残虐の淫魔と理論の忍

作者:沙羅衝

 夏の暑い日ざしが照りつける。だが、その日差しも緑に囲まれたここ、京都府丹波市では都会よりも和らいで感じる。
 そんな景色の中、一つの小屋から二人の男の声が聞こえてくる。
「おい、首尾はどうだ?」
 螺旋の仮面を被り、地味めの大道芸人風の男がもう一人に話しかける。もう一人の男はサーカス団員のスタッフのような姿であるが、こちらもやはり地味だ。二人とも体中が汚れている。
「ああ、サブローアニキ。かなり様になってきたと思いやすが、ここが中々難しいコウテイなんすよ……」
 そう言って団員風の男、ゴローが手に持った壷の形をした粘土に模様を彫ろうとするが、上手く行かないらしく悪戦苦闘している。すると、サブローがそれを優しく取り上げる。
「ロクロは上手く行くようになったんだな。良し、貸してみろ。……ここを、こうやってだな……」
 すると、サブローは彫刻用のヘラを使い、見事な金魚の柄を掘り込んだ。
「ざっとこんなもんよ」
「流石アニキ。スゲエ……」
 二人はここ丹波で焼き物の修行をしている所であった。ミス・バタフライの指示により焼き物の技術を習得し、師匠を殺害する予定のようであった。
 その時、開け放たれていた扉から声が聞こえてきた。
「バタフライ……なんだっけ? そんな事やっているから、駄目なのよね」
 野暮ったい女の声だ。
「テメェ……誰だ!?」
「誰だって良いよ。ねえ、そんなことやってないでさ。殺しあおうよ」
 そう言って女は左手に白、右手に黒の刀を抜き放つ。
「ただのケルベロスじゃねえな。だが、そんな状態でやる気か? 舐められたもんだぜ!」
 サブローはそう言って螺旋手裏剣を構え、ゴローは短めの日本刀を手に取った。
 女はケルベロスのようであったが、彼らが知っている雰囲気とは違って、邪悪な気を放っている。体中は傷だらけであるが、ふらふらと揺れ動きながら殺気を隠そうともしない。明らかに普通じゃない。
「残虐たれ。非道たれ。それを愉しむ外道たれ! それが、我ら、真理華道だっ!」
 すると女はいきなり自分の腹にその二刀を突き刺し、一気に間合いを詰め、自分の腹を使って居合い抜く。
「ぐっ!」
 その切っ先がサブローの左腕を切り裂き、周囲の焼き物がバラバラに吹き飛んでいく。その一撃で彼の左腕はだらりと垂れ下がり、鮮血を噴く。
「真理華道だと? アイツらとは根っから考え方があわねえ。もっと頭を使えってなあ!」
 サブローは傷を気にすることも無く、手裏剣を四方に投げる。すると、女にその手裏剣がまともに突き刺さる。
「ハアア!」
 そこへ、ゴローの日本刀が女を切り裂いた。
 ドサ……。
 女はそこで意識を失っていた。良く見るとその傷の数は相当なものだった。
「……もう少しで技術が習得できる所だ。邪魔だな、殺すか……」
 サブローはそう言って、倒れた女、嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)の喉元に手裏剣をあてがった。

