マーフォーク・ラグーン

作者:東間

●夢は泡へ
 室内を満たす色は海の色。床から壁、天井へ向け、色はインディゴからコバルトブルーへと変わり、天井に取り付けた2層の和紙が揺れれば波紋が踊る。
 珊瑚礁の柱にも波紋は降り注ぎ、穏やかな揺らぎをぽけーっと見つめていた女性――水代・潤は、ぽろっと涙を零した。
「綺麗なグラデーションに出来たし、紙粘土とか色々くっつけて立派な珊瑚の柱も作った。珊瑚礁って言ったら熱帯魚だから、レジンで綺麗な子達も作ったのに」
 空調で揺れては照明の光を弾く魚達は、彩り豊かな珊瑚礁へ寄り添うよう。
 ミドリイシなテーブルの形は不規則かつ、1層のものや3層のものとタイプも色々だが、試行錯誤を重ねた末に『物を置いても困らない、倒れない』という完成形へと至った自信作。
 魚介たっぷりのパスタ。魚型にくり抜いた野菜が泳ぐ貝殻皿のドリア。チーズのヒトデ達が寝そべるサラダに大中小の硝子玉パフェと、料理だって『美味しい』と言い切れる物を作り上げた。
「なのに、なのに……海辺に作ったのにお客様全然来なーい! 人魚の隠れ家とか浪漫でしょー!? 駄目!? 興味ない!?」
 だが、潤はわかっていた。
 この近くに駅はない。高速やサービスエリアも遠い。バスはない。タクシーは最寄りと書いて遠い駅から5つ向こうでないと出ていない。店の駐車場は3台しか置けない。
「でもって色々と不便な上に、隠れ家だからって宣伝してなかったからでしょごめんなさーい!」
 宣伝していれば、SNS映えするって話題になったかなあと呟いた。
 場所、宣伝、そして自分の気持ちをどうにかしていれば――込み上げてきた涙と感情に備え、ティッシュケースに手を伸ばした瞬間、心臓を貫かれた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」

●マーフォーク・ラグーン
 陸(おか)に上がった人魚達の隠れ家、『マーフォーク・ラグーン』。
 そんなコンセプトの店を海辺に開き、凝った内装と美味しい料理も用意していたが、様々な要因が重なり閉店が決まった店がある。そこの店長から、『後悔』が奪われた。
「つまり、ドリームイーターね?」
「その通り」
 花房・光(戦花・en0150)へラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は頷いた。
 店長の水代・潤は意識を失った状態でスタッフルームに転がされており、今は、彼女によく似た顔立ちのドリームイーターが店に立っている。
 顔は潤、服装はコック、頭は複数の珊瑚が絡み合って出来たアフロと、なかなかパンチのある見た目だが、歴としたドリームイーター。戦闘になれば効果の重ね掛けを用い、ケルベロス達を苦しめようとするだろう。
 ただしこれは、普通に戦った場合の話。
 客として心から『マーフォーク・ラグーン』を楽しむと、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少する。満足させてから撃破すれば、意識を取り戻した潤の『後悔』が薄れ、彼女が前向きになれるという点もあるので、思う存分楽しむのがいい。
「内装を自分の手で作っていたから、それを含めた記念写真を撮る、とかね。コンセプトに合わせて人魚になるのも喜ばれると思うよ。貝殻の髪飾りを付けるとか……」
 ――私は太平洋から来た人魚。あなたは?
 ――自分は地中海から。
 という感じに、設定を織り交ぜた会話をしてみたり等々。
「内装、料理、世界観を心から楽しめば、きっと彼女を救える筈だ。……ああそうだ。現場までは俺がヘリオンを飛ばすから、『足』の心配は要らないよ」
 こくりと頷いた光が、はっ、と気付いた表情でふかふかの両耳に手を伸ばす。
 これから赴くのが、陸に上がった人魚達の隠れ家ならば。
「……耳と尻尾、隠して行こうかしら」


参加者
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
輝島・華(夢見花・e11960)
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)

