精霊馬事件~盆ときゅうりと女と男

作者:質種剰

●潰えぬ願い
 お盆。
 それは、年に一度だけ故人が霊となり帰ってくると信じて、その御魂を祀る行事である。
 広い一軒家に独りで暮らす老女もまた、お盆の風習を信じてせっせと精霊馬を作っていた。
 精霊馬とは、あの世とこの世を行き来する為の乗り物の事だ。
 きゅうりに割り箸の脚を刺した馬は、故人の魂が早く家へ戻れるようその駿足で手助けし、反対にナスで作った牛は、その鈍足から少しでもあの世へ帰るのが遅くなるよう願いが込められている。
「あなた……早く逢いたいわ」
 どうやら老女は亡夫の為に精霊馬を作っていたようだ。
「でも、こんなお婆ちゃんの顔で会っても、あなたは気づかないでしょうね。あの世では好きに若返れたりしたら良いのに……」
 すると、老女の目の前に、空から大きなきゅうりの精霊馬が舞い降りてきた。
「まぁ、今すぐ連れていって下さいな、あの人のもとに」
 願ってもない幻だと手を合わせて拝み始める老女へ、
「汝、我と一つになれば、願いを叶えるなど容易い……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 きゅうりは謎の呪文を唱えて応えた。
 呪文の効力だろう黒い靄が老女をたちまち覆い隠す。
「嘘……」
 霞が晴れた時、老女はモザイクの衣を纏う若い女性の姿に変貌を遂げ、更には精霊馬と一体化してしまっていた。
「汝のドリームエナジーが我に流れ込む……これぞ、ワイルドの力也! 汝の望み叶うまでドリームエナジーを生み出し続けるが良い。死者に会うなどという不可能な願いが成就するまで……」
 まるで嘲るように呟くきゅうり。
「あなた、きっとすぐ会いにいくわ……」
 若返った老女の声は嬉し涙に咽んでいた。

●暴れるきゅうり
「皆さん、ケルベロス大運動会、お疲れ様でした〜!」
 小檻・かけら(清霜ヘリオライダー・en0031)は、笑顔でぺこりと頭を下げてから説明を始める。奴隷服に黒猫ぬいぐるみを抱えた出で立ちだ。
「日本に帰ってきたばかりでお疲れかと存じますが、多くのケルベロスの方が危惧なさっていた、精霊馬型ドリームイーターの事件が起きたのでありますよ」
 このドリームイーターは、精霊馬へ『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人の願いを取り込み、合体して暴れ出そうとしている。
「恐らくこのドリームイーターは、ドリームエナジーだけを奪うのでは無く、ドリームエナジーを生み出し続ける人間ごと取り込む事で、より強いドリームイーターになろうとしてるのでありましょう」
 実際、被害者老女を取り込んでいる状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を持つ為、相当な強敵だという。
「また、取り込まれた状態のままドリームイーターを撃破すると、被害者のお婆さんは大怪我をなさるか場合によってはお亡くなりになってしまうので、どうかお気をつけくださいませ」
 そこで、戦闘と並行して説得を行い、老女に『死別した伴侶に会いに行きたい』という望みを捨てさせる事が出来るかどうかがポイントとなる。
 もしそれができれば、耐久力や攻撃力が合体前に戻って役立たずになった老女をドリームイーターが投げ捨てるので、死亡させてしまう危険性はなくなるだろう。
「今回皆さんに戦って頂きたい精霊馬ドリームイーターは、きゅうり型が1体のみであります」
 被害者の老女と合体したきゅうり型精霊馬は、元老女の衣から大きなモザイクの塊を飛ばして攻撃してくる。
「これは理力に秀でた破壊攻撃で射程が長く、敵単体の精神を悪夢で侵食して、催眠に似た状態に陥らせるであります」
 また、敏捷に長けた魔法を使ってくる事もあり、その時のモザイクは敵単体の武器を打ち砕く力に優れている。
「無事に説得に成功してお婆さんとの合体が解ければ、精霊馬ドリームイーターの耐久力と攻撃力は8割程度までダウンするでありますよ」
 合体の解けたきゅうりドリームイーターは、素早い動きで体当たりを仕掛けてくる。