「みんな、戦争お疲れさんやったな。んで、これから運動会や。ちゅうところやねんけどな……」
 ガヤガヤと集まっていたケルベロス達に宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が話しかけた。彼女の後ろにはリコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)が続いていた。
「あんな、この前の戦争で暴走したケルベロスがおるねん。それが、嶋田・麻代ちゃん。彼女はそのまま姿を消しとったんやけど、彼女が丹波市で戦いを挑んで、負けてしまうことが分かった」
 ざわつくケルベロス達。完全勝利に終わった戦争。暴走したケルベロスがいたことは、余り知れ渡ってはいないようだった。
「今んとこ命に別状はない。でも救出が遅かったらデウスエクスに連れ去られたり、殺されたりするかもしれん。それは避けなあかん。今から行けば彼女が倒れた直後くらいに到着できる。デウスエクスを倒して麻代ちゃんを救って欲しい」
「私も同行する。彼女は今戦闘不能状態だが、今救出すればケルベロスとして回復は可能とのことだ。宜しく頼む」
 絹に続き、リコスがそう付け加えた。
「敵は螺旋忍軍が二体。丹波市で焼き物の技術を習得しようとしてるミス・バタフライの一派や。
 武器は螺旋手裏剣と日本刀。麻代ちゃんが螺旋手裏剣を装備した大道芸人風の螺旋忍軍にダメージを与えてる状態や。勿論彼らを放置もできへん。このまま放っておいたら、その焼き物の師匠の命が狙われる。事件の解決も含め、頼むな!」
 絹はそう言ったが、余り良い反応は帰ってこなかった。明らかに無謀な暴走だからだと、一人のケルベロスは言う。
「ええか……。確かに無謀やったやろ。でもな、本人の気持ちは本人にしか分からんねやで。それでもや、デウスエクスを倒さんとあかんちゅう目的は同じやったわけや。言いたいことあるんやったら、まず救出せなその機会も失われる。永遠にや……」
 そう言って絹はにっこりと微笑んだ。
「お、おい皆行くぞ。……絹のあの顔は、マズイ。絹は怒ると怖いんだ……さあさあ!」
 悪寒を感じたリコスに促され、ケルベロス達はヘリポートに向かったのだった。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
リィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)
ソフィア・ベル(色気より眠気・e38689)
一岡・茉鯉(ドラゴニアンの降魔拳士・e39061)

■リプレイ

●助ける者
「邪魔だな、殺すか……」
 サブローはそう言って、左手で麻代の首を掴み、そして螺旋手裏剣を右手で構えた。
「悪いが、そうは問屋がおろさぬ」
 一つの影、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が、その二人の間に割って入り、サブローの螺旋手裏剣を弾いた。
「ちっ! 仲間か!?」
 サブローは麻代を離し、弾かれた螺旋手裏剣を空中で掴み取る。
「アニキ!」
 ゴローがそれを見て、サブローの前に立つ。
「お前ら、例のバタフライの刺客やろ。しかも修業はほぼ終わりと聞いた。そういうことなら、うちらを倒してから、ってヤツやな」
 ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)が爆破スイッチ『サムディ・トゥ・ラヴ』のスィッチを押し、ボクスドラゴンの『ギンカク』と共にゴローと対峙する。
「コイツらケルベロスですぜ! オラァ!」
 すると、ガドの横からニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)がドラゴニックハンマーを無言で振り下ろした。
 ギィン!
 ゴローが日本刀を構え、ニュニルの武器を受け止める。派手な火花が散り、攻撃に手加減など一切ない事がわかる。
 その様子を感じ、ゴローが半歩後ろに下がる。だが、その足元からミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)の身体から伸びた植物の蔓が纏わりつく。
「ドーモ! イノセンスですっ!!」
 叢雲・蓮(無常迅速・e00144)が氷結の螺旋をゴローの腹部に放つ。その一つが腹を穿ち、そこから氷が発生する。
「ゴロー! そいつらを抑えておけ!」
 サブローが螺旋手裏剣でゴローの目の前にいる蓮を狙う。
「……サブローくんは、邪魔しちゃ、だめだよ……? 私の相手、して貰うんだから……」
 リィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)が、ゆっくりとした話し掛けから、超高速の突きでサブローを牽制する。
「悪いが彼女はやらせんよ……大切な先輩で仲間なんでな!」
 そして、一岡・茉鯉(ドラゴニアンの降魔拳士・e39061)が縛霊手の掌から巨大な光弾を発射する。
「コイツら……!」
 サブローはその二人の攻撃を後ろに飛んで避けるが、麻代との距離が広がった。
「今だ!」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)がそう言うと、ソフィア・ベル(色気より眠気・e38689)が即座に動く。一気に二人の螺旋忍軍の間に滑り込み、倒れている麻代を抱え上げ、小屋の入り口へと戻る。
 その傍に、霧城・ちさ、黒住・舞彩が集まり、玉榮・陣内と玄梛・ユウマが自らの身体を盾にするように前に立ち、武器を構えた。
 両者がにらみ合い、少しの沈黙が流れた。
「……コイツの話では、真理華道とか言っていたぜ。キサマら、ケルベロスじゃねえのか? 本当にコイツの仲間なのか?」
 その沈黙を破るかのように、サブローがケルベロス達に問う。切っ先はお互いを向いたままだ。
「その話か。あんな、うちもちょっとは考えたんじゃけど、結局は……なんもかんも……関係ないんよ。傷ついた仲間がおったら、助ける。それがスジやろう?」
 すると、ガドがそう答えた。その表情には、迷いが一切感じられない。
「スジ……な」
「せや。それがケルベロスや! それでええ!」
 そう言ってガドは仁王立ちになり、黄金の槍を構えた。

