夏の夜に鳴くガラス風鈴

作者:ハッピーエンド

●螺旋忍軍の企み 
 からみつくような、不快な熱気がまとわりつく熱帯夜。古びたアパートの一室に、氷のような冷たい声がひびいた。
「あなた達に使命を与えます。この街に、興味深い遍歴を持ったガラス風鈴職人がいる様です。風……、燐……。その職人と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 螺旋が描かれた仮面を被る女性の命令に、日本刀を握るサーカス団員のような姿をした風と、螺旋手裏剣を握る道化師のような姿をした燐は、不敵な笑みを浮かべながらうなづいた。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 風と燐は声を残し、音もなく姿を消した。彼らの信じるミス・バタフライのために――。

●バタフライエフェクトを阻止しよう
「赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)様から頂いた情報をもとに捜査した結果、新進気鋭のガラス風鈴職人がミスバタフライに狙われる事件が予言されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、心なしかいつもより少し落ち着かない表情をしていた。
 その視線の先には、明らかに慌てふためくハニー・ホットミルク(シャドウエルフの螺旋忍者・en0253)と、それをなだめる緋色の姿があった。
「今回のターゲットは、あの神堂誠路さんなんですか? 元プロボクサーを電撃引退し、そのままガラス風鈴職人になったという」
「ええ、どうやらその神堂誠路さんの様です。とても説明くさいですね」
「わぁ~。ボク、神堂さんの風鈴大好きなんだよね。あの澄んだ音色が、お茶の雰囲気によくあうんだ~。……って、狙われちゃったの!?」
 ハニーは緑色の髪の毛を揺らしながら頭を抱え込んだ。困ったような瞳を投げかけるセリカに、緋色が首をひねりながら聞く。
「私、その人のことよく知らないんだけど、なんでプロボクサーを辞めてガラス風鈴職人になったのかな?」
 答えようと口をひらいたセリカを制して、ハニーは待ってましたとばかりに頭をあげた。
「そこなんだよ! 神堂さんには、有名なガラス風鈴職人のお父さんがいてね! そのお父さんが不治の病にかかって、跡継ぎを探しても見つからなくて、どんどん衰弱していってね!」
「ってことはまさか!」
「そうなんだよ! 神堂さん、結局しばらく悩んだみたいなんだけど、ベルトのかかった試合をキャンセルして、『親父の笑顔が俺の一番巻きたいベルト』って電撃引退したの!」
「粋だ!」
「粋なんだよ! だからかな。とっても澄んだ綺麗な音がするんだよ! 神堂さんの風鈴は!」
 緋色とハニーは、目の前に突き出した互いの手をしっかり握りながら、エキサイトしていた。横からコホンという咳き込みが聴こえる。
「護るべき方の人格はよく理解いただけたと思います」
「そうだね」
「うん」
「ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大した事は無いのですが、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないバタフライエフェクトというものになります。今回の事件は、ガラス風鈴職人様の所に2人組の螺旋忍軍が現れ、仕事の情報を得たり習得した後に殺そうとしてしまいます。この事件を阻止しないと、風が吹けば桶屋が儲かるかのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いのです」
「いつものパターンだね」
「いつも通りの説明だね」
 ニッコリ微笑むセリカの口元が、少し引きつった。
「では、この後どうすればいいのか、想像はつきましたか?」
「職人さんを保護して、螺旋忍軍の撃破だよね! まかせろー!」
 元気よく手を上げた緋色のボリューミーな赤毛が、ピョコンとはねた。セリカは、今度は優しく微笑むと、嬉しそうにうなづいた。
「それでは、螺旋忍軍との接触方法について説明いたします。狙われる職人様を警護し、螺旋忍軍と戦う事になります。警護するよりも、職人様を逃がしてしまえばいいと思われるかもしれませんが、職人様の姿が見えなかった場合は、螺旋忍軍が別の対象を狙ってしまいます。その場合は被害を防ぐことができなくなってしまいますので、ご注意ください」
「職人さんの偽物になればいいのかな?」
「それも一つの方法ですね。その場合は、職人様に事情を話して仕事を教えていただき、ガラス風鈴職人を装って囮となればスムーズでしょう。技能を教えると提案して螺旋忍軍を生徒とし、隙を作り出し不意打ちするというのも手です。彼らは真面目な性格ですので、無茶ぶりをしても素直に言うことを聞くでしょう。幸い緋色様のおかげで余裕のある予言ができています。頑張って修行をしていただければ、見習い程度の力量になれることでしょう」
「無茶ぶりね……」
 ニヒッと緋色はイタヅラっぽく笑った。
「螺旋忍軍は、日本刀と螺旋手裏剣を使う2人組のようです。襲いに来るのは夕方。戦闘場所は庭となります。私有地での戦闘ですので、人払いの必要はありません。囮が成功した場合は、有利な状態で戦闘を始める事が可能となるでしょう」
 セリカはケルベロスたちに資料を手渡して回った。同時に、ハニーが嬉しそうにお茶と和菓子を配る。香ばしいお茶の香りと甘い和菓子の匂いが、優しくヘリポートに漂った。
「ケルベロスの皆さん、最初の羽ばたきさえ止めてしまえば、バタフライエフェクトも恐るるにたりません。どうか、よろしくお願い致します」
「まかせろー!」
 丁寧に頭を下げるセリカに向かって、緋色は和菓子を頬張りながら朗らかに笑った。他のケルベロスたちも任せてくださいとばかりに胸を叩く。そのままワイワイとケルベロス達は作戦会議を始めた。その横では、ハニーがアラレをサクサクかじりながら、空を仰いでいた。
「あ、でも、ひょっとして神堂さんに教えてもらった風鈴を、持ち帰るチャンスなんだね。お茶にあう風鈴とか、作らなきゃだね~♪」