「この体当たりは抜群の破壊力を誇る近距離攻撃で、頑健さに満ちた突進が敵単体の守りをも突き崩すであります」
 他にも、太い割り箸の脚で射程自在に敵を蹴りつけ、敏捷に優れた斬撃による激痛からトラウマを見せる事があるらしい。
 ちなみにポジションは合体時、解除後のどちらもクラッシャーである。
「それにしても、ワイルドの力とは一体何なのでありましょうね?」
 かけらは、黒猫ぬいぐるみを抱えたまま首を傾げてから、
「ともあれ、どうか精霊馬ドリームイーターに取り込まれたお婆さんを救出して差し上げてくださいませ。宜しくお願い致します……」
 改めてケルベロス達へお辞儀するのだった。


参加者
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
ソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)
黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)
二階堂・燐(鬼火振るい・e33243)

■リプレイ


 大きな一軒家。
 8人が玄関を乗り越えて庭先に回ると、
「あなた……待っててね」
 若返った老女が精霊馬ドリームイーター——死妖霊馬に腰掛け、今しも縁側からふわりと空へ舞い上がるところだった。
「待つんだ」
 すかさずフューリー・レッドライト(赤光・e33477)が、老女へ届けと声を張る。
 他人に怖がられるぐらい厳つい外見からは意外に感じるも、困った人を見捨てられないお人好しな性格のブレイズキャリバー。
 なればこそ、此度の被害者である老女も放っておけず、彼女の命を救いたいとの強い思いから説得を始めた。
「……貴女の旦那は、歳をとったぐらいであなただと分からなくなるような人なのか? 俺は違うと思う」
 同時に、愛用の鉄塊剣『赤光』を軽々と振り上げて、死妖霊馬へ斬りかかるフューリー。
「そこまでして会いたいと思う人なんだ、きっと分かってくれるだろう」
 単純かつ重厚無比な打撃をぶち当て、精霊馬の頭を容赦なく叩き潰した。
「何より、若返るということは、これまで生きてきた自分を否定するということだ。旦那も悲しむだろう」
「夫が……悲しむ?」
 フューリーの問いかけの数々には説得力があり、老女の顔色へ動揺が走る。
「汝、ドリームエナジーを奪う機会、けして逃すべからず。逃さず掠奪せしめよ!」
 老女の逡巡など関係ないとでも言うように、死妖霊馬は取り込んだ老女を載せた状態で、モザイクの塊を飛ばしてきた。
 怒れる死妖霊馬が自分へ標的を定めたのは思惑通りと、フューリーが安堵の息をつく。
「だから、な。残りの人生をしっかり生きて、ありのままの貴女を見せてやってくれ」
 そのまま痛みを堪えつつ、真摯に説得を続けた。
「亡き伴侶を思う気持ちを利用するとは、許せぬでござるな……必ずや誅滅してみせるでござる」
 天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は、柔和な表情の内に激しい怒りを燃やしていた。
 日頃は控えめに一歩下がって皆を見守る彼だが、いざ依頼ともなれば螺旋式重装束『落天』を装着、通販忍法を駆使してデウスエクスに立ち向かう。
「世界は広く、時代はこれからも移ろっていくでござる。齢を重ねてもまだまだ新たな出来事に沢山巡り会えるというもの」
 まずは仲間の支援に努めようと、小型治療無人機の群れを操る日仙丸。
 前衛陣を警護するドローン達によって、フューリーの打撲が癒えていく。
「生きて生きて生き抜いて、それらを愛する夫への土産話としてはいかがでござろうか」
 元より年齢以上の風格を持つ彼だから、余生の重要性について説くのも不思議と深みが感じられる。
「夫へのお土産話……」
 老女の声には迷いが滲んでいた。
「例えば、人類がデウスエクスに勝利する日であるとか。拙者たちが必ずや成し遂げてみせるでござるよ」
