●恐怖の八月三十一日
家族と行った海やお婆ちゃんの家。友達と空が真っ赤になるまで遊んだこと。川でいっぱい泳いだこと。夜にこっそりと抜け出して、林の中で肝試し。お母さんにしかられて、それでもいっぱい楽しくて……。
かけがえのない思い出を刻んできた夏休みももう終わる。
小学二年生の少年ゲンキは名前に似合わず暗い顔。
額に汗を流しながら、机に積んだノートを見つめていた。
夏休みの宿題だ。
「すっかり、忘れてた……」
一つとして終わっていない。
今日は八月三十一日、夏休み最後の日。
やらなければならないことはわかっている。
無理だからやらなくてもいいのでは? なんて心の悪魔が囁いている。
えんぴつを握る事もできずにうんうんうんうん唸る中……。
「……………ら……ーい……」
「……え?」
どこからともなく、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
耳を澄ませば、それは夏休みの宿題が大元で……。
「……宿題が、なんで……」
「さっさと宿題やらんかーい!!」
「ひゃあ!? って、あれ?」
ベッドの上で跳ね起きたゲンキはキョロキョロと自分の部屋を見回していく。
ほっと胸をなでおろした。
優しい静寂と暗闇が、今が夜であることを示している。
デジタル時計の描く日付が、まだまだ八月三十一日には遠いことを教えてくれていた。
「……去年はかーちゃんに泣きついてやってもらったもんな。今年こそ……」
夢の内容を反芻する中、不穏な気配を感じて大窓の方角へと視線を向けていく。
窓が開かれた様子などないのに、一人の女性が佇んでいた。
ゲンキが小首をかしげる中、女性がゆっくりと歩みよってくる。
自分を護るように布団を抱きしめながら後ずさる。
構わず女性は一本の鍵を取り出し……素早くゲンキの胸を貫いた。
「えっ……」
「……私のモザイクは晴れないけれど、あなたの驚きはとても新鮮で楽しかったわ」
女性が鍵を引き抜くと共に、ゲンキは気を失い倒れていく。
入れ替わるようにして、数冊のノートが女性の隣に浮かび始めた。
算数を中心に、他の教科が衛星のように巡っているそのノート。中身はモザイクに覆われて……ドリームイーターであることを示していて……。
●ドリームイーター討伐作戦
「そうですか。それなら……」
「はい、なので……」
祝部・桜(玉依姫・e26894)と会話していた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「時々、ビックリする夢を見たりしますよね! 理屈は全く通っていないのですが、とにかくビックリして、夜中に飛び起きたり……」
そのビックリする夢を見たゲンキと言う名の少年がドリームイーターに襲われ、その驚きを奪われてしまう事件が起きている。
驚きを奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた驚きを元にして具現化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているのだ。
「ですので、この驚きを元にしたドリームイーターによる被害が出る前に、撃破してきて欲しいんです! 倒すことができれば、ゲンキくんも目を冷ましてくれるはずなのです!」
ねむは地図を広げ、一軒家の多い住宅地を囲うように丸をつけた。
「ドリームイーターが発生したのはこの住宅地。そして、行動範囲もこの周辺になります」
時間帯は夜零時以降。このドリームイーターは誰かを驚かせたくて仕方ないという性質も持つため、探索していれば向こうからよってくるだろう。
もちろん、それはケルベロスたちだけを対象とはしていない。無理のない範囲で、人払いや避難誘導を行っていく必要があると思われる。
「ドリームイーターの姿は……ええと」
ねむは数冊のノートを取り出し、一冊のノートを中心に囲うように配置した。
「こんな感じで、算数のノートを中心に他のノートが衛星みたいに周囲を回っている……って形をしています! 数冊全部合わせてで一体となっていますね」
また、中身がモザイクとなっているという特徴もある。
「というのもゲンキくん、去年の夏休みに宿題を殆どやらず、八月三十一日に慌てて手を付けた……みたいなことがあったみたいで、それで夏休みの宿題に叱られるという形で驚かされて……って内容が、このドリームイーターになったみたいなのですよ」
ともあれ、最終的には戦うことになるドリームイーター。
姿は先程説明したとおり。戦闘方針は妨害特化で、敵陣を跳び回り複数人を防具ごと切り裂く、突然小学生の宿題的な問題を提示し心を惑わせる、バツで埋め尽くされている八月のカレンダーを見せることで複数人の攻撃を弱らせる、といったグラビティを用いてくる。
