百物語とあやかし童女

作者:そらばる

●怪談が引き寄せる悪意
 草木も眠る丑三つ時。
 人里離れ、朽ちかけた木造の大屋敷の離れに、ぽつりと一つ、頼りない明かりが灯っている。
「『風の噂で、あの屋敷は買い手がつかず、今も風雨にさらされ続けているのだと聞きました。結局、百物語を終えた私達の前に現れた、赤い着物を着た小さな女の子――千夜子ちゃんが一体何者だったのかは、謎のままです……』」
 手持ちの本を朗読していた学生らしき青年は、そこでごほごほと咳き込んだ。
「あー、喉いてー。一人百物語ってけっこしんどいなー。けどこれがラストだし、絶対、化け物呼び出してやるかんな!」
 火の消えた九十九本の蝋燭と、散々読み散らかされた数多の怪談本に囲まれて、青年は百話目の物語の最後のページをめくった。
「……『今でも忘れられません。「だぁれだ?」と言って後ろから私の目を隠した小さな手の、異様な冷たさを。あどけない女の子の背後にベッタリと取りついて見えた巨大な『影』に、首を絞められた苦しさと恐怖を。ひょっとしたら、あの『影』のほうこそが千夜子ちゃんの本性だったのかもしれません……』」
 全てを語り終えた、その時。
 風もないのに、百本目の蝋燭がふつりと消えた。
 息を呑む青年の耳元に、生暖かい吐息が吹きかけられる。
「……私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 魔女の鍵が、心臓を貫いた。
 力を失い倒れる青年。真っ暗な室内にたなびく蝋燭の煙。
 襖の影から目元を覗かせる小さな女の子が、くすくすと忍び笑いを響かせた。

●影背負いの千夜子
「夏休みの暇を持て余した学生が百物語ってか? 予想通りすぎて、いっそ泣けてくるぜ」
 伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)は柄の悪い仕草で、後頭部をガシガシと掻いた。
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)はなだめるように微笑みかけ、ご慧眼でございました、といなせを讃えた。
「百物語を終えた時、怪異が現れる――かくなる伝承を信じた好奇心旺盛な学生が、単独で百物語を実行し、結果、第五の魔女・アウゲイアスに『興味』を奪われる顛末とあいなりました」
 魔女は奪った『興味』を元に新たなドリームイーターを現実化させ、早々に姿を消してしまった。
「現るるは、赤い着物の童女『千夜子』。人を屋敷の奥へと誘っては、背に負う黒い『影』で縊り殺さんとする、危険なあやかしとして現実化しております」
 放置すれば、怪談に語られている以上の惨事に発展するのは必至だ。
「被害が他に広がる前に、千夜子の撃破をお願い致します」
 昏倒してしまった被害者の学生は、外傷はなく命に別状はない。千夜子の撃破に成功すれば、無事に目を覚ますだろう。

 倒すべき敵は千夜子1体。配下などは存在しない。
「背に負う影も含めて、千夜子1体にございます。童女の体を攻撃しても、影の部分を攻撃しても、同様のダメージが見込めましょう」
 影の手で首を絞める、背中にべったり纏いつく、無邪気な笑い声を上げて走り回り相手を惑わす、といった攻撃を仕掛けてくる。
 現場は人里離れた廃屋。風化が進んではいるものの、元は名家の大邸宅だ。広々とした大部屋も複数存在する。
「千夜子は、廃屋の屋内にて、己の存在を噂する者の傍に現れます。そうして背後からその者の目を隠し、「だぁれだ?」と、自身の正体を問いかけて参りましょう」
 正解は『千夜子』または『影』。そのどちらを返したとしても、千夜子は何もせずに去ってしまう。間違った回答が一つでも提示されれば、その場の全員を殺そうと襲い掛かってくる。
「古来よりある怪談もまた、人類の大切な文化の一つ。デウスエクスの干渉などお呼びではございません。人の『興味』より生まれ出で、人を害する危険な夢喰いの確実な撃破を、皆様、よろしくお願い致します」
 鬼灯は粛然と頭を垂れ、ケルベロス達に後を託すのだった。


参加者
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)
ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)
赤峰・葉流(ピュロマーネ・e30365)
伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)