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)
テトラ・カルテット(碧い小鬼・e17772)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)

■リプレイ

●風鈴を作ろう
 工房の扉を開くと、熱気が頬を撫ぜた。
「うおおぉぉッ!! あっちーーッッ!!」
 上着が宙を舞った。鍛え抜かれた肉体が姿を現したかと思えば、もう右手には、とも竿が握られている。透明な棒を演武でもするかのようにヒュンヒュンと振り回したかと思えば、息つく暇もなく棒は炉に突き刺され、引き戻され、流れるように風鈴が形作られていく。トロンボーンのように棒を吹き付ければ、シャボン玉のようにガラス玉が膨らむ。頭部分をパカリと外すと、
「まぁ、こんなもんよ」
 あっという間に風鈴のガラス部分が完成し、ケルベロスたちの前にコトリと置かれた。
「見せ、させ、褒めて、伸ばすのが神堂流だ。さぁ、手取り足取り褒め殺してやるからな! 覚悟しやがれ!」
 そんなこんなで修業の日々が始まった。
「ガラス風鈴って作ってみたかったんだよね。きっと膨らませる工程が重要だから、ここを重点的に習いたい感じ」
 赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)は、炉から取り出したガラスを膨らませ、目をキラキラ輝かせている。力を入れすぎれば破裂し、弱すぎれば形が崩れてしまう。なかなか加減が難しい。燃える。
「職人様の技術。ものにさせていただきます」
 天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)が微笑んだ。繊細な手つきで、手の中のガラス風鈴に白いカーネーション描いていく。
「ふふ、こういう普段できない作業には興味があるね。特にガラス細工は私にとっては少し珍しいもの。上手く囮になれるようにというだけでなく熱心に取り組むわ」
 岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)が、クスリと笑った。ガラス風鈴に紐を通し、舌と呼ばれるガラスと接触する部分を弾いて音を確かめる。
「風鈴、いい音色よねぇ…少し日が傾いてきた時に風が吹いて、ふっと風鈴の音が響くとなんとなく癒される気がするわ」
 日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)も、ガラス風鈴を茜色に染めながら、ホフゥと息をついた。
「好きな物をモチーフにすると、より一層いい物にしねえとって気合入っていいな」
 八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)は、作った風鈴をズラッと並べ、一つ一つ音色を確かめては首をひねり、確かめては首をひねっている。
「暑苦しい男だが、教え方はなかなかのものだ」
 グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)は、教わった内容をびっしり書き込んだメモを熟読しながら、風鈴製作の手順を確認していた。誠路に冷たい水を差し入れた時に、酷く暑苦しい目にあわされたことも忘れはしない。
「話に聞くだけでもとっても家族想いな神堂さん。お父様を亡くしてからも風鈴に直向きな姿勢…とってもとっても素敵なの。そんな人に教えて貰うんだから手なんて抜けないね。あとイケメンさんですしー!」
 テトラ・カルテット(碧い小鬼・e17772)は風鈴の短冊に付けた手足をパタパタ躍らせながら、ふにゃぁと顔を緩ませた。ウイングキャットのエチルも軽快なリズムで風鈴を撫でている。
「この音色は私の愛する姫も好むもの……」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)は、愛する姫を思い浮かべながら誠路に手ほどきを受けていた。完成する風鈴は、きっと虹の薔薇が咲いたように美しい風鈴だろう。
 ケルベロスたちは互いに相談し、分からないことは質問をした。修行が終われば大浴場で疲れを癒し、懐石料理に舌鼓をうった。あぁ、充実した日々よ。一つ工程がうまくいくたびに、自分のことのように喜んでくれる男がいるのも悪くない。
 思えば誠路の説得は楽だった。テトラが、
「とっても男前な職人さん! お仕事教えてくーださーいなっ☆」
 と言えば、
「なに!? 男前!? じゃあ仕方ねぇな!」
 これだけで済んでしまった。説得をしようとしていたグレッグ、爽、カノンは、思わず顔を見合わせたものである。

