見習いから復讐者への転身

作者:麻香水娜

●新たな体
 薄暗い部屋で目を覚ました青年は周りを確認する。
「喜びなさい、我が息子」
 声を確認すると、仮面をつけた男の口元が満足げな笑みを形作っていた。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
 今はドラグナーとしては不完全な状態でこのままでは死亡するだろうと静かに話し出す。
 それを回避する為には、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取り、完全なドラグナーになるしかないようだ。
「……そうか。なら、まずはあの店だ」
 青年は、変わり果てた右手をぐっと握りこむ。
 そして、意を決したように顔を上げると、手術台を降りて部屋から出て行った。

●見習いの青年
「修行期間というのは、どんな業界でも大変なものかと思いますが……」
 ドラグナー『竜技師アウル』によって、フランス料理店で修業していた見習いコックがドラグナーとなってしまう、と祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)の説明が始まる。
「修行に挫折してドラグナーになったってわけね」
 花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が、うんざりしたように吐き捨てた。
「えぇ。オーナーシェフが厳しい方で、その指導に耐えられなかったようでして……」
 当然、他のコック達はそれに耐えて腕を磨いているのだが、青年は爆発して暴言をたたきつけて店を辞めてしまったらしい。
 次の職も見つけられず、全てオーナーシェフのせいだと自暴自棄になり、アウルの甘言に乗ってしまったのである。

●戻ってきた見習い
 ドラグナーが現れるのは20時頃。大通りに面したフランス料理店だ。
 夕飯時という事もあり、平日だが満席になっている。
「お店の入り口は1つで、従業員用出入り口から避難してもらうしかないでしょう」
 蒼梧が店の見取り図を広げて、入り口の場所と従業員用出入り口を示した。
「足止めしながら避難誘導になるかしら」
 ふむ、とリリが考え込む。
「そうですね。一般人の安全を最優先として下さい。それと、このドラグナーですが、ファミリアロッドを装備しており、非常に動きが早いです」
 頷いた蒼梧は、敵についての説明も終えると、ケルベロス達を見渡した。
「オーナーシェフも彼が憎くて厳しくしていたわけではない筈です。同じように厳しい指導に耐えて頑張っている彼の先輩達や美味しい料理を楽しみにきているお客さん達まで理不尽な復讐に巻き込むわけにはいきません。彼を救う事はできませんが、どうか、事件を防いで下さい」


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
千代田・梅子(一輪・e20201)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
津雲・しらべ(追憶者・e35874)
ルイス・トラジェット(ただいま修行中・e36170)

■リプレイ

●待っているのは空席ではなく
「いらっしゃいませ……こちらに、お名前を書いて、お待ち下さい……」
 プラチナチケットを使い、フロアスタッフになりすました津雲・しらべ(追憶者・e35874)が団体客にふわりと笑顔を向けた。
 その団体客こそがケルベロス達である。
「うう、緊張するなぁ……」
 10歳という自分の年齢では少し場違いなフランス料理店で、しかも初めての依頼という事に、ルイス・トラジェット(ただいま修行中・e36170)の足が小さく震えていた。
「大丈夫で御座いますか?」
「リラックスリラックス! ルイスちゃんだって立派なケルベロスでしょっ」
 緊張した面持ちのルイスに、マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)が心配そうに訊ね、野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が、明るく笑いかける。
「はい! お客さんやお店の人の笑顔も、ごはんも守らなきゃですね!」
 心配してくれた2人に甘えてはいけないと、グッと拳を握った。
「それにしてもドレスコードも特にないみたいで良かったぜ」
「気軽にフランス料理を楽しめる店じゃなんて、そりゃ満席にもなるわけじゃのう」
 盛装は持っていないし、ケルベロスコートで誤魔化せるだろうかと心配していた神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)は、ほっとしたように呟くと、千代田・梅子(一輪・e20201)は、何となしに店内を見渡す。
 落ち着いた雰囲気の店内には、カジュアルな装いの客も見受けられた。
「それにしても……食えないのに待つって不毛だわ」
「……確かにねぇ……」
 花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が軽く溜め息を吐くと、ファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)も少し寂しそうに頷く。
 料理は食べる専門であるリリと大食いであるファランは、待っているのに食べられない、というのは些か切ない状況のようだ。
「待ってるふり、だもの。仕方ない、ね」
 気の抜けたような2人に、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)が小さく苦笑する。

 バァン!!