「それから、このドリームイーターは自分の驚きが通じなかった相手を優先的に狙ってくるみたいなんです。だから、この性質を上手く利用すれば、有利に戦えるかもしれません!」
以上で説明は終了と、ねむは資料を纏めていく。
「子供の無邪気な夢を奪ってドリームイーターを作るなんて許せないですよね! どうか、ゲンキくんが再び目を覚ますことのできるように、頑張ってきて下さい!」
参加者 | |
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古海・公子(化学の高校教師・e03253) |
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
七種・徹也(玉鋼・e09487) |
リフィルディード・ラクシュエル(集弾刀攻・e25284) |
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315) |
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229) |
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882) |
●夏休みも終わりに近づいて
少しずつ夏の終わりが近づきはじめた八月半ば。べたつくような熱気をさり気なく冷ましてくれる風を感じながら、リフィルディード・ラクシュエル(集弾刀攻・e25284)は仲間たちと共に住宅街を練り歩く。
ゲンキと言う名の少年の驚きによって生み出されたドリームイーターをおびき寄せ、討つために。
「それにしても、宿題追われるっゆーのは大変だねぇ。手つかずにしてしまったら夏休みは終わらないね―……違う意味では終わるが」
「やらなくてはならないのについ後回し……そんな経験、わたしにもあります」
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)がうんうんと頷いた後、自分の胸を見下ろしていく。
一方、七種・徹也(玉鋼・e09487)もまた遠くを見つめていた。
「俺も学生の頃は宿題を溜めちまうタイプだったから、なんかシンパシー感じちまうな」
「……やっぱりみんな、色々と大変なんだねぇ」
肩をすくめた後、リフィルディードは視線を逸した。
「まあ、私はそもそも経験ないんだけど……いや、一般的な学校には通ってなかったから」
「私も、デウスエクスの頃は夏休み自体ありませんでしたし……宿題とはどういったものなのかがいまいち。まあ、ノルマはありましたし、そういうものだというような気はしますが」
隣を歩く葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)が静かな息を吐く。
十人十色な宿題観を語り合いながら、ケルベロスたちは探索を続けていく。
道を歩く人と出会ったなら、一時遠ざかっているように言い含めた。
時には家の方が近く未探索区域を通るからと送り届けていく事もあった。
それから、おおよそ三十分ほどの時が経った頃。ふとした調子で、リフィルディードは夜空を見上げていく。
星々の煌めきに目を細めていく。
「それにしても……聞く限りよくわからん物体だけど、倒さなきゃ気を失ったままになるよね?」
「その通りパオ。だから、もう夏休みの宿題を終えて怖くない我輩が逆に脅かしてあげるのパオ」
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)がうんうんと頷きながら、拳をギュッと握りしめていく。
ゲンキの驚きを取り戻すため、ケルベロスたちを歩き続けていく……。
それは、ケルベロスたちの進路を塞ぐかのように電信柱の影から飛び出してきた。
――さっさと宿題やらんかーい!!
算数のノートを惑星に、残りのノートは衛星に見立てたかのようにくるくると回っている……中身がモザイクに覆われているドリームイーターだ。
淡く輝く街灯の下に浮かぶそれを見つめながら、霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)が半歩分だけ後ずさった。
「な、何だよ、宿題っていきなり飛びかかってきて!? 討伐!? こんな変な生物を地球人は毎年討伐してんのか!? ンなのとっとと終わらせろよ! 終わらせねーのがわりーじゃねェかァ!?」
畳みかけるようにトウマが叫ぶ中、エレコは高く飛び上がった。
「我輩はもう自由研究と感想文と写生以外は七月の内に終わらせてあったのパオ! 自由研究はサバンナでゾウの生態の研究、感想文はケニアの絵本、写生はビーチで終わらせてきたのパオ!!」
笑顔を浮かべながら虹をほとばしらせ、落下の勢いを乗せた蹴りを放つ!