●響き合う清音
 決戦の日がやってきた。8人が完成させた風鈴は、どれも店に出して恥ずかしくない逸品で、誠路はお前らも俺も超凄ぇと、しきりに頷いていた。
 響の作った風鈴は、ガラスにも短冊にもアイヌ紋様が塗りこめられたもので、音色は邪を祓いそうな程、清らかだった。風に舞うアイヌ紋様を見つめ、響は大切な故郷の空へと思いを馳せた。
 遥彼の作った風鈴は、夕日に染められた茜色の水槽の中を、泳ぐ金魚。遥彼は頬杖をつき笑みを浮かべながら、嬉しそうに風鈴をつついて揺らした。
 アレクセイは、虹の薔薇が咲いたように美しい風鈴を愛を込めて創りあげた。風鈴も短冊も、愛しき相手をモチーフに作られている。音色は、歌手として活動する彼女の歌声の様に愛しく甘い。
 テトラの作った風鈴は、周りと一風変わっていた。
「ガラス部分はデフォルメあたしの頭。短冊はあたしの首から下、足まで全身。手の形に切り取ったのを短冊に張り付けて、風鈴テトラ! 風に吹かれてパタパタはしゃぎます。やはっ、美少女はどんな形になっても可愛いねぇ♪」
 本人がはしゃぐその風鈴は、思わず元気が沸いてくる風鈴であった。テトラは風鈴を片手に自分も踊り、エチルも風鈴目掛けて飛びつき踊った。
 カノンの風鈴は、何よりも大切な一人の友人を想いながら作られた風鈴だった。透明な翡翠色の硝子に、白いカーネーション模様。短冊にはお洒落な文字で想い人の名前が。風に舞えば、歌うように響く。カノンは風鈴の奏でる快活な響きに大切な人を思い浮かべ、幸せそうに笑みを零した。
 グレッグは最も誠路に助言を求めたうちの一人だ。基礎から一つ一つ、丁寧に技術を自分のものにした。最も苦心したのはその音色。出来上がった風鈴は、見るものを涼やかな気分にさせる色合いで、聴く者の心を澄み清める、綺麗な音を奏でるものだった。グレッグは風鈴の響きに耳をすまし、静かに目を瞑る。気だるげなその姿には、どこか哀愁が漂っていた。
 緋色も、誠路の袖をシッカと掴んで離さなかった。膨らませ方に、切り方。色の付け方、飾りの付け方など質問攻めにした。出来上がった風鈴は、赤い風鈴。周りを包む波紋の飾りが美しく、短冊がしっぽのように揺れ、まるで金魚が泳ぐかのように見える小江戸風の風鈴。緋色は、はためく金魚を見つめ、達成感に『ひゃっふー!』と喜びを爆発させた。
 爽もまた、抑えきれない情熱を風鈴にぶつけきった。理想を追求し誠路と試行錯誤しながら作った逸品。自身がファンであるバンドの『革命』をテーマに歌われた楽曲をイメージに。透き通ったガラスは、赤×紺×金で力強くも華やかに彩られ、短冊は黒翼と白薔薇がコントラストを付けている。爽は遂に自分の追い求めた、芯のある凛とした音にたどり着くと、目を見開いて、拳を高々と突き上げたのだった。

