先日、娘が結婚すると言う連絡があった。それはそれで幸せな人生を歩んで欲しい。それだけは切に願う。
だが。
「……絹代。お前も同じ幸せを歩んでも良かったのではないか?」
叶う事ならば、今一度、同じ時間を過ごしたい。若かりし頃、まだ、二人が幸せだった時代をやり直したい。20代の絹代とやり直すのであれば、今の自分ではだめだ。活力あふれたあの頃に戻るのであれば……。
(「そう。若返り、死んだ絹代に会いに行けたら……」)
戯れのような願いは、しかし、意外な形で成就の手段を迎えようとする。
落雷の如き轟音の後、健三郎の背後に立っていたのは、巨大な茄子だった。否、正確には茄子に手足の生えた、所謂茄子の馬だった。
「まさか、お前は」
健三郎の驚きを余所に、茄子の馬は言葉を紡ぐ。発声器官が何処にあるか判らなかったが、その声は健三郎に届いていた。
「汝が我と一つになるのならば、汝の望む『若返り妻に会いたい』と言う願いを叶えよう。……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
詠唱と共に召喚された黒い靄は健三郎を包み込む。
次の瞬間、そこに現れたのはモザイクの衣に身を纏った若き青年の姿であった。
青年と一体化した茄子の馬は嘶きの如く哄笑すると、次の言葉を紡ぎだす。
「ああ。汝のドリームエナジーが、我に流れ込んでくるのを感じるぞ。これぞ、ワイルドの力! 汝の望みが叶うまで、汝はドリームエナジーを生み出し続けるであろう。死者に会うという不可能な願いが叶うまでな!!」
「絹代、今、逢いに行くぞ」
微妙に嚙み合わない言葉を残し、二つの影は消失する。夜の闇に、茄子の馬に跨った青年の姿が映し出されるのは、その少し後であった。
「みんな、まずはケルベロス大運動会、お疲れ様」
ヘリポートに集ったケルベロス達を出迎えたのはリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)による労いの言葉だった。
しかし、その表情も一転して曇る。それは事件の到来を意味していた。
「精霊馬のドリームイーター事件が発生しているようなの。お疲れのところ悪いけど、解決をお願いしたいの」
このドリームイーターは『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人の願いを取り込んで、合体して暴れ出そうとしているようだ。
「おそらく、このドリームイーターはドリームエナジーを奪うのではなく、ドリームエナジーを生み出す人間を取り込むことで、より強いドリームイーターへとなろうとしているのでしょうね」
事実、老人を取り込んだこのドリームイーターの攻撃力と耐久力は高く、そのまま戦えば苦戦は必至だろう。
また、そのまま――つまり、老人を取り込んだままの状態でドリームイーターを撃破した場合、老人は大怪我、或いは死亡の可能性を否定できない。
「取り込まれた老人、健三郎さんが『死亡した伴侶に会いたい』と言う望みを捨て去ることが出来れば、ドリームイーターは力を失ってしまうし、取り込んだ彼を放り投げてしまうので、保護できるようになる筈なんだけど」
それをどうするか、と言うのが難しいようだ。
「さっきも言った通り、精霊馬のドリームイーターは健三郎さんを取り込んだ状態になっているわ」
自己回復や列攻撃と言った強力な能力を持っている。敵は配下等はおらず、単体ではあるが、その脅威は図り知れないだろう。
「でも、健三郎さんさえ引き離す事が出来れば、弱体化するわ」
耐久力と攻撃力は8割程度まで減じる事が出来る。また、グラビティの質も変わるようだ。
「だから、どうにか健三郎さんに望みを捨てさせ、ドリームイーターから引き剥がす事を優先した方がいいと思うの」
正面から挑むのは危険だとの事だった。
「にしても、このドリームイーターが唱えている怪しい呪文、どこかで聞いたような気もするのよね……」
うーんと唸った後、リーシャは首を振り、次の言葉を紡ぐ。ドリームイーターの撃破は必須。でも、可能ならば取り込まれた健三郎さんを助けて欲しい、と。
