精霊馬事件~忘るまじ君の香り

作者:神南深紅


 夏は辛い。君が僕の元を去ってしまった季節だから。あの暑い夏の朝、最初の光が照らす中、君は逝ってしまったね。僕をただ一人ここに残して。今日も長く暑い一日を死ぬまで続けなくてはいけない。それは孤独な苦行だよ。
 ごくごくラフな寝間着姿の老人はゆっくりと縁側から庭へと降りる。もう手入れする人のない庭は雑草の楽園と化し、亡き人の愛したリンゴに似た香りのする白い花もなく無造作に緑濃い葉が茂っている。
「もう君の淹れてくれたあのお茶の味も忘れてしまったくらい長い時間が過ぎた。こんな姿じゃ君は笑うかな。昔の姿になって君に会いに行けたら……」
 それはささやかな実現するはずのない言葉のはずだった。けれど、その小さな思い出の庭にソレは舞い降りた。何故だがソレが自分の願いを叶えにきたのだと老人は即座に思い込んだ。
「今すぐ僕を若くしてくれ! そして彼女のもとに連れて行ってくれ」
 ソレは怪しく笑った。
「汝が我と身も心も一つになるのならば、願いは即座に叶うだろう……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 呪文は黒い靄のように老人にまとわりつきあっという間にその姿を覆い隠す。すると、次の瞬間、モザイクの衣をまとった若い男が現れた。
「汝の強く純粋なドリームエナジーが我に流れ込んでいるぞ。これぞ、ワイルドの力! 汝の望みが叶うまで、汝はこの濃厚なるドリームエナジーを生み出し続けるであろう。死人に再会するという不可能な願いが叶うまでな」
 と、ソレ……どうみてもでっかいナスの乗り物は小難しい事を言う。
「絶対に君を探し出すよ、菜穂子……」
 老人だった男は優しく笑って、思い出の家と庭から飛び去っていった。
 暑い夏の朝だった。


 小さく肩をすくめながらヴォルヴァ・ヴォルドン(ドワーフのヘリオライダー・en0093)は言った。
「運動会、お疲れ様。帰国したばかりで疲れているだろうが、多くの者たちが危惧したとおり、精霊馬のドリームイーターが事件を引き起こしている。こいつは老人たちの『若くなって死に別れた伴侶に逢いたい』という願いを取り込み合体し、より強い個体になろうとしている。ドリームエナジーだけじゃなくそれを生み出す人間ごとゲットしたほうが効率がいいと思ったんだろう。そしてそれは現時点では成功している」
 苦々しい表情でヴォルヴァは言う。これまでのドリームイーターよりも耐久性も攻撃力も性能が向上しているからだろう。しかも、そのまま倒せば取り込まれた老人に被害が及ぶ。
「面倒だが倒す前に取り込まれた老人をなんとか説得して不可能な願いを放棄させてくれ。そうすれば敵はパワーアップを失い、無用となった老人との合体も解くだろう」
 うっかり老人を死なせることもない、とヴォルヴァは小声で付け加える。
 老人と合体している間はモザイクを飛ばして平常心を奪ったり、心をえぐる鍵を使うが、分離した後はモザイクを飛ばしても平常心は奪われず悪夢で侵食しようとする。どちらのフェーズでもモザイクで傷を修復する力がある。
「分離されれば力はなんと! 2割引きだ。1000円が800円だ。お買い得感満載の数字だ。やって損はないぞ」
 開いた両手の指を右手の親指と人差し指だけ折る。ただ、とヴォルヴァは首を傾げた。
「このドリームイーターが唱えている怪しい呪文、どこかで聞いたような気もするのだが……まぁ今は目先の事件解決だ。ご老人もできたら助けてやってくれ」
 ヴォルヴァはケルベロス達に信頼のまなざしを向けた。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)
ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)
舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)

