精霊馬事件~願いを背に霊馬は駆ける

作者:小茄


「お前が居なくなって、これで5度目の夏か……独りで盆踊りに行くでも無いし、スイカを食べたいとも思わなくなったなぁ」
 仏壇の前、遺影の中で微笑む亡妻に語りかける老人。
「あぁ、雄一郎のとこはな……翔くんが夏休みも塾だとかで、今年は泊まっていかんらしい。お受験とか何とか言ってな……弘子さんが熱心だからって」
 寂しげにポツポツと語る彼は、この集合住宅の一室に独り暮し。
 長年の連れ合いを亡くして以降、一日の多くをこの様な一方的語らいで過ごしていた。
「思い出すなぁ……夏が来る度に、お前とあちこちに旅行したなぁ。また一緒に行きたいなぁ……山に登ったり、海で泳いだり……む?」
 幾度と無く繰返されてきたそんな願いだが、今日に限っては、それに応えるかの様に何者かの気配。
「し、精霊……馬?」
 突如空から降臨して来た様に、そこに存在したのは巨大な茄子の精霊馬。お盆に故人の霊魂を運ぶとされる、あの精霊馬だ。
「まさか……わしを連れて行ってくれると言うのか? あいつの所まで」
「汝が我と一つになるのであれば、その願いを叶えよう」
「もう一度会えるなら、どんな事でもする!」
 この際、彼にとって目の前の出来事が現実か否かさえも、大した問題では無かった。ただ心から再会を願うのみ。
「ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 精霊馬が呪文の様な物を唱えるが早いか、黒い霞が老人に纏わり付く。
「?!」
 程なくして霞が晴れると、そこに有ったのはモザイクの衣を纏い、若返った彼の姿。
「汝のドリームエナジーが、我に流れ込むのを感じる! さぁ存分にその力を生み出し続けるが良い、汝が望みを叶えるまでな!」
「お前……今から、会いに行くぞ……!」
 馬上の人となった彼はそのまま部屋を飛び出し、今は亡き妻との再会を夢見て駆けるのだった。


「ケルベロス大運動会、お疲れ様でした。時差等は大丈夫でしょうか? 休む間もなくと言う感じになってしまいますが、多くのケルベロスが危惧していた様に、精霊馬のドリームイーター事件が発生している様なのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によれば、このドリームイーターは、精霊馬に『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人を取り込んで合体し、暴れようとしているらしい。
 亡き配偶者に再会すると言う、叶わぬ願いによりドリームエナジーを生み出させ続け、より強力なドリームイーターになろうと言うのだろう。
「事実、そうしたご老人を取り込んだ状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を誇る強敵となります。加えて、そのままの状態で撃破すれば、ご老人も大怪我をしたり、場合によっては亡くなってしまう危険があるのです」
 この悩ましい状況を変えるには、戦闘中に老人を説得し「ドリームイーターに乗って死別した伴侶に会いに行く」と言う望みを捨てさせるしかない。
「ご老人が望みを捨てれば、ドリームエナジーを生み出さなくなった彼を載せておく意味はなくなりますから、ドリームイーターが自発的に下馬させるに違い有りません」
 セリカは下馬させると表現したが、ドリームイーター的には用済みとなったお荷物を振り落とすと言う事になるのだろう。
 ドリームイーターは1体のみで、配下などは存在しない。
 説明の通り、老人と合体したドリームイーターは、いわば強力なエネルギー源を搭載した状態。
 しかも老人(若返った状態ではあるが)を傷つけない配慮をしつつ倒すのは至難だろう。
「逆に、ご老人を降ろす事が出来れば、耐久力も攻撃力も2割程減らせると予想しています」
 加えて全力で攻撃出来る様になり、ケルベロスにはかなりの追い風となるはずだ。
「幸いと言うべきか、このご老人……健三さんと言うお名前ですが、温厚で真面目な方の様です。心を篭めて説得すれば、きっと耳を貸して下さるはず」
 勝利条件はあくまでドリームイーターの撃破であり、例え老人が死亡してしまったとしても作戦は成功となる。
 それを踏まえた上で、最善を尽くして欲しいとセリカは付け加えた。
「戦場としては、ご老人が住まわれている集合住宅のグラウンドを想定しています。夜なら人もおらず、平坦で見通しも良好です」
 戦闘以外の部分で留意すべき点は特に無さそうだ。

