夢に視る鋭い牙と灼ける海

作者:奏音秋里

 毒を持つモノ、ヒトを食べるモノ……海には危険な生物がたくさん潜んでいる。
 少年は、父親と一緒に海の特集番組を観てから、寝床へと入った。
「つめたぁ~い!」
 鮫のカタチをした浮き具に乗って、ばしゃばしゃと水を蹴る。
 家族揃って、浅瀬で遊んでいたのだが。
 沖から、父親よりも大きい鮫が、猛スピードで迫ってきたのだ。
「うわぁーーーーーっ!」
 ずるりと浮き具から落ちたところで、少年は眼を覚ます。
 あまりに吃驚したので、布団から畳へ転がり出てしまっていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 夢だと分かり、もう一度、眠りに就こうとしたのに。
 魔女が、少年の感情を奪い去ってしまうのだった。

「みんな、巨大な鮫のカタチをしたドリームイーターが現れました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、大きな声で呼びかける。
 手の空いているケルベロス達は、ねむのもとへと集まった。
「鮫に襲われる夢を視た男の子の感情が、魔女に奪われてしまったのです! ドリームイーターを倒して、男の子を助けてください!」
 棒付き飴を咥えて、ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)も協力を仰ぐ。
「鋭い牙で噛み砕かれたら、絶対に痛いです! それに、尻尾ではたかれても痛いです!」
 戦場には、少年の家から歩いて3分の砂浜がオススメだと、ねむは説明した。
 それなりに広いし防波堤以外のものを破壊する心配はないが、人工的な光源もない。
 また、海に入られると厄介なため、逃走防止も図りたい。
「ドリームイーターは、男の子の家の周りでうろうろしています! 驚かせる相手を探しているので、自然と寄ってくるはずです!」
 ちなみに、ドリームイーターは自分に驚かなかった相手を優先的に狙ってくる。
 誘導や戦闘を有利に進めるために活用してほしいのですと、ねむは言った。
「海へ入るときには、浮き輪がかかせません! みんなは泳げますか?」
 ねむの問いに、首を縦に振ったり横に振ったり。
 泳ぐことはできるのだけれども、ぷかぷかと浮いている方が楽しいらしい。
 そんな素敵な時間をとり戻してくださいと、ねむは訴えるのだった。


参加者
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
磯野・小東子(球に願いを・e16878)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)
ルコ・スィチールク(雪原を駆る雌狼・e37238)

■リプレイ

●壱
「……これで大丈夫か」
 独り、ルコ・スィチールク(雪原を駆る雌狼・e37238)は砂浜へと先行していた。
 戦場の四隅にランタンを設置して、ドリームイーターを見失う可能性を潰すために。
 自身の周囲の視界も、腰に吊したランタンで確保している。
「驚かされるのが分かってるんだからきっと大丈夫! 私は絶対に驚かない……絶対に驚かない……そうだ! いいこと思いついたわっ。驚きそうになったらキィにガブってやってもらおう。あ、ダメか。違う意味で驚いちゃう。フードのなかでゴソゴソして、興味を惹いてもらおうかな」
 ほかのケルベロス達は、少年の家の近くから固まって索敵を開始。
 クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)は、一所懸命に自分に言い聞かせる。
 ディフェンダーとして、ドリームイーターの攻撃を引き受けなければならないからだ。
 腰にライトを下げ、マントのフードにいる豆柴の子犬と打ち合わせをする。
 そのうちに。
 くるくる周囲を歩いていると、いつの間にやらそれらしき影が浮かび上がった。
「っておいおい。近寄られると普通に驚くわ、鮫」
 いの一番に、メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)が出現に気付く。
 足を止めて行方を見守っていると、暫しの逡巡ののちにべちょんと音が響いた。
 段々と大きくなる気配に、まずは上手く誘き寄せられたと一安心。
「ほぅ。ただ大きいだけなら、巨体も呆気ないものだ。大きなだけじゃ、今時は子どもだましにしかならないさ」
 瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)は、ディフェンダーとして感情を抑え、耐えていた。
 ちなみに、一般人を巻き込むことのないよう、ずっと殺気を放ち続けている。
 仲間達がどのような反応を示すのか、ちょっと楽しみな気持ちも抱きながら。
「きゃあ! びびったわ!! 昔の映画にもあったけど、サメって姿なく近寄ってくるから怖いのよね……最近のサメは竜巻と一緒にしかも大量に来るって聞いたけど……それはそれで怖いわよね……」
 愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)は、本気で驚いた様子だ。
 LED式のカンテラで足許を照らしつつ、皆の後ろに隠れてきょろきょろ。
 たいして、傍を飛ぶウイングキャットはまったく驚くことなく、寧ろ口角を上げている。
「鮫、ですね。驚きました」
 トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)も、薄くリアクションを返した。
 攻撃対象から外れながらも、その視界には入るように自らの位置を調整する。
 得物を左手に構え、戦闘準備は万端だ。
「うひゃー、さ、鮫ー!」
 叫ぶように大きな声をあげて、磯野・小東子(球に願いを・e16878)は飛び上がる。
 大根だと自覚しているから、少しでも派手に演技をしたつもり。
 テレビウムも、液晶画面には吃驚した表情を浮かべていた。
「うわっ。こんなとこに鮫!?」
 ランプを少し高く掲げて、ドリームイーターの姿をはっきりと認識する。
 篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)も、とりあえず大袈裟に。
 八重歯の覗くいつもの笑顔のまま、黒の瞳を更に大きく見開いた。

