切られた尻尾が牙を剥く

作者:木乃

●蜥蜴の尻尾切り
 小堺・明菜は契約社員だった。特筆して優秀ではないが少ない給料にもめげず従順に業務をこなした……そんな彼女だからこそ選ばれてしまったのだろう。正社員の重大なミスを押し付けられる形で、明菜の契約は満了前に打ち切られた。
 同僚に、上司に、会社に裏切られ、うちひしがれる彼女を仮面のドラグナーは唆した。
 実験台で目覚めた明菜を覗きこむと竜技師は冷笑を浮かべる。
「喜びなさい、お前はドラゴン因子を植え付けられたことでドラグナーの力を得た。しかしドラグナーとしては不完全な存在。いずれ死亡するだろうが、回避する手段がない訳ではない」
 完全なドラグナーになればいい、ただし自らの命の為に多数の犠牲が伴うと。
「我が娘よ。お前は復讐の為に多くの人間を殺戮し、グラビティ・チェインを奪い取る覚悟はあるか?」
 明菜にとって問いかけは鋭く冷たく、けれど甘美な響きであった。
「ふ、ふふ……ええ。あいつらを殺せば、あの愚図共を殺ればいいのよ!あんな奴らがのうのうと生き続けるなんて……許さないッ!!」
 私の人生を台無しにした連中を殺す。ドラゴン因子の影響か、凶暴性を露にして明菜は復讐に動きだす。

「『竜技師アウル』の策略は社会の脆弱性を利用していると言えます。新たなドラグナーとして改造された『小堺・明菜』という女性も蜥蜴の尻尾切りを受けた一人ですわ」
 新たなドラグナーの出現を予知したオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は淡々と言葉を重ねる。
「彼女はドラグナーとして未完成、完全なドラグナーとなるには大量のグラビティ・チェインが必要となります。だからこそ手に入れた力を利用して、理不尽な目に遭わせた人々へ復讐しようと思い至ったのでしょう」
 自分を利用した者も、見て見ぬフリをした者も、全て復讐の対象だと。放っておけば自身を切り捨てた者達を皆殺しにするだろう。
「完全なドラグナーにさせないためにも早急に撃破してくださいませ」
 明菜は単独で行動している。ドラゴン因子の影響を受けた明菜は凶暴化して対話も望める状態ではないという。
「現在、勤務先だったビルへ一直線に向かっていますわ、今からビル内に避難を促してもかえって危険でしてよ。彼女にとって復讐する対象は『会社に関わる全ての人間』です。皆様と交戦中でも目につけば容赦なく攻撃するでしょう」
 接触できるのはビル目前の大通り、最低でも1階のロビーで倒す必要がある。
「事前になにか準備するには時間が足りませんわ、すぐに戦闘状態へ移ると思ってくださいませ」
 明菜はティラノザウルスを思わす大きな眼と裂けた口をしているが、未完成のドラグナーであるためドラゴンに変身する能力はない。
「武器は竜技師アウルから与えられた簒奪者の鎌を使用しますわ。元が一般人とはいえかなり攻撃的な性質をもっていましてよ、グラビティの編成は慎重に決めてくださいませ」
 如何なる理由にせよ、復讐の為に無関係の人間をも犠牲にしようというスタンスは許されない。急ぎ彼女を止めなければ。


参加者
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)
バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)
ランサー・ファルケン(正義を重んじる騎士・e36647)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

