精霊馬事件~夏の寂夢

作者:黄秦


 某県、山沿いの集落に、一人の老人が住んでいた。
 周囲の住人は、家族ごと引っ越したり、高齢で亡くなったりして、老人以外はほとんどいない。
 老人自身もすっかり体が弱って、この頃ではほぼ外に出ることもなく、家で一人、じっとしていることが多かった。
 お盆の近づいたその日。
 蝉しぐれが降り注ぎ、ぎらつく太陽が庭に照り返すのとは対照的に、薄暗い部屋の中に座り込み、老人は茄子で『精霊馬』をこしらえた。
 野菜に四肢をつけて馬や牛を象ったもので、お盆にはそれに乗って人々の魂が乗って戻って来るという昔ながらの風習だ。
 死に別れた妻の仏壇に備え、手を合わせて、老人は祈る。
(「皆いなくなっちまって、ワシ一人きり。すっかり体も弱っちまって、楽しいことは何もない。妻よ、お前に会いたい……会いたいのう」)
 蝉の声が酷くうるさく感じられる。孤独に胸を詰まらせて、老人は思わず精霊馬に語り掛けた。
「なあ、精霊馬よ、お前さんがあの世へ行き来する力があるのなら、頼む。ワシを若返らせてくれ。そして、妻に会わせておくれ」
 手を合わせ、身を震わせて老人はすすり泣く。すると、突然、空中に大きな茄子の精霊馬が現れた。
 本来なら怪しむべき現象に、しかし老人は歓喜した。
「おお……ワシの願いを叶えてかなえてくれるのか! では今すぐ、ワシを若返らせておくれ。そして妻に会わせておくれ!」
 精霊馬は、厳かな声音で老人に応える。
「よかろウ。汝が我と一つになるなら、その願いを叶えてつかわス」
 老人が一も二もなく頷くと、精霊馬は奇妙な呪文を唱え始めた。
「……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 それは黒い靄のようになって老人にまとわりつき、その姿を隠してしまった。
 精霊馬の呪文が止んで、靄が晴れた時、老人は在りし日の姿を取り戻していた。モザイクで出来た衣を纏い、今や精悍な若者となった男は、躊躇いなく精霊馬の背にまたがった。
 精霊馬は高らかに嗤う。
「好いゾ、汝のドリームエナジーが、我に流れ込んでくる! これぞ、ワイルドの力! 汝の妻に会うその日まで、汝はドリームエナジーを生み出し続けるであろう。もっとも、死者に会うという事など不可能だがナ!!」
 嘲る言葉は、若者となった老人の耳には届いていない。彼は、ただただ、妻に会える希望と喜びに浸っていた。
「待ってておくれ、妻よ。今、会いに行くからのう……」


「ケルベロス大運動会、お疲れ様なの」
 安月・更紗はケニアで熱闘を繰り広げたばかりのケルベロスたちを労う。ぺこりと一礼すると、次には手にした金魚柄の傘をくるりと回して、居住まいを正し、告げた。
「日本に帰ってきたばかりで疲れていると思うけれど、聞いてほしいの。みんなが心配していた、精霊馬のドリームイーターの事件が発生しているみたいなの」
 更紗によると、このドリームイーターは、精霊馬に『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人の願いを取り込み、合体して暴れ出そうとしているようだ。
 おそらく、このドリームイーターは、ドリームエナジーを奪うのでは無く、ドリームエナジーを生み出し続ける人間を取り込む事で、より強いドリームイーターとなろうとしているのだろう。
 老人を取り込んだドリームイーターは、その分耐久力や攻撃力が上がっており、なかなかの強敵らしい。
「おじいちゃん……えっと今はおにいちゃん? が取り込まれたままでドリームイーターを倒しちゃうと、大怪我をしたり、もしかしたら死んじゃうかもしれないの。
 でも、戦いながら説得して、おじにいちゃんが『死んだ奥さんに会いたい』というお願いを捨てれば、耐久力と攻撃力は元に戻るの。
 そうなったら、ドリームイーターはおじにいちゃんを投げ捨てちゃうの。とってもひどいけど、それでおじいちゃんは助けられるの。
 ちょっぴり怪我はするかもだけど、死んじゃうことはなくなるの」


