精霊馬事件~帰らぬ愛しき君よ

作者:地斬理々亜

●愛しき君の元へ
 ひどく老いた男は、仏壇に向かって、しわだらけの手を合わせる。
 仏壇には、古びて色褪せた、黒いチューリップの造花。それに加え、ナスと割り箸で作られた精霊馬が飾られていた。
「叶うのなら、若返って、また会いたい……マサノ……」
 老人、孝三郎は、死別した伴侶の名を呼び、願いを口にした。
 すると、窓の外、空から音もなく舞い降りてきたのは――精霊馬だ。
 人間が乗れそうな大きさである。
 孝三郎は振り向き、それを見て微笑んだ。
「叶えてくれるのか? ……今すぐ、連れて行っておくれよ」
 精霊馬は……否、ドリームイーター、死妖霊牛は、孝三郎の言葉にこう答えた。
「その願い、叶えてやろう。お前が俺と一つになるならな! ……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 怪しい呪文が紡がれる。その呪文は黒い靄のように孝三郎の体に纏わりつき、その姿を隠した。
 やがて、孝三郎の姿は、モザイクでできた衣を身に纏った、若い男性のものに変わった。彼は、死妖霊牛の上にまたがるようにして、一体化した。
「くくっ、お前のドリームエナジーが俺に流れ込んでいる……これこそが、ワイルドの力だ! お前の望みが叶うまで、お前はドリームエナジーを生み出し続けるだろう……死者に会うという不可能な願いが叶うまで、な!」
 死妖霊牛、そのナスの部分が言い、人の部分はこう呟いた。
「今……会いに行くからね。マサノ」
 そのドリームイーターは、空に飛び去って行った。

●ヘリオライダーは語る
「ケルベロス大運動会、お疲れ様でした」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は微笑み、それから表情を引き締めた。
「お疲れのところ、すみませんが……精霊馬のドリームイーターの事件が発生しているようです」
 それは、多くのケルベロスが危惧していた事件であった。
「このドリームイーターは、精霊馬に『若返り、死別した妻や夫に会いに行きたい』と願うお年寄りの願いを取り込み、合体して暴れ出そうとしているようです。おそらく、このドリームイーターは、ドリームエナジーを奪うのではなく、ドリームエナジーを生み出し続ける人間を取り込むことによって、より強いドリームイーターとなろうとしているのでしょう」
 孝三郎を取り込んでいる状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を持つ強敵だ、と牡丹は説明する。さらに、取り込まれた状態のままでの撃破は、孝三郎の命に関わるという。
「戦闘しながら説得を行って、孝三郎さんが、死別したマサノさんに会いに行きたいという望みを捨て去れば、耐久力と攻撃力は元に戻ります。また、ドリームイーターにとって役立たずになった孝三郎さんは投げ捨てられるので、孝三郎さんの命の危険はなくなるでしょう」
 事件現場は、田舎の古民家である。周囲に暮らす人はごく少なく、距離も離れている。合体したドリームイーターが空に飛び立つ直前のタイミングで、ただちに戦闘を仕掛ければ、他の一般人を巻き込むことはまずないだろう。
 ドリームイーター、死妖霊牛はクラッシャーである。
「孝三郎さんと合体している状態だと、死妖霊牛は、複数人に対して、トラウマを具現化させる強力な攻撃を行ってきます。加えて、単体への痛烈な体当たりも。けれど、これらの攻撃は、合体が解けたなら、弱体化します」
 具体的には、眠くなったり怒りが増したりするだけの効果に変わる。攻撃力も8割程度に落ち、耐久力も同じく8割ほどに下がる、と、牡丹は説明する。
「なお、その他に、モザイクによる補修……ヒールの手段もあります」
 これは、合体中・合体が解けた後、ともに共通して使うそうだ。
「お年寄りをこんな風に利用するドリームイーターなんて、絶対にやっつけてください。それと、可能なら……孝三郎さんの救出もしてくだされば、嬉しいです」
 牡丹は、そっと祈るように手を組んで、ケルベロス達を見つめた。
「どうか、よろしくお願いします」


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
イスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873)
黒須・レイン(小さな海賊船長・e15710)
伊・捌号(行九・e18390)
ベラドンナ・ヤズトロモ(ガラクタ山のレルヒェ・e22544)
真昼間・狗狸狐(なにもかもなにもかも・e22743)
木霊・響(独奏不協和音・e36831)

