甘い雨と綿菓子の蝶

作者:犬塚ひなこ

●甘やかな世界
 気が付くと真白な雲の上に居た。
 甘い香りに満ちた空にはふわふわとした雲で出来た蝶々が飛び交っている。
 雲の上一面にはたくさんのキャンディがあった。棒付き飴の森、リボン型の包みに入った飴の草原、水飴が流れる川。何処へ行っても様々な甘さが楽しめた。
「ふふ、雲と飴の王国みたい」
 きっと此処は食べても食べても減らない雲のお菓子の世界。
 少女はめいっぱいこの場所を楽しみ、最初に来た蝶々の雲間に戻ってくる。そっと指先を伸ばすと一羽の蝶が舞い降り、愛らしく翅を揺らした。
 可愛い、と少女が微笑んだそのとき。
 周囲をひらひらと舞っていた蝶達が突如として少女に突撃してきた。
 悲鳴を上げる間もなく、甘い蝶はその口の中に飛び込んでくる。口の中に広がる甘さ。けれどあまりの多さに息が出来ずに少女はもがき、そして――。

「きゃああっ! って、なーんだ。夢だったんだ……」
 蝶から逃れようと飛び起きた少女は此処がベッドの上だと知って安堵する。
 だが、本当の危機は目覚めた先にあった。
 何故なら――。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 少女はとうに魔女ケリュネイアの標的とされていたのだから。

●夢続きの事件
 食べても減らない雲のお菓子の夢を見た少女が、驚きを奪う夢喰いに襲われた。
「雲が綿菓子になるっていうのは、誰しも一度は考えるものなんだね」
 天喰・雨生(雨渡り・e36450)はそのような予知が成されたと話し、周囲に集ったケルベロス達に協力を願った。仲間達が詳しい話を乞うと、うん、と頷いた雨生はヘリオライダーから伝え聞いたことを語りはじめる。
「敵は『驚き』から生まれた、大きな蝶型の綿菓子雲だよ」
 既に夢を奪った魔女は何処かへ去っているが、具現化した新たなドリームイーターは少女の自宅から飛び出して周辺を彷徨っているようだ。ちょうど近くに広い公園があり、おそらくその付近にいるのだろうと予想されている。
 敵は一体のみ。
 この類の相手は誰かを驚かせたくてしょうがないらしく、付近を歩いているだけで向こうからやって来る。誘き寄せは要らないと話した雨生は、けれど、と続けた。
「夢喰いは、出会い頭に驚かせてくるよ。移動中は小さな蝶の群体になっているらしくて、急に現れて僕達に纏わりついてくるって聞いた」
 音もなく近寄る蝶達はいきなり口に飛び込んで来ようとする。
 驚かせにダメージはなく鬱陶しいだけだ。けれど酷い甘さを感じるから気を付けて、と雨生は注意を促した。
 それが終わると敵は巨大な蝶へと戻り、攻撃を仕掛けてくる。
 また、敵は自分の驚きが通じなかった相手を優先的に狙うようだ。この性質をうまく利用できれば有利に戦えるかもしれないと告げた雨生は小さく肩を落とす。
「見た目はふわふわしているのにね。ふわふわ。外見に反してとても強いみたいだから、油断しないようにしないといけないね」
 敵は飴の雨を降らせ、羽ばたきで激しい風を起こす他に雲を増やして自らを癒すという。
 しかし協力しあえば怖い相手ではないと語り、雨生は説明を終えた。
「食べても減らないっていうのは少し、ううん、すごくうらやましい、けど……夢は夢だから。悪い夢になりそうなら、僕達の手で葬らないと」
 ね、と仲間達に視線を向けたは雨生は戦いへの思いを抱いた。
 甘やかな夢が不幸を作り出す存在になってしまう前に止めたい。少年の思いはそっと胸に仕舞われる。そして、ケルベロス達は夢喰い討伐への思いを強めた。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)
燈・シズネ(耿々・e01386)
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)

