精霊馬事件~永久に愛する人

作者:白鳥美鳥

●永久に愛する人
 上品な老女が大切そうに写真を見ている。年齢は90歳に近いだろうか? 綺麗に飾られた祭壇に写真。そして、手にして見ているアルバム。……そこには若い兵士が映っている。それを、老女はそっと撫でるように、愛しい目で見ていた。
「……貴方は、いつまでも若いままね。死に別れた時と同じ。それに対して、私は、すっかりお婆ちゃんになってしまったわ」
 老女の名前は和子。相手の青年は司郎。新婚して間もなく、司郎は赤紙の徴収によって戦地に赴いた。……却って来たのは遺骨だった。いや、遺骨すら戻ってこない人達に比べれば随分ましなのだろうけれど、生きて帰ってきて欲しかった。まだ、幸せな時間は始まったばかりだったから。
「……貴方にとても会いたいわ。一度で良い、貴方に会いたい。会いに行きたい」
 そう強く願った和子の前に、胡瓜型の死妖霊馬が現れる。何故か、和子はその出現したものが願いを叶えてくれる、そう思ってしまった。
「私の願いを叶えに来てくれたのね? 出来るなら若返って、彼の元に行きたいわ。……だって、こんなお婆ちゃんじゃ、彼には分からないもの。お願いできるかしら?」
 和子の言葉に、死妖霊馬は微笑む。
「汝が我と一つになるのならば、その願いを叶えよう。……ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ!」
 その呪文は黒い霧となって、和子に纏わりつき覆い隠し……そしてモザイクの衣を纏った若い女性の姿へと変わり、精霊馬と一体化していく。
「汝のドリームエナジーが、我に流れ込んでいるぞ。これぞ、ワイルドの力! 汝の望みが叶うまで、汝はドリームエナジーを生み出し続けるであろう。死者に会うという不可能な願いが叶うまでな」
 胡瓜型のドリームイーターと一体化した和子は、飛び去っていく。
「……司郎さん、貴方に会いに行くわ。誰よりも愛しい貴方の元へと……」

●ヘリオライダーより
「みんな、ケルベロス大運動会、お疲れ様! でも、日本に帰ってきたばかりで疲れているだろうけど……新しい事件が発生しているようなんだよ」
 そう言ってから、デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は、ケルベロス達に事件の概要を説明し始めた。
「多くのケルベロス達が危惧していた、精霊馬のドリームイーターの事件が起きているみたいなんだ。このドリームイーターは、精霊馬に『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人の願いを取り込み合体して暴れ出そうとしているようなんだよ。それで、このドリームイーターは、ドリームエナジーを奪うのでは無くて、ドリームイーターを生み出し続ける人間を取り込むことで、より強いドリームイーターになろうとしていると考えられるんだ。実際、老人を取り込んでいる状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を持つ為、なかなかの強敵になっている。それに、人間が取り込まれた状態のまま、ドリームイーターを撃破すると、大怪我、酷い場合は死に至ってしまう。気を付けて欲しい。戦闘しながら説得をしていって、老人が『死別した伴侶に会いに行きたい』という望みを捨ててくれれば、ドリームイーターの耐久力と攻撃力は元に戻る。そして、役立たずになった老人を投げ捨てるから、死亡させる危険性はなくなると思うよ」
 デュアルは状況を話し始める。
「場所は、和風の家が多い場所になる。だから、まずは他の人達へと避難誘導をして欲しい。ドリームイーターは、合体時には強い打撃力と防御力、そして素早さを誇る。まずは、守りを固めて、少しずつダメージを加えながら、和子さんを説得していくのが良いと思う。和子さんは、純粋に愛する亡き夫に会いたいんだ。だから、彼女の心に響く言葉を投げかけてあげて欲しい。上手く説得する事が出来て、亡き人に会う事を諦めてくれれば合体を解く事が出来るんだ。そして、合体の解除に成功すれば、ドリームイーターの攻撃力も耐久力も8割程度までは下がる。だから、いかに和子さんの心に響く言葉を投げかけてあげて、会う事を諦めさせてあげる事が勝利の近道だと思うよ。だから、説得の言葉は慎重に選んでね? みんなの言葉によって和子さんの気持ちが大きく左右される事を忘れないで?」
