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濱子が愛する人を喪ったのは、そう遠い頃の話ではない。
大病も大怪我もなく、穏やかな顔で逝った伴侶。
それでも喪った寂しさは変わらず、縁側に腰掛けていた濱子はか細い声で呟く。
「出会った頃の若い姿で……あなたに会いにいきたいものです」
叶うことのないはずの願いが言葉にされた――その時、空からキュウリの精霊馬の姿を取るドリームイーターが姿を見せた。
「我と一つになるなら、その願いを叶えよう……ギュバラギュバラギュバラ!」
ドリームイーターの呪文とともに、濱子を取り巻いたのは黒い靄のようなもの。
濱子の姿が完全に隠れた次の瞬間には、モザイクを纏う若い女性の姿が現れていた。
「汝のドリームエナジーが我に流れている……これこそがワイルドの力! 汝の望みが叶うまで、我にドリームエナジーを流し込むが良いぞ!」
若い彼女は、キュウリの精霊馬に乗って天を仰ぐ。
「待っていてくださいな……今、参ります」
夜へと消える女性の姿。
望みが叶うまで――死者に会うという、叶わぬ願いを叶えるまで、彼女が止まることはない。
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「ケルベロス大運動会、お疲れ様」
日本へ帰ってきたケルベロスたちにねぎらいの言葉をかける高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は、早速で申し訳ないがと事件の発生を告げる。
「『若返り、死別した配偶者に会いたい』という願いを取り込んだドリームイーターが暴れようとしている」
ドリームエナジーを奪うのではなく、ドリームエナジーを生み続ける人間を取り込むことで、より強いドリームイーターとなろうとしているのだろう。
「強大な敵だが、厄介なのはそれだけではない」
ただ倒してしまえば、取り込まれた老人も死んでしまう――ドリームエナジーが出る限り、ドリームイーターはその人間を離すことはないだろう。
「彼女が願いを捨て去れば、ドリームエナジーは生まれなくなり、ドリームイーターは老人を手放すはず。戦いながら、彼女が願いを捨てるよう説得していくのが得策だろうね」
老人と合体したドリームイーターは、今は近くの墓地にいるようだ。
「広い墓地で、夜ということもあって人はいない。戦うには適した状況だ」
ドリームイーターは特に守りに向いているようだが、老人の説得が完了すれば、守りの力も減ずるだろう、と冴。
「およそ2割ほど力が下がると思われるから、説得が戦闘の難度を決めそうだね」
説得と戦い――どちらも気を抜けないが、と冴は目を細め。
「ワイルドの力……これが、ドリームイーターの新たな力なんだろうか?」
参加者 | |
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ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331) |
リヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211) |
リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234) |
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108) |
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609) |
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031) |
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495) |
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948) |
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奇しくも、ここに集ったケルベロスの全てが女性だった。
もちろん、共通点は女性のケルベロスであるということだけ。目の前の女性の境遇に共感できる者も、できない者もいる。
「ご婦人……」
伴侶を持たないリヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211)は後者。それでも言葉を送りたくて、リヴカーは伝える。
「ただ、かつての姿を取り戻そうとするのであれば、一緒に思い出してほしい……共に過ごしてきた時間を」
ドリームイーターは食いしばった口の端から呻きを漏らし、鍵を手に精霊馬と共に駆ける――話を聞くつもりなど、ないかのように。
鍵を受け止めたのは瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)。
今のうちに言葉を続けることができることは分かっていたが、リヴカーはそうしない。代わりに、銀の弓を爪弾き。
「静かに。……そう、この音に心を委ねるのだ……」
音の層が奏でる旋律。
静けさすらあったそれが徐々に膨らみ、やがて雷かのように彼女の元へと降りかかる。
歯を剥き、鍵を掲げたままの姿勢で止まるドリームイーター。