■リプレイ

●甘々蝶々
 しんと静まり返った或る夏の夜。
 甘く楽しい夢は奪われ、甘いけれど恐ろしい悪夢に変わってしまった。
 真夜中の公園にて、仲間達は周囲を見渡す。付近を彷徨っているというドリームイーターはいつ此方を驚かせようと出てくるか分からない。
「綿菓子の甘い蝶と聞けば興味も沸くというものだが、夢喰いの仕業とはね」
 ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)が軽く肩を竦めると、燈・シズネ(耿々・e01386)も神妙に頷いた。
 綿菓子の雲に蝶。それは実に子どもらしい夢だ。
「無邪気な夢を利用するってのは、気にくわねぇよな」
「雲の蝶々、さん。かわいくて、幻想的で、あまい。けれど――」
 それが息も出来ぬほどの苦しさを齎すなら、とリラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)は首を振った。そして、リラはウイングキャットのベガと一緒に敵の気配を探る。
「話を聞く限り、甘くて可愛い素敵な夢だったんだけどね」
 天喰・雨生(雨渡り・e36450)は小さな溜息を吐き、これから訪れる敵へと思いを巡らせる。エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)も周辺から不穏な空気を感じ取りつつ、件の夢のことを考えた。
「綿菓子の雲、は……美味しそうですね」
「ええ、現実ならば素敵だったのだけれど」
 マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)は仲間の言葉に同意を示し、蝶をひときわ誘うようにして花を模したランプを掲げる。
 そのとき、公園の片隅で何かが動きを見せた。
 皆が気付く前に飛び出した蝶々の群は一斉に番犬達へと襲い掛かってくる。
「う、わっ……!」
「えっ、あっ、なに?」
 雨之・いちる(月白一縷・e06146)と薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)は口の中に飛び込んできた甘い味に驚き、思わずその場から飛び退いた。
「なんだなんだ」
「これは……」
 シズネとジエロ、エルスが口元を押さえる中、雨生は纏わりつく甘い蝶を振り払う。驚く様を見せる仲間達に対し、マールとお付きのナノナノ、ネウは平然としていた。
 突然の出逢いは甘くて不快。
 されど、其れさえ見事に秘めた彼女達にドリームイーターは狙いを定める。だが、どうやら敵は驚く様子を見せられなかったリラにも意識を向けたようだ。
 気を付けてください、とエルスが仲間に呼び掛ける最中、雨生はしかと身構える。
 敵の狙いが定まったことを確認した雨生はひっそりと酸っぱい飴を口に放り込み、その瞳に標的の姿を映した。
「夢は夢のままで良かったのに。現実に出てきちゃったのはいただけないね」
 だから、在るべき場所に還そう。
 雨生がそう告げた刹那、戦いは始まりの刻を迎えた。