 デュアルは真剣な顔でケルベロス達に伝える。
「ねえ、死んでしまった人に会いたいっていう気持ちは誰もが持っているものだと思うんだ。だから……取り込まれてしまった和子さんを責める事は誰にも出来ないと思う。みんなが頑張れば、和子さんを救ってあげる事が出来るよ。みんなの力を俺は信じている。良い結果が出る事を、祈っているよ」


参加者
修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
葛籠折・伊月(死線交錯・e20118)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●精霊馬事件~永久に愛する人
 昼間の市街地。ここに一人の老女を取り込んだドリームイーターが現れる。近くに空き地があるという事で、地図でまず、空き地を確認してから、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)とクレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は、警察にケルベロスである事、ドリームイーターが現れる事を伝え、住民達の避難誘導の要請をした。
 ケルベロス達も、避難を呼びかけると共に精霊馬のドリームイーターを探す。
「……いた」
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は、キュウリで作られた精霊馬に乗るモザイクの衣を着た若い女性を見つけた。……探していた精霊馬のドリームイーター。あの若い女性は取り込まれた和子さんなのだろう。
 ケルベロス達は顔を見合わせ頷き確認し合うと、それぞれの動きに入る。
「прикорм――さあ、僕はここだよ」
 ロストークの言葉に、管制機『ノーリ』が作動しヒールドローン『カルティ』がドリームイーターに向かって放たれる。不意を打った事が功を奏し、『カルティ』がドリームイーターに直撃した。その攻撃を受けて、ドリームイーターがケルベロス達の存在に気が付く。
「我が名は伊月! 帝国山狗団が盾、葛籠折伊月! 死者を冒涜するものを決して許しはしない!!」
 葛籠折・伊月(死線交錯・e20118)はドリームイーターにそう宣言すると、ロストークと共に、空き地に向かい誘導を始める。
「雫、フィー」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)の呼びかけに、修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754)、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は頷くと、すぐさま空地へと向かう道にキープアウトテープを三人で協力しながら貼っていく。
「みんな、危ないから逃げて!」
「ここは危険です。慌てず避難をお願いします」
 豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)と、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は、割り込みヴォイスを使いながら、まだ近くに残っている一般人に避難を呼びかけた。
 そして、ロストーク、伊月、クレーエの三人が空き地に到着。クレーエは剣気解放を放ち、ロストークと伊月の二人がドリームイーターを空き地内に誘導していく。
「汝等、我に戦いを挑むとは馬鹿げた事を……。例えケルベロスとて、この強き力を得た我に敵うと思うのか? 直ぐに片づけてくれるわ!」
 例え、姿は巨大な胡瓜とはいえ、死妖霊馬という名の通り、ドリームイーターは素早く駆ける。駆けるそのスピードに合わせ目に見えない強烈な波の様なものがロストークに襲い掛かった。ロストークはルーンアックスで防ぎつつも、その強い力に押され、更に全身に痺れが駆け巡る。確かに相手は相当の力を得て強くなっているようだ。