 ケルベロスたちは、昼食を取り終えると、鉱石ランプを片手に階段を下っていた。最後の仕上げがあるらしい。深い螺旋階段を下っていくと、目の前にはくすんだ大理石の扉があり、スライドさせると驚いたことに洞窟が広がっていた。
 ヒンヤリとした空気。中に入ると、靴の音が反響する。鉱石ランプの蒼い光に照らされ、まばらに生えたヒカリゴケが淡くエメラルドに煌めいた。
 ちりーん、ちりちりーん、ちりーんりーん。
 静寂の洞窟に、澄んだ音色が響き渡った。見上げれば、ケルベロスたちが作った風鈴が、宝石のように揺らめいている。
 響き方の違うそれぞれの風鈴が決して同じ音ではなく、一つ一つ音階を持ち、求めあうかのように木霊する。あるいは元気に、あるいは清らかに、あるいは力強く……。鳴り響く音、音、音。
 最後の音の余韻が終わり、
「風鈴ってのは魔除けとも言われていてな。お前たちの護りになってくれるといいんだが……」
 誠路は沁みるような低い声で囁くと、身を案じるように皆の頭をポンポン優しく叩いて回ったのだった。

●奇襲
 山裾へと下っていく太陽が、大地を茜色に染め上げた。
「風燐の二人組が来たら…特徴的な恰好だし、多分すぐにわかるかしら?」
「どんな面白い恰好のが来ても、小江戸の緋色にお任せだよ!」
「あ、エチルは敵来たら隠れててね?」
 遥彼、緋色、テトラが玄関のドアスコープから、家の前の坂道を覗いていた。
「夕方、ねぇ…奇しくも私の風鈴のイメージと被ってしまっているけれど…ちりんと鳴る風鈴の音を聞きながら応対しましょうか」
 遥彼が微笑むと、来客を示す風鈴の音が響いた。同時にエチルが軽やかに木箱の中にもぐり込み、身を潜める。
「御免。我ら二人、風鈴修行に命を燃やす求道者なり。名を風と燐。したり、風鈴を修めるため生まれ出でた存在なり」
 ケルベロスたちは不敵に笑う螺旋忍軍を迎え入れ、自分たちが皆合わせて神堂誠路であると説明した。始めは怪訝な顔をしていた風燐も、鮮やかに風鈴ガラスを膨らませるケルベロス達の姿を見ると、感嘆の声を漏らし得心したようだった。
「まず自分達が作る物の良さを理解する所から始めるといいだろう。外に風鈴を用意してある。静かに目を閉じ音を聞き分けてみろ」
 グレッグが先陣を切った。
「そうそう。実際に風鈴の音を聞いて、その音を出せるように作るんだよっ」
「音の聴きわけは風鈴を作る上でも大切なことですからね」
 すかさずテトラとアレクセイが援護射撃をうつ。日本庭園のような見事な庭で、緋色が吊るした大小様々な風鈴が、澄んだ音を響かせていた。
「脱力して、鈴の音に耳を傾けて。きっと、違いがわかると思うから」
 イタヅラっぽく笑う響の提案に、風燐コンビは肩の力を抜いた。
「形とか大きさで音色変わるから聞き分けてみてね。余計な情報を遮断するために目を瞑って神経を耳に集中して。風がなかったらなんやかんやで吹かせるから」
「ほら、目を閉じて耳を澄まして? 鈴の音色は心の音色。今、貴方達の心にはどう響いているのかしら?」
 緋色と遥彼が指示すれば、その横では、カノンが目を瞑り、風鈴の音に身を委ねている。風燐は真似するように目を閉じた。
 すると、どこからともなくヒュ~ドロドロドロ~といった音が漂ってくる。
「今、変な音がしなかったか?」
「然り。涅槃の淵よりい出し怨嗟の呻きが聴こえた」
「ま、まさか幽霊!?」
 思わず動揺し目を開ける風燐だったが、
「はァ? 幽霊? 寝ぼけた事言ってねえで集中しろ」
 飄々とした態度の爽に促され、不満気に目を閉じた。不条理感に、集中力を乱された様子である。それを見て、爽はスマホを後ろ手に隠しながら、したり顔で笑った。

