精霊馬事件~果てしなき波の彼方に

作者:土師三良

●彼岸のビジョン
 星明かりの下、砂浜に佇む老女が一人。
 爪楊枝とキュウリで出来た精霊馬がその足元に置かれていた。精霊棚に飾る前に海からの風を受けさせる――それが老女の慣例行事なのだ。
「こうやって毎年のように迎え入れる準備をしているっていうのに、あんたは夢の中にも現れやしない。ちょいと薄情じゃないかい?」
 寂しげな微苦笑を浮かべて、老女は語りかけた。五十年に海で亡くなった夫に。
「いっそのこと、こっちから会いに行ってやろうか? こんな婆ちゃんになっちまったから、あたしを見ても誰のことだか判らないかもしれないけど……」
『寂しげな微苦笑』から微苦笑が消え、ただ寂しいだけの表情に変わった。
「それでも会いたいねぇ。一目でいいからさ」
「会えるとも! 俺と一つになれば!」
 雷鳴を大声が頭上から落ちてきた。
 振り仰いだ老女の視界に入ったのは、キュウリの精霊馬に似た異形の生物。本物の馬ほどの大きさがあり、翼の類を有しているわけでもないのに空に浮かんでいる。
 普通ならば、恐怖のあまりに理性を失ってしまうような光景だ。実際、老女の理性は消え去っていた。ただし、恐怖のためではない。
 期待を込めて、老女は精霊馬に問いかけた。
「あ、あたしの願いを叶えてくれるのかい?」
「ああ、叶えてやろう。ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 精霊馬が奇妙な呪文を唱えると、黒い靄が老女を包み込んだ。
 十秒も経たぬうちに霞は消えたが、そこにはもう老女はいなかった。
 代わりに立っていたのは、モザイクで構成された着物を纏った若い女。その顔には老女の面影がある。
 そう、若返ったのだ。
 老女でなくなった老女は砂地を蹴り、精霊馬に飛び乗った。
「あんた……会いに行くよ……」
 うつろな目をして呟く元・老女。
 その下で精霊馬が不快な笑い声を響かせた。
「ぐはははははは! 感じるぞ、貴様のドリームエナジー! 漲るぞ、ワイルドの力! これはいい! 実にいい! 死人に会うという望みが叶うまで、貴様はドリームエナジーを生み出し続けるというわけだ!」
 そして、小声で付け加えた。
「その望みが決して叶わぬということも知らずになぁ」

●音々子かく語りき
「ケニアの大運動会から帰ってきたばかりでお疲れとは思いますが――」
 申し訳なそうな顔をして、ヘリオライダーの根占・音々子が語り出した。
 もちろん、聞き手はヘリポートに集まったケルベロスたちである。
「――皆さんのお力を必要とする事件がまた起きてしまいました。それも日本各地で同時多発的に」
 事件を起こしているのは精霊馬(しょうりょううま)のような姿をしたドリームイーターたち。それらは『若返って、亡き人に会いたい』と願う老人たちの前に現れ、次々と取り込んでいるという。おそらく、ドリームエナジーを生み出し続ける人間と合体することで、より強力な存在になろうとしているのだろう。
「皆さんに倒していただきたいのは、青森県八戸市に現れたキュウリの精霊馬型ドリームイーターです。そいつに取り込まれているのは、市内で居酒屋を営んでいる鷹峰・タキ(たかみね・たき)さん。五十年くらい前に漁師の旦那さんを亡くしたそうです」
 ドリームエナジーの供給源であるタキを取り込んでいるので、精霊馬のドリームイーターの攻撃力と耐久力は大幅に上昇している。また、その状態でドリームイーターが死ねば、タキも無傷では済まない。最悪の場合は死に至るだろう。よって、二者を分離させることが望ましい。
「タキさんに呼びかけて、亡くなった旦那さんに会いたいという願いを捨てさせることができれば、もうドリームエナジーは供給されません。そうなったら、ドリームイーターにとってはタキさんはデッドウェイトでしかないので、きっと分離するでしょう。ただ、タキさんは係累がいませんから、『貴方が逝ってしまったら、残されたお子さんやお孫さんはどうなるんですか?』みたいな説得は通じないと思います……」
 音々子の表情が悲しみの色を帯びる。
 だが、それはすぐに怒りの色に変わった。
「なんにせよ、亡き人への想いを利用するゲスなドリームイーターは許せません! 皆さんの手でギッタンギッタンにしてやってください!」