「旦那さんが守りたかったものは何? その風景を目に焼き付け、思い出を沢山もって『あなたが守ってくれたものはこんなにも素敵でした』って伝えなきゃ」
 クレーエは重い蹴りを繰り出すも、ひらりとかわされる。しかし、彼の目的は和子に言葉を届ける事。攻撃が当たろうと当たらまいと、言葉さえ届けば良い。大切な人を亡くしながらも生きてきた和子に尊敬にも似た想いを乗せて。
「わ、始まってる! 直ぐに援護するよ」
 走り寄ってきたフィーは、七色秘薬『蒼』を使ってクレーエ達の集中力を高めながら、精霊馬に乗る和子に言葉を投げかける。
「どれほど焦がれても今迄生き抜いてきたのは、きっと、彼が国に残した和子さんを想い戦った事を知ってるから、だよね? だからこそ思い直して欲しい。こんな形で、寂しさを抱えて向かおうとするんじゃなく、慕ってくれる家族と、司郎さんの想いを大事に生きて」
 いつか迎えに来た彼と、貴方のおかげで幸せだったって、笑い合えるように。そう想いを込めながら。
「婆さん」
 そう声をかけながら、ハンナは変形させたドラゴニックハンマーから砲弾を撃ち込む。
「積み上げてきたものを取っ払って愛する男に会いに行くのかよ。こんな形で最期を迎えて会いに行っちまったら、旦那はどう思うかね。訳の分からんヤツの戯言に騙され、殺されちまったら悲しむんじゃあないか」
 強い言葉だが、それはハンナなりの強い気持ちの表れでもある。
「和子さんが旦那さんを大切に想う気持ちは、とても素敵です。……だからこそ、最後まで胸を張って生きて下さい。それからたくさん土産話をしてあげた方が、旦那さんは喜んでくれるはずです。それに……もしも和子さんが急にいなくなってしまったら、姪御さんやそのお子さん達が悲しむでしょう?」
 和希は重い蹴りをドリームイーターへと叩き込みながら、和子が大切にしている姪達の話を混ぜて伝えた。
「愛していた人がいなくなる悲しみや辛さはあなたがよくわかっていると思います。今あなたが突然いなくなれば、そういった思いを姪御さん達にも味わわせることになります。自分に会いに行くために新しい悲しみを作る……、そんなこと司郎さんは望んでいないのではないでしょうか?」
 続けて、雫の重い蹴りもドリームイーターに叩き込まれた。雫は知っている。自身の大切な人……姉を亡くした悲しみを。だから、精一杯の気持ちを込めた。
 ドローンを展開させながらロストークも和子に言葉を投げかける。
「護りたかった人が自分に会いたくて早まったことをしたら、僕なら、かなしくてつらくて、やりきれないよ。和子さんは、司郎さんが何を護ったのか知っているはずだろう?」
 ロストークは護りたい大切な弟妹がいる。だから、彼女の夫が護りたかったものは分かるつもりだ。一方で、気高きボクスドラゴンのプラーミァは、自身の大切な主人、ロストークを回復していった。
 姶玖亜はハンナ達に黄金に輝く加護を与えながら呼びかける。
「若返っても、大事な人に会えるかなんて確証はない。それに、そんなことをしたら、今まで大事にしていた思い出を……思い出を抱いて積み重ねた時間を、否定することになると思うんだ。それよりも、折角生き残ってるんだから、できることを悔いの残らないようにやってみる方が、大事な人も喜ぶんじゃないかな」
「和子さん、そのドリームイーターはあなたの願いを叶える気なんてない。そんな方法で会いに行っても、司郎さんはきっとあなたを笑顔で迎えてくれない。それだけじゃない、この世に残された姪御さんたちだってこんな別れ方は絶対に悲しむよ」
 伊月の攻撃はドリームイーターにかわされてしまうが、和子に精一杯の言葉を届ける。彼女の大切な人達を思い出して貰えるように、と。
 ケルベロス達の言葉が和子に届いたのだろうか。精霊馬に乗っている女性の様子が可笑しい。かなり動揺している様である。
「動揺するでない! 汝の願いは我が叶えると言ったであろう!」
 その動揺が伝わったのか、ドリームイーターが苛立たしく声を荒げている。ケルベロス達に向き直った。
「汝等がくだらぬ事を言うから……その口、塞いでやろう!」