●尻尾はヒトで出来ていた
 立ち並ぶビルを飛び移っていた人影が車道のど真ん中に降り立つ。急停止する車が次々に衝突していく様子も意に介さず、ドラグナー化しかけた小堺・明菜は目的地めがけて突入する寸前――ケルベロスが降り立ったのは騒然とした歩道の中だった。
「貶めた相手を恨む気持ちは分かるけれども、いくらなんだって命取るのは度が過ぎるんじゃあないの?」
 東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)は着地と同時に前宙しながらサマーソルトキックを仕掛け、明菜は得物で押し返す。
「んんだってんだよおおおおテメェらあああ!」
(「――ム。境遇に同情の念は抱きかねんが……それも失せたな」)
 猛禽類の如き鋭い眼光、裂けた口許から覗く太く長い牙の数々。ドラグナーに変異しかけた彼女の姿にバーヴェン・ルース(復讐者・e00819)は深く溜息を漏らし、右目の獄炎を全身に滾らせていく。
「蜥蜴の尻尾切りにドラゴンの下僕がかかわるとは、なんと皮肉な話かな」
 周囲の市民もお構いなしに明菜は刃を振り回す。それを制止しようとバーヴェンが鉄塊剣で鍔迫り合うと火花がジリジリと飛び散る。圧し掛かるような押しこみに一歩も引く様子がない。
 その隙にミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)は困惑して動けなくなった通行人に向けて声を張り上げた。
「ケルベロスが抑えてる間に安全なトコに避難してくれ!」
「ドラグナーに殺されるくらいなら、先に俺がやっちまってもいいんだぜ。『尊い犠牲』になりたいか?」
 腰の抜けているサラリーマンを嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)がひょいと軽く投げ飛ばすと尻もちをつき、男がほうぼうの体で逃げ出すのを皮切りに放心状態の市民も次々と背を向け離れていく。
「近くにいては危険です、なるべく遠くへ逃げてください!」
 騒然とする通りの中で鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)は割り込みヴォイスを駆使して促す、遠くまで行き届いているか不安は残るが現状ではベターな方法だろう。
(「……ええ、理不尽ではありますね」)
 責任逃れの為だけに契約を切られた、そこだけは同情の念をエミリも感じる。しかし、ドラゴンの手駒になってしまえば斃す他ない。小さく息を吐くとエミリはオウガ粒子を周囲に展開させていく。
「蜥蜴の尻尾切りの巻き添えになったのは同情しますが、他にもやりようはあるんですか、ら!」
 獣のような身のこなしを止めるべくクリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)が火柱を上げる。一般人へ注目を逸らそうとするが、元より明菜の目的はビル内で勤務する裏切り者達のみ。巻き添えになる人間の事など端から考えていなかった。
「第三者は巻き添え上等、ムカつく元社畜仲間はデストローィ。大変模範的な独善ぶりですねーぇ」
 人首・ツグミ(絶対正義・e37943)はチラと防衛目標に目を向ける。全面ガラス張りの広々としたロビーの中には動揺する受付嬢の姿が見えた。
「おねーさん達、上でも見えないとこでも逃げた方がいいですよーぅ。ビル内の他の人にも伝えてくださーぃ」
 逃げ惑う市民の喧騒とガラス越し、内部へ届きにくい呼び掛けに気付くのは受付嬢だけではない。
 社員に対して避難を促すツグミに気付いて明菜が豪快に大鎌を投げ飛ばし、ミズーリが庇ってからも執拗に狙い始める。
「個人の恨みだけで、大勢の人間を殺すのは許せんな!この一撃をくらうがいい!」
 眼を血走らせる明菜の頬をランサー・ファルケン(正義を重んじる騎士・e36647)の刺突が掠めるとすぐさま二槍を構え直す。
「お前の復讐心はすごいだろうが、それだけで人を殺すなど……愚行で実に下らん。ここで散れ!」
「うざってぇえなあああああああああああああ!!」
 明菜の雄叫びでヒビが走ったガラスが真っ白になる。知性を犠牲にして凶暴性に目覚めた彼女は挑発すら正しく認識出来ていないようだ。語彙のない粗野な反論と凶刃をランサーに突き立てる。
 だが直接的に復讐を阻む行為をとったツグミは許し難いらしく、隙あらば直撃させようと猛追をかけた。