■リプレイ

●怪談をなぞらえて
 重苦しい闇夜にぼんやりと染み出るように、廃墟と化した大屋敷が、ケルベロス達の眼前に佇んでいた。
「まさかと思って調べたが、案の定とはなァ」
 伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)は呆れかえりつつも、「まァ学生だしなァ。バカやるのも青春ってか」と諦観めいたぼやきを零した。
「一人百物語って大変だな……一人で何時間かけたのだろう?」
(「友達……いないのかな」)
 喉も心も傷つきそうだ、とこっそり同情するヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)。
(「廃れた廃屋に百物語に少女妖怪、まさにオカルトって感じで良いなあ」)
 イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)は武骨者と見せかけて、なんとものんきな独白を胸中に零す。
 敷地内を見渡し、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は離れの場所にあたりを付けた。
「じゃあ、おれは被害者を保護してくる」
「よろしく! 噂や信じる発言に御注意をば~」
 快活に送り出す赤峰・葉流(ピュロマーネ・e30365)に、ヒダリギは微笑を返して頷くと、廃屋の庭へと姿を消した。
 残った一行は母屋へと向かった。
 広大な屋敷の中心部の一番大きな座敷は、風雨の侵食もそこそこ、重苦しい闇が漂い、雰囲気満点だ。一行はその座敷の中央で車座になって腰を落ち着けることとなった。
 そう、ケルベロス一行は、件の学生に倣って、ここで百物語としゃれ込むつもりなのだ。
「蒸し暑くてじめっとした夜が続きますね。そんな晩は百物語で涼しく過ごせそうです、ふふふー♪」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は蒼い彼岸花の夏着物姿。幻想作家の兄から不思議で怖い話を数多聞いてきただけあって、ノリノリである。
「さて、私の手持ちは十も無いけれど……夜が深まるまで、続けていこうか」
 ヴォルフラムも準備万端といった様子で腰を下ろした。従者然としたビハインドのアレクも、横でふよふよと浮きながらきっちり正座している。
「百物語で百話全て語り終えると、千夜子っていう幽霊や化物が出るみたい、だよ……」
 ぽそりと小さく呟き、布石を打つリーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)。
 ……それと共に、屋敷のどこか遠くで、小さな子供の笑い声が響いたような気がした。
「……たまらないな。……このままデウスエクス以外の怪異も一緒に出てくれるといいのだが。……さぁ、忌まわしく、呪わしく、語ろうか」
 祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)はご満悦。不気味な微笑が、仲間達の肝まで冷やしてくれる。
「それじゃ、メアリから行くわね」
 はりきって準備を終えたメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)が、車座の最後の空きを埋めると、最初の話者となった。
 蝋燭の火に照らし出されながら、ケルベロス達の百物語は、ゴースト大国イギリスを舞台とした怪談にて、幕を開けるのだった……。