 その時、乱暴に扉が蹴破られた。

●見習いの帰還
『こんな店、潰してやる!!』
 扉からドラグナーが飛び込んでくると、ファミリアロッドから火の玉を放った。
「皆さんに怪我はさせません!」
 ルイスが射線上に飛び出して、その体を盾にする。
「キャー!!」
「化け物!!」
 店内で食事をしていた客達は、急いで席から立ち上がった。
「わたしたちはケルベロス! 心配いらないよ! 安心しておまかせあれ!」
「皆様の安全はわたくし達ケルベロスがお守り致します! 落ち着いて下さい!」
 イチカが店内に声を響かせると、マリアンネが客達に呼びかけながら客席に向かう。
「足止め、任せたのじゃよ!」
「行くよ、ミルタ」
 梅子は仲間達に声をかけ、ジゼルは己のサーヴァントであるウイングキャットを伴ってマリアンネの後に続いた。
「おかえりなさい、雑用係さん」
「ねぇ、復讐ってどんな気持ち?」
 ドラグナーをこれ以上店内へ進ませないようにリリが行く手を遮るように立ちはだかると、煌く飛び蹴りでドラグナーに重力の錘をつける。次の瞬間、タイミングを合わせたイチカが腱や急所のみを的確に斬り裂いた。
「お前の復讐ってさ、ただの駄々っ子逆恨みじゃね? ガキかよ」
 すかさずドラグナーの後ろ――蹴破られた入り口に回り込んだ瑞樹が逃げられないように包囲すると、自分に注意を向けるように挑発し、新たな客が店に近付かないようにと殺界形成を発動させる。
 瑞樹に意識が向いている隙にと、しらべがさっと髪を1つに纏めて性格を切り替えた。
「復讐は自分と相手だけが命を懸ければいい。無関係な誰かを巻き込んで殺そうとした時点でそれは復讐じゃない」
 眉を顰めたしらべが、ヒールドローンの群れを操って前衛を警護させながらルイスの傷も癒す。その後ろから木下・昇が制圧射撃でドラグナーが店の中へと侵攻するのを食い止めた。
「ありがとうございます!」
 傷を癒してくれたしらべに笑顔を向けたルイスは、すぐにドラグナーを睨みつける。
「『何もさせない』のが一番効果的だって、先生が言ってました!」
 動きを麻痺させる薬剤を詰めた特殊な弾丸を放った。それを避けようとしたドラグナーだったが、足の痛みと体の重さで上手く動けず、弾丸を腕に撃ち込まれてしまう。更にルイスのサーヴァントであるミミックのコハクが、思い切り足に喰らいついて動きを鈍らせた。

「我々ケルベロスが皆様の事は絶対にお守り致しますので、どうか落ち着いて慌てずあちらの従業員用出入り口までお進み下さい」
「こっちだよ! 慌てなくて大丈夫だからね!」
 マリアンネが奥を指しながら誘導すると、ファランが引き継ぐように前方から声を張り上げる。
「キャッ」
 ふいにジゼルの耳が小さな悲鳴を拾った。そちらに目を向けると、慌てて転んでしまった女性を見つける。
「大丈夫? 歩ける?」
 すかさず駆け寄って起き上がらせると、近付いてきたジゼルのサーヴァントであるミルタが女性の手を引いて従業員用出入り口に向かった。
 ジゼルは他には転んでしまったりパニックになってしまった人はいないだろうかと客席をくまなく見渡す。
「大丈夫じゃ、落ち着いて歩くのじゃよ!」
 梅子が戦闘が始まっている入り口を背にして仲間達の様子を気にしながら、客達の背を声で押した。

