精霊馬事件~向日葵の朧

作者:深水つぐら

●君に逢う
 眠る夜を寂しいとは思わなくなった。
 それだけ時間が経ったのだと思えば、生きた長さに眩暈を覚える。お転婆な娘が嫁に行き、その間に君と育てた向日葵は毎年の種を生んでは枯れて行く。
 夏の縁側で見上げた向日葵を、今は床の花瓶から見る羽目になった。もうすぐ逝くのだろうとは思うが、こんなに年老いた姿では君はわからないかもしれない。
「ああ、出来るなら……若返って君に会いに行きたい」
『汝が願い、我とひとつに成るのならば叶えようぞ』
 その言葉に老人は閉じかけた瞼を開く。眼前に浮かぶのは精霊馬だろうか。その出現に願いが叶うと思った。
「頼む……」
『よかろう、……ギュバラギュバラギュバラ……』
 呪は開く。生まれた黒い靄は老人の身へ纏わりつくと、瞬く間に覆い尽くしてしまう。やがてその塊が斑の衣装を着た青年の姿と成ると、その身は精霊馬――ドリームイーター・死妖霊牛へと変化する。
『汝のドリームエナジーが、我に流れ込んでおるわ。カカッ、汝の望みが叶うまで、汝はドリームエナジーを生み出し続ける……死者に会うという不可能な願いが叶うまでのう』
 夢喰いとなった老人――男はそう告げると、開け放たれた扉へと精霊馬を進ませる。
「多美さん、これならわかるかな……?」
 親し気に告げた男の顔は、ほんの少し柔らかい。言葉を残した夢喰いは、部屋に散らばった向日葵を踏み散らしてその場から姿を消した。

●向日葵の朧
 ひやりとするのはケニアとの気温差だろうか。
 盆を迎える日本に帰国したケルベロス達にギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は改めて労いの声を掛けた。
「ケニアではご苦労だった。帰還後にすまないが新しい仕事だ」
 それは多くのケルベロスが危惧していた、精霊馬のドリームイーターの事件だった。
 どうやら精霊馬に『若返って死別した妻や夫に会いに行きたい』と願う老人の願いを取り込んで合体し、暴れ出そうとしていると言う。
「これは推測だが、このドリームイーターは、ドリームエナジーを奪うのでは無く『ドリームエナジーを生み出し続ける人間を取り込む事』で、より強い存在に成ろうとしているのだろう」
 事実、老人を取り込んでいる状態のドリームイーターは、高い耐久力と攻撃力を持つ為に強敵となる。しかし、取り込まれた状態のままでドリームイーターを撃破すると、老人は大怪我をするか場合によっては死亡してしまうだろう。
 それはつまり、戦いの中で老人に『死別した伴侶に会いに行きたい』という望みを捨てさせて彼らを分離させなくてはならないという事だ。老人の望みが消え去れば、耐久力と攻撃力が既存のドリームイーターの力に戻る為、役立たずになった老人をドリームイーターは投げ捨てるだろう。
「なお、分離後の保護を考えるには聊か相手が悪い。まずは全力で相手と対峙するつもりで望んでくれ」
 それは今回のドリームイーターが油断ならないという事だ。防戦の上で説得するのがセオリーだろうと続けたギュスターヴは、相手の身の硬さも注意する様に告げる。
 その上で気になるのは彼の愛した向日葵の花が、彼の刃として使われるという点だった。どうやらモザイクの力で生んだ鋼の向日葵の花を複数の対象の足元へ召喚し、槍の様に突き刺してくるという。それはさながら氷牙の様で。
「どう立ち回るかは君らに任せよう。くれぐれも油断の無い様に」
 気を抜けば、串刺しになる。
 言葉の後でギュスターヴは自身の手帳を捲ると、敵は一体であり仲間はいないと付け加える。ならば老人への説得に邪魔は入らない。
 ドリームイーターとの分離が叶えば、耐久力と攻撃力は八割程度まで下がるという。その上で火力を上げる布陣に敷き直すのも有りだ。ただ、その場合の不利益をカバーできるようにしておきたい。
「地理的には田舎の一軒家の庭である以上、広さはしっかりとれている。この心配はしなくていいだろう」
 そこまで言うと、ギュスターヴは改めて一同を望んだ。その目には穏やかだが強い意志が見て取れる。
「誰かに会いたいと願う心は誰もが持つものだ。それが死に別れた者への慕情ならば、悪鬼がむやみに弄るべきでは無い」
 それは誰かの心にある希望。大事な宝石とも言える想い出を崩してほしくない。
 黒龍は自身の手帳を閉じると、改めて願った。
「君らは希望だ。その煌めきを守ってほしい」
 だから私は願うのだ、と。