「死者に会いたいと言う気持ち、判らなくもないわ。でも、それが叶わない事だって、私たちは知っているから」
だから、と彼女はいつもの様にケルベロス達を送り出す。一抹の寂寥感がそこにあった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
参加者 | |
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フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355) |
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239) |
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) |
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020) |
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454) |
カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813) |
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503) |
●老人と精霊馬
夜闇の街に老人は降り立つ。否、茄子の形をした馬――精霊馬のドリームイーターに跨る健三郎の姿は、今や80を過ぎた老人の姿をしていなかった。
「絹代……」
20代半ばの風貌をした彼は、亡き妻の名を口にする。夜と言うのに明るさの抜けない街に、彼は表情を歪めていた。
思えば、妻と幾度と出掛けたのもこの街だった。あの頃、ここはまだこんな明るい顔をしていなかった。夜を染める闇は深く、家々に灯る明かり程度では払う事が出来ていなかった。
「絹代」
その時代を二人で生きていた。生きて行こうと決めた。だが、実際はどうだったか。
ならば取り戻せばいい。その力を馬は与えてくれる。若さを、夢を、そして、幸福を。
「今、行くぞ」
手綱を引く健三郎の表情に暗い笑みが宿ったその瞬間だった。
「世間は盆だってのに精の出るこった。これがなきゃローマに帰省するつもりだったんだがな」
夜闇に消えようとした健三郎の動きを止めたのは、煙草を踏み消した男の一言だった。金色の髪と白い肌、青い瞳は欧州系の人間だろうか。男――カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)は深い溜息と共に、健三郎達の道を塞ぐ。
見れば彼だけでは無かった。男を含め、8人の男女が各々手にした照明の元、行く手を塞いでいる。彼らに宿る意志が、健三郎達の阻害である事は容易に想像できた。
「何の用だ?」
武器を携えている事を鑑みれば、実力行使に訴えようとしている事は明白だった。故に剣呑な言葉を放つ。それを打破するだけの力もまた、健三郎に備わっていた。
「探し求めれば忘れてしまうものー。半世紀の時を思い巡らせばー、心の中の其処此処にー。共にしていた絹江さんの姿がー、見えていたのではないでしょうかー? 過去を忘れて若さを得てー、心の目を閉ざして形を求めてー、貴方は何をー、探そうとしているのでしょうー?」
歌うように語り掛けるのは、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)だった。細い目の奥の色は見えず、その意図を読み取る事は出来ない。
「何を?」
故に健三郎は問う。この瞬間、絹代の名を語る者がいるなど思ってもいなかった。
「健三郎さん……」
「爺様」
苦み走った表情で彼を呼ぶのは、天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)と深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)、そしてパトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)の三者だった。大切な人を失い、その人を想った50年の歳月が如何程ばかりか。その想いを理解しない訳でも無い。だが。