 空を切る大鎌がヒビ割れたガラス窓を突き破る。受付に座していた女性達は既に上階へ逃げ込んだようで、人的被害はしばらく防げそうだ。
「一発が重い、ですねーぇ……!」
 服ごと骨と内臓を傷つける攻撃にツグミは裂帛の叫びをあげながら砲撃による足止めを試みる。
 巻き上がる爆風と路面の欠片の合間をバーヴェンと綿菓子が飛び込んだ。バーヴェンの一撃で血飛沫が地面を濡らし、肋骨が僅かに露出する。
「ヤケんなって人殺しに走るような性格じゃあどう考えたって社会人失格だわ、子供でも分かるわよ!」
 自分達が誰なのか把握しているのかすら怪しい相手を罵倒しながら綿菓子も鳩尾めがけて爪先を突きこむ。突き飛ばされた先には回り込んだミズーリの姿。
(「助けてくれる人に出会えてたら、きっと何か違ってた――」)
 明菜自身は『運が悪かった』としか言えない。失意に沈んだ自分を見つけて引き揚げた相手が最悪な相手だっただけ。思い直す心の余裕も、後悔する冷静さもなかったのかもしれない。
(「恨みなんて忘れて生きられたかもしれないケド、それも叶わないなら」)
「ケルベロスとして出来るのは、安らかなレクイエムだけだ……!」
 黄色い彼岸花を揺らすミズーリはギターパフォーマンスのように大鎌を振り抜く。骨身を露出する明菜が常人離れした動きで体勢を直した直後、タツマが前のめりに迫る。
「ちったぁ俺を楽しませろよ、事務員崩れ」
 互いの長柄を打ち合い、受け流して攻防を繰り広げるが先に動いたのは明菜。如意棒を踏み台にタツマの頭上へ飛び上がった。視線は既にガラスが飛び散るビルのロビーへ向いている。
「チッ、路傍の石ほど興味ねぇってか……だったら死ね」
 舌打ちを漏らすタツマが無防備な腹部を痛烈に打ち上げる。エミリもツグミに電光を纏う光の盾を放って綿菓子達に視線を移す。
「複数人へ攻撃は出来ないようですね……ご安心を、今治します」
 flores:cruxを握り締めるとクリームヒルデに快癒の雷電を放つ、裂傷が治まり僅かに動きやすくなったクリームヒルデは携えた鎖を握り直す。
「尻尾切りした当人でも庇いますぜ」
 蛇のように獲物を目指す鎖は囮。前宙した勢いを殺そうと踏みしめる頭上からすかさず蹴りかかる。全体重を乗せようと脳天めがけて降下していく。
「――そいつは地獄に直行する前に、法廷とかに寄り道して欲しいんで!」
 首の骨を圧し折る勢いで仕掛けた一撃は当たりが浅い。振り払うような大振りの一撃に弾き返され、その隙にランサーが別方向から肉薄する。
「我が槍、貴様如きに手折れはしない!」
 突き、薙ぎ、穿ち――ランサーの軽妙な槍捌きが傷を増やしていき、動きが鈍った隙にツグミが狙いを定める。
「活きのいい悪にはーぁ……懲罰執行、ですよーぅ♪」
 ギリと音を立てる右の鉄拳。踏みこむと同時に傷口に突きこみ、ハラワタごと握り潰して自らの一部に変換させる。引き抜いた拳にへばりつく肉片を振り払って汚物を落とす。
「ア、あ、ァaa、きィィぃEEEEE!!」
「――ム。 憎悪に飲まれたか、暗躍するデウスエクスに使い捨てられていると何故気が付かん……」
 度し難いとばかりにバーヴェンは何度目かの溜め息を吐く。
 社員憎し。会社憎し。拒絶と憎悪を好むデウスエクスにとって最高の手駒に堕ちた明菜は全身から血を流し、なおもビルに押し入ろうと内臓を垂らした格好で突貫する。
 もはや人間としての面影はなく、亡者という形容が相応しい。
「あんたに似合いのギターソロだ、よく聴いておきな!」
 グラビティのギターで爪弾かれる骸花心中奇譚が響く。ミズーリから伸びていく音色の波は吸い込まれるように明菜を貫き、一気に畳みかけようとクリームヒルデ達も間合いを縮める。
「仮にわたがしがシャチョーでもアンタみたいな危険人物、真っ先にクビにするわ――生者必滅!!」
 クリームヒルデの放つ火柱に明菜が捕らわれると綿菓子は虚空から大剣を作り上げた。最上段からの兜割りに膨れた頭蓋が剥き出しになるとランサーが追随して踏み切る。
「俺にはまだこれがある! ――斬り裂け、伝説の竜殺しの魔剣(バルムンク)!」
 天空から飛来する銀の両手剣、黄昏色の閃光を受けた紅玉が輝く。光の斬撃が肩口から大きく斬り裂くと内臓のひとつがグチャと地面にこぼれ落ちた。
「グ、ギ……ィィイイ…………」
(「なんという執念でしょう、これはもう本人の感情ではないのでは……」)
 怖気を覚えるほどの情念にエミリも寒気立つが、表情には出さずオウガメタルを上空に放つ。火花を巻き散らすように黒い陽光が周囲を照らすと後押しを受けたタツマが死角から捉えた。
「釣りはいらねぇ、遠慮せずくたばれ!」
 タツマのガントレットは結晶化したグラビティで無骨な形状に変容していく。両手を組んで即席のハンマーに仕立てると脳天に叩きこみ頭蓋を破砕してみせ、脊椎も次々と砕いて拳で両断する。
 ――脳漿と骨片を飛び散らせながら前進していた明菜だったモノは、前のめりに倒れ伏す。
 ヒト型の肉塊が溶解していくと後には空虚な空気だけが残された。

●復讐の果てにあるもの
「……さっきまでのは全部嘘、ごめんなさいね」
「せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ……」
 感情的になっていた自分を思い返しバツが悪そうな綿菓子とバーヴェンは両手を合わせ悼む。
(「騙される奴が悪い、というが……多少の不愉快さはあるな」)
 とはいえ、彼女の引き起こした事態を認めてはいけない。クリームヒルデ達の修復作業を見届けてタツマは早々に立ち去るが、ミズーリは唇を噛み締めながらビルの上階を睨みつけていた。
(「ダメ元でも何かしなけりゃ、変えていくコトもできない……けど」)
 怒りに燃えたミズーリは修復作業を行っている内に感情の熱が僅かに冷めていた、だから踏み止まることができた。
 『一時の感情に身を任せて乗り込んでは、明菜と同じではないか』と。
 ケルベロスだから、と言って一般人を更生させられる権利はない。抗議しても納得いく返答がなければ自身の中でしこりが残るだろう――彼女の心情を見抜いたかのようにエミリは一言呟く。
「彼らはこの光景を見て何を思うのでしょう」
 この場に答えられる者はいない。後悔したとしても、切れた尻尾は二度と繋がることはない。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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