参加者
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ

●指折り
 夏の庭に響く蝉の声を煩わしく思う。
 頬に伝う汗を拭うとコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は、眼前に現れた者を静かに見据えていた。口元を引き締める彼女の内心では、強い憤りと決意が猛っている。
(「死んだ人に会いたい気持ちを踏み躙るなんて許さねっス。おじいちゃんは絶対助けるっスよ!」)
 新緑の瞳が捉えるのは精霊馬と呼ばれる幻想に乗った青年だ。彼は愁いを帯びた瞳でケルベロス達を確認した途端、嘲る様に微笑んだ。
 それは、獲物を見つけた獣が歓喜する姿。
 その様にルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)は寂しげな表情を浮かべて、足元に控える自身のサーヴァントへと目を向けた。心配そうに見上げるウイングキャットのリルに微笑み、ルペッタは心を決めて前を向く。
『はて、訪問者かな』
 試す様な、楽しむ様な。その問いかけにセレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は首を振った。
「ドリームイーターは夢を叶えるものではなく喰らう者……残念だけれど、そうしていても貴方の望みが叶う事はないの」
 真っ直ぐに青年――否、夢喰いを見据えてはっきりと告げる。
 ただ、逢いたいという願いが、悪いものだなんて思えない。悪いのは、それを利用する奴だ。ならば、叶わぬ願いに踊らされるなんて、酷な事は早く止めてあげないと――。
 そう思ったのは彼女だけではない。
 亡き妻に会いたい。そんな切ない願いに付け入る夢喰いの卑劣さに、蓮水・志苑(六出花・e14436)は眉根を寄せていた。これまで現れたドリームイーターは人間の感情を食む者ばかりだった。それが人ごと取り込むまでになるなんて――。
「このまま生き長らえさせ、化け物となり人を襲い続ける。いつか死が訪れても生前の行いから浄土に行けず奥様に会えないかもしれません」
 ――それに、今のあなたを見て奥様はどう感じるでしょうか。
 志苑の言葉にシルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)もまた思いを投げる。
「おじいさん、死に別れちゃった奥さんに、昔のように会いたい気持ち、すごくわかります……で、でも、こんなやり方で会いにいっても、きっと奥さんは喜ばないです……!」
「そうだ、そいつにゃ死ぬ気がない以上、おじいさんはずっと死ねない。若返って会いに行くのは、デウスエクスの力でも無理だ」
『なるほど、汝らは語る者か』
 ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)の言葉の後で、ケルベロス達を睥睨した青年は何かを悟った様だった。それは、今対峙している者達が自分に害を成す者――自身の契約者を引き離そうとしているとのだと。
『若く有りて妻と会いたい。何が悪い?』
 青年の口で嘲笑った夢喰いにルペッタは首を振る。予知から伝え聞いた強く妻に会いたいと願った老人の様子から、きっと仲の良い夫婦だったのだろうとわかる。ならば奥さんはずっと彼を見守ってくれているはず。
「歳を重ねた姿も、きちんと分かってくれますよ。自然なかたちで会いに行くことが、一番喜んでくれることだと思います」
 それは歳を重ねたという事実があっても、人の本質は変わっていないからだ。
『カカカ、耳を貸す訳がない。この者の願いを叶えようとしているのだぞ?』
 願い――その言葉にエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は唇を噛むと、その馬に乗る者をねめつける。彼女の心に渦巻くのは死者の世界で過去に死んだ人と会えるという類の話は信じていないという事。ましてや、デウスエクスがそれを行えるはずはないのだと。
 だからこそ、この凶事を収めたい。
『そこを退け、と言っても無駄なようじゃな』
 夢喰いの視線は、仲間達の言葉の海でも得物に手をかけていた簾森・夜江(残月・e37211)に注がれている。
 黒髪のシャドウエルフが思うのは、叶わぬ願いを利用する人ならざる者への不理解と、自分達もまた老人の願いを叶えられる訳でもないという事実だ。ましてや、彼岸へと去る者を止める事はできない。
 ならば。
「せめて後悔無きように」
 言ちた夜江の言葉は風に消えていく。その言葉を引き金に一同が強かに大地を蹴れば、より一層の蝉声が鳴る。
 それはごく変わらぬ盆の、とある夏の日。
 蝉時雨の激しい日中の始まりであった。

