精霊馬事件~いっそ会いにこちらから

作者:七尾マサムネ

 1人の老齢男性が、仏壇の前で、亡き妻に手を合わせていた。
 ナスで出来た馬……精霊馬を見つめながら、
「お前に会いに行きたいのう……あの世だとお前も若いままじゃろうから、ワシも若返ったりして」
「その望み、叶えよう」
 すると窓の外が光り、空から大きなナスの精霊馬が現れた。
「マジかの?」
「マジマジ。ただし、貴様と我が1つになるのが条件だ。……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 呪文は黒いモヤとなって、老人を覆った。
 その途端、モザイクで出来た衣を着た、若い男性の姿に変わっていく。しかも、精霊馬とドッキングしたではないか。
「貴様のドリームエナジーが流れ込んでくる……これがワイルドの力か。願いが叶うまで、貴様はドリームエナジーを生み出し続けるがいい」
 精霊馬はそんな事を言うのだが、上に乗る青年部分は目をキラキラさせ、
「妻よ、今、会いにいくのじゃ」
「聞いてないなコイツ」
 そして合体精霊馬……死妖霊牛は、空の彼方に飛び去った。

「ケルベロス大運動会、お疲れっす!」
 帰国した日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)達を、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が迎えた。
「帰ったとこ悪いんすけど、精霊馬のドリームイーターの事件が発生してるんすよ」
「なっ、ホントに出たのか!」
 驚く朔也に、ダンテは語る。
 このドリームイーターは、『若返って、死に別れた妻に会いに行きたい』という老人の願いを取り込んで合体したものだという。
「このドリームイーターは、ドリームエナジーを奪うんじゃなく、ドリームイーターを生み出し続ける人間自体を取り込んで、より強くなろうとしているみたいなんすよ」
 老人を取り込んだドリームイーターが、高い耐久力と攻撃力を有する事からして、その推測は外れてはいないだろう。
 この精霊馬ドリームイーターと接触可能なのは、老人の自宅。合体し、ちょうど空に飛んでいこうとするタイミングだ。
「老人と合体している時は、モザイクを飛ばしてパラライズや怒り、催眠のバッドステータスをまき散らすっす。しかも自己回復能力付きっす」
 しかも、合体状態のままドリームイーターを撃破すると、老人は大怪我……最悪の場合、本当にあの世に行ってしまう。
 これを防ぐには、戦闘中に老人へと説得を行い、『死別した妻に会いに行きたい』という願いを捨てるよう、うながさねばならない。
 成功すれば、取り込む価値のなくなった老人は分離、放棄される。
 老人と分離した精霊馬の耐久力と攻撃力は減退し、回復能力も失う。一石二鳥……いや、三鳥か。
「ワイルドの力とか言うのが、ドリームイーターの新しい力なのか? 気になる事はあるけど、まずは被害に遭った人を助けないとな!」
 朔也の頼もしい決意に、ダンテがうなずいた。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
古牧・玉穂(残雪・e19990)
三狐守・音琥(鳥居の猫・e22231)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)