●苦き飴雨
 未だ口の中に広がる甘さ。
 後味の悪いそれを噛み潰すように片目を瞑り、いちるは掌を強く握り締める。
「ちょっと心臓に悪い、ね」
 せっかくの甘くて楽しい夢なら醒めた後も幸せな気分でいたい。それなのに、と腕を掲げたいちるは其処に巻き付く魔鎖を解放した。
 猟犬のように戦場を走る鎖に合わせ、シズネは駆ける。
「甘いもんは好きだが、オレの好みじゃねぇなあ」
 普段は隠している耳と尻尾も戦いが始まった今、高揚と共に顕現していた。シズネは地面を蹴りあげ、炎を纏った一閃を放つ。
 リラは不必要に狙われぬよう後方に身を隠し、ベガと共に癒しと援護に回った。
 それと同時にドリームイーターが雲の翅を広げる。
 其処へ飛び出したネウは口をあけ、もう一度あの甘い味が来ないかと期待の眼差しを向ける。ナノナノの出方を見遣ったマールは、危ないのよ、と囁いた。
 すると甘い突風がネウを吹き飛ばす勢いで放たれる。
 なのっ、とネウから悲鳴めいた声があがるが守護役としての動きは十分。
「――さぁ、存分に愉しみましょう」
 マールは飛んできたナノナノの背をすい、と押し、自らは鋭い光弾を撃ち放つ。ネウもばりあを張り巡らせ、次は押し負けないと心に決めている様子。
 エルスも熾炎を具現化し、業炎砲で打って出る。
「それにしても、すごく大きい綿菓子ですね……美味しいのかしら?」
 興味を抱いてしまったが、先程の甘い驚かしはもう来ない。ナノナノの件からみて、食べても痛いだけだろうと判断したエルスは残念さを押し込めた。
 その間にジエロとボクスドラゴンのクリュスタルスが攻勢に入ってゆく。
「これほど大きい蝶を見るのは生涯この日だけだろうなあ」
 行くよクリュ、と匣竜を呼んだジエロは魔力の焔を巻き起こした。主人に合わせる形でクリュスタルスが水の竜息を吐き出し、夢喰いを穿つ。
 ジエロ達の攻撃によってぐにゃりと綿菓子蝶が揺らぎ、その形が僅かに崩れた。その光景を見た怜奈はふと昔を思い出す。
「綿菓子か……縁日の屋台でよく買って頂きましたわね」
 確か綿菓子は熱で溶けるはず。ドリームイーター相手には一筋縄ではいかないと知っているが、怜奈は杖から迸る雷を敵に向けて放つ。
「この夢の本当の持ち主のためにも、消えてもらうよ」
 其処に雨生による竜砲弾の連撃が加わり、敵の動きが鈍ったようにみえた。
 リラは好機を見出し、今、です、と仲間達に呼び掛ける。
「その夢、終わらせ、ます。すべてのひとを、護る、ために――」
 リラ自身は生命を賦活する雷電を舞わせ、仲間達へと加護を与え続けていた。誰か一人でも倒れさせては、癒し手の名折れ。
 ベガ、とリラがその名を呼べば翼猫も清浄なる翼を広げていった。いちるは自分に漲る力を感じ取り、リラ達に礼を告げる。
「このままだと夢見が悪いって、だけじゃ済まない、ね」
 万が一でも自分達が敵を取り逃してしまったら夢主の少女は目覚めぬまま。それはいけない、と星型の光を具現化したいちるはひといきに理力を蹴り込む。
「にしても……ちょっと、ねむいの……」
 そのやや後方ではエルスが目をごしごしと擦って眠気を堪えていた。
 眠いから早く片付けて帰りましょう、とあまあまな口調で呟いたエルスは時空を凍結させる弾丸を放つ。
 平気かと問いたくなったシズネだが、その一閃が見事に敵を貫いたことで安堵を覚えた。そうして、シズネは携えた刃を抜き放つ。
「雲も綿菓子も刀で斬れるとは思えねぇけど、斬るのはなりそこないの悪夢だ」
 だったら、と振り下ろした月光の斬撃。
 だが、シズネは目の前で敵がひらりと動く様を見た。舞うようにしてシズネの一閃を躱した敵は反撃に入る。
 しまった、と尻尾の毛を逆立てたシズネは即座に一歩下がった。
 その射線を庇う形でマールが立ち塞がり、反撃に入った綿菓子蝶からの一撃を受け止めた。ぱらぱらと降る雨のような飴は痺れを齎す。
 しかし、マールは散って花唇に乗った甘い雨を敢えて舌で舐めとった。その味は鋭く、世辞にも美味しいとは云えない。
「甘美と謂うには聊か棘が過ぎるようだけれど、蜜より甘い私の舌で抉り裂いて蕩してあげる」
 それでも微笑を湛えたまま、銃を構えたマールは氷閃を撃ち返す。
 ジエロは痺れを受けても尚、果敢に立ち回る仲間に頼もしさを覚えた。
「さて、負けてはいられないね」
 魔力で炎の弾を生み出したジエロは敵に目掛けて次々とそれらを舞い飛ばしていく。その隙にリラが仲間の麻痺を癒すべく、安らぎに満ちた夜の謳を紡いでゆく。
「ふわふわ、ですが、破壊力もあり、こわい能力。強敵です、ね」
 ――星は謳う、貴方のために。傷を癒す、この、謳聲。
 どうか貴方に届きますように、と施されたのはいとおしい夜の温もり。星々の謳が癒しの力となっていく中、ネウとベガが連れ立って敵に向かう。
 ちっくん攻撃と爪引っ掻きがほぼ同時に綿菓子蝶を貫き、斬り裂いた。其処へ更にクリュスタルスによる匣体当たりが見舞われる。
 綿菓子蝶の力が着実に削られていると察し、雨生は身の丈程もある筆型の如意棒を振りあげた。
「確かに甘いようだけど、お前がやってるのは現実を苦くする事だけだよ」
 そういって雨生が踏み出せば、高下駄の音が鋭く響く。
 踏み込んだ彼のフードが大きく揺れた瞬間、激しい一撃が夢喰いを穿った。
「今ですわね。良い好機は逃しませんわ」
 怜奈はチャンスを掴み取り、ロッドを高く掲げる。其処から放たれたファミリアが綿菓子に直撃し、それまでに与えられた不利益をどんどん増やしていった。
 いちるも更に敵を弱らせる為、影の如き一閃を放ちに向かう。その際、綿雲で出来たような蝶々の姿を目の当たりにしてしまった。
「近くで見るとほんとに蝶、なんだ。虫は嫌いじゃないけど……ここまで集まってるとちょっと……」
 苦手かも、と呟きつついちるは渾身の攻撃を見舞う。
「雨が飴だったらとか、考えたことはあるが押しつけがましいクドイ甘さじゃなあ」
 合わせてシズネが降魔の力を宿した拳を放ち、追撃を決めた。次はちゃんと当ててやったと笑みを浮かべるシズネに微笑を向け、マールも更なる一手に出る。
 其処から戦いは激しく巡った。
 エルスと怜奈も敵に衝撃を与え、ジエロ達も攻撃に専念していく。
「おっと。それ以上は近寄らないでくれるかい」
 ジエロは敵が迫ってくることに気付き、手にしていた杖を白黒の蛇に戻した。
 腕にファミリアを絡み付かせた彼は即座に拳を差し向け、音速を超える速さで敵を撃ち貫く。ふ、と口許に笑みを湛えたジエロはすぐさま一歩下がった。
 おそらく、あと少しで夢喰いが散る。
 そう感じた仲間達は視線を交わし、来たるべき終わりを見据えた。