「僕達が寄り添うべきは、前へ進む為に立ち上がる勇気の方です。過去を糧に貴方に未来を見て生きて欲しい。だから……貴方を止めます」
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)の言葉はその代弁だった。同じ気持ちを抱く四人の言葉に、健三郎は「む」と顔を歪める。
それは不快感だった。物言いを虫唾が走る、との気持ちは何処から湧き上がってくるものか。
「黙れ」
呪怨の如く響く声は、健三郎から零れた言葉だった。
そこで気付く。なぜ、この場には8人しかいないのか、と。
未だ深夜にも満たない時間帯だ。通行人がいても不思議ではない。しかし、
視線の先にいる鈍色のケルベロスコートに身を包んだシャドウエルフ――サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)が自身の得物を構える姿を見て確信する。ここに誰も通らないのは、彼らが何かをしているせいだ、と。
事実、この空間に誰も通らないのはサイガの殺界形成を始めとしたケルベロス達のグラビティによる賜物であったが、その種明かしをするつもりは彼らに無かった。彼らが行動はただ一つ。事件の終息を願い、元凶であるドリームイーターを討つ。ただそれだけである。
「行くよ、おじいちゃん」
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)の声が、ただ悲し気に夜の街に響いていた。
●キミよ、死に給うことなかれ
馬の嘶きが響く。どこからどう見てもただの茄子のような外見をした馬にも関わらず、その嘶きは首と思わしき場所――茄子のヘタから響いていた。
当時に飛び出たのは無数のモザイク弾。それらは願い違わずサイガとシルディ、そして共に盾役を担うパトリックのサーヴァント、ティターニアと夜七のサーヴァント、彼方を襲撃する。
零れ出る呻き声、そして苦悶の表情は、それが孕む力強さを示すようであった。
「やはりー、お強いですわねー」
無骨なドラゴニックハンマーを構えたフラッタリーは感心、とばかりに頷く。健三郎と同化した状態のドリームイーターの脅威は図り知れない、とはヘリオライダーの弁だったが、その情報に偽りは無かったようだ。おそらくこのままぶつかっても苦戦は必至。敗北の可能性すら否定できない。ならば、健三郎とドリームイーターを引き剥がす手段を講じるべきだとの助言もまた、正しいのであろう。
「アア嗚呼ああっ!」
故に、フラッタリーは狂乱をその身に宿し、竜撃砲の嵐を健三郎に叩き付ける。引き剥がす手段は皆に託した。彼女の役割はその足止めにあった。
「そいつは――デウスエクスはてめえの為にしか走らねぇ。取り込まれれば永遠の養分コースだ」
魔法陣を描き、守護の結界を敷くサイガの言葉は健三郎に届いているのか否か。精霊馬を操る手綱捌きは鈍る様子を見せ無かった。
「若返ると言う事は、今を諦めると言う事。懸命に生きて来た健三郎様の人生を、そして、立派に育ち、これから幸せになろうとするご家族を、その全てを無かった事にしてしまったら、絹代様はどう思われるでしょう!」
冷凍光線と共に紡がれるラグナシセロの言葉は健三郎の心を抉り。
「黙れ、若造が!」
荒げた声は、その証左の如く発せられていた。
「デウスエクスになれば若さや力を取り戻せるかもしれないけど……おじいちゃんはケルベロスのいない時のニホンの事、知ってるよね? あんな風になっちゃうんだよ!」
竜砲弾の轟音と共に紡がれたシルディの叫びはしかし、健三郎に届かない。返す刀とばかりに放たれた茄子の馬の一蹴り――割り箸を思わせる白さと細さを持った足だった――は彼の身体を夜空へと弾き飛ばす。
「どうやら、一般論は健三郎さんに届いていない様ですね」
宙を舞うシルディの身体を抱き止め、電撃の治癒を施すケイは唸るように呟く。
