精霊馬事件~ライド・トゥ・ヘヴン

作者:鹿崎シーカー

 消毒液の匂いが鼻をつく。病床に伏せた老人は、うっすらと目を開けた。視界には相も変わらず白い天井。つるされた点滴と、耳には心電の音が聞こえる。再び目を閉じれば、胸から弱々しい心拍が伝わってくる。
 死期が近いか。老人は頭の奥で思索を巡らす。病院のベッドで横たわる、自分のそばには誰もいない。隣に来るような人間は、皆死んだ。自分も今から死ぬのだろう。清潔なシーツの上で、老人は諦めじみて結論を出す。そうして眠りかけた、その時。
「目覚めよ」
 突如降って来た声に目を開く。代わり映えのしない真っ白な天井。自分とそれの間に、四足歩行動物めいて割りばしの刺さった巨大なナスが浮遊していた。目を見開く老人の前で、ナスはノイズ混じりのラジオじみた声を発する。
「目覚めたか、死にゆく者よ」
「なんだ、お前は……」
 呼吸器越しのくぐもった問いに、ナスは耳障りな声で答えた。
「我こそは精霊馬。死にゆく者よ、お前の願いを聞き届けに来た」
「……私の、願い……?」
「左様、お前の願いだ。死にゆく者よ、最後の願いを言うが良い。我が叶えてくれようぞ」
 老人は黙り、数度まばたきを繰り返す。一分ほど経て、彼は声を絞り出した。
「願い……なんでもいいのか」
「良い。なんでも願え」
 一度目を閉じ、息を吸う。再度目を見開くと、老人は切実な声音で告げた。
「家族に、会いたい……私より先に逝った、家族に……会わせてくれるか」
「よかろう。なればこそ、我ら盟約を交わさん。ギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラギュバラ……」
 直後、精霊馬は何事か呪文を唱え始める。しなびた紫の実から黒い靄があふれて下り、病床の翁を包み込む。うごめくそれが晴れた後、そこには老人ではなく、モザイク製陣羽織を着た青年が己の手を見下ろして立っていた。
「これは……この姿は……!」
 モザイクを着た青年が浮き上がると同時、精霊馬はくるりと振り向く。
「乗るが良い、盟約の者よ。お前の願いが我を走らす。願う限り、永遠に」
 青年は手を伸ばしてナスのヘタに触れてまたがり、ヘタに向かってささやきかける。
「さあ、家族の元へ連れてってくれ。出来るのだろう」
「叶えたければ、願い続けろ。お前の夢が我の力だ」
 そう言って、精霊馬は割りばしの足で空を蹴る。そのまま中空を走って徐々に加速していき、天へ向かって走っていった。


「運動会終わって早々なんだけど……何これ外道」
 資料を見下ろし、跳鹿・穫はしかめっ面でつぶやいた。
 運動会終了直後ではあるが、ドリームイーターの出現が確認された。
 盆休みに乗じて現れたこのドリームイーターは精霊馬の姿を模しており、『若返って死別した伴侶に会いたい』という願いを持つ老人を取り込み暴れ出そうとしているらしい。
 この精霊馬、これまで他者から夢を奪い続けた個体群とは違い、ドリームエナジーを奪うのではなくドリームイーターを生み出す人間を直接取り込むことで自身の強化を図ったようだ。
 皆には今回、この精霊馬のドリームイーターを討伐してもらいたい。
 今回の戦場は、被害者の老人がいた病院に隣接する広場。人影はなく、これといって障害物も存在しないが、病院が近くにあるのでそこだけ注意が必要となる。
 精霊馬のドリームイーターは、老人を取り込んだことで高い実力を発揮する。単純なパワーと耐久性を持ち、精霊馬に乗った老人が放つモザイクの弓矢と連携して戦う厄介な存在だ。しかも、このまま倒せば老人はただでは済まず、最悪死亡することすら考えられる。
 これに対する対処法は、老人を説得して彼の夢を捨てさせること。精霊馬の力の源は老人の『死んだ家族にまた会いたい』という願いであるため、これがなくなれば精霊馬は自ら老人を捨てた上で大きく弱体化する。こうなれば精霊馬は力を十全に扱えなくなり、老人が巻き添えに死ぬこともない。
「死んだ大事な人に会いたいって気持ちはわかるんだけど……それは絶対、都合よく利用していいものなんかじゃない。こんな性悪ドリームイーター、やっつけちゃって!」


参加者
ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)
カーネリア・リンクス(黒鉄の華・e04082)
シュテルン・プラティーン(天衣無縫フルメタルクルセイダ・e09171)
浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
佐々・木佐木(寄せ斬り鎖使い・e37861)

■リプレイ

 割りばしの足が宙を蹴る。巨大な精霊馬に揺すられながら、モザイク羽織を着た青年が後ろを向いた。モザイク弓を引き矢を放つ。飛来する矢を見据えた浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)は重騎士めいたバイクのアクセルを踏む!