●名折れ
 輝きは地を這うと、戦の花と咲き誇る。
 エステルの投げたケルベロスチェインが、最前列を護る仲間の前で魔法陣として展開する。同時にセレスの放った雷が守りの壁と広がれば、その後を追ってモザイクが飛来した。
 それは巨大な獣の狂牙――その盾となったのは、抜身の得物を携えた夜江だった。はら、と流れる艶髪を貪る様に、斑の牙が肉を食む。しかし、夜江は口元を引き締めたまま己が刀を構えた。
「我が刃、雷の如く」
 告げた女の手が閃く。
 刹那に蒼々と走った雷斬は、肉薄した夢喰いの身を斬り上げる。その衝撃に仰け反った相手に、志苑四肢が流星と駆け、素早い蹴撃を叩き込めば怒気を孕んだ悲鳴が上がった。
 その様にコンスタンツァは唇を噛むと、苦悶に歪む青年――その顔に想いを叩きつける。
「あんたが死んだら嫁に出した娘が哀しむっス……たった一人の父親がドリームイーターに利用されて殺されるのと家族で看取って送り出すのじゃ全然違うっスよ!」
 強く放たれた言葉には、彼女の心に残り続ける記憶が色濃く影響していた。それは自分の記憶には父が無いという事――その記憶が被害者の老人の行為を許せずにいたのだ。そんなコンスタンツァの叫びに、ファルケは口の中で彼女の名を呼んだ。
 恐らく老人は独りで終の住処に寄り、立派に生きてきた。だから死ぬ時ぐらい綺麗な自分で先立った人に会いたいと思うのはあり得る事だろう。けれどもその裏に、コンスタンツァの様な思いをする者がいるのならば、行いを是とする事はできない。
 戦闘を繰り返す中で、なおも叫び続けるコンスタンツァは誰よりも強く声を上げ、それ故に誰よりも深く傷ついていく。
 それでも、声は止まない。
「枯れ果てても……指一本動かせなくなっても、向日葵を愛し育てた奥さんが遺したこの畑を最期まで見守り逝くのがアンタの仕事じゃねーんスか!?」
『……目障りだ』
 夢喰いが告げた途端、悪寒がした。
「だめ、下がって!」
 鋭く響いたルペッタの声の後で一同の視界をモザイクが広がった。
 それは瞬時に地面へ落ちると、凄まじい速さでケルベロス達の間へ行き渡った。最前列を飲み込む様に展開された斑は、その急ごしらえの舞台からこれが主役と言わんばかりに踊る向日葵の狂刃を解き放つ。
 鮮血と苦悶。足を、手を、ケルベロスの四肢を掠り、穿ち、貫く。
 その中で深々と腹を貫かれた少女がひとり。
 夢喰いの哄笑と悲鳴とも言える仲間の声に、後方を守る者達の顔色が変わった。
「スタン!」
「動かないで、次が来るわ!」
 セレスの言葉にファルケは踏み止まるも、その銃身を夢喰いへと向け牽制とばかりに素早く弾丸を解き放った。その間に回復役を担う者達が最前列の者へ癒しを施していく。
 回復に手を裂く以上、攻撃が減るのは仕方ない。それ故に長期戦ではあるが――。
 強化された存在である夢喰いの一撃。その重さを今更ながらもかみしめながらケルベロス達はしばし防戦に回った。積み重なる僅かな消耗。その事実を笑う様に、向日葵の刃が荒れ狂った。
「手を休めないで下さい、気を抜けば落ちます!」
 声を弾上げたシルフィディアは、最前を守る者を鼓舞しながら自身もまた炎を纏った激しい蹴りを見舞った。その間に周囲を見れば、ある程度の最前が立ち直りつつあるも、その傷が深い者が多いと分かる。その一人であるコンスタンツァが片膝を付くと、ルペッタは堪らず声を上げた。
「向日葵で誰かを傷つける……そんな今の姿の方が、奥さんは見たくないはずです!」
 だって、太陽を見つめる向日葵みたいに、奥さんもきっと――。
 深く深く想い回る言葉。そのひとつを掴む様に叫んだのはエステルだった。
「そうです、デウスエクスにあなたの望みを叶える力なんてありはしません! ましてや、あなたの想いが詰まった向日葵の花を無造作に攻撃に用いるなんて、人の心なんて意に介していない証拠です!」
 エステルの強い言葉の後に、ようやく立ち上がった志苑は腕の傷口から血糊を拭い払うと真っ直ぐに夢喰いを望んだ。
「その者はあなたを取り込み、大切な向日葵を汚した。そんな事をする者が願いを叶えてくださるでしょうか」
 そう、亡くなった大切な人に会うという願い――それを理解できるからこそ叶えたいと思うものだろう。
 本当の所、志苑には死後などわからない。しかし、自命を断つ誘惑を退け天寿を全うした者ならばきっと会える気がする。その願いを奪う者を許しては置けない。
「……人を喪う気持ち、逢いに行きたい気持ちは私にも分かるわ……だからって、その気持ちで他の人まで傷付けていい理由にはならないでしょう?」
 セレスの告げた言葉は、彼女自身の心にある慕情だった。想いを理解できるからこそ、願いを捨てろとは言えない。ただ、手段を間違えないでほしい。
 そう願うのは彼女だけではない。コンスタンツァを避難させたファルケは、根底にある想いを呼び起こそうと口を開いた。
「そうさ、育ててきた思い出、育ててきた向日葵と一緒に、胸を張って会いに行こう」
 だから今だけは、頑張ってデウスエクスを跳ね退けてほしい。翡翠の瞳が願う様に向けられると、夢喰いの唇が僅かに戦慄く。その揺らぎを夜江は確かに捉えていた。
「貴方が私達に向けている花が分かりますか。見た目や形は違えど、貴方が奥さんと植えた向日葵です」
 大切な向日葵をこんな風に使っていいはずがない。
「貴方の奥さんは、喜んでくれますか」
 飾り気なく紡がれた夜江の言葉は、誰よりも真っ直ぐに響いている。その様に夢喰いは再び歪んだ笑みを向ける。
『カカッ、汝らはなにを向日葵に執着しておるのだ、たかが花ごとき……』
「たかが花、とはなんだ」
 それは確かに青年の口から紡がれた言葉だった。