「どうパオこのスケール! こんなところで人を驚かして喜んでるようなケチな宿題とは訳が違うパオ!」
言葉を終えると共にドリームイーターを踏みつけ、地面へと叩き落とした上で飛び退る。
さなかにも次々と反応が述べられていく中、テレサ・コール(黒白の双輪・e04242)もまた落ち着いた調子で言い放った。
「申し訳ありませんが、よくわかりません。ですが、対峙しなければならないことはわかります。ですので、お覚悟を」
お腹の前に手を重ねて一礼した後、白黒二対の円形マスドライバーを展開。
さなかにあらゆる砲門を解放し、数多のミサイルを射出した。
浮かび上がろうとしていたドリームイーターが再び地面に押さえつけられていく。
もがくように暴れていくさまを見下ろしながら、古海・公子(化学の高校教師・e03253)は胸を張った。
「ただの、ケルベロスだと思いました? 残念でした。高校教師がケルベロスやっている、というのが、私の場合近いですので」
細身の金属製の鞭を取り出しビシっと示す。
示す先を辿るかのように、一発の弾丸が国語のノートに撃ち込まれた。
大きめの銃の担い手たるリフィルディードは、硝煙を払いながら静かな息を吐きだしていく。
「さ、概ね驚きとかも終わったし、倒そっか」
ケルベロスたちが頷く中、ようやく空中へと浮かび直すことに成功していくドリームイーター。
すかさずテレサが距離を詰め、正面と思しき算数のノートの前に立っていく。
ならばとばかりに、ドリームイーターは算数のノートの中身を見せてきた。
モザイクの中に浮かび上がっていた文字は、七引く三。
「……」
「隙ありっ!」
テレサがきょとんとする中、ドリームイーターの背後へと回り込んでいた公子が斜めに突き上げるかのようなキックをぶちかました。
「……」
放物線を描き飛んでいくノートを前に、思い浮かぶのは生徒のこと。彼らはきちんと宿題をやってくるのだろうか?
不安と期待を頭の隅に追いやり向き直れば、地面にバウンドしながらも浮かんでいくドリームイーターと紙兵を散布していくトウマの姿が見えた。
トウマは紙兵を操りながら、小さく肩をすくめていく。
「しっかし、そのくらいの問題なら簡単にできんだろ。もしくは、もっと難しい問題が隠れてるんかねェ」
もっとも、小学生レベルの難しい問題を出されて困る者はいない。多分、恐らく。
「ま、どっちにせよとっとと倒しちまうだけだがな!」
困ることはないだろうと笑いながら、反撃に備え身構えていく……。
●夏休みの宿題をぶっ飛ばせ!
ノートの端を鋭利な刃物に変え、ドリームイーターは縦横無尽に跳び回る。
すかさず徹也が後を追い、揺らめくバトルオーラで固めた左腕で多くの斬撃を受け止めた。
「……」
避けきれなかった斬撃が頬を割き、和らげきれなかったダメージが腕を傷つける。
けれど表情は変えず拳を硬く握りしめ……。
「そこだ」
……回転が弱まった瞬間に振り抜いた。
ノートの端を凍てつかせながら電信柱へと叩きつけられていく様を見つめながら、一歩後ろに下がっていく。
間を埋めるかのように鞘に収めたままの刀に手をかけている風流が飛び込み、居合一閃。
理科のノートを薄く切り裂いた。
「流石に本体を切り裂く、とは行きませんか」
目を細めながら退けば、再び徹也が間を埋める。
徹也が身構え見つめる中、ドリームイーターは日付がバツで埋め尽くされている八月のカレンダーを作り出した。
涼しい顔で見つめながら、徹也は左腕に重力の力を集め……。
「行くぞ、たたら吹き」
ライドキャリバーのたたら吹きと共に踏み込み、自身は左から殴りかかった。
たたら吹きの体当たりを避けたドリームイーターの一部を捉え、ブロック塀へと吹っ飛ばす。
間断なく攻撃が重ねられていく中、鞠緒はウイングキャットのヴェクさんと共に踊っていた。
態度に出ずとも、ドリームイーターの力による影響は受けてしまう。
それを拭い去るために、仲間たちが最後まで立っていることができるように、ウイングキャットの翼と共に花びらのオーラで戦場を飾り立てた。
きらびやかな力に支えられ、ケルベロスたちが動きを乱すことはない。
時にカレンダーを受け流し、時に簡単な問題に答えていく。切り裂きも庇いあい、致命傷へいたることのないよう配慮する。
一人に大きなダメージが重なることはないままに、戦いを続けることができていた。
順調に進んでいくさまを見つめながら鞠緒は踊り続けていく。