「行け!」
 バイクが炎に包まれ急加速! 青年は矢を砕いて迫るバイクの真上を三連続射撃。希里笑の頭上を飛び越えた矢は百八十度方向転換し希里笑に飛翔。相乗りしたソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)は拳を握ってジャンプした。
「うおらッ!」
 三連パンチが矢を破壊。苦い顔をする青年にナスが声を投げかける。
「盟約の者よ」
「どうした。……ムッ!」
 前を向いた青年の視界に黄色いテープの壁が飛び込む。その前にたたずむのは尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)とミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)。
「おう、来やがったな」
「ギリギリでしたが、迎撃準備は整いました。さて」
 精霊馬を見据える二人に、地面を転がり膝立ちになったソルが声を張る。
「広喜、ミシェル! 手を出すなよ! 出すのは爺さんの無事を確認してからだ!」
「わァってるよ! とりあえず……」
 精霊馬が高く跳躍。乗り手の青年は広喜とミシェルを弓を向け、大量の矢を一度につがえた。引き絞られる弓の弦!
「膝突き合わせねえと始まんねえよなぁ!」
 直後、エンジン音が鳴り響きテープの壁を一輪バイクが飛び越える。ヨタローにまたがったシュテルン・プラティーン(天衣無縫フルメタルクルセイダ・e09171)とカーネリア・リンクス(黒鉄の華・e04082)は射線へダイブし、放たれた無数の矢を見上げて跳んだ。雨の如きモザイクへ、シュテルンはラッシュを繰り出す!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
 鋼鉄の剛腕が降り注ぐ矢を打ち砕き、カーネリアの燃える銀髪が振り回されて打ち漏らしを焼き払う。高速で矢を連射しながら青年は歯噛み。
「……邪魔を!」
「悪ぃな爺さん! 篁流射撃術!」
 髪を振り乱すカーネリアの手に銀の針が飛び出した。赤熱するそれを矢の隙間に投擲! 針の数本がナスに刺さり一本が弓の弦を断ち切る。剛腕を振るって矢をなぎ払ったシュテルンは、眉間に飛来する最後のひとつに拳を握る!
「オラアアアアアアアッ!」
 モザイクの矢が粉砕。粉雪じみて散るモザイクの中、両手から小刻みに蒼炎を噴く広喜と一足に跳んだミシェルが二人とすれ違う。
「行ってください!」
「ありがとよ!」
 両手の平からジェット噴射した広喜は加速しナスに接近! 再度空を蹴ったナスは紫の実から霧状のモザイクを出し青年の弓を包み込む。毒々しい霧が晴れたそこには弦のつながったモザイクの弓!
「盟約の者よ、射よ」
「ちょおっと待ったぁ!」
 蒼い光が弓の真横を突き抜ける。モザイクの弓を寸断したリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)と入れ替わり、広喜はナスのヘタをつかんで身を乗り出した。青年の顔を覗き込む。
「なあ、爺さん。その姿、カッコ悪いぜ?」
「何……」
 目を見開く青年の背後で、リューインが声を張り上げる。
「おじいさん、寂しいのは分かりますけど、死んだ家族に生きたまま会いに行くなんて都合のいいことはできません! あなたはまだ終わっていない……あなたが家族に会う時は、もっと後! そんななすびに頼って達成できるものではありません!」
「何で歳とってたら駄目なんだ? んな歳になっても一人でも頑張ってきたんだろ? 頑張ったあんた自身を否定すんなよ……ぐぉッ!?」
 広喜の体がくの字に折れた。彼の腹に両脚を立てた精霊馬は頭を打ち振り機械の手を振り払う。そして広喜にタックルを見舞って突き落とし、青年に問うた。
「盟約の者よ。今一度問う。お前は何を願うのか」
 目を伏せる青年。斬り飛ばされ分かたれた弓に再度モザイク霧が収束していく中、彼は答えた。
「……家族に、会いたい」
「よかろう」
「よくねええええッ!」
 ナスの身に銀の刃が突き立った。刀をナスに突き刺し、取りついたカーネリアは至近距離で叫ぶ!