 ドリームイーターの言葉と共に、周囲が暗く寒くなっていく。それは、まるで永遠の眠りを誘う様で……それに誘われかけた姶玖亜を、伊月が盾となり、それを防ぐ。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
 自らの代わりに意識が混濁していく伊月に姶玖亜は礼を言う。
 しかし、和子が動揺しているのであればチャンスである。
「例え齢食った状態で会ったとしても、あんたの魅力はきっと変わらないと思うぜ。たった一人を愛し生き抜いたあんたのことを見て、分からない訳ないだろ。最期までその強さを貫いて、往生した後に会いに行けよ」
 ハンナが駄目押しする様に和子に呼びかける。イイ女じゃあないか、その想い乗せて。
「……そうね。まだ会いに行くには早いわね。可愛い姪達や色々な話……そして、こんなにお婆ちゃんになるまで生きたのよって笑って会わないとね」
 囁くような言葉が聞こえた。上品な声色で。
「お、おのれ!! 役に立たぬ汝などいらぬ!!」
 精霊馬が暴れ出す。落馬する様に女性が落ちてきた。それを見て、フィーが女性の元に駆けつけ抱き留める。腕の中には白髪の上品な老女が微笑むように眠っていた。それにフィーは優しく微笑む。
「……お帰り、和子さん」

「おのれ、おのれ、おのれ!!」
 和子を抱き留めるフィーに向かって、狂ったように精霊馬が駆けていく。それをルーンの光が煌めき受け止めた。それはロストークのルーンアックス。
「そんな事はさせないよ」
「そして、終わりはそっちだよ」
 クレーエは和子を失った精霊馬のドリームイーターにゾディアックソードを向ける。そして、重力を乗せてドリームイーターを十字に斬りつけた。
「目を覚ましな」
 その間にハンナはオーラを放ち、伊月を回復する。
(「人の想いを、よくも……ッ!」)
 強い気持ちを持ち前の冷静さで抑えつつ、和希は狂気を滲ませた青い瞳でドリームイーターを見据える。その怒りをより冷徹なものに変えると、その心に呼応するように黒白の精霊がドリームイーターに襲い掛かかった。そして、狂う様にドリームイーターを破壊していく。
「人の思いにつけこむなんて最低なことです!」
 雫はそう言い放つと、氷の騎士を召還してドリームイーターを凍てつかせた。その間に姶玖亜はロストークに御業を放ち、その傷を癒していく。
 回復を受けたロストークと伊月は共に動き、ドリームイーターへと重い蹴りに加え、アームドフォートによる砲撃を与えた。
 ふらふらの精霊馬のドリームイーターは、自らを闇に包み込み回復に回った。だが、そんな時間は与えない。クレーエの輝きを放つ重い蹴りがドリームイーターへと叩き込まれ、更にハンナのオーラの弾丸が撃ちこまれた。
 そして……最期に誰よりも冷たい目をした和希の鋼の拳がドリームイーターを打ち砕いたのだった。

 フィーが優しく抱いていた和子に、ロストークと姶玖亜、そしてフィーも加わってヒール等で介抱していく。和子の頬がほんのりと赤く染まりゆっくり目を開けた。
「……あら? 私はどうしたのかしら……」
 意識を取り戻してくれて、ケルベロス達はほっと息をつく。
 和子はケルベロス達を見回すと微笑んだ。
「……どうしてかしら。私、貴方達を知っているような気がするわ……」
 和子はドリームイーターに捕らわれながらもケルベロス達の声を聞いていた。その言葉を覚えていなくても、その事を何となく感じているようだ。それが、ケルベロス達は嬉しい。自分達の言葉が、きちんと彼女の心に届いていたのだと分かるから。
「和子さん、これをどうぞ。寂しい想いが過る夜にも、貴女を癒してくれますように」
 フィーはマモリフクロウを和子に渡す。それに嬉しそうに和子は微笑み受け取ってくれた。
「ありがとうございます。……とても嬉しいわ」
 ハンナは煙草に火をつけ、空を見上げる。彼女の夫はこの出来事をどこかで見ていただろうか? 青く澄みきった空と太陽は優しく皆を見ているような気がした――。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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