 老人は山沿いの田舎、小さな家に独りで住んでおり、人通りはほとんどないため、避難誘導などの必要はない。
 手入れされてないので荒れてはいるが、庭は広く戦闘に支障は無い。
 敵は茄子に割りばしの四肢と言った姿のドリームイーター1体のみ。その背に乗った元老人は一体化しているもので、配下ではない。
 そして、心を抉る鍵での攻撃や、モザイクに包み込む攻撃をしてくる。
 老人を説得し、合体を解くことが出来れば、その耐久力と攻撃力は8割程度まで下がる。使う技の威力も下がるだろうと更紗は説明した。


「おじいちゃんはお友達がどんどんいなくなって、体も弱って、一人ぼっちでとても寂しくて心細くて、死んじゃった奥さんに会いたくなっちゃったのね。
 だから、皆で励ましてあげたら、『奥さんに会うのは、もっと先でもいいかな』って思ってくれるかもなの。
 悪いドリームイーターをやっつけて、おじいちゃんを助けてあげてください! よろしくお願いします、なの」
 そう締めくくって、ぺこりとお辞儀をする更紗だった。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)
月見里・ゼノア(鏡天花・e36605)
天岩屋・織人(オラトリオの鎧装騎兵・e38671)

■リプレイ


 それまで喧しく鳴きたてていた蝉の声が、不意にぱたりと止んだ。
 そして、古ぼけた民家の荒れ庭に、巨大なナスが、出現した。その背には、精悍な男がまたがっている。
「ああ、妻よ。やっと会えるのだね……」
 夢見るような表情で、そう繰り返す男に、精霊馬の姿したドリームイーター、妖霊牛は密かにほくそ笑む。
 彼はこの家に住まう老人で、死んだ妻に会いたいと願い、そのために妖霊牛と一体化したのだった。
 そして妖霊牛は男からパワーを吸い上げているのだ。
(「さあ、もっと寄越セ。死者に会うと言う不可能な夢に溺れ、我に力を与えるのダ……」)
「……おや、あれは、妻ではないか?」
「なにイっ!?」
 男の指さす先を見れば、ゆらめく陽炎の向こう側、照り返す太陽を背に、山道を登り来る人影があった。……8つほど。
「はて、若者ばかりじゃのう……妻も若返っておるのだろうか?」
「いやいやいヤ!? 全然違うだろ、よく見ロ!!」
 男は目を凝らして近づく人影を確かめる。それは、年若い、あるいは幼い少女達だ。
「……妻じゃなかった」
「当たり前ダっ!」
 しょんぼりする男。安堵する妖霊牛。