サイガとシルディの言葉を無視し、ラグナシセロの言葉には動きを止めた。その事実は即ち、彼の心に届く言葉と届かない言葉があると言う事を示していた。
ならば、告げるべきは――。
「貴方がデウスエクスに利用され、周りに危害を与えれば、いずれ多くの人々が、嘗ての貴方と同じ悲しみに打ちひしがれる事になるでしょう」
そこでケイは言葉を途切れさせる。次に紡ぐべき言葉。それこそが彼に繋がる文言だった。
「その悲しみを一番良く知っているのは貴方ではないのですかッ?! 愛する人を失う悲しみを一番知っているのはッ!」
それは叫びだった。健三郎に届けと咆哮の如く、抱く思いを叩き付ける。
「――貴方の筈だッ!」
「だよな。爺様」
自身の守護星座を地面に描きながら、パトリックはケイの言葉を引き継ぐ。家族を失う悲しみも、そして家族の大切さを知る彼だからこそ、デウスエクスの甘言による惨劇を望む筈が無いと、確信を以って言葉を紡いでいた。
「先立たれて五十数年、逢えるものなら逢いたい、と言う気持ちも分かる! だがそれよりも、確実にある現在や未来……孫の花嫁姿やあわよくば曾孫の顔を見るのが先じゃねぇのか?」
失った伴侶に逢いたい気持ちを抱くのは彼も同じだった。だが、それはこの身が天寿を全うした時と決めていた。今は地球を守る為、ケルベロスとして生きる決意を抱いていた。故に彼にも問う。――今、望むべきは伴侶に逢う事なのか、と。
彼の覚悟を知るティターニアは短い鳴き声を主に向けると、自身に刻まれた傷を癒していく。その瞳が揺れているように見えるのは、その目に映す景色に何かの違いがある為だろうか。
「死んだ人に逢いたい気持ち、ぼくにもわかるよ」
夜七の言葉は優しく響く。告げる想いは二つだけ。貴方が覚えている過去は奥さんとの日々だけじゃなかった筈だと。そして、これからがまだある筈だ、と。
言葉と共に紡がれた白銀の軌跡は彼方の斬撃と共に茄子の足を切り裂き、その場に足止めする。
「……あ、あああ」
浮かび上がった虚像の残滓に、老人は何を見たのだろうか。青年にまで若返ったその双眸から零れる涙は、ライトを受け、きらきらと輝いていた。
「このままだと、お前さんの息子も孫も、二度とお前さんに会う事は出来んよ」
銃声が響く。カレンデュラの言葉はその弾丸と同じく、健三郎を抉るだけの力を有していた。
「残された家族をどうするつもりだ? お前さんと同じ辛い思いを、彼らに味わわせるつもりなのか?」
同じ想いを他ならぬ大切な存在に抱かせるのか。
カレンデュラの言葉は、健三郎を打ちのめすのに充分だった。
「お、おおおおお」
掌で自身の顔を覆った健三郎から嗚咽の如く声が零れる。
「帰ってやれよ。爺様。その方が絶対、あんたの子供も孫も、んで、奥さんも喜ぶぜ?」
パトリックの声が響くのと、健三郎が項垂れる様に脱力するのは、ほぼ同時だった。
●夢喰いは番犬と踊る
それはまるで早送りを見ている様であった。精霊馬の背に乗った青年が中年から壮年へと姿を変え、やがて老人へと転じていく様は、瞬く内に行われていた。
そしてその身体を虚空へと投げ出される。ぺっと吐き出すようなその仕草は、精霊馬が唾と共に不要となった養分を吐き出すかのようでもあった。
「おっと」
それを受け止めたのはラグナシセロの痩身だった。弾丸の如き射出だったが、幸い、老体に怪我はない様だ。気絶しているのは急激な身体変化に精神力が追い付かなかった為だろう。少し眠らせておけば、時期に回復する筈だ。
「やったな」
カレンデュラが素直に喜びを示す。もはや後顧の憂いは無い。後は老人を利用しようとしたドリームイーターに鉄槌を下すだけだ。
「ヒヒーン」
聞こえた声は馬の嘶きだった。怒りに震えた声は、しかし、その想いがドリームイーターだけの物ではないと、夜七は断じる。
彼らもまた、怒っていた。侵略者たるデウスエクスに。そして、老人の想いを利用し、踏みにじったドリームイーターに。
「遍クヲ包mU静穏之如ク、終Enヨリ来タレRi颶風之滅ビヲ告ゲ真セウ。流転輪廻ガ囁クヤフニ」
フラッタリーが振るう姿なき刃は煉獄の咎としてその皮切りとなった。精霊馬の皮膚――茄子の皮のような感触のそれを切り裂き、そして果肉のような中身を切り裂く。
