校長室の腕壺

作者:白黒ねねこ

●とある中学校、深夜の校長室にて
 誰も居ない校舎の中を少女こと、玲子が一人で歩いていた。
 コツコツと足音だけが響く廊下は、知っているはずなのに知らない場所の様で怖い。それでも玲子は懐中電灯とスマートフォンを手に、校長室へと歩いて行った。
 学校というものには必ず、ではないかもしれないが七不思議という物がある。彼女はその一つを確かめるため、夜の学校へ忍び込んだ。兄に触発されての事だったが。
「七不思議の三番目……校長室の腕壺。校長室にある古い大きな壺、それを夜に覗き込んだ者は、壺の中の沢山の腕に中へと引き込まれ、左腕を奪われてしまう」
 七不思議の事を呟きながら、玲子は校長室のドアを開けた。校長用の席の後ろにある大きな壺が目に入る。
 縦長の自分なら中に入れそうなほど大きい壺、白地に藍色で模様の描かれたそれは闇の中でぼんやりと存在感を放っていた。
 すくみそうになる足を叱咤して中へと入る。スマートフォンを動画撮影モードにして、来客用のソファーを通りすぎようとしたその時。
「……え?」
 玲子の胸が背後から何かに貫かれた。引き抜かれるのと同時に、玲子の体は崩れ落ちた。その手から懐中電灯とスマートフォンが零れ落ち、遠くに転がる。スマートフォンのバッテリーが飛び出しで同じように転がっていった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 そんな声を聞きながら、ソファーの後ろに倒れた玲子は意識を失った。その様子を彼女の足元に現れた例の壺とそっくりな壺がじっと見ていた。

●腕壺を討伐せよ
「覗いただけで、左腕を取られるとか……こわっ、怖すぎるっす!」
 青ざめた黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、自分の両腕をさすっていた。
 その様子を見ているセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)はキョトンとした顔で首を傾げる。
「あらあら、その様子だと、何か怖いものでも見たのかしら?」
「あー、セレスティンさんっすか……前に、悪夢か興味かで左腕がうごめく事件が起こるかもって言ってましたよね?」
「えぇ、言ったわね。あら? そう聞いてくるって事はもしかして……」
「フラグ回収したっす……」
 げんなりとしたダンテは深くため息を吐いた。
「またまた、アウゲイアスによってドリームイーターが生まれてしまったす。被害者は七不思議を調査しに来た女子中学生、毎度のごとくアウゲイアスはすでに姿を消しているっす」
「……何だか、覚えのある状況ね」
「あはは……とにかく生まれたドリームイーターが、左腕狩りを始める前に倒して下さいっす」
 お互い苦笑いし、ダンテは資料を広げた。
「ドリームイーターは一体のみ、人を見つけると自分が何者であるかを聞いてくるっす。この時、正しく答えられないと襲いかかってくるっす。今回の場合、正しい答えは校長室の腕壺っす。そして、こいつは自分の事を噂している人物の元へ引き寄せられる性質があるっす、利用すれば学校敷地内ならどこでも誘き出せるっす。学校敷地内には校庭、屋上も含まれているっすよ」
 ただし、とダンテは人差し指を立てた。
「校長室は被害者が倒れたまま、かつ狭いっす。そこで戦うのはおすすめしないっすよ、もし校長室で戦うなら、被害者を先に避難させる必要があるっす」
「言い方は悪いけど、手間をかけずに戦うなら校長室以外で、という事ね」
「まぁ、手間が全くかからないというわけじゃ無いっすよ? 夜戦なんで照明は必要になるし、もし校庭で戦うなら人払いも必要になってくるっす。あーそれと……」
 言いかけたダンテは視線を少しそらした。
「ドリームイーターの外見なんっすが、壺っす。縦長で中学生くらいなら一人、入れそうな大きな壺で、中から無数の左腕が出てくる……そんな感じっす。スケッチブックを取り出して筆談でコミュニケーションを取ってくる他に、スケッチブックの角での殴打、腕を伸ばしての捕縛攻撃、ハリセンの顔面投擲が攻撃方法っす」
 以上、とダンテは締めくくった。
「夏はまだ続くのに、眠ったままなのは頂けないっす! どうか、被害者の少女を助けて下さいっす!」
「もちろん、そのつもりよ」
 セレスティンは微笑み、立ち上がると髪を揺らしながら部屋を出たのだった。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)
リーゼン・トラ(さすらいのヤンキードクター・e03420)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
ルナ・カグラ(蒼き銃使いの狂想・e15411)