「こんにちわ、ご老人」
 中でも一段と幼く見える少女(?)が進み出て、挨拶する。若返っている男に『老人』と呼びかけたのは、天岩屋・織人(オラトリオの鎧装騎兵・e38671)だった。
「その精霊馬に乗って奥方に会いに行くことは、やめた方が良い」
 突然現れて全てを見透かしたようなことを言う少女に、老人は驚くが、織人は構わず更に話続けた。
「諸々の神話が示すように、生きたまま死者に会いに行くという話は、とんでもない危険を伴うのじゃ。精霊馬は死んだ奥方の為の乗り物だと分かっておろう?」
 生者が乗ってあの世へいくのはルール違反であると、織人は説く。
「会えてもそのまま地獄で鬼に打たれ続けるかもしれぬ。さあ、早くやめるのじゃ」
 見ず知らずの子供から出鼻をくじかれた男は、戸惑い、怒る。
「何故、お前さん達にそんなことを言われねばならん」
「そうダ! 耳を貸すではないゾ!」
 少女たちがケルベロスだと気づき、妖霊牛は茄子のヘタからモザイクを飛ばした。纏わりついて麻痺させる。
 楡金・澄華(氷刃・e01056)が分身の術でモザイクを散らした。
「生きて死者に会いに行けるという話……、世の理をねじ曲げることになる。そこまでして逢いにいっても……奥さんに喜んでもらえるかどうか」
 老人は澄華の言葉に気色ばんだ。
「な、なんじゃと?」
「奥さんに会いに行くって事はあの世に行くって事だろ? 大切な人に、早くあの世に来られても嬉しくないし、寧ろ悲しいんじゃないかな……」
 速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)も同調する。
「生きたまま亡くなった方に会うことは出来ません。今出来ることを楽しみ、もっと後で奥さんと会った時、良い話を聞かせてあげてはいかがですか」
 次いで幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)が諭した。
 立て続けに理を説かれ、思いもよらなかった妻の気持ちを問われて、男の心に動揺が走る。
 しかし、妻に会う事だけが希望となっていた男には、素直に聞き入れる気には到底なれない。
「奥さんにあいたいのはわかるけど、でも、その姿で行ってもわからないと思うよ?」
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)にそう言われると、
「そんなことはない! 妻にはわしがきっとわかる!」
 なお頑なになってしまうのだった。
「逢いたい気持ち、私もすごく分かるのよ……私もずっと昔に家族を亡くしたもの」
 だけど、とアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は続ける。
「だけど寂しいって追いかけるより、楽しかったよって土産話沢山持って行きたいじゃない?」
「じゃが、じゃが……今更楽しいことなど……」
「良ければお友達になってくれないかしら?」
「!?」
「孫みたいな年の差かもしれないけれど、それでも良ければ」
 なんといっていいのかわからず、男は微笑むアリシスフェイルをただ見つめた。
「私達のような、違う世代の者との交流……楽しいものとなるぞ?」
 手を伸ばしさえすれば、男の望むものはこちらにこそあるのだと澄華も誘う。
「おじいさん、まずはあなたの好きなこと、教え……」
「わんわん喧しいワ! この蝉どもメ!! こ奴の夢を醒まさせるような真似はさせヌ!」
 激しく遮ぎり、妖霊牛はモザイクを飛ばし、アリシスフェイルらを包み込もうとした。
「おっと、そうはさせない!」
 ティユ・キューブ(虹星・e21021)とボクスドラゴンのペルルがその前に立ちはだかる。
 代わりに2人が包み込まれてしまうが、織人のオラトリオヴェールがモザイクを払う。
 そのままティユはヒールドローンを展開した。ペルルに命じて、属性インストールをまずはティユに付与する。
「『天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ。――蒼界の玻片』」
 アリシスフェイルは灰と黄の光で描かれた六芒星を浮かべ、青と白の障壁を作り出す。
(「人の心の弱ったところに付け込んで最っ低よね! これだからナスって苦手!」)
 心で呟くアリシス。
「サークルシュートじゃ!」
 織人は貝独楽・方円の陣で邪気を払い、抵抗を高めた。
 今は守りを固め攻撃を凌ぐ時だ。老人を救うまで、ギリギリまで攻撃はしないとケルベロスたちは決めている。

 言葉を尽くす間もドリームイーターからは攻撃が飛ぶ。
 紅牙たちへのモザイク攻撃を、澄華が庇い、負った傷は皆で癒す。
 その間も、ケルベロスたちは言葉を尽くした。
「慌てなくてもいつかまた愛する人と逢えますよ。……私達も手伝いますから、まだまだ人生楽しんでみましょうよ」
 トラウマにつけられた傷を堪えて、月見里・ゼノア(鏡天花・e36605)は男に優しく言う。
 ケルベロスとは言え、小さな子供や女性が傷つく姿は老人に衝撃を与えていた。
 何故、そうまでして見ず知らずの自分のために必死になっているのか。何故、なぜ。
「一緒に楽しい事探して思い出作って、奥さんに会うのはそれからにしないか? 土産話たくさん持っていこうぜっ!」
 その方がおばあちゃんもきっと喜ぶ、と紅牙は一所懸命訴える。誠心誠意呼びかけられて、男は冷えていた心が熱く満たされていく気がした。
 そして、ふと気づく。妻に会いにいくと言う希望は、これほど胸を満たしていただろうか? 望めば望むほど、心は渇くばかりではなかったか。
「ただ妻に会う事ばかり考えていたが……土産話、か。そうじゃな……寂しかったなどと言っても困らせるだけじゃなあ……」
「おいっ! パワーが落ちているゾ! 惑わされるでなイ!」
 精霊馬の囁きよりも、目の前の少女たちの励ましの方が、今や男にはっきりと届いている。
「小娘の言葉で悪いが、寂しかったと追うよりは楽しかったと胸を張って欲しい。皆の言うようにまだ楽しめる事もあると思うんだ」
 男はかけられた想いの一つ一つをかみしめる。どれだけ傷付いても少女たちは、真っ直ぐに男を見ていた。精霊馬に語り掛けたときとは違う優しいものに胸が満たされ、詰まる。
「見ず知らずの小さい子を傷つけてまで会いに行っても……妻は、喜ばんよな……」
「デウスエクスに巻き込まれた、より、それを乗り越えたんだって話をお勧めするよ。きっと自慢になる」
 ティユにいっそ明るく微笑まれて、男はついにうなだれた。頬をとめどなく涙が伝い、流れる。そこから肌の血色が衰えていく。
「お、おい、パワーが来ないゾ!? そんな戯言に騙されるナ、妻に会いに行くのだろウ!!」
 焦った妖霊牛は男に必死に呼びかけるが、男はきっぱりと首を振った。
「精霊馬よ、ひととき夢を見させてくれてありがとうのう。じゃが、まだ妻に会うには早いようじゃ……」
 最早この男が役立たずになったことを悟り、妖霊牛は激怒する。
「ならば勝手にしロ! 残り少ない命を後悔で使い潰すがいイ」
 言うなり、老い始めた男を放り出した。さして高さはなかったためケガはなく。すっかりと元の老人に戻って、雑草生い茂る地面にぼんやりと座り込んでいた。
「やった!」
 ガッツポーズの紅牙だ。
「寂しさを利用する卑劣な行い……、許せません!」
 今こそ反撃の時と、鳳琴は拳を握り、構えた。


