プールサイドの少年とビート板

作者:奏音秋里

「おやすみなさい……」
 今日は少しだけ、憂鬱な気分で布団に入る。
 水泳の授業で、クラスで自分だけ、25メートルを泳げなかったのだ。
(「明日もある……イヤだなぁ……」)
 なんて消極的なことを、考えていたからだろうか。
 ものすごい勢いで、ビート板が追いかけてくる。
「ぁいたっ!」
 ビート板にはたかれた衝撃で、少年は眼を覚ました。
 当然ながら、其処はプールではなく、ビート板もいない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 それなのに唯ひとり、魔女が待ち詫びたと鍵を突き立てる。
 弾力に富んだ素材のドリームイーターが、姿を現した。

「自分も、泳ぎたいっす……」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、深い溜息を吐く。
 相変わらず、水に浸かる余裕はないらしい。
「またドリームイーターが出たっすよ。少年を助けるためにも、退治をお願いするっす」
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)の報告によれば、縦も横も2メートル超え。
 夜だし遠目には食パンみたいだけれども、ビート板を模していた。
「ドリームイーターは、少年の家から小学校までの道を彷徨いているっす。誰かを驚かせたくてしょうがないみたいっすから、その辺を歩いていれば向こうから寄ってくるっすよ」
 ちなみに、ドリームイーターは自分に驚かなかった相手を優先的に狙ってくる。
 誘導や戦闘を有利に進めるために活用してほしいっすと、ダンテは言った。
「戦闘場所は、小学校の運動場がオススメっすね。少年の家からは歩いて5分くらいなんで、距離を保ちながら誘き寄せてくださいっす」
 ただし。
 宿直の先生に、事前に校門を開けて照明を点けておいてもらえるよう、連絡が必要だ。
「あとは攻撃方法なんっすけど、少年を驚かせたようにはたいてくるのと、魔法で水流を起こすみたいっすね。涼しくなっていいかもっすけど、びしょ濡れっす」
 その状態で砂場に転びでもしたら、目も当てられない。
「少年は自宅の布団で意識をなくしているっす。励ましてあげてもいいかもっすね」
 ケルベロス達は勿論、少年の無事も祈って、ダンテは皆を送り出すのだった。


参加者
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、二手に別れて作戦を開始する。
 学校へ先まわりする組と、少年の家からドリームイーターを誘導する組だ。
「こんばんは。いまよろしいでしょうか?」
 宿直室の扉を、サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)が軽く叩く。
 出てきた相手にぺこりとお辞儀すると、髪に咲く桜が揺れた。
「私達はケルベロスです。突然で申し訳ありませんが、こちらの学校の運動場をお借りしたいのです。校門の解錠と、夜間照明の点灯をお願い出来ますか」
 虹・藍(蒼穹の刃・e14133)も可能な限り丁寧な口調で、使用許可を申請する。
「ドリームイーターが現れますので、あなたもできるだけ離れた場所へ避難してください」
 人見知りな、鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)も精一杯に事情を説明。
「心配だとは思うが、どうか私たちに任せて欲しい」
 デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)の最後の一押しで、腰を上げてくれた。
「そウだ。交差点は2回。どちらモ右に曲がれば、左手に見えてくル」
 アイズフォンを起動して、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は周辺の地図情報を取得。
 少年の家から小学校までの道順を、確認しながら伝えていく。
 さて、電話の向こう側にいるのは。
「右、右ね。了解よ。ありがとう」
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)が、礼を言ってアイズフォンを切った。
「しかし、なんで叩かれるか分かっているので驚くことはありませんが、ビート板が襲ってくるのは……なんだかシュールですね」
 その姿を想い描いて、簾森・夜江(残月・e37211)は苦笑する。
 ベルトにつけた懐中電灯を手にとって、こまめにぐるりと見回しながら。
「魔女もドリームイーターも、幾らでも出てくるなぁ」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が、両腕を頭の後ろへまわして息を吐く。
 暫くののち。
「おや。あなた、ドリームイーターですね」
 夜江の視界にはっきりと、想像していたようなカタチが映り込んだ。
「おぉ~! あのくらいでかい奴なら、重たい俺でも浮けそうだな!! ってそうじゃない。俺、藍に現れたって連絡するぜ」
 アイズフォンで、広喜は仲間達へとドリームイーターの出現を告げる。
 わざと『雨宿のランプ』を大きく振って、注意を惹いてみた。
「あたし達は驚かないわよ。驚かせたいならついてきなさい」
 正面に立ち、驚かず平然と言ってのけるジェミ。
 腰に灯る『天光のランプ』の明かりを頼りに、小学校へと急ぐ。
 結果、5分もせずに、待機組と合流した。
 ドリームイーターを先に行かせて、広喜が立入禁止テープを張る。
「なんと。塗り壁といウ妖怪がいルらしいが、それかもしれぬ」
 身振りを交えるビハインドとともに、眸は驚く演技をした。
「まぁ。なんてファンタジーなドリームイーターでしょう! 大きくてびっくりしました」
 サクラも、少年の描いた幻想の世界に、驚きを表明する。
「デカっ!?」
 隅に『特製ハンズフリーライト』を置いて、藍も口早に一言。
 大人びていて年上に見られがちだが、16歳の素直な感想だ。
「……食パン?」
 ぎょっとしたように、デニスも紫の瞳を見開く。
 勿論フリだが、足踏みをしたり後退ったりと、落ち着かない風を装った。
「う、動く食パン……」
 考えていた台詞を述べるエミリも、緊張してちょっと棒読み気味である。
 だが、同じ旅団員のデニスと広喜に夜江、団長の眸も、頼もしいから大丈夫。
 斯くして、ディフェンダー以外は皆、思惑どおり初撃対象から外れるのだった。