「ドリームイーターの新たな力……これがワイルドの力なのでしょうか。いずれにしても、彼らの思い通りにさせる訳にはいきません」


参加者
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
槙野・清登(棚晒しのライダー・e03074)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
王生・雪(天花・e15842)
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)
上里・藤(レッドデータ・e27726)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)

■リプレイ


「似たような建物で紛らわしいが、これだな。ケニアでお祭り騒ぎしたと思ったらこれだ。去年もこんな感じで慌ただしかった気がすんだが……」
 空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)は、棟に記された数字を見上げながら、やれやれと言ったトーンで呟いた。
 夜の団地はしんと静まりかえっていた。
(「どうか見守っていて」)
 王生・雪(天花・e15842)は戦いを前に、或る少女の形見である手鞠に願いを託す。
 大きな力を持つケルベロスには、危機に瀕した命を救う事が出来る。しかし一方で、彼らをもってしても見送る事しか出来ない命もある。
 死とは永久の別離。
 そうとは知りつつも、人は古来より死別した者との再会を切望してきた。
 ましてそれが、長年連れ添った最愛の伴侶であったならば。
 よりにもよってお盆のこの時期に、超常の存在が可能性を仄めかしたならば。
 今回のドリームイーターは、死別した者との再会をエサに標的と一体化し、エナジーを生み出させると言う。
(「死んだ人に会えるなら……私だってお母さんに会いたいです。でも、そういうわけにはいかないじゃないですか」)
 赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)もまた、幼くして最愛の母を失った経験を持つ。
 今回、標的となった高齢男性。健三の気持ちは痛い程解る。
 解るからこそ、憤りを覚えていた。
「割とスペシャリストな俺達ヴァルキュリアだって、『寂寞の調べ』で悼む気持ちを歌って、力をお借りする程度で精いっぱいなのに、簡単に会えるわけないじゃないか」
 特殊詐欺の手口に呆れる様な調子で呟くのは、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)。
 ドリームイーターの口車に乗って、死者と再会出来る道理など無い。
 そして叶わぬ願いだからこそ膨大なエナジーの源になると言う着想を得たのだろう。
「皆さん、あそこッス!」
 上里・藤(レッドデータ・e27726)が指差す先、住宅の一室――窓から宙へと飛び出す巨大な精霊馬の姿。
 見た目としてはシュールだが、その背には若返った健三氏の姿がある。
 ケルベロスが止めなければ、このまま亡妻を求めて暴れ回り、新たな悲劇を招くに違いない。
「ひとの弱さに付け入る――成る程上手いよ」
 手際に賛辞を送りつつ、その進路に立ち塞がるゼレフ・スティガル(雲・e00179)。
「番犬の前で無ければ、ね」
「何だお前達は、退け! わしは行かねばならぬ所があるのだ!」
 立ち塞がるケルベロスを見下ろし、鋭く言い放つ健三。
「会いに行くなら、もっとお土産を持った方が良いんじゃないですか?」
 冗談めかしつつも、真っ向から眼を見据えて言う槙野・清登(棚晒しのライダー・e03074)。
「何? ……お前達、何を知っている!?」
 その言葉に、健三が狼狽えたのは明らかだった。
 人知れず、今は亡き妻を探す旅に出ようとしたその矢先、見ず知らずの若者達に出鼻を挫かれたのだから。
「息子夫婦やお孫さん、他にも……まだまだ沢山の事を貴方は生きて、思い出に出来るでしょう? そんな貴方が生きた時間を少しでも多く持って行って、お土産に聞かせてあげた方が……きっと奥さんも喜ぶんじゃないですか?」
「……アイツならそう言うかも知れん。言うだろうな……だが、これはわしの意思だ! わしがそうしたいのだ!」
 清登の言葉に否応無く亡き妻を想起し、視線を泳がせた健三だが、強い口調でそう言い返す。
「貴方が行かれたら……遺されたお子さんも、お孫さんもきっと、精霊馬が来る前の貴方と同じ思いを抱くと思います」
 声を荒げ、話を終わらせようとする健三に対し、穏やかながらも切々と訴える白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)。
 ドリームイーターに対する義憤に突き動かされる者、冷静な目線で淡々と任務をこなそうとする者。ケルベロスの思いは常に様々だが、彼女の心を満たすのは切なさ。
「……あやつらはいずれ立ち直る。そうで無くては困る。しかしわしは、もう十分に生きた。悔いも無い。これ以上は待てん!」
 健三にも夕璃の想いは伝わったはずだが、それを振り切る様に彼は言う。
「こやつ等はお前を妨げる為にここに来た。蹴散らさねば、妻には会えぬぞ」
「う……っ」
 耳を貸すなとばかりに、馬上の彼を焚き付ける精霊馬。言うが早いか蹄で地面を蹴り、ケルベロス目掛け突進して来る。
 ここから先の説得は、戦いながらせざるを得ない様だ。


