精霊馬事件~魂響に恋ふ

作者:朱乃天

 うなだれるような暑い陽射しが西へと傾き、青く晴れ渡った空に橙色が熔けていく。
 お盆となるこの日。死者を迎える火が焚べられて、御霊が還る場所への標となるように、黒い煙が黄昏色の空に向かって立ち上る。
 庭を見遣れば飛び交う赤蜻蛉が目に留まり。老いた婦人はそこに亡き夫の面影を見る。
 あの赤蜻蛉は亡くなった者の魂が乗り移り、こうしてお盆の時期に戻ってきたのだと。
 ――もしも願いが叶うなら、若返ってあの人の下に逢いに行ってみたい。
 心の中で呟くように祈りを捧げると――空から突然、大きな胡瓜の精霊馬が降ってきた。
 しかし老婦人は微塵も驚くことなく、謎の精霊馬の存在を受け入れたように呼び掛ける。
「……私の願いを叶えに来てくれたのですね。さあ……今すぐ私を若返らせて、あの人のところに連れて行きなさい」
 きっと天に祈りが通じたのだと、精霊馬に願いを乞う老婦人。すると異形の精霊馬は心得たと言わんばかりに頷いて。
「汝が我と一つになるのならば、その願いを叶えよう。……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 精霊馬が奇妙な呪文を唱えると、黒い靄のようなモノが老婦人に纏わり付いて姿を隠す。
 そして靄が晴れると同時、婦人の老いた姿は、モザイクの衣を纏った若き乙女に変貌し、精霊馬との一体化を果たす。
「汝のドリームエナジーが、我に流れ込んでいるぞ。これぞ、ワイルドの力! 汝の望みが叶うまで、汝はドリームエナジーを生み出し続けるであろう!」
 ――死者に会うという、不可能な願いが叶うまで。
「嗚呼、あなた……今、逢いに行きますわ――」
 若さを得た老婦人は精霊馬の上に乗り、亡き夫との邂逅を願って飛び去っていく。

「ケルベロス大運動会、お疲れ様だったね。日本に帰ってきたばかりで疲れていると思うけど、キミ達に事件の解決をお願いしたいんだ」
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が語るのは、多くのケルベロス達が危惧していた事件。精霊馬のドリームイーターが、お盆の時期を狙って動き出したようである。
 このドリームイーターは、『死別した伴侶に会いに行きたい』という老人の願いを取り込み、融合して力を得た存在だ。
 そしてドリームエナジーを奪うのではなくて、ドリームエナジーを生み出し続ける人間を取り込むことにより、より強いドリームイーターになろうとしているのだろう。
 実際に、老人を取り込んでいる状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を持つ。
 もしこの老人が取り込まれたままの状態で、ドリームイーターを撃破した場合、老人は大怪我をするか最悪死亡にまで至ってしまう。
「だから戦闘をする際は、『死別した伴侶に会いに行きたい』という望みを捨て去るような説得をしてほしいんだ」
 取り込まれた老人が望みを失えば、ドリームエナジーは供給できなくなってしまう。そうなるとドリームイーターは、役立たずになった老人を投げ捨てるので、大事には至らなくて済むことになる。
 説得が成功したら、後は合体が解けた精霊馬を叩いて撃破すれば良い。
 ドリームイーターと合体した老人は、艶のある黒髪に、モザイクの着物を着た若い女性の姿になっている。因みに敵は老人と精霊馬で合わせて一体分となる。
 敵の攻撃方法は、体当たりや蹴りの他、心の傷を抉る幻炎を放ってくるようだ。また老人と合体している間は戦闘力が高めだが、説得して合体を解けばそれも低下する。
 よって今回の戦いは、老人への説得対応が勝敗の鍵となりそうだ。
 ――数年前に夫を病で亡くし、今は独りで暮らしている老婦人。
 長年連れ添ってきた最愛の人に先立たれ、その哀しみは未だ癒えることはない。
「そうした人の弱みに付け込むようなドリームイーターは、決して許すべきではないと思うんだ。被害者のことも、できれば助けた上で敵を倒せば、少しは救われるんじゃないかな」
 追い先短い身ではあるものの、だからこそ、今を生きることの大切さを説いてほしい。
 シュリは最後にそう付け加え、ケルベロス達の武運を祈るのだった。