■リプレイ

●愛しい人のいない夏
 初めからわかっていた。欺瞞で老人を取り込んだドリームイーターには約束を守るつもりがなく、老人にも亡き人との思い出はもうこの庭しかない。あてもなく無駄に時間を費やしたあと、ケルベロス達の前に彼らは再び舞い降りるしかなかった。
「菜穂子……君はどこに?」
「ケルベロスか! どこにでもしゃしゃり出てくる邪魔者め!」
 かりそめの若い姿をした老人、佐島壱郎は鈍くぼんやりとした目で言い、ナスの乗り物がののしりの言葉を吐きモザイクを飛び道具の様に放ってくる。
「どうしてそのような、化け物に魂を売った姿で奥方に逢おうとした。思い出すんだ。彼女なら、どういう姿の貴方に会いたいと思うのか」
 真正面、ごく近くで対峙した舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)がモザイクを武器で弾きながら言う。敵の攻撃を全てを弾いたわけではないが、ダメージはごく軽微で、難なく居合からの素早い連続攻撃で魔力のこもった冷気を敵に叩き込む。
「精一杯生き抜き、人生を全うしたと笑顔で胸を張って言える、そんな貴方に会いたいのではないかと……私はそう思う 」
 それは自らに跳ね返ってくる言葉だった。もし自分が死して亡き人たちに逢えるのなら、そんな自分でありたい。そして生き抜いた自分を笑って褒めてもらいたい。心の奥底にそんな思いがあるのだと改めて気づかされる。わずかに視線を落とす沙葉の横からサフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)も声をあげた。
「本当に、年若い姿で会えば喜んで貰えるだろうか。奥様の存命中は家庭を省みず、亡くなられた後は遺した庭を省みず……それで、本当に?」
 流星の輝きと重力を帯びた飛び蹴りがナスのどてっぱらに炸裂する。
「うっ……それは」
 痛いところを指摘されたのか、揺れる巨大なナスの乗り物の背で老人は反論する言葉を探して、探しきれずに口をつぐむ。
「ハーブは種類が多い。適した気候も育て方も様々だ。そんな手間暇を掛けて慈しまれた庭は奥様自身とも言えないか。また、大切なものを見落とすのか」
 淡々としたサフィールの声は殊更老人の所業を責めている風ではないが、それだけに降り積もる雪の様に老人の心に注がれてゆく。
 殺界形成と立ち入り禁止のテープで人払いを済ませた薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)が柔らかな物腰で数歩老人たちに近寄り、小首をかしげる。
「菜穂子さまが今の貴方の姿をみられたらどう思うでしょうか? 人類の敵に心を預けモザイク塗れの姿を……」
「彼女のために僕はこうなったんだ。今までのしょぼくれた姿じゃだめなんだ。でも出会った昔みたいなこの姿なら菜穂子だって、きっと!」
 老人は強く右の拳を握る。
「かつての貴方は仕事ばかりでと思ってらっしゃるかもしれませんが、奥様はそんな貴方を格好良く思っていたかもしれません。ですが、今の貴方は……」
 落胆と失望が色濃くにじむ深い緑の瞳で怜奈が言う。
「何を言っても無駄だぞ、ケルベロス。この爺はもう俺様の意のままなのだからな」
 どこが口なのかもわからないナスが偉そうにふんぞり返って、そのせいで老人を背から落としそうになりながら言う。
「佐島さん!」
 普段よりもずっと強い口調で藤守・つかさ(闇視者・e00546)は慌ててナスの後頭部辺りにしがみついた老人に向かって叫んだ。
「わかっているんだろう? 今、あんたが身を委ねているモノはあんたの望みを叶えるつもりはないぞ? あんたが若返ったって、探したって、今のままじゃ絶対に、妻君に逢う事なんて出来やしない」
 つかさのグラビティは赤い稲妻となって武器を伝い、ナスの全身を駆け巡る。
「そ、そんな! そんなことはない! 今の僕ならきっと菜穂子だって喜んでくれるんだ。さっきまでの姿じゃきっと僕だってわからない。だって、だって菜穂子はもうずっと前に」
 駄々っ子の様に老人は首を振る。
「置いて逝かれた淋しさは判らなくもない。でも、その淋しさを知ってるあんたが同じ気持ちを持つ人を生み出すな」
 不意に老人だった若者は顔をあげて、つかさを見た。
「それは喪服か? あんたも、誰か大事な人を亡くしているのか?」
 老人だった若者の目が少し凪いだような気がして、全身黒一色しか身に着けていないつかさはさらに言う。
「こんな時代だ。誰だって大事な人を亡くしている。俺だけじゃないし、あんただけでもない」
 こんな時、懐かしい思い出は心に刃を突き立てる。それでも、痛みを感じても忘れたくない情景が誰にでもあるとつかさは思う。
「あの、庭……手入れはしないんですか?」
 かき集めた勇気を振り絞ったのか、ガチガチに緊張した面持ちで結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)がかすれた声で話しかけた。手にした日本刀もわずかに振るえる。
「に、わ?」
 レオナルドの言葉が理解できない、でも知っている単語を久しぶりに聞いた人が思い出そうとするかのように老人が聞き返す。
「奥さんとの思い出の場所は、そのままにしておきたいんですか?」
 レオナルドは老人の答えを待たずに言葉を続ける。
「でも、本当は気づいているんでしょう? 死んだ人にはもう会えないと。これは、デウスエクスの見せる悪い夢だと」
 わかっていても諦められない。本当に大切な人を亡くした痛みは何年経っても消えることはないのだとレオナルドは思う。その心を映してか攻撃は精彩を欠いてしまう。
 老人がドリームイーターに堕ちた気持ちはわかる、とユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)は思う。理解はできるが賛同は出来ない。するするとケルベロスチェインが地面を這い、仲間を守護する紋様を描き出す。
「その姿は……思い出と一緒に日々を重ねて、思い出のあの人と寄り添ってきた日々を、否定することになると思うの」
 狐の顔をしたユーシスの表情は読み取りづらい。老人はその言葉を振り払うように強く首を振った。
「あんた達に何がわかるというんじゃ! 何にも知らないくせに!」
「えぇそうよ。でも、グラスから零れた美酒は、グラスには戻せないわ。喪われた命も同じ」
 ユーシスの声は深く優しい。
「せっかく頑張って年を取ったのに元に戻しちゃうなんて、よくわからない! 奥さんはおじちゃんと一緒に年取りたかったって、絶対思ってるよ」
 強く強く、ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)は力説した。その思いそのままに大地が裂けるかのような強烈な一撃がヒットする。佐島壱郎の外見が若いので、なんとなくおじいちゃんと言いにくくて『おじさん』になってしまったが、お兄さんのほうがよかっただろうか?
「とにかくナスはダメ! ここは人類の底力を発揮して、奥さん惚れ直すくらい、自力でカッコよく年を取って欲しいんだよ!」
「……そうか、そうだな」
 ルルのパッションが伝染したのか、老人はしがみついていたナスからのろのろと身を起こす。
「辛くても苦しくても、奥様を想い続けた時間の長さを否定しないでください。その想いの深さを誇りに思ってください。再び奥様に巡り合えた時、胸を張って……って、あの聞いてますか?」
 熱心に説得の言葉を紡ぐマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)は、心ここにあらずという風な老人の様子にいぶかしげな表情を浮かべる。
「あんた、この匂いは?」
「あ、これですか? カモミールです」
 マリオンは袋詰めしたハーブを取り出して老人に見せた。
 その時だった。老人は巨大ナスの背から飛び降り、脱兎のごとく駆け寄ってマリオンの手にした袋に飛びついた。
「これだ! 懐かしい、菜穂子の好きだった草の匂い!」
「草って……これはカモミールです」
 佐島壱郎は元の老人に戻っていた。シミの浮く両手で大事そうに袋を抱き、リンゴに似た甘酸っぱい香りを吸い込む。
「え? 何で? どうして?」
 残されたナスだけが動揺したのかオロオロとその場で右を向いたり左を向いたりする。
「今のうちです。さぁこちらに!」
 今一つ現状を把握できていない老人の手を強く引き、マリオンはカモミールに陶酔する老人をこの戦場から避難させようとする。
「あ、待て!」
 マリオンと老人を追うために進みだしたその進路を沙葉が塞ぐ。
「せっかくの好機だ。ここは通すわけにはいかない」
 高速で紡がる古代語の詠唱が魔法の光を生み、放たれた。