●弐
 ドリームイーターが、その柔らかい身体をしならせる。
 ものすごい勢いで、イチバン反応の薄かった夜江をはたいた。
「夜江から離れるんだ」
 ドリームイーターを挟んで逆側に位置どり、掌からドラゴンの幻影を放つデニス。
「土だから大丈夫だと思うが、水で滑らないように足許にも注意しよう」
 積極的に、皆にも声をかけていく。
「そうね! ちなみに、あたしは服の下に水着を着てきたの。だから濡れても平気よ!」
 自信満々に言い放ってジェミが、高速演算で構造的弱点を割り出し、狙いを定める。
「ビート板だろうと壁だろうと、そこに敵があるなら蹴り割るだけよ!」
 ジェミは思い切り、ドリームイーターの中心へと蹴り込んだ。
「なるべく学校に被害がいかないようにも、気を付けよう」
 デニス同様、藍も仲間達の動きに注意を払う。
「敵の形状が形状だけに緊張感が……いえ、油断なくがんばりますとも!」
 自分に言い聞かせて、鋼の鬼と化したオウガメタルの拳を打ち込んだ。
「校舎は勿論ですが、周辺の器具にも被害を出さないようにしないといけませんね」
 藍の呼びかけに補足して、エミリも待機中に調べておいた遊具や砂場の位置を伝える。
「さぁ、連携してさっさと倒してしまいましょう」
 そうしてオウガメタルからオウガ粒子を放出し、前衛陣の命中率を上昇させた。
「お前ノ足を、止めル」
 流星の煌めきと重力をエアシューズに宿し、眸は飛び蹴りを放つ。
 しかしドリームイーターに受け止められ、負けじと発動される水流魔法。
「っと危ねぇ、眸!」
 水の勢いに押されて転びそうになる眸の腕を引いたのは、広喜だった。
「ン……ありがとウ、尾方。ワタシ達を濡らすことに敵になんノ利点があルのだろうな」
 濡れて額に張り付く前髪を掻き上げつつ礼を言う眸に、無事でなによりと広喜は笑う。
「面白え敵だなあ。でも小さな個体助けるためだ。あいつらはまだこれから、学び成長するんだからな……解析完了。ぶち壊させてもらうぜ」
 地獄の青炎を全身の回路に充填させて解析した弱点に、広喜の拳が命中した。
「皆さん、回復は私達にお任せください」
 エミリに重ねてサクラも、全身の装甲から放つ光で前線メンバーの超感覚を覚醒させる。
「人には誰だって苦手なものくらいあります。それが追いかけてくるなんて悪夢ですから、ここで断ち切ってしまいましょう」
 更にサクラのボクスドラゴンも、後衛の眸に雷属性をインストール。
「我が刃、雷の如く」
 魔術が創り出す光の刃は、触れた瞬間に蒼々と散り、ドリームイーターの身体を縛った。
 最近接距離ではたかれても表情を変えることなく、夜江は前を向く。
「いま優先すべきは、目の前に居る敵のみだ。己の身を気にしている暇はない」
 凛々しい宣言は、ヒトの命のためなら己の命も顧みない覚悟を顕していた。