参加者
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
ナティル・フェリア(パナケイア・e01309)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
御影・有理(書院管理人・e14635)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
空木・樒(病葉落とし・e19729)

■リプレイ


 空が夕陽に照らされ茜色に染まる頃。
 そこは現世と常世の境界線が交わるような、独特の異質な空気に包まれる。
 亡くした家族の魂が戻ってくると云われるお盆のこの日。最愛の伴侶に先立たれ、寂しく余生を過ごす老婦人の心を惑わすモノがいる。
 永遠に叶わぬ望みを糧として、半永久的に力を得ようとする夢喰いを討ち倒すべく、彼女の前に八つの影が立ちはだかった。
「待って下さい! そこから先に行ってはいけません!」
 ナティル・フェリア(パナケイア・e01309)が勇気を振り絞って声を張り上げ、この場を飛び去ろうとする老婦人を呼び止める。
 婦人はナティルの声に反応すると、彼女の顔を横目で一瞥し、場を離れるのを留まった。
「人間を生かして利用する……上手いことを考えたものだ。しかし逆を言えばこちらにも、人命を救うチャンスができる。実に良い」
 パイプを咥えた中年紳士、千歳緑・豊(喜懼・e09097)が飄々と振る舞いながらドリームイーターと対峙する。豊は冷静さを覗かせるその一方で、口振りからはこの戦いを内心愉しみにしているような気配すらも窺える。
「孤独や寂しさは、誰だって持ってるものだ。それを利用するなら、オレはあんたらを許すわけにはいかないぜ」
 込み上げる激情を堪えようとするハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)ではあるが、身体を震わせ吐き捨てる言葉には、静かな怒りが滲み出る。
 以前一つの家族を守れなかったことへの後悔が、今も尚ハインツの心の中で燻っていて。だからこそ、彼は命を弄ぶ輩に対して憤りを隠せずにいた。
「これは何のつもりです? もし私の邪魔をするというなら、容赦はなさいません」
 ドリームイーターの力によって若さを得た老婦人。後はあの世の夫に逢いに向かうだけの筈であったが、ケルベロス達に行く手を阻まれてしまう。老婦人は彼等に憤慨しつつ、一刻も早くこの場を去ろうとするものの、そうはさせじとケルベロス達が取り囲む。
「私だって逢えるものなら逢いたいさ。だがその方法では駄目だ」
 婦人のそうした意思を、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)が毅然とした態度で否定する。
 左手の小指に灯る地獄の炎。それは彼女にとって掛け替えのない存在を失ったという証。
 最愛の人と別離した哀しみは、ナディアも十分過ぎる程身に染みている。だからその先に連れて行かせるような真似はさせないと、強い決意で老婦人への説得を試みる。
「精霊馬に願ってしまう程の死別の哀しみとは、如何程なのか。生前の旦那さんのこと、良かったら聴かせてくれないか」
 最愛の婚約者と死別してしまったら、自分も同じように願ってしまうかもしれない。
 御影・有理(書院管理人・e14635)は左手の薬指に輝く指輪を見つめつつ、今回の事件は他人事ではないと考える。そこでまずは哀しみに寄り添い合うのが大事だと、有理は話に耳を傾けようと老婦人に呼び掛ける。
「旦那様も貴女を想っているはずです。だからこそ、貴女は悲しむよりもなすべきことがあるのでは」
 亡き夫は、彼女がこんな形で逢いに来るのを望んでいないだろう。翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は婦人の夫の立場になって、その想いを伝えようとする。
「貴女が今なさっていることを、旦那さんも望むとお思いでしょうか。その身を改めて見てみて下さい」
 空木・樒(病葉落とし・e19729)が風音の話をなぞりつつ、夫の想いを代弁するかのように、正面から目を合わせて婦人の心に訴える。
「故人に逢いたいとすら想う。想いの深けりゃ深い程、そいつ全く自然かと存じやす」
 着流し姿の粋な女侠、茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)も嘗て最愛の夫を亡くした身であった。その時から15年という月日を経ても、当時の辛さが拭えることは未だない。
 それでも三毛乃は気丈に振る舞いながら、心の底から老婦人に声を届けようとする。まるで過去の自分の姿と重ねるかのように――。