 彼女の心を更に揺さぶるべく、日仙丸はケルベロスとしてデウスエクスに脅かされない平和な世界の獲得を、力強く約束してみせた。
「ワイルド、ね……気にはなるけれど、今はおばあさんを助けるのが最優先っス!」
 黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)も、生来正義感の強い性格だけに、老女を救い出す意欲は充分。
「故人が見るのは外見でなく魂っス。最期の見た目なんて関係ないっスよ」
 親しみ易い口調できっぱりと言い切ってみせた。
 一見やる気なさそうに思えるも、実際は人助けの為なら手段を選ばない熱血漢なドワーフ女性。
「魂とは在り方。デウスエクスの誘いに乗って、道を外れた方法で旦那さんに会ったとして……貴女は自分の在り方に誇りを持って彼と話せるっスか? そんな『姿』の貴女に気づくと思うっスか?」
 また、飼っていた動物達の位牌をベルトホルダーへ入れて持ち歩くぐらい情の深い白だから、彼女が魂の在りようについて説くのも何となく頷けた。
「道を外れた? そんな、どうしましょう……私」
 狼狽えて両手で頭を抱える老女。白の声が届いた証拠である。
「……旦那さんが惚れたのは、ありのままの『姿』の貴女だと思うっス。その歳になるまで想い続けた男を信じてもいいんじゃないっスか?」
 老女の亡夫の気持ちを代弁するかの如く想いをぶつけると共に、白はマインドリングより具現化した光の剣を閃かせ、死妖霊馬の胴体を深々と斬りつけた。
「ありのままの姿……そうね、そうかも……」
 老女の意識は惑溺を強めていく。


「逢いたい人……ね。そういう人もいないわけではないから、気持ちはわかるのよね」
 老女の切なる願いがとても他人事に思えない、と複雑そうな面持ちになるのは、ソフィア・フィアリス(黄鮫を刻め・e16957)。
 還暦を迎えたとは到底思えぬ若さを保った、オラトリオの婦人。
「会いに行くって言っていたけれど、それは今を捨てなければいけないことなのかしら? 今に帰ってくることができなくなったとしても?」
 ソフィア自身、一目でも会いたいと長い間想い続けている人物がいる為、老女へ教え諭す詰問にも熱が入る。依頼ですら仲間任せヒガシバ任せにする普段とはえらい違いだ。
「大丈夫。きっと彼も『今』の貴方を貴方だって分かるはずよ」
 まるで己に言い聞かせるが如く言葉を紡げは、老女もそれを神妙な顔つきで聞き入る。
「例え戻れなくても……そう思ってたけど……もっとお土産話を蓄えてからでも良いのかもしれない……」
 皆の説得に心動かされた様子の老女を見守りつつ、ソフィアは縛霊手の祭壇から紙兵を振り撒いて、前衛陣の異常耐性を高めた。
(「死者は眠っていなければならない。生者がそれを妨げるように会いにいくことなんて……出来ない」)
 暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548)は、藍色の瞳に淡く跳ねる光と固い意志を湛えて、死妖霊馬となった老女を見据える。
(「だからせめて、同じ場所にいったときに『許して』もらえるように」)
 白く長い髪を風に遊ばせたシャドウエルフの少女で、美しく華奢な顔つきをしている。
 だが、自らの意見を臆せずに言う意思の強さも持つ歌夜。
「ずっと若返り続けているなんて、そんな化物になってしまった貴方を、旦那さんは望んでいるのでしょうか」
 彼女の口から飛び出たのは、ともすれば辛辣にすら聞こえる、何とも素直な表現であった。
 尤も、そんな飾らない言葉こそが、老女の命を助けたいという必死さの発露に他ならない。
「気付かれない、なんて旦那さんを信用していない言葉はやめましょう」
 歌夜は誰もが持つコンプレックスへも遠慮なく踏み込み、老女の凝り固まった思い込みを解かそうとする。
「想像してください。あなたの皺を一つ一つ撫でながら、旦那さんが言うんです。幸せそうに。こんなに長生きしてくれてありがとう、と」
 そうして、老女が思いもよらなかった未来——人生の外での亡夫との再会を、どことなく明るさの滲んだ声音でそっと教えた。
「……夫をずっと疑っていたのね、私……今も、ずっと……」