「しっかりしろよ! そいつはあんたの気持ちを弄んで利用してるだけだ! 会いたくても恋しくても、オレらは痛みを抱えて最後の最後まで生き抜くしかないんだ! この痛みを、この辛さを否定しちまったら……自分で大事な人の事を否定する事になっちまう! こんな奴の言葉に逃げるなよっ!」
「控えよ」
 冷たく口にし精霊馬は跳ぶ。病院の壁面めがけて突進し、壁を前に直角カーブ。刀が抜け、カーネリアは慣性に従い壁をめがける!
「……ッ!」
「この者は自らの意志で盟約を結んだ。その選択を、何を以って踏みにじる。人の子よ、お前はいかなる権利を持つのだ」
「踏みにじっているのはお前の方だ」
 衝突の寸前、割り込んだ佐々・木佐木(寄せ斬り鎖使い・e37861)がカーネリアを受けとめた。同時に片手から伸びた光が鎖の胴を持つ龍に姿を変じ、壁面沿いにナスと並走。旋回するナスを追う龍の胴をローラーシューズで滑走し、木佐木は静かな口調で語る。
「目を覚ましてください。居なくなった貴方の大事な人にとって、貴方の行為は大事な人の大事な記憶を踏みにじるものに他なりません。たとえ末期の選択であっても、それは……」
「痴れ者」
 言葉を遮りナスが垂直ジャンプする! 直後、空を蹴って突進してくるナスを木佐木は後転で回避。体当たりは龍鎖の首を打ち砕いて貫き、空中の木佐木に向かって再跳躍。
「盟約の者よ、射よ」
「あ、ああ……」
 生返事し矢をつがえる青年の背を、猛るエンジン音がたたいた。バイクを駆る希里笑は千切れた龍の頭でジャンプ。落ちる胴の上を走り、振り返る青年に近づいていく!
「私の家族も、私一人を置いて行っちゃったよ……会いたいという気持ちも捨てきれてない」
 バイクは龍鎖の上で激しくバウンド! 群青のマフラーをはためかせ、希里笑は青年を真っ直ぐ見つめた。
「私の想いは私のものだ。誰にも利用させないし、踏みにじるようなこともしたくない。だから!」
 傾いたバイクが跳ねる。跳んだ希里笑は青年に向かって手を伸ばした。
「こんな紛い物に、貴方の想いは利用させないッ!」
「射よ!」
 青年の手が反射で動き矢を発射! モザイクの矢が希里笑の肩に突き立ち勢いを殺す。斜めったナスは、青年の腕に指先をかすめさせ落ちる彼女を置き去り走る。後ろを見て呆然とする青年を乗せ、ナスはテープの壁に特攻!