■リプレイ

●人魚一行、ご来店
 1歩入ればそこは地上に作られた礁湖。青と波紋、珊瑚に煌めく熱帯魚が出迎えてくれる、人魚の隠れ家。
 天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は、普段付けているものと一緒に貝殻と珊瑚を揺らし、パァッと笑顔になる。
「わぁぁ……すっごい! 海底王国って感じ!」
 その隣にはふわり浮かぶ人魚姫となった愛し君と、父の『この店にはドレスコードがある』を成る程と受け入れ、貝殻や珊瑚、真珠を誂えた髪飾りを何の疑問も持たずに付けた恵もいた。
(「こんなにも綺麗なのに今回限りなんて、本当残念です」)
 店内を見るレイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)の纏うサマードレスは、内装に似合いの青。貝殻と珊瑚の髪飾りを揺らして店内を撮れば、フード付きケープの下から橙の髪と青目を覗かすケルトの人魚――十郎が隣に立つ。
「本当に別世界って感じだな……」
「この内装……なかなかのイメージ力ね」
 真珠と貝殻を纏った幼い人魚、古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)は普段通り無表情で感想を述べる。が、その心は海・幻想・凝った内装という好き要素のトリプルアタックで震えていた。
 珊瑚のアフロ頭が目に付く偽店長も、次々とやってくる客もとい、人魚達に心震わせている様子。
 きらきらと見つめられ、淡紫色の人魚なマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)はにっこり笑った。真珠飾りに貝ブラ、歩けるようにと腰に巻いた青布が時折ひらりと踊り、お揃いの真珠飾りを付けたアロアロが慌てて少女を追い掛ける。
 照明と和紙が生む波紋を楽しんでいたラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)も、彼らの後に続く――前に振り返った。蒼魚のブローチが、金髪を彩る貝殻と真珠の髪飾りが淡く煌めく。
「楽しみだね。行こう」
「おう!」
 胸元で橙魚泳がせた笑顔のシズネが続き、店内をじっと見つめてから進んだ花房・光(戦花・en0150)の後、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)は椿姫へ慇懃に手を差し出し、彼女をエスコートする。
 フリルのキャミソールに合わせたのは、尾鰭をイメージした巻きスカート。そんな輝島・華(夢見花・e11960)は、自分のデート相手を見て頬を染めていた。
「姉様のパレオ綺麗ですね」
 少女と一緒に来たメリノの長い尾鰭――鮮彩のパレオがひらりと踊る。
「ありがとう、華ちゃん。これ、お揃いね」
 嬉しそうに貝殻ブレスレットを見せる足元では、外と違う雰囲気が珍しいのか、ミミックのバイがあちこちを見ていた。
 その気持ちわかるー、と笑う桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)は、隣を見て更にニッコリ。白い花柄レースが波飛沫のような、フィッシュテールのひらひらワンピースは、紅緒をとびきり可愛い人魚に見せてくれる。
「紅緒ちゃん、一目見たら忘れられないかわいさって感じ」
「えへへ……萌花ちゃんも、ばっちりですえ!」
 シェル柄ワンピにアクセと人魚コーデでキメた萌花の、桃髪やきらきらした青い目は、紅緒にとって想像する人魚そのもの。
「――では皆様、お好きな席へ」
 珊瑚アフロの偽店長に促され、ケルベロスな人魚達は席へつく。
 全ては楽しんで、楽しんで――潤を救う為!