●現れた『百一番目』
「メアリの生まれ育った、英国のお屋敷。夜になると、ホールに飾られた鎧がひとりでに動き出すの。がしゃん、がしゃんと不気味な音を立てて徘徊して……」
 静かな導入から一転、メアリベルは鋭く正面の廊下を指さした。
「そこよ!」
 唐突な大声に、仲間達は身をすくませ、あるいは咄嗟に振り返る。もちろん、そこには誰もいない。
「ふふ、ごめんあそばせ」
 悪戯っぽく笑って、蝋燭の火を吹き消すメアリベル。ミス千夜子はこのお話を喜んでくれたかしら、と密かに胸を膨らませる。
 べべん、と弦の音を闇に響かせるのは、鞠緒の持参した琵琶(型音楽プレイヤー)。
「『耳なしメアリちゃん』。怨霊に耳を取られた女の子が、自分の耳を探して……」
 藍の旋律から流れ出るおどろおどろしい効果音の力も借りて、寒気を催す語りが紡ぎ出されていく。
「……その子の髪は、見事な赤毛だったそうよ。そう……彼女のように」
 鞠緒に示され、小さく喜ぶメアリベル。実は道すがら二人で考えた怪談なのだった。
 蝋燭がまた消され、手番は次に渡る。
「……そうだな、ワタシは呪いの人形に纏わる話でもしようか。……冗談半分にその場の思い付きで作ったいい加減な呪いを、からかい半分にいじめられっ子に教えた者の話を」
 怪談を語るイミナはまさに水を得た魚。雰囲気たっぷり、陰惨な語り口に、辺りの闇がより一層澱んでいくようだった。
 次々と手番は移り、様々な怪談が披露されていった。『隙間男』『壁の中の女』……物語が積み重なると共に、夜も更けていく。
 幾巡目かの手番にて、鞠緒が琵琶法師の如く弾き語ったのは、『赤い着物の女の子』のうた。
「それは……無念に死んだ女郎さん、のお話でした。ふふふ」
 ――ふふふ。
 語尾の笑いをこだまするように、どこからともなく幼い少女の笑い声が響いた。
 仲間達が思わず首をすくめたり、警戒を強めたりしている中、イアニスは気づいているやらいないやら、のんきな態度を崩さない。
「いやー今の話も怖かったなぁ。そういえば、百物語の後に『出る』千夜子も、赤い着物の女の子って話じゃなかったか?」
「一夜に百の物語を語れば、千の夜が訪れる……なんだか洒落てるね」
 ヴォルフラムは話を合わせながら、即座に戦闘体勢に移れるように緊張を高める。
「赤の着物とはなかなか良いセンス、きっと火が好きに違いない?」
 闇夜にもくっきり浮かび上がるオウガメタル色のコートの首を巡らせ、葉流は真っ黒な面で覆われた顔を虚空に向けて呼びかける。
「そこんとこどうなん千夜子ちゃん」
 くすくす……くすくす……。応えるような忍び笑い。
「……来たか」
 警戒を欠かさずにいたいなせが、異質な気配に振り向いた、その時。
 冷たい手が、リーナの両目を覆った。
「……!」
 びくりと体を跳ね上げるリーナ。傍らで「うおわぁっ」と小心者くさくのけぞるイアニス。
 日本人形めいた、赤い着物の童女が笑う。
「いちばんさいしょにわたしを呼んでくれたのは、おねえちゃんだよね?」
 桜色の愛らしい唇が、囁くように訊ねる。
「ねぇ? ……わたしは、だぁれだ?」

