精霊馬事件~祈願の先

作者:雨屋鳥


 河川を見て、老人はああそうか、と呟いた。
「そんな季節か」
 彼の目には、川辺に咲き揺れる赤い彼岸花が映っていた。
 この季節に別れを告げたわけではない。ただ、死者の魂の帰る日、などという事を囁かれては意識せざるを得ないのだ。
 憂欝でありながらも、巡る思いは離し難く、温かく、どうしようもなく嬉しくもあり、やはり悲しい。
「思う存分生きろ、とよくも自分を棚上げして言ったもんだが」
 怒りも混ざり、そんな自分が面白おかしく、痛む。
 それは、ただ一つの願いによって生まれる思いの奔流。
「……会いたいよ」
 誰にともなく、否、ただ一人、記憶に残る一人に向けた言葉は空へと薄れて消えた。
 その願いは、祈りは、
「汝、望みを叶えたくば、我と一つになるがいい」
 一つの意識を引き寄せた。
「……なすび……? いや、精霊牛……か」
 それは四本の脚の様に木が刺された巨大な茄子だった。それが大気を震わせ言葉を伝えてきていた。
「……ああ、連れて行ってくれ」
「よかろう……っ」
 巨大な茄子の精霊は、そう告げ、ギュバラギュバラと奇怪な呪文を響かせ始めた。大気を揺らす音は、黒い靄へと姿を変えて彼の体を包み込み始めた。
 やがて、その靄は精霊牛の上に移動すると晴れ始め、モザイクの衣を纏った老人が跨っていた。
「ああ、流れ込んでくる。とまる事のない強い思い。これぞ、ワイルドの力……!」
「行こうか」
「ああ、そして叶う事のない望みが叶うまで汝はドリームエナジーを生み出し続けるがいい。その願いも、祈りも、我が力としよう」
 精霊牛のドリームイーター、それと同一化した老人は暗い河川敷から空へと舞い上がっていく。


「そう」
 と新条・あかり(点灯夫・e04291)は端的に息を吐いた。
 ケルベロス大運動会から帰ってきたケルベロス達に待っていたのは、ヘリオライダー達による新しい事件の予知だった。
「新条さんが以前気になさっていたような事が実現されつつあります」とダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が彼女に告げた。
「このドリームイーターは死者に会いたい、という願いを求めて動きだしたようです」
 その願望は強く、そして叶わぬからこそ募り続ける。そこから生まれるドリームエナジーは強く、そして、叶わぬからこそ生み出され続ける。
 供給されるドリームエナジーを自分の力とするドリームイーターは、恐らく強敵となるだろう。その為に。
「その想いが最も強くなるこの時に狙って発生するのでしょう」
「じゃあ、その人を助けにいこう」
「はい、ですが」
 とダンドは事前に老人に接触すれば、他の誰かの元へとこのドリームイーターは向かうだろう、という事を告げた。
「ですので、撃破するには一度、同化した上で引き剥がし、そのうえで撃破する必要があります」
 戦闘をし足止めを行いながら、老人に説得を行い『死別した妻に会いたい』という望みを諦めさせる。
 ドリームエナジーを供給できなくなった老人をドリームイーターは必要としなくなり手放すだろう。
 そうすれば、弱体化したドリームイーターを撃破しても、同化していない老人には害も及ぼさず撃破出来る。
「説得に成功すれば、敵の耐久力や攻撃力は八割程度に制限でき、尚且つ使用される攻撃も弱体化することが望めます」
 場所は河川敷、戦闘に支障は無く、また夜であるので人通りもほぼない。避難の必要はないだろう。
「ワイルドの力。詳しく調べる必要がありそうですが、まずは彼の救出をお願いします」
「……彼女の祈りを、無駄にするわけにもいかないから」
 ケルベロス達に願ったダンドに、あかりが静かに一つ頷いた。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
柊・乙女(春泥・e03350)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)