参加者
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
月隠・三日月(紅染・e03347)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)

■リプレイ

●あの人が忘れられない
 夜空は暗く、海は黒かった。
 どちらも同じような色をしているが、完全に混じり合ってはいない。遙か遠くに浮かぶ漁船群の小さな灯りが境界たる水平線の位置をかろうじて示しているからだ。
 浜辺に立つ八人のケルベロスたちも境界の際にいた。
 生者の死者の境界に。
(「亡くなった人に会いたいという願いは理解できる」)
 ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)が視線を動かした。傍らにいるビハインドのイリスから、頭上にいる敵に。
(「でも、あんな奴に頼っても、その悲しい願いは叶ったりしない」)
「ぐはははは!」
 楕円形の軌道を描いて低空を飛びながら、『あんな奴』が哄笑した。
 キュウリの精霊馬のような姿をしたドリームイーターだ。
「俺を倒しに来たのか、ケルベロスども? 大きな力を得た、この俺を?」
 精霊馬が言うところの『大きな力』の源泉は彼の背に乗っていた。モザイクの着物に身を包んだ若い女――鷹峰・タキ。もっとも、若く見えるのは精霊馬に取り込まれているからだが。
「まさに飛んで火にいる夏の虫だ! ぐはははははは!」
 そのあまりに陳腐な言葉を当然のように無視して、レプリカントの篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が『付喪神百鬼夜行・行進(チリヅカカイオウ)』の詠唱を始めた。
「同胞(はらから)よ。いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう。ヒトに愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する我が同胞たちよ」
 呪文に応じて鎧武者や犬型のペットロボットやドレス姿の少女の幽霊が現れ、中衛陣のジャマー能力を上昇させた。
「すまんね」
 と、中衛に陣取るテレビウムのテレ坊の代わりに礼を言ったのは佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)。役目を果たして消えていく幽霊たちに手向けるかのように、彼は縛霊手から紙兵を散布した。
「正直、あんたは――」
 紙兵の吹雪で異常耐性を得たロベリアがドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えた。
「――今まで見た中で一番イラつく敵だ」
 普段は明るく振る舞うことが多い彼女ではあるが、今夜は怒りを隠そうとしていない。
「大切な人と死に別れるのがどんなに辛いことなのか、私にもよく判ります」
 精霊馬に乗るタキに向かって、オラトリオの早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)が語りかけた。彼女が手にしている武器も砲撃形態のドラゴニックハンマーだ。
「たった一人の肉親である祖父が死んだ時……私、祖父の元に行こうと思いました。でも、こうして生きています!」
 語り続けるスピカの横で、黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)も轟竜砲を撃ち込むべく、ドラゴニックハンマーを構えた。
「死を選ぶ権利は誰にでもある、が……」
 その呟きは誰の耳にも届かなかった。レプリカントのビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)の叫びにかき消されたからだ。
「目を覚ましてください、タキさん!」
 そして、砲声が轟いた。続けざまに四回。遠くで聞いている者がいたら、打ち上げ花火の音だと思うかもしれない。
 花火ならぬ爆炎の花が夜空に咲き乱れたが、精霊馬は少しばかりよろめくだけに留まった。
「ぬるい! 今までのドリームイーターたちは、この程度の連中に屠られてきたのか? いやはや、実に情けない! ぐはははは!」
 精霊馬が不愉快な笑い声とともに礫らしきものを降らした。『らしきもの』がつくのは、それらが目に見えないからだ。
「敵である私たちだけでなく、亡き同族までも嘲笑の対象にするか……くだらぬ奴だ」
 不可視の礫を浴びながらも表情一つ変えることなく、月隠・三日月(紅染・e03347)がゾディアックソードの切っ先を砂浜に走らせた。スターサンクチュアリの守護星座が描かれ、後衛陣に異常耐性を付与していく。三日月が紙兵から付与された異常耐性も発動し、礫がもたらしたパラライズを消した。
「くだらねえ上にめんどくせえ奴だよな。慣れねえ対空戦をさせやがってよぉ」
 ぼやきながら、サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)がブラックスライムを解き放った。
「お姫様を運ぶのはカボチャの馬車と相場が決まってんだ。勘違いキュウリ野郎はお呼びじゃねえぞ」
 スライムは槍状に変じて『勘違いキュウリ野郎』に突き刺さった。敵を毒で蝕むケイオスランサーだが、与えた毒は通常よりも多い。佐久弥の幽霊たちによってジャマー能力が上昇しているからだけでなく、サーティー自身がジャマーのポジション効果を得ているからだ。