●弐
 付かず離れずの距離を保ちながら、ケルベロス達は砂浜を目指す。
 後方を気にしながら、3分よりは長い時間をかけて全員が合流した。
 海側に数を割いてちょっと厚めに、逃走防止のためにもぐるりと取り囲む。
「ようやく着いたね! 砂の上もまあ、妙っちゃ妙だけど、住宅街よりは似合ってるんじゃないかい?」
 若干ながら苦笑しつつ、ドラゴニックハンマーを砲撃形態へと変形させる小東子。
 仲間の攻撃がとおるようにと、竜砲弾で足止めのバッドステータスを付与する。
 テレビウムも小東子に従い、凶器で以て低い部分へ殴りかかった。
 衝撃に、ドリームイーターの口から低い音が漏れる。
 攻撃を受けて初めて、自分が討伐対象になっていることに気付いたらしい。
「いってぇ……」
「痛いなぁ」
 ディフェンダーの灰とクーリンに、大きな牙が突き立てられる。
「けどなぁ……鮫の襲ってくる映画って最近はインパクト重視なんだが、少しもの足りない気もするぜ」
 灰の反撃は、鋼の鬼と化したオウガメタルを纏う拳で。
 気を惹いているうちに、ウイングキャットに前列へとを邪気を祓う風を送らせた。
「ありがとう、夜朱。さぁて、偶にはカッコいいところもみせてあげるわっ」
 礼を述べてクーリンも、現時点で命中率と威力のどちらも最高のグラビティを選択。
 古代語の詠唱に併せて魔法の光線を放ち、ドリームイーターへと石化をもたらす。
「巨大鮫というと、最近、竜巻とともに鮫がやってくるという映画を観たな。あぁいうのは基本的に、最終的にはヒトが生き残ってしまうから少し残念だ。とは言え、今回も生き残らせて貰うのだがな?」
 どのような依頼だって、受けた段階で負けてやるつもりなどさらさらない。
 自信満々な銀の眼差しが、獲物を捉える。
 ルコはドラゴンの幻影を放ち、ドリームイーターを紅蓮の炎で包んだ。
「砂浜は戦いにくい!!」
 動きにくさに限界を感じ、メノウは『wolfsbane』を脱ぎ捨てる。
 ゾディアックソードを華麗に振るって、地面に守護星座を描いた。
 それにしても、この状況は映画の撮影かなにかと勘違いされそうだなぁと思う。
「海のなかでもねえのに迷惑な話だ。あんまり安眠の邪魔するんじゃねえよ。悪夢なんてあるだけで迷惑だ……そうそう逃げられると思うなよ」
 ユメを奪う行為に、静かに怒気を強めるメィメ。
 懐へと入り込み、電光石火の蹴りを喰らわせる。
 ドリームイーターの回避率や命中率を下げることに、注力していた。
「最初はびびったけど、もうなれたわ! 残念だったわね、空飛ぶフカヒレ! どんなパニックホラーでも怪物はチェーンソーに斬られる運命なのよ!」
 海を背に、瑠璃は刻まれたルーンを発動させ、巨斧を振り下ろた。
 ウイングキャットは、前線で鮫肌に鋭い爪を立てる。
 離れてもずっと睨みつける姿に、まるでフィッシュハンターだと瑠璃は笑った。
「実際、海水浴をする際は気を付けないといけないそうですが……だからといって、陸地にまで出てこられても困りますね。変に目撃者が増えると、周辺が遊泳禁止になりかねませんし。さっさと倒れてもらうとしましょう」
 地獄化した心臓の炎を纏わせた攻性植物で、ドリームイーターを刺突するトエル。
 ずるりと抜けば、純白の茨が鮮やかな紅に染まる。
 常に退路を塞ぐよう、巨体の動きに注目してトエルは立ちまわっていた。