■リプレイ


 巨大な茄子に老人であった男性が跨る。
 靄が晴れたその姿は、恐らくかつて彼の物だったのだろう、若さを取り戻していた。
「行こうか」
 跨った男性がそう告げた瞬間、飛び立とうとした死妖霊牛の前にそれを阻むように影が飛び出した。その一つが鋭く軌跡を描いてまさに飛びあがる寸前の死妖霊牛の胴体を蹴り飛ばす。
「邪魔か、邪魔が入ったか。おい汝」
 死妖霊牛は、口も無く言葉を吐き出すと騎乗した男性を軽く揺する。
「己が悲願を妨げんとする道理の分からぬ連中だ」
「ああ、そうか……わかった」
 男性はただ死妖霊牛の言葉に頷くと、その場に現れたケルベロス達を睨み付けた。
 静かに佇む彼の羽織ったモザイクの衣が風に揺れた様に広がって辺りをケルベロスごと包んでいく。
「やあ」
 と敵意をむき出しに睨み付ける男性に、先ほど蹴りによる攻撃を打ち込んだドラゴニアンの男性、シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が言葉を投げかけた。
「死んだ人と会う事はできない……ってのは、お爺さんの方がよく分かっていると思うんだけどね」
 シェイがそういうと、その言葉に柊・乙女(春泥・e03350)が静かに肯定した。
「まあ、大切なひとに会いたいと想うのは、当然だろう」
 だが、と彼女はため息を一つ吐くと、間違っていると続ける。
「だがそいつは精霊牛ではなく、デウスエクスだ。おまえを連れて行く術など持ちはしない」
「術がない!」
 唐突に、言葉を遮って死妖霊牛が叫び、柊は口の中だけで静かに舌を打つ。
「ならば、力を得ればいい! 願えば願う程に力が湧き出でるのだ! 願え、願え!」
「……ああ」
 そうだ、と男性が微笑んでモザイクの衣が波打つ。意識を蝕み、動きを阻むモザイクの影響に対抗すべく、新条・あかり(点灯夫・e04291)が九尾扇を舞わせていた。
 周囲に漂っていただけの衣を構成していたモザイクが突如として刃を生み出す。
「邪魔をするな」男性の声に反応して、それはあかりへと振るわれる。だが、そこへ女性が自ら盾となり、攻撃の下に割り込んだ。
「――っ」
 西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)の胸へと深々と突き刺さったモザイクの刃は、しかしその身を傷つける事などは無く、霧散して消える。が、霧華は、その刃が突き立った胸に異様な違和感と共に痛みを覚えていた。
「死者に逢いたい。その願いは私にも理解できますけれど」
 しかし、それを振り払うと、眼鏡の奥に優しさを見せながら彼女は言葉を紡ぐ。
「逢ってどうしたいのですか? 願いの先に何を求めるのですか?」
「何を? 遭って何を、だ?」
 男性は、静かに霧華の言葉を反芻した。
「笑顔を見たい、言葉を交わしたい、香りを感じたい、その頬に触れたい。失ったのだ。下らない事を……」
「そうですね」
 怒りの滲んだ男性の言葉を彼女は認めた。
「ドリームイーターが言っていますよね。叶う事のない望み、だって」
 その言葉に反応したように、男性に掛けられたモザイクの衣が妖しく光を瞬かせる。
 まるで、死妖霊牛がその言葉を拒むように輝いた後、男性は言う。
「だから力を得たんだ、力を得るんだ」
「会いたいと、そう願う程に今でも大切なんだね。真っ直ぐ願うその気持はとても尊いものだ」
 邪魔をするな、と告げる彼にミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)が言葉を重ねていく。
「けど、だからこそまだ貴方は生きるべきだ」
「……死者は、もうこの世にいない人は覚えている誰かの胸の内に生きるものだ。誰よりも奥さんの事をよく知っているのは貴方だろう。
 もう触れられずとも、言葉を交わせずとも、貴方が思い続ける限り傍にいるんだ」
 ミルラは服の胸を掴みながら声を絞り出す。攻性植物を繰り、死妖霊牛を縫い留めながらも脳に文字を並べていく。
「会いになんていかなくとも」
「逢いに行く必要は無いそうだ」
 そうミルラの語り掛けに返したのは、男性ではなく、死妖霊牛だった。その言葉には明らかにその言葉を軽んじる意図が見えていた。
「何が分かる」
 と男性がミルラを騎上から見下ろし、言う。