■リプレイ

●彼の岸行くのを阻む者
 ドレスをまとい、事件現場へと向かう空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)の姿は、普段より若く見える。エイティーンを使っているためだ。
「新種のドリームイーターですか。故人を偲ぶべきお盆に、甘言を弄して人を惑わすなんて許せませんね、成敗いたしましょう」
 古牧・玉穂(残雪・e19990)が言うと、ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)が渋い表情をのぞかせる。
「人の心の隙間につけ込むとは、夢喰いってのは相変わらず卑怯な奴らだな」
「でも、亡き人に逢いたい、か。その気持ちは俺も痛いほど解るよ」
 三狐守・音琥(鳥居の猫・e22231)の胸を、過去になくした友人への思いが締め付ける。
「私にも、すごく分かります。でも、亡くなった方は戻ってこない」
 肩にウイングキャットのラズリを乗せたエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)にも、背負うものがある。
「私は以前、死神が蘇らせたデウスエクスと戦ったことがあるの。悲しい戦いだったわ。生きるものと死んだものは簡単に出会ったらいけないのよ」
 ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)の噛みしめるような語りに、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)もうなずいた。
「そう、死んだものは静かに眠ってこそ。此岸と彼岸の境界は、侵してはならないよ」
 やがて、件の老人宅にたどりつく。そこで一行は、精霊馬ドリームイーターが飛び立とうとするところを目撃する。
「さあひとっとびじゃ……お?」
 青年化した老人が、ケルべロス達に気づく。玉穂はスカートの端をちょい、と持ち上げた。
「ごきげんよう、折角のお盆にこのようなご無体はどうかと思いますよ」
「おや、どなたさんかのう」
「ただの邪魔者だ、気にするな。ゆくぞ」
 首を傾げた青年に、精霊馬が答えた。
 そのまま行ってしまおうとする精霊馬を、日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)が呼びとめた。
「あのさあ、じーちゃん。今みたいな形で会いに行くよりも、ばーちゃんの分も今を精一杯生きて、その後で胸を張って会いに行った方がいいんじゃねーかな?」
「と言っても、こんな老いぼれ、今日死んでも明日死んでもそんなに変わらんしなあ」
 外見は若くとも、精神は老人。達観というか諦観というか。
「いやさ、オレにはばーちゃんの気持ちはわかんねーけど、じーちゃんには長生きして欲しいって思ってる気がするんだ。バシッ、と生ききって、男前な所を見せてあげた方がばーちゃんも嬉しいだろうし、きっと喜んで迎えてくれると思うぜ!」
「むう……」
 朔也の言葉に、青年が少しばかり眉根を寄せると、精霊馬が割り込んだ。
「余計な真似をするな。やむを得ん。邪魔する奴等は、我が引導を渡してやろう」
 態勢を整えると、精霊馬が、ケルベロス達に攻撃を始めた。