■リプレイ

●彼の行き先
「本当にそれでいいのですか?」
 ナスの牛と一体化して、今まさに空に飛び立とうとしていた孝三郎へと声が掛けられた。声の主は、この場に集ったケルベロスの1人、イスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873)である。
「思い出は……大切な思い出は、ここにあるはず!」
 言ったイスズが指で示したのは、胸。
「……邪魔を、しないでくれ!」
 ナスの上の青年、孝三郎は叫ぶ。それに呼応するかのように、ナスの牛は、割り箸の前脚で空中を掻き抉る動作をした。後衛を狙った攻撃である。
「危ない!」
 狼森・朔夜(迷い狗・e06190)がそれを察知。木霊・響(独奏不協和音・e36831)の前へ素早く飛び込み、心抉る一撃を身代わりとなって受ける。
 ボクスドラゴンの『キラニラックス』が同様に庇ったのは、主人たる、ベラドンナ・ヤズトロモ(ガラクタ山のレルヒェ・e22544)。
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)が振り向けば、攻撃をまともに受けた、真昼間・狗狸狐(なにもかもなにもかも・e22743)や、トラウマに苦しめられている、伊・捌号(行九・e18390)の姿。
 他者回復の術がないことに軽く歯噛みし、ルビークは武器に稲妻を纏わせた。孝三郎が負傷しないことを祈りながら、鋭い突きを敵の胴体目掛けて放つと共に、彼は言葉を紡ぐ。
「俺も愛する人を亡くしたことがあります。その人に会いたいです」
「それなら……!」
「でも」
 孝三郎の言葉を遮り、ルビークは続ける。
「でも叶いません。死んだ人が戻ることなどないんです。精霊馬の姿をしたその夢喰いは、それを叶えると嘘を言い、孝三郎さんや他の人の命を奪おうとしています」
「なっ……!?」
 孝三郎の瞳がわずかに揺らぐ。
「俺も親友を失った。叶うなら、もう一度会いたいとも思っている」
 けどな、と、言葉を続けたのは、響。
「マサノさんは、望んでいるのか? 貴方が死んでまで会いに来ることを。……望んでいると、本気で思っているのか?」
 響が孝三郎に語りかけながら、タン、タンとステップを踏めば、花びらの形をとった癒しのオーラが仲間達に降り注ぐ。
「貴方は、俺と違って恨まれているわけでもないのだろう? ……なのに貴方は、貴方を想う人に……どの面下げて会おうとしてるんだ?」
「……」
 孝三郎は下唇を噛み、目を伏せる。
「そうだぞ! 自ら死に飛び込んでまで会いに行って、マサノ殿は喜ぶのか!」
 ケルベロスチェインで守護魔法陣を描き、前衛の防御を固めながら叫んだのは、黒須・レイン(小さな海賊船長・e15710)である。
「会いに行くなという話ではない! やり方が違うんだよ! 貴方がいなくなって悲しむ人だって絶対にこの世界にいるはずなんだ! 自身で幕を引くのではなく、その時が来るのを待ってもいいじゃないか!」
 幼い頃に両親を亡くしたレインの言葉は真剣なものだ。離別の辛さを知っているから、それを他人に味わわせるような道を、孝三郎に、安易に選んで欲しくないのだ。
「……僕は」
 孝三郎は、ぎゅっと両の拳を握り締めた。
「……僕は……マサノには会いたい……でも……」
 彼の心は、確実に揺らぎ始めている。