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)はドラゴニックハンマーを手に彼女へ接近して、語り掛ける。
「えっとね、ミューのいたところは小さい里だったから、まわりの人がみんな家族みたいだったし、よくミューも一緒に看取ってたんだ」
伴侶とは違う家族の形を、ミューシエルは語り。
「確かに身近な人が死んじゃうのはとっても悲しいけど……でも、みんな最後は笑って見送ってあげてたもん!」
力の加わる語尾と共に振りぬかれるハンマー。
「生涯たった一人を想い、添い遂げた相手に会いたいと思う気持ちを捨てろとは言わないけれど……」
続くリーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)の声は、矢と共に彼女の心臓へ向かう。
「来るべき時が来たら旦那さんがきっと迎えに来てくれるはず」
暖かい別れなんて、濱子がどんな風に伴侶と別れたかなんて、想像するしかない。
対する旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は彼女の表情のように自身の顔も翳らせ、竜縛鎖・百華大蛇を這わせると共に気持ちを寄り添わせる。
「私は故郷が既に無く、大切な者も多く失っております……ですが、それは叶わぬ夢」
ぐ、と鎖に力が籠る。
「貴女を誑かし、最初から願いを叶える気等ないドリームイーターごときには決してできぬ事」
誘惑に負けてはいけない、と竜華が言葉に力を入れるたび、ドリームイーターだけを戒める鎖の力も強くなる。
「亡くなった方々は、常に残された者が前に進む事を望んでいるのですから」
精霊馬が鎖を振り払う――そのまま暴れだそうとする敵を、流星の煌めきと共にリリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)は抱きとめる。
「誰かをそこまで想えるって素敵ね」
微笑には羨望。リリスの言葉は、二人が積み上げていた時間へと向かうものだ。
「出会えた頃も大事だけど、一緒に歩んできた時間のがもっと大事なはずよ。だから今現在の貴女の姿をその大事な人に見せてあげて」
「旦那さんの最期の顔を思い出して」
流星と共に走る虹は、うずまきが作り出した。
「年月を重ねる事で色褪せたりしてなかった筈だよ。寂しくなってこんな事を願う程大好きだったんじゃない?」
ウイングキャットのねこさんは虹と流星の中を駆け、ひっかき傷を負わせた。
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)の作り出す爆煙の色彩――それは、戦いながら説得を重ねなければいけないことへの躊躇の表情をも覆い隠す。
「わたしたちは、あなたをたすけたいと心からのぞんでいます」
経験のない死に寄り添うことは出来ない、それでも力になりたい。
そんな素直な気持ちで、シャウラは言葉を継ぐ。
「……あなたのこと、おしえてください。どんな人生をおくり、だれといっしょに生き、なにを思いなやんでいるのか」
攻撃もすべて、受け入れる。
だから、こちらの言葉も聞いてほしい――シャウラが願いを口にした時、煙は晴れて。
飛び出たオライオンがリングで攻撃するわずかな間、一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)は彼女に何が言えるものだろうかと思案する。
大切な人との別れが悲しいものだというのは、アヤメにとっては実感というより知識。彼女の望みを否定することも、したくはなかった。
(「でも、何が何でも救い出す」)
決意を胸に、アヤメは接近。
「貴女と、貴女の大切な人との積み上げてきたものの最期が、こんな形で良いはずが無いって!」
手にした竜の力が、猛る。
「貴女たちの人生はドリームイーターに利用されるために積み上げたワケじゃないでしょ!」
全力で振り下ろした――そして叫んだ。
「私はそれが許せない。何があっても、貴女を助け出す!」
叫びに、ケルベロスたちは表情を引き締める。
救出への意志を胸に、戦いはこうして始まった。
●
ドリームイーターは守りの力に長け、受けたダメージを削ぐ上に自らのヒールに回ることも多い。
戦いは長引きつつあったが、相手がヒールに回るということは、こちらに敵の攻撃は来ないということでもある。長期戦において多い、ヒール不能ダメージの蓄積については、今回は問題とならなかった。
そして、長い時間をかけて説得するという意味でも、長期戦は無意味ではない。
「急がなくても会える日は来るわ。それまではきちんと旦那さんを忘れずに生きて。思い出してほしい人に思い出してもらえない方がきっと寂しいと思うから」
滑るようなリリスのつま先が描く弧に、炎が追随する。
老いた姿が纏うのは重ねた年月。幸せな記憶があるなら、その姿だって否定はしてはいけないとリリスは囁く。
「寂しくて何かに縋りたくなる気持ちはわかるけれど、そのような力に頼るべきじゃないと思う」
リーズレットは告げ、オラトリオの力を広げ。
「旦那さんもそれは望んではいないはず――その願い諦めては貰えないだろうか?」
その時、精霊馬が地を蹴った。
ここ数ターン、回復に徹していたドリームイーターが攻撃に転じた……言葉を間違えたか、と焦るリーズレットだが、シャウラはそれを押しとどめる。
「まだ、死ぬさだめではありませんから」
声は苦しげに歪みながらも、押し負けることはない。