●護る者
 リコスとソフィアが麻代を小屋の外へと運び出す。陣内と舞彩がそこに寄り添い、出入り口をユウマが見張る。
「う……」
 ソフィアとちさが麻代にヒールをかけると、彼女の目がゆっくりと開く。
「目が覚めた? ここはボク達に任せて、ここで休んでおくと良いよ」
 麻代が気がついた事を確認し、ニュニルがそのまま戦場に戻る。
 すると、ニュニルと入れ替わるようにミスルが戦闘形態を解除せず、麻代に向かって歩み寄る。腕から伸びた攻性植物がゆらゆらと揺れる。表情は読めない。
「止まってください、ミスルさん。あなたは、あちらをお願いします。こちらは十分です」
 ミスルの内なる狂気を悟ったのか、ソフィアがミスルを牽制する。両者の視線が真正面からぶつかり合う。だが、次の瞬間ミスルのほうからその視線を切った。
「……そうですか。では」
 他のケルベロスが、何をするつもりかと問いただそうと彼女を見る。だが、ミスルはくるりと踵を返し、小屋に戻っていった。

「だったら、護って見せろ! ゴロー!」
「あいよ! アニキ! オラアア!!」
「来い!」
 ゴローの日本刀が上段からガドに向かって振り下ろされる。それを彼女は槍で受け止めるが、その勢いを殺しきれずに、彼女の肩から鮮血が上がる。
「へっ。上等じゃ!」
 すると、ガドはそのままブラックスライムを金色の棘鞭に変化させ、ゴローを縛り付ける。
『自分がやられて嫌なことは、憎い敵にはガンガンやれ。それがウチの、家訓でね。』
 そのスライムがゴローの首に纏わりつく。
「この野郎!」
 ゴローはそう言いながら、そのスライムを毟ろうと手を伸ばすが、思うように掴み取ることが出来ないようだ。
「ゴロー! ちっ。コイツら邪魔だ!」
 ゴローの様子を確認したサブローは目の前のリィナに手裏剣を投げつけるが、それをひょいと避けるリィナ。
「……駄目だよ」
 リィナはそう言いながら、ブラックスライムを放ち、その動きを封じにかかる。かろうじてその攻撃を避けるサブローだが、その先に茉鯉が笑みを浮かべながらケルベロスチェインを張り巡らせて縛り上げた。
「アニキ! これ、何とかなりやせんか!?」
 ガドのブラックスライムに悪戦苦闘するゴロー。
『簡単に倒れるわけにはいきません!』
『対象を確認。行きます』
 すると、ユウマの盾と月日貝・健琉の碧と紅の弾がガドを回復させた。
「まずは色々と後回しなのです! 悪いニンジャをやっつけるのだよ!!」
 すると、蓮が斬霊刀で神速の突きを繰り出す。
「ぐ……クソ……!?」
 その突きがゴローの日本刀を弾き、その勢いのままゴローの大道芸人風の服を切り裂いた。
「全く、螺旋忍軍にも色々いるものだね。でもボクが来たからには、誰にも好き勝手はさせないよ?」
 すると、戻ってきたニュニルが、螺旋を籠めた掌をゴローに押し当てる。
「ぐほっ!」
 カラン。
 ゴローは日本刀を落とし、そのまま両手で前のめりに腹を押さえた。
「終わりだ」
 レーグルが縛霊手に地獄の炎を纏わせ大きくジャンプする。その炎が放物線を描いてゴローへと一直線にむかう。そして、全体重を乗せた一撃をゴローの後頭部へと打ち付けると、ゴローは床に叩きつけられ、炎を上げながら消滅していった。