●沈む蝶々
 ふわふわ、甘やかな夢。
 それが不幸を呼ぶ前に、それが本当の悪夢を呼んでしまう前に。
「――さようなら、星の導きに沿い、あるべき場所へ、お還り」
 リラは弱っていくドリームイーターをそっと見つめ、別れの言葉を紡ぐ。後は皆がやってくれる、と信じたリラは夜の謳で仲間を癒し続けた。その隣ではベガもしっかりと仲間の援護を行っている。
 彼女達の後押しを確かに感じ、マールはネウと共に守護を担った。
「月明りの檻に囚えて、夜の底へと沈めましょう」
 夢は夢の儘、想い出だけを遺してお行き。そんな言葉と同時に駆動音が響き、マールの手によって刃が振り下ろされる。仲間の与えた痛みや炎、冷たさ共々深く深く刻み込むようにマールは駆動剣を強く握った。
 雨生が感じているのは、終わりはしかと近付いているということ。改めて身構えた怜奈も秘薬を用い、己の能力を解放させていく。
「そろそろ終わりに致しましょうか?」
  放たれたのは穿紅嵐。静電気を極限まで増幅させ、突風に乗せて放った一撃は綿菓子雲を吹き飛ばす勢いで荒れ狂った。
 そうして、エルスも世界の隙間から虚無の力を召喚する。
「紅蓮の天魔よ、我に逆らう愚者に滅びを与えたまえ――!」
 悪魔のような黒い炎が渦巻き、猛烈な爆発となって敵を包み込んでいく。衝撃は対象を焼き尽くすが如く、激しく炸裂した。
 ジエロは腕から肩へ登った蛇に目配せを送り、クリュスタルスにも願う。
「さあ、そろそろ終幕だ」
 往け、とファミリアと匣竜に告げたジエロは真っ直ぐに夢喰いを指さした。その軌道を翔けるかのように竜と蛇が水流を纏い、敵を貫いた。
 そして、其処へいちるも手を伸ばす。
 指先から滴る血を魔導書に捧げた彼女は封じられたものをに呼び掛けた。
「『虚喰』、全てを喰らい尽くして」
 その声に応じた虚喰を召還する。終焉を詠う邪竜の咆哮は耳にした者の自由を奪い、その身を喰らい尽くさんと響き渡った。
 シズネは仲間達の猛攻に眸を細め、負ける気がしないと拳を握る。
「さあて、その翅毟り取らせてもらうぜ。今度はいい夢見させてやれよ」
 刀に手をかけたシズネが薄く笑んだ、次の瞬間。
 無数の斬撃が夢喰いの翅を断ち、綿を裂き、這うようにして刻まれた。瞬きよりも短い時の中で切り刻まれた綿菓子雲は力なく地面に落ちる。
 はたとしたリラは顔をあげ、マールとネウも状況を察した。きっと、あと一撃で終わると気付いたエルスとジエロは既に身構えていた雨生に後を託す。
 雨生はこれで最後にすると決め、呪を紡いでいった。
 それは甘い雨とは似て非なる、天喰らう雨喚びの血族に伝わる呪の一つ。解放された力は水塊を生み出し、蝶々をじわりと包み込んだ。
 そして――。
「さよなら、仮初の命。此の夢、返してもらうよ」
 雨生が溺れるかのように沈みゆく夢喰いに告げた、そのとき。水の中の蝶々は小さな泡玉を残して跡形もなく消える。
 それがこの戦いの、静かな静かな幕引きだった。