 ケルベロス達はドリームイーターを包囲しながら、説得を続けて老婦人の目を覚まさせようとする。
 ナティルは医者である父の近くで、命のやり取りをずっと見続けてきた。病から回復して笑顔を取り戻した患者もいれば、力及ばず悲嘆に暮れる遺族の者達も。
「……亡くなった人は帰ってきませんし、生きている私達と会うことも叶いません。彼等は生きている人の心の中でしか生きられないのです」
 これまで多くの命を看取ってきたナティルだからこそ、その言葉には重みがあった。
 彼女の言葉を受けて、老婦人の表情が一瞬歪む。見た目は若返ってこそいるが、それは夢喰いによって齎された偽りの姿でしかない。若い姿で逢いたいと願うのは、きっと乙女心の表れかもしれない。
「だが旦那さんが逢いたいのは、長年一緒に泣いたり笑ったりして、皺を深くした貴女じゃないだろうか」
 一緒に年老いていけるということが、どれ程幸せだったろう。ドワーフは身体の成長が止まってしまう為、ナディアにとってはそのことが羨ましいとさえ思う。
「このような奴等の言うことなど聞く必要はない! 人の恋路を邪魔する者は、蹴られて死んでしまえば良い!」
 婦人が悩み始めたことに精霊馬は苛立ち気味になり、説得を妨げようとケルベロス達を割り箸の脚で蹴り飛ばそうとする。しかしここはハインツが前に出て、金色に輝く盾で身を庇い、馬脚の蹴りを受け止める。
「若返って逢いに行っても、向こうは戸惑うだけじゃないか? それに、旦那さんとずっと一緒に過ごした上で、ちゃんと看取ってあげたことほど、立派なことはないんだぜ」
 精霊馬の攻撃に耐えながら、更に説得をするケルベロス達。病気の夫を献身的に尽くしてきたことは立派だと、ハインツは婦人の労をねぎらうように説く。
「……貴女が愛した男性は、貴女がそうすることを望むような人だったか? もしこのまま付いて行ったら、自分の命を捨てることと同じだよ」
 有理が婦人に問い掛ける言葉は端的ではあるが、婦人にとっては何よりも心に突き刺さる一言だ。
 全ては自分の身勝手な想いが招いたことだと。感情だけが先走り、精霊馬にまで縋りつきたくなる程思い詰めていた。だが有理の言う通り、そこに夫の想いは汲まれていない。
「再び逢えたとしても、その姿を見てどう思われるでしょう。それよりも、先に逝った方に対してできる最も善いことは、今ある生を幸せに全うすることではありませんか」
 有理の後を受け継ぐように、樒がその続きを語り出す。婦人の今の外見は、異形の力で歪められたまやかしにしか過ぎない。
 過去に拘り見た目を求めるよりも、余生を大切に過ごした方が夫も喜ぶと。生を捨てれば後には何も残らない――樒は命の儚さを論じることで、婦人を思い留まらせようとする。
 そしてそう考えるのは樒だけではない。婦人の心を取り戻そうと、三毛乃も同じように命の在り方について述べるのだった。
「未だ存命の身分で、外法と契約を交わしてまで死後の世へやって来た……果たして旦那さんはそれを喜び迎え入れると思われやすか? ……今一度、よくよくお考え下せえ」
 語る口調は努めて冷静ではあるが。故人に逢えると唆し、切なる想いを弄ぶような夢喰いの、思い通りにさせるわけにはいかないと。三毛乃の内に秘めたる揺るがぬ信念に、婦人の心が揺れ動く。
「旦那様が望むのは、貴女が会いに来ることではありません。むしろ貴女の周りにいる大切な方々と、笑顔で余生を過ごされることを望まれていると思います」
 独り暮らしを余儀なくされているとは言えど、彼女の周りにも、生活を支える人達だっているだろう。人は決して一人で生きているわけではない、風音は婦人がそのことに気付いてもらえるよう、心を込めて優しく諭す。
 ケルベロス達の懸命の説得に、老婦人の心が遂に折れたのか――身に纏う着物にかかったモザイクが次第に薄らぎ、死妖霊馬の呪縛から解き放たれていく。
「わ、私は……やはりまだ、あの人のところには……行けません」
 若返った婦人の艶やかな黒髪は色褪せ白くなり、瑞々しかった肌には皺が刻まれて、齢を重ねた老婆に変化してしまう。望みを捨てた老婦人は本来の姿を取り戻し、これで死妖霊馬は力を得る手段を失った。
「このまま家を空けてしまったら、お供え物が台無しになってしまうしね。さあ……ここから先は存分に戦わせてもらうとするよ」
 ニヒルな笑みを浮かべつつ、豊が死妖霊馬に対して銃口を向ける。弾倉が回転し、眼光鋭く狙いを定めてトリガーを引く。一直線に放たれた豊の銃弾は、精霊馬のヘタの部分を撃ち抜き相手を威嚇する。
「ええい、使えぬ奴よ! こんな役立たずな老いぼれなんぞ、もはや用済みだ!」
 ドリームエナジーを生み出せなくなった以上、死妖霊馬にとって背中の老婦人は不要の存在だ。死妖霊馬は背中を跳ね上げるように老婦人を振り落とし、ケルベロス達の前に炎を浮かび上がらせる。
 朧気に揺らぐ幻炎に、風音は魅入られたように意識を取り込まれてしまう。彼女の黄昏色の瞳に映るのは、記憶の底に眠る過去の光景だ。
 故郷である森の樹々が薙ぎ倒されていく。そこにある命は全て氷の檻に閉ざされて、風音の心が絶望の淵に呑み込まれようとした時だった。
「惑わされてはいけません! 気持ちを強く持って下さい!」
 突然眩い光が差し込んで、風音は我に返って現実世界に引き戻される。ナティルが輝く翼を大きく広げ、舞い降る光の羽根が炎の効果を打ち消したのだ。
「人の弱さに付け込むような、腐った性根が気に入らん。――地獄の業火は温くはないぞ」
 ナディアが槍を握る手に力を込めると、今まで抑えてきた地獄の炎が激しく噴き上がる。敵を見据える瞳は凛然と、煉獄纏いし槍を振り翳し、灼けつく痛みを死妖霊馬に刻み込む。