●あの人は忘れていない
 前衛陣の頭上で陣内のウイングキャットが清浄の翼をはためかせた。
 その小さな影越しに三日月がタキを見やる。
「死人に会いたい気持ちは判る。しかし、会えぬがこの世の道理。その道理を無視して『会わせてやる』などと抜かす輩を信じ、命を投げ出していいのか? そんな死に様を御夫君に誇れるのか?」
「おいおい。人聞きの悪いことを言わないでくれ」
 精霊馬の声音にはあいかわらず嘲笑が含まれていた。
「俺は、この女に命を投げ出すことなど要求していない。ドリームエナジーの供給源に死んでもらっては困る。生かさず殺さず、長持ちするように扱うさ」
 はっきりと『供給源』呼ばわりされても、タキは反応を示さなかった。うつろな顔をして、どこか遠くを見ている。言葉が聞こえていないのか。あるいは言葉を理解できるような状態ではないのか。
 それでも、ケルベロスたちは語りかけることをやめなかった。
「貴方の旦那さんへの想いは、こんな奴に利用されていいものじゃない!」
 ロベリアの手からケルベロスチェインが伸びる。
 それを躱した精霊馬であったが、別の場所から伸びてきたもう一本のケルベロスチェインに絡みつかれた。
 チェインの端を掴んでいるのは陣内。
「若返った姿も美人だけど、歳月を重ねた姿も十分に良い女だよ、姐さん」
 猟犬縛鎖で精霊馬を締め付けながら、陣内はタキに笑いかけた。
「今の自分を見ても、旦那には誰のことだか判らないかもしれない――そんなことを思ってるらしいが、そいつは杞憂もいいところだ。姐さんみたいな良い女に旦那が気付かないわけないだろ。なんたって――」
「なにを言っても無駄だ!」
 精霊馬が力任せに鎖を振り解いたが、陣内はなにごともなかったかのような顔をして後の言葉を続けた。
「――惚れてるんだから」
「そら、そうや。惚れた相手を忘れるわけないわぁ」
 照彦が紙兵を散布し、中衛陣に異常耐性を付与した。
「旦那さんは、ちゃーんと見守ってはる。夢にも出てけぇへんって? そらぁ、元気でやっとる証拠やないですか。ユーレイが人前に出てくんのは、ホンマにどないもこないもならん時だけやからね」
 すると、照彦の前に異形の幽霊たちがまた姿を現した。今がまさに『どないもこないもならん時』だから……というわけではなく、佐久弥が再び『付喪神百鬼夜行・行進』を用いたのだ。
 幽霊たちがジャマー能力を上昇させた対象は後衛陣。そのうちの一体であるイリスがポルターガイストを発動し、砂浜に点在していた貝殻を精霊馬めがけて飛ばした。
 そして、紙兵と貝殻が舞い散る夜空に光が閃いた。テレ坊のテレビフラッシュ。
「エネルギー充填……目標捕捉……」
 イリスと同じく後衛のビスマスが自身の肩をカタパルトランチャーに変形させた。
「なめろうスプラッシュランチャー……シュート!」
 エネルギー光弾がカタパルトから飛び出し、精霊馬を撃ち抜く。
 その軌跡(房総半島の郷土料理なめろうと同じ色をしていた)を追って、スピカが跳躍した。半回転して放った技はグラインドファイア。
 なめろう色の直線と紅蓮の弧線が空中に引かれてる間に、地面には新たな守護星座が描かれていた。三日月とサーティがスターサンクチュアリを用いたのだ。
「やはり、ぬるいな!」
 ケルベロスに異常耐性が何重も施されていることなど気にする様子も見せず、精霊馬が攻撃を放った。見えない波濤が中衛陣に当たって砕け散り、石化の症状をもたらしていく。
 しかし――、
「Heinrich Emil Ida Ludwig Emil Nordpol Eins=Bahner 05」
 ――照彦が電子音声とともにナノマシンを散布し、キュアを伴うヒールで中衛陣を癒した。
「旦那さんは見守ってはるって言うたやろ? 五十年も見守ってくれたのに、自分からフイにせんとこうや」
 親指で人差し指で両の目頭を揉みほぐしながら(今のグラビティの副作用で目が霞んでいるのだ)、照彦は肉声でタキに話しかけた。
「ほんで、ようやっと死んだ時、この五十年のことを全部おもしろおかしく聞かせればええねん。土産話は多いにこしたことはないで」
「タキさん!」
 ビスマスもタキに呼びかけた。ファミリアロッドの『クロガ』を投擲しながら。
『クロガ』はハリネズミの姿(なぜかサングラスをかけていた)に戻り、精霊馬の傷口に頭から突っ込んだ。
「貴方の店の鯵の南蛮漬けは絶品だと聞きました。貴方が逝ってしまったら、その南蛮漬けのファンはどうなるんですか?」
「……」
 タキはなにも答えなかった。
 だが、虚無を見据えていたような目に生気が少しばかり戻っている。聞こえているのだろう。ビスマスだけでなく、他の者たちの声も。
「『南蛮漬けのファン』とやらだけじゃねえ。他にもけっこういるんだろ? 婆さんの店に足繁く通って、メシ食って、サケ呑んで、いい顔して酔っぱらう連中がよ」
 サーティーがグラインドファイアで精霊馬を焼いた。
「婆さん、身内はいねえらしいが……そいつら、家族みてえなもんじゃねえのか? 家族を置いて、勝手に死んじゃいけねえ。この五十年の間にあんたが築いた絆はそんなに軽いもんじゃないはずだぜ」
「もしかして、鯵の南蛮漬けは旦那さんと一緒に築き上げたメニューなんですか?」
 と、ビスマスがまた問いかけた。同時にボクスドラゴンのナメビスがボクスブレスを精霊馬に浴びせ、『クロガ』が広げた傷口を更に広げていく。
「だとしたら、旦那さんだって、二人で築いたものが消えることを望んではいないはずです」
「そうですよ。旦那さんが望んでいることあるとすれば、それは――」
 スピカが轟竜砲を発射した。その音に負けないほどの叫びと一緒に。
「――タキさんの幸せです! 自分のせいでタキさんが人生を投げ出したと知ったら、旦那さんはきっと悲しみます!」
「鯵の南蛮漬けって、旦那さんとの思い出の味なんじゃないっすか?」
 佐久弥がニートヴォルケイノを見舞った。
「だったら、旦那さんがタキさんに気付かないはずないっすよ。見た目に惑わされても、舌の記憶は嘘をつきませんから。仮に一目で気付かなかったとしても、それを旦那さんに甘える口実に変えればいいじゃないっすかね」
「……」
 タキは無言。だが、口許が綻んでいる。微かに。ほんの微かに。
 それを見逃すことなく、陣内が――、
「きっと、その笑顔に旦那は惚れたんだろうな」
 ――自身もまた微笑を浮かべ、轟竜砲を発射した。
 砲煙が精霊馬を包み込む。
 三秒も経たぬうちに砲煙は晴れたが、そこにはもう『供給源』はいなかった。
 代わりに馬上にいるのは、元の年齢に戻ったタキ。だが、微かな笑みが見る者に与える印象は変わらない。
「くそっ! 使えないババアだ!」
 精霊馬が声を荒げ、タキを振り落とした。もっとも、彼女が砂浜に衝突することはなかった。
 三日月が素早く抱きとめたからだ。
「さて――」
 本格的な攻撃に移るべく、ロベリアが声をかけた。
 今は亡き姉の姿をした者に。
「――やるよ、イリス」