「失ったことがあるのか。あるのだとすれば随分と軽い物だったのだろうな、そんな言葉で代替品を作れるのだから」
「……っ」
 違う、と叫ぶことは出来なかった。左胸の炎が揺れて痛む。
「夢から醒めた寂しさが分かるか、夢に堕ちる恐怖が分かるか」続く声には怒りすら含まれ、彼女はその目を見つめながら心を補う地獄が活性化していくのを感じていた。
 ミルラは老人の願いを完全に否定する事などできない。
「……っ」
 言葉に詰まった彼から意識を逸らす様に、礫弾が打ち出された。九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)の攻撃の直撃を受けた彼らは続ける言葉を切ってモザイクの奔流を全身から発散させると近くにいたケルベロス達を飲み込んだ。
「う、うーん。でも会いに行くってその姿で、です、か?」
 シェイへの攻撃を庇い受け、自らも被弾しながらもウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が自らの傷に頓着もせず首を傾げる。
「ちゃんと胸を張ってお会いに、なれ、ますか? それで」
 問うウィルマの手には、モザイクの衣を纏い変貌した男性の姿がはっきりと浮かんでいる。
「そうだ、っ」
 降り注ぎ、体から力を奪い去るモザイクの群れに苛まれながらも乙女が気を引かんと鎖を振るう。
「おまえの想いを捧げるべき相手は、本当にその化け物なのか。ちゃんと思う存分、生きたのか?」
「全くだ」と伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)が乙女の言葉を継ぐ。
「その姿で何処へ行こうというのか。当てがあるとは思えんな。姿は変わっても、戻らないものや残るものがある」
 思う存分生きろ、と言われたと、老人は言っていた。ならば、と信倖は問いを重ねる。
「その言葉がその心に残っているのなら、その姿、その行動は己の思う物なのだろうか。応えてみせよ」
「……」
 男性は少し逡巡する様子を見せ、あかりが一歩踏み込む。
「思う存分生きろという願いは、思う存分人としての生を生きろ、ということだよね?」
 そうだとすれば、ドリームイーターと一体化した彼を受け入れてくれるとは、彼女には到底思えない。
「死ぬなら人として最後まで生きてから、胸張って会いにいきなよ」
 あかりが戻っておいで、と差し出した言葉に、手に男性は視線を向ける。
「惑わされるな、己が願いを絶やすな」
「永劫を彷徨う今の有様に、本当に悔いはありませんか?」
「悔いなど無いだろう、忘れる事のない願いに思いを馳せ続けるのだ」
「おまえの想いを捧げるべき相手は、本当にその化け物なのか。ちゃんと思う存分、生きたのか?」
「生き続けるのだ。我と共にあり続けるのだ」
「こんな相手の手を借りて会うよりも、精一杯残りの人生を生きてから会う方が、お婆さんとしても嬉しいんじゃないかな? 生憎死んだ人と会う手伝いはできないけど……今を生きる手伝いならできると思うよ」
「汝が願いを忘れるな、望め、枯れる事のない願望を絶やすな」
「それでも、やっぱり貴方は、生きるべきだ」
「我と共に在れ!」
「さあ、応えて見せよ」
「願いを!」
 霧華が問いかけ、乙女の言葉にシェイが続いて、ミルラが告げ信倖が質す。
 男性は、静かに口を開く。
「まだ土産話が足りないと叱られる、か」
 その姿は、先ほどまでの若さなど一切なく、皺の深く刻まれた顔は悲しみに暮れ、眼には涙が浮かんでいた。