●定まった運命
「聖なる聖なる聖なるかな。十字なる竜よ、我が神の威光を示せ」
 『神聖たる十字に集いて咆えよ(セイント・クロスロアー)』。捌号は祈りを捧げ、聖竜たるボクスドラゴン、『エイト』が咆哮する。後衛の仲間達へと加護が与えられたのを確認した捌号は、孝三郎に向き直った。
「自分みてーな小娘には、なーんも分かっちゃいねーと思いますが。じーさんになるまで、マサノさんのこと忘れずに生きてきたのは、天国に行った時にたくさん土産話をするためじゃねーんすか?」
 捌号の長い灰色の髪は、右目を隠している。けれど、前髪から覗く左の眼はしっかりと孝三郎を見据えていた。
「そんなんの力使って、会って胸を張って楽しく話せるっす?」
「……それは」
 孝三郎は言いよどむ。
「マサノさんを思い続けた、長い年月が刻み込まれた孝三郎さんの本来の姿は、とても格好良いと思う。重ねた年月を、捨ててしまわないでくれ」
 次に口火を切ったのは朔夜だ。野山に棲む神々の御業によるヒール、『山霊の息吹』でキラニラックスの傷を癒し終えた彼女は、しっかりと孝三郎を見つめる。
「私のひい婆ちゃんは、昔に亡くなったひい爺ちゃんのために毎日仏壇に手を合わせてる。姿は見えなくても、ひい爺ちゃんはそこにいるんだって」
 過疎化が進む故郷で、孤独な高齢者も見てきた朔夜にとって、この事件は他人事ではない。だから、真心を込めて言葉を紡ぐ。
「マサノさんもきっと、孝三郎さんのすぐ傍にいるよ。今の孝三郎さんの本当の姿を、ちゃんと知ってる」
「……マサノが僕のすぐ傍に……」
 孝三郎は、朔夜の言葉を反芻する。
「奥さんの黒いチューリップ」
 はらはらと花びらのオーラを降らせながら、ベラドンナが言った。
「きっと奥さんは、『忘れてください』って言ったんでしょ」
「え……?」
 ベラドンナの言葉に、孝三郎は軽く目を見開く。
「『私を忘れてください』。花言葉よ。黒いチューリップの」
「……!」
 息を呑み顔を上げた孝三郎へと、ベラドンナはさらに言葉を重ねる。
「でも、ただ忘れろって言ったわけじゃない。きっと、『忘れて』は『幸せになって』欲しいから願ったことなんでしょ」
「あ……」
 孝三郎の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
「逢いたい気持ちはまちがってないよ。わかるよ。わたしもね、おかあさんにあいたい。おとうさんにも、ともだちにも」
 普段の尊大な言葉遣いではない口調で、孝三郎の気持ちに寄り添う言葉を発したのは、狗狸狐。マインドリングが指にはめられた手を、彼女が捌号に向けてかざせば、捌号を護るように、光の盾が具現化し、浮かぶ。
「でも、昨日はもう過去なんだよ」
「過去……」
 呟いた孝三郎に、狗狸狐は小さく頷く。
「それに、今日は……わたしの大切なひとたちが、わたしに生きていてほしいと願った明日なんだよ。……あなたも、きっとそう。あなたの大切な人だって、きっとあなたに幸せに生きていてほしいと願ってる」
「マサノは……僕に……幸せに……」
「そう。だから、急がないで」
 狗狸狐は言い、それからルビークがこう言い添える。
「忘れろなんて言いません、でも縛られないでください」
 ベラドンナも言ったように、それがチューリップの花に込められた想いのはずだから。
「どうか生きて、引き摺るのではなく、貴方の未来にマサノさんの想いを連れて行ってあげてください。それは貴方にしかできないんです」
「……マサノ」
 ケルベロス達全員の言葉を聞き終えた孝三郎は、ぐいと目元を拭って、真っ直ぐ前を向いた。
「会いに行くのは、もうしばらく先になる」
 それは、前を向き生きる、決意の言葉。
「……っ、おのれ、おのれケルベロス!!」
 ナスが叫び、孝三郎を投げ捨てた。
「今だ!!」
「っと!」
 イスズと朔夜が素早く地を蹴り、孝三郎の体を二人がかりで受け止める。
「無事で良かった……」
 イスズは、そっと呟いた。