●あの人を忘れない
 タキを失った精霊馬はもはやケルベロスの敵ではなかった(逆に言えば、それほどタキのドリームエナジーが強かったというこだ)。攻撃力も耐久力も大幅に減少したばかりか、グラビティが制限されたために見切りが生じるようになったのだから。
 にもかかわらず、精霊馬は劣勢を認めようとしなかった。
「負けるわけがない! おまえらごときに! 死人へのつまらぬ想いに引きずられる人間ごときに!」
 精霊馬が割り箸型の脚を振るうと、不可視の斬撃が飛んだ。
 それをいとも簡単に躱したのは佐久弥。
「その『つまらぬ想い』とやらは……俺の胸の中でも燃えてるんすよ」
『燃えてる』というのは比喩ではない。彼の家族は地獄化している。
「うぉっ!?」
 精霊馬が体勢を崩し、高度を落とした。佐久弥の胸の傷跡から放たれたコアブラスターを浴びて。
 だが、この期に及んでも精霊馬は虚勢を張り続けた。
「くそっ! ならば、おまえらも死人に会わせてやる! 一人残らず、殺してくれる!」
「遠慮しておこう。私はまだ死にたくはない」
 と、三日月が静かに応じた。もうタキは抱いていない。安全な場所に避難させたのだ。
「とはいえ、死が避けられぬ時は……先立った人たちに誇れるような死に様を見せるように努めよう」
 砂浜を蹴り、ゾディアックソードで斬りかかる……ように見せかけて、三日月は『山吹三刀(ヤマブキツラヌクフンドノヤイバ)』を仕掛けた。
 ゾディアックソードの一太刀を精霊馬は紙一重で躱した。それが陽動だと気付くことなく。
 そして、躱した直後、地面から射出された一刀に刺し貫かれた。
 精霊馬の体が力を失って落下したが、タキと同様、砂浜に衝突することはなかった。
 その前にロベリアの轟竜砲を喰らい、粉微塵になったからだ。