■リプレイ

●ロウソクを囲うのは怪談の定番
 ユラユラと揺れるロウソクの炎、それを円形に囲むケルベロス達とそのサーヴァント。
 それだけなら、夏の風物詩とも言えるのだが、彼らが集まっているのはとある中学校の校庭だ。怪談話というより、何かを呼び出そうとしている集団だと彼らを見た第三者は言うかもしれない。
 もっとも、一般人は漂う異様な気配に近づいて来ないだろうが。
 校庭には大掛かりな照明は無く、ケルベロス達が各自で用意した照明によって頼りないが照らされていた。
「新月だけあって、暗い」
 空を見上げていたノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)はほんの少し、表情が緩んだ。
 灯りに乏しい深夜、そんな中でロウソクを囲んでいるなんて、ドリームイーター相手とはいえ、雰囲気抜群ではないか。
「それでは怪談話を始めましょうか?」
 クスクスと笑ったセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は、その瞳を細めた。
「七不思議の三番目。校長室にある古い大きな壺、大きな壺が校長室にあるだけなら、美術品かもしれないわね、ほら、校長の威厳を保つための。でも、夜に覗き込んではだめよ? 左腕を奪われてしまうわ。その中身には実は……ふふふ」
「ふむ、学校の七不思議というのも怪談の定番か……通った記憶は無いが、不思議と懐かしく思うものだな」
 ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)はウンウンと頷いた。その視線は微笑ましいものを見る優しいものだ。
「それにしても、七不思議と聞くと調べだす者が、現れるのは何故なのだろうな?」
 オルトロスのリキを撫でながら、月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は首を傾げた。
「さてなぁ、細かい理由はわからんが、怖い物見たさってやつだろうな。はー、夜の学校に忍び込むとはねぇ。全く、好奇心は猫をも殺すってか」
 答えながらも今回の被害者を思い出し、リーゼン・トラ(さすらいのヤンキードクター・e03420)はため息を吐いて、額に手を当てた。
「ここだけの話、初代校長が代金払えずに左腕を日本刀で切られたのが始まり。その後、校長は死んだけれど、左腕だけが見つからず、一本きりのその腕は切った相手を同じ目に遭わせてやろうと、覗き込んだ者から左腕を奪う。左腕を奪われた生徒達は、お互いに残った右腕を奪いあい、校庭で血塗れの惨劇を犯したとか、なんとか」
「……ああ、校長室の腕壺? 誰も来なくて暇な時は、壺の中の腕同士で腕相撲大会をやっているらしいわ」
 尾ひれが滅茶苦茶ついた怪談話をするノーザンライトに、しれっと乗ったのは古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)だ。この返しに九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)はズッコケた。
「な、何だか、一気にコミカルになりましたね」
「ふふ、怖いだけよりは良いじゃないかしら?」
「……いや、怪談話に何を求めてるのよ? ……何故かトイレとか壺とか、中が見えなかったり、狭いところから腕出すの、好きよね。日本の怪異」
 そんなツッコミをいれるルナ・カグラ(蒼き銃使いの狂想・e15411)の横から、ぬっとそうですねーと書かれたスケッチブックが現れた。
 突然、現れたそれに全員の視線が集中した。スケッチブックはシュルシュルと何処かへと引っ込む。それを目で追っていくと、スケッチブックを持った腕が大きな壺へと戻っていくのが見えた。
 モザイクを纏った壺、七不思議の三番目、校長室の腕壺が少し離れた位置に佇んでいた。