●泡沫の夢
 偽りの希望は消え、儚いウソにすがって自分さえあざむいていた老人は元に戻った。ケルベロス達の前にいるのは騎手を失った哀れなナスの精霊馬だけだ。しかも、能力は2割引き。
「ナスなどもったいない。石になれ!」
「ううっ」
 沙葉の放った魔法の光にナスの動きが極端に鈍くなる。
「――どうか謳って、星の聲」
 サフィールが空に投げた魔石から力が放たれる。そこから降り注ぐ光の奔流は流星雨の様に降り注ぎナスの身体を刺し貫いてゆく。
「ぎゃああ!」
 絶叫がナスから響く。そこへ怜奈が繰り出したゲシュタルトグレイブがナスを串刺しにする。稲妻を帯びた切っ先もナスも、峻厳なる光が走ってゆく。
「さて、普段より今回は怒ってますので……容赦は致しませんわ」
 慈愛に満ちた微笑みを浮かべながらも、怜奈の攻撃は苛烈を極める。
「人の心が淋しがる、それにつけ込むような真似を見過ごしてやるほど優しくはないんでな?」
 さらに別方向からもつかさのゲシュタルトグレイブが存分にナスの無傷だった方の腹を突きさしてゆく。
「げぇええああぁ」
 ナスの身体は、つるんとしたフォルムを崩壊させつつあった。
「手も足も震えるけど、でもおじいさんのためなら勇気を出して、みせます!」
 振り絞るように、何かの抑制を振りほどくようにレオナルドが叫ぶ。
「ここは大事な場所なんです。心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ 」
 陽炎が浮かぶ。すると居合の構えから、レオナルドは視覚ではわからないほど高速の斬撃を連続で繰り出す。回避できるはずもなくナスの身体が切り裂かれてゆく。
「運命に抗う者よ。汝に溢れる光と命を。倒れし者達を揺り起こす、癒しの力を与え給え!」
 ユーシスが紡ぐ竜語魔法は優しい光をまとったドラゴンの幻影を喚び、その翼がマリオンを包み込む。
「マリオンちゃ~ん、早く戻ってこないとナスもうミンチになっちゃうんだよ~」
 いたいけなお子様が発するにはややスプラッタなことを平然といいつつ、ルルは老人を戦場の外へと移送し、ユーシスの魔法でキラキラしているマリオンへ無邪気に手を振る。
「待って、待ってください! 私のカタルシスのためにちょこっとでいいから残しておいてください、ルルちゃん!」
 幸い外見も老人にもどった佐島壱郎はカモミールさえ与えておけばおとなしい。マリオンはすでに身をひるがえしている。
「えー、しょうがないなぁ。えっと、に、2割引きなのに~」
 ルルは大人っぽく肩をすくめ、引き絞っていた妖精弓から力を抜く。絶対に2割引きって言ってみたかったに違いない。
「2割引き、素敵よね。5千円が4千円ぽっきりよ」
 うふっと笑うユーシスとルル。きっと二人のイメージする『2割引き』はかなり隔たりがあるのだろうが、今はナス退治が先決だ。
 レオナルドが地獄の炎を日本刀にまとわせ、ナスへと叩きつける。
「二度とお爺さんに悪い夢なんて見せたら、ゆ、許しません」
 己の心と戦いつつ、レオナルドはドリームイーターに攻撃を仕掛けてゆく。
「なんだか今日は癒し手のお仕事は開店休業ね」
 淡く微笑むユーシスの九尾扇が妖しく動き、うごめく幻影を使ってつかさの力を高めてゆく。
 ルルは2つの妖精弓を2挺束ねて強度を高め、神々をも殺す威力を持つ漆黒の巨大矢を放つ。
「何より、変なナスが現れたのが悪いんだよ。えっとセキニン取ってもらうんだよ!」
「ルルちゃんの言う通りです。佐島さんの時間をもてあそんだ罪、責任を取ってもらいます!」
 古代語を流暢に詠唱し、マリオンは石化の力を持つ光をナスに向かって放つ。
「邪魔者には……退いてもらう!」
 もはや幾たびなのか、沙葉の妖刀・蒼風月から魔力のこもった居合が放たれ、サフィールが放つ音速を凌駕する拳がナスを捉え、吹き飛ばす。
「墜ちる星の様に…その命運、今や断ち切ろう!」
 しかし、ナスは執拗に起き上がる。
「黒瑪瑙に封じられし邪よ、ひと時の快楽を差し上げましょう」
 怜奈の持つブラックオニキスに封じられた邪なる者を秘薬により一時的に開放し、ナスの動きを拘束する。
「や、やめ、やめろぉお!」
 無駄だとわかっていても、そう言わずにはいられないのかナスが絶叫する。
「ここで終わりにする」
 つかさは体内のグラビティ・チェインを破壊力に変換し、武器に乗せて叩きつける。ぐえっと奇妙な音を立ててナスがひしゃげる。そして、バラバラになって再び立ち上がることはなかった。
「お、おわりました、ね」
 ホッとしたほうにレオナルドが言い、手にした武器を鞘に納めた。