 老女の目から涙が零れる。
「これも少しばかりの死天剣戟陣の応用でして」
 その傍ら、天空より召喚した無数の刀剣を周囲へ展開する歌夜。
 刀剣が前衛陣の攻撃へ合わせて、自動的に追尾するよう仕向けた。
 一方。
(「こんな人の心を捻じ曲げるような真似を許すわけにはいかない」)
 死妖霊馬を眼光だけで射殺せそうに睨めつけ、声もなく怒るのはトリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)。
 その強面からおっかなく恐ろしい人物に思えるも、実は見た目に反して温厚な性格をしている。
「旦那さんが会いたかったのは、本当にその姿の貴方でしょうか」
 現に、老女へ語りかけるトリスタンは口調も物腰も至極丁寧、それでいてきゅうりに光の尾を引く重い飛び蹴りを食らわすのも忘れない。
「誰かを傷つける道具として扱われる貴女に会いたいのでしょうか?」
「誰かを……傷つける道具……私が?」
 トリスタンの声が老女の弱った心へ凜と響いて、彼女の曇ってしまった目を覚まさせる。
「旦那さんが今まで見守って、今まで待っていたのはそんな形だけの若さを手に入れたあなたなのでしょうか……」
 泣きながら首を横へ振る老女。
「……きっと、健やかに生きて歳を重ねたあなたを旦那さんは待っていてくれると思いますよ」
 トリスタンは更に優しい言葉を連ねて、老女を安心させようと力を尽くした。
「ま、わからなくはないよ。若く綺麗な姿のままで、想い人に逢いたい、って」
 と、老女の切望に一定の理解を示すのは、二階堂・燐(鬼火振るい・e33243)。
「……でも、残念ながら無理な相談なのさ。だからこそ、定命の僕たちなりに、歩める人生が在るはずだろ」
 彼自身家族——祖母を失った身である為か、老女の気持ちへ懸命に寄り添い、苦手な説得も全力を傾けている。
「誰だって……きっと同じように思う。絶頂の頃の自分に還ることができたら、って」
 何より大事な恋人がいるからこそ、亡夫の気持ちも解るのだろう。
「でもきっと、あなたの大切な人があなたに望むのは……そんなことじゃない」
 ゆっくりと、自分でも噛み締めるように言葉を紡ぐ燐。
「若いままじゃなくても。綺麗なままじゃなくても。大切な人を喪った哀しみを乗り越えて」
 彼女の憂悶を少しでも軽くできるように。
「懸命に生きた証を、その美しい顔がしわくちゃになるまで刻み込んで……」
 亡夫恋しさで周りを見えなくしている迷いの霧を少しでも晴らせるように。
「そう、今の真実のあなたの姿こそが、これまでの人生で一番美しい、あなたの姿なんだ」
 老女の孤独な来し方をただ認めてあげる優しさ——男性らしい嘘偽りない包容力が、老女の心を強く打つ。
「……夫もそんな風に思ってくれるかしら」
「勿論さ」
 不安がる老女へ明るく答えてから、燐は鬼門大通天の一太刀を死妖霊馬へ浴びせる。
 もはや達人の域に到った剣技の腕前が、バッサリと斬りつけた精霊馬の胴を凍りつかせた。
「ワイルドの力……それがどんなものか、今は分かりません」
 硬い声音で呟くや、使い慣れたアームドフォートの主砲を構えるのはニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)。
「唯一つ分かるのは……それは自身の能力を極めんが為に、亡きご亭主を想うお婆さんの身も心も踏み躙らんとしている事……必ず救い出してみせます」
 ふつふつと湧き上がる憤りをぶつけるかの如く、まずは死妖霊馬へアームドフォートの主砲を一斉発射。
 きゅうりを粉砕せんばかりに集中砲火して、大きなダメージと衝撃を与えた。
「故人に逢いたいという気持ち、痛いほど伝わります。私も両親を亡くしましたから……」
 その上でニルスは精霊馬と合体した老女を見上げ、真っ直ぐに声を投げる。
「けど、仮に逢う事が叶ったとしても、それで命を失ったら、ご亭主はどう思うでしょうか?」
「……それは」
 老女が思わず言葉に詰まる。
「自分のせいで死なせてしまったと……きっと悲しみます」
 ニルスも悲しそうに彼女を諌めた。