●参
 5ターンののち、あと一息と気合いを入れ直すケルベロス達。
「Destruction on my summons―ー!」
 召還されたクーリン大のコヨーテが、ドリームイーターの背中へと喰らい付く。
 折角の大技だから、確実に命中するこのときを待っていたのだ。
「清き風、邪悪を断て! 回復術・禍魔癒太刀!!」
 着物で優雅に舞うメノウは、日本刀を振るうことで真空の刃を発生させる。
 ディフェンダーに触れれば霧散し、その傷を浄化して回復させた。
「海の猛者と雖もこんなものか、驚くに値しないな」
 常にドリームイーターの頭の向く方へ動きつつ、言葉で挑発するルコ。
 卓越した技量のすべてを籠めて、鉄塊剣を横薙いだ。
「だな。よく化けたものとは思うが、驚きには少し遠い。イカと合体するとか、嵐とともに現れるとか、もう少し鮫の与える驚きについて勉強しておくべきだったな」
 ルコの言葉に頷いて、灰も日本刀を持ったまま影を渡り、急所を掻き斬る。
 常盤緑色の瞳を真ん丸にして、ウイングキャットは爪でばりばりに引っ掻いた。
「鍵はここに。時の円環を砕いて、厄災よ……集え」
 トエルは、ごく少量切った白髪を媒介として、時間法則を捻じ曲げる茨を召喚。
 強迫観念めいた執着からくる強い眼で見据えると、厄災を打ち込んだ。
「プロデューサーさん! 攻撃お願いね!」
 高々と跳び上がり、ルーンアックスをドリームイーターの頭の上に叩き落とす。
 瑠璃に呼ばれ、ウイングキャットは勢いよく尻尾の輪を飛ばした。
「いくら! 叩きのめして寿司ネタにしてやんな! 突貫! 気合!! 根性ー!!!」
 テレビウムが駆け出すのと同時に、小東子は翼を拡げて大空へと舞い上がる。
 凶器でぼこぼこにしたのを見計らって、急降下全力体当たりをお見舞いした。
「よく眠れたか? これからもっと、よく眠れる」
 メィメの喚びつける夢の怪物は、ドリームイーターをともに眠る相手として認める。
 常春の陽気が意識を朦朧とさせているうちに、その肉体も精神も凍結。
 ドリームイーターが眼を覚ますことは、二度となかった。

●肆
 ひと呼吸置いて、ケルベロス達は互いや砂浜の状態を確認。
 メディックを中心とした計画的なヒールのおかげで、重傷に至る者はいなかった。
「焦るなよ? すぐ治してやる」
 灰の発する甘い花の香が、メィメを包み込み、心の底まで染み込んでいく。
 酔いにも似た心地よさに痛みを忘れ、次第に想い出す必要性すらなくなっていた。
「ありがとよ、灰。なんかすっきりしたぜ!」
 掠れ声で礼を述べると、メィメは、んーっと背伸びをする。
 そこへウイングキャットが灰の頭から降りてきたので、頭から尾までをゆるりと撫でた。
「砂浜もあたしがヒールしておくよ」
 ほかの仲間達も回復し終わったから、最後に戦場をとメノウは向き直る。
 両手で天を仰げば、ぱらぱらと薬液の雨が降り注いだ。
「メノウ、ありがとう! ねぇみんな、折角だから海で遊んでいこうよ! 夜の海なんてとっても新鮮だー。危ないから泳ぐのはダメだけど、水に足をつけるくらいはいいよね!」
 そんなクーリンの提案に、皆も首を縦に振って靴を脱いだり衣類をまくし上げたり。
 愛用のファミリアロッドを元の姿に戻して一緒に、指先から少しずつ海水に浸かった。
「気持ちいいです……」
 ヒトとの触れ合いは苦手だけれども、こんな時間を共有するのはキライではない。
 自然を愛するトエルは、暗い水平線を眺めつつ、波音を聴いていた。
「さて。少しばかり、物足りなかったな。古典的鮫映画でも観て緊張感を補うとしよう」
 暫しの涼を楽しんでから、ルコはぽんっと両膝を叩いて砂浜へと上がる。
 足を洗って靴を履き、全員が揃ってその場をあとにした。
「こうやって子どもを利用するなんて本当に趣味の悪い話だよ。あたしもわかるもの。子どもの頃ってさ、怖い映画とかニュースとか観たあと、夢に視ることあるよね!」
 テレビウムを抱いて羽搏き、小東子は少年の部屋の窓から袋を差し入れる。
 こっそりプレゼントしようと、可愛い鮫が主人公の児童書を買い求めてきていたのだ。
「♪~強く生きて~♪」
 同じく窓の外まで飛行し、瑠璃は小声でブラッドスターを歌う。
 ウイングキャットの刻むカウントに合わせて、悪夢を払うのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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