「……立派な庭だな」
 沙葉は亡き人の遺した庭に控え目ながら正直な賛辞を贈る。
「カモミールも植えておきますね。でも、これどんどん増えますから、さくさく摘んでお茶にしちゃってくださいね」
 マリオンが言うと縁側に座る老人はぎこちなく礼を言う。その横にはルルがちょこんと座り、イケてるドワーフ必携ブック『イケてるシニア』を無言で差し出す。そんなダンディ(?)なルルだが、宿題との壮絶な戦いはどうにも分が悪い。
「菜穂子さんが大切にしていた庭でしょ?私も手伝いますので一緒に綺麗にしてあげませんか」
  怜奈の優しい言葉に老人は顔をあげる。
「元通りは無理でも、慈しんでいた形に少しでも近付ける事ぐらいなら……」
 庭いじりが得意というわけではないが、男手もあればいいだろうとつかさもこの場に残っている。
「そうだった。菜穂子はいつもこの庭で笑っていた」
 懐かしそうに老人が庭へと目をやる。カモミールの甘い香りが風に乗る。
「あなたの時間は戻らないし奥様もこの庭に戻ることはない。それを心しておくことだ」
 繊細で儚げな銀細工の美少女然としたサフィールだが、口調は硬く冷たい。その心の奥底まで冷たいわけではないとわかっていながら、老人は答えられない。
「愛する人を得ただけでなく、その最後を看取ることができた。それって愛する人を得た者だけの特権よね。羨ましいわ」
 独り言のようにユーシスが言った。そう言えるようになるにはずいぶんと時間がかかったのだけれど。
「きっと、精霊馬にのってまた会いに来てくれます」
 レオナルドは老人に優しく言った。庭を渡る風は懐かしい人の好きな香りがした。

作者:神南深紅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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