 モザイクの衣が霧散し、河川敷を包んでいたモザイクが消え去った。
「ぁあ! ワイルドの、力……っ!」
「……すまんな、私は……」
「この役立たずがっ!」
 謝意を告げながら、紫の胴を撫でた老人を死妖霊牛は謗言と共に地面へと投げ捨てた。
「ぅ……っ」
 草の上を転がっていく老人は、ちいさく呻くと起き上がる事も出来ずにそのまま昏倒する。
「力を吐かぬ木偶に用はない、疾く死ぬがいい。しかし、よくも邪魔を……っ」
「シッ!」
 尚も悪態を吐こうとした死妖霊牛に七七式が流星の輝きを纏う蹴りを討ち放った。
「トクニ、彼ニ同情ハ、アリマセンデシタガ」
 それまで機械の如く冷静に押し黙っていた彼女が、明らかに動きの鈍った死妖霊牛に言う。
「無様デスネ」
「わ、私は、す、きです」と小さく零したウィルマが口元に抑えきれないというような笑みを形作って飛び出した。
 彼女が虚空から取り出した蒼炎を纏う長剣が死妖霊牛の体を裂く、と同時にモザイクの奔流が現れるが、その範囲は明らかに狭く、尚且つ精度も低い。
 その攻撃を軽々とかわしたウィルマは、何かを叫ぶ死妖霊牛に好奇を滲ませた瞳を向けていた。
 周囲にあかりのヒールの光が満ちる。
「さて、本番と行こうか」
 シェイがその光を受け、加護を重ねながら死妖霊牛に肉薄する。打ち払ったドラゴニックハンマーの一撃はその胴を的確に打ち抜いて、浮いたその体が僅かに動いた瞬間に、霜が降りた様に白く凍り付いた。
「俺は、許さない」
 左胸に宿した地獄を燃やし、ミルラがそれを睨みあげていた。氷の幻術に侵された死妖霊牛に七七式が超音速の拳を突き立てた。
 吹き飛んだその死妖霊牛を追って、骨の蛇のような怪物が宙を泳いだ。乙女の呪術によってもたらされた怪物は死妖霊牛の体を絡めとると、その骨格の中へと縛り、地面へと叩き落した。
「この……っ、ワイルドの力さえ、あれば彼奴らなど……っ」
 死妖霊牛が声を吐くも、その言葉に耳を傾ける者はもういない。
 信倖は怨嗟と共に放たれたモザイクの弾丸を真正面で捉え、槍の一閃で弾き飛ばす。青い竜腕と化した左腕で片鎌槍を支え、一気に踏み込んだ。
 火花を軌跡に残し、電光石火の突撃は死妖霊牛の体を貫き、仲間の攻撃で死角を生み、頭上から振り下ろしたオウガメタルに強化された霧華の拳が叩き潰した。
 霧華の眼鏡をはずした目には先ほどまでの柔和な雰囲気は消え、ただ無表情な視線を死妖霊牛へと向けていた。
「そら、君の報いだよ」
 そして、攻撃を受けた死妖霊牛がモザイクを動かし、行動を起こそうとするその前に、シェイの鎚がその体を、完全に打ち砕いた。


「やあ、どうかしたのかい?」
「……ああ、ルゥか」
 と乙女が、歩み寄ってきたシェイを一瞥した。
「死者の残した言葉というのは呪いにも思えるだろうな」と応えようとした言葉を留め、シェイの視線を、老人の介抱をする霧華へと誘導する。
「彼の話も聞きたいと思ってな」
「ああ、そうだね」
 彼は静かに肯定を返した。
「中々、面白かったぜ」とウィルマが消えた死妖霊牛に呟いて、まあ、生きてる方がいいよな、と一人ごちた。
「否定できなかったよ」
「俺も偉そうに言えんさ」
 ミルラが恥ずかしい、と表情を取り繕い零した言葉に信倖がそれは同じだと告げる。
 彼は罪、という言葉を持ち出し、宙へと目を向けた。
「そうだな……死ぬなら、何か残して死にたいものだ」
「……」
 ミルラはその述懐に少し頷いた。
 霧華の周囲には、燃える様な赤の花びらが舞っていた。その光と花弁は、倒れた老人の傷を癒して、その吐息を安らかなものにしていた。
「奥様の願いを叶えてあげてください」
 霧華が未だ目覚めぬ老人に言う、と彼の目じりが僅かに下がったような気がした。
 それを見つめながらあかりは、自分の左手を見つめる。
「いつか、成長したって言いたいんだ」
 その指も大きくなっていく。そこには喜びも、悲しみもあるだろう。
 だからこそ足掻いて、頑張って、生きる年月には意味があると信じたいと、そう願った。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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