「よくも、我が贄を台無しにしてくれたナ!」
 妖霊牛もまた怒り心頭で、モザイクを飛ばす。しかし、老人との一体化を解いたため、その数は少なく、複数を包み込むことはできない。
 幾つもの守りを重ねていれば威力も弱く、何なく打ち消してしまった。
「おのれェ……っ」
「貴様のやり口は、一等好かん! 刀たちよ、 私に力を……!」
 もう容赦する必要はないと、澄華は愛刀『凍雲』を抜き放ち、その力を解放する。空間ごとナスを叩き斬った。
「シルさん!」
「いくよぉ!」
 鳳琴とシルのダブルスターゲイザー。超重の跳び蹴りが妖霊牛にめり込み砕く。弾け、モザイクが飛び散った。
「容赦なくふっ飛ばさせてもらうわ!」
 最低のナスに慈悲はない。アリシスフェイルは雷気を纏った刃を叩き込む。
「うぐぉおおおオ……」
 重力に押さえつけられて身動き取れないところへ、神速の雷刃で紫の皮を剥かれていく。露わになる中身はやはりモザイクだったが。
 ドラゴニックミラージュで畳みかける、ゼノア。龍の幻影が容赦なく焼き焦がし、焼きナスにせんとす。
 織人はアームドフォートの主砲を一斉掃射し、麻痺を与える。
「喰らえナスビ!」
 紅牙の凍結光線で、いい具合に火が通りかけていたナスは急速冷凍された。
「ぐぬぅ!」
 たまらず、妖霊牛は自分をモザイクで包み補修する。

「せいっ!」
 澄華は『凍雲』で斬り込み、モザイクを斬り裂き、広げる。
 シルの黒影弾が妖霊牛を侵食する。
 身もだえし、妖霊牛は狙いを定め、心を抉る鍵で切り裂いた。具現化するトラウマはティユの散布していた紙兵に触れて、たちまち消え去った。
 ゼノアの放つ弾丸が妖霊牛の前脚を穴だらけにしてもぎ取った。
 紅牙はナイフを変形させ、斬り刻む。鉤裂きに切り裂き、傷を広げていく。
「ドリームイーター、勝負だっ!」
 鳳琴は風のように妖霊牛の真下へ躍り込み、揺れるほどに踏み込む。その拳が輝き、龍の姿を取った。
 妖霊牛は跳ねあがり、木の脚で鳳琴を踏みつける。巨大な槌のようなそれを半ば受け止め、強引に拳を叩き込んだ。
 放たれた輝く龍が妖霊牛の身を駆け巡り、蹂躙する。
 ティユが正確な演算で急所を貫けば、織人のフォートレスキャノンが火を噴く。砲弾の嵐はシャーマンズゴーストの召喚した原子の炎と共に降り注いだ。
「初めて使うからうまくいくか…。ううん、使いこなして見せるっ」
 シル新たに覚えた技を使う。6属性のエネルギーを一点に収束させ光の剣状に形成させる。
「六芒に集いて、全てを切り裂きし光の刃となれ!」
 放たれた光の剣が妖霊牛を刺し貫いた。
「がら空きだよっ!」
「うヌっ!?」
 間合いを離そうとする妖霊牛の死角から、さらに光剣が現れ、動きの取れないナスの身体を袈裟斬りにした。
 妖霊牛は、焼けこげ凍てつき切り裂かれた身を補修しようとするが、思うように体が動かず、モザイクが零れ落ちては霧散する。
 さらにアリシスフェイルの放ったドラゴンの幻影が焼き焦がし苛んだ。
「グワァ! おのレェエエエエっ!!」
 半壊した体でなお妖霊牛は足掻き、一度は破棄した老人へと這い寄ろうとする。
「ジジイ……もう一度、我に力をかセ……妻に、会いたい、だろウ?」
 老人は恐れ後ずさる。なおも近づこうともがく妖霊牛に、紅牙は気咬弾を放った。
「これ以上おじいちゃんを苦しめるな、ナスビ!」
 オーラの弾丸は弧を描いて妖霊牛へと飛び、半壊したモザイクの身体へ食らいつき、バラバラに噛み砕いてしまった。
「うぐぅおおオオオオオ!」
 断末魔が響く。弾丸は完全にその心臓を捕らえ、重力の鎖を撃ち込んでいた。
 核をも無くしたドリームイーター、妖霊牛はくたくたと萎びたかと思うと、散り散りのモザイクとなって崩れ去ったのだった。