「精霊馬の正体はドリームイーターです。そしてドリームイーターには生者と死者を引き合わせる能力はありません」
 健三に対し、現実を過不足無く伝える藤。
「黙れ!」
 無論精霊馬はこれを放置する訳にはいかず、怒声を張り上げるなり、丁度頭部にあたる付近に鍵型の武器を出現させて飛び掛かってくる。
「そうはいかないよ」
 鉄塊剣「白夜」を盾代わりにこれを受け、すぐさまその身に獄炎を纏うゼレフ。
「だからそれは、健三さんの奥さんへの想いが利用されてるだけの悪い夢なんですよ」
「そうそう。これはね、新手の詐欺なんです。だからケルベロスが駆け付けた、と言う訳です」
 尚も言葉を続ける藤に、右院も頷きながら自分達の身分を明らかにする。
「う、嘘だと言うのか?」
「耳を貸すな! 現に貴様には、亡妻に会いに行くための活力が与えられている。何を疑う余地がある!?」
 動揺し心揺れた様子の健三だが、今度は精霊馬が彼へ告げる。
「そうだ……今更退けん! わしは何としても会いに行く! 妨げるのであれば、何者であれ排除する!」
 またも自らを鼓舞する様に言い放つ健三。
「私も少し前……大切な存在を、見送りました。偲べば偲ぶ程、恋しさや寂しさが募る……その気持ちは痛い程に、解ります。故にこそ、重ねた歳月を失くした姿で、その想いを食物にせんとする者の手を取ってほしくはありません」
 地面に描いた守護星座に護りの光を宿させながら、雪は切々と訴える。
「其は二人の思い出も心も踏躙り、ご家族に害為す危険すらある者。斯様な者に身を委ね、再び奥様と笑い合えましょうか。どうか、胸を張って会いに行ける日を迎えられるよう――今は此岸へ、お戻り下さい」
「……わしの想いを利用されていると言うのか」
「戯れ言よ! 貴様はただ願え、そして駆けよ! こやつ等こそ、貴様を騙そうとしているのだ!」
 馬上で頭を抱える健三。何が真実であるのか、彼の立場から見通すことは難しい。
 しかし、妻に会いたいと言う想いのみは強まるばかり。
「黙らせてくれるわ!」
 そのエナジーによって、精霊馬は圧倒的なパワーを発揮し続ける。
「アリカさん!」
 更なる突進を辛うじて受け止めるのは、いちごの相棒であるボクスドラゴンのアリカ。
「私は目の前でお母さんを殺されました。目の前でいなくなったお母さんにもう一度会えるのなら、って、そう思ってしまう気持ちはあります。だから、おじいさんの気持ちは攻められません」
「何?」
 年若いいちごの壮絶な言葉に、驚いた様子の健三。
「でも、それでも思うんです。お母さんは最期に『生きなさい』って言ってました。亡くなった人が思うのは、残された私たちが生きて幸せになることなんだって……おじいさんはまだ生きているじゃないですかっ」
「……そうであろうな。親に取って、子が生きてくれれば……孫が生きてくれれば、思い残す事など……わしもそうなのだ。何の未練も無く、アイツを迎えに行ける」
 いちごの言葉に僅かに眼を細め、健三は静かに、しかし確たる口調でそう答える。
「と言う事は奥方は、貴方や家族に惜しまれながらも、全うして逝ったんだろう」
「……そうだが」
 ならばと言葉を引継いで尋ねるのはゼレフ。
「近道したって終着駅には着かないから、其々の道を歩き切りなさい、と言い残していったひとがいて」
「……お前さんも誰かと死に別れたと言うのか……しかしわしとお前さん達は違う。元々アイツより先に逝くつもりだったのだ。もしもこの命が尽きようと、アイツにもう一度会えるのなら後悔は……」
 彼の言葉から、近しい経験をしたのであろう事を察した様子の健三。けれど、すぐさま若いケルベロス達と年老いた自分は違うと線引きをする。
「お子さん達悲しませて、そんな姿でズルして会いに来たなんて言ったら……早苗さん悲しむよ」
「っ……」
 だが、心が揺れ動いている事も明らか。ゼレフが口にした、妻の名に再び健三は息を呑む。
「なぁ、爺さん。あんたは孫に顔を覚えてもらえてるのか? 割とつらいもんだぜ? 記憶にある人の、顔が思いだせないのは」
「……!」
 好機に畳みかけるが如く、尋ねる様な空牙の言葉。