●許されざる者
 それからしばらくの時が経った。
 孝三郎の救出の後、続いた死妖霊牛との戦いは、決して簡単なものではなかった。
 攻撃力が落ちたとはいえ、クラッシャーに陣取ったデウスエクス。ケルベロス側が受けるダメージは、楽観できるものではなかったからである。
 しかし、朔夜と2体のボクスドラゴンがしっかりと盾としての務めを果たし、かつ、捌号と狗狸狐がメディックとして適切にヒールを行ったことにより、戦線は維持され、ケルベロス側が押し負けるようなことはなかった。
 苛烈な攻撃によって窮地に立たされているのは、死妖霊牛の方であった。
「く……俺は、こんなところで……!」
 死妖霊牛は苦しげにうめくと、高く跳び上がり――床に思い切り自分の頭を打ち付けた。
「あ……?」
 死妖霊牛は自分のしたことに呆然としている。
「なるほど、催眠か! 私のハートクエイクアローと、仲間達のジグザグが効いたようだな!」
 レインが自慢げに言う。
「ケルベロスめ……!」
「夢喰い、お前を許すわけにはいかない」
 ルビークは死妖霊牛にはっきりと言う。
 会いたいという、叶わぬ願い。ルビーク自身も時折、嘘でも良いからと思うけれど。
 ……迷いを捨て去るように真っ直ぐに、彼は敵を見据える。
「――止まることのない思いに終着を」
 左腕の地獄の炎を纏ったルビークの武器が、敵へと振るわれ、赤い炎は敵の体に燃え移る。その弔ゐ灯は――『暁の焔(サムカ)』は、夢喰いの道筋を灯す。すなわち……『生き止まり』。灰へと燃やし尽くすまで、夢喰いのその業を決して赦しはしない。
「我が友クラウディよ! 共に戦おうではないか!」
 レインが、『翼持つ赤色の友(クラウディ)』、すなわち特殊な麻痺毒を爪先に仕込んだオウムと共に、連携攻撃を仕掛ける。
 捌号は、『水精霊のアップルジュース』に口をつける。甘い果汁を啜って気合いを充填したならば。
「んでは、呼ばれてもねーのに出てきたお客さんにはお帰り願うっすかね。これでも食らうっす」
 機嫌の悪さを隠さずに、星型のオーラを敵に蹴り込む。エイトが続く形でブレスを吐きかけた。
 朔夜は金色の瞳に怒りを宿して敵を睨みつけ、紅蓮の炎を武器に纏わせた。
「てめぇは、地獄に落ちやがれ」
 憤りを込めた地獄の火炎を、朔夜は敵の体に叩き込む。
「滅びの王国より、記憶を呼び起こす。火刑台の主。狂気の松明よ」
 ベラドンナが『災厄の記憶(カウダ・ドラゴニクス)』を詠唱すれば、封じられた狂気の竜の尾が魔法召喚された。黒煙に乗ってやって来た禍は、死妖霊牛を叩き潰す。キラニラックスの吐息が、それに追い打ちをかける。
「おぬしはここまでじゃ、デウスエクス!」
 口調を普段使っているものに戻した狗狸狐が、魂喰らう降魔の一撃を敵目がけて放つ。ナスの牛、その脇腹が抉れた。
「貴様は許さない!!」
 続いたのは竜の爪。イスズだ。ナスの体の中央が、瞬時に貫かれた。
「ぐ……う……!!」
 苦しむ死妖霊牛。そこへ、ゆっくりと静かに歩み寄るのは、響だ。
「や、やめ……」
「今更、やめるわけがないだろう?」
 響は迷わない。右手を自分の胸へと当てる。
「喰らった命を呼魂しろ……再演、螺旋」
 『呼魂:親友の螺旋(コダマ・トモノラセン)』。自らが喰らったデウスエクスの魂を呼び起こし、音に変え、右腕に乗せ――死妖霊牛の頭に叩きつけた。
 響の、その異形の一撃がとどめとなり、ドリームイーターは霧散し、消滅した。

●いつかまた
「……まぁ、何とかなったな」
 響がちらりと視線をやった先には、大きな怪我もない様子の孝三郎の姿があった。その外見は、青年のものから、老人のものへと戻っていた。
「立てるか、孝三郎さん」
 朔夜が、念のため孝三郎へヒールを施しつつ、彼に肩を貸す。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
 孝三郎は朔夜に微笑みかける。それから、周囲に立つ他のケルベロス達にも目を向けた。
「他の皆も……本当にありがとう」
「いいってことだ! これも海賊船長の務めだ!!」
 礼を言う孝三郎へと、レインは明るく笑った。
(「助け出せて……本当に良かった……」)
 ひっそりと、嬉しそうに笑みをこぼす狗狸狐の白い髪を、窓から入ってきた優しい風が撫ぜる。
「ところで……これも何かの縁だ。赦してもらえるなら、でいいんだが」
 朔夜は、仏壇の方を指し示し、望みを口にした。
「手を合わせたい」
「あ……私も祈ってもいいですか?」
 イスズも孝三郎に寄り添うようにしながら、尋ねる。
「もちろん。マサノもきっと喜んでくれるよ」
 孝三郎は笑顔で答えた。
「では、僭越ながら、俺も」
「私も奥さんに挨拶してから帰ろうかな」
 ルビークやベラドンナも、朔夜達に倣う。
 迷っているのは、捌号だ。
(「自分、仏教じゃないんすけど……」)
 でも、と呟き、捌号は、ぱっと顔を上げる。
「ま、このくらいなら、きっと神様も許してくれるっすね」
 かくして、ケルベロス達は仏壇に手を合わせてから帰る運びとなった。
 線香の香りが漂い、孝三郎が鳴らしたお鈴の音が響く。
「マサノ。いつかまた、会う時には……」
 孝三郎は、呟く。
「……必ず、『幸せだった』って言えるように、するから」
 ケルベロス達が彼の胸に灯したのは、希望。
 過去を忘れず、けれど未来へと歩むための――温かな、灯火。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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