●戦闘開始
 ケルベロス達は立ち上がり、腕壺と対峙する。その間にも、壺から伸びた腕達がスケッチブックをめくり、サラサラと何かを書いていった。そして、書いた面をこちらへと向けてくる。
「こんばんは、良い夜ですね。皆さん、何をしているのですか? 降霊会ですか? それとも未確認飛行物体の召喚ですか?」
「いえ、違います」
 櫻子が首を横に振って答えると、腕達は同じようにスケッチブックをめくり、何かを書いていった。
「そうなのですか……、参加したかったのに残念です。それでは、皆さんにお聞きします。私はいったい何なのでしょうか?」
 己の正体を問いかける腕壺に、ケルベロス達は少し考えこんだ。
「死体が丸々入ってる壺」
「北宋の壺ね。これはいいものよ」
「校長室の腕壺」
「ふむ、校長室の腕壺だったかな?」
 セレスティン、るり、ノーザンライト、ゼルガディスの四人が答える。答えを聞いた腕壺はスケッチブックをめくってその返答を書くと、ケルベロス達に向けて掲げた。
「お答えいただきありがとうございます。残念ながら私は校長室の腕壺、死体壺ではありません。……何処で誰がこの体を生み出したのか、私にもわかりません。なので北宋の壺かどうかお答えする事ができないのです」
「正直に言うと私も自信がないわ。この暗さだし」
「そう言ってもらえると、助かります。まずは私の事を正しく呼んでくれた素敵な方々に感謝を。ですが間違えた方々がいらっしゃいますね? ならば……その左腕をいただきます!」
 腕達はページをめくるが、今度は白紙のままだ。そして中から他にも腕が出てくる。何も持っていない腕もあるが、ほとんどがハリセンを持っていた。
 腕達は一斉にファイティングポーズの様なものをとり、ケルベロス達へ戦う意思を見せた。それを見たケルベロス達も身構える。
「さて、前もって手を打たせてもらおうか」
 朔耶が言い終わるのと同時に、彼女に寄生する攻性植物がその形態を変え、前衛組の仲間に向かって黄金の光を放つ。その光は彼らに宿った。
 一方、リキは神器である刀をくわえ、腕壺に突進する。すれ違いざまに切りつけるが、腕は内側に引っ込み、または避けた。が、壺はそうはいかない、切りつけられたが硬いのか薄く引っ掻き傷ができたくらいで、何ともない様だ。
「左腕なら誰のものでもいいっていうの? それなら私の腕じゃなくてもいいでしょう、私のは安くないわ、ただでくれてやるわけがない」
 るりは片手を振り上げ、どこからか一本の槍を呼び出した。それは神話にある神槍のレプリカだ。
『消えて終わりよ……ジャッジメント!!』
 振り下ろされるのと同時に、神槍が腕壺へと放たれた。
 神槍は壺を貫くが破壊には至らず、小さめの穴が開いただけだった。穴の中は闇が広がるばかりで、何も見えない。
「はぁぁぁっ!」
 それとは別方向から、櫻子が一気に距離を詰め、腕壺へ刀を突きたてる。これも同じく小さな穴を開けただけで、腕壺はピンピンしている。
 腕壺は再び腕を外へと出すと、ノーザンライトへと向かってハリセンを投げつけた。それは顔面にヒットする。
「結構、痛いのね、このハリセン。まずは炎……」
 ドラゴンの幻影を呼び出し、炎を腕壺へと浴びせた。
 腕達が持つハリセンのいくつかに引火したのか、あわあわと何本かの腕が慌て始める。
「あら、指輪がある腕がちらほら……赤いマニキュア? 色っぽいわね! ドキッとしちゃうわ。ねぇ、左腕の骨もあったりする?」
 セレスティンは腕達を観察して、楽しそうだ。
 腕達はスケッチブックに何かを書きなぐると、彼女へと掲げる。
「ありません!!」
 先ほどまでの綺麗な筆跡とは違い、乱雑な筆跡になっている。もしかしたら動揺しているのかもしれない。その様子を見て緩く笑みを浮かべた。
「綺麗な手はもちろん綺麗な字も大事よ。……ハリセンで攻撃するのはこちらかもね?」
 言い切らないうちに銃から氷結光線を放つ。腕を引っ込めた腕壺は横向きに倒れ、転がって避けた。軽く飛び跳ねて起き上がり、再び腕達を伸ばす。
 そんな腕壺にゼルガディスが刀で切りかかる。殺気を感じたのか、壺そのものは再び転がって避け、腕達はあちこちに伸びてその刃を避けた。
「しっかし、左腕だけ生える壷とか変な七不思議が出てくるもんだな、定番所はどうしたんだっての」
 そうぼやきながらリーゼンは癒しの光弾をノーザンライトへと放った。
「どうみても目はないけど、アナタどうやってそのスケッチ書いてるの?」
 じっと見つめていたルナが腕壺に問いかけると、スケッチブックに文字が書かれた。
「気合、です!」
「気合って……何でもありね。ふうん、ハリセンね……飛び道具なら私の十八番というやつよ」
 呆れ顔をしていたルナの表情が変わり、腕壺との距離を一気に縮める。
『これでも、脚技には自信があるの』
 その勢いを利用し壺を蹴り上げ飛び上がる、空中で一回転し、踵落としと見せかけ靴の仕込みナイフで腕を切り裂く。着地と同時に後ろに飛び退いた。
「十八番だからといって、それだとは限らないけど、ね?」
 どこか楽し気に、腕壺に向かって彼女は言ったのだった。