●参
 数ターンが経ち、はたかれても水流を受けても、怯むことなく立ち向かうケルベロス達。
「私の身体はドラゴンの水流にも堪えたのよ! このくらいで流されるもんですかぁ!」
 ジェミは気合いと腹筋で放水を受け止め、転ぶまいと耐えきって無効化する。
「それは、砕くわ! 師匠譲りのこの身体に、つうじるもんですかっ」
 鍛えあげた肉体も荒げる声も、ともに戦う仲間達を奮い立たせた。
「心配には及ばないってか。頼もしいな、ジェミ! 一気に畳みかけるぜ」
 女性陣の濡れ姿を気にも止めず、四肢の地獄の炎をバトルガントレットに収束させる。
 クラッシャーを庇って傷付いても、広喜の拳は止まらない。
「もう、一瞬の隙も与えまい」
 そのうちに夜江は死角へとまわりこみ、斬霊刀を横薙ぐ。
 間髪入れぬ斬撃が、密やかにドリームイーターの急所を掻き斬った。
「マインドリング、久しぶりに握ったが……やはり馴染む」
 愛用するナックルダスター型のマインドリングから剣を顕現させながら、眸は呟く。
 ビハインドの金縛りに合わせて、斬りかかった。
「――味わってみるか?」
 デニスの影から這い出てきた、月光の如く白銀に輝く狼が咆哮をあげる。
 その赤の瞳に捉えられれば、鋭い長爪からは逃れられない。
「灼き切って差し上げます――あなたの、すべて」
 そっと触れた指先から、エミリは一瞬の痛みとともに稲妻を流し込む。
 ドリームイーターの神経回路を破壊し、思考も感情もなにもかも分からなくした。
「聞いて、見て、触れて、受け止めて」
 ゲシュタルトグレイブに地獄化した歌声から紫焔を滲ませ、炎の刃を形成する。
 振り下ろせばサクラも得物も陽炎と揺らめき、ドリームイーターに喰らいついた。
「貴方の心臓に、楔を」
 囁き、藍は体内のグラビティ・チェインから虹色の光彩を纏う、星銀の弾丸を創り出す。
 重力の楔を指先から連続で撃ち出し、正確に核を貫いた。
 衝撃に手も足も動きを止めて、大地へ向かってだらんと垂れる。
 そのままべたんと音を立ててうつ伏せに倒れ、溶けるように消えてしまった。

●肆
 武器を納めて、ケルベロス達は互いの状態を確かめる。
「びしょ濡れだなあ」
 と広喜が楽しげに笑えば、程度の差はあれ、皆も笑みを浮かべた。
「動きづらい……」
 ぽつりと零すエミリは、実はちょっとしたアクシデントでずぶ濡れのうえ砂まみれ。
「エミリ、このタオル使って。みんなの分もあるからね。みんなお疲れさまだ。夏とはいえ、風邪を引かないようにな」
 するとジッパーつき保存袋を開けたデニスが、女性優先でタオルを手渡し始めた。
「私も、皆の分もタオルを持ってきたんだ。こっちも使ってくれ。それにしても、夏らしい敵だったね。ずぶぬれ覚悟で水着を着てきて、正解だったよ」
 隠しておいた荷物からタオルをとり出し、藍も近くの顔見知りから配布していく。
「ありがたイ。ずぶ濡れにハなったが、終わってみれバ、涼しくなルのは善いものだな。デニスも言っていたが、風邪をひかぬよウにな」
 受けとると、眸は皆の様子に眼を細めた。
「藍さん、ありがとうございます。気にしないとは言いましたが……濡れたまま帰ることまで想定していませんでした」
 胸が大きい分、服の張り付く気持ち悪さも増しているような、そんな気がする夜江。
「ありがと、デニスさん。ちょうどいい水浴びだったわ! 乾かさないと」
 ジェミは服を脱いで水着になると、まずはツインテールの水気を拭きとった。
「校庭の被害も非道くはありませんし、宿直の方を呼び戻しましょうか」
 落ち着いてからサクラは、先に聞いておいた場所へと担当者を迎えにいく。
 勿論このあいだに、運動場にはヒールを施しておいた。
「あなたの協力に感謝するよ。ありがとう」
 戻ってきた宿直員へ、藍を始め、全員できちんとお礼を伝える。
 それから一行は、被害者の家を訪ねた。
「無事に意識をとり戻したのですね。安心しました」
 出てきた親子にたいして、夜江は簡単に、今回の事件について説明する。
「まあその……ヒトそれぞれ苦手なものはあるのですし、あまり気になさらない方がいいと思いますよ。それでも上達したいというなら、焦らず練習を重ねていくことが大事かと」
 励ますなんて柄ではないと思いつつも、エミリはなんだかんだ声をかけてみた。
「努力は必ず実る、とは言わない。だがその心ひとつで、諦めなければ目指すものには近づけるだろう」
 そっと、デニスは少年の頭を優しく撫でてやった。
「トレーニングも水泳も積み重ね。明日はきっと、いままでよりも泳げるから」
 腕や腹の筋肉を見せて、ジェミも普段どおりの笑顔ではきはきと少年を励ます。
「水のなかでは、無理に力まず、力を抜いたほうが浮きやすくなるそうですよ。嫌な夢はもう払いましたから、自分のペースで泳いでいきましょうね」
 サクラとボクスドラゴンも、視線の高さを少年に合わせて表情を緩めた。
「そうだぜ、サクラの言うとおりだ。俺も出来ねえことが沢山あるんだけどよ、ゆっくりやればいつか出来るんだって教えてもらった。明日、今日より明日、少しでも長く泳げりゃお前の勝ちだ。きっと出来るぜ!」
 眸に折り紙を教わったことを想い出し、いつもの笑顔で嬉しそうに話す広喜。
「コア出力最大……Oath/Emerald-heal……承認」
 生命力に転換したコアエネルギーの光が、愛用の手袋の下に浮かぶ回路から漏れいずる。
 少年と握手を交わして、眸は己の生命力を、少年へと分け与えるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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