●叶わぬ願いを叶えるために
 老人宅の庭での攻防。
 飛んでくるモザイクをかわしながら、青年化した老人の説得を試みるケルベロス達。
「此岸と彼岸の境界は超えちゃいけない。それが許されるのは死んだ後、閻魔の裁きを受けに向かう一度きりだ。生者は亡者の国を歩かず、亡者は生ける世へ迷い出ない」
 白陽の二刀が、精霊馬の足を狙う。
「その道理を破れば、例外なく人ではなくなる。あんたが会いに行っても、奥さんが会いに戻っても、等しく人を外れた怪物に成り果てる。向こうだって、アンタを化け物扱いされるようにはしたくなかろうさ」
 説得も兼ねた戦いに、白陽の口数も、普段の戦闘中より多くなる。
「折り合いつけて生きて、時に思い出して悼む。それで良しとしておきなって」
「若いのに難しい事を言うのう」
 精霊馬を駆りながら、青年が言う。
「お婆さんだって、お爺さんを残していくことを申し訳なく思っていたはずです。なのに、今のお爺さんを見たら、最後まで頑張って生きたお婆さんは悲しみませんか?」
 前方の仲間にオウガ粒子を与えながら、エレが言葉を飛ばす。
「精一杯生ききって、それからこちらに来てほしいと、きっとそう思っていますよ」
「憶測で語られては困るな」
 ラズリに表皮をひっかかれた精霊馬が、エレの言葉を一蹴した。青年が心変わりして、ワイルドの力を失いたくないというのが、本音だろう。
「貴方の生きたままの姿、そちらの方が奥さんも喜ぶのではないでしょうか。その成長、経験、どうか今までの人生を卑下なさらないでください」
 そう言葉をかけた玉穂が、分身した。そして、そのいずれもが精霊馬を指さし、
「それに、そのお馬さんに故人に会いに行ける力なんてありません、ずっとずっと取り込まれ続けるだけです!」
「マジかの?」
「マジではない」
 青年の問いを、精霊馬は即座に否定した。
「こいつもそう言うとるし、邪魔せんでくれるかのう」
「けど、何処に行くんだ爺ちゃん。現世で云う死者に逢いに行くってのは、『思い出の場所』に行くって事。だから、そっちは違うだろ?」
 精霊馬の横腹にキックを決めながら、諭す音琥。
「姿が見えずとも、若返らなくてもさ、爺ちゃんが重ねた時間、その歳になるまでずっと彼女に抱いてた想い、それが大事で在るべき形だ。今のアンタの姿の方が、俺は格好良いと感じるよ」
「む……じゃが、若さは欲しくてたまらんものなんじゃよ。それがたとえナスのお陰でも、の」
「そんなナスに惑わされないで。俺達が絶対に守ってやるし認めてやる。その想いも、生きた証も!」
「おい貴様ら、ナスナス言うな」
 青年と音琥のやりとりに、ナスがツッコミを入れた。
「死も時間も飛び越してしまうくらい、奥さまのことが大切なのね」
 雷の防壁を展開しながら、言うルチアナ。
「けれど、世界のどんな物語でも、死の国へ生きたまま出かけて幸せになったひとはいないわ。死してなお愛してくれるひとが自分のせいで苦しい目に遭ったら、奥さまが悲しむよ?」
「それは……」
「いつかは正しく会いに行くときがくるのだから、デートの電車を待つような気持ちで、その日を待ってあげたらいかが?」
 ルチアナの優しい語り掛けに、青年も困ったような表情へと変わる。
「死に別れた者に会いたいという気持ちはわかる。でも今の爺さんのしてる事って、今生から尻尾巻いて逃げ出すようなもんだろ。それって超ダサくないか!?」
 青年の迷いを振り払うように、急加速した精霊馬を食い止めるヨハネ。
「どうせなら天寿を全うして胸張って会いに行けよ! イケメンが聞いて呆れるな」
 頼むから引導を渡すようなことにはならないでくれよ……ヨハネは青年にそう願いながら、大太刀を操る。
「逃げ出してきた奴を奥さんが歓迎するとも思えないし、何してんだって頬張っ倒されても知らないぞ」
「そうだって! 若返った姿で会うのは、その時の楽しみにとっておいてさ!」
 紙兵を舞わせる朔也。ウイングキャット・九曜も、その羽ばたきで精霊馬の力を寄せ付けない。
「やはり行くのよそうかのう」
「待て、こんな機会は二度と……何?」
 不意に、精霊馬がバランスを崩した。青年の横に、モカが乗っていたのだ。
「素敵な殿方、奥様の所に行く前に、私と一曲踊って頂けませんか」
 モカの手が、青年に差し出される。
「これはこれは、ワシ好みな」
 若く美しい女性に迫られ、青年はすっかりデレデレだ。モカの手を取り、くるくると回る。……精霊馬ごと。