●マーフォーク・ラグーン
「姉様、何を注文します? 私はまず、この貝殻皿のドリアにしようかなって」
「パフェは全部食べてみたくなります、ね」
「私も、パフェ制覇してみたいです! 一緒に食べませんか?」
「一緒にシェアしましょうね、華ちゃん」
「はい!」
 華達はメニュー表を手に視線を交え、笑顔を咲かせ。
「十郎さんはパフェ、なににします?」
「うーん……」
 グラン・ブルーに狙い定めたレイラの向かいでは、十郎が迷った末にトロピカル。
「恵くん何にする? 僕はグラン・ブルーと珈琲」
「猫は無ぇのか」
「猫は……魚食べるから……」
 偽店長が頷く動きに合わせて珊瑚アフロが光るのを見て、恵は『夏の果物は今しか』という事でトロピカルに決めたようだ。
 偽店長が泳ぐように動き回りオーダーを受けてから数分後。それぞれのテーブルへ、人魚達の為に作られたものが並べば、ミドリイシテーブルの上がぐっと華やいだ。
「やっぱパフェも超かわいい♪」
「形や色合いが可愛いねえ」
「ねー? 紅緒ちゃんのも超かわいいし、美味しそうじゃん」
 青い目にグラン・ブルーを映した萌花は、マーブルアイスの海上にちょこんと立つイルカクッキーへピントを合わせて、パシャリ。紅緒が注文した、ヒトデクッキーと大粒苺が眩しいスイート・ベリーと並べば、それぞれの色がより映える。
「こういう催し物する時の参考になりそうだよね」
 和は、赤い目に硝子玉いっぱいにある海の青を暫し映してから、いっただきまーすと一匙。
「うん、おいしい……! 恵くんのもおいしそうだなぁ……」
「親父もつまんでおくか。珈琲に合うなら帰って再現してやるぜ」
 取り皿を頼んで受け取り、そこに盛って、父へ。一口食べた和の目がキラッとした。
「んっ、南の海に来たみたい!」
「海をテーマに作る機会は無かったが、見事に作りこんであるな」
「ね、ほんとに。この心意気見習いたいね」
 だからこそ、潤が予知の内で言った『もう少し宣伝していれば』を思い出し、勿体ないと思う。あそこの少女達のように、ここを楽しむ若者が来たかもしれない。
「ほら紅緒ちゃん、とびっきりの笑顔見せて?」
「こうやろか? 萌花ちゃん、どう?」
 パフェに負けないくらい、女の子らしく甘い笑顔は撮れたかなあ。
 紅緒の心配は、萌花のブイサインが素敵に拭ってくれる。それに、ガーリー系カリスマギャルの手に掛かれば、友達との自撮りはバッチリパーフェクトがお約束。そして少し寒くなったかな、という時は、一緒に頼んだ紅茶を飲めば大丈夫。
 頼んだものが熱そうな時は――そう、念入りに冷ませばいいけれど。それが微笑ましくてラウルはついつい笑っていた。
「熱いのが苦手なのは猫舌とかじゃなくて、人魚だからな!」
「大丈夫、わかってるよシズネ」
 硝子玉いっぱいを満たす甘い小さな海、その海面を泳ぐイルカクッキーもなかなか愛らしく、心が奪われる。一口食べれば流れ込んでくるのは甘い幸せ。やっとドリア一口目を堪能出来た友へ一匙差し出した。
 別の甘い幸せが目の前にあれば、誘惑されてしまう事もある訳で。
 海のようなゼリーとクリーム、その中を泳ぐようなイルカのクッキーをサクリと食べれば、やっぱりステキと喜んだレイラの目が、きらりと光る。
「えぃっ! ふふ、頂きです。十郎さんも食べますか?」
 隙を突いたレイラの一口奪取は可愛らしい悪戯なものだから、十郎はくすくす笑って彼女の方へ自分の硝子玉パフェを押し出す。
「……何だ、欲しいと言えばあげるのに。あ、どうせならマンゴー食ってくれよ」
 苦手なんだ、とコソリ告白をレイラは真顔で請けおい、南国果実を『頂きます』して、あ、と思い出した。
「一緒に写真、撮りません? 十郎さんの人魚姿なんて、滅多に見れませんもの」
「被写体になるのは苦手なんだが……」
 君が言うなら、と少し照れながら応じる十郎と自分。2人を上手く収めて――収め――ううん。
「良かったら、私撮りましょうか?」
「ありがとうございます花房さん。じゃあ……ここを入れて、こんな感じで」
 海中でのスイーツタイム。そんな写真が撮れた時、海中という店内を改めて見た和の口は丸く開いていた。
「それにしても本当に凝ってて凄いなぁ。触っても大丈夫?」
 偽店長の頷きを受けて触れたテーブルはつるつると。珊瑚の柱は、一部本物に寄せたのかザラザラした所があった。視線を内装から戻せば、愛し君や頬に鱗を付けた恵だけでなく、麗しい人魚も沢山で微笑みが絶えない。
「みんなはどちらの王国から?」
「オケアノスよ」
 神話に在る名を呟いたるりの足元には浮き輪が1つ。泳ぐのは面倒であり、泳ぎながらの読書は危険。ゲームも難しいだろうそれら問題を一気に解決するのが、浮き輪プラス読書イコール最適の姿勢! ――という設定だ。
「人魚同士でぶつかるだけならいいけど、相手が鮫や船だったらどうするの。人魚の間でも社会問題になっているでしょう」
 そう言ってるりはサラダを味わい、珈琲に手を伸ばす。メニュー表には硝子玉パフェが華麗に並んでおり、小さく唸った。
「メニューを制覇するには何回も来ないとダメね……」
 次回注文する際の組み合わせは、今の内から計画的に決めておく。出来る人魚に小さな拍手を送ったマヒナは、ハワイから来たのと微笑んだ。そういえばここは、向こうの海を思い出させる。
「頂きます。……『オノ』!」
 大好きなマンゴーを食べて飛び出したのは、ハワイ語の『美味しい』。トロピカルを見つめるアロアロに和んでいたラウルは、マヒナの視線を受けてシチリアからと答えた。
「しちりあ? わかんねぇけど、遠い所から来たんだなあ。けど日本の海だって良いところだろ?」
「うん、日本海も綺麗で心躍るね。何より……」
 君と出逢えたから、と微笑めば、シズネはくしゃりと笑い――視界に入った橙魚が自分に重なって見えた。いや、この魚は自分と一緒だ。橙魚を、ラウルの胸元で泳ぐ青魚の傍へやる。
「せっかく会えたのに、離れたくなんてないよな」
 その優しさにラウルは有難うと囁き、髪に咲いていた海彩の飾りを暁の空思わす紫髪に挿して表情を緩ませた。
「これ、オレにも似合うかなあ?」
「うん。似合っているよ」
 君は、と問う和の視線に、華は故郷のない流れ人魚と呟いた。ここに来ればお仲間が見つかるかと思って――という目の前には、メリノと2人で頼んだ料理とパフェがきらきらと。全部並べて記念撮影したら、乙女人魚達の笑顔がふんわり咲いた。
「はい、華ちゃん。あーん」
「あーん。ふふ、メリノお姉様。私からもあーん、どうぞ!」
 美味しい幸せの分けっこは、別の所でも。
 貝殻形の器、魚形にくり抜いた野菜。隅々まで考え抜いた片鱗見せる奥深い味を、紗更は椿姫へにも、一口。
「うちのパフェも美味しいんよ」
 お礼にと差し出されたのは、イルカクッキーが泳ぐグラン・ブルー。
「一口いただきますね……うん、マーブルアイスがさっぱりしていていいですね。雰囲気もよくフードメニューも美味しい、閉店するにはもったいないお店です」
「ここのお料理、綺麗で可愛くて美味しいよ」
 その言葉は、偽店長を通じて潤に流れたろうか。
 華も、改めて珊瑚の柱を見ると深く頷いた。時折風に揺れる熱帯魚、硝子玉パフェにテーブルにと沢山写真を撮って、皆と記念撮影をして――そんな戯れる人魚達を見ていた偽店長が、笑顔で近付いてきた。