●手折る
 いつの間にか止んでいた蝉の声に、痛む程の耳鳴りを覚えた。
 その静寂を飲み干し、青年は嘲笑いを解くと生まれた憤怒の情のままに口を開く。
「私にとってあの花は……多美さんのと思い出だ……」
 向日葵――それは彼にとって伴侶と紡いだ時間を蘇らせるものだったという。僅かな時間ではあったが、二人で過ごした時を深く生きて来た事には変わりはない。
「ああ、そうだ。私は老いて死ぬ事を怖がり、恐れた。だがそれは、生前の妻が共に歳を経る事が出来なかったからだ……」
 だが、彼女は死の間際にこうも言っていた。これからずっと、あなたが平穏に歳を取る姿を向日葵になって見守っているわ、と。
 ならば、二人でいた時間と、その思い出と共に歩んだ時間を忘れるなと叫び続けてくれたケルベロスの言葉を、聞かなかった事にはできない。
「契約は破棄する」
 再び鳴き始めた蝉の音は、ケルベロス達の手に再び力を込めさせた。同時に精霊馬は青年を振り落とし、怒気を孕んだ声を上げる。
『もうよい、貴様は用済みだ!!』
「だったらこちらも好都合」
 言って夜江は自身の得物を改めて握ると、独りとなった夢喰いへと向けた。その切っ先が戦の再演を告げる。再び戦場を駆けたケルベロス達の動きは、これまでとは異なるものであった。
「おじいさんの想いを弄ぶクズめ……貴様は念入りに地獄に突き落としてやる、今すぐ消えろ!」
 分離したと見るや否や、シルフィディアは己の露出させた地獄の右腕を漆黒のドリルへと変形させた。次いで鋭く閃いた突きが夢喰いの腹に深々と突き刺さり、己を隠した少女が吠える。
「バラバラに、砕け散れ……!」
 瞬間、回転した刃が腹を千切った。消失した自身の体に斑が散ると夢喰いの悲鳴が上がった。その隙を捕えたのはルペッタの大地をも断ち割るような強烈な――どん、と凄まじい衝撃と共に振り下ろされた一撃が、夢喰いの体を地面へ叩き付ける。
「舞うは命の花、訪れるは静謐、白空に抱かれ終焉へお連れいたします」
 告げた志苑の斬撃は花や雪やと軌跡を生み、夢喰いの足を斬り上げる。その衝撃に怒りの色を滲ませ、夢喰いが斑を飛ばせば僅かな揺らぎが志苑の意思を襲った。しかしそれも施されていた雷の守りが打ち消せば、引きずる事無く戦意を取り戻す。
 ケルベロス達の一撃が先程よりも通る様になっているのは明らかである。このままの流れを引き寄せたい。
「気にせず進んで!」
 そう鼓舞したセレスが志苑に鮮やかな手付きで治癒を施せば、これまでの傷をも完全に回復させてしまう。その輝きに続けとへエステルが自身の攻性植物に宿った黄金の果実を掲げた途端、聖なる光が戦場を覆った。
 その光を抜け出したのはファルケの放つ轟竜砲――空気を震わせる竜砲弾が夢喰いの頭を打ち抜いた。