●願いとの決別
「貴方は、本当に現世で人生を楽しみましたか?」
「そう言われると未練もあるような」
「ならもう少し、楽しみましょうよ。この世界は、きっと貴方が知る以上に面白いのですから」
 モカにせがまれ、青年は考え込んだ。その胸中では、ケルベロス達の言葉、そして伴侶への思いが渦巻いているのだろう。
「娘さんらの言う通りかもしれん。……こんな鼻を伸ばしたところ婆さんに見られたら、大変じゃわい」
 後半が本音だ……とケルベロス達は思った。
「という訳で、あの世行はもう少し延期するわい」
「せっかくの好機を棒に振るとは、愚か者め」
 精霊馬はぶるぶると震えると、青年を振り落とす。地面に落下するその体を、ケルベロス達が受け止めた。
 無事に説得がうまくいって、ルチアナもほっと胸をなでおろす。
「ワイルドの力は惜しいが、どの道、今の貴様では役に立たん」
 乗り手を放棄した精霊馬の周囲に、モザイクが生まれる。
「悪夢の力を受けよ」
 白陽目がけて飛んできたそれは、しかし、仲間の加護に阻まれた。衝撃もまた、刀に受け止められる。
 力の源を失い、弱体化した精霊馬を、白陽が切り伏せた。その高速の挙動は、いうなれば、人型の悪夢。悪夢に抗するは、やはり悪夢か。
 その時、強い風が、精霊馬の体躯を揺らした。モカの高速移動によって生じた衝撃は、竜巻となって精霊馬を翻弄。そして、自身も風となったモカの手刀が、その身を切り刻む。
 青年を放棄した今、敵にワイルドの力とやらはない。ならば。
「だいじょうぶ、きっと勝てるよ」
 ふわりと、ルチアナが加護を仲間に授けた。その後光差す姿は、女神のように神々しい。
 もう老人が傷つく心配はない。微笑んだ玉穂が、突如刀を納めた。
「愚か者め、隙だらけだ……ぐはっ!?」
 精霊馬が接近した瞬間、閃く一刀、しぶくナス汁。
 玉穂が再び刀を鞘に納めると同時、ほのかに香るは勿忘草。
「私だって、大事な家族を亡くしました。けれど」
 悶える精霊馬へと、エレが、光輝を宿す斧を振り下ろした。
「みんなに、胸を張って生ききったって言いたい。いろいろ大変だったんだよって、笑って話せるように、そんな風に生きようって思うんです!」
 エレ渾身の力と思いを受け、地面に叩きつけられる精霊馬。
「よし、朔也、来い! 未来に繋げる一閃、俺達で決めてやろう!」
「タイミング外すなよ、ネッコ!」
 音琥の掌に小さな星空が浮かんだのを見て、朔也が駆ける。
 音琥が、奔流が放った。雄々しき獅子の如く駆けるそれから、慌てて逃れようとする精霊馬を、朔也の御業がつかむ。その場から、動けないように。
 これも阿吽の呼吸という奴か。絶妙のタイミングで、光の奔流が精霊馬を飲み込んだ。
 だが、その中から、細い足で立ち上がる精霊馬。生まれたての小鹿のような動きを見た音琥は、
「しぶとい奴だ。でも、後一撃!」
「任せろ。俺様が特別に鎮魂曲であの世へ送ってやろう」
 手を掲げたヨハネの背後に、天使が降臨した。奏でられし天上の歌が、精霊馬を還るべき場所へと送り出す。
「……嫌なこと思い出させやがって、人の生死を握ろうなんざおこがましいんだよ」
 歌の終わりとともに、精霊馬が光へと変わった。

●願いの叶うその日まで
 腰の後ろに納刀した白陽が、周囲の状況を確認する。
 ドリームイーターと切り離された事で、青年は本来の姿である老人へと戻っていた。
「大丈夫ですか?」
 エレが老人を介抱すると、どうやら大したけがもないようで、一安心。
「わしは……夢でも見とったのかのう?」
「まあそんなものさ。せっかくだ、もう少しこの生を楽しんでいくといいさ」
 そういうと、ヨハネ達は、老人宅のヒールに取り掛かった。
 すまなそうな老人に、玉穂がケルベロスカードを差し出した。そして、線香をあげさせてほしい旨を伝える。
「助けてもらった上に、申し訳ないのう」
「いえ、お気になさらずに」
 玉穂と同様に、朔也が仏壇に手を合わせる。奥さんへの思いを込めて。
「いつかじーちゃんがそっちに行くまで、待っててやってくれよな!」
 それから、せっかくだから、と音琥は、老人に奥さんの話を聞かせてもらうことにした。
 興味があるのは、ルチアナ達も同じのようだ。
「ドリームイーターの力を借りてでも会いに行きたい程、愛するひとですもの。どんな理由かしら」
「まあ、大した話じゃないんじゃがな?」
 それから小一時間、のろけ話が続いた。実に楽しそうに。
「そんな顔ができるなんて、やっぱり今の貴方が一番素敵ですわ。改めて、私と一曲、踊って頂けますか」
 モカが手を差し出した。その姿は年相応のものに戻っているが、美しさは変わりない。
「まあ、もう一曲くらいなら婆さんも許してくれる……かのう?」
 恐る恐る。
 仏壇の遺影を振り返る老人の仕草を見て、ケルベロス達から自然と笑いがこぼれた。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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