●バトル・イン・ラグーン
「いざ、参りましょうか」
 紗更の指がカプセルを、ぴん、と弾く。
「少し、痛いかもしれませんね」
 同時に割れ、中を満たしていた殺神ウイルスが偽店長に降りかかる。悲鳴が響いたあたり、青年が言った通りのようだ。そこへ神槍のレプリカを現したるりが、それを手に取り狙いを定めた。
「……今日くらいは海神の槍に見立ててもいいかもね」
 高い精度を持った一撃が偽店長を貫いた直後、波紋踊る店内をカプセルが舞う。それはハワイな人魚からの贈り物。
「夢が泡になって消えないように、アナタは海で眠ってね」
 アロアロの祈りは仲間へ、殺神ウイルスは偽店長の珊瑚アフロへきらきらと。
「うう、う……!」
 低く呻いた偽店長両手を広げた途端、その角度をなぞるように現れたのは巨大真珠貝。がば、と大口開けて一気に距離を詰めてくるそれがマヒナを呑む前に、盾の人魚が飛び出した。
「中身空だからって、大人しく真珠になる気は無いぜ」
 笑う声の直後、流星が真珠貝を蹴り飛ばす。飛び出したラウルは蹴撃となって降り、翼猫・ルネッタの羽ばたきが店内を翔るようにそよぎ、光の黒鎖が共に前衛のもとを駈け抜ける。
「沢山楽しませていただいたからでしょうか? 弱体化、大成功のように見えますね」
「私も華さんと同意見です。お店はとても綺麗で楽しくて、パフェもとっても美味しくて……!」
 ごちそうさまです、と言ったレイラの蹴りが流星となり、癒しの羽ばたきを見て攻撃に切り替えた華の雷撃が見事にヒットした。
 2人の推測通り、偽店長は本来の力を発揮出来ていない。彼らが心から楽しんでいなければ、先程の真珠貝の一撃は、確実に仲間の体を蝕んだろう。
 美味しくて、楽しかったひとときのお礼にとメリノや十郎も戦線に加わり、賑やかになったそこへ、和の放った銃弾と愛し君の力で浮いた椅子が、仲良く偽店長を撃つ。
 タンッ、と海色の床を蹴った萌花が、よろめきながら起き上がった偽店長を笑顔で捉えた。
「思いっきり楽しませてもらった分、後悔ごと喰らってあげる」
 ちろ、と唇の端を舐め――けれど降魔の一撃は脚で。
 蹴るというより穿つような一撃がズドンとめり込み、暫し偽店長は動きを止め――腹を押さえる姿勢のまま蹲ったかと思えば、どこか満足げな顔で消えていった。