●千夜子
「空の人!」
 空気を読まず、関連性があるやらないやらよくわからない誤答を即座に突っ返したのは葉流だった。それを皮切りに、皆好き好きに答えをぶつけていく。
「アナタはメアリのお友達よ!」
 胸を張って断言し、わくわくと反応を待つメアリベル。
「おや、誰だろう? アレクかな……? だいぶ声変わりしちゃったみたいだけど」
 いたずらめかしたヴォルフラムの言葉に、アレク本人はちょっと不満そうに膨れている。
「デウスエクスだ」
 千夜子が目隠しに夢中なうちにじりじりと陣形を整えながら、にべもなく断言するいなせ。
「……偽物の怪異だ」
「今から俺たちが倒す相手だよな?」
 イミナとイアニスの答えもまた、身も蓋もない事実である。が、千夜子が求めているのはそれではない。
 千夜子は可笑しそうに、誤答を返した面々を見回すと、最後に、何か言いたげにしている手元の顔を覗き込んだ。
 目を隠されたままのリーナは、感情を表に出さぬ性分ゆえに傍目には判りにくいが……実は、怪談や幽霊の類は少々苦手。かなり長々とした逡巡を経て、呼吸を整え、恐怖を振り払い――意を決して、答えを口にした。
「……噂から生まれた可哀想な怪物」
 答えを提示した瞬間、リーナは小さな手をふりほどき身を翻した。鋭い雷刃突が、赤い着物を激しく斬り裂く。
 確かな手応えと、きゃっきゃとはしゃぐ笑い声を残して、赤い切れ端が闇を舞う。千夜子の姿は闇に溶け――、
「はぁずれ」
 唐突に、ケルベロス達の布陣の間近に現れた。
「だからね……千夜子と遊んでちょうだい?」
 童女の身の丈の倍以上はあろうかという影が蠢き、二本の腕を高速で伸ばしてくる……!
 が、鞠緒に届く寸前、ヴォルフラムが軌道に割り入り、喉元を黒い腕に囚われてしまう。
「ッ……百と一番目のお話がキミか……っ」
 苦しげに絞り出しながら、ヴォルフラムはバスターライフルの銃口を千夜子に向け、ゼログラビトンで真っ向から対抗した。
 千夜子は影と共に、エネルギー光弾に押し出されるようにして退きながら、ひどく楽しそうに笑い続けている。
「いやいやいるわけない、幽霊なんてまさか本当に……ていうかこいつはドリームイーターだったか……だったよな?」
 幽霊妖怪の類はこの目で見るまで信じない、が信条のイアニス。千夜子の笑い声に恐々としつつも、今回はノーカンと割り切りスターゲイザーを叩き込む。
「……危害を加えてくる以上はロクな霊ではない。……デウスエクスでなくともな」
 低く呟くと、イミナは攻性植物を蔓触手形態へと変じさせる。
「……呪わしく縛り上げる」
 ストラグルヴァインに捕らえられ、さらに鞠緒のライジングダークの照射に機動力を削がれても、千夜子は笑うのをやめない。
「アナタの正体は影? 幽霊?」
 ビハインドのママが敵を足止めした隙に、メアリベルは高く跳び上がり、美しい虹を纏う。
「どちらでもいいわ、アナタがアナタである事に変わりない。メアリと鬼ごっこしましょ」
 急降下から繰り出されるファナティックレインボウ。千夜子は涼しい顔で受け止めるも、背後の影がひどく攻撃的に蠢き、童女の姿ごと闇へと溶けた。
 数拍の沈黙ののち、辺りに響き渡ったのは無邪気な笑い声。とたとたとた……。幼い足音がどこからともなく響き渡り、座敷の闇間に童女の姿が見え隠れする。目移りし、惑わされ……前衛の面々の思考に霞がかかり始める……。
「いやーなかなかイキがいいね? 千夜子ちゃん。こりゃ、とっちめがいあるなぁ」
 イヒヒ、とちょっと危うげな笑いを上げつつ、葉流が花びら散らして舞い躍る。危うく催眠に陥りかけていた面々がはっと顔を上げ、すぐさま千夜子への攻勢を再開した。
「応急処置だ」
 いなせは端的に呟き、しつこく残留している催眠効果をfast aidで根こそぎ取り去った。ウイングキャットのビタとヴェクサシオンの翼が耐性を重ね掛け、予防にも余念がない。
「かたぁい」
 闇間に再び現れた千夜子は、度重なるダメージにも堪えた様子を見せずに、くすくすと嗤った。