「願いが弱い。盟約の者よ、これではお前の願いが叶わぬが」
「え? あ、あぁ……」
 向き直る青年に、ナスは走りながら告げる。
「ただ、強く祈るが良い。それだけで良い」
「待て待て待て。話ァ終わってないぜ爺さん」
 鉄の手が、うつむく青年の肩をとる。必死に羽ばたくリューインにぶら下げられた広喜は、振り向く彼にぎこちない笑顔を見せた。
「俺、ダモクレスだったからよ。家族っての居ねえんだ。だからあんたの……家族に会いてえって気持ちは、微妙にわかんねえ」
 速度を上げるナスと、顔に血を昇らせて追随するリューイン。
「でも、四肢ぶっ壊されて死ぬだけだったはずの俺でも、友達は出来たぜ? あんただって、きっとまだまだ友達作れるだろうよ。だから、今は願わないでくれ。死んだ家族に早く会いに行きてえ、なんてよ」
「まだ……か」
 青年は前を見、諦めじみた顔で目を閉じる。
「そうは言っても、君は生き延びれたのだろう。若く、生きるだけの力があった。布団の上で死ぬだけの、私とは違う。私に友を作るだけの時間など無い……傍にいて欲しかった人は死に、新たに絆を結ぶなど無理だ」
「そんなことはねえよ」
 羽織の肩に指が食い込む。
「傍に誰も居ねえのが嫌ってんなら、俺が居てやる。作る時間なんざなくても、俺が今なってやる。流石に家族ってのには敵わねえだろうけどよ……友達ならいいよな? なあ、友達になろうぜ」
「―――っ! ごめんなさいっ広喜さん! 無理っ……!」
 リューインが減速し、鋼の手が肩を離れた。徐々に加速するナスがテープの壁に突っ込む直前、翡翠色の一輪バイクがその目前に駆け上がりシートに立ったシュテルンが突撃するナスを受けとめた。テープが歪み、タイヤとこすれて煙を上げる!
「ここから先には行かせませんよ……」
「愚かなり」
 耐えるシュテルンを押し込みながらナスが低く嘲笑う。
「お前達は自らの死を知らぬ。無為の絶望を知らぬ。緩やかに逝く虚無を知らぬ。お前達にはわからぬだろう。惨めに独り死ぬ末期の祈り、その切実さを……ぐぬッ!」
 突如ナスが体勢を崩した。彼の後方、後ろ足につながった銀糸を、希里笑とカーネリアが強く引っ張る。
「知ってるよ……たった一人取り残されて、自分自身も、家族も、全部奪われて!」
「どーしょもねえぐらい辛くて暴れたりしたよ! どうにもなんねえ、見たくもねえ現実ってやつを、嫌ってほど味わった! けどな!」
 黒鉄の四肢が電光を帯び、銀髪と銀手甲に火が灯る!
「この想いを踏みにじるような事は……」
「その人に顔見せできねえような、こっ恥ずかしいマネはしたくねえええええッ!」
「ぬおおおおおおッ!」
 勢いよく引かれたナスが壁から離れた。前足で空をかき、ナスは背に乗る青年を呼ぶ。
「盟約の者よ、地の者を射よ!」
「……私は……」
「そこまでだ、爺さん!」
 小刻みに震える青年を、蒼い光が照らし出す。上空まで跳び上がったソルは太陽を背に光をまとう。
「なあ爺さん! 確かに大事な人皆逝っちまって会いたい気持ちはあるだろうさ。だがよ、それで本当に良いのか? 積み上げてきた人生の最期の最期で現実から目を背けちまうのか? 違うだろ!」
 黒いズボンの右足に星座めいた図形が光る。輝きを増し噴き出す蒼炎じみたオーラが四肢の頭をかたどった。うなるそれは徐々に膨らみ、牙をむく!
「男なら、人間なら! 其れがいくら甘い言葉であっても、どんだけ楽な逃げ道であっても! そんなもん全部鼻で笑って、胸張って、最後まで生きぬいてから逝くのが本当の人生だ! だから、逃げるな! 生きることから……」
 ソルが蒼い光子を吐いて急降下! オーラの獅子が咆哮を斬り裂くように雄叫びを上げ、流星じみた飛び蹴りを撃つ!
「逃げるなァァァッ!」
 ナスに足裏が直撃し、獅子が牙を突き立てる。暴風めいて吹き荒れる蒼光と咆哮の中ナスは怒号混じりに悲鳴を放つ!
「ぐぬおおおおおおおおおおッ! 盟約の者よ! 強く、願え、早く!」
 絶叫する相方をよそに、青年は一瞬目を伏せる。そして精霊馬の背から飛び降り、宙に身を踊らせた。
「なッ……貴様、何を!?」
 仰向けに落下する青年の、モザイク羽織が雲散霧消。霧の尾を引いて落ちていく病衣の翁は、泣き笑いじみた顔で静かに告げた。
「すまんな、友よ。これでは妻に叱られる。若い子達に、一体何を言わせているのか、と」
「この、この痴れ者がァアアアアアアッ!」
 喚き散らすナスを前にソルは片頬に笑みを浮かべる。力を込めた蹴り足の獅子がさらに咆哮!