 老婦人の説得に成功し、ドリームイーターを弱体化させたケルベロス達。こうなれば多勢に無勢、優位に立ったケルベロス達は手数で押して追い詰めていく。
「今度はあんたが報いを受ける手番だ! 行くぞ、チビ助!」
 相棒のオルトロスに指示を出すと同時に、ハインツが攻勢に出る。盾に魔力を込めると鋭利な棘が生え、突進しながら押し込むように体当たりで吹き飛ばす。
 ハインツが攻撃を終えた直後に今度はチビ助が、口に咥えた刃で死妖霊馬の胡瓜の身体を斬り刻む。
「手練手管を弄するならば、相応の報いを受ける覚悟もあるのでしょう? 生憎と、手加減は致しませんので」
 樒が清楚なドレスを翻し、隙を逃さず敵の背後に回り込む。身体に染み込ませた暗殺者としての能力を発揮させ、不敵に微笑みながら螺旋を籠めて、高火力の掌底を叩き込む。
「腹ァ括って覚悟を決めなせえ。あんさんの動き――猫の目にゃァ止まって見えやすぜ」
 相手を睨む三毛乃の右目の炎が燃え盛る。動体視力を極限まで引き出す秘法を用いると、瞬間的に世界がコマ送りで流れるように映り込む。その力で三毛乃は敵の動きを先読みし、愛用の銃から撃ち込まれた弾丸は、死妖霊馬の脚部を寸分違わず貫いた。
「そろそろ幕引きといこう――フォロー」
 豊の足元から炎が広がって、獣の形を成していく。顕現した紅蓮の猟犬は、五つの目を光らせながら牙を剥き、けたたましく吼えて死妖霊馬に喰らい付く。
「――嘆きの歌を紡ぎし音よ、光の鉾となりて彼の者を貫け!」
 風音の唇から紡がれる歌は、荘厳ながらも悲壮に満ちていて。魔力を帯びた歌声は、光の鉾となって具現化し――雷を纏った閃光が、雷鳴を轟かせながら死妖霊馬に降り注ぐ。
「何処に在す、此処に亡き君。鎮め沈めよ、眠りの底へ――」
 リムが放った竜の力と波長を合わせ、有理が禁忌の秘術を解き放つ。掌から創り出された幻影竜が呪文を唱え、それは哀しき調べとなって、鎮魂の願いを込めた歌が風に舞う。
「形無くとも、届けと願い。境の竜よ――御霊を送れ」
 喪失への哀しみを力に変換させた歌声に、死妖霊馬の身体は生気を失い枯れ朽ちていく。
 雷神の嘆きと竜の慟哭が重なり合って奏でる旋律は、魂を在るべき場所へと還す葬送曲となり――力尽きた死妖霊馬は光の塵と化して消え散った。