●合流
 ケルベロス達に包囲されてしまったドラグナーは、邪魔をするケルベロスからだと標的を変更する。
 リリは的確にドラグナーの動きを鈍らせるが、それでもドラグナーは無理矢理に体を動かしていくつかの攻撃を避けてしまっていた。
 ダメージを蓄積させながらどんどん動きを鈍らせるドラグナーは、リリに向かって大量の魔法の矢を一斉に向かわせる。
「しま……っ」
 避けられないと身構えたリリの視界にジゼルの翼が広がった。
「理不尽な理由で他人を巻き込む……とっても自分勝手、ね」
 ダメージに顔を歪めながらドラグナーを見据えるジゼル。
「まぁアンタの気持ちも分からないではないわ。でも、やると決めたことは最後までやってみせなさいよ」
 庇ってくれたジゼルに感謝の念を抱きつつも顔や言葉には出さず、自分の動きがドラグナーには見えていない状況を使って雷をほとばしらせた。
「焼きついて離れないきみの憧憬を、いつまでも胸焦がす望みのかたちを、その見返りの回数を――教えてよ」
 リリの雷の衝撃で動きが止まった瞬間、イチカがうなじから伸ばしたコードをドラグナーに接続。その足もとに赤錆色の影が現れ、オーナーシェフの姿をかたどり、ドラグナーを怯ませる。ドラグナーにとって憎い相手であったが、憧憬もあったようだ。
 怯んだ隙にと、ジゼルが光り輝くオウガ粒子で前衛の超感覚を覚醒させながら己の傷を癒し、ミルタが同じく前衛に清浄の翼を使って邪気を祓いながら主人の傷を更に塞いだ。
「わしを、楽しませてくれるんじゃろう?」
 梅子の楽しげな声が後方から聞こえたかと思うと、身構えて避けようとするドラグナーに、罪人に刑を執行するかのように素早く詰め寄って武器を振り下ろす。
「ありがたい」
 ジゼルとミルタの支援を受けて口元に笑みを浮べた瑞樹は、
「逆恨みするような奴が人の為に料理を作るシェフになる? 根本からあんた向いてないじゃないのか?」
 シャドウリッパーで急所を掻き斬った。
「ドラグナーにならないやり方、選べなかったのかな……」
 瑞樹の動きに合わせたルイスが、目にも止まらぬ速さでファミリアロッドを持つ手に弾丸を撃ち込む。更にコハクが偽物の財宝をばら撒いた。
「本当に大切なモノを亡くしてないのに……復讐しようなんて、おこがましいよ」
 チェーンソー剣を取り出したしらべは、その刃で傷口を広げる。
「偽りの真理より来れ。全てを灰燼と帰す始原の炎を其の背に」
 マリアンネが前衛の仲間達に天の御使いの姿を模した赤き光を降臨させて傷を癒しながら力を高めさせた。
 そこへファランが中衛にメタリックバーストを使って超感覚を覚醒させる。
『くそー!!』
 ドラグナーが続々と増えたケルベロスに悔しそうな表情を浮かべて、瑞樹に小動物をけしかけた。
「……っ!」
 瑞樹は身構えたが、コハクが体を張って小動物の行く手を拒む。
「この世の何より優しい夢を」
「今はもう、静かに眠るがよい」
 リリが呼び出した水精がドラグナーに絡みつくと、梅子が妖精の加護を宿した矢を放った。
『ギャアアアアアアア!!!!』
 ドラグナーの断末魔が響く。
「他人の飯の邪魔をすると痛い目をみるのよ」
 倒れたドラグナーに、リリがぽつりと呟いた。

●食事の続きを
「どれだけ気に入らぬ相手でも、人生を狂わせてまでどうにかする必要なんてなかったのにのう」
「夢が叶わなくても、こんな終わり方なんて……」
 梅子が痛ましげに目を伏せると、ルイスも悲しげに呟く。
「さぁ! お片づけだね!」
 沈みかけた空気を吹き飛ばすように、イチカが元気な笑顔を広げた。
「そう、だね」
 髪を解いて軽く息を吐いたしらべが、ふわりと微笑んで、ドラグナーが蹴破った扉をヒールで修復し出す。
 イチカとしらべの声に、それぞれがヒールで壊れた箇所を修復したり、散らばった欠片を拾ったり後片付けに取り掛かった。
「わたくしは、避難してる皆様に安全になった旨を伝えて参りますね」
 店の状態がほぼ元通りになると、マリアンネが従業員出入り口の方へと向かって行く。
「庇ってくれた礼は言っておくわ」
 リリが、ヒールをかけていたジゼルの背に小さく呟いた。
「……うん」
 いきなり声をかけられ、しかも普段からそっけないリリからだという事に小さな驚きを感じたジゼルだったが、少しだけ口元を緩めて頷く。
「動いたら腹が減ったよなぁ」
「ホントだね」
 後片付けがひと段落して瑞樹が軽く息を吐くと、ファランを浮べた。

 少しすると、マリアンネが避難していた一般人を連れて戻ってくる。
 人々は口々にケルベロスに礼を述べてから、元々座っていた席に向かった。
 客達が中へ戻ったのを確認してから最後に店に入ったのであろうオーナーシェフがケルベロス達の前で深々と頭を下げる。
「本当に有難う御座いました。この後お時間がありましたら、お食事を振舞わせて頂けないでしょうか」
 人々を理不尽な復讐から守れたという達成感で胸を満たしていたケルベロス達は、人気店の料理に戦闘の疲れも忘れて胸を高鳴らせた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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