「覚悟しろ。人の願いを踏み躙り、私腹を肥やす悪党は……この俺が、許さんッ!」
「ぬうあああああああああああッ!」
 弾かれたナスが墜落! 稲妻じみた速度で高速落下していくナスをよそに、老人は自身を受けとめたミシェルを見上げた。
「すまないね。こんな老いぼれに、手を煩わせて」
「いいえ。……すこし、昔話をしましょうか。知り合いの、とある男性の話です」
 ミシェルの視界端、希里笑とカーネリアが飛来するナスに拳と剣を叩きこむ。吹き飛ばされ地面を転がるナス直上からリューインが杭打機めいて槍を打つ。ギリギリ回避しつつも側面を削られたナスはリューインの横からタックル! ストンピングをヴァルキュリアめいたビハインドが防御する。
「彼は老いて、脳の病を患いましたが、若い頃は転勤で各地を巡っていたと言います。多趣味で、紳士的な振る舞いをする方でした。……そんな彼の座右の銘の一つに『年相応の美』があります。生まれ、青春し、老いる。そこにはそれぞれ美があるのだ、と」
 戦乙女の大鎌を逃れる精霊馬。覚束ない足取りのナスを、背後に回り込んだ広喜の蒼炎宿す拳が殴る。ミシェルは足元に伸びた、螺旋を描く木佐木の鎖に足を預けた。
「貴方もそうです。悪しきモノの力を借りて、若返るよりも今の貴方のままの方がずっといい。先立って逝った人たちにとって、貴方の手、顔のシワ一つ一つが誇りです。それを捨て、生きたまま会いたいというのは……死者に対する侮辱だと思います」
「……現実というのは、厳しいものだ」
 苦笑した老人は、遠くの戦いを眺め、眩しげに目を細めた。シュテルンのインファイトの的になり、叩きのめされていく精霊馬。
「だが、そこを踏ん張って生き抜くからこそ、だろうな。死に際になって思い知るとは。私はつくづく、愚かな男だ……」
 二連回転蹴りからの鋭い蹴り上げ。空中に浮いたナスに鎖が巻きつき、引き寄せられる。鎖を握った木佐木は数度ナスを打ちのめし、青龍刀を振り抜いた。一閃された精霊馬は爆散し、モザイクの霧を散らして消え去った。


 テープの壁が消滅し、担架や点滴を持った医療スタッフが駆けこんでくる。ミシェルから老人を引き渡された彼らは素早く作業を開始。それに混じって広喜は、担架に寝かされた老人の手をとった。
「なあ、あんた。やっぱこっちの姿の方がかっこいいぜ。見舞い、行くからな」
「はい動かすよ! 下がって下がって!」
 周囲を退け、スタッフは担架を運んで去っていく。胸元を押さえ、担架を見送る背中を眺め、カーネリアはつぶやいた。
「死んだ奴に会いたい、か。まあ、気持ちは分からないでもないよな……オレも時々思っちまうし」
 無言で顔をマフラーにうずめる希里笑、首を傾げた瞬間ビハインドに腹を突かれるリューインをよそに、木佐木は小さく息を吐く。
「ともあれ、今はこれで一件落着、ですね。結局、彼らがどこから、どれだけ来るのかは教えてもらえませんでしたが……」
 所在無く鎖をいじる彼女に、ソルが肩をすくめてみせる。
「別に、気にしなくていいと思うぜ。どうせまた、似たようなのが来る。話はそいつらから聞きゃあいい。もちろん、ぶっ飛ばしてからな」
「ふん! ったく、本当に胸糞悪ぃ奴らだぜ! 絶対に全部まとめてぶっ飛ばしてやるかんなっ!」
 カーネリアが言い放つと同時、エンジン音が鳴り響く。相棒にまたがったシュテルンは仲間に指二本を突き立てた。
「焼きナス食べたくなりました。私はこれで」
「……え? あ、おい待てよ! 置いてくなって! おーい!」
 発進するシュテルンを追い、カーネリアが走り出す。背後の騒ぎを聞き流しながら、ミシェルは青い空を仰いだ。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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