「観念するんだね!」
 蓮がそう言うと、サブローはじりじりと下がった。しかし、そこまで大きくもない小屋の中では、これ以上下がることも出来ない。そして、出入り口には複数のケルベロス達が武器をもって構えている。
「麻代さんを確保できました。大丈夫です、生きています」
 ソフィアがその入り口から入り、全員に報告をする。安堵の表情を浮かべる者、頷く者、無表情な者それぞれがそれぞれの反応を取る。そして、サブローに全員が向く。
「チッ! ここまでか……。だが……!」
 サブローが決死の覚悟で腰を屈めて跳躍する。その行方は、人が一人通れるかどうかの小さな窓だ。
「ぐぁ……!」
 だが、サブローの動きが宙で止まる。ミスルの触手と茉鯉のグラビティの鎖がその身体を絡め取り、それ以上の動きを許さない。
「得物を薙げば映りこむは悪霊の陰、冥府より出る南瓜頭の姿。カレは悦び切裂く、呪われし者と同じ名で――」
 ニュニルが詠唱を開始した時、全員のグラビティが狙い定められた。
『それは禁忌か伝承か。嗚呼どちらでもいい、その渇きを癒せれば』
 轟音と光。炎と斬撃。さまざまなグラビティが一点に集束した時、サブローは声を上げる暇も無く、掻き消えたのだった。