時には地面に守護星座を描き、時にはファミリアを解放して。
「……ふふっ」
胸が躍るのは、きっと昔を懐かしいと思ったから。
学生気分を思い出すため、よく知る制服に袖を通しているから。
「さ、あなたのうたは何でしょう? あなたの知らないうたでしょうか?」
回転を止めたドリームイーターに歩み寄り、両手で優しく掴み取る。
心に浮かび上がってきた歌声を、空高く唄い始めていく。
手放しても歌声は止まらない。
込められた想いに震えるドリームイーターは、破れかぶれと言った調子で再び回転しはじめた。
「芸がありませんね」
向かい来るドリームイーターを、テレサは斬撃にて打ち返す。
刃が上に向いた瞬間を見逃さず、回転の中心を捉える形で蹴り上げた。
回転を止めて放物線を描いていくドリームイーターの日記の端に、小さな火が宿っていく。
気づけば鞠緒が歌を終え、うやうやしく一礼していて……。
仲間たちを守るため、仲間たちと協力して最前線を支え続けていたエレコとテレビウムのトピアリウス。
ドリームイーターの周囲をグルグルと回る中、ノートが水平になっていくさまを見て地面を軽く踵で叩いた。
「その攻撃は何度も見たパオ! もう喰らわないパオ!」
言葉通りに小型のゴーレムを用いて防ぐ中、トピアリウスがエレコを応援し始める。
鞠緒も花びらのオーラを振りまいて、ヴェクの翼と共にエレコを癒やしはじめた。
「さあ、まだまだ私たちは戦えるということを示しましょう」
「おうパオ!」
頷き、エレコは再び虹を描く。
算数ノートの中心に蹴りを叩き込み、遥かな空へと打ち上げた。
頂点へと達した時、国語のノートが爆発する。
公子が小さな息を吐き、落ちてくるノートを見つめていく。
「さ、畳みかけますよ」
「はい」
すかさず風流が虚空を切り裂き、風刃で社会のノートを両断。
構えは解かずに巨大なチェーンソー剣を握り締め、駆動させながら横に構えていく。
狙いを定め見つめる先、リフィルディードが透き通るような刀身を持つ霊刀片手に華麗なステップを踏み始める。
「燃やしますよ」
煌めきを散らしながら円を描き、二度、三度と鋭き斬撃を浴びせかけた。
切り裂かれた理科のノートが燃え始める中、ドリームイーターが激しく震え始めていく。
トウマが日記に指を突き刺した、その時から。
「喜べ、俺の知った感情の奔流を教えてやってるんだ」
指を引き抜いてもドリームイーターの震えは止まらない。
震えたまま、虚空にカレンダーを構築し――。
「悪いが、もう、させない」
――傷が残ったままの左腕で、徹也がカレンダーを粉砕した。
勢い余ったかよろめく様子を見せながら徹也が退く中、風流が一気に距離を詰める。
「傷口を抉る残酷な技ですが、これも命をかけた闘いなので許してください。……あなたが痛みを感じるかはわかりませんが」
算数ノートの中心にチェーンソー剣を押し当てて、激しく駆動させていく。
耳障りな音が響くたび、紙の破片がまるで翼のように舞い散った。
チェーンソー剣の駆動音が止んだ頃、紙の破片は光に変わる。
ケルベロスたちが見守る中、遥かな空へと飛び去って……。
●心からの夏休みを過ごすため
静寂と平和が訪れた住宅地の、戦場だった大きな道。
周囲を観察していた公子が安堵の息を吐き出した。
「破けた紙も全て消えてくれてよかったです。いえ、元の場所へ戻ったと言うべきでしょうか」
「まあ、もっとも、このままでは再び同じことが起きるかもしれませんが……」
テレサがスカートの裾を払いながら、ゲンキの家がある方角を見つめていく。
きっとゲンキは目を冷ましたはず。
しかし夏休みの宿題の様子はわからない。
ならば叱ってあげるのも優しさか……と。
何人かがゲンキのもとへとおもむく事を提案する中、調べ物をしていたトウマが小さく手を叩いた。
「これが宿題か」
なら……と、彼もゲンキのもとへ赴く輪に加わった。
宿題は意味があるから出されるもの。
自分の力で倒していくと力になるのは、なんでも共通していること。
何よりも、遊ぶのはいつでもできるけれど遊べなくなるのが一番つらいはず。
だから、今から宿題を。幸い、まだまだ時間がある。
残りの夏休みを憂いなく過ごすため。
心から楽しむために……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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