●戦いのロンド
 前衛を光の粒子が包み込んだ。全身を神々しく輝かせた響の金色の瞳が、仲間に奇襲を促す。
「どんな力も使いようか……援護する」
 不愛想な声と共に、グレッグの左腕を補う静かに揺らめく蒼炎が味方に纏わりつき、その身を守護する盾となった。大気に陽炎が揺らめく。
「ふはははー、罠にハマったな忍者どもめー。実は私たちケルベロスだったのだー!」
 光り輝かんばかりに満足気な顔で胸を張る緋色の後ろで、爆炎が上がり、撒き上がったカラフルな爆風が前衛のテンションを刺激した。
「ケルベロスだと!?」
 目を見開いた風の眼前には、竜砲弾が迫っていた。
「ぐあっ!」
 砲弾を射出したアレクセイの漆黒の黒髪が風に舞う。無防備な状態で攻撃を受けた風が転がり、膝をついた。
「悪いな。あの幽霊、俺だったんだぜ」
 茶目っ気のある声に風が振り向くと、今度はオーラの弾丸が幽鬼のように大口を開け飛び掛かってきた。
「ぐぅッ!」
 攻撃を放った爽はペロっと舌を出している。風は弾かれ、大地に線を残した。
「神堂さんのお父様との大切な記憶や技術、それを汚すような真似はこの私が断罪いたします」
 憔悴する風に向かい、カノンが銀髪をはためかせ、如意棒を薙ぎ払った。
「がああぁっ」
 地獄の炎弾が着弾するや、その生命力がむさぼられる。
「美少女親衛隊のみんな~、ポイント稼ぐチャンスだよ~♪」
 ピョコピョコと愛らしい水色の猫耳を揺らし、テトラが手を広げると、霊気を帯びた紙兵がザザッと前衛を護るように立ちはだかった。その横ではエチルも手を広げるように羽ばたき、邪気を祓っている。
「ふふ……、風鈴の作り方が知りたいのよね? それなら、戦闘中も優しく教えてあげるわ」
 遥彼は倒れる風の前に、ゆらりと立ちはだかった。
「まずは風鈴の気持ちを知る為に声をあげてみましょう? ちりん、ちりんと甲高い悲鳴を聞かせて?」
「いーやー!」
 悲鳴を上げる風に、ドラゴンの幻影が襲い掛かる。
「手取り足取り…私が全部、貴方を奪ってあ・げ・る♪」
 先ほどまでの優しそうなお姉さんはどこへ行ってしまったのか。ヤンデレ笑顔を貼り付かせる遥彼の眼前で、風はプスプスと焦げ付いた。
 その刹那、庭木の陰から超高速のなにかが突き抜けた。
「ガ……ッ!」
 稲妻を帯びたソレは、サポートに駆け付けた木下・昇だった。
 苦悶に顔を歪める風を尻目に、響がハニーに目配せをする。ハニーはうなづくと、響に魔法の木の葉を纏わせ、クッキーは風に向かい、炎のブレスを吐き出した。
 燐は、冷静な表情で風を抱えて間合いを取った。風が苦悶に呻く。
「風燐コンビの正体見たり。風前の灯火コンビってな。……いよいよか?」
 風がククッと自嘲気味に笑った。
「しかし、矜持は見せねばなるまい」
 燐が不遜に笑うと、風もつられ不敵に笑い――、
「さぁさぁさぁさぁ! 我らいなせな風燐コンビ! 西に行っては人を斬り、東に行っては闇を焼く! 盛者必衰因果応報! どうやら今宵が最後の死合! 最大最後の死に花を! あ! 咲かせましょう!」
 口上と共に掲げられた手が揺らめくと、風燐の身体が波打ち、幾重にも薄ぼんやりとした人型を増やした。
 爆炎が轟いた。斬撃が煌めいた。癒しの光が輝き、連携を促す叫びが戦場を駆けた。
 響の古代語魔法と斬撃が敵の自由を奪う。爽のナイフが光の角度で彩りを変え、具現化した災厄を降り下ろす。アレクセイの振るう鎌が敵の装甲を削り取り、裁きの雷が敵を焼き焦がし、なぎ倒す。
 グレッグが、カノンが、テトラが、エチルが、己の身を盾とし仲間を庇いながら、回復と強化を補いつつ、手が足りているとみるや果敢に打ち込んでいく。
 緋色は的確な判断で仲間を癒し、強化し、遥彼は恍惚の表情を浮かべながら、押しの一手でドラゴンの幻影と鎖を振り回している。昇は距離を取り、弾丸を敵の足元に撃ち続けていた。
 隙の無いコンビネーションに、時、経たずして、風が散った。燐もジワジワ追い詰められていく。
「強い! 強い剛い毅い!」
 最後の力を振り絞り、一撃を放つ。空中に刃の豪雨が降り乱れた。
 しかし、テトラとエチルが軽やかに攻撃に割り込む。
「ふふふ、これぞ美少女あたしと美にゃんこの盾! いたぁい」
 美女と美にゃんこは共に眉根を寄せると、額を両手で押さえてみせた。
 燐は力を使い果たし、諦めともとれる笑みを浮かべる。
 響の詠唱によって降り注いだ魔法の光線が燐を包み込み――、
「我、風と共に去りん……」
 戦いの喧騒が止んだ。