 夏の日差しは和らぐことなく熱く、戦闘直後のケルベロスたちを辟易させた。
 老人はなおのことで、皆で涼しい家の中へと避難し、老人を休ませる。
 あけ放たれた居間からは庭が見える。広い庭だったが、先ほどの戦闘で、少なからず破壊されていた。
「庭の修復を任せてもらえないか?」
「ちょっと不思議な感じになるかもしれないけどね」
 ティユと澄華の申し出に、老人はもともと荒れ放題だったのだから、とはにかみながらも承諾した。
「わらわでよければ話し相手になりたい」
 ケルベロスカードを差し出す織人。
「わらわは昔遊びが好きなのじゃが、同世代は現代っ子ばかりでのぅ……」
 だから、自分もちょっと寂しかったのだと。見た目には一番幼い織人がそんな風にいうのが老人には微笑ましかった。
「ワシのようなお爺ちゃんで良ければいくらでも相手をしてあげよう」
 老人に頭を撫でられて、織人は何とも言えず面はゆさを感じていた。
「SNSで趣味の友達を増やすのもいいと思うの」
「インターネットか……ようわからんのう」
 老人がここにいても寂しくないように、とアリシスフェイルは提案する。
「ネットにはおじいちゃんの同年代もいっぱいいるぞ! あ、文通とかでもいいかな。やり方ならアタシら教えるぞっ!」
 やる気満々の紅牙はいろいろ持ち込んだ道具を老人に見せては説明する。
「これもまたひと夏の夢……です」
 ゼノアはしばらくここで老人の手伝いをするつもりだ。ネットをするための準備や、地域のサポートも調べて。でもまずは、家の掃除かも?
 とにかく忙しくなりそうだった。

 澄華とティユが庭にヒールをかけると、多少メルヒェンチックになったいくつかの野菜や花が再生される。
 荒れ放題だった庭が活気を取り戻すのを、老人は眼を細めて見守っていた。
「良い庭だね」
 ティユが褒める。
「ああ。妻と庭造りに精を出したものさ」
「やはり思い出の場所だったんだな」
 澄華は微笑む。
「また、何か、育てて見ても良いんじゃないかな」
 ティユが言う。楽しみはいくらでもあっていいのだ。その手伝いを惜しむつもりもない。
「勝手を言うけれど、いずれ来るその日までもう少し土産話を作ってみては、と思うよ」
「やれやれ、老人に無茶ばかり言うのう」
 老人は、そう言いながら顔をほころばせた。
「これでいつでもお話しできるよ?」
 シルは携帯電話とケルベロスカードを渡す。
「おじいさんも、まだ楽しめること、幸せなことはきっとまだまだありますから…!」
 鳳琴は老人の手を取った。骨ばった掌が、しっかりと握り返してくる。
 それが嬉しかった。

 涼を含んだ風が微かに草むらを揺らしている。
 過ぎゆく夏を惜しんで、蝉たちがいつまでも鳴きたてていた。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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