「ご迷惑でなければ、鷹峰殿のお店にお邪魔してもいいかな?」
 砂浜に戻ってきたタキに三日月が訊いた。
「まだお酒が飲める歳ではないが、鯵の南蛮漬けを味わってみたい」
「私も行ってみたいですー。お酒は今月の三十日が来るまで飲めませんけど」
「私は南蛮漬けのレシピを教えてほしいです」
 スピカとビスマスも話に加わった。
「無理やったら、また次の機会でええよ」
 と、タキに気遣いを見せた後で照彦が陣内に視線を向けた。
 陣内は無言で海を見つめている。ドリームイーターと出会う直前のタキと同じように。
『海はあの世と繋がっている』という故郷の言い伝えを思い出しているのだ。そして、この世にはもういない姉のことも。
「泳ぐのも次の機会にしようや、玉ちゃん」
 照彦は陣内の肩に手を置き、わざとおどけた調子で言った。
「死人ってのは、懐かしむもんだ」
 と、サーティーも口を開いた。
「会うのは死んでからでいい。俺ら、生きてんだからよ」
 最後の言葉を彼は繰り返した。かけがえのない者を失ったタキに、ロベリアに、陣内に、スピカに、佐久弥に、自分自身に言い聞かせるかのように。
「……生きてんだから、よ」
 いつの間にか、沖の漁船は消え、暗い空と海は完全に混じり合っていた。
 誰にも見分けがつかないだろう。
 朝が来るまでは。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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