オライオンもこの時ばかりはヒールに回ると、ありがとう、とシャウラは小さく言った。
突如として動きが変わったドリームイーターに警戒の色を浮かべるケルベロスたち。
しかし、これは逆境ではない――それに気づき、竜華は声を上げる。
「不安定になっていますわ!」
精霊馬に乗っている若い姿の濱子はバランスが崩れたかのように、暴れ狂う精霊馬に翻弄されている。
ドリームイーターと濱子の関係が崩れ始めている……ミューシエルはその可能性に賭けて、説得を続ける。
「ミューたちケルトの教えだとね、人生が終わってもたましいは鳥や魚になって生き続けて、またいつかちがう人になれるんだ!」
竜華の大剣が炎を伴う。
刃が精霊馬を刻み、炎が燃え盛る。赫々と燃え続ける炎の轟音に負けないようにと、ミューシエルは声を張り上げる。
「だから、その邪魔をしちゃいけないんだよ! ずっと引き止めるより、次の場所に行かせてあげなきゃ!」
炎に精霊馬の脚部は焦げ付き、そのせいかドリームイーターの動きが鈍る――その瞬間を狙って、アヤメは飛翔。
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲」
声にドリームイーターはアヤメを追おうとするが、幻惑を受けたドリームイーターは正しい位置を捉えられない。
「私の手は、花を散らす氷雨」
夜の空、アヤメは死角に位置取り。
「残る桜もまた散る桜なれば……いざ!」
急降下――そして叩き込まれた攻撃は、燐光と共に。
飛び散る血は桜吹雪。その向こう側から、うずまきは言葉を贈る。
「想像してみて」
ケルベロスを撃破し、それでも会いに行く――それは、とても悲しいことで。
「どうか濱子さんも胸を張って……」
本当はどうすればいいかは、彼女自身が分かっているはず……そう願いながら、うずまきはねこさんと共に精霊馬の力を削ぎ落とす。
淡い、恋のようなものしかうずまきは知らない。『アイシテル』はまだ難しい。
だからこそ、愛を重ねた夫婦の関係は羨ましかった――不幸になることが、とても嫌なくらいに。
「今そのまま進めば、貴女は思い出すら失うこととなる」
リヴカーの声に、ぐら、と女性の姿が傾ぐ。
精霊馬の背に添えられていた手は既に離れている。振り落とされずに済んでいるのが不思議なほどの状況でリヴカーが言ったのは、彼女を大きく動揺させた言葉。
「……どうか、思いとどまってはもらえないだろうか」
――依然として戦場を走り続けるドリームイーター。
その背から、女性はずるりと転がり落ちる。
「……っ!」
攻撃の用意をしていたリヴカーは即座に中止、女性――濱子を抱きとめ、「頼む!」と声を上げる。
「うん!」
飛び出たのはミューシエル。
背に女性がいないドリームイーターにであれば、全力を出してしまってもいい。
ぴょんと飛びかかって背中に飛び乗ったミューシエルは、振り下ろされないようにしがみつきながら、叫ぶ。
「らんぼーするこは、だいっきらいなんだから!」
言葉から伝わるもの――強い拒絶の意志。
パキ、という水気を含んだ音は精霊馬の体から。
内部からの崩壊を迎えたドリームイーターは、静かにその場から崩れ去った。
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戦いを終えても、ケルベロスたちが沸き立つことはなかった。
(「ボクには、幸せになって欲しい人達がいるんだ。だから……」)
思索に耽るうずまきの表情にいつもの明るさはない……リーズレットは、ぽふんと頭に手を置く。
(「あれ? リズ姉も、いつもと違う……?」)
温かな別れを知らないリーズレット――彼女もまた、いつも通りに振る舞うことは出来ずにいた。
それは、濱子に対して願いを壊すようなことを言ってしまったということもある。
戦いの中での声掛けだったことを負担に思うのはリヴカーやシャウラも同じ。申し訳なさそうな表情の彼女らに、しかし濱子はかぶりを振る。
「いいえ、あの人の気持ちを考えずに、私ったら……ご迷惑をかけて、ごめんなさいね」
それが優しい言葉であるからこそ、リヴカーは――愛を失い、愛に怯える彼女は唇を噛む。
(「……果たして私は、彼女のように誰かを愛せるときが来るのだろうか……」)
思うリヴカーの傍ら、竜華は『ワイルドの力』に関する何かがないかと探していた。
ざっと探したところでは、何も見当たらない。
「これからも探す必要がありますわね……」
呟いて、思案顔になる竜華だった。
戦場のヒールを終えたリリスは濱子へと歩み寄り、その無事を確かめる。
「私はまだ恋はしたことないけれど、あなたみたいに想い続けられる相手と巡り会いたいと思うわ」
二人の間に育まれた恋がどのように始まったのか、どんな風に恋をすればいいのか……リリスが知りたいことはたくさんある。
語り合う濱子とリリスの横顔を照らしたのは、ミューシエルのランタンだ。
「どうしたの?」
「ニホンのお盆っていうお祭りだと、最後は明かりをつけて死んだ人の見送りをするんだよね?」
不思議そうな表情のアヤメに答えるミューシエル。
本当は火を使うのだが、それは少し怖い。せっかくあるランタンを使いたいというミューシエルに、アヤメは笑いかけ。
「お見送り、だね」
夜は、静かに更けていく。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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