●風そよぐ
 戦いが終わると昇は姿を消した。
 響、爽、緋色、遥彼はスイカを食べながら風鈴の音に聞き入っている。
 ヒールを終えたアレクセイは、鈴の音色に目を閉じた。風鈴に込められた想いが音色を彩っているかのようで心地良い。
「まるで私の姫の歌声のようです……」
 口を開けば、零れるのは愛しの妻である薔薇の姫への愛の言葉。アレクセイは風鈴の音色を聴きながら、風鈴を軒先に飾り、愛する妻とこれからも過ごすであろう穏やかな午後を思い浮かべ微笑んだ。
 同じようにヒールを終えたグレッグは、静かに風鈴の音に耳を傾けていた。過ぎし日への想いを胸に秘め、今はただ鈴の音に身を任せる。綺麗な音色で本当に心が洗われたら良いのにと、空を仰ぎながら。
 一方、カノンは受け取った風鈴を両手に包む。透き通った翡翠色の硝子に、白いカーネーションの模様が美しい夏の風物詩。
「すごく、すごく大事にしますね」
 想い人の姿を瞼の裏に浮かべ、愛し気に、愛し気に、胸に抱いた。
 優しい瞳でカノンを見守っている誠路の姿を、背後から見つめる4つの瞳があった。
「フランクさと暑さは寂しさの裏返し…だったり?」
 テトラとエチルは一緒に首を傾げる。と、良いこと思いついたとニッコリ笑い、誠路に後ろから飛びついた。
「あたしの騒がしい風鈴、貰ってください新堂さん! それを見てあたしの笑顔を、音で鈴の鳴るような声を思い出してねっ☆」
 誠路は、楽しそうにパタパタ踊るテトラの風鈴をしばし嬉しそうに見つめ、そのまま視線を、テトラ、エチル、響、爽、緋色、遥彼、アレクセイ、グレッグ、カノンと移動させた。
「ありがとな。鈴が鳴るたび思い出すぜ!」
 暑苦しい大きな手のひらが、テトラとエチルの頭をくしゃくしゃにしていった。
「やはー! また是非会いましょーう!」

 風がそよぎ、短冊が舞い踊る。月明かりに照らされ、ほのかに煌めくガラス風鈴が、涼やかに夜空に鳴き声を上げる。
 ちりん、ちりーん。
 鳴り響く風鈴。その下で命の音も鳴り響く。ケルベロスは今日もまた一つ、命の音色を護ったのだった。

作者:ハッピーエンド 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。