●砕け散る壺は桜と共に消えゆく
 それからケルベロス達は攻め続けた。しかし壺が硬いのか、なかなか決定打に繋がらない。腕も切り落とされても、引っ込んでは別の腕が出てきてきりがなかった。
 その間、リーゼンが仲間を回復したり、各自で回復したりと膠着状態が続いた。だが、だんだんとケルベロス達の方へと流れが傾き始めていた。
 そして、熱せられては冷やされ、衝撃を食らい続けた壺は、亀裂だらけになっていく。
 沢山あった腕はいつの間にか、四本にまで減っていた。
『解放……真実の力を見せてやれ』
 朔耶の杖から梟の姿へ戻ったポルテの、魔力の乗った体当たりにひときわ濃く亀裂が入る。
 その機を逃さず、櫻子が刀を振り上げた。
『古の龍の眠りを解き、その力を解放する。桜龍よ、我と共に全てを殲滅せよ』
 振り下ろす瞬間、召喚された古龍が共に腕壺を引き裂き、貫いた。
 パリンという音を立てた腕壺は、砕け散りながら桜吹雪の中に消えていったのだった。

●新たな七不思議は現れるか?
 人の悪い笑みを浮かべたノーザンライトは、少女こと玲子の耳元で何かを呟き続けていた。玲子はうなされているが。
「月のない夜に両腕とも右腕の学生と、腕のない学生が校庭に現れる……裏七不思議」
 そこまで語り終えると玲子が目を覚ました。効果音が付きそうなほど素早く起き上がった彼女は周りを見て驚き、いつの間にかソファーに寝かせられていた事にも驚いた。
 そして事情を知った玲子は申し訳なさそうな顔をすると、頭を下げた。
「そんな事になってたなんて……、迷惑をかけてごめんなさい!」
「玲子……さん、一人なのは感心しないわ。次はお兄さんと一緒にね」
「うぅ……ごめんなさい」
 るりからのお説教に玲子は肩を落とす。
「気にしなくて大丈夫よ。ところでスマホ壊れていないかしら? 玲子さんも大丈夫?」
 セレスティンからスマートフォンを受け取り、動くかどうか確かめた玲子はこくりと頷いた。
「ふふ、元気を出してね? そうだわ! 記念写真なんてどうかしら? 話のタネに、ね?」
「そう、ですね。もしかしたら何か映るかもしれないですし……」
「そうこなくちゃね、ルナ、撮って」
「え? いや、無事を確認したし帰……」
「撮って、ね?」
 ノーザンライトの言葉の圧力に、ルナは頷き玲子からスマートフォンを受け取る。件の壺の前に立つ玲子に向かってシャッターボタンをタップした。
 その瞬間、ゴトンと壺が動いた。写真には驚いて飛び上がった玲子と、グラビティによって召喚された死霊が薄っすらと写っていたという。

 一方、校庭では設置したガーデンライトを回収する朔耶とリキ、綺麗に均しているゼルガディス、その場でメガネの汚れを拭いている櫻子が居た。
「ふむ、メガネを取ると印象が変わるのだなぁ」
「へ? やだ、そんなに見ないでください。恥ずかしいですわ」
 まじまじと見られている事に気が付き、頬を赤らめるとメガネをかけなおした。
「え、えっと、夏ってやっぱスイカですよね。実はスイカ冷やしておきましたので、終わったら皆で食べませんか?」
「おぉ、それはありがたい。頂こうか」
 そんな和気あいあいとした雰囲気が流れている所に、玲子を伴って戻って来た仲間達が加わり、騒がしさを増した。そんな夏の夜の出来事は終わりを告げたのだった。

作者:白黒ねねこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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