●欲望に従う者
「ふう……。やれやれ、か」
 茉鯉が安堵の息を吐きながら、小屋から出る。目の前の木陰には、助けられた麻代が呆然としていた。
「……麻代ちゃん、だいじょーぶ……?」
 心配したリィナが声をかけるが、反応はない。意識はあるようだが、今の状況全てを理解しきれては居ないようだった。
「おはよう、先輩。まぁ助かってなによりだ。説教できる立場じゃぁないが、一言だけな? 仲間を心配させんでくれよ」
「仲間? 心配? そんな人、私にはいませんよ。それに、こんなクズ助けてどうするんですか?」
 茉鯉がその様子を見て声をかけるが、麻代は自嘲気味に力なく笑いながら答えた。
「オレのことは、仲間と思っていただきたいのですが……」
 すると、横から健琉が話し掛ける。
「あなたは……五稜郭の時の……」
 五稜郭の一戦。ケルベロス達が戦った二つの現場のうちの一つ。残念ながらそこでの防衛は失敗に終わっていた。麻代はその時、螺旋忍法帖の所持者であった。
「暫くぶり……ですか。オレは五稜郭で、あなたを、そして螺旋忍法帖を守り切れませんでした。それが気になって仕方なくて。ある意味、それを割り切るために来ました。微かな縁ですけれど、戻ってきてほしいと思います。
 それに、戦争……あの戦いは、負けられない戦いでした。完全勝利だけれど、危ない場面だって、確かにあったんです。オレは『無駄な暴走』だなんて、思いません……。それだけは、伝えたかった」
「暴走する前もした後も、自分の体は大事にせんとな。……まあ、うちが言えた立場でもないか」
 入れ替わるように、ガドが言う。彼女は何時も身体を張って無茶をするのだが、言わずには居れなかった。
「そうだ、責める理由も必要もない。誰かの危機には誰かが駆けつける、それで充分だ。少なくとも俺は、いなくなった人の帰りを待つ誰かのために力を尽くす」
「麻代にも、待っている人が居るんじゃないのか?」
 陣内とリコスの言葉に麻代が少し目を見開く。そしてそのままうなだれた。
「……義姉、さん」
 ジワジワと蝉の鳴く声だけが暫く響いた。するとミスルが麻代に歩み寄っていく。
「ミスルさん、待ってください。先程も言いましたが、止まってください。そして、直ぐにその攻性植物をしまってください」
 ソフィアの声が大きく聞こえ、何事かと全員が向く。その視線の先のミスルは、まだ戦闘体制を解除していなかった。
 その様子を見て、他のメンバーが集まってくる。
「ミスル殿。どういうつもりか知らぬが、事が事であれば全力で止めるが?」
 レーグルがミスルの前に立ち、他のケルベロス達も直ぐに動けるよう体制を取り始めた。すると、その様子を見て、ミスルはため息を付きつつも口を開いた。
「あなたがどうしようが私には関係のないことです。謝罪も要りません。本当は、それだけ迷惑をかけたという事を、身を持って知っていただきたいのですが、こちらの皆様はどうもお優しい。ただ、それだけの事をしたということだけは、頭に入れて置いてください。そして、行動で示してください。
 さもなくば……次は、ありません。私はそこまで優しくないので。……それでは、私はこれで」
 そう言ってミスルはケルベロス達に会釈をし、独りこの場から去っていった。
 彼女が視界から消えていくのを確認し、ニュニルは肩から力を抜く。
(「何のつもりかどうかは知らないけど、彼女なりに何かを感じて欲しかったのかな。……でもそれは、優しいの裏返しなんだけど」)
「まあいい、これからどうする? ボクたちと一緒に帰るかい? 折角だし、ボクはマルコと一緒に焼き物について知りたいから、ちょっと残るけどね」
「あ、ボクもそれ、興味ある。ニュニル姉と一緒してもいいかな?」
 彼女がピンククマぐるみのマルコを見てそう言うと、蓮が表情を柔らかくする。
「あら、それ賛成。螺旋忍軍じゃないけど、技術を習得してみようかしら。なんてね」
 舞彩がそう言うと、何事かと近寄ってきた人物がその輪に加わっていく。どうやら螺旋忍軍が師事していた焼き物の師匠であった。
 その輪はレーグルと麻代を残し、一つとなっていく。
「……我も月日貝殿と同じ場所、五稜郭での御礼を返すべく馳せ参じた」
 ポツリとレーグルが言う。
「礼? そんなものは貸していませんが……」
 麻代は、良く分からないという表情で、彼を見る。
「嶋田殿がどう思うかは、我には関係が無い。それこそ、此方の勝手といえば勝手だ」
「勝手……か」
 そう言って麻代はふと笑う。レーグルはそれを見て己も口角を上げる。先程までの自嘲気味の表情ではない。
「そうだ、勝手に助けた。だが、あわせてこうも思っている。気分がそう悪くないと良いのだが、とね」
 そう問われると、麻代は己の掌を見つめ、それを握りこむ。
「気分、ですか。良くは無い、ですね。クズですから」
 麻代は漸くゆっくりと周りを見て、今の状況を把握し始めた。
 夏らしい風と、日差し。だが、何処か柔らかい。暫くそれを見つめていると、彼女は憑き物が落ちたような、そんな雰囲気を放ち始めた。
 そこへ、蓮とリィナが駆けて来た。
「麻代姉もどう? 折角だし!」
「麻代ちゃん……いこ? きっと、たのしいよ……」
 その言葉が呼び水となったのか、麻代は腰を上げ、その焼き物の師匠を中心に集まっている一団を見る。辺りは緑が豊かで、蝉の声がその季節を告げていた。
「来るかい?」
 レーグルが気さくに言う。
「……そうですね。まだ少し上手く体も動きませんし、頭も良くまわらない。ただ、他にあてもありません。先程の方の言葉、行動で示せという言葉も、今は有難いです。欲望の赴くまま、勝手にさせてもらいます。まず、私はそこに行きたい」
 麻代は集まっている一団を指差し、歩き始めた。
「歓迎しよう」
「あ、そうだ。良い忘れてた!」
 その時、二人の前を行く蓮が何かを思い出し、元気良く振り返る。
「麻代姉、お帰りっ!」
 そして、にへっと笑いかけた。するとレーグルも噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「ーーおかえりなさい」
 すると、麻代は釣られて口を開き、こう言ったのだった。
「ただいま……」
 と。

 こうして、ケルベロスの完全勝利に終わったスパイラル・ウォーは、最期の幕を下ろした。
 それは、良く晴れた夏の日のことだった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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