 健三と自身の境遇を重ねた説得とは異なり、一歩引いた視点からの言葉。しかしそれは、彼がこれまで考慮して居なかった点へ思い至らせる。
「行くなとは言わない。けど、行くのは今じゃない。せめて、孫の行く末くらい語って聞かせられるようになってからにしようぜ?」
「……」
 一度は何の未練も無いと言い放った彼だったが、その心に迷いを植え付けるには十分。
「ええい何故もっと仕掛けて来ぬ!」
 ケルベロスは攻撃を極力控え、守りに徹した立ち回りで説得に注力していた。その状況は人質を抱えるドリームイーターにとっては、せっかくの盾を活かせず、焦れったい状況。
 とは言え、説得が功を奏さなければ、益々ケルベロスが劣勢に立たされる事も事実。
「私達はおじいさんを助けたいんです」
 亡き母を思い出し、微かに瞳を潤ませるいちご。しかし泣く事無く、健三を見上げて告げる。
「貴方が会いたいのは、笑顔の奥様ですよね? 思い出して下さい……!」
 夕璃はそっといちごの手に自らの手を重ね、最後の言葉を訴える。
「奥さんが残してくれたものを最後まで大事にしてみませんか。いつか本当に会ったとき、胸を張って会えるように」
 手を差し伸べる藤。
「……やれやれ、この歳になっても年少者から教わらねばならんとはな」
 ケルベロスの言葉の一つ一つはパズルのピースとなり、彼の中に一つの未来図を完成させていた。それは生き抜き、命を全うすると言う道。
 健三は少しばつが悪そうに苦笑すると、こちらに手を伸ばす。
「この、役立たずの老いぼれがぁっ!」
「うっ!?」
 藤がその手をつかみかけた刹那、大きく馬体を跳ね上げる精霊馬。彼にとってエナジーを生み出さなくなった健三は、もはやただの邪魔者。
 宙に舞い上げられた彼の身体は、元の老いた姿へと戻ってゆく。地面に叩きつけられれば、重傷は免れないだろう。
「ウチの相棒に乗り換えませんか? そこの鈍牛よりは迅速にお送りしますよ……但し、お孫さん達の所へね」
 と、その身体を空中で受け止めたのは清登。
「ぬうっ!?」
 健三を跳ね上げれば、それを受け止める為の動きを取るだろうと予測していた精霊馬。
 その隙を突かんと狙い澄ましていたが、ケルベロスの読みはもう一段勝っていた。
「非情なる悪夢は破るのみ――御覚悟を」
 射線を塞ぐ様に立ちはだかる雪と、その愛猫「絹」の姿。
「凜冽の神気よ――」
 抜き放たれた刀から放たれるその太刀風は、夏の夜の熱気さえも凍て付かせる吹雪を巻き起こし、精霊馬の出足を封じる。
「さて……こっからが本番だ。そのふざけた存在、狩らせてもらうぜ? 悪いが悪く思うなよ精霊馬!」
 首に掛けていたヘッドホンを頭に移し、空牙は地面を蹴る。
「ほざけ! あの様な老いぼれの力など無くとも……!?」
「ほら、死角ができてんぜ?」
 無数の分身を展開すると共に本体の存在感を希薄にさせたかと思えば、次に声が聞こえたのは真後ろ。
 それは正面から不意打ちを仕掛ける事を可能とした異端の技、螺旋不意討重。
「ぐはぁっ!?」
 雪の凍花で鈍らされた状況では、空牙のこの動きに追従出来ないのも無理は無い。
「ひとに寄り添ってきたもので遊ぶんじゃないよ」
 更に告げるゼレフの声は、穏やかにさえ感じられるものだったが、そこに一定の厳しさが同居している事もまた明らかだった。
「――さよなら」
 突立てられた鋭利な刃が、そしてドリームイーターを灼く銀白の炎が、それを体現しているのかも知れない。
「ぐ、ううっ……何故だ! 完璧な策が」
「お年寄りを詐欺に掛けて甘い汁を吸おうなんて、虫が良すぎるよ。トドメといこうか」
 オウガメタルを利き手に纏いつつ、目配せする右院。
「悪夢を終わらせよう――畏れろ」
 これに呼応した藤は、無数の影蛇を殺到させる。
「いくぜ相棒……熱くなって来たな……!」
 反対方向から間合いを詰めるのは、燃え上がるスマホを手にした清登とその相棒たるライドキャリバー。
「オラオラオラッ!」
「バカなぁーっ!!」
 漆黒の呪詛を湛えたミシャグジ様が次々に牙を突立てると同時、清登のコンビが護神電光と炎を叩きつけ、更には3頭の幻狼纏う右院の拳が、ドリームイーターの胴体を打ち抜く。
 炎に包まれ、崩れ落ち、やがて精霊馬だったモノは跡形も無く霧散した。