●薫る
 美しい花が咲くにはそれ相応の手をかけねばならぬという。
 そのひとつを知ったコンスタンツァは混濁する意識の中で、自身の名を呼ぶファルケの顔だけを認識していた。その顔に安堵すると、こみ上げた感情のままに唇を動かす。
「……もし将来……アタシがファルケの、お嫁さんになったら……できるだけ長生きして、一緒にいてほしっス……」
 それは寂しさから出た言葉なのかもしれない。けれども、今はそれを素直に噛み締めていたい。
「……うん、そうだね。頑張って長生きしなくちゃいけないな」
「約束っス、よ……」
 言って微笑み意識を手放したコンスタンツァの手を、ファルケは握って眼尻から流れる雫を拭いた。抱き締めた彼女の怪我は命に別状がないが、しばしの休養が必要だろう。
 同じ様に今回の被害に遭った老人の様子を見ていたシルフィディアは、その身が無事である事に安堵する。
「ちゃんと助けられて、よかったです……」
「……すまない、迷惑を、かけたね」
 告げた老人はそう告げると弱弱しく息を吸った。そんな老人に、ルペッタは微笑み掛けて穏やかに声を掛ける。
「あなたの向日葵は無事ですよ」
「ほら、これね」
 言いながら縁側へ顔を出したセレスは、ほんの少し折れてはいるものの、無事であった向日葵を見せた。一足先に部屋の片付けを始めた者もいたが、志苑が改めて申し出れば、老人はもちろんを承諾する。その目が庭の向日葵へと移れば、夜江は穏やかに言葉を紡いだ。
「また綺麗な花が咲きますよ。命は、巡るものですから」
 そんな言葉にエステルもまた庭端の向日葵を望んだ。
 太陽に向かって真っすぐ、力強く咲く花。それは自分の目指す処だが、自身の中に或る陰りがその行く末を汚すようでならない。
「いまさら私があんな生き方を目指せるのでしょうか」
 呟きの後で、再び大きく蝉の声が聞こえた。

作者:深水つぐら 重傷:コンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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