 愛する人に死なれる辛さは、生者も死者も関係ない。
 老女自身が背負った深い悲しみを亡き夫にまで味あわせるのか、と。
「あぁ……私、何て馬鹿な事を……」
「老い先短いとか関係なく、楽しい思い出をいっぱい作って人生を全うする……たくさんの思い出話を手土産にする方が、きっとご亭主も喜びますよ?」
 他人を思いやる大切さに改めて気づかせる、正論ながらよく練られた説得であった。
「あなた……ごめんなさい、私」
 呟いた老女の体がぐらりと転げ落ちる。
「まだ、会いにいけないわ……」
「役に立たぬ婆ァ奴が!」
 彼女を地面に振り落とした死妖霊馬が、腹立たしげに呻く。
「大丈夫でござるか?」
 老女を受け止めた日仙丸は、素早く家の中へ彼女を移した。


「後はお前を倒すだけだな、ドリームイーター。その罪は重いと知れ……!」
 毅然とした態度で言い放つや、フューリーは生み出した竜巻で死妖霊馬を拘束。
 そこへ破壊の暴風纏いし鉄塊剣『激昂』による渾身の一撃をぶち込んで、きゅうりの頭を竜巻ごと叩き割った。
「行け、ヒガシバ! ガブリングよ!」
 ふんぞり返って指示を出すソフィアもその顔つきはいつになく真剣だ。
 ヒガシバはヒガシバで主の意志に忠実に、精霊馬の胴体へ力一杯噛みついていた。
「仕方あるまい。我のみでもドリームエナジーを全て掠奪せしめん!」
 計画が頓挫した苛々をぶつけんと、死妖霊馬がソフィアを跳ね飛ばすべく全身全霊の突進を仕掛ける。
「螺旋の加護をここに!」
 仲間を庇って怪我をした歌夜へ、文字通り手当てするのは日仙丸。
 破壊でなく癒しに用いる螺旋を、患部へ触れた掌より内側に浸透させ、傷を治癒した。
「やるっスよ、マーブル!」
 白は縛霊手に封じた愛犬マーブルの魂を開放。愛の籠ったパンチをぶちかます。
 縛霊手と合体して犬の手型に変じた手甲の鋭い爪が、きゅうりの果肉を容赦なく切り裂いた。
「……どんな理由であれ、愛する方への想いに付け込み踏み躙るその行い……絶対に、許しません!!」
 ニルスは死妖霊馬へ一礼してから、コマンドワード認証によりアームドフォートを電磁加速砲撃形態へと変形。
 バスターライフルの銃身を接続部に挿入した、可変式電磁加速砲『ミョルニールレール』より撃ち出された砲弾が、まるで稲妻を纏った神の鎚のように、死妖霊馬の腹を護りごと打ち砕いた。
「ワイルドとは?」
 歌夜は言葉少なに質問を投げかけつつ、影の如き視認困難な斬撃を見舞って、
「それは幻狼か?」
「何故、ドリームエナジーの供給源に答える必要がある」
 嘲罵しか返さない死妖霊馬の潰れた頭を、ますます無惨にひしゃげさせた。
「きゅうりは足が速い馬でしたか……ロデオは得意な方でしてね」
 猛々しく吠えるように気合を入れて、死妖霊馬へ肉薄するのはトリスタン。
 電光石火の蹴りできゅうりの胸辺りを貫き、四肢たる巨大割り箸の根元までへし折ってみせた。
「今こそ、幻想に別れを。――おやすみよ」
 燐は、もう誰も乗っていないきゅうりの背を踏み蹴って高く跳躍すると同時に鬼門大通天の霊力の一部を解放。
 天にも通じんばかりの巨大な鬼火と化した刃を渾身の力で振り下ろし、死妖霊馬を真っ二つに斬り捨てたのだった。
「ワイルドの力って一体何なの? その力で何が変えられるっていうの?」
 息絶える死妖霊馬へ、ソフィアが慌てて問いかける。
「その力があれば、聖王女様に会えるの?」
 しかし死妖霊馬はそのまま消え失せ、苛ついて地面を叩くしかない。
 一方。フューリーは、畳に寝かされた老女の呼吸が健やかなのを確かめるや、
(「……あの人と違い、俺は皆と同じところへはいけないだろうな」)
 ふっと自嘲気味に内心呟いた。
 庭を包むように吹く風へ、何かを感じたのは燐。
「……ああ、たぶん、大丈夫じゃないですかね」
 ……次にあなたと巡り逢えるまで、今のあの人なら、きっと。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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