「お疲れ様でした、大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとうございます」
 小柄な身体を支えつつ尋ねる夕璃に、すっかり疲れた様子ながらも頷いて応えるいちご。
「何とかめでたしッスかね」
 そろそろ新人も卒業し、一人前のケルベロスになりつつある藤だが、こちらもホッと安堵の様子。
 戦いの終わった団地のグラウンドは、再び静寂を取り戻していた。
「お怪我など御座いませんか?」
「大丈夫だ。お陰様でね……眼も醒めたよ。恥ずかしい限りだ」
 介抱する雪に、健三はしっかりした口調で言う。
「土産話は多いに越したことはないだろ?」
「それもそうだな」
 今日の出来事も、その一つにすればいいと笑いながら言う空牙。健三もまた、笑って頷く。
「土産話もだけど、お孫さん達にも思い出を作らせてあげないと……ね?」
「うむ、ランドセルを買ってやっただけで満足している場合ではないか」
 清登の言葉にも、元教師の彼は数回頷く。
(「いつか……か」)
 活力を取り戻した様に見える健三から視線を空の星に移し、心中で呟くゼレフ。
 彼にとっては更に、生を全うして妻と再会が果たせる日は遠い先の事になるのだろう。
「深夜にたむろして、通報でもされたら厄介だ。それじゃ、もう詐欺に引っかからないで下さいね」
「あぁ、済まなかった。本当に有難う」
 右院の言葉に身支度を済ませて腰を上げる一同。そんなケルベロス達に、今一度深々と礼をする健三。
「これ……大事な物ですよね」
「落としてしまっていたか。……あぁ、とても大事な物だ」
 別れ際、夕璃が手渡したのは一枚の白黒写真。映っているのは、若かりし頃の健三とその妻。
 戦闘中に彼が落としたのを拾っていたのだ。

 かくして、人の心に付け入らんとするドリームイーターの目論見は打ち砕かれた。
 ケルベロスは手を振る健三に見送られながら、静かに凱旋の途に就く。

作者:小茄 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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