●夢のあとは
「大丈夫ですか、潤姉様」
「も、もう大丈夫。ありがとう」
 華に助け起こされた潤は、何だかスッキリしてるのよと笑っていた。介抱しながらそれを見た和は、ふ、と笑う。
「泡と消え……か。さながら人魚姫みたいだね。だけど僕はこのお店のこと、忘れないよ」
 ラウルもふんわりと微笑み、戦う前の事を、あの夢のような時間を有難うと言った。
「人魚に憧れる人は沢山居るはずだから、そんな人に情報が届けばなぁって思うよ」
「あはは、そうね! ケルベロスさんっていう王子様に逢えて私もお店も幸せだけど、そこがちょっと勿体なかったなって」
 その言葉に、紗更は静かに同意する。内装だけでなく、フードメニューにも深い拘りが見えたここが閉店するのは、やはり勿体ない。
「でも、楽しんでほしくて作った場所が、最後に目一杯楽しんで貰えたから。それだけで、結構嬉しいのよ」
 喜びながらも懐かしむ目で店内を見る潤に、ラウルは優しい声で『だから、』と続ける。
「君の夢を諦めず、いつかお店を再開して欲しいな」
「うん。皆閉店を残念がってるから、またこのお店再開できるように頑張ってほしいな」
 ケルベロスカードを差し出したマヒナだけではない。華もこのまま閉店は勿体ないと訴え、もう一度建物だけでも宣伝してみてはと提案した。
「知名度が上がったらお店の再開も出来るかもしれませんし!」
「再開……で、出来るかな?」
 潤の表情は明るいが、どうしよう、と少し考える様子を見て、萌花は仲間に同意して店内を見る。ここは優しくて、穏やかで、1歩入れば楽しい時間が過ごせる『海』だ。
「店舗残せるなら、このまま活かしてほしいよね。今度はちゃんと宣伝して、さ。ショップとかスタジオとか、なんか道はありそうじゃん?」
「ほ、ほうほう」
「そうね……この立地にもこだわりは感じるけれど 海から離れた所でもいいんじゃないかしら。寧ろそういう場所にこそ欲しい気がするわ」
「ほうほう?」
 るりの提案――扉を開けたら異空間、は、海から離れれば離れるだけ際立つだろう。緑からコンクリート多い場所へ移れば、より一層。
「スタジオいいかも……コスプレやPV撮影場所に貸すとか? またお金をこさえれば街にも……街なら行き来に困らないだろうし……どうしよう。物凄く楽しみになってきちゃったわ」
 閉店決まったのにおかしいわよね、と言いながらきょろきょろする潤の目は輝いていて、その様子にレイラは微笑み、1つ提案した。
「あの、皆さん。一緒に写真を撮りませんか?」
 できたら、と添えた彼女の目に潤が作り上げた礁湖が映る。こんな素敵な思い出は写真に残したい。その言葉に華は青紫色の目を輝かせた。
「素敵なお店とお食事とパフェとメリノ姉様……とても良い思い出が、もっと素敵な思い出になります」
 皆で記念写真に異議の声は無く、『マーフォーク・ラグーン』にシャッター音が響く。
 海中の青。揺れて踊る熱帯魚。珊瑚のテーブルと柱。穏やかに降る波紋。
 この風景がどうなるかは未知数だけれど、人魚の笑顔は消えずに広がっていく。そんな予感に満ちていた。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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