●帰路と夢路
 戦いは終わり、夜の公園に静寂が満ちる。
 夢は唯の夢へと戻ったのだと呟き、双眸を細めたマールはネウを指先で撫ぜた。
 怜奈は周辺を見回し、公園内に被害がないことを確かめる。
「翌日からの子供達の遊び場も無事なようですわ」
「ヒールも必要ないくらい、オレ達の完全勝利ってところだな」
 シズネが軽く胸を張る傍ら、ジエロも満足気に頷く。その足元ではクリュスタルスがぱたぱたと尾を振っていた。
 そんな中で、翼猫を抱きあげたリラは少し残念そうに、悲しげに目を伏せる。
「ベガ、ベガ。かわいらしい、夢だった、ね。かわいらしいだけで、あまいだけで、あれたら、よかったのに」
 そして、リラはそうっと願った。
 綿菓子の蝶。次はどうか、あまい、夢のままで、在れますよう、に――。
 祈る少女から優しさを感じながら、いちるは口元に掌をあてる。零れ落ちた欠伸は今が真夜中だということを思い出させてくれた。
「帰ろうか。エルスもいちるも、随分と眠そうだから」
 大丈夫? と雨生が問うと、返事代わりにふわぁ、という二度目の欠伸がかえってくる。シズネはその様子に微笑ましさを感じ、ジエロとマールも可笑しさを覚えた。
 エルスはうとうとしながらも確りと頷き、皆と共に帰路につく。
 そして、エルスは夢主の少女を思う。
「今夜はいい夢を見ればいいね」
「そうだね……うん。――おやすみ、良い夢を」
 いちるも眠い目を擦り、思うままの言葉を口にした。
 今日はどんな夢が見れるかな。甘い夢か、それとも苦い夢か。出来れば甘過ぎない普通の夢が良いと願い、仲間達はその場を後にした。
 甘い雨と綿菓子の蝶。
 それは、一夜限りで閉じた不思議なお菓子のおかしな夢のかたち。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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