 ドリームイーターを撃破した一行は、倒れている老婦人を介抱して手当てを施した。
「はい、これでもう大丈夫ですね。とにかく助かって良かったです」
 回復処置を行ったナティルの顔から笑みが漏れ、深く安堵の溜め息を吐く。
 そんなナティルの隣では、ヴェルサが嬉しそうに『きゅっ』と鳴き声を上げ、少しはにかみながら尻尾を振って喜んでいた。
「何にせよ、無事に終わったのは良いことだ。立つ鳥跡を濁さず。思い出の家にカビが生えてしまうのは、よろしくないだろうしね」
 豊は婦人が長年住み続けた家屋を眺め、戦いを終えた充実感に満たされる。しかし次の瞬間、彼の脳裏に過ぎるのは、死妖霊馬が老婦人に取り憑く際に発した謎の呪文だ。
 その呪文には確かに聞き覚えがあった。豊は一旦頭の中を整理し直して、暫しの間思考を巡らせる。
「もし差し障りがないようでしたら、昔の思い出話を伺っても宜しいでしょうか?」
「ああ、私も話を聞いてみたいな。それと、時々遊びに来てもいいだろうか? その方が寂しさを紛らわせると思ってな」
 老婦人に対して樒が礼儀正しく尋ねれば、ナディアもゆっくり話をしたいと申し出る。二人の言葉に老婦人は顔を綻ばせ、穏やかに微笑みながら頷いた。
 話の途中、ナディアは暮れ行く空を見上げつつ。勿忘草色の瞳が映す景色の中に、褪せない未来を想い描いた。
「……私は、為すべきことを行えているでしょうか」
 風音が空の彼方に想うのは、亡くした家族の面影だ。どうか魂だけは安らかなれと、密かに願う彼女の足下に、シャティレが宥めるように寄り添っていた。
 自分にはまだ護るべきものがある。心を支えてくれる緑の小竜を、そっと抱きかかえて誓いを捧げるように目を閉じた。
 夕焼け空を飛び交っていた赤蜻蛉の一匹が、三毛乃の肩にふと止まる。
 お盆は亡くした家族を迎え入れる日で、赤蜻蛉は魂を運ぶ使いであると云う。
 夫に先立たれた後も、女手一つで子供を育てた女丈夫は表情一つ変えることなく。己の心の中でのみ、静かに故人を偲んで流れる月日に想いを馳せる。
「お盆の精霊は、ちゃんと逢いに来てくれているんだな」
 ハインツが感慨に耽りながらポツリと呟いた。それぞれの想いはあの世の家族にしっかり届いているさ、と。
 魂を迎える火が焚かれ、立ち上る煙を見守るその先で、空に滲んだ赤が鮮やかに広がっていく。
 魂との邂逅が叶う特別な日に、今生きていることの尊さを、有理は改めて深く思案する。
 ――添い遂げた命を、どうか大切に生きてほしい。
 祈りを届けるように空を仰ぎ見て、夕陽に染まるその日の色を瞼に強く焼き付けて――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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