●影は闇に溶けて
 千夜子の言う通り、ケルベロス達の護りは堅固だった。
 前衛には居並ぶディフェンダー。そこに葉流といなせ、ウイングキャット達の手厚い守護が重なり、千夜子の攻撃を難なく凌いでいく。とりわけ厄介な催眠には皆で神経を尖らせ、ヴォルフラムは夢織りの刻で、イアニスは焔の代理人で、積極的に状態異常潰しに加わった。
 堅実な陣営。……であるがゆえに火力に乏しく、長期戦は避けられない。が、そこは中衛と後衛の活躍が光った。
「いってらっしゃい」
 鞠緒はファミリアシュートを射出し、すでに数多の状態異常に侵された千夜子を、加速度的に弱体化させていく。
「噂から生まれた貴女に罪は無いけど……ここで仕留めるよ……!」
 リーナの正確無比な絶空斬による駄目押し。千夜子の症状を深刻化させると同時に、鋭い衝撃で打ち据える。
 けろりと攻撃を受け止める千夜子の背後で、影は激しく身悶えている。
 瞬きする間にその姿はケルベロス達の視界から消え――次の瞬間、メアリベルの背後に現れる。
 しかし、少女の背に張り付こうとしたまま、千夜子はぎこちなく静止した。イミナとビハインド達が重ねに重ね、増幅されまくった麻痺が、ぴたりとその動きを止めさせたのだ。
 それは、決定的な隙だった。
「幽霊なんて、そうそういてたまるか!」
 イキって先陣を切り、さらなる駄目押し絶空斬を叩き込むイアニス。
「ウィジャボードで一緒に遊びたかったのだけれど……残念だわ。グランギニョルはおしまいよ」
 メアリベルは凶悪な形状の巨大な斧を振り上げる。リジー・ボーデン、41回滅多打ち。禍々しい怨念の染みついた刃が、肉を穿ち骨を断つ。
「怖い話、大好きでしょう? これがあなた方にとって百本目の物語」
 書物を虚空から取り出し、高らかに歌う鞠緒。『千夜子』として生み出されたそのドリームイーターを苛む、最も忌まわしい物語。それが一体どんな内容なのかは、千夜子にしかわからない。
「この屋敷、火がついたらまずいかな?  まあいっか? ――ゴアッ!」
 不穏な呟いたかと思えば、葉流は尻尾で地を跳ね勢いよく飛び退くと同時、ブレスを噴きつける。
「……蝕影鬼、往くぞ」
 イミナは呪力を込めた杭を取り出し、呟いた。傍らのビハインドが応えて、千夜子の動きを縛る。と同時に、呪詛を垂れ流しながら千夜子へと詰め寄るイミナ。
「……祟る祟る祟る祟祟祟」
 容赦なく振り下ろされ、打ち込まれる杭。恐ろしげな呟きがヒートアップすると共に、打ち込む杭は激しく、陰惨に、千夜子の胸を抉っていく。何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も何度も……。
 リーナは戦闘域に散らばる魔力やグラビティ・チェインを自身へと集束させていく。
「闇は闇に……ここで無に還してあげる……」
 奇襲と暗殺は昔取った杵柄。その技術と身軽さを駆使して高速で距離を詰め、至近距離から限界を超えた魔力砲撃を叩き込む。
「興味は尽きないが……いつまでも遊ばせておくわけには、行かないな!」
 ヴォルフラムの破鎧衝が千夜子の影を穿つ。胸部に露出した構造弱点は、さらに深い、底の見えない漆黒の闇。
 いなせはそれを逃さない。
「見た目だけっつっても、流石にガキを殴る趣味はねェんでな」
 瞬く間にツルクサの如く変形した攻性植物は、千夜子の背後へと殺到する。
「……終わりだ」
 満遍なく纏わりついた蔓触手が、一息に『影』を握りしめた。
 絹を裂くような悲鳴が皆の耳をつんざく。
 それまで平然としていた千夜子が、激しくもだえ苦しみ、着物の胸をかきむしりながら錯乱し――やがて、吹き消された蝋燭の煙のように、ふっ……と消えていなくなった。
 思いのほか凄まじい断末魔に、いなせは苦々しく顔をしかめた。
「ガキも影も本体、ってか。趣味の悪ぃ仕掛けだぜ……」
 千夜子の消えた場所を振り返り、メアリベルはおしゃまに笑いかける。
「アナタと遊べて楽しかった。またね」

「連れてきたよー」
 ヒールでの修復を終えた母屋に、葉流が屋外からひょっこりと顔を出した。傍らにはヒダリギと、無事に目を覚ましたらしい被害者の学生の姿もある。
「よしっ、百物語、仕切り直しだな」
 スマホのライトも準備万端、顔の下から照らして恐怖演出の予行練習をしながら張り切るイアニス。
「近衛木さんもやるよね? この日の為にたくさん蝋燭を持ってきたのだー」
 扇のように蝋燭を広げてみせる葉流。
 ヒダリギは淡く破顔し、頷いた。
「うん。それ、たのしそうだ」
「怖いお話、たくさん集めてきましたから……学生さんもほら、皆で百物語した方が楽しいでしょう?」
 にこやかな鞠緒のお誘いに、被害者学生は若干戸惑いつつも了承した。
「面白そうな話じゃないか」
 ヴォルフラムもアレク引き連れ参加を表明する。怖い話が大好きなメアリベルももちろん参戦。……ちなみにイミナはいの一番に車座の場所に居座り、じぃっと百物語の開始を待っている。
「百物語……まさか、本物が出てきたりしない、よね……?」
 『千夜子』の元になった怪談は、本物や否や……そこがちょっと気になっていたリーナは、少しこわごわとした様子で車座に加わる。
 一方、仲間達から少し離れた所で一服するいなせ。その目元を、唐突に、ひやりとした小さな手が覆った。
「だぁれだ」
 突き飛ばされたように振り返ると、目の端に翻ったのは、幼い少女の赤い着物と黒い影。
 それは夢か幻か本物の幽霊か……はたまた赤い着物にブラックスライムで影を演出した誰かさんの悪戯か。
 真実は、闇の中。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。