応戦に放たれたモザイク弾はしかし――。
「――この程度か」
簒奪者の鎌で受け止めたサイガはつまらなさそうに嘯く。老人と言う媒介を失い、ドリームイーターの力は半減している。如実にそれが表れたのはグラビティの威力だった。範囲も威力も減じたそれは、先程までの比では無かった。
「じゃあ、ひとつ」
サイガが放つ拳撃は虚無の牙を孕み、精霊馬の身体を貪り尽くす。声なき悲鳴を聞いた彼はしかし、眉を軽く顰めただけだった。
「そう簡単じゃねえとさ、ヒトのココロは」
「Live and Let Die!!」
そこにパトリックの剣戟が続いた。死の宣告とも呼ぶべき詠唱は、ドリームイーターの行く末を告げる物でもあった。重力と言う楔を打ち込み、不死の神に死を与える地獄の番犬ケルベロス。その体現とも言うべき一撃は、精霊馬の身体を深く貫く。
「新聞記者だからって甘く見てると、痛い目見るぜェ!」
カレンデュラの銃弾は拳と蹴りを伴って放たれる。いわゆる銃格闘術はドリームイーターの身体を、手足を抉り、粉々に粉砕していった。
「嫁さんへの想いを利用した報いと、俺の休みをフイにした報い、とくと受けるんだな! ああん、私怨? 違うな、コイツは正当な抗議! 休暇は労働者の権利だ!」
口にする怒りはある意味、正しい物のやはり私怨である事は否めない。その抗議の如く発せられた嘶きはしかし。
「鬼神の一撃……その身で受けてみますか?」
まるで口を塞ぐよう、ヘタに重ねられた掌がそれを阻害する。
ケイだった。精霊馬を御する程の膂力があるように見えない彼の腕はそれでも、その身体に食い込み、ぎちぎちと破壊の音を立てていた。全身を巡る氣を一転に集中させた功夫がそれを可能としていたのだ。
そして、その氣も勁として精霊馬に放たれる。打ち出された発勁――鬼すら葬る衝撃を一点に受けた精霊馬は悲鳴も上げることも出来ず、その身に崩壊の兆しを走らせる。
「亡くなった人への気持ちは、誰かに預けるものでも、まして委ねるものでもない。自分で抱えて、悼むためにあるんだ!」
夜七の言葉は消え行く精霊馬に届いたのだろうか。
光の粒と化していくそれは苦悶を表すように身震いすると、やがて夜の闇へと溶けて行った。
●夢、破れり
「母なる大地よ、その 中心より溢れる力のひとかけを、子たる常命なる者へ貸し与えたまえ」
「豊穣を司りし神々よ、我らに慈悲を与え給え」
シルディとラグナシセロのヒールが健三郎の身体を覆い、身体に刻まれた傷跡を癒していく。老人を止める為の戦いだったとは言え、彼に幾ばくかの傷を与えたことは事実だ。それらが完治していく様に、一同はホッと溜め息を吐く。
「寝息も健やかー、問題は、なさそうですねー」
フラッタリーの声は何処となく弾んでいるように聞こえた。幸せそうな寝息を立てる老人がどのような夢を見ているか。それは彼女には計り知れない。けれど。
「ま、きっと婆様の夢でも見ているんじゃねーの?」
きっとそうだったらいい。パトリックの言葉は願いの様に聞こえた。大切な物を失う辛さを知るモノの言葉は、どことなく重く響く。
「ま、なんだ。死亡記事を出す羽目にならなくて良かったな。長生きしてやれよ、爺さん」
カレンデュラの紡ぐ言葉もまた、願い。軽口の様で、だが、それが心配から紡がれた物だと、その青い瞳が物語っていた。
「愛する人との別れ。それは定命の者には必ず訪れる悲しみなのでしょう」
ケイの言葉は逃れようのない真実。不死のデウスエクスと違い、定命の者たる地球人にはいずれ、別れの時が来る。それは絶対であった。
ですが、と紡ぐ彼の言葉に耳を傾けた一同はコクリと頷く。それはケルベロス達の総意でもあった。
「ですが、だからこそ共に過ごす時間は尊くかけがえのないものなのでしょうね」
「だな」
同意を示し、老人の身体を背負うサイガに夜七は笑い掛ける。
「さぁ。その大切な想いの場所に、健三郎さんを送っていかないと、ね」
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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